2004年07月27日

幸(インド留学中の次女)のページ5

コダイカナルは、昔インドがイギリス植民地だった時に避暑地として開拓された山の頂上にある町です。年中涼しく、夏には外国はもちろん、インド人の観光客も後を絶ちません。その町の中心ともいえるのが、私も通うKIS(コダイカナル・インターナショナル・スクール)です。

もともとインドで活動しているアメリカの宣教師たちが、我が子たちのために作った学校で、今もアメリカの教育制度で運営されていますが、その建物は、インドがイギリスの文化から受け継いだレンガ作りの英国風建築です。私の一番好きな風景と言えば、学校中が霧に包まれ、まるでおとぎ話の中にいるような不思議な雰囲気の時です。

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そういう時、私は決まってロード・オブ・ザ・リングのCDを聞きながら散歩に出ます。この魅力を分かってくれる友達は少ないのですが、(笑)いつも本や映画の中には入れたらと思い続けている私ですから、これは疲れたときの現実を忘れられる最高の楽しみです。

たまに、実際、ハリー・ポッターの本の中の様な感じがする時もあります。特に、さまざまな顔ぶれの先生たち・・・。これがまた、本当に不思議だったり面白い先生がいるのです。
つい最近までアメリカ大物ポップスターのプロデューサーだった怖い音楽の先生。いつも顔を真っ赤に「この世界は農業で救われる」と教え続けている若い地理の先生。気がつくと、窓の外で校舎の壁をロッククライミングしている変な生物の先生や、しゃべりだすとジョークばっかり、生徒たちの頭をバシバシ叩いて、「調子はどうだ!」と挨拶し回っている子供精神たっぷりのSOEXの先生。(この先生の奥さんは、胃袋底なしのワンパク生徒たちのために毎週火曜日には手作りクッキーを焼いてきてくれます。最も、いつもこの2人はかなり盛り上がってるので、張り合う程のテンションになるまで、クッキーに手を触れるのにはかなり度胸が入ります。(ここら辺がなんか分かりづらいんだけど・・・分かる?Papa:分からない)私も1年かけて、今ではクッキーを1枚以上とって逃げる常習犯となりました!)

先生たちの教え方はさまざまですが、授業を受けて感じる事は1つです。「自分自身考え・疑問などを、きちんとした根拠や例、理由によって他人に表す事ができる能力」を求められていると言う事です。必要があれば討論をしてでも問題に対する自分の意見を主張したり、相手の立場・意見を理解する事を学びます。間違う事は学ぶ事だと理解する事も勉強の1部に入っています。又、それぞれの生徒に託される選択も幅広いです。それにどの教科でも、生徒たちの質問はとどまるところを知らず、手を上げない人がいないくらい。(ほんとかいな!?)そして、体で体験する機会が多いです。
例えば、理科の実験は週に1回。きちんとレポートの中で質問に答えたり、実験の目当てと理由、予想、やり方、観察、データ、結果、感想までをまとめます。班でやっても、レポートは個人別に内容の濃い、興味深いものを書かなくてはいけません。採点もされます。もちろん観察結果や、それについてどう思うなどは、よっぽど間違ってない限りはバツにはなりません。それぞれの考えを否定せず、先生たちは「それはいい発想だ」とか、「ここをこうしてみるとどうなっただろうね」など、もっと生徒に意欲を引き立てさせるコメントを書いてくれます。
私は日本の学校で実験をした記憶がほとんどありません。だからテストなどに出ても、実際触れ、体験していないものは想像しにくかったし、記憶に残りにくかったと思ます。

