私が議員になりたての平成15年夏
我が家が後ろに抱えている、通称「まるもり公園」の木が倒れ、お隣さんの屋根に倒れかかりました。
(その時の記事)
結構大きくなったも木も多くなり、お隣さんが、倒れる前に切ってくれるように役場に頼んでくれました。
すっかりきれいになった斜面で・・・
びっくりするような鮮やかなオレンジ色を発見!

3月の末。
車をとめた時に視界に入る斜面に、一箇所だけ白い部分が目立ちます。
「あの、白い色は何だろう・・・???」
近くに行って見ると・・・・

他の雪はすっかり解けているのに、この木の根元だけこんなに氷が残っています。
ここだけが日陰という訳でもなく・・・
不思議・・・???


夕日の光を浴びてきれいに光っています。
このツララ、かなり長い間、残っていました・・・
あまり不思議だったので、写真を撮っておきました。
そして!?

ある日、ふと気が付くと、あまりに鮮やかなオレンジ色が目に入りました。
「一体、何ごと!?」 @@!!

先日と同じ切り株です。

触ってみると、「ぶよぶよっ」とする感じです。
それにしても、この色は一体何なのでしょうか?
何気なく眺めていたので、ここに何の木が生えていたのか分かりません。 ^^;
しばらく・・・「これは一体なんだろう・・・」
と、思いながら過ごす日々・・・
たまたま境小学校の行事でお会いした、「富士見町で植物といえばこの方!」という加賀見先生にお聞きしました。
すると、すぐに「それはミズキでしょう」というお返事。
さすが!!
そこで、家に帰ってから、ネットで調べてみました。
ありました!
「大和市 泉の森」のホームページ」によると
ミズキの木はとても樹液が多く、樹液の糖分が多いため、酵母菌が繁殖。
それがこの鮮やかなオレンジ色の正体だそうです。
一番最初に発見した時の、いつまでも溶けないツララの正体もこれだったようですね。
それにしても、すごい樹液の量です。
びっくりですね。 @@
オレンジ色が気になりだしたのが、4月8日頃だったと思います。

4月17日
本日の切り株の様子です。
すでに、オレンジ色は切り株の全体を覆いそうな勢いです。
なんだか、アメーバーのような生きもののようですね。


「醗酵してアルコール臭がする」という記述も見つけたので、長女と一緒に樹液のしずくを舐めてみました。
(一人じゃ、ちょっと怖い・・・ ^^;)
なんと表現したらよいのか・・・風味のある味・・・
どこかで味わったような気がする・・・
甘い感じがしました。
長女が言うには「ココナッツを飲んだ時の味に似ていない?」
「なるほど・・・そうか・・・!」

斜面には、何本もミズキの切り株があり・・・同じようにオレンジ色化しています。
富士見町に住んで18年目になりますが、まだまだこうして「驚き! @@」があります。
豊かな暮らしです!
御柱についてのなかなか分かりやすいページを見つけました。
ちのステーションホテルのHPで、この日を迎えるまでの経緯もよく分かります。
さて、3日は山出しの見せ場、木落としと川越しがあります。
この日も、西伊豆町の議員さんたちと一緒。
したがって、前日に引き続き、見栄から声を張り上げて音頭をとりました。
天気にも恵まれ、土曜日ともあって曳き子さんの参加も増えました。

とにかく、すごい人です!
これは、本宮2の柱だけで、見えているのは、ごく一部の人。
柱が全部で8本あるのですから・・・
「道路が壊れたりしないのかしら・・・?」なんて、ふっと頭をよぎりました。 ^^;
「一気に木落としまでいくぞぉ~」の掛け声に・・・
「えぇ~!! @@」
頑張るしかない!!!

向こぉ~うに見えるのが、木落とし坂の上

綱を曳いているときに、何気なく上を見上げると、「あら!?」懐かしい顔。
「ヤマネ」の写真で有名な西村豊さん!
LCVと提携して写真を撮っているとの事で、特等席で写真を撮っていました。
長女と一緒のところを、記念に写真に収めてくれました。 m(_ _)m

木落とし坂の上から眺めると、こんな景色!
結構、坂がきつい!!
しかも、昨日の雨で下りる直後がぬかるんでる!
坂の上まで曳いた時に、急に綱を引かれ、何人か将棋倒しに転んでしまいました。
「危ないから、女子供は階段を下りろ!」
また、ドジってはいけない・・・
素直な私は、綱を曳くのをあきらめて横の階段から下りました。

坂を下って上を見上げて待つことしばし・・・
坂の上に柱が見えて来ました。

これからは、最後まで柱の至近距離で写真を撮っていたジェルミの写真です。
柱の前がせり出して来ましたね。

みなさん、誇らしげに満面の笑みです!

気落としの最初はまっすぐに、きれいに落ちて来ました。

その後、柱が大きく傾いてしまいました。
落ちないように、柱にしがみついているみなさん。
木落としが終わると、今度は川越

総代を乗せたボート。

若いとはいえ、ご苦労様です!

私たち曳き子役は、対岸に渡って綱を曳くのを待っていました。
しかし!
あまりの人の多さで、人の山・やま・・・・で、何にも見えません!!
「見るのはあきらめて、綱を曳こう・・・」
西伊豆町の議員さんたちが一緒に曳いていたのですが、
このあたりから、あまりの混雑で皆さんとはぐれてしまいました。
どこかで見学しているだろう・・・と、私は曳き子に専念。


おそらくこの頃、曳き子役の私たちは、引っ張っても引っ張っても動かずに、
絶望的な気分になっていた時だと思います。
それが、最後に突然に動き出し、またまた何人もの人が将棋倒しで倒れてしまいました。
長女や同じ集落の子どもたちも巻き込まれてしまいました。
長女の足には、今でも“勲章”の青あざが見事に残っています。 ^^


柱の先頭が川を渡りきりました。

柱が御柱屋敷を言われる最終目的地に着いた時には、すでに暗くなり始めてました。
この後、西伊豆町の議員さんたちとも無事再会!
みなさん、2日間、目一杯参加されてお疲れだったと思います。
ご苦労様でした!
いろいろな方にご心配をおかけ致しましたが、事故の後遺症は大丈夫のようです。
まあ・・・それなりの年なので体のあっちこっちが痛くはありますが・・・ ^^;
お騒がせして、本当に申し訳ありませんでした。 m(_ _)m
3月は、臨時議会から定例議会。
それからすぐに議会広報の編集や「新たな公」事業終了の書類作成。
目が回りそうな中・・・・
今年の諏訪地方は、7年に一度の御柱祭!
4月2日 上社御柱祭 里引きがありました。
心配された通り、朝から雨。
しかも、時折激しく・・・
各公民館に朝の7時ごろには集合してバスで現地へ。
8時からの曳行に備えます。

雨が降りしきる中、山出しの曳行が始まりました。
とにかく・・・寒い!!

曳き子のみなさんも、合羽を着て雨をしのぎます。
寒がりの私は、長袖を3枚重ねて、その上にフリースを着て合羽。
(背中にはホッカイロも張ってあります ^^;)
夫が皮の手袋を用意しておいてくれたのですが、皮が雨を吸い込み、冷たい!

私たちは着こんでいますが、氏子の皆さんは合羽も着ずに、ずっとこの姿です。
「寒い!」なんて言っていたら、申し訳ない!

雨で靄っているのか、皆さんの体から立ち上る蒸気なのか・・・?

雨の中、たくさんの曳き子さんたちが集まりました。

夫のジェルミが移動して、いい写真をたくさん撮っていました。
私の写真とあわせて紹介。
私は、前方の引き綱を曳いたし、白く靄っていたので、後ろの様子はまったく分かりませんでした。
雨で滑りやすいので、柱のすべりもよかったようです。

こんな狭い道も・・・

めどでこを左右に揺らしながら、うまく通り抜けたそうです。

陣羽織を着た富士見町の五味議員さんを発見!
記念写真を撮らせてもらいました。
かっこいい!!

