6月27日 午前中に、諏訪養護学校の「学校開放」がありました。
「地域の皆様の参観日」と言う趣旨で第9回目を数えます。
この学校開放は、諏訪祭と並んで、地域に開かれた諏訪養の行事として、年々定着してきています。
引き続き午後から、学校評議員会が開かれました。
私は、諏訪養護学校の児童クラブの立ち上げに参加した経緯もあり、最初から参加させていただいています。
ずっと同じ人間では弊害もあるだろうと、教頭先生に相談したところ
「長く続ける人と、新しい人がいたほうがいい」と言っていただき、今年も引き続きお受けすることになりました。
朝一番から、パノラマの植栽ボランティアがあったので、10:30ごろから授業参観に行きました。
それぞれのクラスで、元気一杯な子供達の声が聞こえました。
外に出ると・・・

農業ボランティアの面々が草取りに駆けつけていました。
私も、気持ちだけ・・・一列草取りに参加。
一休みの時に、思わす質問が出ました。
「ボランティアの皆さんの草取りをしたところは、きれぇ~いになっています。 草取りのコツは何ですか?」
「50年間草取りをしたら、できるようになります」
グーの音もありません。

子供達がキャベツについた虫を丹念にとってます。

側の川からポンプで水をくみ上げて、上から滝のように流して池を作っていました。
分かるでしょうか?
池には発砲スチロールの島が2つ浮いていて、右の島では女の子が恍惚としています。
このくらい、ぞっこん水遊びをさせてもらえれば気持ちがいい。
羨ましい限りです。

どこのクラスも、保護者の参観していて一緒に楽しんでいました。

この、唐草模様の変なおじさんは先生で「おーい、マシュマロを焼いて食べよう!」
と、突然、上の山の上から現れました。

以前もご紹介した驚愕のヤギさんです。
丁度、乳絞りをしていました。
このみごとな乳房。
とても出産4年目(いや、もう5年目に入っているのかな・・・?)とは思えませんね。
見学の後に、校長室で昼食を頂き、評議員会が行われました。
各評議員さんから、授業参観の感想や、学校への意見などが出されました。
私が、いただいた資料で驚いたのは、養護学校の児童数が年々増えていること。
どこの学校の生徒数も人口数も、右肩下がりのグラフを見慣れていたので、新鮮な感じさえ受けました。
養護学校に対する理解が得られて来ているのか。
全国的な傾向だそうです。
諏訪養護学校では、手狭になって増築を考えたいのですが、敷地は広いのにいい場所がなくて困っているとのことでした。
最後に、すでに何回もお願いしているのですが、だめもとでまたお願いしてきました。
私の夢なのですが、諏訪養の陶芸班で富士見町の井戸尻遺跡から出土した土偶のレプリカは作れないものか・・・
丁度、茅野市の尖石や富士見町の井戸尻の「土偶」が大英博物館で展示されるとこともあり「どぐう」が注目を集めています。

6月30日の長野日報によると、10年前に制作された下諏訪町の「万治の石仏」の土鈴が販売を再開したそうです。
現実的に、養護学校では先生方の時間の都合で難しさもあるのかもしれませんが・・・
ちょうど、いいチャンスですよね・・・
こんな発想は、私だけなのか・・・
なかなかみんな乗ってくれない。
いつも考えるんです。
諏訪養護学校が富士見町にある意味。
町民にも親しんでもらえる学校であって欲しいし・・・
弱者にやさしい町であって欲しい・・・
学校給食に地域の野菜を提供しているグループ「よっちゃばり」に、諏訪養護学校から給食の試食会のお誘いがありました。

この日のメニューは鮭のちゃんちゃん焼き、ひじきうめサラダ、つくねスープ、キャロットゼリー、牛乳。
この、大盛りのご飯を見たときは、笑ってしまいました。^^
「こんなに、食べられない~」
と言うと、先生がサランラップを用意してくれました。
ところが! 参加者全員、完食してしまい、サランラップの出番がなくなってしまいました。 ^^;
キャロットゼリーまで、全て手作りです。
コロッケやしゅうまいもすべて素材から手作り調理しているとのこと。
常時、3人でほぼ200食を作っているそうです。