若い地理の先生も、ユニークな授業で人気の先生です。突然みんなに「貧乏な百姓」とか、「空港会社」、「観光会社」、「年寄り」、「若者」、「政府」などの札を渡し「さあ、ここに1つの小さな島がある。みんなはこの島のさまざまな住民で、ある空港会社のある説明会に呼ばれて来ている。この会社は、この島のこの条件があるここの土地に、新しい空港を建てたいと言っている。今日することは、それぞれの立場から、そのデメリットとメリットをみんなと討論する事。そして政府役は、島としての、立てるとした時の条件や、立てないのならその理由を、授業の終わりに報告する事。」
そう言って先生は、教室の隅に座って終わるまで全然口を出しませんでした。クラスは大興奮。政府役が中心となって、大討論会です。ちなみに私は「有機農業家」でした。この授業は、環境、健康、政治、経済、観光、文化、などなどの要素を含めて深く考えなくてはなりませんでした。
例えば、
政府:「・・・じゃあ、観光会社の言い分は何ですか?」
観光会社:「私たちは賛成です。なぜならその空港のおかげでこの島は観光で儲けて、経済的発展をすることが出来るからです。」
農業家たち:「そんな事言って、この島の農業に及ぶ影響がわかっているのか?空港開発で潰される土地はおろか、観光でどんどん建てられる建物、ホテル、道路による汚染される農地、水、空気などのことを考えてくれ!」
文化協会:「それだけじゃない。文化だって、この島の誇る古い文化はどうなるんだ。欧米化が進むぞ・・・」
若者:「でも、私たち若者にとってはその方がいいし・・・空港のおかげで職業難も減るだろうね。」
年寄り:「だめだ!文化が薄れて行くのは見過ごせん!」
政府:「でも、実際今のままでは皆さんの収入も少なく、なにかこういう物が必要な時期だとは思いませんか?・・・」

などなど・・・。みんなはもう役になりきってしまいました!結局話し合いは、政府と空港会社と観光会社が協力して、空港の規模を小さく、観光者の数や彼らへの観光の決まりを取り締まって、環境や文化を守るように建物や汚染などにも気をつける事で決まりました。それが出来れば現実でも苦労しないと思うけど、結局お金が絡んでくると難しいと言う事まで話し合いました。こういうことこそ、本当に社会に出たとき役に立つ、かつ面白い勉強ではないだろうかと、つくづく思った授業でした。

やっぱり、葉っぱ1枚でも教科書で見るのと実際に外に出て見るのとでは、勉強の質も違えば興味深さも違ってくると思います。KISにも短所はあるけれど、私がここまで勉強するようになった事をに感謝しています。
今、思い返してみると 私は日本の学校、特に高校では、もどかしくてたまらなくつまらない思いをしました。どの授業も、聞き逃すだけ。勉強しよう、したいと思っても、面白みも意欲もわいてきませんでした。KISに行って、初めて「なるほど!これだ!」と思いました。今まで溜まっていた疑問が爆発するように出てきて、先生たちもそれを受け止め、もっと勉強したくなるような質問を私にも浴びせかけてくれました。宿題の量も半端ではありません。特に英語がほとんど出来ない状態で来た私には、かなり大変でした。日本にいたときの遅れを取り戻すかのように元気が、意欲がわいてくるのです。

「勉強って、こんなに楽しかったのか・・・」KISでの授業はそう気づかせてくれました。

貼り主: chiyoko 日時: 10:00 | Comments (0)

2004年06月15日

幸(インド留学中の次女)のページ4

SOEX関連~世界がもし100人の村だったら~

これは、私がまだ日本にいて高校1年のときに、地理の先生がみんなに配った資料で、その時世界中でこのメールを回した人たちがいました。もしご存じなかったら、ぜひ読んだあと、他の人にも教えてあげてほしいと思います。
私のSOEXの先生も、これをKISの生徒達の前で読んで、SOEXの説明をした事があります。特に最後の3行が、この先生がSOEXを生涯教えている理由にも当たると思います。

世界がもし100人の村だったら

今朝、目が覚めたとき、あなたは今日という日にわくわくしましたか?


今夜、眠るとき、あなたは今日という日にとっくりと満足できそうですか?


今いるところが、こよなく大切だと思いますか?