とにかく私はずっとこんな情景を見ていました。

道沿いのお宅ではこんな光景も。
小さなお子さんが二人・・お母様は3人目がおなかにいらっしゃるようでした。

ようやく・・・お昼の休憩。
延々と続く縄の道。
でも、この先に御柱がいるんです。

さて、気を引き締めて午後の曳行開始。
午後からは、西伊豆町から議員さんたちがいらっしゃって、一緒に綱を曳きました。
「せぇ~の!!」「よぉ~いしょっ!」
おかげさまで、見栄を張って、声がかれるほど元気に掛け声をかけました! ^^;

午後になると、雨も上がりました。
お天道様のありがたみを実感!
休憩時間になると・・・
疲れもたまって、腰を下ろして休む人が多くなりました。 ^^;

道沿いのお宅では、2階から見学。
庭木のあるお宅には「植木の松に注意!!」なんて看板も立っていました。
狭い道を通る時に、松の枝を折ってしまったり、屋根を壊してしまったり・・・
なんてこともあるそうです・・・ ^^;

上社の御柱には、御柱の前と後ろに2本づつ、角のような「めどでこ」が付いています。
この柱に乗るのは、すごく名誉な事で、大変な努力が必要です。
昔は、勢力の強い集落しか乗せてもらえなかったそうです。
でも、最近では柱によっても違うようですが、参加集落が順番に乗せてもらえるようになって来ています。
でもそのためには、3年くらい前からはじめる準備から参加して
こつこつとまじめに働く姿勢や、参加する情熱を示していかなければなりません。
でも、そういった地道な努力すれば、晴れの舞台でめどでこに乗れるので、若者たちが一生懸命に参加しています。
うれしいことですよね。
さてさて・・・
目的の長嶺の信号までは行き着けませんでしたが、
5時を過ぎて、この日の曳行はここまで。

皆さんが帰った後も、綱をまとめたり、柱にシートを被せたり・・・
ここでも黙々と働く若者の姿があります。
わが池袋の若者たちも大活躍です。
同じ区民として鼻が高いです!
名ばかりですが、「長野県有機農業研究会」に所属してます。 ^^;
(何にもしてなくって、片身が狭いのですが・・・)
2月6日 第30回大会がありました。
農ある暮らしを始めてみませんか? 百者百様「有機農業」
~ のぞいてみよう いろんな経営、いろんな豊かさ ~
第1部 講演会 塩見 直紀氏 「半農半X(エックス)」という生き方
第2部 パネルディスカッション&交流会
テーマ:百者百様「有機農業」
~さまざまな農の実践者に話を聞いてみよう!
塩見さんの話も面白かったですが、「百者百様・有機農業」は、すっごく感激しました!
「こんなに面白いパネルディスカッション、初めてです!」
会場は飯田市の市役所
原村の人たちと車を乗り合わせていくと、会場近くで見慣れた顔が!

「よっちゃばり」の会長じゃ、ございませんか!?
ご苦労様です。
2時間、こうして道案内に、交差点に立っていたそうです。
ただ、これじゃ、どっちが会場だか分かんないんですけどね。
ポケットに手を突っ込んでないで、「指差し」してくれてないと・・・ ^^;

会場は満員状態です。
関心の高さを物語っていますね。
200人を超す人が集まったそうです。

関連の書籍販売も・・・
私は、せっかくなので、友人お勧めの塩見さんの「半農半Xという生き方」を購入しました。

塩見さん
富士見町では、昨年の夏に新町長となり、ガンガンの企業人が就任しました。
小林町長の主張ははっきりしています。
「農業は富士見町の重要な基幹産業。その農業で食えるようにして若者にとっても魅力あるものにしなければならない」
私も農業で食べられない現状は絶対におかしいと思いますし、若者にとって魅力あるものになって欲しいです。
でも、どう考えても、現在の農業だけで生計を立てるのは困難です。
端的に分けると、ものすごく大規模経営をするか、こだわった農産品をそれを欲している消費者に届けるしかないと思います。
じゃあ、大規模経営を目指せばいい、というと、農業はそこに走った事で、本来もつべき「食」をつかさどる役割から大きく外れ、「商品化」されてしまった。
広範囲に画一的に育てることによって、安価な農薬や化学的な肥料に頼るようになりました。
おのずと、土を耕し、手間ひまかけて「育ててきた生命を頂く」、という行為が、
おなかを満たすために食べるだけになってしまった。
でも、本当はみんな「それは、間違っていた」と、気づき始めているはずです。
「食育」などという言葉が盛んに叫ばれるようになりました。
そのことは、4人の子供たちを、この富士見まちで育てた私にとっては、すごく身近で大切な問題でした。
新町長が「食える農業」と言う度に、私の中で「違う! そうじゃない!」と、心が叫んで(実際に吼えてもいるのですが・・・ ^^;)反発するんです。
しかし、実際に農業を営んでいる人たちに、農業を知らない私がそんなことを唱えても反感を買うだけです。
「こんな農業のあり方もあるんじゃないですか」と、示したいがために「ルバーブ生産組合」を立ち上げました。
実際にこの地域を見ても、農業だけで食べていける人はそんなに多くありません。
富士見町の歴史を見ても、農業と養蚕で生計を立てていたそうです。
精密が盛んになった諏訪圏内では、勤めながらの兼業農家が、この地域の農業を支えてきました。
ですから、私にとって今回の「半農半X(エックス)」は、今までの自分の考え方が間違ってなかった、と確認できたことが一番大きな成果でした。
実際に富士見町の中でも、地域によって、一枚一枚の田畑がすごく大きいところもあるし、私が住んでいる境地区では大きくて4反部くらいです。
大規模に行える農家もあってもいいけれど、小さい農地を生かす農業もあってもいいと思っていました。
それには、有機農業なんかぴったりですよね。

塩見さんの講演の途中で行われた「ミニワーク」「夢の棚卸し」
Q:人生で叶えたい夢は何ですか? 8つ書いてください」
*できれば1年に1度(年初め、年末年始や立春、誕生日等の節目に)自答してみてください。
と、ありました。
最初は「えぇ~! 8つも書くの~」と、思ったのですが、
周りの人たちも、みんな真剣に紙に向かっている。
「私も、書かなくっちゃ・・・」
書き始めてみると、いつごろ実現できるかは別として、結構、出てきます。
忘れかけていた「夢」も、時には「棚卸し」をしましょう。という、いい機会を頂きました。
塩見さんの講演の後に行ったワークショップ。
今までいろんなこういった「パネルディスカッション」というものを聞いてきましたが・・・
今回ほど、臨場感のあるパネラーさんは経験ありません! (当然・・・私がとても興味のあることだったからですよね・・・)

塩見さんを入れて、10名のパネラーさんが並びました。
それぞれ、就労年数も家族構成もまったく違います。

パネラーさんたちのアンケートです。
よくぞここまでアンケートに答えてくださいました。 m(_ _)m
農生活を始める以前の職業、農業規模、家族構成、農業外仕事・収入源、ズバリ現在の所得、農業所得、農業外所得などなど・・・
「聞いてみたいけど、ちょっとここまで聞いたら失礼よね」と、思われるような質問にみなさん答えていただいています。
パネラーの皆さんの言葉は一つ一つが私には輝いて聞こえました。
「苦労してます」と、言いながら、そこに悲壮感は感じられない。
自分の生き方に自信を持っている事が、一番のポイントだと感じました。
「農業」は、その人の生き方に寄り添うもの。
「農業」は、いろんな形や方法があっていいと、改めて納得させていただきました。
塩見さんは、「半農半X(エックス)」のXは天職だとおっしゃいました。
本の中でも「その『X』は、自分がわくわくするようなものでなければならない。誰からも命令されるものではなく、寝食を忘れおのずと取り組んでしまうものだ。」
と、書かれています。
また、パネラーの中には「農業をやるなら最初から専業を目指し、全力を尽くすべき」と言う方もいらっしゃいました。
でも、私は、(とっても生意気な言い方で申し訳けありませんが・・・)
その人の望む生き方さえ外れなければ、農業をしながら、食べるための職についてもいいと思います。
スタイルはさまざま。
ご主人が「農業」をやって、奥さんが、外貨(^^;)を稼ぎに行ってもいいし・・・
それをこのパネラーの皆さんは示してくださったと思います。
本当に「実」のある、いいお話が聞けました。
ありがとうございました。 m(_ _)m

アンケート結果の「農所得」「農外所得」「生活費」「満足度・妻、夫」をグラフにした図です。
「これでもか!?」と、いうくらい、いろ~んな形になってます。
いろ~んな暮らし方があるっていう事ですね。
みなさん、結構収入は控え目ですが、満足度は高い方が多いようです。
また、収入と満足度は関係ないようですね。
そこにまた、その人の「生き方」が見えるようです。
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会場の飯田市役所に張ってあった「結い(UI)ターン」のポスターです。

「『結いターン』とは、飯田市が実践している『人材誘導プロジェクト』の通称です。
専門窓口の結いターンキャリアデザイン質が、UターンやIターンを希望する皆様からの問い合わせ対応や飯田の案内、飯田に定住できるまでの計画策定のお手伝いを行います。」
富士見町でも、やって欲しいのはこういうことです!
要望がないならまだしも、あるのにこうした窓口がないために逃している人が多いのが悔しい!!
「結いターン」のネーミングも憎いです。
田植え等の作業を交換し合った「結い」の仕組み「結い田」
Uターン + Iターン = 結い(UI)ターン
その両方がかかっているんですね。

この看板もかっこいいです。
2月に入り、全国的に寒さが戻り、雪・雪・雪・・・
毎週火曜日は、池袋の境小学校の子供たちと林の中の通学路^を一緒に歩く日です。
朝早くから雪かき作業をしていた夫のジェルミも初めて参加。
大人でも、雪の林の道を歩くのはなんだかちょっと楽しい気分。
子供たちも久しぶりの雪で、なんだかウキウキ!
気持ちは分かりますが・・・
こんな調子じゃ、学校に着かないよぉ~ ^^;

