2009年06月29日

諏訪養護学校の参観日

6月27日 午前中に、諏訪養護学校の「学校開放」がありました。
「地域の皆様の参観日」と言う趣旨で第9回目を数えます。
この学校開放は、諏訪祭と並んで、地域に開かれた諏訪養の行事として、年々定着してきています。

引き続き午後から、学校評議員会が開かれました。
私は、諏訪養護学校の児童クラブの立ち上げに参加した経緯もあり、最初から参加させていただいています。
ずっと同じ人間では弊害もあるだろうと、教頭先生に相談したところ
「長く続ける人と、新しい人がいたほうがいい」と言っていただき、今年も引き続きお受けすることになりました。

朝一番から、パノラマの植栽ボランティアがあったので、10:30ごろから授業参観に行きました。
それぞれのクラスで、元気一杯な子供達の声が聞こえました。

外に出ると・・・
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農業ボランティアの面々が草取りに駆けつけていました。
私も、気持ちだけ・・・一列草取りに参加。

一休みの時に、思わす質問が出ました。
「ボランティアの皆さんの草取りをしたところは、きれぇ~いになっています。 草取りのコツは何ですか?」
「50年間草取りをしたら、できるようになります」
グーの音もありません。

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子供達がキャベツについた虫を丹念にとってます。

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側の川からポンプで水をくみ上げて、上から滝のように流して池を作っていました。
分かるでしょうか?
池には発砲スチロールの島が2つ浮いていて、右の島では女の子が恍惚としています。
このくらい、ぞっこん水遊びをさせてもらえれば気持ちがいい。
羨ましい限りです。

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どこのクラスも、保護者の参観していて一緒に楽しんでいました。

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この、唐草模様の変なおじさんは先生で「おーい、マシュマロを焼いて食べよう!」
と、突然、上の山の上から現れました。

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以前もご紹介した驚愕のヤギさんです。
丁度、乳絞りをしていました。
このみごとな乳房。
とても出産4年目(いや、もう5年目に入っているのかな・・・?)とは思えませんね。

見学の後に、校長室で昼食を頂き、評議員会が行われました。
各評議員さんから、授業参観の感想や、学校への意見などが出されました。

私が、いただいた資料で驚いたのは、養護学校の児童数が年々増えていること。
どこの学校の生徒数も人口数も、右肩下がりのグラフを見慣れていたので、新鮮な感じさえ受けました。
養護学校に対する理解が得られて来ているのか。
全国的な傾向だそうです。

諏訪養護学校では、手狭になって増築を考えたいのですが、敷地は広いのにいい場所がなくて困っているとのことでした。


最後に、すでに何回もお願いしているのですが、だめもとでまたお願いしてきました。
私の夢なのですが、諏訪養の陶芸班で富士見町の井戸尻遺跡から出土した土偶のレプリカは作れないものか・・・
丁度、茅野市の尖石や富士見町の井戸尻の「土偶」が大英博物館で展示されるとこともあり「どぐう」が注目を集めています。
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6月30日の長野日報によると、10年前に制作された下諏訪町の「万治の石仏」の土鈴が販売を再開したそうです。


現実的に、養護学校では先生方の時間の都合で難しさもあるのかもしれませんが・・・
ちょうど、いいチャンスですよね・・・
こんな発想は、私だけなのか・・・
なかなかみんな乗ってくれない。


いつも考えるんです。
諏訪養護学校が富士見町にある意味。
町民にも親しんでもらえる学校であって欲しいし・・・
弱者にやさしい町であって欲しい・・・

貼り主: chiyoko 日時: 12:10 | Comments (0)

2009年06月26日

次世代育成支援に関するニーズ調査

「富士見町次世代育成支援行動計画」の後期(平成22年度~26年度)の策定に向けて、
子育てに関わる生活実体や要望・意見などを把握するために、調査を行い結果がまとめられています。

私は、一番大切な「子育て支援」は、働きながら楽しく子育てができる環境整備だと、思っています。
だから、病児・病後児童の受け皿や、企業とも協力して子育てしやすい環境づくりが必要だと行政にも訴えています。

そんな状況がうかがえる調査結果でした。

調査は、就学前児童を持っている保護者と小学生児童を持っている保護者へのアンケートです。

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写真のグラフは、小学生児童を持っている保護者への質問で「子供が病気や怪我で仕事を休んだことがあるか」
「あった」が58.3%で、そのうちの母親が1年間平均で4.4日仕事を休んでいます。


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私がちょっとびっくりしたのは、就学前児童のお母さん達の就労率。
52.9%が就労しています。
フルタイム(19.75)
育休・介護休業中(7.5%)
パート・アルバイト(25.7%)

現在は就労していないお母さん(42.1%)と、就労したことがないお母さん(1.4%)の中でも、
70%のお母さん達が1年より先で子供がある程度大きくなったら就労を希望しています。
27.6%は、今すぐにでも、或いは1年以内に就労を希望しています。


就労希望がありながら働いていない理由の36.2%が「働きながら子育てできる抵当菜仕事がない」。
帰宅時間は6~7時が60%を占めています。

また、小学生のお母さん達はフルタイム(32.8%)パート・アルバイト(45.9%)が就労しています。

いかに働きながら子育てをしているお母さんが多いか。
そして働いていない方も、希望が多いかと言うことです。

町長はよく「子供は抱いて育てろ」と言うのですが、そりゃ、できればそれに越したことはありません。
でも、経済状況で働かざるを得ない家庭だってあるし、暮らしの価値観だって変わってきています。
この、現状をどうするのか、を考えないといけないですよね。

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これは就学前児童を持っている保護者への質問
「優先して充実・実施して欲しい子育て支援策」
左から
・産科や小児科の医療体制の整備(63.1%)
・公園などの子供の遊び場の充実(51.7%)
・児童手当制度の充実(46.9%)
・家庭と仕事を両立できる就労環境の整備(29.5%)
・児童館などのこどもの遊び場の整備(21.2%)


小学生児童の保護者でも同じような結果になっています。
・産科や小児科の医療体制の整備(63.4%)
・児童手当制度の充実(49.7%)
・公園などの子供の遊び場の充実(46.6.7%)
・児童館などのこどもの遊び場の整備(31.9%)
・家庭と仕事を両立できる就労環境の整備(28.0%)

私が6年前に議員になって、最初に行政に要望したのは、清泉荘を児童館として解放して欲しい、と言うことでした。
町長の答えは「使えるんだから使え」と、言うもの。

それから「たまり場づくり」をはじめた訳ですが、行政が「やります」と、一言いってくれればすでに多くのお母さんが使えているはずなのに・・・


貼り主: chiyoko 日時: 18:27 | Comments (0)

2009年05月20日

教育委員会の傍聴

なるべく傍聴に行こうと思っていながら、つい、日にちの確認を忘れてしまいます。
5月13日の教育委員会では、統合する中学の校名が決定すると言うことで、前日に
「明日の教育委員会で発表されるよ」と、知人に教えてもらいました。
役場2階の教育長室で行われましたが、報道の他、傍聴は私一人でした。

すでに、新聞報道されているので、ご存知の方が多いと思うのですが、新しい中学校の校名は「富士見中学」に決まったそうです。
実は、この日の教育委員会は、午前10時から始まり、校名が決まったのは午後1時半からの会議でした。
私は、午後は用事があり傍聴できなかったので、翌日の新聞で知りました。

午前中は、落合小学校の今後のあり方についての話合いがされました。
その結果
「平成22年度末をめどに、落合小学校を閉校する方向で、具体的な検討を進める」と、決まりました。
ここで教育長が強調したのは、あくまでも検討を始めるのであって、「平成22年度に閉校することを決定したのではない」と言うこと。

落合小学校では、急激な児童数の減少で平成21年度には児童数が36名となり
平成22年年度には、1・2年生が複式になる予定だそうです。
教育長によると、
・国道20号が通っているのに、県内でもこれだけ児童数が減少しているところはない。
・県内の他の小規模校は、地理的な問題がある。
・小規模校の対応として、山村留学などやっているところもあるが、小学校の低学年では無理。
などの話がありました。


では、なぜ21年度末の閉校はできないのか?
次のような理由だそうです。
・落合地区の伝統に大きな転換期になる。地域と充分に議論をして、納得して閉校せねばならない。
・教員の人事異動の関係で、8月末、9月までには結論が出ていないと間に合わないので対応できない。
・保護者や同窓会との議論も必要で、閉校式典の準備期間が必要である。

23年度に延ばせないのか?
これだけ児童が減っているので、子供のことを考えると、さらに一年延ばす根拠がない。

以上のことを勘案して、教育委員会の考え方としての方向を決めたわけです。

委員の中から「保育園の統合についての議論は?」との問いがありましたが、
それについては、小学校の議論の中でしていくと言うことです。

今後の進め方としては
・教育委員会も具体的な「案」を提示し、区長会・地元説明会を開きたい。
・地元に持っていくのはあくまでも「案」である。
・夏以降、秋くらいには地元に説明していきたい。

検討事項として
・通学区域の見直し。
・保育園の存続。
・通学方法
・事前交流
・跡地利用  があげられていました。


この、教育委員会の方針については5月の議会の全員協議会でも報告がされました。
教育委員会は、「富士見町立学校整備促進審議会」に「町立小学校の適正規模」について諮問し
小学校については、「複式学校を避けるべきである」との答申を受けています。

現時点では平成22年度には、1・2学年の複式になると見込まれています。
私の疑問は、22年度に、複式になるかも知れない1・2学年については、町単独でも教員を確保して複式を避けるのか、と言うことです。
そのこともこれから考えていく、という返事でした。

いずれにせよ、教育長の言うように「落合地区の将来をどうするのか」と言うこと。
町長部局とも連携して、町の大きなビジョンを含めての議論が必要ですね。

貼り主: chiyoko 日時: 09:13 | Comments (0)

2009年04月05日

入学式によせて・・・

4月に入り
富士見町でも各学校で入学式が行われました。

境小学校の入学式
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16人の男子と9人の女の子たち。
ひとりひとり紹介とともに名前を呼ばれると、元気な声で返事をして立てました。

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境小学校が行っている、俳句の活動。
平安堂書店の協力で 子供たちの俳句が本のしおりになりました。
平安堂で本を買うと、このしおりが一枚づつもらえるそうです。
うれしい企画ですね。
池袋のボランティアで、登校時に子供たちと一緒に歩いているメンバーに、特別に6枚セットでいただきました。
どれもかわいい俳句たちです。


       *       *       *       *       *

南中学校の入学式
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新入生を代表して、緊張の代表の挨拶。
この、ぴんと張り詰めた空気がとっても好きです。

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今年の入学式が、南中学校、最後の入学式になりました。
この一年間を、みんなで充実した楽しい学校生活にして欲しいですね。
「大好き! 南中」

       *       *       *       *       *


諏訪養護学校の入学式
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諏訪養護学校の校長先生は、今年は女性です。
今までとちょっと雰囲気が変わりました。

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高等部の廊下で出迎えてくれたのが、このカメレオン!???

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私は、この魅力的な生き物たちにすっかりの参ってしまいました・・・ ^^


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3月の末、高学部の先生から、「畑のボランティア」の募集がありました。

富士見町の「味の会」では、諏訪養での大豆の種まきから味噌作りまで、毎年恒例となっています。
大豆を使って、昨年は、豆腐作りにも挑戦したと伺っています。

畑のボランティアは、一年間を通じて、農業体験活動を支援するグループと言うことになります。
3月末に、20人ほどが集まり、顔合わせの相談会が設けられました。
このメンバーで、ローテンションを組んでお手伝いすることになりそうです。

「まずは、作付け計画を作らなくっちゃ」
生産部では、昨年、収穫した野菜を学校給食でも使ったそうです。
それが増やせればいいですね。

担当の先生の
「私は、子供たちに一流の経験をさせていと思っています。
 一流と言うのは、本物、と言う事で、たとえばそばを植えてそばを打つまでの経験をさせる事です。
 これから、農業に腰をすえて実践していきたいです」と言う話に、ぞっこん惚れました。

何人か、諏訪養護学校の先生を知っていますが、本当に素敵な先生ばかりです。
以前、諏訪養護学校で何年間か過ごし、その後普通通中学校を経験なさった先生が
「また、諏訪養護学校に戻って来れたんだ!」と、満面の笑みでおっしゃっていたのも印象的です。

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畑のボランティアの相談会で出された先生手作りのケーキです。
諏訪養護学校で、昨年作った「ひまわり油」で作ったシフォンケーキだそうです。
ほんのり、ひまわり油の香りがしました。
諏訪養にぴったり!って感じがしました。 ^^

貼り主: chiyoko 日時: 10:18 | Comments (0)

2009年03月12日

子育て支援を推進する町づくり

引き続き、一般質問で取り上げた問題です。
富士見町の子育て支援は、ここ数年、充実してきていると感じています。
中学3年生までの医療費の無料化、ファミリーサポートセンターや各小学校への児童クラブの設置、など。
日本中に「富士見町で子育てをしよう!」とPRして、町の政策の柱として掲げて欲しいものです。

2. 子育て支援について
一回目

①富士見町を「子育て推進の町」として、転入する子育て世帯や子育て支援に積極的な企業に対し、税制など優遇措置を設ける考えは
私は、この一般質問の中でも、今まで何度も、私の実体験として、富士見町で子育てできたことがいかに有意義であったか、ということをお伝えしてきました。
これだけ子育て環境が問題となっている現代社会において、富士見町でも、まったく問題はないとは言えませんが、
子供を育てる上で大切な自然や支えあい・開放された学校・個性的ななどなど、優れた子育て環境が多く存在しています。

富士見町でも、少子高齢化の傾向は避けようもないことですが、それでも人口が横並びできているのは、よそからの転入者がいるためでもあります。
また、結婚や出産を機会に富士見の親元に帰ってくる、という方がいるようです。
私は、子育て世帯を積極的に富士見町に呼び込むことで、町の活性化につながって行くと思います。

富士見町には、それに足る十分な環境があります。
その為には、子供を育てる環境づくりは社会全体で応援する必要があります。
働くお母さんの環境整備には、企業の協力も不可欠です。
子育て支援に積極的な企業については、3年間は法人税の無料など、町全体で子育てを応援する方策と、それと同時にイメージ作りが大切ではないでしょうか。
「富士見町で子育てをしよう!」というようなキャッチフレーズを作って、子育て世代を積極的に受け入れていく、町の大きな政策とする考えはいかがでしょうか。

②町内に一箇所でも病児保育の受け皿となる公的な場所が必要ではないか
子育て支援で大切な視点のひとつは、働くお母さんたちをどうやって支援していくかであると思っています。
同僚議員のように、出産一時金で支援するという考え方もありますが、私はそれよりも働きながらでも、生き生きと楽しく子育てができる環境づくりこそ、必要だと思います。

町長の言う「自分の手で育てろ」ということはわかりますが、これだけ価値観が多様化し、社会情勢が変化している中では、
母親自身が納得のいく充実した生活を送ること、仕事と子育てが無理なく両立できる社会作りが何よりも重要です。
また、今の経済不況の中では、望まずとも母親が働かざるをえない状況もあるでしょう。

そういった、社会状況の中で、保育園に子供を預けて働いているお母さんたちの一番の問題は、子供の病気です。
仕事への責任と、母親としての責任の間で悩みます。
子供の病気は突然変化することも多く、働きながら対応することに、本当にご苦労されていることと思います。
朝、仕事に行く直前に発熱に気づいたなら、それから子供を預ける先を探すことは大変に困難です。
よっぽど理解のある職場なら別ですが、急に仕事を休んだりすれば信用も落ちます。
働くお母さんを支援するためには、この病児保育の受け皿の設置は、急務であると思いますが、いかがお考えでしょうか?


二回目
① 富士見町を「子育て推進の町」として、転入する子育て世帯や子育て支援に積極的な企業に対し、税制など優遇措置を設ける考えは

  ★町づくりのビジョンとして、「子育て支援」を柱に、広くPRして行く、という事にいい返事はもらえないと思っていたら、「やって行く」という答えでした。
  そうでなかったら、
 「少子高齢化、地域によっては過疎化の進む富士見町で、若い人たちを呼び込むこと が大きな力となると私は思っていますが、町長は、それ以外にどんな政策をお持ちなのか」
  と、聞こうと思っていたのですが、聞けなくなりました。 ^^;

②町内に一箇所でも病児保育の受け皿となる公的な場所が必要ではないか
お隣の原村では、保育所に看護師を常駐して対応しています。
茅野市では、病院の協力で、塚田医院に併設した「おやすみ館」で、受け入れを行っています。
この「おやすみ館」は、他市町村のお子さんでも、利用可能です。(詳しくは、こちら
また、下諏訪町・諏訪市では、施設を持っていませんが、条例で施設を利用した経費について自治体で補助金を交付することを定めています。

近隣の6市町村を見ても、病児保育になんの手立てもないのは、富士見町だけです。

受け皿の設置が急には無理でも、せめて、富士見町近隣ではどんな受け皿があるのかをお知らせすること。
また、そういった施設を使ったときに町から補助を出すことくらいは早急にすべきだと思いますがいかがですか。

★病児保育については、あるお母さんから相談され、6市町村の実体を調べて初めて知りました。
 原村のように、村でひとつの保育園なら対応はできます。
 しかし、富士見町のように、離れた場所に5つも保育園があると、各保育園で対応するためにはあまりに費用が膨れます。
 確かに整備するにも、難しい環境ではあるのですが、対応せねばなりません。
 
 富士見町では、来年度新しい事業で、1保育園で障害をお持ちのお子さんに対応するために、1名の看護師を配置します。
 この看護師で、対応できるかどうかも、来年度は模索しながら・・・という事になりそうです。
 
 また、ファミリーサポート事業(ファミリーサポートについてはこちら)で、可能なら対応もできるともことですが、事前に登録が必要ですし、突然に事態に対応できるかどうかはわかりません。
 せめて、「補助金制度を・・・」と思いますが、担当は、補助金制度を設けても、実際に機能しないだろう、とのことです。
 「機能しない補助制度をつくるより、本当に使っていただける制度を考えて行きたい」、とのことです。
 その考えには大賛成!
 本当は、協力していただける病院が受け皿になっていただけるのが、一番良い方法じゃないかと思いますが・・・
 皆さんの中で、何か考えがあったらご意見をおねがいします。
 

 また、もうひとつの新しい事業として、「おじいちゃん先生」との位置づけで、用務員を5保育園で2名配置します。
 シルバー人材センターからお願いする予定だそうですが、とてもいい事業で期待、大です。

貼り主: chiyoko 日時: 16:28 | Comments (0)

2009年03月01日

境小学校・給食試食会

学校給食に安全・安心な食材を提供している「よっちゃばり」の会に、境小学校から給食試食会のお誘いがありました。
2月23日の「ふじみの日」に地元食材を生かした献立で、「よっちゃばり」から10人の参加がありました。

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境小学校に着いたときは、お掃除の時間でした。
玄関を雑巾で拭いているところで、きれいにしたばかりのタイルに足を踏み入れるのが、申し訳ない感じでした。
「ご苦労さま」

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「いただいきます」
境小学校では、学年別に食べたり、縦割り給食をしたり、毎月席変えがあるそうです。
この日は、学年別の机でした。

残食の少ないことでは定評があります。
先生はもちろんですが、高学年の子が低学年の面倒もよく見ているそうです。

そうそう・・・我が家の次女も境小学校の卒業生ですが、
低学年のお母さんから「いつもお世話になっています」なんて言われました。
口うるさいおねえちゃんだったようです・・・^^;

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本日のメニュー
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給食室には、よっちゃばりの食材提供者や地産地消の紹介が展示されていました。
「地産地消って知ってる?  その土地(ふじみ)
 で作った農産物(野菜、くだもの)を
 その土地で消費(たべる)すること。
   新鮮で、安くて、安全!」

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年間を通じて取り組んでいる「俳句」も紹介されていました。
どれも、子供らしくってかわいいですね。


校長室で、よっちゃばりと、栄養士の先生、校長・教頭先生との懇談の時間がありました。
栄養士の先生からは、地元の食材を意欲的に取り入れていただいている様子を伺えました。
品目は46品目。
重量では昨年の3倍だそうです。これは、キャベツに置き換えると9万個分。
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キャベツ9万個を並べたとすると、長野県から沖縄までの距離になるんだと、展示紹介されていました。


地元の安全な野菜の提供を目指しているので、無農薬か減農薬での生産は虫食いは課題です。
皆さん、手で取ったりご苦労をしていますが、それでも完全ではありません。
提供するよっちゃばりの会員も努力していますが、
実際に調理をしてくださる料理員の方の理解がなければ成り立ちません。


栄養士の先生の話では、「虫がいる野菜は、人間にとっても安全な野菜なんだ」と言う教育もしていただいているとの事でした。
虫のいるブロッコリーを展示して、子供たちへ見せてくださったそうです。
本当にありがたいことです。

一緒の机で給食を食べた子供たちにも聞いてみました。
私「もしも、給食に虫が入ってたらどうする?」
生徒A「虫を取って、食べる!」
生徒B「虫を取っておいて、後で先生に言う」
私の机は5年生だったのですが、「食べられない」という子はいませんでした。
これには、感激しました。
境の子は、たくましい!
これも、よっちゃばりの皆さんの努力や、学校での先生方の指導のお陰です。

末永く、この事業が続いて行けるといいなぁ~と、思わずにはいられません。

貼り主: chiyoko 日時: 22:44 | Comments (1)

2009年01月29日

子育て座談会

ある日、夕食を食べていると、町の有線放送のお知らせで「子育て座談会」と言う言葉を耳にしました。
「これは、面白そう・・・」
きっとたくさんの人が参加して、喧々諤々の議論がされるに違いない!
皆さんの意見を聞きたいので、開催場所などを調べて、傍聴するつもりで出かけて行きました。

ところが!!
行ってみると、参加者が少なくってちょっと寂しい状態。
参加者の子守のボランティアにいらっしゃっていた民生委員の方にも、座談会に参加していただきました。

有線放送をよく聞いていなかったのですが、この座談会は公民館の主宰で開かれたものでした。
公民館報が子育ての問題を多くの人と共有するために、公民館報の掲載を目的として開いたものだそうです。

まず子育て活動をしている団体の代表が活動の報告をし、その後に、参加者で話し合いました。
参加団体は、子育てサークルの「ヤミー」、「じゃがいもの会」、「子育て広場AiAi」、AiAiの運営をしている「富士見子育てネットワーク」、富士見小学校「で読み聞かせをしている「読み聞かせの会」

私も、幾つか、質問や意見を述べさせていただきました。

子供が、一番最初に社会に出るのが、保育園や幼稚園。
特に、一番上の子供のときには、親にとってもその時までが、孤立しがちです。
ちいさな子供と二人っきりで、子育てに悩み疲れているお母さんが多いのではないでしょうか。
保育園が始まると、送り迎えの時に顔見知りになったお母さんたちと友達になれます。
相談したり、愚痴を言ったり出来る相手って、子育てでとっても大切です。
その3歳までの子育てについて伺ってみたかったのですが、幼稚園でのお母さんのつながりも子供の関係まであって大変、という話になってしまいました。


それから、富士見町で行っているサービスについて質問してみました。
「フャミリーサポートセンター」が、子育て中のお母さんの支援のために立ち上げられています。
これは、保護者が何らかの都合で子供を預かって欲しい時に、有料(1人 1時間 700円)で面倒を見てもらえるシステムです。
(0歳~12歳)

面倒を見てもいいよ、と言う人が一定の講習を受けてから登録され、支援したい人と支援を受けたい人とを結ぶ役を果たします。。
お母さんが病気になった時や、美容院に行きたい時に使い勝手が良いんじゃないかと思っていました。
でも、この利用者が少ないんです。

私は、富士見町に引っ越す前は、千葉県の船橋市のマンションに住んでいました。
子供が同世代の仲の良いお母さんたちもいましたし、よく、お互いに子供を預けあってもいました。
でも、親しいとはいっても、相手も子育て中のお母さん。
頼んでばかりいるのも、気が引けます。
子供たちが小さい頃は、本当に「何とかしてくれ!!!」「誰でもいいから、助けて!!」
と、思うことがありました。

どんなに子供がかわいくて、子育てを楽しいと思っている人でも、きっと経験があると思います。
もし、そんな時に「フャミリーサポートセンター」のような支援があれば、私はお願いしていたんじゃないかと思うのです。
利用が少ない事が、とっても不思議だったので質問してみました。

すると、近くにご両親がいたら、そちらに預けるという意見や
「預けるのがちょっと心配」「自分の都合で子供を預けるのは気が引ける」というようなお返事をいただきました。

なるほど・・・
でも、ちょっと違うんじゃないかな・・・

そこで話の流れの合間をぬって、わたしの経験からお話をしました。

日本人って、「人に迷惑をかけてはいけない」って一般的には考えられていると思います。
勿論、犯罪や相手を傷つけるような事は論外です。

もうだいぶ前の話になりますが・・・(何しろ子供たちがまだ小さい頃でしたから・・・^^;)
新聞記事に「韓国人は、人に迷惑をかけて助け合う。日本人は迷惑をかけてはいけないと言われさみしい」と言うような内容の韓国人の方の記事を目にしました。

その時に、私の胸に落ちるものがあったんです!
「そうか・・・迷惑をかけてもいいのかもしれない」って・・・。

親だけの関係しか持っていないと、親の価値観の中だけで育つ事になります。
でも、いろんな人がいて、いろいろな考えがあることを、小さな子供も学ぶべきではないでしょうか。
家庭で事情も違うんだし、価値観も違う。
私は、お母さんがまず幸せであって欲しいと思います。
そうじゃないと、子供の面倒も気持ちに余裕をもって接する事が大切だと思うんです。
母親には許されない事がおばあちゃんには許されていいと思うんです。
子供は、そんな中から、人との距離の持ち方や接し方を学んでいくんじゃないかな。

私は、そんなふうに考えるようになってからは、
「そうそう・・・子供はみんなの力を借りて育てなきゃ」(なぁ~んて、居直っちゃって・・・^^)
「子供たちを泊まりに来させていいよ」とか「どこかに連れて行ってあげるよ」といわれた時に、ありがたく甘える事にしました。

子供を取り巻く大人が、みんなで子育てをすべきだと思うんです。
そういことがつながって、「地域が子供を育てる」って事になるンだと思っています。

私だけがしゃべっているわけにはいかないので、上記の内容の「迷惑をかけてもいいんじゃないか」と言う部分の話をしました。
すると、一人のお母さんが
「私は始めての子供のときに、どうしていいか分からなくって悩んだ結果、預けて育てました。
その時の事を思うと、今でも子供が、かわいそうでたまりません」と、おっしゃいました。

「どうやって育てたらいいんだろう・・・」ってまじめな人ほど、本当にこれでいいのかって悩んじゃう。
そんなお母さんに「大丈夫だよ!」って、言ってあげたい!

我が家の子育てがちゃんとできたか、なんて、全く自信はありません。
でも、4人の子供がいて、親としては同じように愛して同じように接しているつもりでも、
子供たちにとっては、そうは受け取られません。
「いつも自分ばかりが怒られていた」とか「あの時はこうだった」とか。
性格だって、正反対。
兄弟の力関係や友達との関係もある。
それぞれの子供の個性もある。

親のできる事は、「どんな時も君を愛しているよ」って伝える事と、「親も頑張って一生懸命生きています」って後ろ姿を見せるくらいのことじゃないでしょうか?
と、私は居直ってしまった訳です。^^;


私みたいに、きわめてドジでも子供はちゃんと育つし、
むしろ、親がちょっと抜けてる方が、子供たちはしっかりと育つかも知れない ^^;

その代わり、我が家では小さい頃から、子供にもちゃんと仕事の役割があったし、礼儀や感謝する事についてはしっかり教えてきたつ・も・りです。
子育てに、「これが正解」なんてありません。
子供を取り巻く大人たちがみんなで「社会の宝の子供を育てよう」って環境になるといいですよね。
この日の懇談会も、「地域の力」ってところにキーワードがあったようです。

座談会の内容は、3月の公民館報に掲載されるそうです。
お楽しみに!

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教育委員会が発行している「子育てガイドブック」です。
子育て支援のための、町のサービスが載っています。
妊娠から学校関係、助成制度や相談窓口の案内があります。
分からない事は、気軽に相談しよう!

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ふじみ子育て情報紙「AiAiつうしん」
内容は勿論ですが、いつもこのレイアウトのうまさに感心しています。
子育て中のお母さんたちが中心に、NPOを立ち上げて、AいAiの運営に当たっています。

ヤミーやじゃいもの会は、決まったメンバーの集まりのサークル。
AiAiは、開館中なら、だれでも自由に行って過ごせる場所です。

それぞれに役割があって、自分に合った支援や集まりを利用して、子育てを楽しんでいただけたらいいですね。

貼り主: chiyoko 日時: 23:52 | Comments (0)

2008年12月03日

教科書裁判

映像文化協会の「教科書裁判」 ~歴史の法廷で裁かれるもの~
と言うDVDを友人から借りて見ました。
先日の「日本と言う国を知る」の続きのような話です。

映画の導入は1950年初頭の話から始まっています。

当時の小学6年生の書いた「川」と言う詩

「さる さるる
 ぴる ぽろ どぶる
 ぽん ぽちゃん
 川はいろんなことを
 しゃべりながらながれていく
 なんだか音が流れていくようだ
 顔を横向きにすれば
 どぶん どぶぶ
 前を向けば小さい音だ
 ・・(略)・・・     」

「川」の音を、こんな風に表現できるなんて、すごい感性!
ところが、当時の教科書検定では、この「さる さるる ぴる ぽろ どぶん」が妥当ではない。
「さらさら」に直すか、さもなければ全文削除と判断。
また、「大きなかぶ」はロシア民謡である為に批判されたそうです。


日本の教科書は、神話から始まり、天皇はその子孫であると言う神話教育がなされていました。
各学校には、ご真影といって、天皇の写真が祭られた奉安殿があり、学校の行き帰りに生徒は最敬礼をしなければいけなかったそうです。

私も、小学校の時に担任の先生が
「ご真影を見たくて見たくて、みんなが最敬礼している時にちょっとだけ顔を上げてみたら、先生に体が吹っ飛ぶくらいに横っ面を張り倒された」
と、話してくれたのを覚えています。

家永氏曰く
「理屈ではなく、身体的動作の反復で皇室に敬意を持つように教育されてきた」
なるほど・・・毎日毎日最敬礼をして上目使いで見ることさえ許されなかったご真影。
子供心には深く刻まれたはずです。
 

そして、この映画の中で強烈に残った話。
教科書裁判では、沖縄戦における住民の集団自決に軍の関与によるものである、ということが一つの争点でもあります。

沖縄戦で、チビチビガマでは集団自決が起こりました。
しかし、同じ地区の人々が多く非難していたシブクガマでは、集団自決は起こらなかったそうです。
同じ教育を受け、同じ環境で暮らしていた人々に、なぜこのような「差」が生まれたのでしょう?
なぜなら、シブクガマにはハワイ帰りのおじいさんが二人いて、自決しようとしていた人々を止め、米軍と交渉して住民を助けたのだそうです。
自分たちの目でアメリカ人を見てきたハワイ帰りのおじいさんたちの知識に、助けられたんですね。

反して、チビチビガマには、シンガポール・マレーシアからの帰還兵がいて、日本軍が現地の人々を殺してきたように「赤鬼はもっとひどいことをする」と言う話が壕の中に広まったようです。

集団自決は、日本軍のいた離島でしか起こっていない、と言います。
みんな、生きる為に避難していたのですから、米軍の投降の呼びかけがあった時に、歪曲した情報がなければ生きる選択はあったはずです。
日本軍に追い詰められて、多くの住民が犠牲になったんですね。
その事実は事実で、若い世代に正しく伝えなければなりませんね。


家永氏は映画の中で次のように語っています。
「国家統制が恐ろしいものだとわかってもらう事が大切。」
「むしろ、今後の世代に大きな影響を及ぼすと思う。
 若者も人事ではなく、自分たちの運命が関わっていると支援の輪に加わって欲しい。」

「歴史の法廷における勝利は確信している。遺産として後世に残るのもだ」
長い歴史の中では、きっと正しい判断が下される、と言う家永氏の話は、重みがありますね。


貼り主: chiyoko 日時: 22:53 | Comments (1)

2008年12月02日

そば打ち体験

池袋集落のこども育成会主催で、そば打ち体験がありました。
夏に種を蒔き、10月にみんなで刈り取りをした「そば」です。
井戸尻考古館の横にある、水車小屋で粉をひく体験から始まりました。

池袋集落の子供育成会の会長さんのそば畑で、今年、子供たちがそば作りの体験をさせていただいていました。

この日は、その総仕上げで、そば打ち体験です。
通学ボランティアをしているメンバーがお誘いを受けました。

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井戸尻考古館の横にある水車小屋です。
この日は特別に許可を頂いて、使わせていただいたそうです。
みんな、初めての体験で、興味津々。
私も中まで入って見るのは初めて! 子供より大人の方が楽しんでいたかも・・・?

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水量はここで調整します。
普段は、水を止めて水車が動かないようになっています。

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小屋の中に入って、見学。
子供たちが、少しづつそばの実を入れていました。
水車を回すと、木造の歯車に連動して一周するごとに一回この杵が落ちてきます。
「ドッスン」と、結構な重い音が響きます。

杵が落ちてくるだけで全体が粉にひけるのかな・・・とみんなで話していたのですが・・?
どうやら、杵が落ちる衝撃で、中のそばの実がうまく回っているようです。

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そばの実です。
この三角の形がかわいいですよね。
そばの実をご飯に入れて炊き込んだり、スープに入れたり・・・
この形とぷちん!とした食感を生かしていろいろ使えますね。
粉だけじゃなくって、この実ももっと流通したらいいのに・・・


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この水車小屋には、もう一つ石臼もあります。
こちらも面白そうですが、この日が使いませんでした。
機会があったら、使ってみたぁ~い!

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子供とお母さんたちで記念写真。
粉になるには何時間も掛かるそうなので、そば打ちのために会長さんが事前に粉に引いてくれてありました。

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さて、公民館に戻ってそば打ち体験。
乙事亭でもそば打ちをしているそば打ち名人のおばあちゃんが指導してくださいました。


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まずはこねて。
「子供は300回こねてくださいね」
素直な子供たち
「いち、に、さん・・・」「20回ずつね・・・」

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4箇所に分かれて、ちょっと差はありますがどこも伸ばしの作業に入りました。
伸ばすのも主体は子供たち。そこにお母さんたちも一緒に体験を楽しみました。

丁寧にやっているので、かなり乾燥してきました。いわゆる「そばが風邪をひいた」状態。
外側がぼそぼそになり始めて、最後は先生にSOSを発したグループも・・・
でも、子供たちがどの作業も意欲的で真剣で、かつ楽しんでいて、見ている方も幸せな気分でした。^^

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「このくらいでいいかな・・・?」
伸ばした生地の手前をちょっと持ち上げて、空気を入れます。
写真で分かるでしょうか?
空気が入って、ふわっと浮いてるでしょう?
このくらい薄く伸ばせたらOK!
よく、先生の手も借りず、こんなに形良く薄く、ここまで伸ばせたね。感心!

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小学生6年生がすっごく真剣にいい姿勢で切ってます。

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お母さんと一緒に・・・
この日、一番のお気に入りの写真です。

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こうして並べるとすぐ分かっちゃいますね。
先生の切った所が、細くってきれいに揃っています。
先生のおそばもおいしかったけど、みんなが作った太めのおそばも歯ごたえがあっておいしかったです。
私は正直、太目の方が好み!

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ピンボケで失礼!
水車でひいたそばの粉です。

そば打ちで夢中になってしまって、水車小屋の仕上がり状態を覗きに行くのを忘れました!
会長さんが振るって持ってきてくださいました。

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手前の黒いそばは、この日、水車小屋でひいたそば。
こまかい目のふるいで振ったのですが、それでもかなり黒いですね。
触感がちょっとざらつく感じはありましたが、そばの風味が強く、私好みでした。

辛味大根を入れて食べた、打ちたてそばのおいしかった事!
しかも細いそばから太いもの、外皮のたくさん入った黒いものまでいろいろと食べ比べられました。
「こっちがおいしい」
「こうして食べたらおいしい・・・」と、信じられないくらいおなかの中に収まりました。^^;
会長婦人の作った漬物もおいしくって、いやぁ~大満足の一日でした!

貼り主: chiyoko 日時: 20:04 | Comments (0)

2008年11月25日

日本という国を知る事~田母神発言

先日、カナダに留学中の娘との電話で、もう切ろうと思っ頃
「聞きたい事があるんだけど・・・」と、深刻な声。
一体何事? と、構えると
「今、日本と中国・韓国との関係について勉強しているんだけどさ、私って韓国のこと、何んにも知らないんだけど習ったのかな???」

つまり、すぐ隣の国の事なのにあまりにも何も知らずに、それは自分が悪かったのか?
それとも、日本では授業で教えていないのか? と言う質問だった。

そういえば韓国のこと・・・ほとんどなにも教えてもらってないよなぁ~

長女曰く「狛犬のコマ(高麗)って、韓国の事だって知ってた? そんな事さえ知らなかったんだよ」
すいません。母も知りませんでした。^^;
(ただ、この狛犬の話。調べてみるといろんな説があって、「高麗」ではないと言う人もいる。)

「韓国が日本に及ぼした影響の大きさのに対して、日本の教科書には韓国についての記述が少ないんじゃないか!?」と言うのが長女の疑問。


そして、たまたま・・・
18日の長野日報、内外情勢調査会の諏訪支部11月懇談会の記事
「日韓はなぜ和解し得ないのか」と言う拓殖大学の呉教授の話が載っていた。
「半島であるがために、大陸の圧倒的な影響を受けてきた韓国と、古い自然観が残る島国日本の精神的構造の違い」だと言う話。


娘とのチャットで改めて思ったが、日本が回り中を海で囲まれた島国であると言う事。
韓国のように、陸地でつながり、長い歴史の中で他国からの侵略をくりかえしてきた国との国民性の違い。
他国からの影響も少なく、日本固有のいい文化が残されている、なんて思いが私の潜在意識の中にあったのかもしれない・・・

そうだ・・・
井戸尻の発掘記念の講演会でも「海を渡った縄文人」って講演を聞いたばかりなのに・・・

国によっての精神的な考え方の違いは勿論だけど、その上に教育の違い、歴史の捉え方の違いは大きい。
我が家の子供達が、外国に行って初めて「日本人とはなんなんだ」、と考える機会を得たことはうれしい事だ。

娘曰く
「そうであったらいいと言う歴史の積み重ねの、
そんな何百年も前のことにしがみつかなきゃ自分の自己を確立できないのか、って少し悲しくなる」

歴史をたどる事はしんどいけど、楽しくもあるだろう。
娘とチャットしながら「狛犬」について調べただけでも、いろんな説があった。
「なるほど、いろんな見方があるのか」
と、分かっていて、その事に自分が振り回されなきゃ良いんじゃないのかと思う。
そのために、基本として歴史事実の教育は、絶対に必要だ。

折りしも、(もうちょっと遅いか!?)田母神発言が問題になっている。
ネット上でも、田母神発言を支援するコメントの多さに驚いてしまう。

11日の外交防衛委員会で田母神氏が参考人としてどんな発言をしたのだろうか。
それで、国会中継ライブラリーを見てみた。

呆れる・・・

この日の質問者の最後は、沖縄出身の内山徳信議員だった。
内山議員の、
「田母神論文は歴史を歪曲している。
悪い事をしてきた日本の戦前の侵略戦争、植民地支配が問われなければならない。
その結果として平和憲法が生まれてきた。
悪かった事、教訓・反省しなければいけないことを基にして、国家観・歴史観を持たなければならない。
そういった私の見解に対して、反省する所があるか?」  
との質問に、田母氏の答えは
「先生の言っている事が全面的に正しいとは思わない。日本が悪いとすると、悪くなかったのはどこか」と言うものだった。

また、
「集団的自衛権も堂々と行使し、武器も堂々と使用したいというのが本音か」と言う質問に、
「私はそうすべきだと思っている。」と答えた。

こんな答弁を聞いて、自衛隊を歪んだ目で見てはいけないと思うけど、怖くなったのは私だけではないだろう・・・

内山徳信議員は続けて、日本軍が沖縄の人々に行った数々の非道について語った。
壕から軍によって追い出された住民、
おなかをすかせて泣く赤ちゃんを母親に殺させた軍人、
軍人による食料の強奪、
スパイと言って殺されていった沖縄の人々・・・
そして最後に「沖縄戦の教訓は、軍隊は最終的に国民を守れないと言う事。」と締めくくって質問を終えた。

最後にそれらのことに対する、田母神氏の答えを聞きたい気もしたが・・・
しかし、おそらくそんな言葉は、田母神氏の心に響きはしないのだろう。

田母神発言は、その立場・影響を考えれば許される事ではない。
ショックな事ではあるけれども、世の中にはいろんな考えを持った人がいる。
それ自体は、悪いわけじゃない。

日本の学校では政治的な話、宗教的な話はご法度だ。
でも、政治の話も宗教の話も、私たちの暮らしの中で最も身近な事だ。
偏った教育でなければ、むしろ積極的に取り入れるべきだと思う。

極端な話しも、両極端を知っていれば良いんじゃないか。
むしろ、そんな考えを持った人間もいる事は、子供たちも知っておくべきだと思う。
いろいろな考えを聞いた時に、自分の中で共感できる部分が多かったとしても「ちょっと待て」と疑問をもてるだけの知識が欲しい。
その訓練を積む事で、自分の信念とするものを確立して、自分の意見を持つ事が出来るようになるのではないか。

海外で暮らす事で、我が家のこどもたちには韓国人の友達も出来たようだ。
日本の侵略戦争をしっかり教えられている韓国と、そこがすっぽり抜けているわが子たちでは、最初から感情的な壁があるだろう・・・
「知らなかった」事に気づき、事実を知ろうとする気持ちになってくれればいい。
その上で、一人の、人と人として、友情を深めて欲しいと願っている。

国と国との間では、さまざまな思惑が渦巻いてしまう。
遠回りのようだが、やはり人としての個人的な繋がりからはじめる事が、一番早道で確実のような気がする。


このページを書き始めて、あっという間に一週間が経ってしまった。
思いがあっちへ飛び、こっちへ飛び・・・

学生時代、電車の中で時々出会う韓国の学生に「怖い」と思った。
なんであの時、怖いと感じてしまったのだろう・・・知りもしないのに・・・
否、知らなかったからこそ、怖かったんだ!
やっぱり、知らない事、知ろうとしない事が一番の罪だ。

もうすでに、子供たちは私の知っている世界なんかより、ずっと広い世界にいるんだろう・・・

などなど思いがめぐってしまい・・・その結果、とりとめもないページになってしまった。
こうした事に私が思いを寄せる事も、子供たちを海外に出した副産物かもしれない・・・   

貼り主: chiyoko 日時: 10:05 | Comments (1)

2008年09月16日

携帯・IT時代から子供を守る

9月の一般質問でも取り上げた携帯・IT社会の問題。
「携帯・IT社会に大人が果たすべき役割を学ぶ」と言う研修会に参加しました。
~わが子がネット被害者や加害者にならないために~
NPO法人マザーボート・ITながの  理事長 中島 直美さん

私自身、一人の母親としていかに危機感を持たずに過ごしていたのかと、反省させられました。

「ネットの社会には、法律の介入がない、誰も責任を取らないような世界に子供を送り出していいのか!?」
「ネットの世界は一般常識の通用しない世界」
「知らなくてもいい情報を知ることになる」
最初から、衝撃的な言葉が続きます。
「ちょっと聞きに行ってみるか・・・」なんて、気楽に参加した私には、想定外の展開!