試食後、給食室の様子をビデオで拝見し、説明をうけました。
よっちゃばりのルバーブで、手作りジャムも給食にのぼります。うれしいです!
地域の寒天や凍り豆腐、わかさぎなどの献立を取り入れています。
養護学校と言う特性もあり、栄養士の先生のご苦労は、また特別です。
食物アレルギーやミキサー食、刻み食は栄養士の先生が対応しているそうです。
塩分や糖質を、極力落としながら、おいしい給食作りに勤められていました。
この日も、各学年の基準栄養量よりも塩分や糖質を押さえながら、しっかりと味の付いたおかずでした。
だから、みんなで完食しちゃったんですけどね・・・
ちゃんちゃんの味噌に、練りゴマやバターを入れてあり、こくのある味付けでした。
我が家でも、野菜に下味を付けて鮭の上に載せて焼いてみました。
面倒くさいので、鮭を片面焼いた状態で野菜を載せて蒸し焼きにしてみましたが、かなりおいしく出来ました。
ひじきのサラダも、梅肉が入っているので塩分を抑えてあってもおいしくいただけました。
野菜や果物は国産の旬のもの。
野菜は、地域食材のよっちゃばりから、そして学校内の園芸班の野菜も取り入れているとのことでした。
園芸班の畑の野菜も結構豊富にあると聞いています。
そうそう・・・諏訪養護学校は大豆作りからお味噌作りをしているんでしたっけ・・・
こちらも、地元のグループ「味の会」の皆さんとの交流が何年も続いています。
先日の諏訪養祭も、長年取り組んできた「地域に開かれた学校」が定着してきている事を感じます。
富士見町に諏訪養がある意味、いつもを考えます。
諏訪養祭はいつ行っても楽しい。
子供たちのがんばりと先生たちの明るさ、元気をたくさんもらえる!
ところで・・・今回の新発見!?
諏訪養護学校では、ヤギを飼っています。
仔をとって、乳を搾って飲んだりチーズを作っていると聞いていました。
今回の文化祭では、なんと!ヤギの乳搾り体験のコーナーもありました!

絞り方を教わって、子供たちもドキドキ初体験!
「出たぁ~!!」とか
「あったかぁ~い!?」とか・・・
実は、わたしく・・・一時北海道で乳絞りをしていた時期があります。 ^^
牛の乳ですが・・・搾りながらバケツを蹴飛ばされたり、動かれたりして大変でした・・・
しかも、乳絞りのある時期は、一日2回、絶対に休むことは出来ません。
養護学校のヤギさんは一日一回の乳搾りだそうですが、休みの日は先生たちが交代で絞りに来ているとのことでした。
でも、大変だからこそ、動物たちから得るものも大きいんですよね。
さてさて・・・
今回の新発見! 超びっくりした事です。
誰にでも、優しく乳搾り体験をさせてくれているこのヤギさん。
顔見知りの先生によると、搾乳4年目だそうです。
そう聞いて・・
私 「ふぅ~ん・・・それで、今絞っているのは何時の出産?」
先生「だから、4年目なの・・・」
私 「えぇ~!!!??? そんな話し、聞いたことがない!!」
ここでおさらいです。
当たり前のことですが、乳は、出産して仔を育てるためのものですよね。
北海道の大きな牧場で研修生をしている時に、結構見学者もありました。
その見学者の中に、時々牛はいつでも乳を出すものだと思い込んでいる人がいて、びっくりしました。
私たちが飲んでいる牛乳は、母牛が仔子のために出しているものを横取りしているわけです。
長年の品種改良で極端に多くの乳が出るようになってはいますが。
出産直後の母乳(初乳)は、免疫など含まれていてとっても大切。この初乳だけは仔牛のものです。
この初乳は、不思議で熱を加えてだけで分離して固まります。
牧場では、時々初乳を仔牛さんから頂き、初乳豆腐を作っていました。
これは、すっごく濃厚でおいしいっす!
その後、仔牛は母牛から引き離されて、バケツで仔牛用のミルクを飲んで育てられます。
なんか、申し訳ない話ですね。
って事、ご存知だとは思いますが、一応おさらいでした。
話しは、諏訪養のヤギさんに戻って・・・
ですから、1度の出産で、4年も乳を出しているなんてちょっと信じられない! @@
ヤギを飼っている人からも「そんな話し、聞いたことがない!?」と、言われるそうです。

で、そのヤギ乳で作ったアイスクリームの試食までありました。
ヤギの乳って、独特の臭みがあるのですが、このヤギさんの乳は、その臭いがしません。
それも驚きです。
先生によると「諏訪養のために乳を出してくれているのよ」
本当にそうかもしれませんね・・・
11月18日 おつきゆきえさんの「賢治の朗読の会」を企画しました。
以前「大人のための絵本の会」を聞いた方々が、今度はぜひ「賢治の朗読の会」が聞きたいと言うのでお呼びする事にしました。
場所は、諏訪養護学校と、鳥帽子にある古民家です。
古民家の方は分かり難くその上、道も工事中なのでご連絡いただければ、信濃境の駅までお迎えに行きます。