集合場所ですでにこの状態。
木の枝に積もっている雪を落としては、頭からかぶって騒いでます。

それには飽き足らなくなって・・・塀に登って雪を落とし始めました。
さあさあ・・・そろそろみんなが揃ったから出発するよ。

先頭に立って、どんどん先に行ってしまう子。
のろのろ歩く子。
何度「さっさと歩け」
「何のために集団登校していると思っているんだ!!」と、大声を出したことか・・・
一番後ろから、牛歩の子供を追っている私が撮った写真。

さっさと先を歩く子供たちと一緒のジェルミが上から撮るとこんな写真。

「ねえ、ねえ・・・早く行こうよぉ~」
「みんなと差がついちゃったよぉ~」
いくら言っても、まったくお構いなしです・・・

「おぉ~いぃぃぃ~ もう少しだから早くぅ・・・ん?」
「あれ!? 後ろは何を持ってるの?」

そんなものを運んでいるんじゃ、そりゃぁ~ 遅くなるでしょう・・・
「どこまで、持って行くつもりですか?」

そして、こちらは先に歩いて行ったグループ。
思いっきり楽しんでますね。 ^^;

気持ちは分かります。
そりゃ~ 私も一緒に遊びたいのは、やまやまです・・・
しかし、君たちはこれからまだ学校まで歩かなきゃ。
学校で、思いっきり遊んでください!
あ、違った! 少しは身を入れて、お勉強してきてね ^^
1月24日 境小学校の田んぼのスケートリンクで氷上運動会がありました。
境小学校では、学校の近くに、学校が借りている田んぼがあります。
大体は5学年で田んぼ作りの学習があるようです。
その田んぼが、冬になるとスケートリンクに変身します。
これも地域の宝。
でも、田んぼのスケートリンクを利用して冬の運動会をやると言うのは、私の知る限り始めてのことです。
すごいですね。
今回、さらに感動したのは、保護者会長の音頭で、PTAの皆さんが主催で氷上運動会を開催したことです。

高森の田んぼのスケートリンクです。
もう・・・○○年も前になりますが、境小学校のPTA副会長をやりました。
その当時は、暖かい冬が続き、スケートリンクの整備をしても、一回もできなかったりやっと1~2回滑れた、なんて年が続きました。
保護者の中にも「苦労して作業をしても、使えないんだったら、なんのために作業するのか分からない」と言う声が大きくなっていました。
リンクを作っても、ちゃんと凍らずに使えないんだったら、苦労の甲斐がありません。
そんな年が何年も続いたので、私も「スケートリンクは止める」と言う強い決意で副会長になりました。
ところが!
その年の会長は、スケートにとても熱心なお父さんで、私の思惑通りには行きませんでした。
「止めるのはいつでも止められる。一度止めたら復活させることはほとんど不可能だ」
と言うのが会長の意見。
私は「だったらいつまで経っても止められないじゃん! いつか、誰かが決断しなくっちゃ!」
と、言う意見。
長く伝統のある行事を止めるのは大変な重圧です。
それに・・・ 確かに、都会から移住した私にとっても、「田んぼのスケートリンク」はすごく魅力的なものでした。
親たちが結構、苦労して田んぼをスケートリンクに整備します。
その年は確か「せめて、子供たちもどんな作業をしているのか教えようよ」と、言うことになり、
稲刈りの終わった田んぼをスケートリンクにする作業を高学年の子供たちも一緒にやったと記憶しています。
スケートリンクを作るためには、その後もPTAの役員さんたちは、夜の水まきの当番があります。
気温が冷えた夜に、消防のポンプ(私の時は、確かそうだった・・・)で水をまいて氷を作ります。
その当番が気が重いものです。
でも、その反面、やってみるとかなり楽しかったりもするのです!!
みんなで、わーわー、きゃーきゃー 騒ぎながらやった記憶があります。
どうせやるなら、楽しんでやらなきゃね!
我が家の子供たちは、「冷たぁ~い」「寒ぅ~いぃ」・・・手がかじかんで、靴の紐も結べない・・・
スケートは苦手だったようです。 ^^;
でも、毎年熱心な保護者さんたちがいて・・・(毎朝早起きて、スケートの練習に連れて行くなんて、情熱がなければできません!)
大会に出て、高成績を残す子供たちが何人もいます。(頭が下がります!)
小さな低学年の子が「おばちゃん! 毎日夜起きて、朝、明るくなったらスケートに行くんだよ!」
なんて言われたら、抱きしめちゃうしかありません。
私の子育て時代は過ぎました。
あれ以来、着実に温暖化は進んでいますが、変動はありながらリンクが凍ってスケートの楽しめる年も結構あります。
これってこの地域の文化ですよね。
年々、少なくなっている「学校のスケートリンク」
富士見町でも、他の学校は止めてしまっているところもあります。
境小は続いていて、すごい!!
ああ・・・
あの時、止めてしまわなくって良かったぁ~(会長が強くって、とても太刀打ちできなかったけど・・・^^;)
そして、その氷上運動会です。

カーリングをやってました。
漬物石でやる予定だったそうですが、相談に行った茅野市のカーリング協会の方々が、快く貸してくださり、当日もご指導いただいたそうです。

大玉送り!?

役員さんたちが暖かぁ~い、うどんを振舞ってくれました。
麺のてんこ盛りで、おなか一杯! 幸せ一杯になりました。 ^^

子供たちも休憩時間。
お母さんたちのうどんを食べて体の中から温まってました。 ^^

お兄ちゃん、お姉ちゃんたちについてきたチビちゃんたち。
こちらはこちらで大いに盛り上がっていました。

パンくい競争
勢いよく走りすぎて、スッテン!
見ている間中、ずっと、私の顔は顔がほころんでいました。
転んだって、子供たちだから怪我をしなくっていいけど・・・
私だったら、また骨を折るかも・・・ ^^;

この子達にかかったら、何でもおもちゃになっちゃいますね。
積み木みたいに積み上げたり・・・そりにしたり・・・
実は、子供たちに混じっておじさんが一番楽しそうに遊んでいました。

役員のみなさ、準備がさぞかし大変だったと思います。
ごくろうさまでした。 m(_ _)m
私みたいに、大変だから止めちゃおう! って発想じゃなくって
「どうせやるなら、徹底的にみんなで楽しもう!」って事ですよね。
今更ですが・・・恥ずかしいです。
本当に、ありがとうございました!
毎年1月の中旬の日曜日に池袋区の年始めの総会があります。
今年度の事業計画、予算など、資料にそって新しい区の役員さんたちから説明を受け、区民が承認する大切な会です。
富士見町では、外部からの移住者が少しずつ増えています。
それはとってもうれしいことなのですが、都会では「行政区」なんてありませんよね。
「都市部に比べて区費が高い!」
「なんで町道なのに、区に地元負担金が生じるんだ!?」
そんな違いの一つ一つにびっくりなさる方も多いようです。
こちらでは、各集落「区」が、一番身近な「自治」の単位です。
都市部の町内会よりも、行政的な役割も担っています。
私たち家族は、この土地で子育てができてよかったし、今でも毎日のように本当に豊かな暮らしをしていると感じています。
でも、残念なことに、富士見町に移住なさった方の中には、地元との軋轢が生じている方もいるのです。
その一番の原因は、都会との暮らしとの違いを、知らずに来てしまったとこではないかと思います。
そこで、今年からカテゴリーに「田舎ぐらし」を加えて、都市部とは違う「暮らし」について、出来るだけお知らせしたいと思っています。
(今まで書いた記事からも「集落の暮らし」「子供たちの様子」をいくつか拾ってみました)
行政区のことでは今までも何回も議会の一般質問で取り上げています。
一番最初は、平成17年12月。
このときは 都会からの転入者に、事前に集落でのくらしとの違いなどを知らせることをシステム化できないかと聞きました。
何も知らないで移り住んでしまうのと、分かってて移り住むのとでは覚悟が違うと思います。
転入者が一番先に町とかかわる「確認申請」の段階で、都会と集落での暮らしの違いを知らせることができないかと提案しました。
時間はかかりましたが、現在は確認申請の時点で、各集落の「区費」の金額も入ったパンフレットが配られています。
昨年の3月議会の質問でも取り上げました。
このときは、消防や防災、衛生など、最低限の徴収を町でできないかと質問しました。
答弁は「できない」でしたが、後でよくよく考えると、「だったら、最低限それだけ払ってれば、後は集落とは関係ない」とも取れます。
それでは、今以上混乱を招く、と気がつきました。 反省!
さて、1月17日の、池袋区の総会です。

公民館の玄関を入ったところに、区民の名札がかかっています。
これは、世帯主の名前です。
こうした総会や、作業の時に自分の札を出席にかけて、その日の出席者を確認します。
つまり、残っている札は、まだ来ていない人の分です。