すぐに「はい、もちろん」といえなかったあなたに、このメールを贈ります。


これを読んだら、まわりが少し違って見えるかもしれません。


世界には63億人の人がいますが


もしもそれを100人に縮めるとどうなるでしょう。

100人のうち、52人が女性です。48人が男性です。

30人が子どもで、70人が大人です。


そのうち7人がお年寄りです。

90人が異性愛者で、10人が同性愛者です。

70人が有色人種で、30人が白人です。

61人がアジア人です。13人がアフリカ人、13人が南北アメリカ人


12人がヨーロッパ人、あとは南太平洋地域の人です。

いろいろな人がいるこの村では


あなたとは違う人を理解すること、相手をあるがままに受け入れること


そしてなにより、そういうことを知ることがとても大切です。

また、こんなふうにも考えてみてください。

村に住む人びとの100人のうち


20人は栄養がじゅうぶんではなく、1人は死にそうなほどです。


でも15人は太り過ぎです。

すべての富のうち、6人が59%をもっていて


みんなアメリカ合衆国の人です。


74人が39%を、20人がたったの2%を分けあっています。

すべてのエネルギーのうち、20人が80%を使い


80人が20%を分けあっています。

75人は食べ物の蓄えがあり、雨露をしのぐところがあります。


でも、あとの25人はそうではありません。


17人は、きれいで安全な水を飲めません。

銀行に預金があり、財布にお金があり


家のどこかに小銭が転がっている人は


いちばん豊かな8人のうちの1人です。

自分の車を持っている人は7人のうちの1人です。

村人のうち、1人が大学の教育を受け、2人がコンピューターを持っています。


けれど、14人は文字が読めません。

1年の間に、村では1人が亡くなります。


でも、1年に2人赤ちゃんが生まれるので、来年、村は101人になります。

もしもこのメールを読めたなら


この瞬間、あなたの幸せは2倍にも3倍にもなります。


なぜならあなたには、あなたのことを思って


これを送った誰かがいるだけでなく、文字も読めるからです。

けれどなにより、あなたは生きているからです。

昔の人は言いました。巡りゆくもの、また巡り還(かえ)る、と。


だからあなたは、深ぶかと歌ってください。


のびやかに踊ってください。心をこめて生きてください。


たとえあなたが、傷ついていても


傷ついたことなどないかのように愛してください。


まずあなたが愛してください。


あなた自身と、人がこの村に生きてあるということを。

もしもたくさんのわたし・たちが


この村を愛することを知ったなら、まだ間にあいます。


人びとを引き裂いている非道な力からこの村を救えます。きっと。

(「世界がもし100人の村だったら」マガジンハウス 池田香代子/再話)

貼り主: sachi 日時: 16:16 | Comments (0)

幸(インド留学中の次女)のページ3

KISのSOEX~社会体験~

SOEXとは、SOCIAL EXPERIENCE(社会/福祉 体験/活動)のことを言い、私の学校ではとても盛んに行われているプログラムです。なんとKISは、インドのインターナショナル・スクール中で1番の成績を持っています。私はこのSOEXにとても影響を受けました。私だけではなく、たくさんの子供たちの見る目が変わったりしてきたと思います。今回はこのSOEXで私が学んだことを書いてみました。

私がKISのSOEXに参加して、まず思ったことは、私達のする仕事の責任の重さが、日本にいた時にやったことがある福祉活動と比べて、ちょっと違いすぎて、びっくりしたことです。私が中学のときにした福祉活動は、近くの老人福祉センターに行って、歌を歌ってあげる程度のものでした。それ以外には特にやっていないので、日本全体の福祉活動とは比べることができませんが、私が言いたいのは、私達の歳にしては、KISのSOEXで成すことにかかってくる責任が重く、私達の成すことが、実際の人々の生活にとても影響してくると思うからです。そして1番の違いは、SOEXの先生が大体の指示はするものの、計画や企画を立てたり実際に働くのは私達、生徒だからでした。そのため、これまでSOEXで体験してきたものは、私をとても成長させてくれました。

SOEXはちゃんと学校の教科に入っていて、毎週土曜日朝8時半から3時間か、たまに6時間、近くの老人ホームや孤児院、障害者のための福祉施設、仮設病院や町の美化のために奉仕します。生徒は奉仕した分アワーズ(働いた時間・得点)をもらえて、30時間がみんながやらなくてはいけない最小制限なのですが、とてもたくさんの生徒はそれを大幅に超えて、1番を取った人で、120時間という人もいました。私のクラスの平均でも、最小制限より20時間も多い50時間は越えていたと思います。どうしてみんなはそんなに一生懸命なのか。私も100人中ベスト15に入っていたので、(自慢ではないです!これは私の気持ちの結果です。気持ちでいけば、1番になってもいいくらいだ!!と思っています(笑))その理由は分かっているつもりです。