「便利だと思うことって一体なんだろう・・・
①答えがすぐ出ること
②連絡がすぐに取れること
③友達が簡単に増えること
④面と向かって言えないことも、簡単に言えること」


先日のNHKの番組でも、「コピペ」なる「コピー&ペースト」の問題を取り上げていました。
多くの大学生が、インターネット上にある情報をコピーして貼り付け、レポートを提出していると言う内容。
その問題を解決するために、レポートの提出ではなく、学生たちに議論させる方法を取り入れた先生が紹介されていました。

情報を収集すると言う意味で、ネットはすごく便利です。
知りたいと思う、キーワードを入力して検索すれば、世界中の情報が簡単に手に入ります。
いろいろな論文などから文章をコピーして、組み立てて自分の論文として提出してしまうのは、倫理に反していると思うけど・・・
でも、コピペをしている多くの学生たちが、特別問題意識もなく「コピー&ペースト」でレポートを仕上げていました。

苦労して、自分の言葉で書くことで、ようやく学んだことが自分の知識の引き出しの一つになるのに・・・
その引き出しを増やすことで、生きていく上で幅が広がり力となるはずです。
「わが子たちは大丈夫だろうか・・・?」と、ちょっと不安になったりもしました。・・・^^;

また、講演のなかで
「皆さんは引きこもりの人たちをかわいそうだと思っているかもしれませんが、彼らは幸せなんですよ」と言う話にはびっくりしました。
テレビは受身。時には見たくないものまで見せられます。
でも、ネットは自分の好きなものだけを見続けることができる。
自分にとって嫌なメールが着たら、消してしまえばいいんですよね。
確かに・・・

人に直接関わる必要もなく、知らないことを聞くことで恥ずかしい思いや、自分の嫌な体験はしなくって済んでしまう。

「実際にその場を訪ねなくても、世界中の情報が手軽に手に入る。
でも、本当に言ってみなければ分からない事がたくさんあるはずだ。
ある小学生は、夏休みの宿題に「海に沈む夕日を書きたい」と言う。
父親は海に連れて行かなければ、と思うが、子供はネットで捜したどこか外国の写真を参考に絵を書いてしまった。」
そんな事例も紹介されました。


母親がこんな社会に子供を送り出していることに、疑問を持たなければいけないということ。
私の場合、もう時すでに遅し・・・と言う感じですが・・・


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そして、私たち大人はどうしたらいいのか、と言う話です。

「一生使うな」とは言えない。
こんなネット社会に子供を送り出す自覚と覚悟を持つべきだ。
与える時期と方法を間違えてはいけない
与える前に①善悪の判断をつける
       ②約束を守らせる
       ③思いやりの心を養う・・・見えない顔を想像する。
       ④我慢する心・自制心を養う

また、ネットの情報は、字が細かいし複雑な為、それを読み込むだけの国語の能力がまずは必要だと言うことでした。
確かに、私自身、細かい字で書いてあると飛ばし読みをしたり途中で嫌になってしまうこともしばしばです。
最後の最後に小さい文字で、一番大切なことが書いてあるかもしれないのですから、国語の能力は不可欠ですね。

「すでに与えてしまっている家庭は、後からでも、子供と戦うべきだ」
「一人前の社会人として育てることが親の愛」
「ゆるぎない大人の態度を示す時」だと言うお話でした。

携帯を持たせるためにどうしたらいいかではなく、「持たせるかどうかの選択をすべきだ」と言うことでした。

富士見町でも、知人の知り合いの小学校1年生がすでに携帯でゲームに夢中になっていると言う話も聞いています。
こんな田舎に住んでいるんだから大丈夫、と言う事はすでにとっくに通用しなくなってしまっています。

私も試しに講演会の話に出てきた言葉をネットで検索してみたら・・・
「げっ!?」・・・・・・
絶対クリックしたくないようなアイコンがたくさん並んでいました。

知らないって恐ろしい・・・
まずは、子育て中の親が危機感を持つことが一番大切だと思いました。

それに加え・・・
携帯には電磁波の問題もあり・・・(携帯電話でポップコーンができる!?)
せめて小学生には持たせないで欲しい・・・

まずは家庭での対応。
でも、毎日のようにパソコンを使っていても、「まったく別の世界の話」と言う親も多いのではないでしょうか。
幸い、富士見町の教育長はこの問題に関して危機感を持ち、保護者への啓発活動を重視したいとの事です。

貼り主: chiyoko 日時: 22:42 | Comments (0)

2008年09月15日

運動会の季節

秋は運動会の季節。
7日に境保育園、その一週間後には境小学校の運動会がありました。

《境保育園の運動会》
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お父さんやお母さんと一緒のお遊戯です。
最後にお父さんたちに抱っこしてもらって、園児たちは満面の笑みでした。

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恒例の保護者の棒取りゲーム。
皆さん、気合が入っていて迫力満点です。
お父さんたちのゲームでは、携帯が壊れてしまった方も・・・お気の毒さま・・・^^;

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年長組みの組体操。
立派ですよね。
夏休みの後の短い期間で、よくここまで練習できました。

ここで、すごいお兄ちゃんやお姉ちゃんに見えた年長さんたちが、小学校に行くとすごくまた幼く小さく見えます。

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《境小学校の運動会》
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運動会の花と言えばmやっぱり、リレー!
小学校の頃に、バトンの練習をしたのを覚えています。
オリンピックでも、日本選手のバトンの受け渡しは定評があったようですが、
みんなも、きっと練習したんだろうなぁ~

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保護者の綱引き。
これって、翌日が大変なんですよねぇ~
わずか数分の事なのに、知らない間に腕が擦り剥けてたりして・・・
旗振り役が一番、気合が入ってたかも・・・?

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今年は、境小学校の運動会を地元のLCVで放映するそうです。
お楽しみに!

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大玉送り。これは全校での競技。
低学年は転がして、途中からそれを頭の上へ送ります。


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5・6年生の組体操。
テーマは「永遠に共に」

久しぶりに出会う顔も、たくさんありました。

競技の中に、地域の人たちも一緒に踊る「富士見小唄」がありました。
何度踊っても、次の時には忘れてしまっています。
そんな踊りの輪の中で、妙に完璧に踊っている若い子がいました。
よくよく見ると次女の同級生!
愛知県の教員をしているのだそうです。
うれしいじゃないですか!! 妹の運動会にわざわざ帰ってきてくれるなんて!!!

巣立った小学校を愛してくれている先生って、きっと生徒も同じように育ててくれるんだろうなぁ~

貼り主: chiyoko 日時: 13:07 | Comments (0)

2008年09月14日

南中学校の給食試食会

9月6日の南中学校の土曜参観日に給食の試食会がありました。
学校給食へ食材を納品しているグループ「よっちゃばり」のメンバーに声がかかり、参加させてもらいました。
「ぜひ食べていただきたい」と言う、子供たちに人気のメニューが用意されていました。

南中では、職員を含めて毎日127食が作られています。
一食295円。
参加の保護者も、295円を払って試食しました。

現在、米飯が週3回、給食室で炊飯されています。
その他、パンと麺が週1回づつだそうです。

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お母さんたちもみんなで協力して、配りました。
なんだか、たのしい・・・    ^^

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この日のメニューはビビンバ、レタスと卵のスープ、きんとんパイ、牛乳。
883Kcalだそうです。

ビビンバは千切りの豚肉・たけのこをしょうゆで味付けをして、
ほうれん草、もやし、ニンジンのナムルと合わせたもの。
白菜のキムチ味が混ざっていて、アクセントになっていました。
ご飯の上に乗せて、混ぜながら頂きます。

写真、右上の春巻きのようなものは、きんとんパイです。
サツマイモをつぶして、春巻きの皮で包んであります。
これも、一つ一つ手作りです。

スープはレタスを生で食べる以外の料理の紹介だそうです。
かにかまと、たっぷりの卵が入っていました。

みんなおいしくって、全て完食しました!
残食がないのも、南中の特色!

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試食しながら、奥のテレビで、その日の給食室の様子が紹介されました。
「野菜は最低、3回は洗います」
「給食の開始時間は12:40なので、暖かいうちに食べて欲しいスープは、12:35に仕上げます」
こんな事ができるのも、自校式だからですよね。
富士見町の各小中学校とも、全て自校式で作られています。
ただ、大きな富士見小学校と高原中学校だけは、米飯の炊飯のみ外部に委託しています。

せっかく、米飯給食が週に3回もあるのですから、富士見町のお米を使っていただけないかとよっちゃばりの皆さんと栄養士とで話をしています。
外部委託の炊飯で味が落ちるのだそうで、富士見のお米でどの程度の味になるかが問題だそうです。
後は価格です!
学校給食会を通じての価格は、ビタミン強化米を入れて10Kg 3,000円を切るのだそうです。
でも、月一回からでも実現したいと皆さんと相談中です。

この日は、土曜日とあって、他の学校の栄養士さんたちも参加していました。
こんな事も、大切な事ですよね。


長野県の食に関する実態調査によると、中南中の生徒は次の項目で特別に大きなパーセントになっているのが特徴だそうです。
「食べ物を残すことをもったいないと思う」(長野県平均:75%  南中:94%)
「給食が楽しみ」               (長野県平均:53%  南中:88%)

そりゃそうだ。
毎日、皆さんの協力でこんなにおいしいものを、頂いているのですから。
私も、毎日給食を食べに行きたぁ~い!!

貼り主: chiyoko 日時: 13:51 | Comments (0)

2008年08月29日

通学ボランティア

6月の下旬から、境小学校・池袋集落の朝の通学路を、有志で子供たちと一緒に歩いています。
長年使っている林の通学路があるのですが、低学年が多く「歩くのが怖い」と、使われていませんでした。
でも、区としては通学路としてずっと整備もしてきた道です。
大人が一人付いて歩き、「みんな一緒に歩いて登校しよう」という事になりました。

これまで、車で境駅まで送り、ほかの子供と合流する子。
ほかの集落の子の家を回って行く子。
学校まで車で送ってもらっている子、といろいろいたようです。

各集落には決まった学校の通学路があります。池袋の通学路は、林の中を突ききる近道です。
でも、今年は特に低学年も多く、保護者からは林の道は心配との声がありました。

区長さんや子供育成会の会長さんとも、子供たちの歩いている道を歩いてみました。
その結果、やはり区としは、今まで使っていた学校道を使ってもらいたい、と言う結論になりました。

「下校は、何学年か学年別で帰ったりするので、少し遠回りになる高森・信濃境の道でもいいだろう。」
「しかし、朝はできれば、集落の子供がみんなで揃って歩いてはどうだ。」

車で送っているお母さんも「本当は歩いて欲しいけど、いつも結局一人で歩いているので心配で送ってしまう」などの話もありました。
お母さんたちとも話し合い、林の道の間は、大人が一人付いて歩くことで賛成してもらえました。

林を抜けてからの広い道からは、他集落の登校する子供たちと一緒になります。
朝なら集合時間も決まるし、林の中だけなので、往復しても20分程度。
これなら、一緒に歩く大人にも負担は軽くって済みます。

お母さんたちの中には、勤めている人や小さな弟や妹のいる人が多く、
だったら気持ちにも時間にも余裕のある、地域の人で支えられたらいいですよね。

こうして6月の下旬から、月曜日から金曜日まで担当を決めて、最低一人は一緒に歩くことになりました。
集落のはずれの道で集まって、一緒に登校します。

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この防犯ブザーがずっと気になっているのです。
このように鞄にぶら下げている子、中には鞄の中に入っている子もいるのですが・・・
万が一の時、それでは何の役にも立ちません!
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こうして、ランドセルの背負い布の所に固定しておけば安心ですね。
子供たちにはうるさがられながら、毎回言い続けました ^^;

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まず、線路の下のトンネルを抜けます。

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ちょっと怖い・・・?
このトンネルを抜けて道に上がると、通学路はずっと林の中を上り坂です。
最近のように大雨が降ると、最終的にはこのトンネルの中に雨が集まってしまいます。

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何年か前に、林の両脇の木を切り、道が明るくなるようにしました。

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これは、7月に大雨が降った後の写真です。
昨年の大雨では、砂利が大量に流れてしまい、このマンホールが30cmくらい浮きあがった事もありました。
michi.2pg.jpg
これも、大雨の後の写真です。
最近の雨は局地的に大雨が降るので、砂利を入れて道を直しても、また次の雨で流れてしまいます。
通学路と言うことで、町でも優先的に補修をしてくれています。
草の生えている右は本当ならせぎになっていて、水が流れるはずの所です。
流れて来た砂利で埋まってしまっています。

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いつも、先頭を歩きたい子が、集団を引っ張ります。
「早すぎまぁ~す! 先頭! ゆっくり行ってくださぁ~い」
と、何度叫ぶことか・・・ ^^;

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林の道が終わり、この道を渡って、ボランティアの役目は終わり。

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「行ってらっしゃぁ~い。・・・おおぉ~い!!! 」
「毎日、ボランティアの人が、君たちのために一緒に歩いてくれてるんでしょう・・・
『行ってきます』くらい、ちゃんと挨拶をしてから行きなさい!!!」
これまた、うるさいおばさんが、毎回のようにしつこく言ってます。

子供たちの歩くスピードは早く、付いて歩くと結構きついです。
でも、我が家の子供たちも通った道。
息子たちは、下校の時に横の川で遊び、暗くなってあわてて気づき帰っても、家に着くころには真っ暗!
母は、何度か悲壮感の塊になって、探し回りました・・・
それも、今では懐かしい思い出です。

一週間に一度ですが、こんなことでもなければ、誰がどこの子供かまったくわかりません。
現在の私にとっては、清涼剤みたいなものでしょうか・・・? ^^

貼り主: chiyoko 日時: 22:10 | Comments (4)

2008年07月27日

境小学校・相撲大会

境小学校では、毎年相撲大会が開かれています。
この相撲大会が始まったのは、高校生の次男が6先生の時でした。
ずっとこの相撲大会が引き継いで行かれる事が、その年代の子供たちにとっては、誇りに思えるようです。

この相撲大会は、2003年の「未来に引き継ぐ『郷土森林』整備事業」が、発端。
その年、学校の裏手にある押立山の整備を6年生が中心となりはじめました。
その時に、江戸時代の高島藩主が甲信の村々を眺望した時に献上相撲が行われたという、土俵跡を見つけました。
残念ながら、初回の相撲大会には見学に行っていません。
その後も毎年、相撲大会は行われています。

2004年の相撲大会の様子

2005年の相撲大会の様子

昨年は相撲部屋に見学に行って、詳しく話を聞いて、またいろいろ工夫されたようです。
子供たちが、自ら学んで工夫していく。これが本当の教育だとは思いませんか。
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ご家族や地域の方もたくさん応援に来ていました。
毎年恒例の相撲大会で、地域の皆さんにも根付いているようです。

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両部屋の力士の紹介です。

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懸賞の垂れ幕。見慣れた名前のお店が並びます。

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しこを踏んで・・・
取り組みの前には、汗を拭いて、力水を飲んで、塩をまいて・・・
相撲部屋で聞いてきた事が、ちゃんと取り入れられていました。

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見合って見合って・・・
行事の装束は、昨年地域の方から寄付されたものだそうです。
年々、本格的になってきますね。

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のこったのこった・・・

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相撲の合間に、土俵の整備。
6年生が、役割分担をして、大会を盛り上げています。

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周りで見ている子供たちも声援を送って参加。

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この日の取り組みです。

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次の会の時間があり、途中で後ろ髪を引かれながら、土俵を後にしました。
ずっと、続けて行って欲しいですね・・・

境小学校のHPです。

貼り主: chiyoko 日時: 09:20 | Comments (0)

2008年07月26日

中学校の統合問題

7月22日、23日
南中学校と高原中学校で統合についての説明会が開かれました。
教育委員会の資料と、私のメモからご報告。

私がざっと数えたところでは、22日の南中学校の説明会の参加者が学校関係などを含めて45名くらい。
23日の高原中学校の参加者は35名くらいでした。
高原中学校の説明会では、具体的に保護者の方からの心配が多く出されました。

教育長から、説明したものが決定案ではなく、皆さんの意見を反映していきたいと言う説明がありました。

教育委員会からの説明の内容は以下のとおり。
●統合計画の骨子
①町内の2中学校を1校に統合します。
②統合する中学校は、富士見高原中学校の校舎を使用します。
③統合の方法は、両校を閉鎖し、新設校として開校します。
④開校は、平成22年(2010年)4月とします。
⑤学校名等については、今後設置する委員会で検討します。

*高原中学校の校舎を使う理由
・高原中は平成8年に県下でも有数の施設の整った校舎として建設された。町の財政負担を考えると、富士見高原中学校の校舎を使うことが現実的。
 また、中学校の統合により、維持管理費が軽減され、施設整備など学習環境の充実が図られる。

●平成22年4月開校の理由
・多くの人が統合を急いで欲しいと要望している。
・平成22年度のみ5我旧のため普通教室が不足。その後は各学級学級となる。
 1年だけのための増設は税金の無駄ではないかと言う意見もあった。
 しかし、平成13年度より小中学校では、国語・算数(小学校)、数学・英語(中学校)の教科で、きめ細かな学習指導を行うために少人数学習団に分けた学習指導を実施している。
 そのために県から富士見高原中学校に2名、南中に1名の教員を特別に増員配置されている。
 統合後も少人数学習指導を継続するためには、普通学級を2教室増築する必要がある。

●統合に伴う諸課題について
・校名・校歌・学章・制服は、今後設置される委員会で検討
・通学方法については、遠距離通学となる生徒についてはスクールバスを導入。併せてJRの利用も検討していく。
 詳しくは検討委員会で検討していく。
・検討委員会には、教職員・保護者・生徒・町民に参加してもらい、多くの意見を反映させたい。

●統合時の生徒への配慮
・中学校間でのさまざまな交流を今年度から出来る限り進める。
 ・教職員の配置についても十分に配慮する。統合時は南中の先生に4~5人は新中学に行ってもらう。
 ・すでに、両校職員の教科会を開き交流を行っている。

●南中学校の跡地利用
・地元の皆さんと一緒に新しいアイディアを出し合い、大勢の人たちが交流する魅力のある広場にしたいと願っている。
 地域の活性化につながる事を期待。今後町長部局と協力しながら進める。

★アンケート内容の説明がありましたが、これについては先日も少し触れましたので省略。
8月の広報に掲載されるそうです。

高原中学校の説明会
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★以下は、皆さんからの質問・要望・意見などです。
Q:すでに統合する事が分かっているなら、現在の小学6年生は最初から高原中に通わせてはどうか。
A:統合は、子供のバランスが取れないことで話が始まっている。そんな事をすれば、教員の配置もゆがみ、学校運営に支障をきたす。

Q:南中学校卒業最後となる、現在の2年生のケアも考えてほしい。
A:十分に考える。

Q:統合は、子供たちにとって、不安もあるが楽しみでもある。親も前向きな姿勢で後押しが必要ではないか。

Q:統合すると、すぐ5・6月には中体連がある。来年から部活の交流をして欲しい。
 ・文化祭は、お互いに見学をし、合同で何か出来ないだろうか。
 ・修学旅行は、中学3年の4月に行っているが、統合してすぐでは厳しいのではないか。
A:学校の交流は、できる事は今年度からでも考えている。
修学旅行については、検討委員会で話し合っていく。

Q:南中は統合についても敏感で、両校の間に差がある。温度差を埋める努力をして欲しい。
A:温度差は、教職員の間でもある。急速に埋める必要があると考えている。

Q:現在、高原中ではほとんど送り迎えしている。統合すれば今以上に混雑する。車の出入り口の確保をして欲しい。
A:現在着工している北通り線のが出来ると、南側に町の土地の空き地が出来る。そこをスクールバスの発着場に出来ないか検討中。

Q:大人にはアンケートをとったが、子供にアンケートをとらないのか。
 特に落合小学校の子供たちは10人に満たないクラスから、突然大きな学校に入学して不安があるのでは。
A:子供に統合の賛否を問うのは適切ではないと考えていた。
  統合が決定すれば、これから子供の声を聞く予定である。落合小の子供たちはみんなで支えるしかない。

Q:最終決定はいつ。その後のタイムスケジュールは。
A:8月6日の臨時教育委員会で計画を正式に決定。その後町長に提出
  決定した事は、どんどんお知らせしていく。

Q:委員会の人人選は?公開されるのか?  途中で保護者が意見を言う機会があるのか。
A:委員の人選については、25日にする予定。
 途中でも、意見の公募をする事が望ましいと考えている。

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この生徒数のグラフからこの統合問題は始まっています。
でも、教育長も言うように、これをチャンスと捉え、みんなで新しい中学校を作り上げて行きたいですね。

貼り主: chiyoko 日時: 22:32 | Comments (0)

2008年07月24日

虫送り

富士見町の先達地区に残る行事「虫送り」
稲藁で松明を作り、その煙で稲につく虫を退治する行事です。
富士見町で、現在残っているのはこの地区だけ。なんとか継承していきたいものです。

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先達の公民館でまず目に入ってしまったのが、これ!!
昔の消防車です。
あまりのかっこよさに、夫と二人で「欲しいねぇ~」「でも、どこに置くのさ」
車輪など、痛んでいるのですが、きれいにしたら格好いいだろうなぁ~

競売に出したそうですが、売れなかったとのことです。
5万円から。
どなたか欲しい方はいらっしゃいませんか?

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まず、松明の作り方。
新聞を丸めて芯にします。
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その上を藁で包んで、何箇所か縛ります。
持った時に、上に藁の穂の部分が行くようにします。
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「さて、みんなで作るぞ」
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「出来たぁ~」
こどもたちも、自分用の松明を作りました。
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みんなで縁側に座って、説明を聞いています。
こういう風景が最高にいいですよね。

この騒ぎの中で、“爆睡”している、あんたは偉い!!!

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松明の点火式です。
「いざ、出発!」

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先頭はドラと太鼓。
このドラを鳴らせるのは、6年生の特権!
そして、太鼓を打てるのは、その父のお特権!? 父は満面の笑顔です ψ(`∇´)ψ
「うらやましいぃ~」

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八ヶ岳をバックに・・・
なんとも素敵な風景ではありませんか・・・
こうして、煙で畑の虫を追い払ったんですね。

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反対側から撮った写真です。
遥か向こうに見える左奥の一番高い山は、甲斐駒ケ岳です。

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「いなむし、おくれ~」
と、言いながら歩くはずなのですが、いまいち子供たちの元気がなかったかなぁ~
それもそのはず・・・
先達は富士見町の中でも、ちいさい集落ではないのですが、子供の数が減少。
この問題は、どこも同じですね。
小学生が本年度は10人足らずだそうです。

このままでは、この行事も継承していくことが危ぶまれています。
お隣の集落と一緒に出来ないかなど、話し合われているところだそうです。
何とか、次の世代につなげて行って欲しいですね。

貼り主: chiyoko 日時: 14:56 | Comments (0)

2008年07月20日

中学校の統合問題

富士見町の中学校統合問題について、小中学校の全保護者を対象にしたアンケート結果は「賛成」が71%
その結果を受けて、教育委員会では「統合計画」をまとめ、今後、説明会を開きます。

↓7月9日の長野日報の記事です。
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この記事を読んで、すぐに教育長に聞きに言ったところ「原々案のとおりに平成22年度開校を目指す」と言う返事でした。

教育懇談会に出席して、地域によって温度差がある事を強く感じました。
アンケートをとったら、ひょっとして「統合反対」なんて結論になったらどうするんだろう・・・と心配していました。
でも、皆さんの意見が「統合」に向かって動き出している、と言う結果ですね。

アンケートは、町内の5つの保育園と6つの小中学校、町外保育園に通園する保護者全員を対象に行われました。
回収率は86%

高原中学通学区では 賛成が70% どちらでもよいが 5%、反対が 6%
南中通学区では    賛成が78% どちらでもよいが12%、反対が10%

時期については、原々案と同じく、「H22年の開校」が56%でした。
H22年度統合すると、その年だけ子供たちの人数が多く、今の高原中学校を利用すると増築しなければなりません。
その点については、スペースも十分にあるので、町としてはその方向で考えているとも事でした。
他にも「拙速すぎる。H23でもいいのではないか」と言う意見が懇談会の中でもいくつか聞かれました。
アンケート結果では、懇談会と同じく、高原中通学区ではH23年開校を除く意見が多かったそうです。

↓7月17日の長野日報の記事です。
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上記のアンケート結果を受けて、教育委員会で、原案を作成しました。

原々案に加えて
保護者代表が準備委員会に参加する事を明記する、
協議事項にスクールバスの運行方法を加える、などの修正を加えたそうです。


7月22日に南中学校、23日には高原中学校で統合計画案の住民説明会が開かれます。
時間は、共に午後7:30からです。

ぜに参加して、みなさんにいろいろな意見を出して頂きたいです。
住民がみんなで考え作り上げた、納得の出来る統合にして行きたいものですね! ^^
それが子供たちに対する大人の責任ではないでしょうか。

貼り主: chiyoko 日時: 10:42 | Comments (2)

2008年07月18日

境小学校の山桜タイム

富士見町の境小学校では、「山桜タイム」と言って、地域の方と一緒に学ぶ時間があります。
そのほとんどが、地元の方が先生となって教えてくださっています。
息子たちが子供たちとサッカーをしたい、と言うので、私も様子を伺いに行きました。

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以前、校長先生に「囲碁の先生を探しています」と言われたので、地元の囲碁名人を誘って出かけました。
が、現在行われているのは、将棋のクラブでした。^^;
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でも、大丈夫。囲碁名人は将棋名人でもありました。
こんな風景、いいですよねぇ~

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料理クラブもやっていました。
地元の方の指導で、この日は「おやき」を作っていました。
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時間が短いために、中に入れるナスは、事前に作ってきてくださったそうです。
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両面を、油を引かずにテフロンのフライパンできつね色に焼いて、蒸し器で15分。
昔は、囲炉裏の灰の中で焼いたそうです。
「おやきの作り方を習いたかったの」と、ペンションの方も参加していました。
あっちこっちの教室をのぞいていたので、子供たちが「難しかった」と言う、餡を包むところを見損ないました。
でも、蒸かせたおやきを見て、みんなうれしそうな笑顔でした。

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体育館では、理科クラブが落下傘を飛ばしていました。

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息子たちも混ぜてもらった、サッカークラブ
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あぁ~あ・・・お兄ちゃん! 入れられちゃったよ!
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こっちは守りきれたのかな・・・? 結構うれしそう・・・
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山桜タイムの終わりにご挨拶。
息子たち、結構本気になって走って疲れたようです。ありがとうございました。

このほかにも俳句クラブや陶芸クラブなどがあるそうです。
そのどちらも地元の方が先生となって指導してくださっています。

こうして地域のみなさんが、子供たちの学びの場に直接関われる機会があるのは、本当に幸せな事だと思います。
地元には、まだまだ人材が眠っています。
親だけではなくって、いろんな人に関わってもらって育てたいですよね。

今度は、皆さんも参加して見ませんか?

貼り主: chiyoko 日時: 22:49 | Comments (0)

2008年06月02日

中学校の統合問題・教育懇談会Ⅱ

全7回の中学校統合についての教育懇談会が終わりました。
富士見小学校を除く6会場の傍聴をしましたが、会場によって雰囲気はまったく違いました。

学校の適正規模の審議会の答申については、以前このぺージでも、08.03.20富士見の学校の適正規模
高原中学校と南中学校の教育環境の差については、08.03.24旅たちの季節で書いていますので説明については省略。

高教育懇談会の高原中と南中の様子はすでにご報告しています。
どの会場でも同じような質問が出ましたので、他の質問について紹介します。

Q:アンケートをとるなら「統合は決定」と言う前提でとるべきではないか。
A:行政からの押し付けではうまく行かない。
  統合について賛成か反対からのアンケートをとる。

Q:準備期間が1年間では、いろいろな準備を考えると現場が混乱するのではないか。
  統合する前に中学校のクラスマッチなどの交流を考えて欲しい。
A:事務局では準備期間1年を含め、3パターンのシュミレーションをすでに作ってある。
  教育懇談会に出席した校長からも「今まで町内の学校の交流がなかったのはおかしい」との意見もあった。
  統合に関係なく、町内の子供たちの交流を進めたい。

Q:前回(平成3年)も小中学校の保護者にアンケートをとっている。
  町民の意見を聞けるようにして欲しい。
A:中学校の統合問題は、多数決で決するにはなじまない。

Q:前回(平成3年)のアンケートでは、高原中の親の中には、「自分の子供は卒業してしまい関係ない」などの理由から反対の意見が多かったように聞いている。
  高原中学校と南中の親では立場が違う。
  アンケートの対象を保育園の保護者に下げてはどうか。
A:前回と現在では状況が違う。  前回の時は、南中が現在のように切羽詰った状態ではなかった。
  保育園の保護者対象のアンケートについては考えたい。

Q:中学生の子供は、統合は絶対にいやだ、と言っている。
  不安でいる子供の心のケアをきちんとして欲しい。
  準備期間が短すぎる。
  南中の親はなぜそんなに急ぐのか。
  1クラスだと社会性が育たないのか。本郷小では1クラスでも協調性は育っていると思う。
  南中地区の人たちがどう思っているのか。
A:学校がなくなれば過疎化が加速し、若い夫婦が出ているなどの問題はある。

Q:南中の子供たちはどう思っているのか。
  受験を前にした時、大きな変化は不安。
  23年に統合を延ばすことによって、小学校6年生から交流も出来る。
  子供たちも含めて話し合う事によって、子供たちも自分たちの問題として考えるのではないか。
A:南中の子供たちは、今、通っている中学校がいいと思う。
  子供たちにアンケートをとったら、たぶん結果は「現在の中学校がいい」となるだろう。
  子供たちには、「統合するとしたら何が心配か、何をして欲しいか。アンケートをとる予定。

Q:急いだ事が逆効果にならないように。
  子供たちが、「一緒に自分たちの学校を作っていくんだ」と、主体的に考えられるようにして欲しい。
  一緒になったときに壁が小さくて済む。
A:懇談会は各会場で雰囲気がまったく違う。
  地域内に閉じらた意見で議論していた気がする。
  6小中の皆さんが顔を合わせて議論する必要があるのかも知れない。

Q:中学の子供は統合に絶対に反対。
  子供たちには現状が分からない。よく説明して統合して欲しい。

Q:小学校のときから交流をお願いしたい。
  リーダー研修会でも、すぐに友達になっている。

Q:2・3年生は南中に残り、新1年生から高原中に通う事は考えられないか。
A:教育環境としてどうなのか。
  保護者・子供たちから同様の意見があれば検討はする。

Q:本郷小学校は、小学校は小規模校で中学は高原中である程度の規模の中で教育が受けられ、うらやましく思っていた。
  落合小学校の保護者のアンケートでは8割の保護者が統合を望んでいる。
  反対が多いと思っていたお年より層からも、統合賛成の意見が多い。
  中学3年で統合を向かえる子供たちは、すぐに生徒会・修学旅行等あり不安だろう。
  しかし、統合する仲間の多いうちにお願いしたい。
  同じ町の中学生として同じ環境で学ばせたい。

Q:自分は、昭和28年に組合率で出来た高原中の新一年生である。
  一緒になって、言葉が違う事にびっくりした。
  統合もマイナスの面だけで考えるべきではない。
  子供には柔軟性があり、自分たちも新しい学校になるという事で元気になった。
  一緒になるのにエネルギーをつかうなら、良い方向で考えたい。

コミニュティの懇談会では、南中の臨時PTA総会で出された意見が紹介されました。
・子供たちに無記名でアンケートをとって反映させて欲しい
・2校の交流を今年から始めて欲しい。
・中学校だけでなく、小学校からの交流をして欲しい
・南中の子供たちが校舎になれるため、高原中で交流を持って欲しい。
・統合までの22年のタイムスケジィールを示して欲しい。
・対等の立場の統合は守って欲しい。
・南中の教師を多く配置して欲しい。
・学力の差が心配。
・統合しても南中と高原中を別々のクラスにして欲しい。
・スクールバスについて、詳しく知りたい。部活の時間帯により2便運行して欲しい。
・学校の統合の成功例と失敗例を示して欲しい。
・統合についての推進委員会を立ち上げ、現在の小学校56年生の親も含め、2年間継続で審議できるようにして欲しい。
・南中の跡地利用として、体育館を利用したい。
(反対)
・統合の理由が分からない。
・行政の都合の押し付けではないか。
・子供たちに精神的不安がある。子供置き去りの議論ではないか。
・審議会の答申の「適正規模」が一人歩きしていないか。

★南中の保護者からは、PTA総会と言う形を取って意見の集約が出来てよかったと思いました。
 教育委員会では、今後対象の保護者・子供たちにアンケートをとる予定だそうなので、
 もっと具体的にどんな事に不安があるのか出てくるかもしれません。  

各会場の様子を聞いて、地域によって雰囲気がまったく違う事をひしひしと感じました。
 保護者からの活発な意見が聞きたいと思っていたのですが、保護者の出席人数も少なく、難しさを感じました。
 そんな中で印象的だったのは、本郷小学校のお母さんたちから活発に意見が出てきた事。
 
 でも、大きな学校に通っている(高原中)、あるいは通わせる予定の保護者の皆さんには、
 少人数の南中の保護者の心配はどんなに説明してもわかってもらえないのかも知れないと感じました。

 その疑問は、本郷小学校の懇談会を聞いて強くなりました。
 お母さんたちから出された意見の多くは、統合についての慎重論でした。
 だとすると、保護者対象にしたアンケートを、統合の賛否から聞く事がどうなのでしょうか。
 平成3年のアンケートと同じように、数の原理で「統合反対」になってはしまわないでしょうか。
 
 私自身も4人の子供たちを南中に通わせて、愛着があります。
 木造校舎も大好きです。
 毎日、伝統の床磨きをしてきた子供たちには、どれだけの想いが込められていることでしょうか。
 地元出身の保護者の中には南中を卒業した方も多く、外部から引っ越してきた私たちには計り知れないものがあります。
 それでも、そんな保護者からも「統合」を求める声が上がってきたのは、何よりも子供たちの事を考えての事。

 現在の教育環境の格差から、教育委員会が「統合すべき」と言う判断なら、懇談会の中でも意見があったように
 統合の方向を決定した上でのアンケートをとるべきではないのか、と思いました。
 もし、アンケートの結果、「統合反対」が多数だったとしても統合の方向で進むのだとしたら、
 統合の是非についてもアンケートに盛り混む事はそぐわないように思います。
 
 本郷小学校の懇談会に参加して、不安はさらに増し、その疑問を教育委員会にぶつけてみました。
 教育長の考えは「行政主導では失敗する。統合の是非を問う事からアンケートを問う」
 と言うものでした。

 100%の人が納得してくれる事は到底無理です。
 「子供にとっては、入ったところが自分の母校」と、懇談会の席でも意見がありました。
 案外、子供たちは柔軟に環境の変化に対応できるのかも知れません。
 子供を取り巻く大人たちが、「富士見町の子供たちのため」
 知恵を出し合って、いい形で解決して行かなければなりませんね。
 

 

貼り主: chiyoko 日時: 22:57 | Comments (2)

2008年05月27日

子供たちの俳句が信濃境駅に

富士見町の信濃境の駅に、境小学校の子供たちの俳句が飾られました。
これは境小学校の1~6年生が、地域の方を講師に、俳句の授業で詠んだ作品の紹介です。

今回は、12首の俳句が紹介されました。
全部ご紹介しようと思ったのですが、私のお気に入りを3点だけご紹介して
他の作品については、信濃境の駅に見に行って頂く事にしました。 ^^

↓私が句を読んで、「どひゃぁ~!!」と思った作品。

やえざくら ぴんくのかぜになっていく     1年生」
★「ぴんくのかぜになっていく」
この感性に感激!
その光景がそれぞれの人の心に広がっていく表現ですね。

メダカの子 しょうらいの夢は なんですか    6年生」
★「しょうらいのゆめ」
この6年生は抱いている夢があるのでしょうか・・・
それとも悩んでいるのかな・・・

くもり空 苗代寒の 風がふく      6年生」
「苗代寒」と言う言葉を、この日に俳句の先生の
一歩先生が子供たちに教えたんだそうです。
すぐに俳句に取り入れてしまうところがすごいなぁ~
「苗代寒」、私も、初めて知りました。
こんな美しい日本語を、俳句を通して自然に学んでいく子供たちが幸せだなぁ・・・

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子供たちに俳句を指導してくださっている、地元の「進藤一歩先生です」
一句、一句を批評してくださいました。

子供たちの俳句の額には、次のような説明が書かれています。
俳句額
「境小こころの花」
 富士見町池袋にお住まいの進藤一歩氏が、
境小学校に児童とのふれあい教室で来校され、
ご自身で作られた俳句を紹介してくださいました。
その中で「俳句は思いやりの心のあらわれた詩である」
とのお話をいただきました。
 俳句づくりは子どもの感性を育てるのによいと
「境小こころの花」として、今年の1月から
俳句づくりを楽しんでいます。
 できた俳句はいろいろな所で紹介してきましたが、
池袋にお住まいの方が、
境の子どもの作った俳句のこころの輝きを
多くの人に知ってほしいと、
信濃境駅に俳句の額を設置してくださいました。
 学校には俳句箱「境小こころの花」が置いてあり、
できた俳句はこれからも紹介していきます。
          
             平成20年5月23日
              富士見町立境小学校」

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学校帰りの子供たちが、早速偵察にやってきました。


境小学校では卒業式や入学式でも、校長先生から俳句の紹介がありました。
「たんぽぽよ 6年送る 花になれ 」
聞いただけで、胸にジーンと来る俳句ですね。

「そのほかにも、こんな句を読んだ生徒がいます」と、
校長先生が紹介してくださいました。
書初めで 気持ち引きしめ 前を見る    6年生」

5・7・5のこんな短い言葉の中に、これだけ自分の思いを込められるんですね。
子供たちに脱帽!