ずらっと並んだ札が出席者の札です。
年度初めの総会ともあって、高い出席率です。
それにしても・・・84世帯中、72世帯の出席です。
総会は区の運営に関わることを決める大切な会議なので、欠席をすると「未進金」を払わなければなりません。
池袋の場合、会議の時間帯や長さで金額が異なり、1,500円~4,000円です。
そのほかにクリンデーや道路の受け持ち帳場の手入れや草刈りなど、決められた作業へ参加する義務もいくつかあります。
この作業に欠席すると、やはり「未進金」を支払わなければなりません。
区の中には、こうしたルールがいくつもあって、きちんと区の規約に明記されています。
これを変更する時には、総会で決められた人数の賛成を得る必要があります。
日本中、どこに住んでも、その地域とまったく無関係で暮らすなんてあり得ません。
「人との関わりがわずらわしいから、田舎に来たのに・・・」と言う人は、大間違いです。
道路も使うし、ごみも捨てる。
みんなで協力して道路の整備や雪かき、ごみ捨ての立会いをしています。
田舎のほうがずっと、地域での関わりは強いと思います。
富士見町のように美しい景観に惹かれる人も多いと思います。
でも、その農村の風景を守るには、地元の皆さんの長い苦労の歴史があります。
「ここの景色や環境が良っくって住むけど、わずらわしい集落には関わりたくない」と言うのは、私に言わせれば、あり得ません。
「その場に住む」ことによって、当然、権利も義務も生じます。
都市部の生活形態を、そのまま田舎暮らしに持ち込めないことも多いのです。
ある総会の時に、都会から移住してきた方が「私は年金暮らしだから、区費なんか払えません」と、おっしゃいました。
「町に税金を納めているのに、なぜ区費まで払う必要があるのか」と言う意見です。
でも、この土地に生まれ育った皆さんには、同じく年金暮らしでも「区費を払わない」なんて、選択肢さえありません。
都会だって自治会はありますよね?
マンションに住んでいた時は、自治会費、管理費、その上、駐車場料などの支払いがありました。
集落の公民館の維持管理費、道路の補修、消防、衛生費、防災、地区子ども会、敬老会、各行事・・・
必要なお金を区民みんなで負担しているのです。
すべてが市などの徴収で行政が行うのと違うのは、やはり田舎では、地域で支えあって生きてきた暮らしの形態の違いだと思います。
前記の「区費なんか払わない!」発言の方も、区の会計決算書を持って、昨年役員だった夫が説明にうかがって、今では準組員として負担していただいています。

池袋では、昨年まで「区民」と「別荘扱い」しかありませんでした。
「区民」が払っている区費に比べて別荘扱いのお宅は、年間2割り程度の負担でした。
夏だけの別荘なら、それでかまいませんが、別荘として家を建てて、永住する方が増えてきました。
区民は作業や総会に出て、集落の暮らしを維持していますし、先ほど書いたように、参加しないと「未進金」も払います。
そこに住んでいるだけでも、すでに区民と同じ恩恵を受けているのですから、応分の負担をお願いしようと昨年の総会で決まりました。
基本的には「区」に加入して「区民」になっていただくこと。
でも、それぞれ事情があり、作業には出られない・区の総会まで出たくない、と言う方もいます。
そんな方は「定住者準区民」と言う枠を作って、「区民」と同等程度の区費の負担をお願いすることになりました。
富士見町のほとんどの「区」でも、同じ考え方のようです。
夫は、昨年の税務担当。
定住している「別荘扱い」のお宅を、一軒一軒、資料を持って説明に歩きました。
ほとんどの方が、理解し、協力をし「定住者準区民」になってくださっています。
ただ、こうした仕組みも、富士見町に38ある集落で、まったく異なります。
財産としての森を持っているとか、集落の大きさ等によって、かなり違います。
いずれにせよ、
地元の人も、新しく富士見町い越してこようと言う人も、一緒にこの地域の暮らしを作り上げていく大切な町民です。
一番感じるのは、ちゃんと話せば、ほとんどの人に理解してもらえると言うこと。
長くなりました。
今回は「田舎暮らしって、面倒くさい・・・」と、思われるような話だったかもしれませんが・・・
こんなに、いい暮らしができるんだから、そのくらいの覚悟はしてね!
と、私は言いたい。
10月4日
わが池袋区の秋祭り
稲穂が黄金色に色づいてすんごくきれいな季節です。
集落単位の行事は一年に何回かありますが、この秋祭りが子供からお年寄りまでみんなで参加できて楽しめる行事です。
富士見町でも少子高齢化の問題を抱えています。
「小さい子供がいなくって・・・」と、何年か前には言っていたのですが・・・
気がついてみると、なにやらうじゃうじゃちびっ子が増えていました! ^^

朝一番に集落の神社・池神社に集まり、お払いをしてから、子供御輿と大人の長持ちが集落内を練り歩きます。
美しく色づいた田んぼの中を歩いていますが、この人たちはすでにかなりアルコール度が高い状態です。 ^^

これは、親子です! ^^;
いやぁ~
いろんな意味で、うらやましい光景です。

毎年、楽しませてくれている若者たちの仮装。
トイレが大変だったようですが・・・ はっはっはっ・・・ ^^

我が家に子供御輿、到着!
「えぇ~!? いつの間にこんなにちびっ子が増えていたんだろう・・???」
と、びっくりするほど、子供がたくさん!
池袋では、一度は親元を離れた人たちが、子供が出来たことをきっかけに親元や近くに家を建てて帰って来ています。
乳飲み子だった赤ちゃんが成長したんで、突然に増えたような気がしたのでした。
うれしい現象です。
でも、富士見町って、本当に子供を育てるのにとってもいい環境だと思います。
(4人、育てた私が言っているので、本当です! ^^)
子供たちはいたって元気!
暑い中で歩くだけでも疲れるだろうと心配していました。
座り込むんでしまうのではないかと大きなシートを用意しておいたのですが、とんでもない!
走り回っていました! @@

疲れていたのは、お母さんたちでした。 ^^;
子供たちに遅れる事しばし・・・
これだけの子供たちの面倒じゃ、そりゃぁ大変だ!

子供たちの元気のいい理由はこれ。
ちびっ子たちは、軽トラに乗せてもらっていました!
お母さんたち、本当にご苦労様です。

そして、長持ちのご一行様、到着!
毎年評判がいいので、レバーペーストと豆腐とアボガドのディップを用意しました。
子供用の残り物のシフォンケーキも好評でした。
すべての家でこうしてもてなす訳ではありませんが、家々で飲んでまわるので、そりゃぁ~ お疲れですよね。

長持ちが公民館に到着するのを待って、演芸会の始まりです。
当番の方が前日から準備してくれたおでんや寒天、果物が並んでいます。

なんと言ってもちびっ子の演技には勝てません。
床に散らばっている白いものはおひねりです。
このくらいの幼さでは、おひねりに対しての執着心もありませんね。

出し物のひとつにシュークリームの中にからしやタバスコなどを入れて食べるというものがありました。
前に並んだ大人が食べるのを見て、一人だけ何も入っていないシュークリームはどれか、子供たちが当てるゲームです。
とんでもない企画ですが、私も前に並ばされました。
入っていたのは、@@量のわさび!!!
平然と笑っていようと思ったのですが、涙は出てくるはむせかえるは・・・
席に戻っても、しばらく食道がむかむかしていました。 (はぁ~ ^^;)
と、とっても楽しい一日でした。
あぁ~ つかれた!
チューブからひねり出されたわさびを、5cmくらい食べさせられた気がしますが、
集落の皆さんとこうして秋祭りを祝える幸せに感謝!!!
大好き、池袋!
9月15日 池袋集落の敬老会。
どこの集落でも、敬老会が行われたようです。
私は、しみじみと・・・こんな地域が好きです。
今年は、夫が区の役員。
役員と奥さんたちで朝から敬老会の準備です。
ここ数年は、毎年手作りのお弁当を作っています。

できた料理から、男性軍がお弁当に詰めてくれました。
役員の中に、料理人がいて、今年は大助かりでした。

《筑前煮》 《虹マスの甘露煮》《紅白かまぼこ》
・大根 ・干しいたけ 《厚焼き玉子》
・ニンジン・さつま揚げ
《漬物》
《てんぷら》 《おこわ》
・かぼちゃ 古代米が1割ほどは入っています。
・ヒラタケ 栗入れて一緒に蒸し、最後に甘納豆を加えました。
・かき揚げ

その他、蒸しなすのしょうが味や寒天、果物で結構豪華になりました。
私も、ルバーブとブルーべりーのシフォンケーキを焼いていきました。
材料費が安いし、見栄えがするから・・・^^;