私がいつも思うのは、これは、やはり経験してみないと分からないと言うことです。経験すると、その現実を見て考え方も大いに違ってくるし、より現実的に、「いったい自分に何ができるのか」と言うことが分かって来ると思うからです。実際、私もSOEXを体験して初めて、人を思いやり、その純粋な気持ちからなにかをする、という本当の意味を分かった気がします。

例を1つ挙げてみます。

例えば、私が1番多く訪問した施設は孤児院でした。孤児院と聞いて、くらーい不陰気の子供たちや、かわいそうな子供たちを想像するかと思います。確かに、たくさんの子供たちが、ひどい形で親を無くしたり、捨てられたりしています。それに孤児と言っても何人かは、親が子供を養う蓄えがなく預けている場合もあります。だからといっても、それがぜんぜん違うのです!なにかって、そこの子供たちは、元気も元気!!いつも大騒ぎしてるような私たちがくたくたにになるまで、遊びを止める事をを許してくれません!
でも・・・ちょっと考えると、インドと言う国では孤児という現状がそこまで珍しくないし、本人たちも、とても小さい頃からそこにいるので、慣れていると言うか、自覚がないと言うのか・・・もしかしたら本当は、家族のことをいっつもとても想っていたり、夜静かになると涙がこみ上げてきたり、その時は私達と遊ぶのに夢中になっているけれど、本当は家族が欲しくて欲しくてたまらないんじゃないか、と・・・・
そう思うと、私は遊びながら、時々悲しくて悔しくて、たまらない気持ちになります。けれど・・・やっぱり私たちにしたら、こんな人生を送っている子供たちがいつもションボリしているより、私達と遊べるときだけでも、幸せにしてあげたいと思うのです。

1人私の友達が、帰らなくてはいけない時間になっても、女の子達の髪を櫛で解いてあげていて、列に並んだ最後の1人まで絶対止めなかったことがあります。お母さんのような顔をして、一人づつ丁寧に、とても優しく・・・彼女に髪を解かれている子供達は、うっとりとし、気持ち良さそうに座っていました。それを見ていて、私は小さい頃、母に毎日髪をとかしてもらっていたのを思い出して急に母が懐かしくなり、そしてこの子供達は、私のように、懐かしく、暖かく思い出せるような思い出どころか、そのお母さんさえいないんだと思うと、本当にたまりませんでした。
最後の1人を終えたその友達も、私とバスまで歩き、お互い考えていた同じ事を話しました。そして、もうこれ以上耐えられないという顔で、ヨレヨレになった、子供達の硬く絡んだ髪をとかした櫛を、手で握っていました。

だから、家族といるような温もりを、少しでも感じさせてあげたい!
元気のある彼らを見る方が幸せですし、少しでも楽しい時間を増やしてあげたい、と、毎週土曜日を楽しみにしているのです。

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子供達に捕まった私の友達達です。もう汗びっしょり!勘弁してくれー!

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かわいい子供達・・・

私たちがやることと言えば、その子たちの生活をより豊かにする、ということを目指し、それに向かって働く事です。キリスト教の施設なので、1人のシスターと2人の先生たちもいますが、3人で100人の女子男子の暴れん坊たちをまとめるには、かなりの努力と、そして考えたくもないですが、たまに暴力も使わざる終えないかもしれません。(インドでは、先生たちによる暴力で、怪我または死亡した例が数多くあります)そのため、そこでの生活ルールなどは子供達の歳にしては厳しすぎますし、(ルールの1つとは、その狭い施設の敷地内より外に出るのは禁止という事です。あんな活発な子供達が本当に外に出れるのは、たまに私たちがKISに連れて行ける時だけです。)子供達を取り巻く衛生状態は、一目見て分かるほど酷いものです。

そこで私たちは、その子たちに遊泳具やシーソーを寄付したり、建物の壁の塗り替えや、トイレやキッチンの改装をしたり、KISできちんと栄養のあるご飯を食べさせたりして、彼らの生活環境の向上を図っている訳です。(もちろん彼らとも沢山遊びます!)