3月議会も終わり、議会便りの原稿も何と書き終え、ようやくHPに書き込む余裕ができました。
その間の出来事など、思いつくまま載せて行きたいと思います。
3月18日に諏訪養護学校の卒業式がありました。
『卒業式』と、言うと「僕は育ったイギリスでは、そんな儀式をやったことがない」と夫は言います。
なるほど、こんな所にも文化の違いが現れるのか、と変に納得してしまいます。
あくまでも「個人」を尊重するイギリスと、形式を重んじる見本の違いでしょうか・・・
この日卒業生の皆さん、いつもは見たこともないような緊張した面持ち。
歩く時の手の指の先にまでその緊張が現れていて、ほほえましく伝わってきました。卒業式にも随分出席しましたが、あんな神経の研ぎ澄まされた指先を見たのは初めてです。
卒業証書を手にして来賓席の前で礼をする時のその表情が、私には誇り高い戦士のように見えました。
今年は長男の中学校の卒業式に議会の委員会審査の日が重なり、出席できませんでした。
長男は、姉たちと同じようにインドへの留学を望み、これで我が家から旅たつ事になります。
その節目に立ち会えなかったことは、母親として大変残念だったのですが、その気持ちも養護学校の卒業式に参列されて頂き整理がつきました。
特に、高等部の皆さんはこれから社会と言う大海原に泳ぎ出すわけです。その期待や不安、保護者の方々の心中が自分の気持ちと重なりました。
「この子は本当に一人でやっていけるのだろうか?」
「どんな苦労がこの子を待ち受けているのだろうか」
「私の育て方は間違ってはいなかっただろうか・・・」
さまざまな想いが頭をめぐりました。
本当に日本的なのかも知れませんが、この儀式のお陰で私も親としての節目を一つ越えることができたような気がします。
養護学校では、以前 障害者の皆さんと一緒にお菓子作りでお邪魔したり、学童保育に関わらせていた関係で学校評議委員も参加させていただいています。
2月22日に、評議員会がありました。
一年間の活動報告、学校評価結果の報告、来年度の取り組みについて伺いました。
7人の評議委員のうち、この日参加した評議委員4人の一致した感想は「この評価に振り回されないで欲しい」と、言う事でした。
他の学校がどのような評価をしているのかは知らないのですが、養護学校の評価は本当に細部に渡っています。
・環境とコミュニケーションに重点を当てた諏訪養の方向
・先生たちの支援は意欲的な活動につながっているか
・先生の支援は意欲的な学習を引き出していたか などなど7項目についてABCDと保護者の評価がアンケートで表されています
また、職員の自己評価として
教育課程、学習指導、地域との連携、研究 と、4項目について細かい成果、課題が示されています。
例えば、教育課程の中の「個々の子どもの実態に応じた指導では
成果として「新しい事の挑戦も取り入れ」「保護者との課題確認で願い生き」とありますが
課題として「絶対に勉強不足」「一人一人のカリキュラム構成には職員数絶対不足」などとあります。
相対的に保護者からの評価は高く、職員の自己評価は辛いものでした。
評議委員の中からは「先生がこんなに自信がないようでは困る」との意見もありました。
でも、私が外から学校の様子を拝見していて感じるのは、一生懸命に子どもに向かい合っている先生方の熱意が伝わるから保護者の評価が高く、熱心な先生方が悩みながら常に自問自答しながらやっている為に自己評価が辛くなるのではないかと思います。
諏訪養は地域と連携にも力を入れているのですが、その中で私の気になった事。
先生の評価のまとめの中に「・・・『外への発信』は年々充実してきている。しかし、施設の活用は広がっても人との関わりが広がったとはいい難い部分もある。地域と空気のような関わりや存在になってきたとの見方もあるが、関わりが薄くなってきているので、原点を見直せと言う意見もある。・・・・」と、あった事。
つまり、行事化されている事は増えているけど、本当の関わりがそこでなされているのか?と言う事だそうです。
私、個人の意見としては、まずは知り合うこと、そこから関心が生まれ関わりが交流につながって行くと思っています。そのチャンスを一人でも多くの人たちに与えて欲しいと強く願っています。
でも、先生の中には「もっと深く交流を持つ事」に意味があると言う意見が多いようです。
評議委員の中でも「たくさんの子どもの中で、たった10人でも本当の交流を持てる子がいればいい」と言う話も出ました。