保育園児や小学生の踊りで、お年寄りを楽しませてくれました。
保育園児の中には、舞台の上で泣いている子もいましたが
「小さい子供たちがいるだけで、うれしいよねぇ~」と、みなさん目を細めていらっしゃいました。
準備が大変だから、公民館での会を止めてお店で敬老会をしている集落もあるそうです。
確かに、役になった人たちは大変なのですが、寂しいなぁ~
話は飛びますが、JAの斎場ができて、お葬式も公民館で行わなくなりました。
小さな子供を抱えてお葬式の準備に出るのは大変だったけど・・・
でも、皆さんで準備をしながら、いろんなことを教えてもらいました。
料理上手の方がいらっしゃって、てきぱきと支持をしてくれました。
豆腐の白和えや酢イカの和え物・・・初めて習った料理もあります。
敬老会なんかでもそうです。
会場をどこかのお店へ設定してしまえば確かに楽だけど、
そうしたら、この地区のよさも、どんどんなくなっていってしまうような気がします。
みんなで協力しておしゃべりしながら、自然に次の世代へと引き継がれて行ってたんですよね。
その、おしゃべりのまた楽しいこと!!! ^^
実は、今日19日は、戦没者の追悼式がカルチャーセンターで行われました。
声が掛かったので、昨日、初めて会場作りの手伝いに参加しました。
各集落から持ち寄った菊の花で壇上を飾り、皆さんで、これまた手作りの会場作りでした。
赤みがかったオレンジ色の菊と白い菊で日の丸を作り、その周りを黄色の菊で飾りました。
「あっちの膨らみが出っ張っている」とか「あそこに花の穴がある」などなど・・・
「店に頼んじゃえばもっときれいに作ってくれるよな」
なんて言っている方もいましたが、私はそんなことよりも、皆さんで作った会場に意味があると思います。
富士見町には菊の生産農家が多いので、できることなのだとは思いますが、続けて欲しいなあ・・
来年もお手伝いに行こう・・っと
とりあえず、次は集落の秋祭りだ!!!
6月の下旬から、境小学校・池袋集落の朝の通学路を、有志で子供たちと一緒に歩いています。
長年使っている林の通学路があるのですが、低学年が多く「歩くのが怖い」と、使われていませんでした。
でも、区としては通学路としてずっと整備もしてきた道です。
大人が一人付いて歩き、「みんな一緒に歩いて登校しよう」という事になりました。
これまで、車で境駅まで送り、ほかの子供と合流する子。
ほかの集落の子の家を回って行く子。
学校まで車で送ってもらっている子、といろいろいたようです。
各集落には決まった学校の通学路があります。池袋の通学路は、林の中を突ききる近道です。
でも、今年は特に低学年も多く、保護者からは林の道は心配との声がありました。
区長さんや子供育成会の会長さんとも、子供たちの歩いている道を歩いてみました。
その結果、やはり区としは、今まで使っていた学校道を使ってもらいたい、と言う結論になりました。
「下校は、何学年か学年別で帰ったりするので、少し遠回りになる高森・信濃境の道でもいいだろう。」
「しかし、朝はできれば、集落の子供がみんなで揃って歩いてはどうだ。」
車で送っているお母さんも「本当は歩いて欲しいけど、いつも結局一人で歩いているので心配で送ってしまう」などの話もありました。
お母さんたちとも話し合い、林の道の間は、大人が一人付いて歩くことで賛成してもらえました。
林を抜けてからの広い道からは、他集落の登校する子供たちと一緒になります。
朝なら集合時間も決まるし、林の中だけなので、往復しても20分程度。
これなら、一緒に歩く大人にも負担は軽くって済みます。
お母さんたちの中には、勤めている人や小さな弟や妹のいる人が多く、
だったら気持ちにも時間にも余裕のある、地域の人で支えられたらいいですよね。
こうして6月の下旬から、月曜日から金曜日まで担当を決めて、最低一人は一緒に歩くことになりました。
集落のはずれの道で集まって、一緒に登校します。

この防犯ブザーがずっと気になっているのです。
このように鞄にぶら下げている子、中には鞄の中に入っている子もいるのですが・・・
万が一の時、それでは何の役にも立ちません!

こうして、ランドセルの背負い布の所に固定しておけば安心ですね。
子供たちにはうるさがられながら、毎回言い続けました ^^;

まず、線路の下のトンネルを抜けます。

ちょっと怖い・・・?
このトンネルを抜けて道に上がると、通学路はずっと林の中を上り坂です。
最近のように大雨が降ると、最終的にはこのトンネルの中に雨が集まってしまいます。

何年か前に、林の両脇の木を切り、道が明るくなるようにしました。

これは、7月に大雨が降った後の写真です。
昨年の大雨では、砂利が大量に流れてしまい、このマンホールが30cmくらい浮きあがった事もありました。

これも、大雨の後の写真です。
最近の雨は局地的に大雨が降るので、砂利を入れて道を直しても、また次の雨で流れてしまいます。
通学路と言うことで、町でも優先的に補修をしてくれています。
草の生えている右は本当ならせぎになっていて、水が流れるはずの所です。
流れて来た砂利で埋まってしまっています。

いつも、先頭を歩きたい子が、集団を引っ張ります。
「早すぎまぁ~す! 先頭! ゆっくり行ってくださぁ~い」
と、何度叫ぶことか・・・ ^^;

林の道が終わり、この道を渡って、ボランティアの役目は終わり。

「行ってらっしゃぁ~い。・・・おおぉ~い!!! 」
「毎日、ボランティアの人が、君たちのために一緒に歩いてくれてるんでしょう・・・
『行ってきます』くらい、ちゃんと挨拶をしてから行きなさい!!!」
これまた、うるさいおばさんが、毎回のようにしつこく言ってます。
子供たちの歩くスピードは早く、付いて歩くと結構きついです。
でも、我が家の子供たちも通った道。
息子たちは、下校の時に横の川で遊び、暗くなってあわてて気づき帰っても、家に着くころには真っ暗!
母は、何度か悲壮感の塊になって、探し回りました・・・
それも、今では懐かしい思い出です。
一週間に一度ですが、こんなことでもなければ、誰がどこの子供かまったくわかりません。
現在の私にとっては、清涼剤みたいなものでしょうか・・・? ^^
富士見町の信濃境の駅に、境小学校の子供たちの俳句が飾られました。
これは境小学校の1~6年生が、地域の方を講師に、俳句の授業で詠んだ作品の紹介です。
今回は、12首の俳句が紹介されました。
全部ご紹介しようと思ったのですが、私のお気に入りを3点だけご紹介して
他の作品については、信濃境の駅に見に行って頂く事にしました。 ^^
↓私が句を読んで、「どひゃぁ~!!」と思った作品。
「やえざくら ぴんくのかぜになっていく 1年生」
★「ぴんくのかぜになっていく」
この感性に感激!
その光景がそれぞれの人の心に広がっていく表現ですね。
「メダカの子 しょうらいの夢は なんですか 6年生」
★「しょうらいのゆめ」
この6年生は抱いている夢があるのでしょうか・・・
それとも悩んでいるのかな・・・
「くもり空 苗代寒の 風がふく 6年生」
「苗代寒」と言う言葉を、この日に俳句の先生の
一歩先生が子供たちに教えたんだそうです。
すぐに俳句に取り入れてしまうところがすごいなぁ~
「苗代寒」、私も、初めて知りました。
こんな美しい日本語を、俳句を通して自然に学んでいく子供たちが幸せだなぁ・・・

子供たちに俳句を指導してくださっている、地元の「進藤一歩先生です」
一句、一句を批評してくださいました。
子供たちの俳句の額には、次のような説明が書かれています。
俳句額
「境小こころの花」
富士見町池袋にお住まいの進藤一歩氏が、
境小学校に児童とのふれあい教室で来校され、
ご自身で作られた俳句を紹介してくださいました。
その中で「俳句は思いやりの心のあらわれた詩である」
とのお話をいただきました。
俳句づくりは子どもの感性を育てるのによいと
「境小こころの花」として、今年の1月から
俳句づくりを楽しんでいます。
できた俳句はいろいろな所で紹介してきましたが、
池袋にお住まいの方が、
境の子どもの作った俳句のこころの輝きを
多くの人に知ってほしいと、
信濃境駅に俳句の額を設置してくださいました。
学校には俳句箱「境小こころの花」が置いてあり、
できた俳句はこれからも紹介していきます。
平成20年5月23日
富士見町立境小学校」

学校帰りの子供たちが、早速偵察にやってきました。
境小学校では卒業式や入学式でも、校長先生から俳句の紹介がありました。
「たんぽぽよ 6年送る 花になれ 」
聞いただけで、胸にジーンと来る俳句ですね。
「そのほかにも、こんな句を読んだ生徒がいます」と、
校長先生が紹介してくださいました。
「書初めで 気持ち引きしめ 前を見る 6年生」
5・7・5のこんな短い言葉の中に、これだけ自分の思いを込められるんですね。
子供たちに脱帽!

信濃境の駅は、今、ツツジがとってもきれいです。

駅の表には、藤棚が・・・
信濃境駅は、ドラマ「青い鳥」で撮影に使われた駅でもあります。
機会を見つけて、一度、下車して子供たちの俳句を読んでみて下さいね。
2月3日の節分の日は、全国的な雪。
富士見町でもこの冬、2度目の本格的な雪。
温暖化で雪も少なく、いつもの富士見町の冬の景色にほっとしたりして・・・

雪の我が家です。

最近、年のせいかあまり散歩に行きたがらないブルート
でも、雪が降ると子供みたいにうれしいらしい・・・

ぴょん、とせぎを飛んだのはいいけれど、体がすっぽり埋まってしまった・・・^^;

降り積もった屋根の雪。重みで下にずれて来ています。
これが「ドーーン」と落ちる音がブルートは大嫌い!