お金もかかります。そのために私たちは学校のSOEXのための貯金を使いますが、それでも足りない場合は、学校で開くイベントなどで飲み物や食べ物を売ったりしてお金を稼いだりもします。SOEXの先生、卒業した先輩たちや私たちの努力の結果、前と比べると、子供たちの生活も健康状態もかなり良くになったと思います。

KISの親の中では、自分の子供たちにそんな労働をさせるなんて、とか、成果を出すなんて、子供たちではどうせ無理、などと言う親もいますます。そんな親たちには、ぜひ、私たちと一緒に来て、見て、働いてみてもらいたいと思うのです。このようなことを言うのは悲しいことに、当のインド人の親が多いのです。KISに来るインド人の家は大体金持ちで、家に家政婦が何人もいるような家庭だったりします。子供どころか、自分でも皿洗いさえした事はないかと思います。それに、たまにそういう子は、ほかの子と比べて働く意欲が見られないし、働く理由も理解し難いと思っているようにも見えます。
でも、だからこそ、インドの将来を担うその子供たちこそが、このような経験をする必要があると思います。なぜなら、人の痛みは自分で経験してみないと分からない物だど思うからです。そして、その子供たちが、将来この現状を変えれるような人間になるかもしれません。そうじゃなくても、この経験を口伝いで広める人もいるかもしれないし、子供達に伝えることもあると思います。そして、このSOEXで助けられた子供・大人でさえ、なにか他の人間に影響する事を成す様になるかも、と思うのです。

だから、働く私達は、同情からやっているわけではありません。お互いに教え、教えられ、助け、助けられていると思うからです。

1人でも。
そうたった1人でも、助けた者、助けられた者が、この経験を生かして、あともう1人を変えることができたら。
私たちはただそう思って、一生懸命に頑張っています。
毎週私たちが来るのを待ちどうしくしているあの笑顔を、もっと増やすために。

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SOEXで、貧しい村に井戸を掘りました。炎天下の中、すごい重労働です!掘り起こした土も、重い鉄皿にのせて、凄いスピードでリレー式で運びます。言葉の違いを越えて、手伝いに来てくれた村の住民たちとも仲良しに。楽しくてしょうがありません!

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ほら!日本の「ケン、ケン、パ!」がこんな所に・・!(もう私、行く先々でこれ地面に書いてます!)インドのどこかで見かけたら、私が教えたといって間違えなし!!

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私は子供達に、花と葉っぱで何ができるか?と、草遊びを創作中。(さすが長野の富士見っ子!!)子供達も私のを真似して、黙々とやっていました。

貼り主: sachi 日時: 14:15 | Comments (0)

2004年06月13日

幸(インド留学中の次女)のページ2

KISが創った、kodi紙袋ルール

私の学校、KISがある町コダイカナルには、とてもすばらしいルールがあります。それとは、私の遥かなる先輩たちによってkodiに広められた、プラスチック袋廃止の決まりなのです。なんと、かの生徒たちと先生たちが地域に呼びかけ、運動をしたおかげで、今kodiで買い物をすると出てくる袋は、手作り新聞紙の紙袋になりました。

プラスチックの袋は、今どこでも使われています。インドの山のてんっぺんの小さい町、コダイカナルでさえ使われていました。この町の中心とも言える、コダイカナル・インターナショナル・スクール(KIS)では、ある時ある運動が起こっていました。それは、学校が中心に起こした、プラスチック袋廃止の運動だったのです。

そのころ、コダイカナルは観光地として発展してきていました。どんどん来る観光客とあわせて、プラスチック袋などのごみの量もどんどん増えていきました。ごみの耐用にも追いつかなかった町に、プラスチックは自然に帰らぬまま、道にあふれるように溜まっていき、美しくて有名だった町はどんどん汚れていきました。そしてとうとう町にこの運動が始まりました。その中心となったのが、この現状を1番間近で見、悲しんでいたKISの生徒たちだったのです。先生たちも中心に立ち、学校総出の運動となりました。その結果とし、コダイカナルではプラスチック袋の利用がどの店でも廃止され、手作りの、新聞紙で作られた紙袋が使われる事となりました。この袋はすぐ破れるので、買い物するのに良い袋とは言えませんが、今でもこの袋は使われ続けています。でも最近では、隠れてプラスチック袋を使う店も増えてきました。悲しいことですが、だいたいあの運動が起こった当初でも反対意見は出たはずですし、プラスチックがなぜいけないかと言う理由さえ、わかっていない人も地元では少なくなかったはずだったと思います。だから今コダイカナルにとって大切なのは、また私たち生徒が中心に立って、町に呼びかけること。そして何より、このルールの本当の意味を分かってもらう事だと思います。