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信濃境の駅は、今、ツツジがとってもきれいです。

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駅の表には、藤棚が・・・

信濃境駅は、ドラマ「青い鳥」で撮影に使われた駅でもあります。
機会を見つけて、一度、下車して子供たちの俳句を読んでみて下さいね。

貼り主: chiyoko 日時: 10:22 | Comments (0)

2008年05月16日

中学校の統合問題・教育懇談会Ⅰ

富士見町には、現在2つの中学校があります。
その中学校の統合問題について、教育委員会が教育懇談会を開催しています。
5月12日・13日と高原中学校・南中学校の教育懇談会に参加しました。

5月12日に、まず、高原中学校で懇談会が開かれました。
30人ほどの参加者で、意見も4人の方のみで終わってしまいました。

高原中学校
Q:「生徒の意見は聞いているのか」
A:「聞いていない。今後はありうる」  

Q:「この会は有意義な会ではあるが、この時間帯は、母親が出席するのは大変。
  うちの中学生の子どもは、一緒になるのはいいけれど教室は足りるのかな・・と言っていた。」
A:「現在の1年生が3年生の時が生徒数が多く、1年間が窮屈になる。」

Q:「7回の懇談会で十分な意見が聞けなかったらどうするのか。
  今の説明でも1年間窮屈になると言うこと、1年遅らせて23年を目指してはどうか。」
A:「23年度の考え方も一理ある」

Q:「一緒になったときの親の負担は?
  通学の補助についても、南中だけではなく、高原中でも花場など遠くから通っている生徒もいる。
  みんなが納得できるように検討して欲しい。」
A:「保護者の負担のないようにしたい。
  保護者・生徒も入って検討したい。
  通学路・補助などについても公平に合理的に最大限柔軟に考えていきたい。
  学習環境の格差をなくす事が目的」


翌日の南中学校には、50人ほどの参加があり、活発な意見が出ました。
Q:「住民感情に配慮して、と言うなら懇談会がなぜ高原中が先なのか。」
A:「南中の保護者の意見は何度か聞いているので、高原中の意見を聞いてからとの判断。」

Q:「総合的に考えて学校がなくなり、この地域がそれでいいのか。
  若者がいなくなり、農地も荒れる。
  家を新築しようと考えたときに富士見に建てるのではないか。
  現在はすべてが富士見に集中している。
  一つの案として、通学区を検討し直して、生徒数を揃えてはどうか。」
A:「統合は結果であり、原因は地域の過疎化。
  地域の活性化と切り離せない。通学区については議論して欲しい。」

Q:「合併はやむを得ないと思う。
  当面、高原中に通って、ゆくゆくは中心に校舎を建てるという案はないのか。
  下校時の安全には十分配慮して欲しい。」
A:「町の財政状況を考えると新築は考えられない。
  バスについては、関係者は言って検討していただきたい」

Q:「何をもって町民の合意とするのか。
  原案についての説明会はするのか」
A:「教育懇談会だけで判断するには心もとない。
  アンケート調査を考えている。」

Q:「理事者とも十分に協議して欲しい」

Q:「適正規模の学校で子どもたちが学ぶ事に賛成。
  子どもにとっては、入ったところが伝統の始まり。
  富士見町は地形的リスクがある。町が一体感を作っていって欲しい。」

Q:「合併については理解できるが、南中がなくなれば地域の運動の拠点がなくなる。
  災害時の避難の拠点でもある。
  南中の体育館も耐震補強をしたばかり。
  その点についても十分協議して欲しい。」

Q:「合併は住民が望んでいる。
  吸収合併でもやむを得ないと思っていた。」

Q:「合併には賛成だが、平成22年は早急すぎないか。
  新しい制服を決めたりと、タイムスケジュールを説明して欲しい」
A:「核にあるのは統合。あとの事は皆さんで決めて欲しい」

Q:「住民のゴーサインが出れば、との事だが、反対がゼロになる事はない。
  反対の議論に対してはどう考えているのか
  住民投票についてはどうか」
A:「子どもの近くにいる保護者の声を大切にしたい。
  住民投票は考えていない。
  話し合いのプロセスを大切にして、最終的には教育委員会が判断する。
  行政指導で突き進むのとは意味が違う」

中学校の統合については、長い歴史があります。
昭和42年には教育長案として、「小学校2校、中学校1校」と言う意見書が当時の町長に提出されているそうです。
その後も、昭和48年に、「小学校2校、中学校1校」の教育委員会案を持って町内を回って教育懇談会を開いたそうですが、
町民の反対にあい「現状維持」との結論になりました。

平成3年にも全保護者を対象にしたアンケート調査をしましたが、8割以上が統合に反対。
その時の結果は、町民に公表されなかったそうです。

何度も統合を検討されながら、町民の反対にあってそれから先には進まなかったようです。

でも、今回は南中学校の生徒の減少が著明で、教育現場の格差が生じ、保護者から心配の大きな声が上がっています。
私も、中学校時代のように感受性の強い多感な時代にはある程度の規模が必要だと感じています。
でも、懇談会の中でも意見があったように、地域から中学校がなくなってしまうという事がどんな事なのか。
やはり、町民全体で皆さんとじっくり話し合って、結論を出していく必要がありますね。
教育懇談会は、まだ続きます。
5月19日 午後7時~    落合小学校 ホール
5月22日 午後7時~   富士見町学校 視聴覚室
5月26日 午後7時~     境小学校 給食ホール
5月29日 午後7時~    本郷小学校 多目的ホール
5月31日 午後1時30分 コミュニティ・プラザ 大会議室

高原中学校でも意見にあったように、特に今の季節7時と言うのは保護者の皆さんにとってはきつい時間ですね。
出来るだけ、ご参加いただき率直なご意見をお聞かせいただければありがたいと思います。
よろしくお願いします。

貼り主: chiyoko 日時: 17:07 | Comments (0)

2008年03月24日

旅立ちの季節

旅立ちの季節
南中学校・諏訪養護学校・保育園。それぞれ巣立っていく子どもたちの式に、参列しました。

南中学校は今年50周年でした。

記念行事には、たまたま来日していた夫の弟も参加させていただきました
4人の子どもたちがお世話になった 中学校の節目の行事に関われることができて幸運でした。

先日もこのページに書いたように、これから小中学校の適正規模、統合を含めて住民説明対話集会が開催される予定です。

富士見町には、南中学校と高原中学校の2つの中学校があります。
この二つの中学校をちょっと比べてみます。

平成19年度の生徒数では
高原中、334人。 南中、96人。
   
南中学校は、各学年 1学級。 
高原中は、各学年 3学級
諏訪郡の17ある中学校の中で、普通学級が各学年1学級しかないのは、南中だけだそうです。

部活
南中    5部 男子バスケ、男子野球、男子サッカー、女子バレー、女子テニス。
高原中  12部 南中に加え、女子バスケ 男子テニス 吹奏楽 合唱 美術 男子卓球 女子卓球。  

教員について
南中学校では、教員の配置基準でいくと、中学校の9教科をまかなえない現実があります。
配置基準では、担任4名、専科3名の7名。
全教科を担当することは不可能なので、不足分の教員については町費採用の講師で対応しています。

こうやって比べてみると、同じ富士見町のなかで不公平ではないか、と言う声が多いのです。
私は、すべての事が不公平だとは思っていませんし、南中の子供たちが不幸かと言うとそんなことはないと思っています。
子供たちは、置かれた環境でそれなりに学び、成長しています。
それでも、中学校での最大の目的である「勉学」と言う環境での差は、見過ごせない問題かもしれません。

総合的に、富士見町のみなさんはどういう風に考えていらっしゃるのでしょうか・・・
何よりも、子供たちってこの問題についてどう思っているのかな・・・


南中学校では、卒業証書を受け取った生徒が、一人ずつみんなの前で一言、発表します。
それは家族や友人、先生に対する感謝の言葉であったり、反省であったり・・・
ある生徒は「中学校生活に悔いが残ります」と言って「こんな僕に付き合ってくれてどうもありがとう」という、素直な一言もありました。

式の最後は卒業生の歌で終わりました。
舞台の上の卒業生が歌い終わって退場する直前に、ある卒業生が突然手を上げて発言を求めました。
あまりにもとっぴな出来事だったのでしょう・・・
先生たちが困惑していると、その生徒は言葉を続けました。
「さっき、僕はちゃんとお礼の言葉を言えませんでした。ここでちゃんとお礼を言いたいと思います」

そして、もう一度はっきりとした声で「ありがとうございました」と言うと、退場を始めました。

緊張した空気の張り詰めた式場で、とっても勇気のいることだったと思います。
こんな子供たちを育ててくれた南中と、この土地に感謝です。


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境保育園の卒園式
sotsuenshiki 1.jpg
この子達の元気な鈴のなるような歌声を聴いているだけで、胸に幸せなものが一杯に満たされてきます。
子供たちって本当にすごい力を持っているんですね。^^

sotsuenshiki 2.jpg
このコサージュは先生方の手作りです!
富士見町にあるニチレイガーデンから彗星ランを格安で譲ってもらっているそうです。
心をこめて先生が作ってくれたコサージュをつけた卒園生たちは、誇らしげでした。
素敵な卒園式ですよね。

それぞれの学校を巣立つ子供たちが、富士見に育ってよかったと思える富士見町にしたいですね。

貼り主: chiyoko 日時: 16:56 | Comments (0)

2008年03月20日

富士見の学校の適正規模

町立学校整備促進審議会から、先日、富士見町における学校編成の基本について、答申が出されました。
・小学校は複式学級にならない規模の各学年1学級以上
・中学校は各学年普通学級を2学級以上

富士見町の教育委員会は答申を受けて、議論のたたき台にするための原々案を3月の一般質問での答弁で示しました。

中学校について
1・両校を閉校して新しい統合中学校として開校する
2.開校の時期は平成22年度までとしたい
3.統合はあくまでも対等な立場でする
学校名・校歌・校章・せい制服・通学区・学校運営計画などは今後検討
今後の予定
その具体化を図るために原々案を作成し、住民説明対話集会を丁寧に開催。
住民の声聞きながら、中学生が希望を持って学ぶ事の出来る教育環境を保障する統合中学校づくりをみなさんの知恵と力を結集して進めていきたい

具体化に向けて、町民から気持ちよく同意が得られたと判断できた段階で、教育委員会として決議し、事業を推進していく。


小学校について
落合小学校の今後のあり方について、町民の皆さんと議論を尽くしながら、住民合意に基づく結論を出さなければならない時期に来ていると考える。
その後の事態にスムーズに対応できるな準備期間を考慮すると、遅くても平成22年度末までには結論を出す必要がある。

★この答弁を聞いた地元地区の議員さんから発言の途中「動議」が出されました。
一般質問の終了後、「発言の取り消し」が求められ、議会運営委員会で審議。
「動議としては扱わないが、教育長に発言の取り消しを求めること」で一致しました。

その後、全員協議会でこのことが報告されました。
実は、私も答弁を聞いていてちょっとびっくりしました。
一般質問の内容は「審議会の答申をどう受け止めるか」と言うものでした。
当然「慎重に受け止めてこれから教育委員会としてどのように話し合っていくのか」と言う答えだと思っていました。
町民にいつ頃から説明に入る、と言う時期も決まっていないのに、原々案が発表されたのは想定外でした。

しかも、「学校名・校歌・校章・せい制服・通学区・学校運営計画などは今後検討」
なんて言う事は当然のことで、まだ統合か否かの議論さえしていない段階で、ここまで発言するのはどうかな・・・と思いました。

全員協議会の中で、地元地区の議員さんから
「今から住民の意見を聞き、議論すると言っているのに、すでに結果ありきのように受け止められる」との意見がありました。

私も「これから住民説明会に入ります」と言う段階になってから、原々案の発表でもよかったのではないか、と思いました。
何よりも、翌日「南中と高原中が統合」なんて記事が突然に出たら、子どもたちはどう感じるだろうと心配になりました。
議会として発言の取り消しを求めることになり、議長が教育長にその旨を伝えました。

教育長の答弁は、教育委員会の正式な決定ですので、教育長はあくまでも取り消さない、と言う選択もありました。
結局、教育長は発言を取り消したのですが、取り消したからと言っても、翌日の新聞には事の顛末が載ったわけです。
「取り消しを求めた議会がおかしい」との声もあったようですが、地元議員さんとしては、一言言っておかなければ示しが付かなかっただろうと、私は感じました。

確かに、子どもの教育環境を考えると、統合すべき、との意見も多いのです。
でも、地域から学校がなくなるという事の重大さを考えるとそう簡単に「統合」などとも言えません。

3月8日に落合地区・9集落の住民による「落合地区少子高齢化問題懇談会」が開かれ、傍聴させていただきました。
これは、住民の皆さんによる組織で、この日は信濃毎日新聞で「民が立つ」の取材版代表・小市昭夫報道部次長の講演もありました。
取材の中から、少子化が進んだ飯田市のある地区で、住民有志がお金を出し合って子育ての場を作った事例などが紹介されました。

講演後、懇談会が開かれ意見交換がされました。
「なんとしても学校を残すべきだ」と言う意見が多いのかと思っていたら、その日の発言は、小規模な学校に通わせることへの不安がほとんどでした。
落合小学校は明治6年の開校。
130年以上の歴史のある、富士見町の中で一番歴史の古い学校です。
学校に対する地元の方の愛着も察するに余りあります。
それでも、「子どものためには断腸の思いで統合の道しかない」とおっしゃった方もいました。

小中学校共に、今後どうあるべきか。
学校の問題は、そのままどんなまちづくりをしていくのかと言う事です。
子どもの事となれば、皆さんの議論も盛り上がることと思います。
多くの人と、ひざを突き合わせて議論するいいチャンスでですね。
町民説明・対話集会がいつになるのか・・・なりべく出席してご意見を伺いたいと思っています。


貼り主: chiyoko 日時: 16:00 | Comments (0)

2008年03月05日

それでもボクはやってない

1日、以前から見たいと思っていた映画「それでもボクがやってない」がテレビで放映されました。
これから、私たち自身が裁判人制度に加わるかもしれません。すごく参考になる映画です。なるべく多くの人に見て欲しいと思いました。

罪を犯したり、その人が裁かれたり・・・
普段の私たちの生活の中では、あまり実感のない話です。

もし、この映画の主人公のように、やってもいない罪に問われたら・・・?
考えたくもない恐ろしい話です。
でも、無実の罪で何年も身柄を拘束され、社会的地位を失ったり、人生がめちゃめちゃになることが実際に起こっているのです。
最近では、毎日のように冤罪の二ュースが流れます。
そんなことがどうして起こってしまうのか、どうすれば防げるのか。
ヒントの一つが、この映画の中にあると思いました。

映画の最初に次のようなテロップが流れます。
10人の真犯人を逃すとも 1人の無辜(むこ)を罰するなかれ


以前、「裁判員制度」について、このページでも書きました。↓
http://www.angelchiyoko.net/mt/archives/000496.html
そのときは、この制度の導入の理由がよく分からないと書いたのですが、映画を見てそんな側面もあるのか、と理解しました。
上記のコメントに娘が書いてくれたように、司法はどこからも関与されない独立した組織でなければなりません。
学校でも、三権分立って教わってきました。
でも、実際はそうではない、と言うところに問題の一つがあるんですね。


無罪の判決を出して喜ぶのは誰か?
警察・検察を否定することになる。
つまり、国家に楯突くことになり、出世は出来ない。
無罪判決を出す裁判官には、大変な勇気と能力が必要だということらしいです。


映画の中の裁判官の1人の次のようなせりふがあります。
「刑事裁判の最大の使命は何か」
「無実の人を罰してはならないということです」

すべての裁判官がそういった信念を持って判断してくれればいいのでしょう。
でも、あまりにもそのことに重心が偏れば、犯した罪の真実を見逃しはしないだろうか・・・
必ず、真実が明らかになる、と言う訳ではないところが悲しいですね。

映画の中で、主人公に次のようなせりふがあります。
「裁判は、真実を明らかにする場所ではない
被告人が有罪であるか無罪であるか
集められた証拠で、とりあえず判断する場所だ」

これと同じような話を、以前聞いたことがあります。
富士見町で起きていた、町が住民を訴えた下水道裁判を傍聴した時、弁護士の方がおっしゃっていました。
「裁判官は、テーブルに座ってフォークとナイフを持って『さあ、料理を運んで来なさい』と、待っているんですよ。
そして、弁護側と検察の出した証拠だけで、有罪か無罪を判断するんです」

つまり、疑問を感じたとしても、自ら調査をするようなことはほとんどないようです。
弁護側も検察側も、裁判官を説得できるような証拠を、一生懸命に揃えなければいけないということです。
下水道裁判のときは、裁判官が現地を見に来ました。異例のことだったんですね。


話はちょっとそれてしまいますが、富士見町でも殺人事件があり、現在裁判が行われています。
加害者に同情的な声も多く、小さな子供もいるということで減刑を求める署名運動もおこりました。
私も、署名に協力させていただいたのですが、お願いする中で立場や考え方の違いで難しさを痛感しました。
私は、母親が殺人犯だというだけでも大きなものを背負ってしまう子に、せめて早く母親がそばに戻れるように・・・と考えたのですが・・・
「子供にとっても、お母さんが早く出てくることが本当にいいことなんだろうか・・・」
と言われたときには、確かに・・・そこまで深く考えていなかった、と思いました。

人が人を裁くって、本当に難しい・・・

映画の最後に流れるテロップです。

どうか私を
あなたたちが自身を
裁いて欲しいと思うやり方で
裁いてください

貼り主: chiyoko 日時: 21:40 | Comments (0)

2007年11月30日

有害自販機規制条例

「塩尻市PTA連合会 有害自販機規制条例を要望」の記事を目にしました。 → http://www.shinmai.co.jp/news/20071128/KT071127ATI090014000022.htm
私の所属する「みどりネット信州」の10月の勉強会のテーマでした。
つくづく、物事の本質を見極めることの難しさを感じます。

正直、みどりネット信州での勉強会がなかったら、私も「個人情報保護!? 表現の自由!? それよりも子供の育つ環境が大切」と、考えていたと思います。
しかし、実際にこの条例が本当に必要なのか、と言うと、もう少し深く掘り下げて考える必要があるようです。

塩尻市は、長野県内で一番有害図書の自動販売機が一番多い市なんですね。
これだけ聞くと「ちょっと問題!」と、思ってしまいます。
でも、この自販機は街中にあるわけではなく、国道沿いなどに多いのだそうです。

確かに、こんなところを利用しようと思う人は、その地域の人じゃありませんよね。^^;
まして、学生たちがそんな場所までわざわざ出かけて行って、買うなんてちょっと考えにくいですね。
だって、自宅で、携帯で、もっと安易に情報を得ることが出来るのですから・・・


信濃毎日の記事によると
「市は性的表現の量などによって図書類を『有害』指定し、自販機への収納を規制する方針。」
と、あるのですが、これもすごく難しい話です。
たとえば、本のページ数の30%以上に「わいせつ」な表現がある時に「有害図書」とすると、当然30%未満ぎりぎりの本が出てくることが容易に予想されます。
また、どこまでが「わいせつ」な表現に当たるのかなど、主観によるところが大きく、判断が難しくはないでしょうか。

今の子供たちは、それ以上に携帯やパソコンから容易に情報を入手することが可能です。
規制をかけるとするならば、そちらの方がずっと実情にあっています。

毎日のように、テレビでも目を背けるようなニュースが多発し、一瞬の内にその情報が全国を駆け巡ります。
この世の中から、すべての「悪」を排除することなんて不可能です。

一番大切なのは、多くの情報の中から善と悪を見極める力。
自分で判断する能力を育てることだと思います。

10月のみどりネット信州の勉強会でも、最終的には「教育」だと言う話になりました。
情報に流されるのではなく、情報を使いこなす事の出来る知識と知恵を持つ子供たちを育てること。
今の日本の社会の中で、絶対に必要なことではないでしょうか。

貼り主: chiyoko 日時: 09:12 | Comments (0)

2007年11月19日

南中50周年記念

富士見町立南中学校の創立50周年記念式典がありました。
南中学校は、うちの子供たち4人ともお世話になった学校です。
諏訪地域で唯一の、木造校舎だと聞いています。

式典は、アトクッションから始まりました。

furu-to.jpg
卒業生の飯島諒君、そして小林範子さんのフルートとピアノの演奏。  ボルヌ編曲 「カルメン幻想曲」
飯島諒君は桐朋学園在学。ご両親ともフルートの演奏家です。
南中学校の週一回のゼミをご夫婦で指導くださっています。
これってまったくのボランティア。
頭が下がります。

諒くんのフルートはすごく深みのある音で、すばらしい演奏でした。
いやぁ~、こんな卒業生がいるなんて・・・
今までに巣立った3447名がそれぞれ、どんな人生を歩んでいるのでしょうか?

taiko.jpg
50周年記念に寄付された和太鼓一式。
幾分、緊張した皆さんの演奏、力強くてよかったです。
こちらの和太鼓ゼミの講師をしていただいている原邦晴さん作の和太鼓です。
こうして、いろいろな場面で地域のかたがたに支えられている事を、子供たちにもしっかりと心に刻んで感謝の気持ちを忘れないでほしいです。

gassyou.jpg
全校の生徒と先生による合唱「聞こえる」
全校生徒95名。小規模校のよさを生かした教育の一つ。

mitosann.jpg
記念講演会  漫画家の折原みとさんによる「夢をかなえる10の方法」
聞いていて、「その通り!」とうなずく事ばかりでした。
ご自分の経験を元に話された内容でしたので、きっと子供たちの心に響いたと思います。

その夢をかなえる10の方法
・好きなことを探そう
・アンテナを高く、いろいろな事に興味を持とう
・夢をかなえるために何をしたらいいのか考えよう
・他人を頼らない
・自分で行動を起こそう
・失敗を恐れるな
・夢をあきらめない
・夢を言葉にして自分にプレッシャーをかけよう
・チャンスを逃すな
・チャンスを与えられたら、一生懸命に努力をして生かそう

みとさんは、富士見町の高原に犬と一緒に入れる喫茶店「八ヶ岳わんこ物語」も経営。
富士見町に来るようになって、田舎や自然を取り入れるように作風が変わったとおっしゃっていました。
とにかく、興味のあること、やりたいことがたくさんあって、前向きな快活な方でした。

kousya.jpg
6月6日に採った航空写真だそうです。これはクリアファイルになっていて記念式典で配られました。

写真の手前の棟の真ん中が玄関になっています。向かって左側が体育館、右側が職員室です。
この部分だけが二階建てになっていて、二階部分に多目的室、図書室などがあります。

平屋の教室等の真ん中に、廊下が通っていて、二番目の棟が三年生、次が二年生。一番奥の棟が一年生です。

どこを歩いてもうぐいす張りになっていて、会合に遅れていくと、いくら静かに歩いていてもみんなの注目を集めてしまいます。^^;

校舎の間の庭には花壇や畑が作られています。
校舎の後ろ側には、梅や椎茸の栽培が行われていて、文化祭などで販売もされます。

kaidan.jpg
上の航空写真の校舎の真ん中を縦に通っている廊下です。
奥に行くにしたがって、段が高くなります。
廊下が光ってますよね。
娘たちが「伝統の三回拭きをやっている」と言っていましたが・・・
式典の後の祝賀会で会った卒業生によると(30歳代?)彼らの時代は、各家から米ぬかを入れた袋を持って来たそうです。
水拭き、から拭き、その後で米ぬかで磨いていたとの事。これが本当の3回拭きだったんですね。

kyousya 2.jpg
開校当時の写真

開校に当たっては、地域の方々が総出で、整地などに当たられたそうです。
たくさんの方の想いのぎっしり詰まった学校ですね。
開校当時に植えられた白樺や桜などが今では大きく成長して、その歴史を感じます。
南中の桜並木は、富士見町の中でも有名で、映画のロケにも使われているそうです。

この校舎を巣立ったわが子たちの頃を思い出しながら、感慨深い一日でした。

貼り主: chiyoko 日時: 17:28 | Comments (0)

2007年11月05日

だいじょうぶ だいじょうぶ

「デフ・パペットシアターひとみ」は、聴覚障害者と健常者が共同で劇を作る、人形劇の専門グループです。
3年に一度くらいのペースで富士見町にもよんで、講演をしてもらっています。
今回の題目は「だいじょうぶ だいじょうぶ」

今年の公演で7回目を迎えます。
「デフ・パペットシアターひとみ」の講演を呼ぶ時には、その都度、実行委員会を立ち上げて講演の準備を行っています。
きっかけは、手話サークルに参加して、聴覚障害を持つ人たちと関わり始めたことでした。
それと同時に、こうした地方では普段本物の劇を子供たちに見せる機会がめったになく、子供たちに質の高い文化に触れる機会を持たせたい、と言う気持ちで参加しています。
特に、わが子たちがいた時には、一緒に実行委員会に参加する事、加えて劇団の方との交流会も、とっても楽しく意味の深いものでした。

時に、関われない公演もあったのですが、今回は積極的に実行委員会に参加しています。
<今回の公演>
デフ・パペットシアター・ひとみ  ファミリー人形劇場
「だいじょうぶ だいじょうぶ」 富士見町公演

日時   :   12月8日(土)  
         PM 1:30 開場    PM2:00 開演

場所   :   グリンカルチャーセンター 
 
観覧入場券: 子供    800円(当日 1,000円)
         大人  1,500円(当日 1,800円)

劇団をよぶには、結構お金がかかります。
当日券を売って当てるのですが、宿泊費なども合わせると、それでは間に合いません。

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「だいじょうぶ だいじょうぶ」のチラシです。
chirashi 2  .jpg
講演の当日、見に来てくれた人たちに手作りのパンフレットを配ります。
その中に、お店等から宣伝広告料を載せていただき、寄付をお願いしています。
駅前商店街や自営のお店を回って、寄付をお願いしています。
こうして訪ねて話をして寄付のお願いをするのも、デフパペを知っていただくいい機会になるんだ、と歩いてみて感じています。

20件ほど回ってお願いしましたが、大型店舗はなかなか難しい!
こんなお願いの時ばかり顔を見せて・・・心苦しいのですが、個人商店はほとんど協賛していただけました。


商店街を歩いている時に、「あれはどうなったの?」と灰溶融炉建設について訊ねてくださって方がいらっしゃいました。
すっごく、うれしかったです。
関心を持っていてくれる人がここにもいたんだ!と言う事だけでも充分感激だったのですが
「応援してますからね」と言って頂き、私にとっては、それだけでも歩き回った甲斐があったと言うものです。 ^^


現在、チラシを配りながら、チケットを販売中です。
エンジェルもチケットたくさん持ってまぁ~す。
ぜひ、お買い求めいただけますよう、よろしくお願いいたします。

さてさて・・・
今回の「だいじょうぶ だいじょうぶ」
いとうひろしさんの絵本を原作とした物語です。
hon.jpg
この絵本、いい絵本です!
すっごくいい絵本です。

農村女性のよっちゃばりの会で、おばちゃんたちにデフ・パペの宣伝をしたら
「本はないの? ちょうどクリスマスも近いから、孫に本が欲しい」
と言われてしまいました。

「えぇ~?!  本は売ってないけど、きっと本を読んだら劇も見たくなるから・・・いいですよ。まとめて注文します。どのくらいいります?」
と、おばさんたちに聞いたら・・・7冊も注文がありました。

おばあちゃんたち、孫に本を送りたいけど、どんな本を贈っていいのか分からないんだそうです。
子供の本は好きで、読み聞かせはよくしました。
推薦したい本もたくさんあります!

「だいじょうぶ だいじょうぶ」みたいに、読んでいて胸に詰まり泣いてしまう本も結構ありました。
読み聞かせをしている母親が泣いているのを見て、子供たちは心配そうにしたり、面白がったり・・・
成長した現在は、もちろん! 子供たちで思い出話をしては親を思いっきりコケにしています!!
しかし・・・それもまあ・・・いい思い出でしょう・・・


アマゾンのカスタマーレビュー
これを読んで、この本を読みながら泣いてしまうのが私だけじゃないって分かって、ほっとしています。
ははは・・・  ^^;

貼り主: chiyoko 日時: 14:26 | Comments (0)

2007年07月11日

懐かしい幼稚園

6月30日に長女が帰国し、久しぶりに家族6人が揃いました。
「家族でどこかに行こう」という相談をしたのですが、なかなか話がまとまりません。
最終的に、以前住んでいた船橋のマンションと、娘たちが通った幼稚園を訪ねてみることになりました。

ウイークデーだったし、突然の訪問だったので、以前住んでいたマンションの知り合いのはほとんど会えませんでした。
でも子供たちは、いつも遊んでいた公園が「こんなに小さかったの!?」と驚いたり、豆腐屋さんが残っていて感激したり・・・楽しい訪問でした。

次に記憶をたどりながら、上の娘たちが通った幼稚園へ。
長女は23、次女は21歳です。
この年で、よく幼稚園の事を覚えているな・・・と思うのですが、よっぽど楽しかったらしく、二人でよく思い出話をしています。

訪ねてみてびっくり!!
園長先生をはじめ、もう20年近く前にお世話になった先生方が何人もいらっしゃいました。
私立幼稚園のよさですね!
突然に訪問したにも関わらず、快く園内を見学させていただきました。

娘たちの通った「健伸幼稚園」は、当時から絵画や運動に力を入れた特色のある幼稚園でした。
今回訪問してみると、「子育て支援」のお部屋が増えていたり、特色ある幼稚園作りに拍車がかかっているようです。
kenshin youchien 2.JPG


とにかく幼稚園でお世話になっていた時から先生方が変わっていないのでびっくりしました。
(園長先生は当時の記憶より若く見えた、と次女の弁です。)

私たちが健伸幼稚園に決めたのも、絵画や運動に力を入れ、特色のある幼稚園だったこと。ちょっと拝見しただけですが、未満児からの子育て支援を含めたその魅力をぞっこん感じました。

kenshin youchien 3.JPG
これが、どうしても見たかったスポンジプール。
このプールで子供たちはよく泳いでいました。
次女の幸は、このプールで怖い思いをしたことがありずっと忘れられなかったそうですが、今回の訪問でそれをようやく克服できたそうです。  ^^;
「普通子供たちはこんなに幼稚園のことを覚えているのか不思議だけど、それほど楽しかったって事だよね。」とは次女の弁です。


とにかく20年も前から先生方が変わっていないのには家族揃ってびっくりでした。
夫のジェルミは、先生方が若さをあれだけ保っているのは、どれだけ健伸幼稚園が楽しいかの証明ではないか、と言ってます。^^

私の一番の思い出は、やっぱり運動会。
ママが徹夜して作った衣装を着て、子供たちが幼稚園のお遊戯とは思えないような演技を見せてくれたのは感激でした。
スポーツクラブの子供たちはバク転なんかも平気でやっていました!


幼稚園で、地域を元気にするための「朝市」も始めたそうです。
幼稚園から地域づくりを目指しているなんて、本当にすごい!!!
行政や地域が支援して子育てを支援してしていかなくっちゃ!っ言っているところが多いのに・・・。

やっぱり、発想だと思いました。
狭い視野で見てしまうと、自分のことを中心にして考えてしまうけれど、大局でものを見るのって大切だな・・・と日々感じていることです。^^;

家に帰ってきてから、子供たちは、アルバムを引っ張り出して、「三重子先生、変わってなぁ~い!!」などと騒いでいます。

こんなに心に強く残るような幼児期を送ることができて、娘たちは幸せだったな・・・とつくづく噛み締めた今回の訪問でした。
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はい!記念写真

貼り主: chiyoko 日時: 01:14 | Comments (0)

2007年02月14日

ふじみドラマスクール

2月11日、12日
ふじみドラマスクールの10周年記念
 ~広くてすてきな宇宙じゃないか~  の公演がありました。

0212 fujidora 1  .jpg
なんだか賑やか・・・? と思ったら、チンドン屋さん登場!
町民センターからコミプラに続く道には桃太郎旗が立っていて、気分を盛り上げてました。

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いい劇でした。
あまり上手で素人の劇じゃないみたいでした!
完成度の高い劇だな・・・と感心しました。
途中にビデオを使ったCMもあったり・・・劇中にもニュースの場面でビデオがうまく使われていて、センスのよさを感じました。

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ふじドラでは、みんなが主役。

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音響さんもありがとう!

ふじみドラマスクールの代表の星野さん、10年間本当にありがとう!
劇で、ホロリとさせられたのも事実なのですが、いろいろと思い出して泣けてきました。

10年間にふじドラからたくさんの子供たち・・・大人も巣立ってい来ました・・・
いつもは、線が細くっておとなしい子が、舞台の上では堂々と演じていました。
生き生きと舞台の上でライトを浴びている子供たちは、ほんとに輝いて見えました。
いろいろな悩みを抱えながら、ふじドラに救われた子供たち(大人たち)も多かったのではないかと思います。

いつもとは違う自分になれるのも劇のひとつの魅力なのかも知れません。
舞台に立つ人だけではなく、大道具作り、衣装作り、光や音作り・・・
いろんな関わり方ができるのも、舞台づくりの魅力ですね。

継続は力なり!
10年間、ふじドラの存在は、この富士見町で人を励まし、癒し、育て続けてくれたんだろうな・・・と思います。
きっと、いいとこばかりじゃなかったはず。
劇を見ていたら、「続けてくれてありがとう」って感謝の気持ちで一杯になりました。

・・・なぁ~んて言うと、星野さんは「僕の方がいつも元気をもらっているんだ!」って言うんだろうな・・・


貼り主: chiyoko 日時: 21:44 | Comments (0)

2007年01月07日

たまり場づくり ・ 清泉荘

昨年暮れにたまり場で、一年間の作品展といらないものの交換会を開きました。

一年間、みなさん、いろいろな手仕事をしてきました。
新聞のコサージュ、縮緬のお雛様、組紐のトンボ、藍のなま葉染めなどなど・・・
そのほかにもうす焼きやドラ焼き、じゃがいももち作り、お話会に自転車の紙芝居・・・
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昨年、最後の手作業で作ったティッシュケース。すごく簡単に作れるのですが、素敵ですよね。

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なんと言っても、「たまり場」で、武藤みとしさんの存在は大きい。
みとしさんの手まりの数々。お宅は宝の山です。しかも一つとして同じものがない!!

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ゴミの減量化を目指して、自宅でいらないものの交換会を開きました。
すごい!掘り出し物が沢山出てきました。
着物やコートから食器まで。

私は紫色のシルクの着物ようのコートをゲットしました。^^


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これは、着物を着る時の後ろだけのちゃんちゃんこ(?)
これだけでも結構あったかいんだそうです。
「洋服の時に着てもしゃれてる!」と、この方は喜んでいらっしゃいました。

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わいわいエコライフのお母さんたちが、靴下カバーを編んでます。
床暖房なんで、子供たちはみんなほっぺた真っ赤にして遊んでました。

交換会は継続してやっていきたいと思います。
我が家ではいらなくなったものでも、お隣さんには「必要な物」かも知れませんよね。
地域の中でこう言った輪が広がっていったらいいなあ・・・と想いは膨らんでいます。

貼り主: chiyoko 日時: 12:07 | Comments (0)

2006年12月07日

ふじみドラマスクール

信濃境の清泉荘下のディサービスに「ふじみドラマスクール」の劇がやってきました。
主催の星野さんに「すごくいい劇なんだ」とは伺っていましたが、ほんとうに心温まるいい劇でした。

登場人物は4人だけ。
20分ほどの短い劇で、しかも舞台装置は後ろに下がっている幕だけでOKです。
この幕に書かれてある絵も劇団の子供たちが書いた物だそうです。水墨画みたいで、すごくいいでしょ?

ふじみドラマスクールではこうやって自作の落語や寄席を届けたりもしてくれます。
敬老会の集まりや、ちょっと人が集まる時の催しにお勧めです。
実はこの日も「二人は代役なんだ」そうです。
時間の都合さえ合えば、気軽にお呼び応えてくれそうですよ。

毎年、保育園の園児から大人まで参加できるような劇を作り上げています。小道具から衣装ももみんなで手作りです。
そんなふじドラだから、おのずとお年寄りに劇のお届けを始める事も、ごく自然な成り行きだったんでしょうね。

すごくいい活動をしているなあ・・・っていつも感心します。
たまに、本当の劇を目の前で楽しむのも、人生得をしたって気分になりますよ ^^
デイの利用者のお年寄りと、たまり場の参加者で、暖かい時間をいただきました。
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貼り主: chiyoko 日時: 09:28 | Comments (0)

2006年11月30日

たまり場づくり ・ 清泉荘

ぎりぎりですが、12月のたまり場の予定をお知らせいたします。
最近は、「ワークショップほわほわさん」の気功が評判で、清泉荘のしたのデイサービスの利用者の方々との交流も深まっています。^^

2日にはふじみドラマスクールの「どろぼう仙人」の劇がやってきます。
16日には、家で眠っている不用品の交換会を開く事になりました。

清泉荘は床暖房なので、冬は最高です!
我が家のつもりで厚着をして出かけると、汗をかきます。

最近は簡単に作れるティッシュカバー作りが好評だったそうです。
次回は、棒あみで作るお人形さん作りが始まります。
もちろん、自分でやりたい事を持ってきておしゃべりしながら手を動かすのもOKです。
知恵袋が集まっていますから、おしゃべりだけでも楽しいです。
気軽にのぞきに来て下さいね。
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貼り主: chiyoko 日時: 23:36 | Comments (0)

2006年11月07日

日本の戦争

「日本の戦争」の上映会を開催します。

この映画は、30分ほどの映画の5部作
戦後50周年を迎えるにあたって、
「戦争で見つめる日本の近代史」と言う社会科の歴史教育副教材として
東映教育映画部で作成されたのもです。

昨年、9月に一度上映会を開きま下が↓
http://www.angelchiyoko.net/mt/archives/000231.html
ご覧になった皆さんから「如何してももう一度機会を持って、たくさんの人に見て欲しい」
との声を多く頂戴しました。
その中でも多かったのが
「若い人に見せたい」「大人だけで見ていて、慰めあっていても仕方ない。若い人に繋げていかなくては・・・」
と言う意見です。
私たちの希望としても、何とか学校と言う教育現場で取り上げてもらえないかと思っています。
でも、なかなか難しい。
それでも、そのためのステップとして、今回もまた上映会をする事になりました。
是非是非、たくさんの方に見ていただきたい映画です。


今日の朝日新聞の一面は「教育基本法案 来週の衆議院可決へ」「今国会で成立強まる」です。
私たちの住むこの国は、どこへ向かおうとしているのでしょうか・・?