雪の下に保存しておいたニンジンを掘り出しました。
青い網に入れて、小分けして保存してあります。

我が家まで200mほど、砂利道があります。
同じ集落の人が重機で除雪してくれるので、本当に助かります。m(_ _)m
こんなところにも、集落に住んで地域で助け合って暮らしていると、感謝するところです。
私の住む池袋の集落では毎年1月の14日に、≪どんど焼き≫が行われます。
その一週間前の休日に、正月に使った門松やしめ縄・だるまなどを子ども会が集めて 区の理事さんたちや地域の方々と一緒に竹を組んで準備をします。
昔、子供だった方々に話を聞くと
「昔は全部子供たちで作って、夜は小屋まで作って他の集落の子供たちに壊されないように番をしたもんだ」そうです。たくましい話ですね。
集落に子供の数が減り、どんど焼きの準備も大人が主体で子供はお手伝いになりました。集落によっては子供たちに主体を移そう、と言うところもあるようです。
それでも、こうして地域の行事が受け継がれていく事はうれしい事です。

今年も14日の予定でしたが、この日はずっと続いていた厳しい寒さが緩みましたがはっきりしないお天気。
午後からは小雨が降り出し、池袋の開催場所である井戸尻考古館は霧で視界も悪くなって来ました。
午後様子を見に行って、どろどろに溶けた表面の泥に滑って転んでしまいました。
表面は溶けているのですが、下はつるつるに凍っていました。
こんな状態ではどんど焼きができずに一週遅れの21日に予定が変更となりました。

毎年、どんど焼きの時にまゆだまを作るのも楽しみの一つ。
子供たちが小さい時には、繭玉ではなくいろいろな形にしてあそんだ物です。
人参や冷凍しておいたよもぎで色をつけて作りました。
つい、何年か前まではこの柳が4本も必要だったのに、あっという間に1本だけでよくなってしまいました。
なんだか寂しい。
でも、巣立っていった子供たちにとっても、こうした地域の行事の一つ一つが心の中に深く刻まれていると思います。
こうした空気に触れるたびにここで子育てをした事に、この地に暮らした事に感謝です。

21日夜6:00から開始
厄年の方々のお払いをした後、点火。竹がはじけてパンパンと大きな音を立てます。
人間って火のはじける音を聞くとなんだか幸せな気分になりますよね。
火を囲んで、子供も大人も配ってもらったお菓子やお酒を楽しみます。こんな時にお母さんたちの情報交換の場にもなったりする訳です。^^
おき火になったところで、繭玉をくべて焼きます。この火で焼いた繭玉を食べると一年中風邪を引かないそうです。
無病息災を祈ってありがたく一週間前に作った繭玉を頂きました。(ずくがなく作り直さなかったら、さすがに硬かった!)「(´へ`;
でも、これで今年も大丈夫!?
あけましておめでとうございます。(した。???) m(_ _)m
昨年12月の議会が終わってからは、なんだか毎日が飛ぶようにあっという間に過ぎてしまいました。

暮れに池袋の集落で、地区社協の主催で門松作りの講習会がありました。
何年か前にも一度作った事があるのですが、すっかり忘れてしまっていました。
作ってみると結構楽しい。
自分で作った門松を飾って新年を迎えられるというのも、なんと豊な暮らしてしょうか・・・
お年よりも小中学生も一緒に門松を作り、その後昼食をご馳走になりました。

完成品です。あまりうれしくって、家に帰ってから実家の分も、もう一つ作りました。^^
これで又、来年も忘れずに作れるといいのですが。

同じ日、外ではしめ縄を作っていました。
小雪のちらつく中、見事な共同作業で立派なしめ縄になりました。

しめ縄は池神社の鳥居に飾られました。
これで新年を見返る準備は万全!
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2006年 元旦
あけましておめでとうございます。
朝8:30から集落の神社に区民の皆さんと一緒に初詣。
恥ずかしながら、富士見に住んで初めて集落の初詣に参加しました。
きれいに飾られた神社で、地域の皆さんと一緒に新年を祝うのは新鮮な体験でした。その日の空気のようにぴんと張り詰めた緊張の中にも先人たちの歴史を感じ、ほのぼのと心がゆったりと豊になった気持ちでした。
新しい年を集落の行事の中で迎えられ、今まで経験した事のないような喜びを感じました。

毎年、元旦には消防のみんなさんが各家を回って、今年一年の無火災を祈願して屋根に放水をしてくれます。
初めて経験した時はびっくりしましたが、これも地域に残る大切な文化の一つだと思います。
本当にご苦労様です。ありがとうございました。
2日 書初め

今年は元旦から私の実家の千葉に行きました。
新年に私の実家に行った時は、2日は書初めの日です。
それは私が子供の頃からの習慣で、母は厳しく納得いくものが書けるまで一日中でも書かされました。
娘たちが生まれ、習字をするようになる頃には 2日は書初めの日でした。
ここ何年も新年を実家で過ごしていなかったので、久しぶりの書初めの日でした。
成長した子供たちにとっても、おばあちゃんに叱られながら書いた書初めは、思いで深い日々となっているようです。
今では、信じられないほど丸くなってしまったおばあちゃんも、こと習字となるとちょっと表情が変わります。
そんなおばあちゃんに書初めを見てもらうのを子供たちも喜んでいました。
家族全員が今年の目標を書初めしました。
「なんて書こう~」と悩んでる私たちを見て「もう、あきたぁ~」とブルーとが一言。
1月8日 出初式・成人式



私たち見学者はコートを着ていましたが、消防の方は皆さん法被姿です。
この日は本当に寒い日で、写真を撮るためにちょっと手袋を外しただけで痺れて来るほどでした。
その中でのはしご乗りは、見ている方も緊張で凍ってしまいそうでした。
午後からは成人式。
カナダに留学中の次女の同級生の成人式です。式に出席できなかった次女に頼まれ友達の写真を撮ろうと思ったのですが、なんと、同級生の顔が分からない!!
中学生の時の面影を探すのですが、みんな成長して顔から幼さがすっかり抜けて(そんな当たり前のことなんですけど・・・)大人の顔になってしまっていて本当に分からない。
「名前を名乗ってください」ってお願いしたくらいです。
成人式の模様は、富士見町のホームページの公民館の中の[公民館のお知ら]の中の[PHOTO GALLARY]に掲載されています。
そちらものぞいてみてください。
5月24日、インドから富士見にたどり着いた日(と言うよりも、この行事に参加したくって、必死で帰ってきました)南中学校の保護者と「味の会」の交流会がありました。
南中学校では、毎年保護者の参加を募り、学校給食に食材を提供している工場見学を行っています。
昨年、学校の給食に食材を納品していた「よっちゃばり」の事を知り、今年の担当、学年部役員の友達から「何かいい案ない?」と声を掛けてもらいました。
それこそ、よっちゃばりで今年やりたかった活動のひとつです。
早速、よっちゃばりの会の時に皆さんに相談をして、味噌作りをしている「味の会」の皆さんと大豆を蒔く作業を兼ねて交流会を設けていただく事になりました。