なるほど・・・そう言う事も確かに言えるのかも知れません。
昨年の暮れに養護学校に大豆作りから味噌、豆腐作りで参加なさっている「味の会」と、職員の皆さんとの懇親会に参加させていただきました。
私のテーブルには新卒で養護学校に赴任された先生とベテランの先生がいらっしゃっいました。
話題が子どもたちのことになると話に熱(情熱と言った方が適切かもしれません)が込められ、姿勢まで前に乗り出してきます。
こんな時は、本当に時のたつのがあっと言う間です。
学童にいた時に感心したのですが、子どもたちが帰った後に先生方が各学部で毎日のように話し合っていらっしゃいました。
ご苦労も多いとは思うのですが、養護学校はその性格上、教師の数は他の学校とは比べ物になりません。
学年、障害でその対応はまったく異なりますが、その数だけを見てみると、16年度では、生徒が123人に対し、先生は65名いらっしゃいます。
小規模な普通の学校では、先生の数も限られ、先生同士がたくさんの議論を重ねたり切磋琢磨する点では弱い部分があるように思います。
その点、養護学校の先生たちは本当に恵まれている環境にあると思います。
普通学校には魅力的な先生もたくさんいらっしゃいますが、私が個人的に存じ上げている先生も、先生としても一人の人間としても本当に素敵な方ばかりです。
「教師が育つ」と言う意味においても、養護学校は重要な意味を持っているような気がします。
4月から議員になるまで、養護学校の学童保育の指導員をしていました。
議員になると同時にそちらのほうは失職してしまったのですが、久しぶりに学童に行って、心の洗濯をしてきました。
「指導員」と言うとなんだか難しいのですが、ようは学校終了後、5時まで子供たちと思いっきり遊ぶのがお仕事です。当然,その前に子供たちの安全の確保が第一条件ではありますが・・・
以前,聴覚障害者を中心に障害を持った方とパンやケーキ、リサイクルのお店を立ち上げて一緒に運営したりもしてきました。
そんな付き合いの中で一番感じたのは「この人たちと一緒に育ってこれたらよかったのに・・・」と言う事です。
「自分自身の気持ちの中に決して差別意識なんかない」
「私たちがお手伝いするのではなく、障害者も健常者も関係なく共に歩んで行きたい」そう信じ、願って活動していました。
でも5年も6年も経って、「やっぱり違ったのかな?」と感じたことがありました。
わたしの気持ちの中にはいつも「出来ないところをホローしなくっちゃ」という気持ちがあったと思うのです。
勿論人間、足りないところを補いながら支えあって生きていくものですが、それがやはり「障害ゆえに」っだったと気がつきました。
もし私たちが、その障害を認識する事もない、幼い子供の時から一緒に育っていたらどうだったんだろう?
本当に怒ったり喜んだりする中で、「支えあって生きる」事を学べたのではないでしょうか。
私も変っていたし、障害を持った皆さんも違っていたはずです。
そんな事を考え始めてから 「障害を持った子供たちと関わりたい」と、強く願うようになりました。だから学童保育のお話を頂いた時は、正に“飛びついた”のです。
本当にいろんなお子さんがいらっしゃいます。でも、彼らにはごまかしや嘘 はなく、私も彼らと向き合っている時は何もかも忘れて、一生懸命に遊んでいます。
学童保育をやっていて一番初めに感じたのは「ああ、この子達を理解し愛してくれる場所が又一つ増えてよかったな」ということです。
指導員も20代から50代まで年齢も職業もさまざまです。
関わり方もそれぞれで、思いっきり体をつかって遊ぶ人もいれば、子供が望めばただただずっと抱きしめている人もいます。
指導員の仕事は子供たちが安全に楽しく過ごす事で、そこに「教育」だとか「躾」が強く関わってこないところがいいのかもしれません。
近所のおじさんやおばさんであったり、おばあちゃんであったり、あこがれのお姉ちゃんであったり、そんな関係がお互いにとっていいんじゃないでしょうか。
家を出る時は何かで悩んでいて本当に暗い気分で出かけても、学童から帰る時に車の中で自分が鼻歌なんか歌っているのに気づいてびっくりする時もあります。
私にとってはそれだけ無心になれるところだということなのでしょう。
そういう時間を持つ事が出来る事に感謝しています。
何についても言えることですが、知らずにすごしてしまって損をしてる事って多いんだろうな。