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貼り主: chiyoko 日時: 16:20 | Comments (0)

2006年09月22日

愛国心

昨日は久しぶりに胸のすくようなニュースがありました。

入学式や卒業式で、日の丸に向かっての起立や君が代の斉唱を強要するのは不当だとして、東京都立の教職員が都教委などを相手に、起立や斉唱義務がないことの確認などを求めた訴訟の判決が21日東京地裁であり、原告側の全面勝訴となった。

http://www.asahi.com/national/update/0921/TKY200609210287.html

新聞によると
「難波孝一裁判長は、違反者を処分するとした都教委の通達や職務命令は『少数者の思想・良心の自由を侵害する』として違憲・違法と判断。起立、斉唱義務がないことを確認し、違反者の処分を禁止した。」

私たちにとって、司法の場と言うのは、政治以上に遠い存在になりがちです。
でも、こうした判決が出た時に、改めて国の方向を左右する大切な場所だということを再認識させられます。

この判決を下してくれた難波裁判長が、これからどうなってしまうのか心配でもあります。
司法は、はっきりと独立した立場でこうした判断ができるはずですが、実際にはその時の政府の力が大きく影響してしまうのが事実でしょう。

このニュースを聞いて思わず「ありがとう」と叫んだ人は多いでしょう。
たとえ控訴された結果、判決が逆転したとしても、とても意味の大きな判決だとおもいます。

小泉首相は「敬意示すのは法以前の問題」と発言しましたが、法以前の問題をなぜ法で強制しようとするのでしょうか。

なぜ、力で押さえつけようとするのか私には理解できません。
力で抑えようとすれば、当然反発が起きます。

難波孝一裁判長の言うように「国旗国歌は強制するのではなく、自然のうちに国民に定着させるというのが国旗国歌法の趣旨であり、学習指導要領の理念」です。
「義務だから歌え」と言うのではなく、日の丸を愛し、君が代に誇りを持って歌えるようにするのが本当の教育です。
日本が先の戦争での責任を検証して謝罪すべきは謝罪して、その上で国際社会の中の一員として発言しない事が問題ではないですか。 

難波裁判長は、
「日の丸や君が代が皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきた経緯に言及。式典での掲揚や斉唱に反対する主義・主張を持つ人の思想・良心の自由も憲法上保護に値する権利だ」とも述べたそうです。
この判決の特徴は「職務命令や処分が出る前に、起立や斉唱などの義務自体がないことの確認を求めた点だ。」
ともありました。

私は、この判決が偏っているなど思いもしなかったのですが、
インターネットでこの記事を調べていて新聞によって随分違う物だとびっくりしてしまいました。
9月22日の 産経妙には次のようにありました。
 ・「日の丸・君が代は侵略戦争のシンボルで戦前を思いださせる」という屁理屈を学校で吹き込まれた悪影響は大きい。
・常識のない裁判官にかかれば、白も黒になる。高裁ではまともな裁判官に担当してもらいたい。
・それにしても自分の国の国旗や国歌が嫌いで訴訟までするセンセイが都内に400人以上いるとは驚きだ。・・・教師にも「思想良心の自由」はあるだろうが、生徒にはまともな教育を受ける権利がある。


この記事を読んで、私も勉強になりました。
こう言った記事を書く自由も日本にはあるんですね。
ひとつの事も見方はさまざま。
だからこそ、教育って本当に大切です。

前にも一度、「愛国心ってなんでしょう」と、書いた事があります。

長女はインドに留学して、インドの若者が民族衣装を着なくなった事を残念に思い、次回日本に帰った時に着物の着付けを覚え、日常的に着ていました。
それは、「日本を愛する気持ち」の一つの表れではないでしょうか。
その気持ちは、この富士見町で暮らして自然に育まれた感情だと思います。
私はそんな娘を誇りに思っていますし、そうして育てられた事に感謝しています。

貼り主: chiyoko 日時: 14:16 | Comments (0)

2006年08月25日

原村・こども議会

23日、原村の中学生議会を傍聴に行ってきました。
以前から一度、行って見たいと思っていたのですが、やっと実現しました。
質問内容も中学生の視点で柔軟で、なお、鋭いものばかりでした。

原村役場に行って「傍聴をしたい」と伝えると、名簿に記入後(なんで、年齢まで書かせるんじゃ!?)、傍聴席に案内されました。
行って、びっくり。傍聴席は、中学生で一杯でした。
聞くところによると、傍聴席に全員は入れないので、半分づつ交代で別室のモニターで見ているそうです。

中学生議会は、中学生の質問に、議員が答えると言うものです。
質問された内容に対して、自分の考え方も含めながら
「現在、役場ではこんな事をやっている、とかこう言った考え方をしている」と言った答弁をしていました。
質問を受ける議員さんも、答えるために事前に調べたりして勉強になります、との事です。

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この「中学生議会」は、社会科の授業の一環で、3年生が参加しています。
発言議員の生徒さんに聞いたところ、この日のために2年生の時から総合学習の時間で準備を進めてきたそうです。
各自、質問の前に資料の配布があったりして、準備の過程にどれだけ費やされているかが、うかがい知れました。
「じゃあ、今日が晴れの舞台だね」と言うと、
「さあ・・・そうなるかどうか・・・」と、照れくさそうにしていました。

11人の発言のうち、6人目から傍聴しました。
6人目「音楽ホールの建設」
7人目「若者の集いの場所の設置」
8人目「村内におけるバスの運行」
   それぞれ、事前にアンケートを取って、どんな要望があるのかを調査した上での質問。
   説得力がありますよね。
   質問の前に、そのアンケート結果が議員さんたちに配られると言う、本番顔負けの議会でした。
   
9人目「原村の観光施設の活用と観光事業の推進について」
   彼は発言も堂々としていて、主張も明確でした。
   原村にある観光施設・名所を結びつけて、バスで回れるようなツアーを企画してはどうかと言うものです。
   これって、地域まるごとミュージアムの発想です。 すごいなぁ~
   彼の主張はそれだけではなく、原村で眠っている資源をゼロから作り上げると言うもの。

   しかも、最後に答弁者の議員さんに
   「君たちのように若い人の発想で、具体的にどんなものがあったらいい、という意見を出してもらえればいい」
   と言われると
   自分は歴史が好きなので、○○遺跡を当時の暮らしが見られるように整備をしたらいいと思う。
   と、答えていました。
   堂々とした受け答えに、今までの積み重ねの自信を感じ、聞いていて本当に気持ちが良かったです。

10人目「生ごみ処理の状況と堆肥化事業の推進について」
   現在行っている事業を、村がさらに援助して施設を増やしたり堆肥化について積極的にPRして推進する事ができないか、と言う内容です。
   
   私も富士見町の担当に自分の意見を提案してみたのですが、「現在3市町村の協同でごみ減量化の協議会を開催して出検討中。足並みを揃えて実施していく」
   との、答えでした。
   今、やっている富士見町でやっている分別、その他の紙やプラスッチックの分別を周知徹底させ、進めるだけでも減量化につながると思うのですが・・・
   
さて、話は中学生議会に戻して・・・この質問に対して、答弁者の議員さんは
   「現在はパイロット的な施設。有効であれば収集を考えていく」と言う返事でしたが、納得できたかな???

   そう言えば、下諏訪町に見学に行ったときに、説明くださった担当の方が
   「色々なところの取り組みを勉強しました。原村の村長さんは大変詳しくてびっくりしました」
   と、おっしゃっていました。
   村長もごみの減量化には熱心に研究されているんですね。^^


11人目「原村の高齢化への対策について」
   これも事前調査で中学3年生にアンケートを取ってありました。
   将来原村に残りたいか。と言う質問に
   残りたい   30%
   残りたくない 60%
   分からない  10% だそうです。
   ちょっと悲しい数字ですね。でも、これが若者の現在の生の声。
   原村の高齢化率が24.6%だそうですから、26%を越している富士見町としてはもっと深刻です。

   聞けなかったのですが、それ以外にも
   1人目「村内道路への街灯設置について」
   2人目「エコーラインの街灯設置について」
   3人目「村内の道路舗装とガードレールの設置について」
   4人目「中学生のブロンズ製作と彫刻の森の運営について」
   5「原村図書館の閲覧コーナーの拡大について」

どの質問も、自分たちの生活の中から気づいた事を、中学生らしい視点で質問していました。
この日の準備のために、自分の気づきからアンケートの作成・実施・集計
その結果を自分の質問にどうやって生かしていくのか。

その過程の中に、学ぶ事がものすごく多いですよね。
こう言った事が、本当の教育だと思います。
議会の進行も、通常の進行に則って、議長役の生徒さんも立派でした。

富士見町でも、一度検討はされたのですが、実現しませんでした。
本当に残念です。
自分で傍聴してみて、あらためて検討する価値があると思いました。

貼り主: chiyoko 日時: 09:27 | Comments (2)

2006年08月14日

教えられなかった戦争

教えられなかった戦争 フィリピン編
5人のおばさん達で、この映画上映会を開催して今回で7回目になります。
  今までコミニュティで行ってきましたが、境地区の方にも気軽に観に来ていただきたいと思い、今回「清泉荘」で企画してみました。

戦後61年を迎え、いろいろな報道がされています。
日本人の受けた悲惨な事実を検証する事も大切な事です。でも、原爆で終戦を迎えた日本では、加害者としての日本を振り返る事が、本当に少ないと思います。
中国や朝鮮の若者たちの、強い反日感情はどこから来る物なのでしょうか?多くの国で教えられている戦争の事実が、日本の歴史の中からは抜けています。
私も含め、年配の方でさえ、映画ではじめて知る事実がたくさんありました。

一つの物事もいろいろな見方があること、そして社会がどんな力によって動いて行くのかを考えるきっかけにして頂きたい、そんな想いから映画上映を続けています。
次の世代につなげて行くためにも、ぜひたくさんの方に観ていただきたい映画です。


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貼り主: chiyoko 日時: 13:40 | Comments (0)

2006年08月13日

清泉荘・たまり場づくり

8月5日 引き続き「たまり場作り」
今回は≪藍の生葉染め≫

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たまり場の参加者のおばさんたちがそれぞれのお宅で藍を育てていました。
花が咲く前の藍でないと染まらないとの事で、できるのはこの日しかない!
しかも、その日の朝に収穫した藍でないとうまく染まらないのだそうです。

本来の≪藍染め≫は藍を発酵させたりしてかなり難しいと聞きます。
この、生の葉で染める方法ですと、色は濃くなりませんが初心者でも簡単に染められるのだそうです。

収穫した藍を葉だけとって重量を計ります。
染めようとする布の重量の2倍、たとえば布が50gだと藍の葉が100g必要です。


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葉をミキサーに入れ、攪拌できるくらいの水を加え、攪拌します。
攪拌したものを、洗濯用のネットの目のなるべく細かい物に入れ、絞り汁を搾り出すようによく揉み出し、1時間ほどそのまま置いておきます。
その後、汁をよく絞ります。


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事前に湿らせておいた布を汁に浸し、液の中でよく振ります。
そのまま、10分ほど布を浸し、よく絞った後に天日で10分ほど干します。
この時に、空気に触れる事によって色がどんどん変わっていきます。

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干した物をまた、液に浸しよく振り、10分浸して置いておいて、10分干します。
この工程を繰り返すことで色が濃くなるそうです。
大体2回くらいでOKだそうです。

最後に水3Lにつきオキシドールを10CC入れた液を作り、干した布を5分ほど浸して色の定着をします。
これは過酸化水素水の代用だそうです。

天日で5分ほど干して、染めの工程は終了です。
皆さんが持ってきた、布の種類で色もさまざまに染まりました。
白い絹の帯揚げや半襟等が美しく染まりました。

草木染は、たんぱく質に染まるのだそうです。
ですから、羊毛や絹だときれいに染まります。
木綿や化繊だと、この日もうまく染まりませんでした。
綿を染めたい時は、あらかじめ牛乳や呉汁(大豆の汁)に漬けては干す、を繰り返して、たんぱく質を繊維に染込ませて置くと、うまく染まるそうです。
化学ですね。すごい勉強になりました。

この方法は、すべて身近にあるものを使い、火も使いません。
私はシルクのスカーフを染めてみたのですが、淡いきれいなグリーンに染まりました。
その色を正確に写真でお見せできないのが残念です。

この日の参加者は、大人だけだったのですが、小学生でも高学年ならできそうです。
でも、まずは藍を各自で育ててもらうところから始めなければいけませんが・・・
また、来年!


貼り主: chiyoko 日時: 11:53 | Comments (0)

2006年08月11日

生命の不思議をさぐる

8月1・2日に八ヶ岳の自然文化園で「生命の不思議をさぐる」セミナーが開かれました。
今年で3年目。
お隣さんのお義理で1年目も参加したのですが、DNAの話はちょっと難しすぎ! 昨年は遠慮しました。
今年は、2日間の日程の中で1日目の午前中は原中でのセミナーと聞いて、俄然興味が沸き、見学をさせてもらいました。

午前中は原中で、信州大学前学長の森本尚武氏の講演。
先生はお話がお上手で、ご自分がどうして昆虫に惹かれるようになったのかから、昆虫や自然との向き合い方などをお話くださいました。
 

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懐かしい、三角紙!
これは先生の収集した物。
知らなかったのですが、蝶は捕まえた後で胸をちょっと強く押すとショックで動かなくなるそうです。
取りそこなった虫は、そこが通り道なので必ず帰ってくる。
蝶と蛾の違い。蝶はすぐに逃げられるように羽を閉じてとまるが、蛾は天敵である鳥等を驚かせるために羽にもようがあるので開いてとまっている。
昆虫の観察の方法 などなど・・・


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先生のお聞きしてから、いざ外へ昆虫採集。
子供たちは昆虫の多さにあらためて驚いていました。

私の小学生のころは、夏休みの宿題と言えば、昆虫採集でした。
蝶や蝉を捕まえては赤や緑の注射(保存のための物だったと思いま)をして、標本箱を作りました。
そう言えば、こんな田舎で暮らしていてもうちの子供たちも一度も標本を作りませんでした。
命を大切にするからなのでしょうか・・・
でも、身近にいる昆虫に興味を持つ事も、その命の尊さを考える上では大切な事ですよね。
今は、デジカメ等で残すこともできるので、そう言った方法に移行してきていると言う事でしょうか。

2~3年前に、落合小学校の子供たちが学校の周りの植物の観察をしてすごい数のデーター作りをしていました。
また、富士見小学校の保護者の方から聞いた話ですが、今は成人なさったお子さんが富士見小学校で、周りの木々に強く関心を持ってその道の職業に付かれたという事です。
子供が育つ環境って、その後の人生に大きく影響しますよね。大切に考えたいです。

「こうやって網を摑みます」
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昆虫の取り方。
・草むらなどの下にいる昆虫は、網で上から押さえる。そして上の写真の方に片手で網を上に持ち上げると昆虫が上に飛ぶので、もう片方の手で、網押さえて捕まえる。
・飛んでいる昆虫は網を横から持って行く。
・木に止まっている昆虫は、木を振って落として捕まえる。
・草むらの昆虫は、草むらの中を網を横にして何度か往復させる。

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みんな真剣に写生していました。
「こんなにじっくり蝶蝶を観察したの、始めて!」

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次は顕微鏡で、蝶ちょの燐粉の観察


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学生の時、絵を描くのは苦手だったのですが、顕微鏡をのぞいて細胞などの描写するのは好きでした。
顕微鏡の中は別世界のようで、覗くまでそこにどんな世界があるのかどきどきしたものです。

この日も、各テーブルで種類の違う蝶の燐粉を見ていたため、覗くたびに「きゃ~」やら「わぁ~きれいぃ」と、叫びながら全部のテーブルを覗かせてもらいました。
桜の花びら見たいのやら、先の3つに分かれているもの。細長いもの。
「ねえねえ・・あっちのテーブル覗いてきてご覧。全然違うから・・・」
などと子供の見学をしているようなそぶりをしつつ、私の方が楽しんでいたかも知れません。

本当は上手に扱えば蝶々たちも無事生還できたのでしょうが、子供たちの扱いが慣れていないため、気の毒な状態になってしまいました。
ご協力いただいた昆虫さんたち、ありがとう!

午後からは会場を八ヶ岳自然文化園に移し講演がありました。
「ヒトとチンパンジーはどこが違うか?」  清水信義氏  慶応義塾大学医学部教授
「昆虫たちの生存の知恵」         森本尚武氏  信州大学前学長
「木の成分で快適な生活を」        谷田貝光克氏 秋田県立大学木材高度加工研究所教授

それぞれの先生の講演は興味深い物でしたが、午前中も参加させていただいたせいもあり、森本先生のお話には引き込まれました。
「昆虫って面白い!!!」と言うのが率直な感想。

私が感じたようなワクワクを子供たちにも味合わてあげたいなぁ~
森本先生は自然教室も主宰なさっているとの事。
今度は、富士見町でも機会を作りたいですね。

貼り主: chiyoko 日時: 10:39 | Comments (0)

2006年07月27日

たまり場づくり ・ 清泉荘

8月 清泉荘・たまり場の予定です。

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貼り主: chiyoko 日時: 22:06 | Comments (0)

2006年07月15日

教えられなかった戦争

おばさんの仲間5人で、史上の事実を知りたいと、「教えられなかった戦争」の上映会を続けています。
5月に中国編。6月に沖縄編の上映会をしました。

その「教えられなかった戦争」中国編     ~侵略からの開放・革命~
の 製作・編集をなさった高岩仁さんの文章をご本人の承諾を得ましたので、ご紹介します。

☆この、文章や映画をご覧になって、違和感を感じる方も多いかと思います。

 私は、決して共産党でもないし、中国共産党を美化するつもりもありません。
 ただ、映画の最後の部分で、戦犯管理所に収容された日本の方たちが、
 自分たちが残虐な行為をしてきた中国の人たちから、暖かい待遇を受け、
 自ら学習して日本の戦争について問い直すところは、本当にショックでした。
 あの悲惨な戦争の後で、こんなひろい気持ちでこんな事ができた中国人って何なんだろう・・・って思いました。

 一つの歴史上の事実として、私たち日本人が知っておくべき事だと思います。

資料をPDFファイルにして載せようと思ったら、重すぎるのか載せられません。ワードにする時にひょっとしてミスがあるかも知れません。ご承知ください。
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日本軍国主義の敗北から60年
中国編の製作・編集によせて
             
製作・監督 高岩 仁


 敗戦から60年を経た今日、日本社会では首相
の靖国参拝がくりかえされ、政治家や財界人に
よる侵略戦争を美化する発言が大き手をふるい、
自衛隊が海外派兵され、究極として平和憲法の
改悪が目指されています。戦争を必要とするも
のはだれか? それは昔も今も変らず、自らの
利益追求だけにひた走る財閥・資本家です。
 日本の敗戦に際しては、アジアなど他の国に
捕らえられた戦犯971名が死刑判決を受けまし
た。しかし日本が最も多くの人を殺戮し略奪を
くりかえした中国では、死刑や無期懲役を受け
た者は一人もいません。“たとえ戦犯であって
も、みな人間である。人間であるかぎり人格を
尊重し、反戦平和のために闘う人間にもどれる”
わたしたちは、中国のこの政策から、いま深く
深く学ぶ必要があります。

わたしたちは、明治以来現在にいたるまでの、
日本によるアジア侵略の実態と、侵略を誰が必
要としたのか、その原因を追究した作品「教え
られなかった戦争」シリーズを、20年間つくり
続けてきました。これまでに、マレーシア、フ
ィリピン、沖縄、そして再度フィリピンで取材
した4本の映像作品を完成させ、『戦争案内』
というブックレットを1冊発表してきました。
そして今、シリーズ5作目の<中国編>をつく
りあげました。
 
 2年以上前から、日本では元中帰連(中国帰
還者連絡会=中国で戦犯容疑者となり、戦犯管
理所に収容され、そこで己の残虐な罪を反省・
告白して、平和のために生きることを確認して
帰った元日本兵の団体)の方14人、不戦兵士の
会の方1人、満蒙開拓青少年義勇軍として中国
に渡り、戦後中国人民解放軍に加わった方1人、
人民解放軍に参加した方3人、戦中から戦後ま
で中国に滞在して、中国の解放に開わった方2
人に取材しました。また中国では、抗日義勇軍・
人民解放軍関係者6人、農民4人、労働者1人、
社会科学院関係者4人、戦争記念館職員2人、
撫順戦犯管理所職員1人、ガイド1人、以上合
計40人の方たちの貴重な話を聞き、撮影してき
ました。
 
 日本は明治以来、中国に対して一貫した侵略
政策を続けてきました。軍事力を使って中国の
あらゆる資源を強奪した上に、中国を日本商品
の独占市場にしようとしました。その結果、ア
ジアの中で日本だけが、ずば抜けて資本主義的
に発展し、財閥たちは巨額の利益をあげまし
た。そのために多くの中国人を虐殺し、たいへ
んな数の中国民衆を貧困のどん底に落とし込
み、餓死者を出す結果をまねきました。これ
は、統計上からも、元日本兵の証言からも、中
国民衆の証言からもはっきりと描き出すことが
できます。
 
 とくに今回の中国ロケで撮影しながら驚いた
のは、満鉄が直接経営していた撫順炭坑や鞍山
鉱山・鞍山製鉄所、鉄道建設現場、それに財閥
たちが事業を行なっていた鶴岡炭坑、密山炭坑
など多くの事業所近くには、必ず巨大な「万人
抗」があったことです。「万人抗]とは、これ
らの事業所に強制連行した多くの労働者を、苛
酷な労働条件下、ろくに食事も与えず長時間強
制労働させ、体が弱ったり、重い病気にかかっ
た人を生きたまま谷間に捨てたり、過労死した
人を捨てた現場のことです。撫順炭坑だけでも
2万人の労働者がそのような形で殺された、と
社会科学院の研究者は語っていました。しかも
そうした人の中には、日本の憲兵隊が捕らえた
政治犯や、人民解放軍の疑いをかけられた人が
大勢含まれていたそうです。つまり中国にとっ
てはかけがえのない、抗日運動・人民解放の闘
士、政治運動の活動家が、満鉄や三井物産、三
菱商事などの財閥が巨大な利益を上げるために
邪魔者扱いされ殺されたのです。中国全体では
1000万人以上の人びとが日本侵略の間に殺され
ていますが、これはドイツのヒトラーが行なっ
た強制連行・強制労働・虐殺を上回る犯罪行為
と言うべきではないでしょうか。
 

財閥が求めた侵略戦争 
 満州(中国の人たちは、日本がでっち上げ
た満州国を、このように呼んでいる)の世界的
特産物・大豆について報告します。元日本兵の
一人の方は、「いわゆる『三光作戦』、村落を襲
って奪い尽くし、殺し尽くし、焼き尽くす軍の
作戦のときに、大豆や綿の収穫時期を狙って、
農家が収穫したばかりの大豆や綿などを一粒残
らず奪い尽くした。そして現場にトラックを乗
りつけた三井物産の社員に引き渡していた。三
井物産の社員は農家に入って小銭をチャリンと
投げ込んでいった。奪ったのではなく商取引を
したという言い訳作りをしていたようだった」
と証言しています。
 
 別の日本兵の方は「強奪した大豆やトウモロ
コシ、綿を、農家の馬車やロバに積ませ、近く
の駅まで連ばせ、倉庫に収納して商社員に引き
渡していた」と話しています。
 1943年に偽満州に渡った満蒙開拓青少年義勇
軍の一員だった人は「15歳のときに国内の訓練
所に入所したら、軍事教練と大豆栽培の訓練を
みっちりやらされた。現地に行ってみると、中
国人から取りあげたり、二束三文で買いたたい
た広大な農地が用意されていて、そこで大豆を
中心に穀物栽培をさせられた。収獲物はほとん
ど徴収されてしまった」と語っています。
 
 朝鮮との国境に近いフンチュンの、満族のお
年寄りの話によると「満州国建国と同時に政府
から大豆の栽培を大量に強制されて、自分かち
が食べるものが無くなるほどだった。そして
1930年代後半になると、わたしたち農民はすべ
て居住地区から追い出されて、広大な原野にほ
うり出され、多くの餓死者が出た」。その後に
入り込んできたのが日本からきた開拓団の人た
ちだったそうです。
 
 大豆は、日本の財閥たちにとっての、偽満州
関連の一貫したトップ商品でした。大豆、大豆
油、大豆粕を大豆三品といいますが、大豆油で
マーガリンを作って欧州諸国に、大豆粕は肥料
として日本や台湾に輸出していました。ところ
が、1920年代の後半になると、日本側の大豆関
連の企業の業績が軒並み低下してくる。 1928年
の三井物産の支店長会議の議事録には、このよ
うな発言が残っています。人連支店長「本質的
な大問題は、満州の軍閥、特に張作霖による大
豆の大買いつけである」(坂本雅子著『財閥と
帝国主義』ミネルヴァ書房刊)。
 
 またこのころ張作霖は、満鉄に平行する鉄道
を計画し工事に着手していました。これが実現
すれば満鉄には大打撃です。その上張作霖は軍
費調達のため紙幣を乱発し、たいへんなインフ
レ状態になり始めていました。これも日本財閥
には頭の痛い問題でした。 1929年、張作霖は
関東軍によって爆殺されました。財閥の邪魔者は
消されてしまったわけです。しかし張作霖の息
子張学良が後を継いで活動し始めた1931年、今
度は関東軍が、本格的な中国に対する侵略戦争
を始め、日本の財閥にとっての邪魔者を根こそ
ぎ追い払っていきます。これが1945年まで続く
15年戦争・日中戦争の始まりです。
 

「冀東密貿易」に見る収奪の構図 
 わたしが今回の取材で初めて知った、「冀東
密貿易」について報告します。このことは坂本
さんの『財閥と帝国主義』に、詳しく書いてあ
ります。今回その中心的な現場に行ってきまし
た。 15年戦争を始めて間もない1936年に、偽満
州と中国本土との境目の冀東地区に、関東冀東軍が
軍事力を背景に自治政府(傀儡政権)をつくっ
てしまった。中国は建国以来、欧米列強と日本
から軍事力で押しつけられた不平等条約に苦し
められていました。それが国際的な民主化の動
きや、中国民衆の闘いによって、徐々に改善さ
れ、1930年代に入ると中国の民族産業を守るた
めに正当な税金を外国からの輸入品にかけられ
るようになっていました。ところが冀東自治政
府は、極端に低い税率で輸出入を許す体制をつ
くってしまいます。ただちに三井物産は、砂糖
やスフ(人工繊維の布)を、冀東自治区を通じ
て大々的に輸出して、中国国内で販売していま
す。その量は、正常に中国が輸入した量を上回
っています。そのために「上海の60余軒の砂糖
店は気息奄々であり、天津の70余軒の砂糖店は
倒産した]、また「中国人紡績工場が経営難に
陥り、日本人の手に帰するなどの影響が出てい
る」。その結果、中国国民政府の海関税が通常
の3分の1に減少しています。

三井物産の利益の推移(1890~1939)単位円
1890    78,000
1895  1,087,000 日清戦争をへて台湾植民地化
1904  2,221,000 日露戦争/満州植民地化
1931  13,345,000 満州事変
1939  31,297,000 第二次世界大戦はじまる

この冀東密貿易で三井物産が輸出した砂糖会
社の筆頭に、台湾製糖があがっています。台湾
製糖というのは日清戦争の後、日本が台湾を中
国から奪って植民地にした直後に三井物産が始
めた製糖会社です。筆頭株主は三井物産、第二
位の株主は天皇です。そして創立十年後には配
当が25%、20年後には100%になっています。
日清戦争直後の台湾には、台湾入が経営する製
糖会社が1000社以上あったのですが、20年後に
100社に、40年後にはゼロになっています。
これはひとつの例にすぎませんが、このように
見ると、日本が行なった侵略戦争は、誰が必要
として始められたのかがはっきり分ってきま
す。その犠牲になったのが中国の民衆であり、
そのほかアジアの民衆です。日本国内でもその
おこぼれを頂戴した者がいくらかいたかもしれ
ませんが、日本民衆のほとんどもその犠牲にな
っています。


世界の平和を希求した中国革命 
 中国では、各地で強力な抗日運動が闘われま
した。この運動を抑えつけるため日本の貧しい
農民や労働者の子弟が洗脳され「天皇の軍隊」
に仕立てあげられ、投入され、多くの犠牲を強
いられましたが、それより何倍、何十倍も多く
の中国の人びとが虐殺されています。中国民衆
の侵略者との闘いは、日本が侵略した多くのア
ジア諸国の抗日の闘いにも広がり、またその闘
いが連帯して、1945年8月に勝利しました。中
国では、引き続き他国の侵略に協力する階級を
一掃して、人民を解放する闘いが5年間続けら
れました。この闘いには、その意義に賛同した
多くの日本人も参加しています。そしてついに
1949年、再び帝国主義の侵略を許さない社会体
制を、アジアの地に築き上げるという偉業を成
し遂げました。
 
 戦後、この人民解放の闘いが、アメリカを先
頭とする帝国主義者によってつぶされてしまっ
たフィリピンやマレーシアなどは、現在日米な
どの資本の侵略にさらされ、多くの人びとが居
住区から追われ、殺されています。その現場を
見て、作品をつくり続けてきただけに、中国が、
再び他国の侵略を許すことのない社会体制を築
き上げてきたことを、高く評価したいと考えて
います。
 

求められていた問いへの、一つの回答 
 最初のほうでも少し紹介しましたが、中国帰
還者連絡会というのは、1945年の日本敗戦時
に中国にいた日本兵で、戦争犯罪人と認定され、
中国の戦犯管理所に収容されていた人びとで
す。人数は1109名。そのほとんどは敗戦後ソ
連に約5年間抑留された後、中国の戦犯管理所
に移された人たちです。
 
 中国の戦犯管理所に収容された当初は、「な
ぜ俺たちだけが戦犯なんだ!」と反発が強かっ
たそうです。それが中国側による常識では考え
られないような、温かい人間的な対応に戦犯た
ちも気がつくようになり「自分たちは中国にな
ぜ来かのか」「中国でどんなことをしたのか」
を見つめ直し、お互いに学習し合うようになっ
たそうです。
 
 当時まだ中国では極端な食糧不足の時代だっ
たのに、戦犯には白米を腹一杯三食出してくれ、
副食も希望を聞いて、できる限り希望に洽うよ
うにしてくれたそうです。管理所の職員は、一
日二食、雑穀しか食べていなかったのにです。
 管理所の職員の中には、親や血縁者の多くを
日本車の兵士によって惨殺されていた人もいた
ので、激しい不満が出だのを、管理研の幹部が
説得して、なだめたということもあったそうで
す。
 
 それは、戦犯管理所を指導していた中国共産
党の方針が、単に中国人民を解放するだけでな
く、世界の抑圧された人民の解放までを視野に
入れたものであったこと。したがって真の敵で
ある日本の帝国主義者と、基本的に味方である
日本人民を、常に区別して対応していたこと。
また、中国共産党が最初から強大な武力を用意
して、暴力的に日本などの侵略に抵抗し、国内
の軍閥や半封建的政権と闘ったのではなくて、
ぎりぎりのところまで追い詰められるように
なって、仕方なく武器を手にとり、圧倒的大多
数の人民を味方につけることによって、闘いに
勝利したこと。つまり、決しで“暴力主義者の
革命”ではなかったこと、も見落とせません。
 
 そして、中国の人民解放が、奴隷以下のよう
な状態だった農民や労働者を解放し、農民には
自分で耕す土地を平等に分配し、労働者には職
場を自主管理にして、生産も富の分配も労働者
自らが協議して決めるようにした革命であった
ことも決定的要因です。元日本車戦犯の人びと
は、その革命の成果を中国からの帰国直前、
1964年に見学旅行をして、農民の生活ぶりや
生き生きとしている農民の顔の変化、工場や住
宅、都市部の発展を目の当たりにして、「中国
人なんか、遅れた国の人間には何もできない」
と思いこまされていた自分の考えを、みごとに
覆されたと告白しています。
 
 これこそが、いままでわたしたちがつくった
作品を観て下さった人びとから求められていた
問いへの、一つの答えだと思いました。侵略を
必要とする資本家階級から、権力を労働者や農
民、勤労大衆が奪って、富を平等に分け合うこ
とのできる社会をつくりあげる。支配したり、
されたりする階級のない社会、競争を基本原理
とする必要のない社会を確立する。下からの、
民衆から積みあげた本当の民主主義が保障され
る社会にする。こういうことのための革命こそ
が必要だと考えます。
 
 残念ながら日本では、この中国革命をはじめ、
社会主義に向けた革命が不当にねじ曲げられて
知らされています。日本が資本主義社会である
ため、国家権力は基本的に資本家が支配し、政
権も、教育も、マスコミも、基本的には資本家
のコントロール下にあります。だから、その資
本家階級を無くしてしまう革命の情報や知識・
学問が、日本で正しく素直に伝わらないのは当
然といえるでしょう。わたしたちは、これまで
製作した作品の製作過程や広報の過程で、日本
には基本的に言論の自由がないことを、強く認
識し続けてきました。それだけに、何としても
日本による中国侵略と、中国での抗日・人民解
放の闘いの真実は、正しく広く伝えたいと願っ
ております。これこそが、他国を侵略して民衆
を踏みつけにし、百年以上の資本主義的発展を
続けてきた日本の歴史を断ち切って、われわれ
自身も解放され、他国の民衆と平等に仲良く発
展していける国に変革する唯一の道ではない
か、とわたしは考えております。
 
 そしてこの道こそが、沖縄の平和運動の父・
阿波根昌鴻さんが求めていた『世界の人びとが
富を平等に分けあえるようにする』平和運動へ
の道だ、と思います。


~証言者の言葉~

大河原孝一さん 81歳
元日本軍兵士・戦犯

「わたしは戦犯として捕らえられた
とき、中国人を何人も刺し殺し、略
奪し、焼き尽くしたことに対する、
罪の意識はまったく無かった。国か
ら与えられた任務を立派に果たした
という誇りしか持っていなかった。
戦犯管理所側の暖かい対応で、徐々に学習
しようという意欲が芽生えてきた。集団で
の学習の中から、独占資本のための戦争に
駆り出されていたことに気がつくようにな
った。人民に依拠して、人民のために闘っ
ている解放軍に勝てなかった理由がよく理
解できた。世界の平和のために、これから
の人生を生き抜きたい」


韓慶珍さん 73歳
農民 黒龍江省

「日本支配時代は、あらゆる食料を奪
われた上に、人間にも家畜にもすべ
て税金がかけられて、苦しい生活だ
った。正月に隠れて少しの米を手に
入れて、食べてるところを見つかる
と、日本兵に殺された。八路軍がわ
れわれを解放して、土地を平等に分配して
くれた。5人家族で2町あった。牛や馬も
くれた。選挙を初めてやった。八踏車に多
くの農民が自らすすんで入隊した。その成
果を、蒋介石の軍隊から守るためだからね」
この時の、韓さんの輝いた顔が印象的だっ
た。

野田 明さん 元満蒙開拓青少年義勇軍、
戦後に人民解放軍に参加 77歳

「われわれが入植したときは、中国農民か
ら奪ったり、二束三文で買いたたいて農
民を追い出した広大な農地が用意されてい
た。そこで最も主要に生産していたのは大
豆だった。これは、三井三菱の重要な資源
だった。戦後誘われて解放軍に参加、土地
革命に加わった。中国二千年来の封建地主
から土地を奪って、農民一人ひとりに平等
に分配した。そして、いままで最下層だっ
た人びとがみずから権力を握り、それまで
収穫物の8割まで地主にとられ、そのわず
かな残りを日本車からとられていた農民が
解放された」


張一波さん 9・18研究所所長・元解放軍兵士
77歳 長春

「父は農民運動の幹部だった。
日本の憲兵に逮捕され、むごい拷問を受けたが、
一言もしゃべらなかったので、生き埋めに
された。その一ヶ月後わたしは
抗日組織のメンバーになった。
13歳だった。こんなことをされ
て、立ち上がらない中国人はいない。 45年
8月15日、日本は負けた。みんな喜んで踊
った。銅鑼がなかったので洗面器をたたい
て大騒ぎした」

 

貼り主: chiyoko 日時: 18:00 | Comments (0)

2006年04月17日

清泉荘・たまり場づくり

清泉荘の「たまり場つくり」  4~5月の開催予定です。

清泉荘の2階にある図書館に富士見町の図書館から≪団体貸し出し≫を受けることになりました。
とりあえず、120冊ほどの絵本・紙芝居・児童書をお借りしてあります。

本の管理の問題などから、当分は清泉荘の建物内で読んでいただき、貸し出しはしません。
取り寄せて欲しい本の要望なども含めて、要望や意見をお願いいたします。

0604 seisensou hon.jpg

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貼り主: chiyoko 日時: 08:22 | Comments (0)

2006年04月11日

映画上映会

4月8日に映画の上映会をしました。

「教えられなかった戦争」シリーズ
第二の侵略  ー 開発・投資・派兵 ー フィリピン

昨年の9月に「日本の戦争」、を上映する実行委員会を何人かと立ち上げ、上映会を開きました。
これからも継続して歴史の事実を伝える映画の上映会を開催していく予定です。

前回の2回目は、3月5日に「教えられなかった戦争」侵略マレー半島の上映会をしました。
「アジアを開放する」と唱えて、アジアのいたるところで大虐殺を行っていた日本。
この映画で語られている事はマレーシア人だったら、誰でも知っている歴史的常識なのに、多くの日本人は知りません。
この事が一番の問題だと思います。
3月5日のこの日。コミプラのAVホールで上映会を開いたのですが、その隣の研修室ではインドネシアの人たちを対象に日本語教室が開かれていました。
この日本語教室は、毎週日曜日に「ばらい富士見」の会の皆さんで運営されています。
「ばらい富士見」の会の方々はもう10年近くこうして地道な活動をなさっているそうです。
この日も15人近くの参加者に対して4人のボランティアさんが指導にあたっていました。
ボランティアの先生の中にたまたま知り合いがいたのでのぞきに行ったのですが、こういった活動を地道に続けて来れれたみなさんには本当に頭が下がります。(10年間。毎週ですよ!! @.@ )
富士見町のコミプラでも外国人を対象とした「日本語教室」がありますが、ずっと以前からこうして支えてきた人たちがいたんですね。

同じコミプラの隣の部屋で開催されていた事に歴史を感じ、日本人の行った残虐な面とやさしさとを思うと、言いようもなく悲しくなりました。


話を戻して、4月8日の映画の話です。
「教えられなかった戦争」シリーズ  第二の侵略  ー 開発・投資・派兵 ー フィリピン

この映画は2001年9月から10月にかけて3週間、フィリピンのミンダナオ島南西部を中心に取材をもとに作られたのもです。
その一年間で50万人の住民が、同じフィリッピン政府の軍によって攻撃・殺され生き残った人たちも家を追われ難民生活を強いられていました。
現代の、フィリピンで何が起こっているのでしょうか。
フィリッピン政府は治安を乱すイスラム武装勢力を制圧する為と発表しています。
映画では、政府が過激派としているモロ・イスラヌ解放戦線の幹部のインタビューもありました。

★映画はミンダナオ島のある地区の歴史を女性が語るところから始まります。
それまで農業や漁業をして平和に暮らしていた地区に、60年~70年代にかけて森林伐採業者が入り込んできて生活が一変します。

業者たちは先住民族から土地を奪うのに二つの方法を使いました。
お金を少しづつ貸したりあげたりして、返済不能になったところで土地を奪う方法。
もう一つは、イスラム教徒で豚を嫌ったサンキル族の畑にわざと豚を放す方法。
豚に荒らされた畑を見てサンキル族は畑を放棄してしまいました。
先住者たちはとても平和で親切な民族で、自分たちをだまして土地を奪おうとしているなどと思いもしなかったのです。

その後、自体はますます悪くなり軍事化の地域も拡大していきます。
フリッピンの政府軍は空爆をした後、軍隊で乗り込んで多くの人を殺戮します。
居住区を失い生き延びた人たちは、NGOの支援で難民生活を送っています。
軍は毒の爆弾さえ使ったそうです。
こういったマルコス政権下で行われた行為を 「民族絶滅戦争」 と呼んでいるそうです。

その後コリー・アキノ政権に変わると、事態はもっと悪くなります。
軍事化に加えて開発計画が加わり、搾取や圧制はさらにひどくなっていきます。
2001年頃から、又新たな侵略がはじまります

★とりわけひどかったのが、イスラム教徒に対する差別
アメリカとフィリッピン政府が合法的に土地の略奪を行うために法律を作っています。
  ≪1903年 公有地法 ≫   
    国家に対して未登録のすべての土地は公有地である。
    従って、その土地は売却・貸与の対象となる。

  ≪1959年 鉱山法 ≫
    すべての公有地は無料であり、アメリカ人を含め、自由に探検・占有・売買できる。

  ≪1936年 連邦条例≫
    イスラム教徒が所有する土地はすべて公有地である。
    イスラム教徒  1人     4ha
    キリスト教徒  1人     24ha
    企業           1、024ha  までの所有を認める

イスラム教徒は、こうして合法的に先祖伝来の土地を奪われました。
住民は言います。「これは政府が言うような民族紛争でも宗教紛争でもなく、階級紛争である。」

★ミンダナオ島はとても資源の豊かな地域です。金・銀・胴の産出量は世界でも5本の指に入るそうです。
その豊富な資源を目指して企業が進出してきます。しかも、トンネルを掘らずに露天掘りをするので、一度採掘が始まると一帯のの自然は壊滅状態になってしまいます。

また、労働組合つぶしも軍を使って行われます。
会議を襲撃される。活動家が殺される。NGOの活動家も軍の特殊部隊に殺されています。
ひどい弾圧の中で、近年それでも組合を作り、デモが行われるようになって来ました。


モロ・イスラヌ解放戦線の幹部のインタビューからいくつか・・・
Q:なぜ政府の役人にならなかったのか?
A:信念の問題。モロの人々を抑圧する政府のに仕えることは出来ない。。私たちはモロの人々のために戦います。

Q:モロの人々への差別をどう思うか
A:それは差別ではない。私なりに表現すればそれは積年の非道。不正の数々。権力による非道な暴力行使。
  私たちはそれを「開発と言う名の侵略」と呼んでいます。

O:NY同時多発テロ以降の情勢をどう思うか
A:アメリカは何を持ってテロリズムと判断するのだろうか。
  人や組織が実行するとテロリズムだが、それを国や政府が実行するとそうは呼ばない。それが問題。