作業が予定よりも早く終わり、開始時間より一時間ほど送れて私が着いたときには、すでに豆蒔きが終わっていました。

広告をこうして置くとカラスよけに効果があるそうです。
参加した保護者には「この作業が一番難しかった」そうです。

皆さん、ご苦労様でした。
八ヶ岳をバックに記念撮影。

大豆蒔きの後に、新田の農協支所の大豆の加工所を見学させていただきました。
『味の会』では、大豆を蒸して加工して桶に詰めるところまで農協に委託しているそうです。

『味の会』のお味噌を使った味噌汁と『かあちゃんの味』のお弁当でお昼を頂きながら交流会。
写真を撮るのを忘れましたが、500円でとっても充実したお弁当でした。それにお味噌のおいしさが引きたったお味噌汁。
「このお味噌、おいしい!!」「どこで売っているんですか?」と、保護者の皆さん。
ほんと、おいしいお味噌です。
ちなみに道の駅『蔦木宿』、富士見の農協『あぐりモール』で扱っているそうです。
保護者からは
「こう言う活動は、来年以降もぜひ引き継いで欲しい。平日の昼間では参加の難しい人も多いので、土日にするように申し送りをしておこう」
「うちではおばあさんたちが畑をやっているけど、私たちは食べるだけ。参加して大変なのがよく分かった」
「子供たちにもこう言った作業をぜひ体験させたい」「学校の授業の中でも取り組んでもらえないだろうか」(★ぜひ、体験した保護者の皆さんから学校に要望してください! m(_ _)m )
「一時間作業をやっただけで、足ががくがくしてます」
などなど感想が出されました。
「味の会」の皆さんからは
「こうして若いお母さんと一緒に作業が出来て楽しかった」
「昔は自分の家で食べる分の味噌くらいどこでも作っていた」
「味の会の会員もみんな年を取ってきていつまで出来るか心配。自分たちの出来る間はがんばりたい」
などのお話がありました。
「よっちゃばり」の会でも皆さんが
「『私たちが農業が大変』と言って後継者を育ててこなかった。だから少しでも子供たちに『食』そして『農業の大切さ』を伝えて行きたい」と言うことを熱く語られます。
「熱く語る」と言うよりは、悲壮感さえ感じます。
そんな中で「子供たちに伝えることも大切だけど、まず保護者の皆さんにも分かってもらわなくっちゃ」と言う反省があり、今年の目標の一つになっていました。
こうして早速実現できて感激です。
南中では今後、また機会があれは「学校の行事」としては無理でも、有志だけでも参加したい、との事でした。
まずは一歩を踏み出すことが出来ました。
「伝えていくこと」本当に大切だと思います。
この日、参加してくださった家庭で「自分たちの食べているのも」に関心を持って、食事の時に地域でどんな活動があるのか、話題にでもしていただければうれしいです。
今年1月に、富士見町に引っ越してきた友人に桜の名所を教えたいと、一時間ほど町の中を車で走ってみました。
ちょっと時期が遅かったので花の終わってしまっているところも多かったのですが、またまた富士見町の豊かさを感じました。
桜の名所もひとつや二つではありません。
多分、皆さんがそれぞれに自分のお気に入りの桜をお持ちではないでしょうか?
撮りためてあったものも含めて、ちょっと富士見町の自慢を。(*´ー`*)
役場でも2年前から本格的に桜の花をPRするようになりました。
商工観光課が出している「歩案」をご存知の方も多いと思います。
実際、桜の時期に「歩案」をリュックに入れて歩いている人を何人も見ました。
町内の方でも地元の桜をご存じなく「歩案」を読んで初めて知ったと言う方も多いようです。
この「歩案」、いつも本当にいい感覚をしてると感心しています。
これもまたひとつ、富士見町の自慢でしょうか?
富士見町のHPにも、小学生から町内桜の開花情報「さくらっこ通信」が掲載されていました。
境に住むよそ者の私が知っているだけでも、ざっと数えただけでも15ヶ所くらいは思い浮かびます。
まずは我が家が背負っているつつじヶ丘公園、考古館、高森のお墓、高森観音堂、富士精機前、田端のお墓、清泉荘、乙事薬師寺、カゴメ工場、とちの木の集落、富士見郵便局下、各小中学校(6校)などなど・・・
これでも、西山のほうはほとんど入っていないので私の知らないところがたくさんあるはずです。
桜だけでもこれだけ豊富に楽しめるなんて、富士見って本当に美しい町です。

とちの木の集落内

乙事薬師庵

南中学校の桜(この日はたまたま参観日でした)

信濃境の清泉荘の桜。地元 地権者の方がたが提灯を取り付けました。
この下でお花見をしたそうです。なんだかしみじみといいお話。

高森のお墓の枝垂桜

高森観音堂の桜
ひっくりしたのですが、高森のお墓のしだれ桜は知ってても、このお堂の桜をご存じない方って、富士見でも結構多いんですね。
お墓の枝垂桜は車で道を走っていても見れますが、お堂は車から降りてちょっと歩いたところにあります。
その「歩いてお堂にたどり着く」時間もいい。
高森のお堂周辺の景観がまた最高なんです。
その集落の景観の美しさをなんとか残そうと努力してくださっている人もいます。
私が以前、観音堂を訪れた時に、隣接の畑に入らないようにビニールの紐が張り巡らされていました。
「桜を見に来た人たちが、畑に踏み入り困る」と役場に苦情があり、その対策として張ったようです。
それがゴールデンウイークに訪れた時にはビニール紐ははずされていました。
せっかくのすばらしい桜を見に来ても、ビニールの白い紐があったのでは写真を撮るにしても台無しになってしまいます。
それではあまりにも残念、と今後のためにも垣根を作ろう、と言う人がいます。
桜の名所を守るために、地元の方々と話し合って整備していこうと言う動き。
本当に頭が下がります。
これこそ「町づくり」の基本ですね。
桜を見せるためにも、その周りの景観も含めて大切なんだと、少しづつでもそんな活動が広がっていけばいいと思います。
昨年の6年生の整備した土俵で相撲大会が開かれました。
今年は、地域の皆さんにも見学の呼びかけがありました。
行って見て、びっくり!!!
すごいぞ。境小!

上り旗を寄付してくださった方がいたそうです。
本格的ですね。
林の中の一角が華やかに賑わいました。

呼び出し・・・を待っているこの子の、きりりとした態度!
衣装にも凝って見てるものを楽しませてくれました。

アナウンサーの実況中継がまたよかったです。

「はっけよーい!!」


それぞれに工夫して自分の分担の仕事をたっている6年生。
きっと、いろいろみんなで相談しながら今日の日を迎えたのでしょう・・・
いままでの準備の日々も見えてくるような相撲大会でした。

一年生 VS 担任


もう、かわいすぎて何も言う事がありません。
心から、ありがとう! 本当に楽しい時間でした。
境小学校の御柱祭があると聞いて見学に行来ました。
行ってみてびっくり!
境小学校全体の行事ではなく、2学年の親子レクレーションでした。
境小学校は一学年一学級の小さな学校です。
その中でも、2学年は生徒数が多くて26人ですが、これだけの行事をよくぞ少人数で盛り上げたものだと舌を巻きました。
昨年の6先生が“未来にひきつぐ郷土の森整備事業”で境小学校の上にある押立山の整備をしました。
その押立山の一角にある土俵のを囲むように、すでに3本の柱が立てられていました。

本格的な御柱祭でした。
保護者も一つになって準備して盛り上げて来た大切な「お祭り」と言う感じでした。(*^o^)乂(^-^*)
保護者の皆さんにおじいちゃんおばあちゃん、地域の方も参加。
普段は静かな押立山がにぎやかな御柱のお祭りに包まれました。
これまで子供たちが積み重ねてきた学習の跡を知って感動しました。
春から諏訪地域の大イベントである「御柱祭」の勉強を積み重ねて来ていました。
諏訪大社まで出かけて御柱の勉強をしたそうです。
子供たちの木やりは大きく、それでいて澄んだ鈴の音のように森に響きました。
本格的なお助けラッパ隊の参加もあったのですが、子供たちのメロディオンラッパ隊、これがよくそろっていてみんな一生懸命。
かわいくって又すっごく良かったです。
学校内にあるもみの木を切って「モミさんの木の命をもらう」についてはずいぶん学習を重ねてきたようです。
「命については、叩き込まれてたわ」と、あるお母さんのお話です。
伐採の時から立て御柱まで、保護者の支えも大変なものだったと思います。

「御柱になってくれるモミ木さんへ ぼくは 私は約束します」
子供たちが書いた「モミの木さん」への約束が書かれて、土俵を取り囲むように飾られていました。
ここに書かれた子供たちの字を見て驚きました。
とても2年生が書いたとは思えないほどしっかりした字で丁寧に書かれていました。
どの子も「モミの木さん」に思いを込めて書かれたのでしょう。みんなが一応に上手なのにはびっくりです。
文章を読んで、またまたびっくり!
「2年生でも、こんなにしっかりとした文章が書けるんだ」どの子も、一生懸命に考えて真剣に書いたんだろうと感じました。
私もこうしてHPを書いていると、文章にして人に伝える事の難しさを痛感します。
またまた夫の話になりますが、「日本は大学に行っても○×の試験。イギリスでは信じられない!僕が専門的な勉強をしなくても翻訳業で食べていけるのは、とにかく論文形式で自分の考えを書かされた教育のお陰。どの教科の先生もそう言った意味では『国語の先生だった』と言える。数学みたいな教科を除けば ほとんどいつも『この事に付いての自分の考え方を3ページ書きなさい』と言った宿題だったので、先生はその内容だけではなく、スペールの間違いや文法的なミスまで指摘された」
この話、前にも幸のページのところでした気がします。
でも、本当に文章を書くって大切な事ですよね。
分かっているつもりでも、いざ文章にしてみようと思うと「えっ!?こんなもんだっけ?」
と、思う事が多いのです。
常々、思っているので、この2年生の「モミの木さんへの手紙」を読んだ時、この子達がうらやましいな・・・と思いました。
2年生の頃から「書く」事をしっかり教えられているこの子達が、今後どのように育っていくのかはとっても興味があります。
子供たちの気持ちをこれまでに高める事の出来た教育が、今まで時間をかけてしっかりとなされて来たんだと納得しました。
子供たちが、一生懸命に書いた思いが伝わり、一つも読み落としてはいけないような気がしました。
読んでいて、「なるほど・・」と、納得した事があります・・・