インドでは、このように、海外からの援助や運動で救われる都市も少なくありません。なぜなら、発展の勢いについていけなかった都市が、なすすべもなく、また自覚もなしに、どこかで置いていかれているからです。そういう彼らに援助してもらうことを、理解してもらうには到底時間がかかりましたし、かかりそうだと思います。なにしろこういう所では、昔からの考えを変えることは本当に難しいし、理解することを否定されることも少なくないと思うからです。だからこのような働きをするのには、インドでのごみ拾い並みに辛い時があります。なぜなら、どんなに彼らのためと言ってやっても、当の本人たちは無関心・無理解の事が多いからです。


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美しいコダイカナルの朝日・・・こんな所のためなら頑張れます!

貼り主: sachi 日時: 11:51 | Comments (0)

2004年06月09日

次女・幸のページ 1

インドの人々

次女、幸がインド留学で学んだ文化の違いをご紹介します。
「世界初公開!!こんなに貴重で珍しい体験は、絶対に欧米留学ではできない!!」
今回はインドの人々をテーマにご紹介します。

インドとはどういう国かご存知でしょうか?

私に言わせれば、インドに対するだいたいの日本人の印象・想像は、実際のものとかなり違っていると思います。
沢山の人は、インドと聞いて、すぐさま「カレー!」と言ったり、たまねぎの先の形をした、アラジンの映画に出てくるような建物ばかりを想像していたりします。
または、ターバンをして月型ナイフを持ち歩いているような・・・。
正直に言うと、私もインドに留学する前はそう言う風に考えていました。今考えると笑ってしまいますけど!
では、本当のインドとはどう言う所で、私がそこでどんな生活をして、何を学んだのかを、お話したいと思います。
   
 今回はまず、インド人をテーマにお話したいと思います。
インド人に会った事はありますか?または、「あ、インド人だ!」と思った事は?
もし皆さんが、肌の色がけっこう黒く、いつも大きい声で話し、とても友好的で、ちょっと特有なにおいを発し、(これは別に悪いと言うことではありません。私はよく空港などでこの匂いに気づく度に、インドへの思いがドーッと押し寄せて、妙にインドが恋しくなるのです。)それに、首のうなずき方がまったく混乱している(そう、彼らは「うん」の時は首を横に振り、「いいえ」の時は陰険な顔をするか、縦に振るのです)そんな外国人を見かけたら、その人はたぶん、インド人といっていいと思います。
と言っても、日本にいるインド人や、インドにいても、北と南に州や部落、民族やそれぞれの文化の境目によって、全く異なる国のような違いがありますし、言葉の数も、とても数えられたものではないと思います。
だからこれはただの大雑把な特徴ではありますが、それでも、インド人はかなり特徴のある好い人々だと思います。
もちろん、私も大好きです!(笑)

 私の勉強しているコダイカナル・インタータショナル・スクール(Kodaikanal International School- KIS)の6割もインド出身の生徒です。
でも、たまに「本当にそんなにたくさんの数のインド人いるのかな?」と思う事があります。
なぜなら、2年そこで暮らしてきても、「あ、日本人かも」と思った相手がインド人だったりするからです。信じられない?本当ですよ!
北東インドの、ミゾラム、ナガランドやマニプールなどと言う州に行くと、もうそこは別世界。インドと言うより、中国人やカンボジア人やビルマ人の顔や文化に、より近いのだと思います。
そういうことで、インドは多人、多文化で有名です。KISにいると、世界について知ることが沢山あって、本当にびっくりすることばかりです。
インドは、知っても知っても飽きる事が無くておもしろい!

 
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この写真に私はいませんが、色々な国から来た子供たちがいることが分かると思います。
さあ、どの人がインド人でしょう?

貼り主: sachi 日時: 11:58 | Comments (0)

本当の教育って・・・?