なぜ、日本を代表するような大企業が海外へ進出するのでしょうか。
円が高くなり日本の儲けが少なくなった事。
アメリカの輸入規制が厳しくなった事。

日本の企業は、85’を堺に海外投資が飛躍的に増えていく。
その後はうなぎのぼりに増え、’89年には世界で最大の海外展開国になった。
その理由として
・低賃金である。
・経済発展政策をとっている国は、輸出税や輸入税を免除している。
・労働組合の活動を政府が責任を持って規制している。
・環境規制基準がゆるいので、日本で使い物にならなくなったプラントが使える。政府は資本導入のてこにしている。

特にアジアが多いことが特徴的。
日本は、アジアの民衆を抑圧して得られる特権を守るため、ODAを出して、結果として開発独裁政権を支えている
その「特権」を守るために、80年代の末になって、日本の財界は自民党に対してODAと軍事力を強く要求していくようになる。
 


★「ルソン島の南部でカラバルソン計画と言う一大工業プロジェクトがある。
  港に58億、高速道路に42億と、日本からのODAがつぎ込まれている。」
そのために10万世帯の農民が強制排除されたそうです。 
 
カラバルソン計画で投資された日本の企業の部品輸入や製品輸出のために作られたバタンガス港で起こったこと。
1994年、国際貿易港を作るため、1500世帯が住んでいた居住区が軍隊によって破壊される。
それは日本の開発事業団の立案で日本のODAが58億の貸し出しをしている。

バタンガス港での取材の中で、女性がこぶしを振りかざし、涙ながらに訴えた言葉。
  「すべての報道を政府はコントロールしている。
   政府は、立ち退きは平和的に行われ住民は喜んで立ち退いたと報道しました。
   私たちは怒って抵抗した。みんなよくがんばった。家を壊されたくなかったから。
   でも、圧倒的な武器の前で破壊を阻止できなかった。
   これは日本の第二の侵略だ。
   私たちの国の、武力や軍隊を使って人権を抑圧し強制排除している。

   不当に家を壊された者として、私たちの正当性を主張し続けます」


★映画は次の言葉で終わります。
   「この8年後訪れると、強制排除された人々は湿地帯で難民生活を送っていました。
   日本経済の発展のために、この人たちはどうしてこんなひどい目にあわなければいけないのでしょう。
   こう言うことを起こさせない義務を、ぼくらは持っているのだと思う
。」


作者からのメッセージからの抜粋
「現在50万人以上を強制排除して奪った土地は、油田開発予定地、鉱山開発予定地、植物プランテーション予定地。ミンダナオ島でも特に肥沃なところでした。すでに外国企業の現地事務所が出来ていました。そして熱帯雨林の伐採が始まって、大きな丸太が切り出されていました。
 このようにフィリピンにおける開発や投資には、暴力が伴っています。その暴力によって、安く土地が手に入り、環境を壊しても、公害を垂れ流しても、人権を無視して従業員を雇用してもかまわないと言う、企業にとっての好条件が保障されています。そして現在フィリピンに投下されている資本は、日本が最大になってきています。このようなことは、インドネシアでも、タイ、マレーシア、韓国など親米開発独裁債権化では、同じようなことが起こっているはずです。
 暴力で作り出された企業にとっての好条件は暴力でしか守れません。日本の資本の立場から考えると、やはり自国の軍隊によってこの好条件を守って欲しいと願うのは当然です。これが最近、有事法制化を急ぎ、平和憲法を改悪して、自国の軍隊をいつでも海外に派遣できるように日本政府が焦っている本当の理由ではないでしょうか。・・・(略)」

信じたくはないのですが、これが本当に現在の世界の中で起こっていることなのですね。

映画を見て、つくづく「ODA(政府開発援助)って一体何なんだ!?」と、分からなくなりました。
日本の借金は800兆円を越えたと言われています。
赤ちゃんを含めた国民1人当たりでは、1人637万円の借金を抱えていることになるそうです。
 
皆さんは日本の借金時計をご存知ですか?恐ろしい勢いで借金が見る間に増えていきます。
http://www.takarabe-hrj.co.jp/takarabe/clock/index.htm(日本の借金時計)
そんな借金漬けの国が、ODAと称して海外に何のためか分からない巨額な投資をしている。
安い賃金や甘い特権を求めて、日本の企業が海外進出をする為に日本では失業者が増えている。
一体どう言う事なんだ!?  (◎_◎)

ODAをネットで調べていたら、裁判まで起こっている例があるのを知りました。
日本で初めて、現地住民と自然生態系が被告となり、ODA(政府開発援助)を問う裁判が行われています。
インドネシア・スマトラ島の、124平方キロメートルもの広さの地域が、日本のODA-政府開発援助-ダムによって沈められました。東京・山手線内の約2倍の広さです。
 インドネシア・コトパンジャンの人々(原告8396人)・動物・自然が東京地裁で国・JBIC・JICA・東電設計に対して原状回復・賠償を求めています。
コトパンジャン・ダム
http://www.kotopan.jp/


自分の子供たちが、日本から海外へ飛び立つようになってからなおさら、一人の母親として「事実を伝えておかなければいけない」と、切実に思うようになりました。
それを日本から見た時と、日本の外から見たと時では、また思いも変わってくるでしょう。
この映画だけではありません。世界中には目を背けたくなるよう事がたくさんあります。(富士見のパノラマ問題もそうですよね)
でも、知らないこと。知ろうとしないことがしないことが一番の罪だと私は思います。
どんな事が起こっているのか、その背景にはどんな理由が隠されているのか。事実を知っていて欲しいと思います。
後は自分の頭で考え、どう判断するのかです。


★映画を見た方にアンケートをお願いし、感想を書いていただきました。
その中からいくつかご紹介します。
・多くの人と話し合いたい
・全く知らされていない戦争について知らせていただきました。現代の日本の私たちが出来ることは何か。実行してゆかねばと思いました。
・現在もなお、こんな形でアジアの国々を侵略している日本。非常に恥ずかしいと思います。
・戦前・戦後友、日本は外国でひどいことをしてきた事をつくづく知りました。
・日頃、テレビ・新聞メディアで報道されていない実態を今日の映画で知ることができ、大変勉強になりました。
・中学校の地理の授業で、日本企業がアジアの方に行っているのを聞いた。その時はいいことしか先生は教えてくれなかった。
 アジアの人たちも仕事はできて喜んでいるとか。でも、本当はぜんぜん違うから学校でも教えるべきだと思った。


貼り主: chiyoko 日時: 09:37 | Comments (0)

2006年03月28日

たまり場づくり ・ 清泉荘

3月25日  清泉荘のたまり場づくり
この日は、境保育園の年長さんのお楽しみ会と重なりました。
午前中、ちょっと子供たちと走り回っただけですでにヘロヘロ。
一生懸命にこっちの楽な風船投げや本に誘うのですが、子供ってどうしてあんなに走り回るのがすきなんだろう・・・   (*´▽`*)

午後1:00から築館さんの紙芝居をみんなで楽しみました。

0325 kamishibai .jpg
前回のように外で予定していたのですが、小さなお子さんも多く、急きょ清泉荘の屋内ゲートボール場でお願いしました。
子供がいない間に舞台横の物置に自転車を隠しておき、子供が集まったところで登場、ぐるっと一周して客寄せをしてもらいました。
この演出には、結構満足  


0325 kamishibai 1.jpg
紙芝居の導入は指人形の歌からでした。
途中、クイズなども折り込みながら子供たちの心を掴むのが本当にお上手です。

お話の中で、コックさんがいなくなってしまったら、紙芝居の後ろに回って探しているお子さんもいました。
かわいくって抱きしめたくなっちゃう! (@⌒ー⌒@)


0325 kamishibai 2 jpg.jpg
「これでおしまい」となったら、みんなが自転車を囲んでしまいなかなか動けなくなってしまいました。
子供たちのノリもよくって、それを見ていて2倍楽しませてもらいました。

築館さん、お願いしたら自転車に乗って(???)どこへでも行ってくれるそうです。
絶対にお勧めです!!

貼り主: chiyoko 日時: 10:50 | Comments (0)

2006年03月06日

たまり場づくり ・ 清泉荘

3月1日  清泉荘のたまり場づくり

失われつつある「時間」「空間」「仲間」づくりをめざして、境の清泉荘で、一週間に一度、誰もにとって居心地のいい場所 ≪たまり場づくり ≫をしています。

集まってこんな事をしています。
★  手仕事を持ってきておしゃべりをしながら手を動かしたり・・・
★  自分のお得意を教えあったり・・・
★  子供の本の読み聞かせをしたり・・・
★  お母さんと子供たちの遊び場になったり・・・
★  誰でもできる軽体操で体をほぐしたり・・・


060225 tamariba 1.jpg
この日、おばさんたちは縮緬のお雛様作りに熱中です。
「子供たちと一緒に、ちょっと体を動かしませんかぁ~」と、お誘いしましたが
「手が放せなぁ~い!!」状態でした。
ちょっと残念!

060225 tamariba 2.jpg
「こすもすぺーす ほわほわ」の川島さんが、子供たちと体操と本の読み聞かせをしてくれました。
「頭・肩・胸・・・・」の中国語編でした。子供たちはさすがに覚えるのが早い!
一緒にやってみましたが、ついていけなくなりました。
あぁ~年だぁ~

060225 tamariba 3.jpg
地域のおばあさんに『ジャガイモもち』を教わってみんなで作りました。
ゆでたジャガイモに小麦粉を混ぜてよくこねます。
写真はみんなで丸めているところです。「丸くしてちょっとつぶしてね」
それをお湯で茹でて、浮き上がってきたら出来上がり。
おばあちゃん手作りのたれをかけて頂ましたが、それが又おいしかった。 (*゚ー゚*)v

3月のたまり場の予定

3月1日(水)
 11日(土)           
 15日(水)           
 25日(土)  いずれもAM10:00~4PM4:30 清泉荘 2階 検査室と図書館です。
         

「誰にとっても居心地のいい居場所づくり」ですので、どなたでも出入り自由です。何をするかは集まった皆さんで自由に決めています。

3月25日は境保育園の年長さんのお楽しみ会も同じ清泉荘であるそうです。
PM1:00~以前ご紹介した ≪街頭紙芝居屋 ~自転車に乗ってどこにでも伺います~≫をお願いしてあります。
こちらもお年寄りから子供までみんなで楽しめます!
ぜひ、おいでください。

貼り主: chiyoko 日時: 13:33 | Comments (0)

2006年02月01日

清泉荘・たまり場づくり

清泉荘のたまり場づくり

「たまり場」が、少しずつおばさんたちの中で口コミで広がりつつあります。
子育て中のお母さんたちにも、もう少しアピールしてみたいとチラシを作ったのですがその効果があったのか、子供の声で賑わって活気のある集まりになりました。

この日、子供にお話会をお願いしていた「四つ葉会」の方々が、前夜の雪で「車で出かけるのが怖い」とキャンセルになってしまいました。
「こうなったら自分でやるしかない!」本当に久しぶりに子供に読み聞かせをしました。娘たちのお気に入りだった本を抱えて・・・
おかあさんのひざに抱かれて聞いてくれる子供たちの反応が、超うれしかったです。 (@⌒ー⌒@)

富士見町に住む前は千葉県の船橋市に住んでいました。7棟もあるマンションに住んでいたのですが、そこには「かしの木文庫」と言う子供文庫がありました。
毎週、集会場で読み聞かせの会があり、まだ小さかった娘たちはお話を読んでもらってから毎回手作りのしおりを楽しみにしていました。
とっても息の長い活動をなさっていて、昭和48年頃から現在に至るまで続けられています。
その「かしの木文庫」の世話人をなさっている 向井 元子さんが、長年会で読んでこられた中から厳選したものを紹介する本を出版なさっています。
「 すてきな絵本 たのしい童話 」 向井 元子 中央公論新社

こうして思い返してみると、富士見以外でも地域の皆さんに暖かく見守られて子育てをしてきたんだなぁ~と胸が熱くなります。

さて、たまり場に話は戻りますが・・・
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ご近所のおばあちゃんに、子供たちにも簡単にできるような折り紙のお雛様を教えてもらいました。
小さな子供にはちょっと無理かな・・・?と思いましたが、みんな一生懸命に作っていました。
みんなが一緒だと、おねえさんのやっているのを見ながら、見よう見まねで自分で納得するものを作ってしまうんですね。
見てて楽しかったです。

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完成品
子供たちはこれにぼんぼりや花を書いたり、思い思いの作品に仕上げていました。

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図書室の隣では折り紙に飽きた子供たちが本を読んだりゲームをしたり。
まあ、たまには喧嘩もあるけど、それも勉強!

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午後からは、おばさんたちがお雛様作りで盛り上がっていました。
「今、私こんなの作っているんだけど・・・」「わぁ~今度教えて!」
次は何を作るのかな?

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ちりめんで作ったお雛様です。
ちりめんのハギレなどの材料費は実費で500円
まだ、お雛様までには時間があるので、2月中は作っていくと思います。
覚えた人が、今度は先生になってもらって。
みんなが、順番に先生になるのって楽しいですよね。
「自分は何を教えようかしら・・・?」って考えておいてくださいね。

子供たちにも「こんな事を教えてあげたい」も大募集です!!

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「たまにはお弁当でもとって食べない?」と言う事になり、「かあちゃんの味」のお弁当を推薦しました。
議会の時にもいろいろなお昼が出てくるのですが、この「かあちゃんの味」のお弁当はとっても評判がいいです。
普通のお弁当だと、後で胃がもたれたりするのですがこのお弁当なら大丈夫!!


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これで500円!
なんと言っても全部手作りなのが自慢です。(私が言う事ではありませんが・・・)
イカと野菜の煮物・リンゴとカボチャのサラダ・スパゲティ・さばの煮付け・ウズラのたまごをシソの葉とちくわで包んで揚げたもの・≪油揚げ巻き≫・春雨の酢の物・漬物
その日の参加者の年齢などによって中身も考えてくれます。

この ≪油揚げ巻き≫
昨年の11月にみのもんたの「おもいっきりテレビ」で紹介されたのもご存知ですか?
2005冬号の「ぽあ~ん」郷土の味 ・母ちゃんの味への道で、作り方の紹介もされています
油揚げの端を切って広げ、その上に砂糖・塩と小麦粉を混ぜ合わせたものを油揚げ全体に広げます。
そして、油揚げの長さに切った人参・サツマイモ・ごぼうを芯に、きっちり巻きタコ糸でしばります。
それを先ずは大目の水で40~50分煮、砂糖・みりん・しょうゆなどの調味料を入れて30分。
最後にざらめを入れて5~10分煮詰めるのだそうで、手間ひま掛かっているお惣菜です。
この油揚げ巻きは富士見の中でも、私の住む境方面の方々は知らなかったそうです。
いわゆる西山方面、松目や神戸地区の方々が昔からお葬式や寄り合いのときに作っていたものだそうです。
同じ富士見町の中でも、それぞれの地区にそれぞれの味があるんですね。
まだまだ、知られざる郷土の味があるのかも?

2月のたまり場の予定
2月1日(水)
  8日(水)
 18日(土)
 25日(土)   いずれもAM10:00~PM4:30  二階の検査室と図書室です。

「誰にとっても居心地のいい居場所づくり」ですので、どなたでも出入り自由です。
目指しているものは、清泉荘が自由に使えるコミニュティーの場所になる事。
冬は床暖房ですから、本当に暖かくあそびにこられた皆さんが驚かれています。

参加されたお母さんから「いつ来ても自由に使えるんですか?」との質問がありました。
部屋が開いていれば基本的に使えます。
窓口で申請書を書いていただき提出すると、その書類が社会福祉センターに回ります。そこで審査され許可が出ると「使用許可書」が封書で申請者の自宅に送られてきます。
その「使用許可書」を持って窓口に提出して手続きの完了です。
当然ですが、急いでいる時には許可書が間に合いません。
それについては、手続きさえしていただければ許可書が届く前でも使える事は確認をしてあります。
部屋の使用料が掛かりますので、減免を希望される方は「減免申請書」も同時に提出してください。

コミニュティーだと、今は登録団体になっているとインターネットを通じて使用予約も取れるんですけどね。
私だけがいっくら要望しても 役場にみなさんの声が届かないと動いてくれません。こんな時はいつも、本当に議員って何の役にも立たないんだ、と思い知らされます。
もう、3年も言い続けているわけですから・・・・

でも、先ずは、一歩づつ・・
皆さんが、「もっと自由に使いたい」と、町に要望していただければ行政も動くと思います。
お願いしますね! (*゚∇^*)ノ


貼り主: chiyoko 日時: 10:16 | Comments (0)

2005年12月01日

子育て指導者養成講座

長野県の教育委員会・子供支援課が主催の「H17年度・子育て指導者養成講座」に出席していました。
6月10日から10月28日までの全6回の講座で、毎回、講義・事例発表・研究協議などのほかにグループワークや分散会がありました。
参加者は、子育て支援のグループ・行政関係者・幼児教育関係者・民生児童委員・社会教育委員・子育て経験者などなど・・・さまざまな立場からの参加でした。

最後のグループワークで出会った、すごい活動を皆さんにもご紹介。

毎回の講義も興味深い内容の物だったのですが、分散会やグループワークの時にそれぞれの立場で活躍なさっている方の話が聞けた事も収穫でした。
富士見の中だけでやっていると、つい周りが見えなくなってしまいます。アンテナを高くして、時々外から富士見町を見たり、町以外の方と話をするのも刺激になりました。

講座の内容をざっと紹介します。

第1回
・オリエンテーション
・グループワーク
・講義 「人間になれない子どもたち」 ~メディア漬けと子どもの危機~  NHK放送文化研究所  清川輝基氏
・グループワーク

第2回
・事例発表 「地域での取り組み」
   「南木曽町における性教育体系づくりの取り組みについて」  南木曽町役場住民課保健婦  
   「地域との協働による学校づくりの推進 」  岡谷市立小井川小学校校長
・研究協議 「家庭・学校・地域・行政の連携で子どものためにできること」
・講義   「子どもの発信をうけとめる」  前臼田町立臼田小学校長・臨床心理士   東城久夫氏

第3回
・講義 「今後の保育行政のあり方」
  講義Ⅰ 「豊な心を育む」 立教女学院短期大学教授 川邊貴子氏
  講義Ⅱ 「軽度発達障害幼児の理解と対応」 総合教育センター 自律教育部専門主事 大和田康子氏

第4回
・見地研修(見学、説明) ・・・いずれか希望の会場
  こどもの森幼稚園 グリーンヒルズ小学校
  岡谷市子育て支援館  こどもの国
  篠ノ井子ども広場  この指とまれ
  東御市 子育て支援センター
・演習 「コミニュケーション力を高めるアイスブレイク」
・グループワーク 

第5回
・事例発表 「上田市子育て支援グループ」  上田市の取り組み
・グループワーク  「地域でできる子育て支援について」
・講義  「子育て支援 新たな第一歩」  東京大学大学院教育研究科 教育学部教授 汐見稔幸氏
・研修のまとめ
・閉会式


と、ちょっと長くなりました。
でも、子育て支援に興味のある人には,専門的なことから他の地域でも先進的な事例発表など、とってもためになる講義なのでおすすめです。
県も財政の厳しい中、予算削減で来年度もこの事業ができるかどうかはわからないそうですが、(ちょっと悲しい・・・)
もし来年度もこの講座があったら、教職員・行政の方も参加されるととっても勉強になると思いました。


・・・そこで、最後の日のグループワークで出会ったすごい人たちの活動の紹介・・・・・・・

おばあさんたちが放課後の児童クラブをボランティアでやっていた活動。(なんと、地域をメモるのを忘れました!)
あるお母さんの出産がきっかけで、時間のあるおばあさんたちに「保育ボランティアをして見ませんか?」と声が掛かり始まった活動。
3~4年前から、6人のおばあさんがグループを作り、PM3:00~PM6:00まで学校の一部屋を使って、児童の放課後保育をしている。
6人が2人組みになり、一日大体12~13人の子どもを交代で見ている。
今年になり、事業として認められ行政から補助金が来るようになった。

★このおばあさんの話を聞いて、これが子育て支援の原点じゃないのかと思いました。
このおばあさんも本当にうれしそうに話してくださいました。
こどもたちにとっても、学校でもない、家庭でもない地域のおばあちゃんたちと過ごす時間は居心地のいいものでしょうね。
富士見町境の清泉荘でも、こんな物を目指しているのですが・・・  本当に一歩づつです。
  

もう一つは、伊那で始まったばかりの例
今年の4月から 「山のあそび家はらぺこ」 無認可の保育園をお母さんたちが立ち上げて運営している。
園のメンバーの自宅の敷地内にある道場を借りて、山と畑の活動が中心
現在は11家族。こどもが13人。こんな活動に賛同してくれた、専門の保育士さんを専任で一人やっとっている。
それに加え、毎日交代で親が一人参加して、昼の食事の用意をしたりする。(まだ小さな子供がいる人は考慮している。)
運営資金は、すべて参加している11家族で負担している。その中から専任の保育士の給料13万円も出している。

★発想は、「自分たちの欲しい物がないなら作ってしまおう!」
すごいなぁ~と、すっかりグループになったみんなでただただ感心してしまいました。
ただ、何でもそうなのですが、活動を立ち上げる時は関心のある人たちが集まって、その力が集結するからすごい事でもできてしまう。
どんなにいい活動でも、それを同じ思いでつなげていく人がいるかどうかって難しいですよね。
このお母さんも、そこのところが一番の課題だとおっしゃっていました。
でも、このおかあさんのなんと生き生きとして輝いて話されていたことか・・・

富士見町でも、子育て中の若いお母さんたちが、自分たちで子育て中のお母さんの会まとめて、支援する側も巻き込み、場を設けて活動をしようと言う動きがあります。
「こんな物が欲しい」と思っている人たちが中心になって立ち上げていけば、きっといいものができるのではないかと思います。
それを行政がうまく支援して立ち上がれば、「協働の町づくり」の本当にいい前例となると期待しています。

貼り主: chiyoko 日時: 09:13 | Comments (0)

2005年11月25日

おつきさん+こどものたまり場づくり

11月19日

「おつきゆきえさんの大人のための絵本の会」+「こどものたまり場づくり」
今現在、子供に絵本を読む立場にいるお母さんたちにゆっくりと絵本の楽しさに浸ってもらい、その間に子供たちにはたまり場を提供する。
我ながらいい企画だと思ったのですが、参加者があまりにも少なくちょっと落ち込み気味。
うーーん  難しいなぁ~  ( ´3`;)

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お母さんたちが、お話会を楽しんでいる間に子供たちには子供たちのお話会。
あまりにも人数の少なさに恐縮していると、読み聞かせのボランティアをかってでてくれた地域の方が、「人数なんか気にしなくっていいよ」と、言ってくださいました。 m(_ _)m

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「うさぎとかめ」の話の前に・・・
「みんなは本物の亀を見たことがあるかなぁ~」
これにはみんな興味津々。

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「へぇ~ 亀のしっぽって引っ込むんじゃなくって巻いてるんだぁ~」
私も知りませんでした。

あそび場づくりのために教育委員会から、輪投げとペットボールのボーリングを借りてきてあったのですが、そっちにはほとんど見向きもされませんでした。
亀やシャボン玉のほうが楽しかったようです。

当然、おつきさんの絵本の会のほうも参加者は少なく7人。
私は、子供たちと遊んでいたので聞けなかったのですが、初めて聞いた友達に「すごくよかった。又絶対に来る」と、言ってもらえました。

「いい企画だから」と、今回、保育園の若いお母さんがチラシ配りや声掛けを手伝ってくれました。
でも、翌日の20日には町の図書館で「図書館まつり」があり、読み聞かせやパネルシアター、音楽劇などさまざまなイベントもあります。
それなのに、大人が絵本のお話会を聞くために1,200円も出すなんて、やっぱり難しかったようです。
それは当然ですよね。
図書館のイベントが分かっていればこの日にはしなかったのですが・・・
でも、おつきさん、人気があって結構日程が詰まってしまうのです。6月くらいにはこの日に決めてありました。
よっぽど金額を下げようかとも思ったのですが、そうしたら不足分を負担しなくちゃいけないし、一度やってしまうと「あの時だけ何で!?」になってしまう。
やっぱり、最初から「お金を出してでもいいものを聞きたい」と言う人に参加してもらおうと思いました。

今回、声掛けを手伝ってくれたお母さん、お話会に遅れてしまって最後の20分しか聞けませんでした。
それでも、そのお母さんがうれしい感想をくれました。

「おつきゆきえさんの読み聞かせ。たった20分だけでしたが、たったそれだけでぐっと引き込まれてしまいました。
涙がでちゃった。(内容も泣かせる内容でしたが・・)
すごいと思いました。なんなんだ!!位の感動。
居心地がいい。ずっと聞いていたい。と思える時間でした。
今回の会の前に一度聞いておくべきだったと後悔しました。
おつきさんの読み聞かせの良さを知っていたら、1200円にこだわらずに、『すごくいいから、行ってみない?』って誘えた。
ゴーインにママ友を連れて行けた。・・・
(略)・・・でもおつきゆきえさんの『トイレで本を読んであげました』という話には目から鱗でしたよ。
私も子供が読んでって時に読んであげようと思いました。どんなに忙しくても・・・」

もう、こんな感想をお母さんからもらえたら、それだけで私には十分って感じです。
ちょっと、落ち込みそうだった気持ちも、浮上してきました。  (*'-^)♪

貼り主: chiyoko 日時: 14:04 | Comments (0)

2005年11月24日

おつきゆきえさん

11月18日

「おつきゆきえさん」の読み聞かせにほれ込んでいます。
どんなにいいかを分かっている人間が動くしかない!

前回の「大人のための絵本の会」を聞いた若いお母さんから「おつきさんが子供たちにどうやって読み聞かせをするのか聞いてみたい」と言われました。
私自身もとっても興味があり、今回は境保育園で「子供のための絵本の会」をやってもらいました。
この日の会は
AM10:00~ 境保育園        「こどものための絵本の会」
PM3:30~  諏訪養護学校(音楽室)「賢治朗読の会」
PM7:00~  楽の家(鳥帽子の古民家)「賢治朗読の会」

AM10:00~ 境保育園 
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境保育園の年長・年中組みさんのために「こどものためのお話会」をお願いしました。
保育園の年中さんくらいから大人まで、「このくらいの年齢のお話会をお願いします」と言うと、その年齢にあったお話会をしてくれます。
でも、なるべく焦点をぼかしたくないので、もし小学生なら低学年、中学年、高学年くらいに分けて欲しいとの事でした。
一度、中学生のためのお話会を聞きに行ったことがあるのですが、「じぃ~んと、胸に、沁みるこれまた納得のお話会でした。

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さて、この日の境保育園の絵本の会。
おつきさん曰く、 「ロックコンサート状態だったわね」   うん!うん! ヾ(@^▽^@)ノ   その通りでした。
最初の絵本は 谷川俊太郎さんの「そしたら そしたら」
ここからすでにページをめくるごとに、大笑いの大騒ぎ!
何人かはぴょんぴょん跳ねて周りの女の子たちに注意されてました。
でも、おつきさんは 「絵本の読み聞かせをしている時は、私に時間を全部下さい。何があっても放っておいて下さい。」と、いつも 言っています。
だって、大人だって椅子から転げ落ちるほど笑ったり、しんみりして泣いてしまったりするんですから、子供たちが体全体で喜ぶのは当然です。

その次の本が、定番の「もけらもけら」
この本は、最初に聞いた人は誰でもびっくりします。
子供たちは大興奮状態。その子供たちの反応を見ていてうれしくなってしまいました。
私も、子供たちの一番後ろに座って、すっかり子供たちと同化していました。
時々、思わず「ぷっ 」と、吹いてしまって、前の子ににらまれながら・・・ (^_^;

その後
「たまごをどうぞ」 五味太郎 文 / 柚木為さろう
「ちゃんとたべなさい」 ケス・グレイ 文 /ニック・シャラット え

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「うちにあかちゃんがうまれるの」 いとうえみこ 文 / 伊藤春寛 写真
おつきさんおすごいところは、どんなに笑って騒いでいても、トーンダウンするところでは、ぐっと聞き入らせるように惹きつけてしまう事。

「ないた」 中川ひろたか 作
「かあちゃんのせんたくキック」 平田昌広 文 / 井上洋介 絵
「トンちゃんってそういうネコ」 MAYA MAXX
最後はちょっとしっとりと、ネコの話で終わりました。

全部で8冊、ほぼ50分ほど子供たちにとって本の魅力をたくさん味わってもらえた時間だったと思います。
おつきさんが読み聞かせの後にトイレに行くと、子供たちが「ありがとうございました」「面白かったぁ~」「もう帰っちゃうのぉ~」と、まとわり付いていました。

家に帰ってお母さんに感想を聞かれた子が「ちょっと騒いじゃった。お母さんとは違う本の読み方をするんだよ」と、言ってたそうです。
その子も、私が始めておつきさんの読み聞かせを聞いたときのように「へぇ~、本ってこんな読み方もあるんだぁ・・・」と、思ってくれたのかもしれません。
よかった!


PM3:30~  諏訪養護学校(音楽室)「賢治朗読の会」
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PM7:00~  楽の家(鳥帽子の古民家)「賢治朗読の会」
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お話会の後にお茶を飲みながら雑談

今回の宮沢賢治は、用事があって残念ながら聞くことができませんでした。
おつきさんの朗読を聞いていると、なんて表現したらいいのか分からないのですが、あまりにも表現力が豊で、
画像を見ているよりももっとはっきりとその情景を思い浮かべる事ができるのです。

そんな体験をたくさんの方にして欲しいと願っています。(特に若い世代には・・・)
だから、つい呼びたくなってしまうんです。  ヽ(´~`)

貼り主: chiyoko 日時: 14:00 | Comments (0)

2005年11月20日

境小・相撲大会

境小学校の相撲大会

三年前の6年生が整備した土俵で、三回目の相撲大会が開かれました。
去年の相撲大会もすごくてびっくりしたのですが、年々バージョンアップされています。

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相撲大会のはじめに相撲についての豆知識の紹介。
そして、相撲の取り方などの説明が6年生からありました。


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6年生の説明で、「勝った力士は、『心』と言う字を書いて、賞状をもらってください」と言うのがあり、それに付いての質問が出ました。
「心と言う時をまだ習っていない人はどうするんですか?」

質問がかわいくって笑ってしまったのですが、ちゃんと低学年のために、書き順まで
書いて用意してあった6年生に感心しました。
まだ、「心」と言う字を習っていない1,2年生は、行司の持っているこの紙をなぞって、賞状をもらっていました。
それを見てるだけでも、心が満たされた気分でした。

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残念!

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女の子の相撲も白熱しました。 頑張れ!!  (⌒▽⌒)/

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6年生の最後の勝負。
おっとっとっと・・・二人して土俵の端で片足を上げて「のこったのこった・・・」
最後にはこうして抱きかかえられ、見学者を楽しませるために一生懸命に考えてくれた試合でした。

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≪校長先生 VS 6年生≫
校長先生! 相撲大会の最後の挨拶の時まで息が荒かったですよ。 (=⌒▽⌒=)

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≪先生 VS 先生≫
ちょんまげまで用意してあって、見せてくれました。

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この女の子は、見学に来ていた地域の人たちに 「相撲大会の最後に地域の方も相撲を取って参加して下さい」と交渉して回っていました。
私も「エンジェルさん、教頭先生ととってくれませんか?」と、誘ってもらいました。
一瞬、「楽しそうだな・・・やってみようかな・・・」と、頭をよぎったのですが、口では、
「だめだよ!もし、アキレス腱でも切ってしまったら明日から動けないじゃん!」と断わっていました。
あぁ~ 年を取るとまず、考えるのは怪我のこと。情けないもんです。(;^_^;

でも、彼女は長野日報の記者に白羽の矢を立て、30分くらいずっと交渉していました。
その、粘り図よさには、感心してしまいました。(記者がちょっとかわいそうなくらいに・・・)


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そして、実現した ≪教育長 VS 長野日報≫


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いつもは静かな林の中もが、子供たちの高い歓声や大人の掛け声や笑い声で満たされていました。
この上もなく、暖かい時間でした。


貼り主: chiyoko 日時: 08:27 | Comments (0)

2005年11月14日

子どもサポート・チームすわ

10月22日 不登校支援 長野県子どもサポートプラン  第3回 諏訪地域ネットワークフォーラムがあり、
「不登校児は何を求めているのか」と題して「小児脳科学心理学」と言う新しい実践的学問を実施していらっしゃっる赤沼侃史先生のお話がありました。
不登校児を持つ親、教師、行政、一般の方もさまざまな立場の方の参加がありました。

赤沼先生のお話は、『不登校児にとって、学校は恐怖の条件反射をおこすもの』
聞いていて極論だと思いました。
こういった会に参加してくださる先生は、不登校児に対しても意識の高い先生たちでしょうから、話の内容に納得のいかない先生の多かったかも知れません。
でも、本当に辛く苦しんでいる人が、「こう言った見方もあるんだ」と救われる人がんならそれでいいんじゃないかとも思いました。
いろいろな意見を聞いて、その中で最終的に自分がどう考え、判断するかって事が大切なのではないでしょうか。

赤沼先生は向日葵会診療内科の医師でいらっしゃいます。
20年前から登校拒否の問題に取り組み、ボランティアでネット上でカウンセリングを行っています。
実際に知り合いのお母さんの一人は、苦しんでいる時に先生に出会い、先生を信じて相談に乗っていただき、現在はお子さんも元気に高校に行っているそうです。
その熱意には本当に頭が下がります。

先生のお話は脳科学に基づいての話でした。
聞いていて、単純な私は「なるほど!」と、納得してしまう事が多かったです。

登校拒否の子どもに対応していて気がついた事
・すべての子どもが学校に反応している
・学校で辛い体験をしている
・子どもが「学校」と言う刺激に反射的に反応している。
・「学校で辛い経験をしている事実」と、「学校に反応している事実」結びつける必要がある。
・子どもの心は動物に近く、いやな思いをした学校と言う刺激に、心が反射的に反応している。
→それが「心の傷をしての恐怖の条件反射」の成立となる。

条件反射には2つあって、一つは獲得するもの。もう一つは逃げようとするもの。
その子には意識できない潜在意識の領域で、その子なりの学校にいけない理由がある。

先生のHPを紹介しておきますので、興味のある方はそちらをごらんになった方が分かりやすいと思います。
一人でも悩んでいる子どもや大人を一人でも多く救いたいと、メールで相談も丁寧に受けていらっしゃいます。
その情熱には、本当に頭が下がります。

赤沼先生のホームぺージ『登校拒否研究会』のアドレスです。
http://www.toukoukyohi.com/index.htm 説明付きメニュー


先生の講演会の後、各テーマごとに4つの分科会に分かれてました。
1.広汎性発達障害と不登校
2.不登校の生き方・進路・社会的自立
3.高校生以上の不登校・ひきこもり
4.初期の行きしぶり(登校拒否)へのかかわり

私は「初期の行きしぶり(登校拒否)へのかかわり」に出席したので、今現在、不登校の子どもを抱えて悩んでいる最中の保護者の方の出席が多かったです。

悩み苦しんでいるお母さんたちの話の一つ一つ丁寧にそしてはっきりとお答えになる先生に、納得されたお母さん方も多いと思いました。

そんな話を聞きながら、「これだけが正解ではないだろうな・・」と、私は違和感も感じていました。


何年か前の「子どもサポート・チームすわ」の分科会でお話くださった、A先生の話が忘れることができません。

今は校長となったA先生のお話でしたが、「私は今でもあの子が不登校になったのは自分のせいと思っています」と、話し出されました。
不登校になってから、A先生は「自分は君の事を一生懸命に考えている。忘れてはいない。愛している」と伝えたかったと、毎日欠かさず彼の家を訪ねたそうです。
でも、毎日訪ねても会うこともなくそのまま卒業になり、彼は引きこもりになってしまいました。

時は流れ、ある時成人した彼からA先生のところにはがきが届きました。
「あの時、僕は先生に会えなかったけど、毎日先生が訪ねてくれるのはうれしかった。長い間、引きこもりになり苦しんだけど、こうやって初めて外に出れた事を先生にまず一番先に知らせたかった」
その、はがきがA先生はどんなにうれしかった事か・・・
それでも、A先生は「あの子が不登校になったのは今でも僕の責任だと思っています」と、涙ながらに繰り返されました。

その話を聞いた、やはり子供が不登校で悩まれていたお母さんが
「先生方は少しも子どもの事を分かってくれていないと不信感しか抱けなくなっていました。でも、A先生のお話を聞いて、先生の中にも子どものことを真剣に考えてくれている先生がいるんだと知って、本当にうれしかったです。」と、これ又、涙ながらに話されました。

赤沼先生は、「辛い思いを思い出すような要素はすべて排除すべき」「先生が家に訪ねてくることもお母さんは断るべきだ」と、おっしゃいます。

それがすべてのケースで正しいとは言えないでしょう。
事実、不登校になり先生が毎日来てくれることが負担で先生の訪問がなくなった途端に家でも元気になった、と言う話も聞きます。

でも、A先生の話をいつも思い出します。
私は、中学生時代、担任の先生に提出していた日記で随分救われましたし、教えられました。
多感な時代を心から信じられる大人がいた事は本当に幸せだったと思っています。

子供と先生とがどんな関係を築けるかにもよるのだと思います。
いつも思うのですが、結局子供たちは先生から人としての生き様を学ぶんではないでしょうか。

また、赤沼先生は「行けない理由が学校にあるから、子供たちは学校に反応するんだ。もし、理由が家庭にあるなら家庭に反応するはずだ」
ともおっしゃいました。
でも、私はどんな時にも親が無罪であるなんてことはありえないと思っています。
子育て・教育の基本の場は家庭です。

「知らなかった。気づかなかった」はそのサインを見落としていた親の責任だと思います。
子供が不登校になれば、その子の親も教師も悩み、苦しみ、自信をなくし傷つきます。
それがあるいはA先生の方に一生心に深く刻み込まれる傷となる事もあるのかも知れません。
でも、A先生がそうだったように、その子自身も周りの大人たちも、乗り越えた時に得る物は計り知れない大きな宝です。
私はどんな事柄も、人生にとって人を成長させるために必要なものだと思っています。

私自身、4人の子供の母親として、いつも悩み、時にはぞっこん自身を失いながら、子育てと言う迷路の中をさまよっている気がします。
でも、ここを抜け出せば、必ず子供にも私自身にも肥やしとなって成長できると信じています。
子育てに「これが正解です」なんてありえないし、いくつもの方法があるはずです。
その選択肢の中から、悩みながらでも、その時々に最良だと思われる事をやっていれば、それは「正解」なんじゃないでしょうか。

貼り主: chiyoko 日時: 10:51 | Comments (0)

2005年11月09日

大人のための絵本の会

11月19日 おつきゆきえさんの「大人のための絵本の会」

おつきさんのおっしゃるように「絵本には子どもには子どもの、大人には大人の年齢に応じた楽しみ方」があります。
今回は特に、いつも絵本を読む立場のお母さんたちにゆっくり楽しんでいただける時間が作れれば・・・と思って企画しました。

お母さんが絵本の読み聞かせを楽しんでいる間に、お母さんから離れられる子どものためには、以前企画「子どものたまり場」したと同じように、屋内ゲートボール場で遊ぶスペースを設けます。

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2005年11月08日

賢治の朗読の会

11月18日  おつきゆきえさんの「賢治の朗読の会」を企画しました。
以前「大人のための絵本の会」を聞いた方々が、今度はぜひ「賢治の朗読の会」が聞きたいと言うのでお呼びする事にしました。
場所は、諏訪養護学校と、鳥帽子にある古民家です。
古民家の方は分かり難くその上、道も工事中なのでご連絡いただければ、信濃境の駅までお迎えに行きます。

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貼り主: chiyoko 日時: 09:17 | Comments (0)

2005年10月27日

「大地の風」の会

10月11日
山梨県総合教育センターで、山梨県就学啓発推進会議がありました。
障害児の就学についての講演や説明があったのですが、その中で小淵沢にある「大地の風」の会の体験発表がありました。

発表したのは、小淵沢在住で現在富士見町の子育て支援室で勤務している石川春香さん。
その話が、本当にとっても素敵な話しで、ぜひ皆さんに紹介したいと石川さんに了解を得て、その日の発表をそのまま掲載させていただく事にしました。

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   子供はみんなの宝物                        共に育ちあう会「大地の風」 


こんにちは「大地の風」です
みなさんこんにちは。わたしたちは「大地の風」という会子育て、親育ちの会です。わたしたちの会は全国でも珍しく、意義のある活動をしていると自負をしています。それはこの会の生まれ方と関係があるのです。

大地の風はこうして生まれました。
それは偶然の連続でした。我が家は今から13年前、自然のかなで子育てがしたいと考え、憧れの八ヶ岳南麓の小淵沢に越してきました。次の年、息子が小淵沢小学校に入学し、偶然、森大地君というダウン症の男の子と同じクラスになります。大地君の家族はその年に東京から引っ越してきたのでした。