8月の終わりごろに毎年「富士見高原 詩のフォーラム」があります。
尾崎喜八碑前に集い、献花から始まり町から投稿された詩の作品の発表と表彰式があります。
今年の最優秀作品が、この「モミの木さん、約束します」と言う詩だったのです。
2年生の子がよくここまで命について考えられたなあ・・・と、感心していたのですが、その背景には積み重ねられてきた学習があったんですね。
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小学校最優秀作品
境小 2年生の“功刀りょう”君の作品です。
「やくそくします、モミの木さん 」
おんばしらになるモミの木さん、
切らしてくれて ありがとう。
いたかったですか。
天国に行ったら、いい神さまになってね。
モミの木さんは さいしょうまれた時
小さかったけど、だんだんえだがはって
大きなモミの木さんになったんですね。
モミの木さん、みんなのうたごえきこえましたか
らっぱたいのがっそう きこえましたか。
かみさまのモミの木さん、
ぼくは やくそくします。
ぼくは、こく語がにが手なので、
こく語をがんばります。
さんすうはとくいだけど、
ねぼけてるときがあるから
ねぼけないようにします。
ぼくは、あたまがわるいから、
あたまをよくします。
ぼくは、ともだちのことをすぐけったりするから、
きょうから、けったりしません。
まえ、ぼくのおばあちゃんがしんだから、
ぼくも、命をだいじにします。
モミの木さんからもらった命もだいじにします。
モミの木さん、
天国で、みていてね。
ぼくは、ばんばります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★ 詩のフォーラムで、私の心に共感した詩をもう一つ紹介します。★・・・・・・・・・・・・・・・・・
「 影 」
光が当たる
物、人、動物、植物、すべての物に影ができる。
すべての物の存在を示してくれる。
でも、光を避けているものに、影はできない。
存在をかくしていたらその物らしく生きられない。
だからいつも自分に光を当てて、
前向きに生きよう。
すごい感性の鋭い子だなあと、感心してしまいました。
他にもいい作品はたくさんあるのですが、私には忘れられないほど、心に響いてしまった詩です。
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境小2年生の御柱の学習は音楽会にも生かされました。
「おんばしらになるモミの木さん」を歌にして発表してくれました。

彼らにとって、一年を通して学んだ事って、きっといつまでも忘れられないような学習になるんでしょうね・・・
富士見町に越してきて12年がたち、今年で3回目の御柱です。
12年前、3月の末に引っ越してきて、すぐに御柱。
大工さんに誘われて、木落を見に行きましたが、後ろから落ちていくのを見て
その、人の多さと熱気にただただ唖然!
「一体このお祭りってなんなんだろう・・・?」
そんな疑問がいつまでも心にうずくまっていた行事でした。
今年は、夫が集落の理事と言う事もあり、3日、4日と、初めて曳き子として参加しました。
☆彡4月2日、山出しの初日は雨。
後に聞く所によると曳き子が足りず、大変だったそうです。
めどに乗っている若者たちに「お前ら、若いんだから降りて一緒に曳け!」
と言う言葉さえ飛んだとか・・・・

若者が、本当に凛々しく、誇らしい姿です。
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☆彡山出しの2日目。
3日は天候にも恵まれ、私は息子二人と共に参加しました。
とにかく皆さんのテンションの高さに圧倒されました。一分一分、全力投球。
あのテンションでどうやって3日間も持つのか不思議・・・?
前の方で縄を引いていると、時々後ろの氏子の方に「犬の散歩じゃないんだから!」と、いさめられました。
後ろはどんな状態なのかと、様子を見に行って、納得してしまいました。
皆さんとは気構え・熱気が違う、なんと言えばいいのか分からないのですが「違う文化を持った民衆の集まり」と言う表現に近いでしょうか・・・
なんだか、同じ祭りに参加しているのが申し訳ないような気さえしました。
「こんなに一生懸命曳いているのに・・・」と、思いながらはっと我に返り気が付くと
「私たちは何でこんな事に一生懸命になっているんだろう・・・」
などとは決して思わないし、そんな事を考える事さえ失礼になりそうな空気がありました。
でも、あのめどでこに乗っておんべを振ったら、さぞ気持ちがいいだろうなあ・・・

彼はこうして、時々綱の方向を物凄い勢い力で修正します。ただただ、関心! (p^-^)p〃
これは、私のお気に入り。リヤカーに皆さんのリュックを下げ、引いていました。
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☆彡山出し、3日目も雨。


足元はドロドロ。
みなさん 足袋に縄を縛りつけ滑り止めにしていました。

前三の柱が見事な体制のまま木落しされた時には、なぜだか分けもなく胸が熱くなりました。
楽しませて頂き、ありがとう!
本当に寒い一日でした。
私たちは合羽を着ていましたが、元綱の皆さんはいくら気合が入っているとは言え、たいへんだったと思います。
足元の甲からさえも 湯気が立っていましたが、手が意思とは関係なく、震えて止まらない様子でした。
あまりの寒さに、昼の休み 夫にホッカイロとビニールの合羽を買いに走ってもらいました。
あちこちにホッカイロを入れて、ようやく少し寒さをしのぐ事が出来ました。
息子たちも合羽が滲みてきてしまい、ビニール合羽に着替えさせました。
よく「御柱は参加してみなければ分からない」と言います。
「御柱」は決して山出しと里引きだけが祭りではなく、そこに至るまでの長い準備期間があります。
山から柱を選び木造をして、縄をない曳航の練習を重ね・・・
見えないところでの積み重ねをも経験して、初めて「御柱」が理解できるのかな、とようやくそこまで私の理解もたどり着きました。
「お祭り」と言うよりは「神事」と言う言葉がふさわしい行事な
若者の態度も姿も凛々しく、綱を操る皆さんの姿はステキで、その統率の取れた一体感には、感心させられました。
4月に入ってからの思わぬ雪。
つくづく、決してやたらとできることではない、いい経験をさせて頂いたと言うのが、正直な感想です。
富士見町は今年度、県から「末来にひきつぐ『郷土の森林』整備事業の指定を受けました。
うちの次男の通う境小学校では学校の裏手にある押立山の整備を6年生が中心となり不要木の伐採や下草刈りを行っています。
「荒れている里山林を手入れして末来に引き継いでいこう」
クラスのお便りを読んですぐに頭に浮かんだ事があります。
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先日議員の研修旅行で福井県小浜市に行ったのですが、そこで
第18回全国水環境保全 全国大会のシンポジウムで
畠山重篤氏講師による基調講演『森は海の恋人』を聞く機会に恵まれました。
畠山さんは宮城県本吉郡唐桑町で牡蠣(かき)の養殖をなさっています。
河川の水が海に流れ込む水域を汽水域と言うのだそうです。
「小学校の頃、汽車の“汽”は“気”と違うって教わりましたよね。あの“汽”です。」
森から流れる川の水が大切。
牡蠣の餌となる植物プランクトンの発生に必要な養分を川が運んでくれるのだそうです。
「牡蠣の森を慕う会」を結成し、気仙沼湾に流れ込む大川上流の室根山に落葉広葉樹の植林を続けられています。
彼のすごいのはそれだけではなく子供たちを養殖場に招き、環境教育のための体験学習を行っている事。
その成果が確実に現れているようです。
「朝シャンを毎日していたのを半分に減らした」
「お母さんに自然に分解する石鹸を使うように言った」
「おじいちゃんに農薬の量を減らすように頼んだ」
上流に住む子供たちが海の事を考え始めました。
養土を含んだ川の水が海の植物プランクトンを育て海藻を育て、豊かな海が生き物を養う。
1キロのカツオが育つためには・・・
10キロの鰯を食べる。その鰯は・・・
100キロの動物プランクトンを食べ、その植物プランクトンは・・・
1000キロつまり1トンの植物プランクトンを食べている。のだそうです。
1トンの植物プランクトンが育たないと1キロのカツオも育たないというメカニズムですね。
その豊かな海のために森を守ろう。と言うお話でした。
又、10月5日の朝日新聞の社説にも
「近くに森林や学校林を持って児童に自然を学ばせたい」と言う記事がありました。
伊那市西春近北小学校の児童の取り組み。
学校近くの森林におびただしいごみが捨てられているのに心を痛め、森林に関する勉強をはじめます。
「もっと森をきれいにしたなら人々はごみを捨てないのではないか」と言う仮説をたててごみ拾いを始めます。
そしてその学習は深まり 間伐した森と無間伐の森を比べ、大人たちも一緒に間伐作業をして行くのです。
林野庁によると学校林を持つ学校は01年度で3312校だそうです。
記事には「一割にも満たない」とあったのですが、私はそんな活動が広まっている事すらしりませんでした。
こんなに環境のいいところに住んでいながら、12年も気づかなかったな、と反省しました。
記事では学校林を持つ伊那西小学校の取り組みも紹介されています。
マラソン、野鳥観察、きのこ栽培、山菜料理、基地作り。
ついには、間伐材を利用して教室を作ってしまったのだそうです。
近くに森林が当たり前のようにあり、無意識に子供たちは接しているに過ぎないのですが、遊びの場として、自然の営みを知る勉強の場として、地域活動に参加する勤労の場として利用しているのだそうです。
境小の取り組みも始まったばかりです。
保護者にも作業の参加を呼びかける便りがあったので、私もはじめて別名「国見山」と呼ばれている所に行って見ました。
今でこそ大きな松林になっていますが、江戸時代には高島藩主が甲信の村々を眺望した場所だそうです。
6年生と作業をしていると1年生がビニール袋を手に“秋探し”にやって来ました。
一列に並んで何をするのかな?と思っていると
「6年生のみなさん!ごくろうさまです!」と大声を張り上げ、深々とお辞儀をしました。
なんだか、うれしくなって疲れてはいましたが「もう少し頑張るか」と言う気持ちにさせてくれました。
子供たちの整備した林の上にはその頃献上相撲が行われた土俵の跡もあり、11月には全校の相撲大会も予定されているとか・・・
境小学校の「郷土の森林」事業がどのように発展していくのか楽しみです。


みんな、お疲れさん! きれいになったね!