次女の幸が、留学先のインドから夏休みで、富士見に帰って来ています。
高校2年生の途中まで下諏訪向陽高校にに通い、その7月から姉と同じインドのインターナショナル・スクールに高校の3年間を留学しています。幸の同級生はみんな大学1年生か就職の年です。

彼女の話を聞いていると、日本の学校では決して経験できなかったような体験をたくさんしてきています。
今回、帰ってきた彼女がしみじみと言うのです。
「我が家って、本当に幸運だよね。家族の中で、大きな病気になったり死んだ人もいないし・・・。家族みんなが健康で暮らしてるもんね!」
きっと、母親の私が思いもしないような世界をたくさん見ているのでしょう・・・。
家族が健康で暮らしていることを、「本当に幸せ」と思える次女を誇らしく思いました。
彼女の話を聞いていると「本当の教育ってこう言うことじゃないのかな?」と、思います。
親ばかで恐縮ですが、幸の夏休みの間に、彼女の体験談をいくつか書いてもらい、紹介したいと思います。

文化や生活習慣が違えば、それに伴ってものの捉え方や考え方までもすっかり変わってしまいます。
そしてそれが、子供の教育にも色濃く反映されています。
彼女の留学先の、コダイカナル・インタータショナル・スクール(Kodaikanal International School- KIS)は、インドの南の端、標高二千メートルを越す山の上にあります。
(インドとは言え、冬は寒くてセーターが必要です。)

そこでの教育は、日本のものとは大きく違います。
幸の話を聞いていると、驚かされることばかりです。

たとえば、昨日の夕飯の準備をしながらの会話は「開発途上国について」でした。
 
娘たちが、インドに留学したのを機会に、冬休みを利用してここ3回、インド、タイ・ラオス、インドネシアと、家族旅行をしています。
その旅行で私が一番強く感じているのは、どこに行ってもビニールやプラスチックのごみが至る所で放置されている事。本当に心が痛みます。
恐らく、すべてが自然の物から作り出されている時は、ごみを放置しておいても動物の餌になったり、分解され自然に帰っていったのでしょう。
でも、人が作り出した科学物質は、餌になる事も、分解される事も無く、果てしなく増えていきます。そしてそうして出されたゴミをきちんと処理するための教育もなされないまま、それこそ、町のあちこちでゴミが山と化して行くのです。

たとえば、本当に美しいインドの運河を船で上っている時の事。
観光に来るのは当然裕福で、教養もあると思われるインドの人たちです。
彼らはプラスチックのコップでお茶を飲み、平気でその運河に投げ捨てます。
その美しい運河を見に来てながら、何の意識も無くそこにゴミを捨てるのです。
思わず夫は「何でそんな事をするんですか!あなたたちの美しいこの国を、どうしてそうやって汚すんですか?!」と、言わずにはいられなかったようです。
でも、言われた本人たちは、恐らく何を云わんとしているのかは、心に響かなかったようです・・・
次男が捨てられたコップを必死で拾うとしましたが、まったく無関心でした。
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そしてインドネシアの美しい浜辺でも、近所のおばあさんはビニールに入ったゴミを当たり前のように海へと投げ捨てます。

こんな事は、中東でも同じで、よく海外に出張する義理の兄によると、砂漠の中にビニールのゴミが散乱しているのだそうです。
と、言うことは世界中の「発展途上国」といわれる国々で同じ事が起こっていると言う事ではないでしょうか?

そんな現実を目の当たりにすると、開発途上の国々に文化が入り込んでいく事の「負」の部分を強く感じます。
そして、それらの国々が本当に「開発途上」なのか?と言う事さえ疑問に思えるのです。
「途上」と言う事は、「開発されるべき」だと言う事で、その事をそこに住む人々が望んでいるんでしょうか?
と、私の疑問を娘に話してみたわけです。