このようにして他所から来た子供も、地元で生まれ育った子供も、障害がある子も無い子も、みんな偶然にも同じ年に生まれた74名の子供たちが、その年、小淵沢小学校の1年生となったのでした。1993年のことでした。その時の担任だった今井哲郎先生のご指導もとてもばらしく、ダウン症の大地君もごく当たり前にそして人気者としてクラスの中で一緒に育ちました。

ところが大地君は入学して間もなく白血病と診断され、入退院をくりかえすようになりました。それでも妹さんの骨髄を移植した大地君は5、6年のときは元気になってみんなとまた一緒の生活ができるようになり、一緒に地元の小渕沢中学校に進学しました。2000年の春のことです。

けれどその年の夏休みの直前に子供たちは、担任の先生から大地君が白血病の再々発で入院し、子供病院に転校したとの知らせを受けたのです。中学生になった子供たちは、大地君の闘っていた病気の重さを初めて知ったのです。そのあまりのできとごに、何かしないではいられないと、小学校の時大地君と共に子供エコクラブで活動した四人の子供達が集まりました。

小学校1年生のときから大地君と同級生だった子供たちは「大ちゃん」のことが大好きだったのです。ダウン症という個性を持って生まれた大ちゃんは、ご両親の愛に育まれて、天性の愛らしさに磨きがかかり、そのやさしさ、おちゃめさ、素直さ、そしてそのとびきりの笑顔で、周りにいる者を幸せにしてくれたのですから。  

いつもそばにいて自分達を勇気づけてくれた大ちゃんの一大事に、こんどは自分たちが大ちゃんを励ます番だと、子供達はたくさんのアイディアを次から次に出し合いました。夏休みだったので頻繁に集まっては、大ちゃんの大好きだったアンパンマンの絵本を作ったり、同級生の寄せ書きを集めたりしました。
八月の大ちゃんの誕生日に間に合うように、アンパンマンの人形を作ってお見舞いに行った子供達は、つらい治療のさなかにもアンパンマンを抱きしめて喜び、最高の笑顔を見せてくれる大ちゃんに逆に励まされ、幸せにしてもらうのでした。

そんな子供達の関係は、大ちゃんのご両親の考え方にもよっていたのです。「大ちゃんの生まれた意味を、存在している意味をみんなで考えていこう。」という姿勢が常にあったので、同級生は大ちゃんと当たり前に共に生きてくることができたのです。また大ちゃんの3・4年のときの特殊学級の担任の先生が出してくれた「なかよし通信」は、わたしたち同級生の親にも配っていただき、親の心も耕されていました。

大ちゃんが白血病の再々発で入院したとき大ちゃんのお母さんが、「大ちゃん通信」という手紙で、治療の様子や闘病の様子をそのつど知らせてくださったのも、これも後から考えるととてもすばらしいことでした。子供達はこの通信を「大ちゃん新聞」として発行し、学校の先生や大ちゃんのことを心配している全校の友達に配りました。

また九月の学園祭では、白血病について、ダウン症について、大ちゃんが病院でがんばっている様子についてレポートし、自主発表をしました。小学校の5・6年のときの担任だった先生や特殊学級の担任だった先生も子供たちの活動や入院中の大ちゃんを頻繁に励ましてくださいました。
中学校の全校の子供達と先生方、そしてお母さん達が、「大ちゃん新聞」を読み、文化祭の展示を見て、心から大ちゃんの回復を祈っていました。ところが皆の願いも虚しく、2000年の10月7日、大ちゃんは「21世紀に(一足先に)行っちゃうからね。(また)会えるよ。」と言い残して天国へ旅立っていきました。

子供達の悲しみは深く、簡単には仲間の死を乗り越えることができませんでした。そこで毎月の月命日に大ちゃんの家に集まって、大人も子供も大ちゃんの思い出を語り合いました。その様子を、大ちゃんの特殊学級のお友達のお母さんたちは理想的だなと眺めました。障害がある子供もない子供も、そして大人も、大ちゃんの周りにはたくさんの人が集まって来ることを。自分の子供たちは今は養護学校に通っているけれども、できれば地元の子供たちと一緒に育ちたいと。

大ちゃんの同級生の親である私達は、障害児を授かったお母さん達から、逆にたくさんのことを学びました。自分の子供をありのまま受け入れることの大切さを。その凄さを。障害のある無しに関係なく子育てで一番大切な、しかし見失いがちなそのことを。

また子供たちは大ちゃんの大切な生と死を通して、やりきれない悲しみとともにではありましたが、たくさんのことを受け止めることができたのです。命のいとおしさを。輝きを。人としてのあり方を。大ちゃんとまたいつか会えるであろう未来のあり方を。そして知ることになったのです。死は終わりではなく、無でもなく、闇でもないことを。なぜなら子供たちは知っているのですから。大ちゃんが今でも生き生きと心の中に住んでいることを。語りかけると答えてくれ、励ましてくれ、正しい道に導いてくれ、心の中で抱きしめると抱きしめ返してくれることを。「存在」とは生と死の、時間と空間の支配を超えるということを。私達の子供達は大ちゃんと一緒に生きることができて幸せでした。皆で一緒にいるということは、なんと心地よく、多くのものを生み出すのでしょう。

私達は大ちゃんが出会わせてくれた素敵な仲間と、これからも一緒に生きていきたいと願いました。そしてその願いから「大地の風」という子育ての会が生まれたのです。大ちゃんの一周忌の直前の2001年9月のことでした。

大地の風のこの4年間の活動
大ちゃんの命日から丸5年、「大地の風」の活動が始まってから4年がたちました。わたしたちは毎月1回の会報の発行と毎月の行事の中で「障害がある人もない人も、色々な人が一緒にいるからこそ何かが生まれる」ということを実践して地域に根ざしてきました。会報は現在150部発行し、配布。会員は50家族くらいです。遠方からの参加者もあります。誰かが困っていればすぐ集まって、相談にのります。抱えている問題がそれぞれ違っていても、(障害のことだけでなく、不登校や介護、病、嫁姑問題などなんでもありです。)真剣の悩みを聞きあい、本音で話し合い、最後はみんなでお腹を抱えて笑いあい、認め合い、信頼し合える仲間の集う「場」が生まれたのです。

また子供達も「大地の光」というグループ名を自分達で新たにつけ、自主的な活動の場面を増やしてきました。「障害のある子もない子も当たり前に一緒にいて、仲良く遊ぶ」ことをモットーとして、デイキャンプのときにドラム缶の窯でピザを焼いたり、クリスマス会でケーキを焼いたり、ゲームをしたり、「世界に一つだけの花」の手話を覚え披露したり、皆で楽しめることを企画してきました。また小淵沢中学校では、学園祭の時に「大地の光」の子供たちの自主展示の場を毎年設けてくださり、今年で5年目になりました。今年の展示物は入り口にはってあるのでごらんください。大地君のように地元の小・中学校のあがった友達だけでなく、わかば養護学校や諏訪養護学校に通っている友達もいますが、地元の子供としてみんなに顔を知ってもらいたい、声をかけてもらいたいという気持ちで、仲間の成長の様子をレポートしています。学校と地域と親と子供が1つになって、とてもすばらしい活動が続いているのです。

能力主義ではなくて、存在主義。そこに「場の力」が生まれる
それらはすべて、わたしたちの子どもたちが偶然大地君と同じ学年に生まれ、同じ小淵沢という地域に導かれ、小淵沢小学校に入学をしたところから始まったのです。当時の小淵沢小学校の先生たちは、別々の学校に転任されても、「大地の風」を応援してくださり、悩んでいるお母さんたちにこの会を紹介してくださっています。このようにして学校と地域と親とが助け合いながら、とても良い関係で子供を育ててくることができたのは、初めは偶然の出会いからだったのですが、その中心に大地君がいてくれなかったら、こんなにすばらしいつながりは生まれなかったのです。神様から授けられた天使の子供たちがいてくれたことが引き起こした奇跡であり、必然のできごとだったのではないでしょうか。

一人一人、そこにいるだけで価値があるんだと、互いを認め合える「大地の風」そしてこに経済活動をからめていく地域通貨「ワクワク」は、すべての人を癒す「場」を生み出しました。お互いがここちよく、ありのままで集える「場の力」が熟してき今、「いろいろな人がいるからこそ、何かがうまれる」わたしたちが掲げてきたモットーが現実となり、とても大きな素敵なものが生まれようとしているのです。能力主義で輪切りにした社会からは乏しい発想しか生まれないのではないでしょうか?

これからの展望―地域で生きる場を作る
実は小淵沢では「大地の風」と前後して立ち上がった地域通貨「わくわく湧湧」という活動があります。障害のある子供も無い子供も皆が学校を卒業しても地元で共に生きていける地域を作りたい。その鍵を握っているのがこの「地域通貨」という発想です。
「利益を上げる」「能率を上げる」「競争に勝つ」という、能力だけに価値を置く資本主義の社会の中では、障害児は生まれたときから弱者、敗者として切り捨てられる存在、あるいは行政によって「保護」されるだけの存在です。けれど小淵沢の地域通貨では「能力」でなく、「在る」ことに価値があると考えています。大ちゃんがそこにいることで周りの者を励まし、勇気と活力を与えてくれたように。「大地の風」が生まれたように。誰もがありのままの自分で共に「在る」ことで生まれるものに感謝し、そこに支払われる通貨を地域で発行しているのです。
そしてこの地域通貨の仲間と、大地の風が1つになって今、ワクワク学校設立準備委員会「ちえの輪」が立ち上がり、学校づくりという大きな活動に展開しているのです。
地域の学校はもちろん大切にしながら、大人も子供もだれもが自由に集える場所作り、みんなで共に生きていけるムラづくりが始まっているのです。

子供はみんなの宝物
「大地の風」のここちよさは、だれより障害を持つ子供たちが理解しているようです。
自閉症のKちゃん(わかば養護学校中等部2年生)は「大地の風に行く」と、「大地の風」の場には安心してどこにでも行くのです。Kちゃんのお母さんのAさんも、以前はKちゃんを追い掛け回していたのに、この中にいればだいじょうぶと安心をしています。我が家にも近所なので一人で遊びに来てくれるKちゃん。お母さんが「いつも迷惑をかけます。」と。「ううん。Aさん、Kちゃんの成長をみるのはわたしたちの楽しみでもあるんだよ。Kちゃんの成長を独り占めしないで、わけてよね。」といつも答えます。

わたしたちがこの場から学んだことは、障害のある子供は普通の子供よりも
何かが欠けている存在では決してないということです。みんなそれぞれが完全な大切な存在です。その完全な一つの丸ごとの存在と向かい合いながらそこからわたしたちも教わり、喜びを与えられているということなのです。
    子供はみんなの宝物なのです。ぜひ子供たちの存在を共に喜び合っていこうではありませんか。

貼り主: chiyoko 日時: 08:50 | Comments (0)

2005年10月25日

境小学校・ガイドブック作り

富士見町の境小学校の6年生から、10月4日の秋の遠足で

「子どもたちと『境のよさを再発見』しませんか?」
        ~私たちが作ったガイドマップを片手に~

と言うお知らせが、地域の皆さんに回覧版で回ってきました。

そのお知らせには、次のように書いてありました。

「私たちは、自分が生まれ育った境が大好きです。特に四季の変化が美しい『自然』がすばらしいと思います。
そんなすばらしい境をたくさんの人に知ってもらいたいと思い、私たちは境のガイドブックを作りました。
みんなで境をお散歩しながらデジカメで写真を撮り、その写真を使いながらパソコンでいろいろな場所をガイドブックにまとめました。
自分たちで一生懸命に作ったのですが、これが他の人のお役に立てるのかがちょっと不安です。
そこで、このガイドブックを使いながら、もう一度境を歩いてみようと言う事になりました。
ぜひ、地域の方と一緒に境を歩かせていただき、ガイドブックのよい所、直した方がよい点を教えていただいたり、私たちが知らない境の情報を教えていただきたいです。・・・・」

境小学校では、卒業生が同じように境のガイドマップを作成して、信濃境の駅にも置いてあります。
それが、又一歩進んで、地域の皆さんの意見も聞いてみようということになったんですね。
子どもたちってすごいなぁ~
この出だしの「私たちは、自分が生まれ育った境が大好きです。」で、もう感激です。
こう言う子どもたちを育ててくれた学校、家庭そして地域が、私も大好きです。


当日は、①葛窪。②池袋・先達。③高森・信濃境。④富士見高原 の4コースに分かれて、子どもたちと一緒に地域の皆さんや保護者、職員で歩きました。
子どもたちの作ったガイドマップを見ながら、「よかった所」「こうした方がいい所」を色分けして、気づいた事を付箋に書いて張っていきました。

私は、③の高森・信濃境コースに参加しました。
この日の予定
信濃境駅→信濃境神社→お堂しだれ桜→大泉→小泉→押立山→境小・終わりの会
それぞれの場所で担当の子どもが決まっていて、説明をしてくれました。

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信濃境駅
二年生は電車に乗って富士見までの遠足。 

「つつじが咲くときれいだよね」
「ガイドブックが出来たら、ここにも置いてもらわなくっちゃね」

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信濃境駅は以前、ドラマのロケに使われています。その時の様子などが展示されています。
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今でも、ファンが訪れていて、地域の方の配慮で、駅には書き込みのためのノートも置かれています。    

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信濃境神社
息子たちが保育園に通っている頃は、まだ整備されていませんでした。保育園の帰りにキイチゴを摘みました。

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信濃境神社
すぐ上にある境保育園の子どもたちが、これまた地域の方と栗拾いに来て、かわいい声が響いていました。   

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高森のお堂
何年か前、大晦日に除夜の鐘をつかせていただいたことがあります。

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高森のお堂の中
「今も誰かがこのお堂の事を大切に守っているんだよね」
「そうだ、その事も書いた方がいいね」

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高森のお堂の桜
春には見事な花をつけるの桜の木

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高森大泉
「うん、ここの水、おいしいよ」

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高森大泉
この機会に言うべきかどうかちょっと迷ったのですが、いつも考えていると事を投げかけてみました。
「この大泉の水は地域で使われている水でもあるし、ここの環境はみんなで大切に守っていかなければいけないよね。
自然を守るためには、みんなによさを知らせなくっちゃいけない。でも知らせることで人がたくさん入って、ここの自然が壊される可能性もあるじゃない。そう言う事については君たちはどう思う?」
みんな、考え込んでしまいました。
もちろん、その場で答えを期待していたわけではなく、こんな視点もあるんだという事を知っていてもらえればいいかな・・と思いました。
実際、この大泉にも結構人が訪れるようになりました。私もこの夏、二回ほど来て見ましたが、二回とも町外の方とお会いしました。
と、言う事はかなりの方が訪れていると言う事でしょう。
その事で、すでに生態系が崩れ始めている、と指摘する人もいます。
難しい話を投げかけたままで申し訳なかったのですが、この日は他の用事が重なっていて、途中で失礼しました。

その後、小泉を回り、押立山に上り、お弁当を食べて境小に戻るのがこの日のコースでした。
最後まで参加できずに、本当に残念でした。

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私にとって、この日一番の出来事!(この写真はその時のものではありませんが、こんな感じでした)

一緒に歩いていた子が「ああっ!? 蟻が柿を背負って歩いてる?」と叫びました。
「ええ!???」
みんなで駆け寄って、しゃがみ込んで見ました。

そこには熟して落ちた柿のかけらがありました。
確かに無数の蟻が群がっていますが、蟻が背負っているとは思えません。
でも、その時に本当にその柿がわずか5ミリほどですが動いたんです。
「本当だ!」
「えーーー、うっそぉ~  信じられない~」
などなど、大騒ぎ。

ひっくり返してみてみると、小さなコガネムシが犯人でした。
子どもたちと一緒に歩いていなくっちゃ、絶対にこんな経験は出来ませんよね。

子どもたちのガイドブックが出来るのが楽しみです。

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信濃境駅に置かれている境小の卒業生が作ったガイドマップです。機会があったらぜひご覧下さい。
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裏表紙がまたすてきです。

貼り主: chiyoko 日時: 17:48 | Comments (0)

2005年09月27日

映画 「日本の戦争」

「映画 『日本の戦争』シリーズを貸し出しいたします。」と言うチラシが、友達から回ってきました。
この「日本の戦争」シリーズは、戦後50周年を迎えるにあたって、戦争で見つめる日本の近代史と言う社会科の歴史教育副教材として、東映教育映画部で作成されたものです。

私たちは、近代日本の戦争について本当のことを知っているのでしょうか?
中国や韓国などでの反日感情は、どこから来るのでしょうか?
戦争体験者は高齢化し、これから一体誰が、その事実を伝えるのでしょうか?

「事実として何があったのか知りたい」
そんな気持ちでが共通だった知り合いが集まり、「映画を見る実行委員会」を立ち上げ、上映会を開きました。

映画は全部で5本あります。

「日韓併合への道」(30分)
「朝鮮半島植民地支配の実態」(28分)
「太平洋戦争への道 中国大陸侵略」(30分)
「「太平洋戦争と東南アジア」(29分)
「太平洋戦争と沖縄」(35分)

脚本・監督は中津義人さんによるものです。
1994年に「太平洋戦争とアジア」を作り、その後4年をかけて5作品を作られたと言う事です。

副教材は毎年作られており、一定の普及がすすむと時間の経過とともに忘れられ、「お蔵入り」になるのだそうです。
でも、「歴史的事実に基づいて日本の戦争をまとめた記録映画は少ない。もっと広めるべきだ」と言う助言から、自主上映会を広めることとなったそうです。

戦後60周年を記念して、今年はかなりたくさんのテレビ番組がありました。
さまざまな世代の人を交えての討論番組や、原爆についての番組、などなど。

その中で、私が特に印象的だったのは、ある若い女性の言葉です。
確か、オーストラリアに留学していたと言っていたように記憶しているます。
そこで、「戦争の歴史についても学んだけれど、こう言う味方もあるけれど、もう一方ではこんな見方もある、といろいろな見方があることを学んだ。」 と言う話でした。
その話を聞いた時に、本当に共感できました。 それが教育のあるべき姿なんではないのかと。
いろいろな見方の中から、何が真実なのかを判断できるようにする事が、必要なんではないかと。

「日本の映画」は、見ていて辛くなるような内容ばかりでした。
友達の言葉を借りるなら、「日本人である事が辛くなるような内容」でした。
ある文章によると、先の戦争で日本の死者は310万人と言われているそうですが、日本がアジアの人々に与えた犠牲者は2千万人にものぼると言われているそうです。

日本の朝鮮半島支配は日韓併合にいたるまでに35年にも及んでいた事。日本語を強要し、名前さえも奪い、朝鮮の文化・誇りまで奪おうとしていたんですね。

無差別都市爆撃は、日本がはじめた事だったというのも、初めて知りました。
「南京大虐殺」 言葉は知っていましたが、その本当の意味を今まで知らなかったと分かりました。
市民を巻き込んだ虐殺は上海、シンガポールなど、アジアのいろいろなところでも行われていた事でした。

学生時代 「特攻隊」の話を聞いた時に、日本人の一途で勇猛果敢なその行為を、「美しい」と思いました。
でも、特攻隊は、現在悲劇を繰り返している自爆テロもと、同じことなんですね。

真珠湾攻撃の2時間前に、マレー半島に上陸していた事も、ほとんどの日本人は知らないことだと思います。
「その目的はゴムやスズ、鉄鉱石、石油という豊富な資源の確保とビルマから雲南省を経て重慶にいたる蒋介石支援ルートの遮断であった」と、映画で伝えています。

沖縄での死闘は米軍の戦史によると「ありったけの地獄を一ヶ所にまとめたような戦闘であった」そうです。

なぜ、日本はここまで戦争を続けなければいけなかったのでしょうか?

映画を見ていて、原爆が落とされていなかったら、日本はどこまで行っていたんだろうと思いました。
どんな理由があったとしても原爆投下を正当化できるものでもないし、今後も決して許されてはいけないと思います。
でも、映画を見て思ったのは、日本人にとっては、原爆で終戦を迎えた事で、被害者である事のみが強調されてしまったのではないでしょうか。
それ以前にあった、加害者としての日本の数々の侵略・虐殺を、多く日本人は知らず、知らないがために反省も謝罪もなくアジアの人々に接しているのではないでしょうか。
日本人って本当にアジアの人々にひどい事をして来たんだ・・・と本当に息が詰まりそうでした。・・・悲しかったです。


2年前の冬休みに家族でインドネシアに旅行に行きました。
スマトラ島のある地方で闘牛や、以前ご紹介したイヌのブタ狩りをしている所があり、それをぜひ家族に見せたいんだ、と夫・ジェルミの長年の夢でした。

スマトラ島のブキティンギと言う町に行った時に、「昔日本軍が作らせた壕があるから見に行かないか?」と、声をかけられました。
突然に「日本軍」と言う言葉を聞いてびっくりしたのですが、見学に行く事にしました。

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壕が掘られていたのは、こんな渓谷の絶壁です。
谷の下に、小さな集落が点在していました。

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現在は観光に使われていて、ガイドを仕事にしている人もいました。

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詳細は忘れてしまいましたが、細い壕を進むと、中にはいくつかの部屋まで作られていました。
驚いたのは、この壕を作っていることは、当時 島民さえ知らなかったそうです。
他の島から島民を連行して極秘のうちに掘られていた、との事でした。

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出口の一つです。

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壕の掘られていた谷を、細いつり橋を渡って、隣の村に行ってみました。

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真ん中の部分が、壕の最終の部分です。

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細い道を登っていくと、そこには美しい村がありました。

近くの村でも「私は日本語をしゃべれます」と言う人に何人か声をかけられました。
その時は友好的に受け止めていたのですが、先に映画を見ていたなら、受け止め方はまったく別のものになっていたでしょう。

中国では日本の敗戦した8月15日は光復節と言って、暗黒時代が終わり、太陽の光が再び戻ってきた日という意味だそうです。
アジアの人々にとっては、原爆によって日本の侵略から開放された日となった訳です。

映画の内容はショックでした。
でも、それとおもじくらいショックだったのは、映画を見ていただいた皆さんからの感想です。
上映会場のコミニュティープラザのAVホールは60席あります。その席がほぼ満席となりました。
ほとんどの方が50歳以上の方で、感想にも「若い人に見て欲しかった」と言うものが多くありました。
何がショックだったかと言うと、
私は自分自身の年代では知らされていない、と思っていたのですが、年齢に関係なく、年配の方でも戦争の事実を知らなかったと言う事です。
日本の外での事、アジアの国々でどんなことが起こっていたかは、日本国民にはまったく知らされていなかったんですね。

もし、映画「日本の戦争」の自主上映会について興味をお持ちの方がいらっしゃったら、連絡先をお知らせしておきます。
   ・作品の貸し出しはビデオテープ(VHS)か16ミリフィルム
   ・作品の貸出料
     ビデオの場合 一日の上映につき、入場予定者100人以内の場合
       5セット・・・50,000円(税込み)
       各作品毎・・・15,000円(税込み)
   ・入場予定者が100人を超える場合、学校(小・中・高)主催の上映、一週間以上の連続上映などの場合はご相談

   《問い合わせ》オフィススリーウェイ
   ホームページ  http://www.kokuminrengo.net/2005/200502-movie-nakatu.htm   TEL/FAX  03-3759-7920(中津)


貼り主: chiyoko 日時: 14:41 | Comments (0)

2005年09月26日

境保育園・運動会

9月11日 境保育園・運動会

前日のすずらん保育園の運動会に引き続き、かわいい子どもたち過ごせて、これって やくどく!
これで苦手なご挨拶のお仕事がなければうれしいのですが・・・
いつも思っていることをお話して、ご挨拶の変わりにさせていただきました。


「笑っている時も、泣いている時も、怒っている時も、いつでも君たちは私たち大人の大切な宝物です。生まれてきてくれて、本当にありがとう!
保護者の皆さん!4人の子どもを育てた私でも、子どもがまとわりつき、抱いて育てられる次期は、長い人生の中でほんの僅かです。どうか、今のこの時期を楽しんでください」

あとで「エンジェルさん! 挨拶に泣かされたわ!」と、何人かの方に声をかけていただきました。
きゃっ! うれしい!!   (´ε`*)ゝ 

でも、子どもたちって、本当にいてくれるだけでその場の雰囲気を和ませてくれるし、幸福感を与えてくれます。
その子どもたちが、この富士見町でのびのびと愛されて育ってくれる事を祈らずにはいられません。
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私も一緒に抱きしめたい!
小学生も高学年になれば、「やめて!」と、冷たくあしらわれてしまいます。
我が家は一番下が中二なので、孫を待つしかないか!?


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保護者の皆さんの棒取りゲーム
お母さんたちも同じゲームをしたのですが、さすが!お父さんたちは迫力が違います!!   ('~`;)

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前日の未満児に比べると大人びてさえ見えてしまいます。
かけっこ一つとっても、年齢が上がるに従って成長を感じます。
これで、17日には境小学校の運動会にご招待いただいていて、僅かな間に子どもの成長の過程を垣間見た気がしました。

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う~ん!すごいカメラの数。
一度しかない、大切な瞬間ですから・・・みなさん真剣です。

貼り主: chiyoko 日時: 12:10 | Comments (0)

2005年09月25日

すずらん保育園・運動会

9月10日 すずらん保育園の運動会

すずらん保育園は、長野県厚生農業協同組合連合会により、H11年に富士見高原病院の職員の子育て支援を目的に始められたものです。
しかし、地域住民からの要望が強く、現在は職員に関わらず、富士見町内の3歳未満児を中心に受け入れ、運営されています。

未認可の保育園であり、認可に当たっては町からの意見書が必要なために、H15年に 3,135人の署名とともに「認可に関する陳情書」が議会に提出されています。
H15年当時、富士見町全体の保育を考え、すずらん保育園に未満児保育を集中させる事は出来ないか、などの意見もありました。
しかし、未満児保育の要望は増加することが予想され、丁度、本郷保育園の建設も決定していた事もあり、町からの意見書は出さないとの判断になりました。


すずらん保育園は、高原病院に併設されている施設で、以前は小児科医が現在は医院長が、園長を兼務されています。
抵抗力の弱い未満児を預ける母親にとっては心強いですよね。
また、老人福祉施設の「あららぎ」も隣接しているので、施設利用者のお年寄りとの交流も週に一度は行われているそうです。
年度途中の受け入れに対しても、あららぎの職員などの対応で、可能だと言う事です。

富士見町では現在、富士見、西山、本郷、落合、境の5つの保育園があります。
そのうちの富士見、西山、本郷の各保育園で未満時保育を実施しています。
他の保育園でも2歳児程度の児童は受け入れを行っています。
ただ、年度途中の受け入れは、難しい状況です。

すずらん保育園は、町に先駆け未満児保育を実施していた事、病院と併設されている特性などを考えると、母親にとって選択肢が増える意味からもありがたい存在だと思います。

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泣いていてお母さんから離れられない子、園庭を一人で走り回る子などいろんな子がいました。

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とにかく、みんな可愛くって保護者のみんなさんもニコニコしっぱなしです。 (@⌒ー⌒@)

貼り主: chiyoko 日時: 13:24 | Comments (0)

2005年09月24日

本郷小・防災訓練

9月4日
富士見町の 「総合防災訓練」 が本郷小学校で行われました。
訓練は、午前7:30頃、諏訪地域を震源地とする大規模な内陸直下型の地震が発生したと言う想定でした。
昨年は、境小学校で行われたものですが、今年は本郷小学校通学区域の住民を中心に
富士見町、消防署、消防団、社会福祉協議会、警察署、日赤奉仕団、NTT、姉妹市の多摩市の参加で行われました。

昨年同様、さまざまな訓練の体験メニューがありました。
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倒壊建物での孤立者の救助訓練
救助隊の指導で住民の皆さんが倒壊した建物から建物の中に取り残された人の救助訓練をしました。

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災害救助犬による倒壊した建物の被災者の発見訓練です。
救助犬を放した場所と、発見すべき場所が近かったために見学者には分かり難かったように思います。
救助犬が負傷者を発見すると、犬とチームを組んでいる人が手を上げて発見を報告します。

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バケツリレー
どのグループも 「ほい! ほい!」と、掛け声をかけながら和気藹々とやっていました。

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その場にあるのもを利用して担架を作る実演 1 
この時は、物干し竿とブルーシートを利用しました。
まず、右手の棒を中心に折り返します。

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その場にあるのもを利用して担架を作る実演 2
次に、左手の棒を中心に二枚重ねて折り返します。
短い折り返しの部分とを、少し重ねるところがミソです。

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その場にあるのもを利用して担架を作る実演 3
体重○○Kgでも大丈夫!


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小型動力の消防ポンプでの初期消火訓練

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障害物撤去訓練   放置された車両の移動訓練
話を聞きそびれてしまったのですが、災害時に車を放置する時には鍵をつけたままにするのが基本だそうです。

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ボランティアセンターの立ち上げ訓練
まずは、ボランティアとして登録します。
さまざまなボランティアの活動がセンターの壁に貼られていて、その中から出来そうなところに自分の名前を書いた付箋を貼ります。
ちなみに私は「ごみの運搬」にしました。

このほかにも心肺蘇生法の講習、炊き出し訓練、煙体験、NTTの伝言ダイアルなどいろいろな訓練がありました。

去年と比べると、今年は新たな体験訓練が増え、実際の被災地での経験が生かされていると感じました。
こうした訓練を受けたのと受けないのではやっぱり違うでしょうね。
でも、何度も繰り返してやらないとなかなか身につかないことも多く、こうした機会を利用して何度でも体験しておく必要性を実感しました。

貼り主: chiyoko 日時: 19:45 | Comments (0)

2005年08月18日

子どものたまり場づくり

8月17日  「子どものたまり場づくり」 第3弾!
夏休み最後の企画です。

この日企画していたのは、前回に引き続き 『てまり教室』。
そして、『地域に伝わる民話を聞こう』 『ススキでバッタを作ってみよう』 です。

こどもたちがうじゃうじゃいて、どこで何をやっているのか把握しきれませんでした。
走り回る子どもたちの姿を追っていると目が回りそうでした。
結局、こうやってたまれる場所さえあればいいんですよね。

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保育園がお休みと言う事もあって、たくさんの子どもが遊びに来てくれました。
何人くらいいるのか数えて見ましたが、走り回っている子どもたちを数えるのがばかばかしくなり止めました。
とにかく、手の指と足の指をたしてもぜんぜん足りないくらい来てくれました。

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おもちゃのコーナーはやっぱり小さい子の人気の場所でした。
おもちゃをお借りしている 「おもちゃ図書館」 のメンバーの方からも 「こんだけ遊んでもらえればうれしい」 と言っていただきました。
「おもちゃ図書館」との関わりも、今後の可能性を探りながら、視野に入れて考えて行きたいと思います。


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てまり教室も盛況。
でも、この日だけでは鞠に毛糸と糸を巻くくらいまでしか終わらず、引き続きのご指導を先生に頼み込んでいました。

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前回のおかあさんの作品。 完成図が見えてきましたが、やはり完成には至りませんでした。
てまり教室は今後も何回か開いていただく事になりました。

民話を聞く時間をを設けるつもりだったのですが、それぞれに飛び走って遊んでいる小さい子どもたちは対象になりそうもありません。
手まり作りに励んでいるちょっと大きいおねえさんたちに、手鞠を作りながら聞いてもらう事にしました。
清泉荘でのお話だったので、近くの池袋区に伝わるお話を地元の方にしていただきました。


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ススキの葉でバッタを作ってます。
お母さんたちが結構はまっていました。


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皆さんが作ったバッタたちです。
それぞれに個性が出てます。

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子どもたちがあっちでもこっちでも走り回っていて、広いゲートボール場が狭く感じました。
それぞれに好きなところで、いろんなかたまりが出来ていました。
誰に言われた訳でもないのに、気が付くと年上の子が年下の子に紙芝居を読んであげていました。 うれしい光景ですね。感激!


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この日、作ったバッタです。
こうして見ると、本物みたいでしょう?   ご希望があれば、お教えしまぁ~す。

今後も、こう言った機会を設けて行きたいと思います。 
とりあえず、学校帰りの放課後を利用して、何回か手鞠教室はお願いしました。
子どもからも「こんな事をやってみたい」と言う希望が出てきました。
そうやって、ぼちぼちでも意見や要望が出てくれば、先に光が見えてきたようでうれしいです。

貼り主: chiyoko 日時: 10:16 | Comments (2)

2005年08月17日

防犯ベル

富士見町では、各小中学生に不審者対策として防犯ベルを配布しています。
昨年12月の一般質問の時にも提案したのですが、本当に不審者に出会った時にこのベルを鳴らす事が出来るのか?そして、万が一防犯ベルをならせたとしても、そのベルの音を聞いた周りの人たちが、『危険を知らせる防犯ベルの音だ』 と知ってかどうか と言う事が疑問です。
わが子が持っている保護者でもない限り、防犯ベルの音を聞いた事のある人はいないと思います。ベルを持っているだけでなく、地域の人たちを巻き込んでの防犯訓練が必要だと思います。

池袋区では、育成会が主催して、運動会で地域のみさなんに防犯ブザーの音を聞いてもらう機会を設けました。

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8月15日、私の住む池袋区で運動会がありました。
地区ごとによって運動会の開催時期はさまざまなようです。
池袋区では、お盆で帰省中の家族も参加できるので、この日になっているようです。

せっかくたくさんの区民が集まる機会を生かして、区民に防犯ベルを聞いてもらおうと言う事になりました。

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子どもたちのパンくい競争
意地悪なおじさんたちが、わざとひもを揺らします。


境小学校では、 『不審者対策会議』 が各団体の参加で今年2月に立ち上がり、6月と今までに2回話し合いがもたれました。
PTAで、全家庭が参加して当番製で安全パトロールが実施されているそうです。

池袋区の育成会の席でも、子どもたちの安全をどうやって守るのかは毎回問題になります。
育成会の会長も防犯ベルについては同じように疑問を持っていて、前回の会の時に 「地域の皆さんにベルの音を聞く期待を設けよう」 と言う事になりました。
すでに一度、敬老会の時の安全講習の時にも、皆さんに聞く機会を設けています。


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まず運動会の会場で、子どもたちが一人ずつ自分たちのブザーを鳴らして皆さんに音を聞いてもらいました。
私も、ブザーによって音が違うのを始めて知りました。
音の高低や大きさにも随分違いがありました。

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その後、道路に出て鳴らしてみました。
「実際に家の中でどの程度聞けるのか調べてみよう」
育成会の会長さんの提案で、近所のお宅に協力を得て確認してみました。

ブザーを鳴らしてみた道路沿いのすぐ前のお宅では、垣根に囲まれ部屋が奥にあると聞き取り難いそうです。
「静かにしていれば聞こえるかもしれないけど、台所仕事をしていたり、テレビでもついていれば聞こえない」 と言う事でした。
反対に、ちょっと奥まっているところにあるお宅でも、道路際に遮断物がなければ家の中でも聞こえるそうです。ただ、やはりテレビでも付いていれば別でしょう。
80メートルほど離れたお宅では、まったく聞こえませんでした。

聞いて頂いた皆さんには 「今まで、聞いた事がなかったので、こう言う機会を持ってもらってよかった」 と言っていただけました。
子どもたちが防犯ブザーを携帯している事をご存じない方もたくさんいらっしゃったようです。


以前から、防犯ベルの効果については疑問でした。
果たして危険の迫った時に防犯ベルを鳴らす事が出来るのか?
鳴らせたとして、どれだけ効果があるのか?
ベルの音を聞いた人が、子どもが危険を知らせる音だと言う事を認識しているのか?

少なくても今回実際に地域の方々と問題を共有できた事は大きな成果だと思います。
もちろん 「防犯ベルを持っているから安全」 などとは誰も思ってはいないでしょうが、その事でどれだけの効果があるのかは知る必要があると思います。

もっと効果のあるものはないのでしょうか?
たとえば辛子のスプレーなどの方が効果的なように思います。
どんな事が可能なのかもいろいろと研究する必要があると思います。
前回の境小学校の会の時には、教育委員会の車が防犯の呼びかけを広報しながら走っているのは効果がある、と言う意見がありました。


何よりも、こういった機会を増やし、地域のみなさんに関心を持ってもらうことが一番の防犯対策になりますよね。

貼り主: chiyoko 日時: 10:05 | Comments (0)

2005年08月16日

お話キャラバン隊

富士見町に「子どもの本の会」と言う読み聞かせの会があり、図書館で読み聞かせの活動をしています。
「図書館にあまり来られない富士見町の南部方面の子どもたちのために出張のお話会をしよう」
昨年の夏休みに、南部地区の集落を読み聞かせをして回ったところ、大変好評で 「せひ、今年もやって欲しい」と、要望があったそうです。
会の皆さんが 「お話キャラバン隊」 を組んでやって来ました!

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公民館の鍵を持って行くと、会の皆さんがすでに外にブルーシートが引き、準備が終わっていました。
手際のよさに感謝、感激!

せっかくの「お話キャラバン」なのに子どもの集まりが悪い。
役員さんが、朝のラジオ体操の時にも声をかけてくれたと言うのですが・・・
塾やらクラブやら・・・子どもも忙しい。
あっちこっちに声をかけ、予定の時間から随分開始時間が遅れてしまいました。
お休みでご近所に遊びに来ていたお子さんなどにも声をかけて 「さあ、お話会がはじまるよ!」


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キャラバン隊は、小六(小六公民館)、田端・先達・葛窪(葛窪集落センター)、高森(高森公民館)、池袋(池袋公民館)、境小学校と4日間をかけて回ってくれました。
本の読み聞かせ、紙芝居、パネルシアターと、内容も充実していました。


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このカードは、不思議なカードで、一番最初の絵から連想されるものが次に書いてあり、絵が3回も変わりました。

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終わりが又、カッコイイ!

会の方の希望通り 「夏の楽しい思い出の一こまとなるような催し」 でした。 ありがとうございました。

貼り主: chiyoko 日時: 20:36 | Comments (0)

2005年08月14日

こどものたまり場づくり・清泉荘 

8月10日
「夏休み、清泉荘を子どものたまり場にしよう!」企画、第2弾!

この日のメニューは、手鞠作り、簡単ないけばな、お盆に向けてゆかたの着付け教室。
お手伝いや先生としてお願いした人を除くと、この日の参加は3家族。 ちょっと残念・・・    かなりがっかり (-_-;)

でも、今回も隣接しているおとなりのデイサービスの利用者さんたちが何人か参加してくれました。
お母さんたちも、手鞠もやりたい! 花も生けたい! で大忙しでした。

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おもちゃ図書館からお借りしたおもちゃ。
小さなお子さんは、結構遊んでくれました。
これらのおもちゃもお借りした責任があるので、もう一回17日が終わるまで私が責任を持って管理しています。
清泉荘に置いて置く訳に行かないので、毎回車に積んで我が家に持って帰ります。
17日まで、我が家はおもちゃだらけです。

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先生をお願いした友達が家からたくさんの花を持って来てくれました。
この日の目的は、「身近にある花をマグカップやグラスに生けてみよう。」

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グラスやマグカップの中に、まずアイビーを入れて花がさしやすくします。 なるほど!!


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皆さんに作品です。
隣のデイサービスにも、いくつか持って行きました。

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こちらは、手鞠教室。結構真剣。

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手鞠は、本格的に作るなら、先ずおがくずをストッキングに入れ丸くして芯にします。
この日は、子どもでも簡単に作れるようにと、発泡スチロールの芯を使いました。
滑らないようにティッシュを一枚巻いて、それから極細の毛糸を巻きつけていきます。
この時、常に鞠を動かして真ん丸い形になるように注意します。
極細毛糸の次は、糸を巻きます。この作業が結構大変。
すこし巻くと、鞠を床に落としてしまい、やり直し。 何回もこの繰り返しで笑うしかありませんでした。   (^_^;)

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糸が蒔き終わると、円周の長さに切った和紙を、模様に応じて等分に切込みを入れます。
これが模様の基本になるので、何箇所かで確認。


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基本になるところに糸を巻いて、模様のポイントに待ち針をうちます。
今日は、進んでこのあたりまで。
糸を巻くところまでが、宿題になったおかあさんもいました。 続きは又、来週。  (;゚ー゚)ノ

貼り主: chiyoko 日時: 20:26 | Comments (0)

2005年08月13日

おつき ゆきえさんの大人のための絵本の会

8月9日。富士見町では2回目。(一回目は今年の3月
「おつきゆきえさんのおとなのための絵本の会」をコミプラと諏訪養護学校の2回、開催しました。
夏休みの間で、いつもは子どもたちに本を読んであげる立場の人たちを中心に聞いて欲しいと、この次期に企画しました。
でも、学校の先生って、夏休み中も研修やらなんやら、結構忙しい!!
しかも、お金を出してまで 「大人がお話会を聞く」 なんて意識にはなかなかなってもらえないようです・・・
でも、そんな時間が本当に必要なのはそうした大人たちだと思っています。
おつきさんがおっしゃるように 「たまには心の中のいろんな引き出しをあけて、光を当てて欲しい」
本当にそんな豊な時間です。

諏訪養護学校では、友達の先生の紹介で40人ほどの参加がありました。

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午前中の会場はコミニュティーのAVホール。
客席との距離感がちょっと気になりました。今後の反省。
午前中のテーマは「家族」
思いっきり、笑って・・・でも、ジーー-ン胸にしみて泣かされるんです (;へ:)

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この「もけら もけら」 大好きです!
ゆきえさんの大人のための絵本の会を聞いた人は、まずこれで衝撃を受けます。
ゆきえさんの表情がものすごく豊で、いろんな写真を撮りたかったのですが、ほとんどピンボケでがっかり! (´□`)

午前中のメニュー
 「もけら もけら」  
 「おんぶはこりごり」  
 「パパはジョニーって言うんだ」
 「女トロルと8人の子どもたち」
 「うちに赤ちゃんが来た」               順番不同。

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午後は諏訪養護学校の音楽室が会場でした。
午後のテーマは 「受容」でした。  テーマそのものはすごく重いですよね。
聞き手の反応もよく、爆笑の連続。 おつきさんものりのり!

おつきさんの絵本の会の内容については、多く語りたくありません。
それぞれの人が、それぞれの立場や想いで、胸に響くものは違います。
でも、ほんの数冊の絵本でこれだけの時間を楽しめる、言い換えると誰もが伝えることが出来る可能性があると言う事です。
それだけ「絵本」には、いろいろな楽しみ方があり、奥の深い物だとおつきさんに教えられたように思います。

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午後のメニュー
 「もけら もけら」
 「ロバのシルベスターとまほうのこいし」  
 「ひとりぼっちの怪獣といしのうさぎ」
 「ママがいっちゃった」
 「パパのカノジョは」
 「ポケット詩集」           順序不同

この日、おつきさんは午前9時53分に小淵沢に着き、午後4時16分のあづさで帰りました。
すごい ハードスケジュール!!!
おつきさんは器械がまったくだめだそうで、口込みだけで評判が広がっているそうです。
それでも、あっちこっちで引っ張りだこで、早めに予約を取っておかないと来てもらえません。
次回の予定は11月です。
その時は、子育て中のお母さんたちにぞっこん楽しんでもらえるような時間を企画中です。  お楽しみに!! (*^_^*)

貼り主: chiyoko 日時: 20:16 | Comments (0)

2005年08月10日

子どものたまり場づくり

「夏休み 清泉荘を子どものたまり場にしよう!」のチラシです。

自分は才能がないので長女に頼みました。  (*´σー`)

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貼り主: chiyoko 日時: 08:21 | Comments (0)

2005年08月08日

清泉荘・子どものたまり場づくり

「夏休み 清泉荘を子どものたまり場にしよう!」と、子どもの遊び場づくりを企画しました。

本当は、今子育て中の、本当に必要な人が中心になって作るべきだと思っています。
でも、清泉荘は老人福祉施設で子どもが使う事を今まで想定していません。
子育て中のお母さんたちも「清泉荘が遊び場として使える」と言う発想もないと思います。
だからこそ、私は行政が主体的に動くべきだと思っているのですが、何回当たってみてもやはり「先ずは使ってみろ」と言う事です。

皆さんへの問題提起も含めて企画しました。
この日は、隣のデイサービスの利用者さんたちも一緒に、昔懐かしい、自転車に紙芝居を積んで来る「街頭紙芝居」を楽しみました。

私は、富士見町に住む前は、千葉の船橋市のマンションで暮らしていました。
そこで、一番上の長女が生まれてから、長女が2年生、一番下の次男が1歳10ヶ月まで子育てをしていました。
マンションは全部で7棟ありましたが、私たちが住んでいた6棟の前が丁度、子供用に公園になっていました。
上の子が幼稚園に上がってからは、近所のお母さんたちとも子どもの送り迎えに顔を会わせ、よくその公園を利用しました。
また、マンションのすぐ前に児童館がありましたので、幼稚園に上がる前、特に外遊びの出来ない時にはよく利用しました。

今、思い出してみて子育てで辛かったのは、子どもが幼稚園に上がる前、まだ子育て中のお母さんたちと知り合いになる前だったと思います。
おなじ立場にいるお母さんたちと話して、共感したり愚痴を言ったりすることで随分助かりました。
それと、やはり一日中子どもと向かい合っていると、どんなに子どもがかわいくっても「一時間でもいい、だれか見ていてくれないだろうか」と、思いました。
小さな子を連れて買い物をして、買い物袋と子どもを抱えて階段を上ったり、
上の子が病気になったときに、下の子まで抱えて病院に行かなければ行かなければ行けなかったり・・・
理由も分からずに一日ぐずられたり・・・などなど・・・

そんな時に、誰も近くに頼る人がいない、と言うのは辛い物ですよね。


今まで富士見町、特に境地区では、子育て中の家庭にもおじいちゃんやおばあさんがいて、お母さんたちが家の中で孤立する事が少なかったんだと思います。
でも、境地区でも事情が随分変わってきています。
放課後の児童クラブや児童館への要望も高くなってきています。

今までも、この清泉荘のことについては何回か話題にしています。
だれもやる人がいないんなら、私がぼちぼちやってみて、仲間を増やして行こうと思います。

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おもちゃ図書館から、前日におもちゃを借りてきました。
ソフト積み木や乗用自動車、木のおもちゃなど、いろいろとお借りしてきたのですが、子どもたちが一番遊んだのは、ビーチボールでした。
結局、子どもたちにはおもちゃなんかよりも、友達と走り回れる場所があれば、それで十分なんだと思いました。
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子どもたちが遊んでいた清泉荘の体育館の向かい側がデイサービスの建物になっています。
お年よりも一緒に楽しみました。  (*^ー^*)♪♪♪


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乙事に住んでいる築館さんは、個人の活動として、「街頭紙芝居」をやっています。
この紙芝居の枠はお主人の手作りだそうです。
下に座って見る子どもたちの事を考えて、角度も微妙に下向きになっています。
博物館に行って、写真を撮ったり、寸法を測ったりして研究した結果だそうです。ほんと!愛情一杯って感じ!!!  b('ー^*)

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この旗も手作り!
ちょっと素人の域を超えていますね。

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表情が豊で、子どもお年よりもぐっと話しに惹きつけられました。
後ろの方でおばあちゃんが
「うまいもんだなあ・・・」とか
「よっく、あんなにいろんな声が出てよぉ~」
などと、感心してるのが、またほほえましくうれしかったです。

後で伺ったところによると、この地域では「街頭紙芝居」はなかったそうですね。
私は、千葉の船橋で育ちましたが、おぼろげながらに水あめを舐めながら紙芝居を見ていたのを覚えています。
昔は、この「街頭紙芝居」で、生計を立てていた人がいたって事ですかね?

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築館さんが、本当にお上手で感心しました。
紙芝居の途中で子どもたちが学校のポールの時間になってしまい、みんないなくなってしまったのですが、その後もお年より向けに二つも紙芝居をやっていただきました。

私自身もぞっこん楽しませていただきました。本当に感謝です!!!
おかげさまで、清泉荘での多目的な活用・・・理想どおりの方向に向かえそうです。m(_ _)m


貼り主: chiyoko 日時: 11:21 | Comments (2)

2005年07月20日

言語力

HPが手薄になってしまいました。σ(^_^;)

今年の春中学校を卒業した長男が、姉たちと同じくインドへ留学するために旅立ちました。
二人の姉は地元の高校を受験し、高校2年の7月に旅立ったのですが長男はそれより1年早くの留学を選びました。

我が家の恥になるかもしれませんが、夫がイギリス人でも子供たちは英語がしゃべれません。
夫のジェルミは自分がそうだったように「若いときにその環境におけばすぐに英語は身につく」と言って、あえて子供たちに英語を教えませんでした。
と、言うより母親の私が英語をしゃべれないのが一番の原因です。

当然なのですが、父親がイギリス人だから自然に英語がしゃべれるようになるわけではありません。
たとえば、いつも子供に接している母親が常に英語をしゃべれれば、家庭の中は英語、家庭の外では日本語と使い分ける事で、自然に2ヶ国語をしゃべれるようになるかもしれません。
でも、それもかなりの努力が必要なんだそうです。

だから、お話しするとびっくりなさる方が多いのですが、我が家の子供たちは、中学校に行って初めて英語の教育を受けます。
随分前になるのですが、新聞で「父親、母親、おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん・・・みんな違う言語をしゃべる家庭で育った子供が何ヶ国語もしゃべれるように育った」「その子は、人間はみんな違う言葉でしゃべる物だと思っていた」
と言うような内容の記事を目にした事があります。
言語にも因るんでしょうが、そんな事も可能だって事ですね。

確かに外にでた姉たちを見ていると、その成長には目を見張る物があります。もちろん、かなりの努力は必要だったと思いますが、若い時の吸収力は本当にすごいですね。

ただ、今、長男の一番の心配は、日本語も英語も中途半端になってしまうんではないかと言う事です。
以前も触れたのですが、長男は本を読む事が嫌いで、読むのは漫画ばかりでした。
上の二人が小さい頃は、寝る前に毎晩絵本の読み聞かせをしていました。
下の二人の時には、手を抜いたのかなあ・・・と反省します。

7月20日の朝日新聞の社説は「やはり読書が大切だ」と言う話でした。
「言語力」と言う言葉を盛り込んだ法案が衆議院で可決され、今の国会で成立する見通しになったと言うことです。
「読み書きだけでなく、伝える力や調べる力なども含めて『言語力』と呼ぶ。言語力をはぐくむ事で、心豊な生活を楽しめるようにする。そんな目的を掲げて、図書の充実などを国と自治体に求める」ものだそうです。
「全国学校図書館協議会の04年度のの調査では、一ヶ月間一冊も本を読まなかったのは、小学生で7%、中学生では19%、高校生では43%にのぼる」そうです。
「言葉の使い方を知り、漢字や慣用句を覚える。論旨を読み取り、展開の仕方を学ぶ。文化や歴史を学び、思考を伸ばす。想像力を磨く。そうした事に、読書ほど手軽で効果的な方法はない」
本当にその通りだと思います。

インド留学した娘たちは、本当にいろいろな事を学んで来ました。その中で、思いもしなかった副産物もありました。
もともと本の嫌いな子供たちではありませんでしたが、日本にいたら絶対に読まないだろうと言うような本まで随分読んだようです。

毎日英語浸けの生活の中で、日本語が恋しくて堪らなく、のどの渇きを癒すように日本語の本を読みあさったようです。
5月に次女の卒業式でインドを訪れた時に、大きなトランク一つが日本の本でぎっしり詰まっていました。
それらは、今回娘たちから、おなじ学校に入学した長男に受け継がれます。
ジェルミも若いときに日本に来て、動物王国で独学で日本語の勉強をしましたが、時々父親が送ってくれる英語の雑誌を、それこそむさぼるように隅々まで読んだそうです。

今の希望は、長男も娘たちと同じように、日本語に飢えてあの本に手を出してくれる事です。

貼り主: chiyoko 日時: 09:22 | Comments (0)

2005年06月04日

南中学校保護者とよっちゃばりの交流

5月24日、インドから富士見にたどり着いた日(と言うよりも、この行事に参加したくって、必死で帰ってきました)南中学校の保護者と「味の会」の交流会がありました。
南中学校では、毎年保護者の参加を募り、学校給食に食材を提供している工場見学を行っています。
昨年、学校の給食に食材を納品していた「よっちゃばり」の事を知り、今年の担当、学年部役員の友達から「何かいい案ない?」と声を掛けてもらいました。
それこそ、よっちゃばりで今年やりたかった活動のひとつです。
早速、よっちゃばりの会の時に皆さんに相談をして、味噌作りをしている「味の会」の皆さんと大豆を蒔く作業を兼ねて交流会を設けていただく事になりました。

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作業が予定よりも早く終わり、開始時間より一時間ほど送れて私が着いたときには、すでに豆蒔きが終わっていました。

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広告をこうして置くとカラスよけに効果があるそうです。
参加した保護者には「この作業が一番難しかった」そうです。


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皆さん、ご苦労様でした。
八ヶ岳をバックに記念撮影。

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大豆蒔きの後に、新田の農協支所の大豆の加工所を見学させていただきました。
『味の会』では、大豆を蒸して加工して桶に詰めるところまで農協に委託しているそうです。


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『味の会』のお味噌を使った味噌汁と『かあちゃんの味』のお弁当でお昼を頂きながら交流会。
写真を撮るのを忘れましたが、500円でとっても充実したお弁当でした。それにお味噌のおいしさが引きたったお味噌汁。
「このお味噌、おいしい!!」「どこで売っているんですか?」と、保護者の皆さん。
ほんと、おいしいお味噌です。
ちなみに道の駅『蔦木宿』、富士見の農協『あぐりモール』で扱っているそうです。
保護者からは
「こう言う活動は、来年以降もぜひ引き継いで欲しい。平日の昼間では参加の難しい人も多いので、土日にするように申し送りをしておこう」
「うちではおばあさんたちが畑をやっているけど、私たちは食べるだけ。参加して大変なのがよく分かった」
「子供たちにもこう言った作業をぜひ体験させたい」「学校の授業の中でも取り組んでもらえないだろうか」(★ぜひ、体験した保護者の皆さんから学校に要望してください! m(_ _)m  ) 
「一時間作業をやっただけで、足ががくがくしてます」
などなど感想が出されました。

「味の会」の皆さんからは
「こうして若いお母さんと一緒に作業が出来て楽しかった」
「昔は自分の家で食べる分の味噌くらいどこでも作っていた」
「味の会の会員もみんな年を取ってきていつまで出来るか心配。自分たちの出来る間はがんばりたい」
などのお話がありました。

「よっちゃばり」の会でも皆さんが
「『私たちが農業が大変』と言って後継者を育ててこなかった。だから少しでも子供たちに『食』そして『農業の大切さ』を伝えて行きたい」と言うことを熱く語られます。
「熱く語る」と言うよりは、悲壮感さえ感じます。
そんな中で「子供たちに伝えることも大切だけど、まず保護者の皆さんにも分かってもらわなくっちゃ」と言う反省があり、今年の目標の一つになっていました。
こうして早速実現できて感激です。
南中では今後、また機会があれは「学校の行事」としては無理でも、有志だけでも参加したい、との事でした。

まずは一歩を踏み出すことが出来ました。
「伝えていくこと」本当に大切だと思います。
この日、参加してくださった家庭で「自分たちの食べているのも」に関心を持って、食事の時に地域でどんな活動があるのか、話題にでもしていただければうれしいです。

貼り主: chiyoko 日時: 17:32 | Comments (0)

2005年05月10日

児童クラブ

3月の議会に、希望児童数が増えた為、富士見小学校の児童クラブ室の増設に500万円の予算が上がってきました。
この件については議会の中でもいろいろな意見が出されました。
「本当に使える部屋はないのか?」
「空き教室を使えないと言うのは納得いかない」
「今,500万の予算で増設して、また何年かして増設なんてことにはならないのか?それだったら、もっと金を掛けてでも、もっときちんとした物を作るべきではないか?」
「富士見小学校だけで、他の地区の児童クラブはどう考えるのか」  などなど・・・

現在の富士見小の1年生が85人。その後の入学児童の予想として、H18年 62人 H19年 67人。  H20年 71人。  H21年 59人・・・・
今後の見通しとして「今年がピーク、来年からは減少が予想されこれ以上増えないと考えられる」とのことでした。
社会文教委員会では富士見小学校に視察に行き、説明を受けました。確かに「児童クラブは学校教育とはまったく別のもの」なので場所にも制約が多く難しいです。
その時の説明では今年度の受け入れは47人と言っていましたが、その後また増え50人になったそうです。
この議案に賛成した私としては不安になる数字です。

「児童クラブ」は、小学校1~3年生が帰宅後、家庭に保護者のいない児童を対象に実施され、現在富士見町では、富士見小学校、一校だけ行われています。
境、落合、本郷小学校の保護者の皆さんには「富士見小学校までの送り迎えの可能な方について受け入れます」と言う希望調査がくるそうです。
でも、その時間に送り迎え出来る人間がいるのなら、だれも児童クラブには入れませんよね。
役場に言わせれば「少しでも希望者を拾うための努力」ではありますが、受けた側からすると「神経を逆なでしている」と取られてしまいます。
富士見小学校の児童クラブについては、平成13年の11月の議会に請願書が提出され手います。
その時、請願書に添付されていたお母さんたちの声を読ませていただきましたが、本当に切実と児童クラブの必要性が訴えられています。

 
 
H15年の9月に私が「児童クラブ」について一般質問をした時には富士見小に23人の利用者がいました。
当時、境小学校の保護者より「本当に困っている」と相談を受けました。
そのお母さんには「陳情書」提出していただき、教育委員会と話をしました。
「場所はどこだったら可能なのか?空き教室はないのか?」
「方法は、どんな方法だったら可能なのか?」
 児童クラブ開設には、最低児童数が10名以上が補助対象になります。
境、本郷、落合小は、規模も小さい学校が離れた場所に点在しています。一校で補助対象の10名の利用希望を募ることは難しいでしょう。かと言って富士見町のような小さな自治体で町単独で作るほどの財政力はない。
そうなると、今ある施設、富士見小学校に子供を連れて行く方が、実現可能な方法かもしれません。
でも、その方法も問題が多い。児童クラブの対象の1年生から3年生まで終了時間が違ったら、そのたびに送っていくのか?その方法やお金はどこが出すのか?
 
その時の対象は境小学校で、万が一実施するなら図書室が一番可能な場所でした。
「児童クラブ」は義務教育の時間ではないので、(現在の富士見小でもそうなのですが)学校から「さようなら」と出て、「こんにちは」と家の変わりに帰る場所です。
1~3年生は高学年よりも早く授業が終了するため、児童クラブが始まる時間にはまだ高学年が学校教育の時間の中で図書館を利用しています。
「学校教育」の時間と「児童クラブ」が一緒ではまずい、との事でした。
 H15年のその時の要望者が2人で、町からは結局「自分たちの力でまずやってみることが大切」と言う返事しかもらえませんでした。
 せめて現実どのくらいの人が要望しているのかアンケート調査をしてほしい。と頼みましたが「町として実施予定のない事業に対してアンケートを取って、町民に期待を持たせることは出来ない」と言われました。
「だったら、私個人でアンケートを取ればいいのか」と言うと「それは構わない」と言う返事でした。
 さて、実際に私個人でアンケートを取ろうとすると、教育委員会が協力してくれないのでは学校を通じての配布や回収は出来ない。
どうやってやったらいいのか?
役場じゃないけど、その結果について個人で責任が取れるのか?
などなど考えていると、個人的にアンケートを取る自信がなくなってしまいました。
ぐずぐずしているうちに、本当に残念な事ですが、強く要望していた方は「富士見では子育てをしながら働けない」と茅野市に引っ越されてしまいました。

 

おそらく、今も「児童クラブが欲しい」と思っていらっしゃる富士見小以外の保護者の方はいるはずです。
でも、2年前のことを思うと、情けないのですが慎重になってしまいます。
次世代育成行動計画を作成のために,昨年 町の取ったアンケートには多くの要望が寄せられています。
「児童クラブが欲しい」
「雨や雪の降ってる時にも遊べる場所が欲しい」
「富士見には児童館がない」などなど・・・
でも、そんな要望がどこの誰から何人の人が必要としているのかは、やはり町までは届きません。
せめて地区によって要望に違いがあるのではないかと「集落ごとに結果は出ないか」と担当に聞いてみましたが、分かりませんでした。

役場はまず「町民の税金を使うことで広く理解が得られることか」と考えます。特に現在のように財政の厳しい中ではなお更です。
そうなると、一人、二人のために税金を使うことは難しい事になります。
確かに、たった一人や二人の為でも必要な時はあると思うのですが・・・
・・・今更言っても仕方のないことですが、私の本当に素朴な疑問です。児童クラブの担当が福祉課でもこう言った考え方になるのでしょうか?
「児童クラブ」を教育ではなく福祉と捉えたら、おなじ役場の中でも結果が違ってこないでしょうか?
教室を使うことを考えれば「教育委員会」の管轄になるのかもしれませんが、「子育て支援」の立場で考えれば「福祉課」になりますよね。
まあ、そんなことを言っていてもなんの解決にもなりませんね。・・・

正直に言って、私も小学校の低学年のうちは、お母さんが家に居てくれることが望ましいと思っています。
私自身が両親共稼ぎの家庭でかぎっ子で育ちました。小学年の低学年までは住み込みのお手伝いさんがいてくれたのですが、誰もいない家の鍵を空けて入るのが嫌でたまりませんでした。
それは甘ったれで怖がりな私の性格が大きく影響していることで、同じような環境に育ってもまったく平気な子供もいるとは思います。
でも、それでもやはり、子供が帰ってきた時には母親が居て欲しいと思います。
我が家のように子供が4人いても、子供がまとわりつき、抱きしめて育てられるのは、長い人生の中でもそう長くはありません。
「おかあさん!子育ての時間を思いっきり楽しんでください」とお願いしたいです。

これも行政的なものの見方になってしますのですが「児童クラブ」がなかったら働きに行かないのに、出来たために子供を預けて働きにでる人もいるかもしれません。
そう考えると、母親が就労しやすい環境にすることがいいことなのかと、悩んでしまう一面もあります。
でも、「それでもいいのかな?」と考え始めました。
働きたいのにそれを我慢していては、心に余裕のある育児は出来ません。
子供にとっては「この人は自分の事を真剣に考えて愛してくれている」と思える人間がそばに居るなら、それは母親でなくってもいいんじゃないか・・・
おばあさんやおじいさんだったり、学校の先生、近所のおばさんでも・・・
行政だけで出来ることは限られている。そういう体制を地域で作って行く事が必要だと痛感しています。
「出来ることなら子供を抱いて育てたい」と望んでいる方がほとんどだと思います。でも、いくら望んでも出来ない事情の家庭のもあります。
その現実はしっかりと受け止めないといけないと思っています。

内閣府では、今後の少子化対策の参考にするため、フランスとドイツの育児支援制度や家庭生活状況を調査しています。
「フランスでは、家族手当、保育サービス、出産後の就労など多岐にわたって、働く夫婦を支援する制度が充実しており、欧州の中でも高い出生率につながっているという。他方、出生率が低いドイツでは、手厚い家族手当はあるものの、保育サービスが不足しており、母親がフルタイムで復職しづらい背景となっていた。」とあります。
「フランスの出生率(03年)は1.89で、約20年前の85年の1.83からほぼ横ばいで推移。家族手当は、子供が20歳になるまで支給され、子供2人で月約1万5000円、3人で約3万5000円と、数が増えるにつれ、手厚い支給額になる。さらに所得に応じ、出産手当、新学期手当などさまざまな手当が設けられている。・・・・育児と仕事を両立しやすい環境が整っているという。
 ドイツの出生率は1.34(同)。約20年前の1.4からじりじりと下がっている。ドイツでは、家族手当の支給額はフランスより多いのに保育サービスが不足しているために母親はフルタイムで復職しにくく、仕事と子育ての二者択一を迫られる傾向が強いという。」

結局、内閣府経済社会総合研究所の言うように、「現金給付だけでなく、保育サービス、母親の就労支援などの対策を一貫して行うことが重要」だと言うことです。


時代と共に生活の形態、価値観や幸福感も変化しています。また、女性の社会参加を望んでいる社会情勢が背景にあります。
幼い子供が一人で家で留守番しなければいけない状態にあるのなら、何とかしなければいけない。見解はいろいろあるでしょう。
でも、その事を「親の責任」だとか、「行政に甘えている」とかとは別の問題として考えないと、少しも先に進めません。

もし、このHPを読んでくださる方の中に、現在困っている方がいらっしゃるなら、まず「困っているんだ。何とかしてくれ!」と声に出してください。
それを友達同士で愚痴っていても町には届きません。
何が出来るとはお約束できませんが、一緒に考えて行きませんか?

今、境にある老人福祉施設の清泉荘を多目的に使えないかと模索しています。
子供たちも使えて、最終的にはみんなのコミニュティの場になればいいと思っています。
清泉荘は運営主体が町、管理運営を社会福祉協議会に委託しています。そして窓口業務はシルバー人材。
利用するにあったては、入館料や申請書の提出などいろいろと使い勝手の悪い面があります。
町長には「まず使え」と言われているので、使いながら解決して行きたいと思っています。

いろいろ考えると今ほど生き難い時代はありません。でも、だからと言って逃げるわけにも行きません。
今だからこそ、本当に大切なものを見極め、自分たちに出来ることを真剣に考えられるんじゃないかと思っています。

貼り主: chiyoko 日時: 10:47 | Comments (0)

2005年03月24日

諏訪養護学校の卒業式

3月議会も終わり、議会便りの原稿も何と書き終え、ようやくHPに書き込む余裕ができました。
その間の出来事など、思いつくまま載せて行きたいと思います。

3月18日に諏訪養護学校の卒業式がありました。
『卒業式』と、言うと「僕は育ったイギリスでは、そんな儀式をやったことがない」と夫は言います。
なるほど、こんな所にも文化の違いが現れるのか、と変に納得してしまいます。
あくまでも「個人」を尊重するイギリスと、形式を重んじる見本の違いでしょうか・・・

この日卒業生の皆さん、いつもは見たこともないような緊張した面持ち。
歩く時の手の指の先にまでその緊張が現れていて、ほほえましく伝わってきました。卒業式にも随分出席しましたが、あんな神経の研ぎ澄まされた指先を見たのは初めてです。
卒業証書を手にして来賓席の前で礼をする時のその表情が、私には誇り高い戦士のように見えました。

今年は長男の中学校の卒業式に議会の委員会審査の日が重なり、出席できませんでした。
長男は、姉たちと同じようにインドへの留学を望み、これで我が家から旅たつ事になります。
その節目に立ち会えなかったことは、母親として大変残念だったのですが、その気持ちも養護学校の卒業式に参列されて頂き整理がつきました。

特に、高等部の皆さんはこれから社会と言う大海原に泳ぎ出すわけです。その期待や不安、保護者の方々の心中が自分の気持ちと重なりました。
「この子は本当に一人でやっていけるのだろうか?」
「どんな苦労がこの子を待ち受けているのだろうか」
「私の育て方は間違ってはいなかっただろうか・・・」
さまざまな想いが頭をめぐりました。
本当に日本的なのかも知れませんが、この儀式のお陰で私も親としての節目を一つ越えることができたような気がします。


養護学校では、以前 障害者の皆さんと一緒にお菓子作りでお邪魔したり、学童保育に関わらせていた関係で学校評議委員も参加させていただいています。
2月22日に、評議員会がありました。
一年間の活動報告、学校評価結果の報告、来年度の取り組みについて伺いました。
7人の評議委員のうち、この日参加した評議委員4人の一致した感想は「この評価に振り回されないで欲しい」と、言う事でした。
他の学校がどのような評価をしているのかは知らないのですが、養護学校の評価は本当に細部に渡っています。

・環境とコミュニケーションに重点を当てた諏訪養の方向
・先生たちの支援は意欲的な活動につながっているか
・先生の支援は意欲的な学習を引き出していたか    などなど7項目についてABCDと保護者の評価がアンケートで表されています

また、職員の自己評価として
教育課程、学習指導、地域との連携、研究 と、4項目について細かい成果、課題が示されています。
例えば、教育課程の中の「個々の子どもの実態に応じた指導では
成果として「新しい事の挑戦も取り入れ」「保護者との課題確認で願い生き」とありますが
課題として「絶対に勉強不足」「一人一人のカリキュラム構成には職員数絶対不足」などとあります。

相対的に保護者からの評価は高く、職員の自己評価は辛いものでした。
評議委員の中からは「先生がこんなに自信がないようでは困る」との意見もありました。
でも、私が外から学校の様子を拝見していて感じるのは、一生懸命に子どもに向かい合っている先生方の熱意が伝わるから保護者の評価が高く、熱心な先生方が悩みながら常に自問自答しながらやっている為に自己評価が辛くなるのではないかと思います。

諏訪養は地域と連携にも力を入れているのですが、その中で私の気になった事。
先生の評価のまとめの中に「・・・『外への発信』は年々充実してきている。しかし、施設の活用は広がっても人との関わりが広がったとはいい難い部分もある。地域と空気のような関わりや存在になってきたとの見方もあるが、関わりが薄くなってきているので、原点を見直せと言う意見もある。・・・・」と、あった事。
つまり、行事化されている事は増えているけど、本当の関わりがそこでなされているのか?と言う事だそうです。
私、個人の意見としては、まずは知り合うこと、そこから関心が生まれ関わりが交流につながって行くと思っています。そのチャンスを一人でも多くの人たちに与えて欲しいと強く願っています。
でも、先生の中には「もっと深く交流を持つ事」に意味があると言う意見が多いようです。
評議委員の中でも「たくさんの子どもの中で、たった10人でも本当の交流を持てる子がいればいい」と言う話も出ました。
なるほど・・・そう言う事も確かに言えるのかも知れません。

昨年の暮れに養護学校に大豆作りから味噌、豆腐作りで参加なさっている「味の会」と、職員の皆さんとの懇親会に参加させていただきました。
私のテーブルには新卒で養護学校に赴任された先生とベテランの先生がいらっしゃっいました。
話題が子どもたちのことになると話に熱(情熱と言った方が適切かもしれません)が込められ、姿勢まで前に乗り出してきます。
こんな時は、本当に時のたつのがあっと言う間です。

学童にいた時に感心したのですが、子どもたちが帰った後に先生方が各学部で毎日のように話し合っていらっしゃいました。
ご苦労も多いとは思うのですが、養護学校はその性格上、教師の数は他の学校とは比べ物になりません。
学年、障害でその対応はまったく異なりますが、その数だけを見てみると、16年度では、生徒が123人に対し、先生は65名いらっしゃいます。
小規模な普通の学校では、先生の数も限られ、先生同士がたくさんの議論を重ねたり切磋琢磨する点では弱い部分があるように思います。
その点、養護学校の先生たちは本当に恵まれている環境にあると思います。
普通学校には魅力的な先生もたくさんいらっしゃいますが、私が個人的に存じ上げている先生も、先生としても一人の人間としても本当に素敵な方ばかりです。

「教師が育つ」と言う意味においても、養護学校は重要な意味を持っているような気がします。

貼り主: chiyoko 日時: 10:43 | Comments (0)

2005年03月03日

茅野市のフリースクール・キッズ

茅野市のフリースクール・キッズを見学させていただきました。
教育委員のお二人と富士見町から茅野市の活動を勉強に行きました。

『キッズ』は茅野市宮川にある茅野市センターの3階の一室で毎週月、水、金曜日、週3回開かれています。
対応は6才~18才まで。広域での利用も可能。実際に富士見町からもキッズに通っているお子さんがいらっしゃいます。
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中間教室とは言わないで「適応指導教室」と言うのが正式なんだそうです。

10年ほど前に不登校児を持つ一人のお母さん(茅野の「親の会」代表の宮川さん)が「何とかしなくっちゃいけない!」と、講演会を企画してその時の参加者の有志で親の会を立ち上げました。
その後、教育委員会から生の声を聞きたい、と言うことで、教育委員、市長が参加して不登校児の保護者から実情を聞く会が持たれたそうです。

また、それとは別に1999年、茅野地区センターで小学生の二人の子どもとお母さんで学校のにおいのしない所で子どもの居場所作りを始めました。(現在の「キッズ」代表の小池さん)
その事を知った当時の永明中の校長先生は、永明中の中間教室の子どもと教師を送り込んだりもしたそうです。

その二つの活動が一つとなって、現在の「キッズ」に至っています。
のびのびと未来の自分を取り戻す事ができるように安心と自由の場を保障しています。

基本的にはAM10:00~PM4:00まで。
行くまではちょっと教室っぽい所を想像していたのですが、もっと開放的なサロンと言う感じの所でした。
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「キッズ」の合言葉は「親もスタッフ」
親が当番で一人は必ず出席します。
その他、「キッズ」の代表の小池さんか「親の会」代表の宮川さんがどちらか参加されるそうです。
子どもたちの来る時間も自由で、私たちが行ったAM10:30頃には2人の出席でしたが、話を聞いているうちに気がつくともう3人増えていました。
この日は、風邪やインフルエンザで参加者が少なかったのですが、いつもは大体10人ほどの利用があるそうです。

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キッズは、NPOではあるのですが、法人にはなっていないので、これから勉強をしてもう少し考えたいとの事でした。
現在は社会福祉団体としてボランティア団体に登録をし、社協からは年5万円の補助を受けています。
ボランティア団体として保険に入っています。
冬には富士見町のパノラマにそりすべりによく出掛けて来て下さったそうです。
そんな時に連れて行く担当のお母さんにせめてガソリン代くらいは払おう、と言うことから、現在は利用する子どもから受益者負担として一回に400円を集めています。

「キッズ」に来ている子は小学生から高校生までさまざま。
中学3年生くらいになると、みんな進学の事も考え勉強がしたくなるそうです。でも、テレビを見たり遊んだりしている同じ部屋で勉強する事はちょっと無理。
そこで、6市町村のサポートプランとして学習支援が始まりました。
こちらははっきり目的が『勉強」
毎週水曜日はキッズの隣の部屋でありますが、日曜日と土曜日は,日赤跡地にできた『いきいき元気館』で開かれているそうです。

また、以前お知らせした不登校支援の子どもサポートプランの「諏訪地域ネットワーク フォーラム」などで、参加される保護者の為に「子どものスペース」が設けられるのですが、そんな時に活躍しているのがこの会を卒業して行った先輩たち。
外での行事など、いろいろな場面で先輩のサポートもあるようです。

文化センターの利用料は無料ですが、一団体、一週間に一度しか使えないなど、利用に制限があり、もう少し自由に使えるといい、と仰っていました。

キッズのモットーは「自分で決めて自分でやる」何事も強制はしない。
例えば、この日は一人お母さんが手伝って昼食の準備をしたのですが、それもやりたくなかったらやる必要はない。
それでも、みんなで見学に行った私たちの分も作ってくれました。

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この日のメニューです。実費代200円でこの豪華さ!毎回行きたぁ~い!!


その他、茅野市には地区センターに適応指導教室があります。
ここは中学3年生が中心で補習授業が中心のようです。毎日、先生が3人体制で6人ほどのお子さんが利用しているそうです。学校の登校日数として認められます。

もう、一つ。茅野市宮川小学校の一室では県のフレンドリースクールがあるそうです。
どこを選ぶかは、親の意識によって随分と左右されるようです。

この日、茅野市「親の会」の宮川さんと「キッズ」代表の小池さんのお話を伺う事ができました。
いろいろお話を伺った後、いつも気になっていた事を質問してみました。
「もし、今現在は学校に行きたくなくっても頑張って行っている子が、フリースクールが出来る事によって、そちらの方に気持ちが流れてしまわないだろうか。」と、言う事。
それに対して
「学校に行かない選択は子どもたちにとっても大変な事。楽だからフリースクールに来るわけじゃない。
『キッズ』を作った時もその点では批判されたそうです。「でも、実際に始めてみてみんながフリースクールに流れてきたか、と言うとそんな事はまったくない。」との事でした。

学校に行けなくなる過程はそれぞれみんな違い、一人一人に合わせた対応を考えていかなければ行けない。
その背景に家庭の問題があるのか、学校なのか、精神的な問題なのか。原因が目に見えないので見極めることがとっても難しいと仰っていました。

大切にしているのは、子どもが動き出したくなった時を捉えてうまくサポートする事。
仲間と一緒に元気になる事。
心配しなくても、子どもは必要性が出てくると自分で勉強するようになる。とは経験からおっしゃっていました。

茅野市の例がそのまま富士見町に最良の方法か、と言うとそうではないでしょう。
これから、富士見町にとって何が必要でどんな形のものがいいのか、本当に必要としている人たちが中心となって、話し合いながら考えていけるといいと思います。
そんな場所に子どもたちの意見も取り入れながら、実現できるといいです。

貼り主: chiyoko 日時: 10:41 | Comments (0)

2005年02月08日

災害・支援

「スマトラ沖地震に伴う津波被害で学校でチームを作り、災害地の復興作業の手伝いに行った」と、インドへ留学中の次女から連絡がありました。
保護者の中には病気の感染を恐れて子どもを行かせない人もいたらしいのですが、この話を聞いた時にKISに行かせて本当によかったと思いました。

次女の話です。
「私たちは、これから人助けに行くヒーロー見たいな浮かれた気持ちが多少あったと思う。でも、被災地について現実を見た時、テントの中に張られている身元を捜す写真を見た時に、そんなのすっとんで海岸へ行ってみんな黙ってしまった」

現場の悲惨な状況にを受け入れるのに、子どもたちはしばらく時間が必要だったようです。
私たちもスマトラ沖地震や中越地震の、直視できないような状況を毎日のように目にしています。
例えば津波にあった母親が二人の子どもを抱いていられず、どちらを救う為に一方の手を離す選択しなければいけなかった話。
自分のこととして置き換えると胸が潰れそうです。一人の我が子を救う事が出来た事は幸いな事かもしれませんが、自分の選択でもう一人の命を失ってしまった事は生涯忘れる事の出来ない傷です。
そんな悲惨な現実を報道で知る私たちと、実際に現地で知った彼らとでは雲泥の差があるでしょうね。
もっと心の深い部分で感じ取ったんだろうな、と思います。

学校からの報告の中には「現地に着いた直後は、安い賃金で雇われている地元の住民に『自分たちの仕事を奪うのか?』と抗議された」事もあったようです。
でも、よく話をして分かってもらえたとの事。学校から自分たちの生活に必要なものすべて、食料や水、コックに至るまで準備して現地に向かったそうです。

この活動に参加できた子どもたちは、本当にいい経験をしたと思います。人の痛みや自然の驚異を目のあたりにして何を考えたのでしょう・・・
ショックも大きかったでしょうが、それを乗り越えた時に考える「人の命」や「本当の幸せ」はそれまでとは違うのもになるのではないかと思います。
実際に自分たちの活動が、地元の人たちの役に立つ形となって残せた事は、それからの人生において自信や誇りとなってこれからの彼らの栄養となるでしょう。

そんな娘の話を聞いていると、「ああ、また追い越されたな」と感じます。
人として、さまざまな経験をして豊かな人になって欲しいと願うばかりです。

「支援」については、インドでも考えさせられました。
当然、今回の津波のように緊急性が重視される事も必要です。
と、同時に。長い目で将来を見据えた復興支援、「地元の人たちがそこで自律した生活を営む事の出来る」ものも考えて行かなければいけない難しさを知りました。

たとえば、長女が関わっていたプロジェクトの話。
乾燥した土地の緑化のためにはげ山に木を植えるプロジェクトが計画される。
でも、そう言った援助は大体3年とか5年と言った期限があります。
資金がこなくなり、指導する人間もいなくなってしまうと、人々は今日の生活のためにその木を切って薪にしてしまうのだそうです。
それまでの何年もの積み上げは、一体何のためだったのか?と言うことになってしまうのだそうです。
でも、こんな問題は世界中のそこかしこで行われている「援助」に共通して言えることなんだそうです。

自分の足で立てるように支援して行く。
子どもを育てる事と同じですね。そこの所が子どもに関してもうまくいっていないようです。


貼り主: chiyoko 日時: 10:58 | Comments (0)

2005年02月05日

子育て支援者指導者研修会・パート2

2日目の分科会。
分科会1 子どもNPOって?
分科会2 子どもの育つコミニュティー
分科会3 自己肯定ワークッショップ
分科会4 映画上映「トントンギコギコ図工の時間」とフリートーク

私は、「自己肯定する」事について、最近ずっと考えていたので第3分科会に参加しました。

自己肯定ワークショップの先生を務めてくださったのは手塚千砂子さん。 
NPO法人「自己尊重プラクティス協会」代表理事で心のレッスンルーム「心のジム・テズカ」主宰、セルフ・エスティーム(自己肯定感)を育てるためのトレーナーをなさっています。

「命の声を聞く」自己尊重トレーニング
まず、フィーリング・トレーニング
「体の力を抜いて感覚を研ぎ澄ませ、臓器に意識を集中させるの。」
と、家にかえってから夫と息子たちに話したら、笑って真剣に聞いてくれませんでした。  「(゚ペ)
これって、実際にやってみないとわからないと思いますが・・・