「私、それ学校で勉強した!発展(development)って言うのは、健康、教育、文化、経済、環境、交通などなど、それぞれの分野で、人々の生活のレベルが上達する事。開発されるべき、って本人たちが思ってるわけじゃなくて、自然に周りの影響を受けている事もあると思う。
これは全部私の地理学(geography)の授業で勉強したことなんだけど、こう言う場合、発展させる項目の順番が狂っていたり、計画不足だとそうなるんだよ。
たとえば、経済ばかりが発展して、そのお陰で交通機関が充実して、観光で儲けたりしても、環境汚染がどんどん進んだりする。
特に、インドは、観光が進んだ所で文化が衰えた所もある。欧米化が進んでね。
ママがこう言うすばらしい古い文化が残っている所に、近代文化が入り込むのが嫌なのも分かるけど、ただ文化が入り込む事が悪いんじゃなくって、発展するために必要な知識や準備がまだ無いまま進んでいくと、戻って直したり改正するのが大変になる、って事なんだとおもう。それに今の時代、自分たちの意思で、どれだけその国を発展させるのか、それとも伝統を守るのかって意思表示するのも重要になってくると思う。なにしろ1度観光地になってしまうと、来るな!なんて言えないしね。
特に伝統的な文化を取り戻すのは大変。それでも、近代文化が入ってきたって、古い文化がちゃんと残ってる所だってあるし、それはちゃんと自分たちの文化の偉大さを知る教育があったり、自覚があったからだと思う。」

なるほど!
深く考えた事はなかったのですが、言われてみるとその通り。
文化が入る事を今の世の中で否定する事は出来ないし、その順番や準備が大切だと言う事ですね。
それを次女はきちんと「知識」として勉強しているんだと思うのです。
このつづきは次女にバトンタッチです。

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(ここからはエンジェル幸の文章)

そういう所の人たちは貧しいから、自分たちの今のことで精一杯で将来の事なんて考えてられないし、教育のレベルも低いから、自然の大切さとか、環境保護がどれだけ大切か分かっていない事が多いのです。
経済の発展が遅れててお金もないと、教育のレベルももちろん落ちる。それに、発展するにあたっての計画も大事です。
そういう国のためにworld bankなどの、発展するためのお金を貸す組織があって、(SAPと言う、貸すにあたってのルールに沿って貸しているのですが)、たとえばそのお金を使うのに、今何が一番必要かを、いろいろ検査して調べたりします。そういう計画がきちんとなされないと、いざ発展計画をはじめてからも、順番が間違ったり、バランスが取れないとか言うことになって、失敗に終わるか、あまり成果が無かったりするのです。

ゴミの問題はよくインドでも取り上げられますが、手遅れと言う人も少なくありません。
なにしろ、インドは最近すごい欧米化が大都市で進んでいて、そう言う所では、金持ちと、多数を占めるスラム暮らしの貧乏な人達との貧富の差がかなり激しいのです。
そう言う人たちの差は天と地で、お互いが分かり合って何かするのはすごく難しい事だし、金持ちで教養はあっても、道徳教育と言うものを理解していなかったり、環境なんか気にしないと、自己中心的に考えて将来の事を無視したりしています。
今からみんなでゴミ拾いするなんて、あの国では不可能だと思います。
私たちの学校で町のゴミ拾い(コダイカナルのプラスチック袋問題)とかをするのですが、拾っても拾っても終わりが無い。
だって、私たちが拾ってるのを見て、それを見物しながら目の前でゴミ捨てるんですから。
もうこの国では、この常識を理解してもらえる見込みがないと思います。
それでも私たちがそれを続けているのは、たった1人でも、私たちを見てる人たちが、
「ああ、自分たちの捨てたゴミを拾ってくれるやつがいるんだから、捨ててもいいや。」ではなくて、
「こうやって自分たちのために努力してくれてるやつらがいるのだから、もう捨てるのは止めよう。」と思ってくれればいいと、それだけのためにやっているのです。

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ああ、疲れた!コダイカナルに上がっていく道でのゴミ拾い。韓国籍の友人デビー(右)と。

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ボートに乗って、コダイカナル観光の中心の湖のごみ拾い。


とくに、ゴミを捨てるのは大人。その大人を見て子供も真似をします。

「あなたたちの国は、とてもすばらしい国で、汚すのにもったいないんだよ。たったゴミをゴミ箱に捨てるぐらいの努力で、あなたの子供たちに、1つでも多い、この国のいい事を残せるんだよ。」と。
そして、一人でも多い子供たちに分かって貰いたいと思います。
自分でも、結構いい勉強をさせてもらってるなぁと思います。(笑)

インドでの生活では、いろんな世界が見えてきます。

貼り主: chiyoko 日時: 11:42 | Comments (0)