目を閉じて横になり、体の力を抜きます。・・・やってみて「えっ!? こんな事が?」と、思ったのですが結構難しかったです。意識して力を抜く、と言う事って日常的にないことですよね。
「はい、次に腰だけゆらゆらと動かしてください」「えっ!? 腰だけ・・・・?」つい、つい、頭の中で考えてしまいます。
『深いところから湧き上がってくる感覚的なトレーニング』
手塚さんのおっしゃる事が、何度かやっているうちに分かってきます。
脚・・・手・・・一箇所ずつぶらぶらさせて自分の体の一つ一つに意識を集中させていきます。
それから、おなか、心臓へと、臓器へと意識を集中させます。
その段階になると、たとえば心臓に意識を集中させると、心臓がドキンドキンと血液を全身に送り出す様子を感じるようになっています。
こうして、自分の体に「いつもありがとう」といたわりの声をかけていきます。
言葉や頭で考えるのではないく、感覚や感性で命の大切さを肯定していくトレーニングです。

次はラブライフ・トレーニング
自由に自分の「よい所」をノートに書き出します。
実は、以前もある講演会で「自分のいいところを10個くらい書いて見ましょう」と言うのがありました。
でも、10個もなかなか頭に浮かびません。むしろ「10個も書ける人なんかいるのかな?」と言うのが正直な所でした。
私に限らず、日本人って『謙虚さ』を美徳と考えるような所があるので、自分をアピールすることってなかなか難しいですよね。
(「そんな事が出来るんだったら、議員だってもっと楽に出来る」と思ってしまいます。)
でも、不思議なもので自分の体を労わった後だからでしょうか、結構書けるんです。
自分に素直になれるって言うのか、ささいなことでも認められるようになった、と言う感じです。

その後、参加者全員で丸くなって自分のいい所を一つずつ発表していきます。
本当に些細な事なのです。
「いろんな事に対して、そんなに大変って思わないで動ける私ってすごい!」とか
「完璧じゃなくって手抜きの上手な私ってすごい」「仕事を楽しんで出来る私ってすごい」
と、言ったのもです。
でも、人の発表に、「あなたってすごいよ!」と、本当に心から拍手が送れます。

ささいな事が本当は当たり前の事じゃなくて、すごい事なんだよ。と、自分を認めることで、内から自己肯定感情を高めるんだそうです。
そうする事で、周囲にいる人に対しても肯定的になり、人のよさが見えてくるようになると言うものです。

自分を認めた後で、今度は丸くなった右隣の人のいい所を順番に探していきます。
知り合いのいる人もいますが、当然私のように初対面の人ばかりです。
この時の褒める方のルール
自分と比較しない事。・・・「うらやましい」と言う言葉は使わない。
相手に求めない。・・・「これからも、がんばってください」などと言うような事は言わない。
褒められる側のルールとして、
「いいえ、そんな事はありません」と否定しない。
難しそうですが、ここに至る経過を踏んでいるので、皆さん上手によさを探していきます。
そして、人の発表を聞いて拍手をしている人たちがみんなものすごくいい笑顔をしています。
心から「すごいよ!」って思えるのです。
その時、考えていました。「この部屋にいる私たちってすごい集団じゃないかな?」
「ここにいる人たちが今の感情を抱いたまま外にいる人たちに接していったら、みんなが幸せになれるかもしれない」
私には、部屋中が幸福感とか愛で満ちているように感じられたのです。

今、冷静になって考えてみると、あれが俗に言うマインドコントロールですね。
人の心って結構簡単に操れるものなんだ、と身をもって体験しました。(私が単純すぎるって事でしょうか・・・?)
だから、ナチスや北朝鮮、オウムだってある。
でも、ああして人の心を幸福感で満たす事も可能だって言う事です。

以前、小学校の先生に「帰りの会に『反省』ではなく人のいいとこ探しをしたらどうでしょうか?」と、提案した事があります。
先生は、早速取り入れて実行してくださいました。確かに参観日に言った時にも「・・・ちゃんが給食の時に誘ってくれてうれしかった」などと発表がありました。
でも、なんか違うな、と感じたものでした。
それって、人を認める前の段階「自分を肯定する」事が抜けていたからなんじゃないかと気づきました。

「自己肯定ワークッショップ」子どもたちにも是非体験させてあげたい、とは参加した皆さんのご意見でした。
その気持ちを持続させる事って難しいかもしれませんが・・・

手塚千砂子さんのお話の中から。
もし、子育てで辛そうなお母さんがいたら「ほめ」を日記つけるように薦めてみて下さい。
意識を持って肯定的な言葉を使っているうちに、自分や子どもに対する見方が変わってきます。

今の教育は減点方式ですが、いい所に○をつけて行くといいです。
常に自分自身を受け止めていれば、ミスをしたらば直せばいい、批判されてもそれは人の見方で本当の私はこうだ、と客観的に判断が出来ます。

自分を責めていても、明るいものは何も生まれて来ません。
欠点を直そうとすると辛い、欠点と戦うとしない事。
いい事に目を向けて伸ばそうとしましょう。

貼り主: chiyoko 日時: 06:37 | Comments (2)

2005年02月04日

子育て支援者指導者講習会

1月29日、30日NPO「子育て支援者指導者研修会in信州」が諏訪市総合福祉センターで開かれました。
これは、厚生労働省、財団法人子ども未来財団が主催で「すわ子ども文化ステーション」が共催で開かれたものです。
子どもが育つ環境や子育て支援のあり方について講演、パネルディスカッション、分科会が2日間に渡って開かれました。

一日目の「子どもの育つコミニュティー」と題した天野秀昭さんの講演が印象深かったので紹介します。
天野さんは、1958年生まれ。世田谷ボランティア協会職員、日本遊び場づくり協会運営委員
学生時代に自閉症児と出会い、「遊び」の世界の深さ実感、それ以来、子どもに直接かかわりつづけ、日本で初のプレーリーダーとして、『冒険遊び場づくり』に20年以上携わっていらっしゃいます。

天野英昭さんのお話は、『遊び場』が本来どう言ったものであったのか、どうあるべきものなのかを考えさせてくれました。

『冒険遊び場』はデンマークから欧州全体に広がって行ったのもだそうです。
「子どもはおとなが作ったおしきせの遊び場よりも、むしろ遊んではならないと注意する廃材や資材置き場のような所の方が生き生きと遊ぶ」とデンマークの造園家が気づきました。
そして1943年誕生した「エンドラップ廃材遊び場」では子どもたちが自由に廃材で基地を建ててあそんだのだそうです。

日本での始まりは1975年、今から30年も前から取り組みが始まっているんですね。
世田谷区の住民「遊ぼう会」によって、夏休みの間だけ二年間開かれたのが始まりだそうです。

それから、本当にいろいろな経過をたどって現在の「プレパーク」に至っています。現在のプレパークは
・世田谷区が場所と資金の確保
・住民が運営(行政が事業としてしっかりと位置づけをし、社会福祉法人である世田谷区ボランティア協会へ委託している)
・「プレリーダー」と呼ばれる大人を配置

モットーは『自分の責任で自由に遊ぶ』
一切の禁止事項を解除した子どもの遊び場です。

遊びは本当に多様。たき火、料理、ダム作り、穴掘り、基地作り、べいごま、プール、鋳造、泥・・・・などなど

これからは、天野さんのお話から・・・

「子育て」に関しては、すべての人が当事者である。どう関わるかが問題で、その立場で関わり方がある。

プレイパークとはどんな所か?
そこにあるすべて住民や子どもたちが作ったもの。それを作っては壊し、壊しては又、作っている。完成する事がない。
危険は常に見えるようにしてある。すると、自ら子どもたちが注意するようになうる。
滑り台の下に穴を掘って水をためてそこに飛び込む。一日の初めにはきれいな水でも、すぐに濁って汚くなる。検査でギョウチュウの出る子もいるけど、子どもはそうやって強くなる。
スチール缶にアルミの破片を入れ七輪で溶かし、地面にベーゴマを押し付け,型を取って流し込む。
廃材を先生の名前を叫びながら斧で割る子どもたちもいる。(天野さん曰く『こうしているうちはこの先生の命は安全です』)
大きなイベントとして「子ども商店街」がある。子どもが主体の商店で、現金取引がされる。子ども、自ら商店街に出向きどのような工夫がされているのかを学んだりしている。
商店街で取引される金額利益の一部の使い方もそのつど、話し合って決めている。

子どもが主役の遊び場は大人と子どもが自然に出会うコミニュティの中心となる。
不登校の子どもを持つ親が、不登校の子どもに自分の子どもの相談をしたりしている。

最近の大人は子どもに対する見方が変わってきている。
子どもとは・・・
 『あぶない』
 『きたない』    
 『うるさい』   これは全部 大人の子どもを見る目。

子どもが危ないのは当たり前。子どもは、やったことないことだらけ。
歩く事を獲得するために子どもは何度も自分の限界に挑戦する。

 プレパークにあるハウスの屋根の上から3mほど下に引いてあるマットに飛び降りる遊びがある。
その3mをすぐに飛べる子どももいるし、何度も躊躇してやっと飛べる子どももいる。中には2時間半も屋根の上を行ったり来たりしていた子どももいる。
その時に子どもたちは自分の心の中で恐怖と葛藤して、自分の限界に挑戦する。そして、それを成し遂げた時に自信につながり、自分を誇れるようになる。
躊躇しながらもついに飛べた子ども、そして悩んだ挙句に飛べなかった子どもにとっても、それは一生忘れられない時間である。

 大人にこんなプログラムは作れない。
『やりたいと思う心』を『遊び』と言う。辛抱もするし、考え、智恵も生み出す。
『遊び』とは動機であり、やりたいか、やりたくないかは子どもが決めること。
「やりたいと思った事をやれる場所を提供する」のがプレイパーク


『いのち』の大切さを教えるのに、大人は花を育てようとする。でも、子どもは花を見たらちぎりたい。ちぎって花飾りにしたり、おままごとの食卓に乗せたりする。
命を奪う体験だって必要じゃないか?飼うつもりで採ってきたザリガニやセミを殺してしまって後悔して命の大切さに、はっとする。
花を摘む事を許さなくなった社会、子どもがやりたい事をどれだけ保障しているだろうか?

『教育』とは大人が決めた価値でどんな人間を必要としているかを決めるもの。
迷惑は子どものうちに十分かけるべき。
同じ事をしても怒る人と笑う人がいる。それは、人間関係の場数を踏まないと分からない。
判断するんじゃなく、人の限界を察知できることが大切。

自分の限界を知らずに育った子どもはどうなるのか?
自分自身を知らずに育った子どもは、親の手を離れた時に自分に「実体」がないと気づく。

AKU(A・・・あぶない。 K・・・きたない。 U・・・くさい)を共有する事が大切。
『やりたい』は育とうとする気持ち。
大人の子どもを見る目線に尽きる。
         以上、天野さんの講演からでした。

....................................................................................................................................................................................................

天野さんの著書の「おとなは子どもの育ての親」と言う本に記されていた事です。
話の中にあった「屋根から飛び降りる遊び」に関する話の続きです。

父親が屋根の上の我が子に向かって
「一体何やってるんだ! 早く飛び降りなさい!」
「あんな小さな子が飛んでいるのに、なんで飛べないんだ。」
「そんな所から飛べないようじゃ、お父さんの子じゃない」  その怒鳴り声に行き過ぎと感じ、天野さんが止めに入ろうとした瞬間その子は飛んだ。
「まるで一本の棒を落とすがごとくで、その子はそのまま地面にうずくまってしまった。『なんて情けないやつなんだ』腕をつかみ引き起こそうとする父と子の間に僕は割って入った」
その子は足の骨を折ってしまったそうです。

「自ら『やりたい』と思ってやる事なら、失敗も反省と次に生かす学習を生む。
けれど、威嚇と圧力に屈した結果の失敗は、恐らく屈辱や遺恨しか生み出さない」

ちょっとどきっとさせられる話です。
何か、これに似たように、我が子に強いらなかっただろうか・・・?
そうじゃない、と思っていても自分の理想に子どもを当てはめようとしている事って多いのかもしれません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・そして、講演後のパネルディスカッションでも、胸に落ちる言葉がたくさんありました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「命が薄い」と感じる子どもがいる。笑ったりしゃべったりしていても、それが命の表層でおこっている。
そのままの自分を認められていない、自分を問題だと感じてしまっている。

大人は早く子どもを「人がた」に固定したがる。
子どもの持っている生きる力、幼い頃の生きる力は自分の命に影響すると思われる人の顔色を読むこと。関心をかって受け入れてもらう事。
子どもはアメーバーのようなものなのに、それをひたすら隠し続ける。
大人からどう関心をかうか、と育った子どもたちが友達関係の中で『自分をどう見られるか?』を気にするのは当然。つまり、善悪の基準が合っていない。

反対に『快』で動くことは、生き生きとさせる。情動が安定する。人が生きる根拠となる。
実体の価値観を見つけ、根を張る事が出来る。すると人間関係を作る事を恐れない。

「地域」に教育力はつかない方がいい。多様な価値観が渾然一体となっているのが地域。
いろんな価値観の人がいて、子どものいろいろな面を認められる人がいる。それが『地域力』
地域に教育を求めるとそこら中が学校になって、息が抜けなくなる。


★一緒に聴講したお母さんたちとも話していたのですが、胸に落ちる話をたくさんしていただきました。
もっと早く聞きたかったなぁ~ (´- `)

貼り主: chiyoko 日時: 10:17 | Comments (0)

2004年12月07日

富士見小「第2回校区教育懇談会」

12月1日  PM6:30~富士見小学校で学校区の教育懇談会が開催されました。
この日のテーマは
「笑いが生まれる学校 子供の声のはじける町」で、教育長のお話の後に懇談の時間が設けられました。
私も、保護者や地域の皆さんからどんな声が上がるのか知りたくて、参加させていただきました。

いろいろなお話の中で、私が特に共感した教育長のお話を紹介します。

「なぜ学ぶのか?」との問いに、子供に納得のいく答えのできる人はいないだろう。
本来は、「知らないことを知る」「できない事ができるようになる」のは楽しい事のはず。
でも、勉強と言うと「やらされる」「強制」「競争」などなど・・・マイナスのイメージしかない。
授業の形態が「講義」に近く、子供が拒否反応を起こしてしまう。

先日の図書館フォーラムで本の好きな理由にあったように
「面白い」「楽しい」「心を込めて読んでもらえる」「気持ちが落ち着く」「知らない本を読んでもらえる」「想像するのが楽しい」
と言った事が、勉強の好きな理由になるべき。

人間である限り完全な人間はいない。

カナダの発想。 
完璧な親なんかいない」子供を愛し、無理にがんばらない。親としてベストを尽くしましょう。
不十分さを認め合い、みんなで子供を育てましょう。
親が親であるその前に、人間として生き生きと生きているかが重要。
そのためにカナダ政府は、夫婦で楽しむ時間を大切にするよう、奨励しているそうです。

いままで2ヶ月で感じた事。
お互いに責任を責め合っても解決にはならない。
学校、地域、親 みんなで不十分さを認め合い、みんなで子供を育てよう。

日本の親ほど自信を失っている国はない。
日本の子供ほど自信と誇りを失いつつある国はない。自己肯定感情も日本の子供は群を抜いて低い。
その理由として
減点主義、過度の教育体制、常に評価にさらされている事などがあるんじゃないか。

気持ちのない「やさしさ」「きびしさ」は子供には伝わらない。
本気で自分に向かってくれる親や教師を求めている。

教育はその子が少し背伸びをして達成できることを設定するのが大切。
子供が努力して達成感を味わい、学ぶ喜びを感じる。

自分の幼少年期は自然の中で、その後は勉強に打ち込む毎日だったが、その両方が人間の人格形成には大切なこと。

大学を卒業したと同時に「先生」と呼ばれる教師ほど、自分のことを振り返る事が苦手。
絶えず反省しながら、実践を捉えなおす謙虚さが必要。
先生にも個性がある。だからこそ、学校全体で悩みを共有して相談相手となる事が大切。

                       
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「教師が前に立って教える」と言う教室の風景は日本人の私には当たり前の事なのです。
でも、イギリス人の夫は「その形式が昔、通用したとしても、今やとっくに時代遅れだね。日本の教育を良くするのにまずしなければならないのは教壇を教室から無くすことだ」といつも言っています。
確かに北欧では、何十年も前に「講義型」教育を「そそのかし型」に切り替えているようです。
勉強は教えられるものではなく、自ら学びたいと思うもの。教師はその手助けをする役目。
教師の役割は、学びたくなるような教材やテーマを提供する事。
そんな事ってできるのかな?と思ってしまうのですが、確かにインドに行って我が娘たちは初めて「勉強をした」と言っています。

今の日本の教育問題を、富士見町から変えていきますか・・・教育長?


貼り主: chiyoko 日時: 11:14 | Comments (0)

2004年12月03日

開かれた教育委員会・臨時教育委員会

12月1日 臨時教育委員会が開かれました。
先日の説明に引きつづき、予算の審議がされました。

本来、教育委員会の役割の中に「予算の審議をする」と言うのは含まれておらず、
教育委員会が方針を立て、教育行政担当で執行する、と言う役割分担だそうです。
でも、教育長のおっしゃる通り、
予算は教育行政の根幹に関わる重要なことで予算の優先順位を決めることが私たちの大切な役目だ、とおっしゃるのには強く共感します。

まず、先日の担当課からの説明を受け教育委員の皆さんから質問、要望が出されました。

その後、教育長から今後取り組むべぎ重点事項としていくつか出されました。
学校生活に不適応を示す生徒に対する対応など8点ほどが出されましたが、このことについては12月の議会でも質問しているので、その時にまたご報告いたします。

この日、私が心の中で大拍手をして「教育長、ありがとう!よく言ってくださいました」と、思っていた事があります。

教育長が「どのくらい児童クラブに要望があるのか調査してください」と言った時、会が一時沈黙をしてしまいました。

私も以前、同じ事を前教育長に お願いしたことがあります。
でも、答えはNOでした。
「ある程度の予定がある事業に対してアンケートを取る事はできるが、何の予定もない事に対してアンケートを取ると、住民が期待してしまうのでそれはできない。」
と言う事でした。

でも、現在の状況を把握しないでどうやって事業を進めるのでしょうか?
住民がどんな要望をどのくらい持っているのかを知るために、アンケーートは大変有効な手段だと思います。
「アンケートを取ったのにあの事はどうなったの?」と言う話が出るのは、その後の結果説明や、アンケートを取る時の説明が足りなかった為ではないでしょうか?
「町民が期待してしまうといけないからアンケートを取れない」なんて一般町民の感覚では理解できません。
結局、その時は私個人がアンケートを取るならいい、と言われました。
教育委員会に協力して頂けなければ、学校を通じて配る事はできません。
実際にどんな文章でどんな方法で配り回収するのか、を考えているうちに 情けない話なのですが、実施する自信がなくなってしまいました。

小林教育長は、まさにその事をおっしゃってくださり「アンケートを取る時にその目的、趣旨、どのように活用するのかを明確にすれば問題はない」との見解を述べてくださいました。

傍聴しながら、思わず拍手をしたいくらいうれしかったです。
またまた、「風」を感じた時間でした。

この日、何人かの知り合いが傍聴に来ていたので聞いてみましたが「来てよかった」と言うのが一様の感想でした。
「見える町政に一歩近づいた感じ。」
「教育委員会って何してるかぜんぜんわかんなかった。ああいうふうに進むんだ。教育委員さんも結構大変なんだね」

教育委員会は、これからもずっと開かれているそうです。

貼り主: chiyoko 日時: 16:38 | Comments (0)

2004年11月27日

開かれた教育委員会

11月26日、AM9:00~PM12:00まで町民センターで公開教育委員会が開催されました。
たまたま、前日の夜の有線のお知らせを聞いたので傍聴に出かけました。
お知らせが急だった事もあり、残念ながら傍聴者は3人でした。

私が行ったのは10:40くらいだったのですが、AM9:00~11:00までは各担当課からの予算案の説明だったそうです。
説明が終わり、トイレ休憩を挟んで審議になるという時に教育長から提案がなされました。
予算要求案は教育行政の根幹をなす所であり、大変重要なこと。
本来なら10月の原案の作成の段階から、教育委員会は参画すべき。
このまま、今日出されたのもについて今日決めろというのは無理。
教育委員会としてきちんとした議論をする暇が無い。そこで12月最初に臨時教育委員会の開催を提案したい。

理事者もこの意見については「ごもっとも」と、多少の時間の猶予を認めてくれたそうです。
本当に、おっしゃる通りだと思いました。

私たち議員も、予算案を各委員会で各担当部署の説明を受けて審議するわけですが、その日のうちに可決するので、私としては本当に十分な審議ができているのだろうかと言うのはいつも不安です。
その為に、議員は役場に出向き、普段から調査、勉強をすべきだという事なのですが、それでもすべての事務事業一つ一つについて分かっているわけではありません。
私たち議員が受ける説明も、大きな金額のもの、前年度と変ったものがほとんどなので、毎年継続されている事業に付いてはなかなか見えてきません。
ですから、9月の一般質問でもしましたように、行政評価システム、それもサービスを受ける側の評価が需要なんではないかと思っています。
たくさんの目で、事業を見つめる必要があるのではないでしょうか。
実施した事業に対する評価,反省があり、次に生かしていく事が大切だと思います。

話が逸れてしまいました。
その他、検討事項として不審者の問題が出されました。
11月20日の長野日報で出されたように富士見町で事例が多発している事についてです。
25日の教頭会で各学校から対応などの報告、問題点や要望を受けたそうです。
どの学校でも挨拶は大切、との意見がありました。
・とにかく早い情報の共有。保護者への速報を実施している。
・街灯を増やして欲しい。
・各学校との連携。(境小は小淵沢小学校とも連携体制が取れています)が重要。
・防犯ブザーが壊れやすいので、もう少しきちんとしたものにして欲しい。
などなど対策、要望があったようです。
現在、地域住民との連携で、あたらしい町づくり係を中心とした「この町守りたい」との対応を具体的に進めているところとの事です。

どうやって、子供たちを守っていくのかは、どこでも言われることですが地域全体で目を光らせている事、そして子供たちに自分の身を守る事を繰り返して教えていく事が大切だと思います。

その他にも教育長は、幼児期から18歳までの期間を総合的に見れるように「子供課」を新設したいと言う構想もお持ちのようです。
現在は、幼児期は保健福祉課、小学校に上がると教育課に担当部署が変わります。
その人の暮らしを視点として捉えるなら、おっしゃる通りです。
私も、障害者の関わりで役場と話をした時に「なんで人の一生を総合的に見てくれないんだろう」と思った事を思い出しました。
常に関わっていないと忘れてしまうのですが、教育長の話を聞いて「そうだ、変えようと思えば変えられるんだ」と改めて気づかされました。

その他活動報告として、各教育委員が出席している会の報告もきちんとしよう。など、
傍聴させて頂き、「新しい風が吹き始めている」と素直に感じました。

これからは、教育委員会の開催を公民館報に載せたり、教育長のメッセージの欄を常設したいとの希望もお持ちだそうです。
教育委員会のホームページの開設や教育長へのメールなども話が進んでいるようです。
でも、これは結構難しい問題ですね。
メールをする、私たち保護者の意識も重要になってきます。
本来は問題があったときに、まずは担任の先生、そして校長先生と話ができる信頼関係を築いておくことが一番大切な事ですよね。

でも、こうしてどんどん教育委員会を開かれたものにして行こう言う方針には感謝感謝です。

12月1日 AM9:30~ 町民センター一階の研修室で臨時教育委員会が開かれます。
「開かれた教育委員会」をまず、自分の目でも確かめて見ませんか?

貼り主: chiyoko 日時: 22:54 | Comments (0)

2004年11月21日

境小学校・相撲大会

昨年の6年生の整備した土俵で相撲大会が開かれました。
今年は、地域の皆さんにも見学の呼びかけがありました。

行って見て、びっくり!!!
すごいぞ。境小!

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上り旗を寄付してくださった方がいたそうです。
本格的ですね。
林の中の一角が華やかに賑わいました。

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呼び出し・・・を待っているこの子の、きりりとした態度!
衣装にも凝って見てるものを楽しませてくれました。

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アナウンサーの実況中継がまたよかったです。

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「はっけよーい!!」

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それぞれに工夫して自分の分担の仕事をたっている6年生。
きっと、いろいろみんなで相談しながら今日の日を迎えたのでしょう・・・
いままでの準備の日々も見えてくるような相撲大会でした。


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一年生 VS 担任

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もう、かわいすぎて何も言う事がありません。


心から、ありがとう! 本当に楽しい時間でした。

貼り主: chiyoko 日時: 10:06 | Comments (0)

2004年11月20日

南中学校・交流給食

よっちゃばりの活動で、私は今年 南中学校の担当責任者をやっています。
でも、我が家ではほとんど提供できるものが無いので、栄養士の先生から注文を頂くと、あっちこっちの会の皆さんお願いして取りに行き、配達をしています。

南中学校で、給食に食材を提供している生産者を招待して頂き、交流給食会がありました。
給食の後で、生産者6人の話を全校集会で話す機会も頂きました。

この日のメニューです。
nancyu-kouryu-kyusyoku.jpg

この日は、地域食材の日で概ね100%県内産の食材だそうです

ワカサギの香り揚げ・・・ワカサギは諏訪湖産
大根の煮物    ・・・ 乙事の五味勢津子さんが育てた大根です。(ちょっと硬めだったので、急きょ調理員さんの意見で米のとぎ汁で一回下湯でしてから味付けをして下さったそうです。やわらかくてしっかり味がしみ込んでいました。)
季節の味噌汁   ・・・ 富士見、両国屋の豆腐、立沢の小池千澄さんの白菜、上蔦木の今井良美さんの長ネギ、味の会の味噌を使っています。
牛乳       ・・・八ヶ岳山麓の牛乳
練りゴマの天寄せ ・・・諏訪地域の寒天
ごはん      ・・・県内産のお米

子供たちと地区別に別れて各教室で給食を頂きました。
それぞれのクラスで、参加者に質問がありました。話の弾んだ学級もあれば、そうでなかったクラスもあったようです。
中には「ずっとおしゃべりをしてたら、お片づけの時間になっちゃって急いでたべたわ」と言う参加者もいました。

6時間目に体育館で全校集会。
そこで、参加者の6人が各々、どんな思いでどんな野菜を作っているのかなど、3~5分づつ話をしました。

以前、五味さんの提供してくれたナスを半分にして揚げナスに肉味噌をかけて食べたそうです。
栄養士の先生から、「生産者と自分たちの食べた野菜が結びつく様な話をしてもらえたらうれしい」と言われていました。
五味さんは、ナスの種類や育てる時に倒れないように棒を添える話や、味の会で作っているお惣菜の話。
添加物が使っていないので傷みやすい。惣菜を作って売るとお母さんたちが作らなくなってしまうんじゃないかと心配だけど安心なものを作りたい。豆や寒天はここで作らないといけない。
と話してくれました。

酪農家でもある北原さんはとうもろこしを保育園のお孫さんと育てて収穫した話でした。
とうもろこしの大好きなお孫さんが、自分の蒔いた種から芽が出た時に感激し、その後も様子を見に5回ほど畑を訪れた話でした。
自分の家の堆肥をたくさん入れて消毒は忙しすぎてできなかったとか。
最後にお孫さんと作ったとうもろこしを南中に出した事を歌にして歌ってくれました。

下蔦木の今井さんは「うちで農業をやっている人はどのくらいいるのか」を聞いてくれ、約三分の一くらいの子の手が上がりました。
「皆さんが大人になった時に、富士見の農業を減らさないで欲しい」と話してくれました。


信濃境の平出さん。この日、男性はお一人でした。
地域の人たちが食材を作っていると知って感激した。自分はモロッコインゲンが好きでいろいろ調べて作ったと言う話をしてくださいました。

私は今年、我が家で堆肥をたくさん入れたのにあまりうまく野菜が育たず、土作りが難しいと言う事や、
農薬は絶対駄目だと言う意見もあるし、使用基準を守ればいいと言う人もいるが、いろいろな意見を聞いて、自分たちの食べるものについてしっかり考えて欲しいと言う話をしました。
また、私たちの持っていく野菜を虫がいて安心な野菜だ」と言って調理してくださる調理員の先生にとても感謝している事、
会の皆さんがとても熱心に情熱を持って作ってくれている事を今日分かって欲しかった事も話しました。

皆さんが話をしてくれている時に子供たちを見ると、感心なさそうな顔や下を向いている子が多く、「この子達、聞いているのかな?」と、心配になりました。
でも当日、全校集会の後に栄養士の先生とよっちゃばりでアンケートを用意してあったのですがそれを読んで安心しました。

結構ちゃんと話を聞いていてくれたんですね。
アンケートの結果をまとめてみました。


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<こんな意見もありました>

・大豆などを育てるのに菌を使っているなんて始めて知った
・リンゴが日光に長い時間当たると色が薄くなる事を知った
・リンゴに一個一個袋をかけなければいけないことを知って、大変だなと思った
・ナスって木なんだ、と思った
・野菜の名前(モロッコ)を始めて聞いた
・何を作るにも全力でやらなければだめなんだなーと思いました
・小さい子供でも自分の食べるものを気にかけているのだから、私たち中学生はそれよりも,もう一歩踏み込んだ事を考えるべきだと思いました
・地元の野菜を食べられるなんて幸せ
・農業を楽しんでやるってすごいなーと思いました


★当日参加したおばさんたちと「農業が大変だって話を強調しすぎたかしらね?」と話していたのですが、私としては最後の意見「農業を楽しんでやってるってすごいなあーー」と言う意見が一番うれしかったです。

こう言う機会を設けてくれた学校にも大感謝です。

貼り主: chiyoko 日時: 10:06 | Comments (0)

2004年11月19日

学校給食の自給率調査

学校に食材を提供しているうちに「学校に地元の食材がどのくらい供給されているのか?」
が疑問になりました。
栄養士の先生と話をしてみても、注文の時に「なるべく地元の物を」と言ってもなかなか難しいようです。

そこで、会の活動に一つとして栄養士の先生がたにご協力いただき、学校給食の自給率調査をする事にしました。

学校給食の自給率調査に付いては、長崎大学環境科学部の中村修教授研究室が2001年に調査の手順、調査マニュアルを作成,全国的に呼びかけて調査をしています。
「出発点は現状を知ることから、そしてその状況を地域の関係者で共有する事が必要」と、しています。
その、調査結果はすでにHPでも公開されています。

今回、私たちはそのマニュアルを使わせて頂いて調査しました。
栄養士の先生方に「よっちゃばりが食材を提供した日」と、そうでない「ごく普通の日」の1日づつを選んでいただき、どんな食材をどのくらい使ったかを重量で出していただきました。
そして、出来る限りその食材の原産地を調べる事にしました。
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この、自給率調査、栄養士の先生方の中でも認識の違いがありました。
例えば地元のお店で作られている豆腐だから「地元の食材」にする先生と、その豆腐に使われている原材料の一番多い大豆が外国産だったら、「外国産」とする先生が居ました。
今回の調査では、なるべく原材料の原産地から調べる事とし、「地場産」とは、「富士見町内」に限定しました。

その結果、普通の日では地場産、富士見産のものはどこの学校も0パーセントでした。


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よっちゃばりの提供した日は自給率を、15%から24%に上げる事が出来ました。

中村先生のマミュアルでは調味料についても詳しく調べています。
調味料は全体の重量からみると少ないものです。
実は、調味料を調べる事が一番大変なので、こだわる必要はないんじゃないかと言う意見もありました。
でも、中村先生の調査結果、調査をした栄養士の先生方方のアンケートを読んでみると
「調査は大変だったが、調べてみて知らない事がたくさんあった」と言う意見が非常に多く、結果も大切なのですが、その過程も大切だと調味料についても出来るだけ協力していただく事にしました。
そして原材料の中で一番多く使われているものの原産地で統一しました。
cyousa2.jpg

この調査には、できるだけ子供達にも参加して欲しいと思い、授業の中に取り入れられないかと学校の先生にも相談してみました。
でも、子供たちは忙しく、時間が取れず実行する事が出来ませんでした。

南中学校の有志の女の子4人とお母さん方4人、よっちゃばりの2人が集まり、放課後の一時間ほど集まったデーターの整理をしました。
その日は整理だけで終わってしまったのですが、本当は実際に製造元に電話をして原材料の原産地を聞く所を子供たちにして欲しかったです。
実際に自分でやってみてたくさんの「へぇ~」がありました。


この調査については、いろいろと問題もあります。
「メニューによっても自給率が随分変るんじゃないか?」なども意見もありました。
よっちゃばりで提供している日としていない日との対比が欲しかったので、各栄養氏の先生方に一日ずつをお願いしたのですが、本来中村先生のマニュアルでは連続した5日間で調査します。
一日づつでは調査結果の正確さからすると適していないとも言えます。
でも、一つの見方としてはいいんじゃないかと思っています。
現状はこうなので、だったらこれからどうすればいいのか?と言う目安の一つにはなると思います。

さて、このデータを今後どのように生かして行けるのかが問題です。

貼り主: chiyoko 日時: 10:57 | Comments (0)

2004年11月12日

諏訪地域ネットワークフォーラム

このフォーラムは6市町村の教育委員会と子供サポート「チームすわ」の共同で開催されているのもです。
子供サポート「チームすわ」とは
諏訪6市町村で不登校の状態にある児童生徒、ひきこもり状態にある人を対象に支援活動をしているグループです。
事業の3つの柱として
①不登校への理解を広げるための事業
②支援体制の確立と推進
③研修会の開催     があります。

富士見でも、先生方と不登校関係者と「語る会」や、月一回 不登校 親の会が開催されています。

2003年から、長野県教育委員会と民間のフリースクールや不登校の親の会の関係者が共同で立案した「子どもサポートプラン」と言う、不登校支援のための事業があります。
この日のフォーラムもこの事業の活動の一つです。

今回のフォーラムは“一人一人を大切に”をメインテーマに小児科医、精神科医の石川憲彦氏の講演、その後分科会、分散会。最後にまとめの会が行われました。

この日は「縄文王国の収穫祭」と重なり、そちらの方もとっても魅力的だったのですが、午後からは「焼き栗」の係りを失礼して、こちらのフォーラムに参加しました。

石川先生のお話も「なるほど!」うなずく事がたくさんありました。

ある自閉症の中学生の時の話。
仲のよかったおばあさんのお葬式で、彼はパニックを起こし棺桶に体当たりしてしまい遺体が転がり出てしまいます。
すると彼はチュウをしながら「いいーっ!」て叫びながら飛び跳ねてしまった。
取り押さえられて鎮静剤を飲まされる事になるんですが、
どんな事があっても学校に通っていたのに、それから一週間はパジャマを着てずっと家にいたそうです。
でも、一週間過ぎると、何事も無かったようにいつも通りに学校に通いだしました。
ところが、おばあちゃんの一周忌になると、一年前のパジャマを着て
一週間また家にこもってしまったそうです。

彼は、そんな事を17~8年続けたそうです。
最後にはパジャマも小さくなってぼろぼろになっても、彼はそのパジャマを着て一週間、家にこもっていたそうです。

石川先生がおっしゃるのは
「大事な人を亡くしたって普通の人は3年もしたら忘れてしまう。そんな心が正しいのか、何年も思い続ける心が正しいのか、分からなくなってしまったんですよね。
・・・そのどっちを異常だとか正常だとか言うんじゃなくて、人間の持っている心をもう一回「人の心」として捉えないといけないじゃないか・・・」

確かにそうです。
先生がおっしゃっていたのですが「もし、この世の中に一人しかいなかったらその人は正常ですよね」
誰も比べる人がいなかったら、みんな正常って事ですね。
誰かと比べるから、劣っていたり、みんなと違う事が強調されてしまうんですよね。
そこにみんなが気がつけば、案外いろんな事が簡単に解決できるような気がします。


もう一つ、印象的だったのは
1970年代に下水道が完備されて東京の肥溜めがなくなった話。
その結果、水洗トイレが完備され、「腐ったもの」や「匂い」が問題になるようになった。
そして、潔癖性を持ち込んで、いろんな警戒心を植えつけた。自然を拒否し本来の人間性を否定してしまった。
今の子供たちは、自然の営みを感じにくくなってしまった。
かつて子供に対して「だめ」と言った根拠はどこにあったのだろうか?それは、自然の摂理で、やがては納得できるものだった。大切だと思う事がみんなで共有できた。

でも、工業が暮らしも、教育も変えてしまった。
今までは、過剰に、工業的に生きている場安心だった。その、今まで信じていたものが壊れた。
もう一度、欠乏と共に生きよう。自然な人間にもどるチャンスだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


石川先生の講演の後に、分科会と、分散会に分かれて懇談をしました。
私は、「不登校と生き方、進路を語り合う」についての分科会に出席しました。
その話し合いの中で、あるお母さんの話が心に残りました。

現在23才の息子さんが中学生の時に不登校になったそうです。
最初は悩まれたそうですが、乗り越えた時に自分の自縛も取れた、とおっしゃっていました。
そして、その経験は現在、痴呆のお母さんを介護なさるのに役立っているそうです。

「不登校の母は辛かったけれど、頑張らないで救われた。」
今は『よくぞ不登校になってくれた』と息子に感謝したい。
「信じて見つめてあげていれば大丈夫」と、現在悩んでいるお母さんに伝えたくて参加しました。「自分が変われるチャンス」ですよ。と話してくださいました。
今、悩んでいるお母さんに、ぜひ聞かせてあげたいお話でした。

私もいつも思うのですが、子供たちには辛い事や悲しい事を知らないで育つよりも、できるだけ経験して欲しいと思っています。
それを乗り越えた時に、必ずそれはその人にとってプラスとなるし、強くなる。人間として大きく成長するんだと信じています。

それを共有できた親にとっても(教師や、友達にっとても)大きな財産になるはずです。
あるお母さんにそう話したときに「そうじゃない。心の傷になって一生残ってしまうんだ」とおっしゃいました。
確かに傷として残ってしまう人もいるかもしれません。
でも、傷ついている時に、周りがどうサポートしてあげられるかが一番の問題だと思います。
いろんな人間のいる学校などで、問題が起こらないわけがないと思います。当然考え方の違いがあり、衝突やいじめだってあるでしょう。
その時に、「ああ、困った」「あそこのうちの子が悪いせいで、うちの子が・・・」と考えるのか、
親である私たちも「自分」を見つめ直せるかと言うことだと思うんです。

貼り主: chiyoko 日時: 10:05 | Comments (0)

2004年07月27日

人権教育の研修会

富士見町の人権教育推進委員会では毎年 年2回、町内の各学校で研修会を開催しています。
今年は落合小学校と南中学校が当番校。
7月9日、落合小学校で人権教育推進委員、各学校の関係者、保護者の参加で研修会が開催されました。
まず、各学級ごとに授業参観。
その後、
研究協議会として、落合小の人権教育の基本方針。授業参観しての意見、感想など。
松本教育事務所の教育支援主事の人権教育講演会 などが行われました。

授業参観は、高学年と低学年には時間が分かれているのですが、あちらのクラスもこちらのクラスも進み具合が気になって、参観が中途半端になってしまいました。

3年生のクラスに入った時、子供たちは教室の前で、先生を取り囲んで読み聞かせをしてもらっているところでした。
その、子供たちの本を聞く集中力、目の輝きにまず感心しました。
本を読んだ後に「さあ、もう少し書き加えてみて」の先生の言葉に子供たちが一斉にプリントに書き始めました。「友達ってなんだろう」と言うことを考えていたのだと思います。
本を読んだ後に「会った事がなくてもなくても友達」「年が離れていてもともだち」「いじめをしないで知らない人にも声をかけたい」と言うような意見が出ていました。
授業の流れがつかめなかったのですが、クラスのその日の課題に取り組む集中力に驚きました。

後の“授業参観しての感想や意見の時に
「授業の初めの頃は、自分の考えを書けなかった子供たちが、45分の中で考えを深め、読み聞かせが終わった後には、一生懸命にプリントに書き込むことが出来るすごい授業だった」
と感想を述べられた方がいらっしゃいました。
なるほど、いかに子供の心をつかむ授業が出来るか、その日の課題に集中して45分と言う短い時間の中で、高い目標まで到達する事が出来るんですね。
いい授業って、ちょっと見ただけでもクラスの雰囲気で分かるものなんだと初めて知りました。

もうひとつ、印象的だったのが、6年生が国語の授業で取り組んでいた「学級討論会を開こう」です。

「友達をニックネームで呼んでもいいか」をテーマに肯定派と否定派に分かれて各代表の一人が討論を深めます。
自分で調べ組み立ててきた根拠に基づき、いかに自分の言い分が相手の意見よりも勝っているかを主張します。
そのほかの生徒たちは、二人の意見を聞いて、どちらの意見の方が説得力が