2月20日 スワいち。
昨年は、テーブルランドさんと和菓子の泉屋さんだけで行ったそうです。
今年、声をかけて頂くまで、すっかりお菓子のイベントだと思っていたのですが・・・
実は、6市町村の町づくりに関わっている力を連携していこうというところから始まったイベントだそうです。
で、今年は駅前商店街が、一日にぎやかになるようなイベントにしたいね、ということになりました。
有志で手分けをして、駅前の商店街を歩き、趣旨をお話して参加いただけるお店を募りました。
「スワいち・イベント」でご紹介したように、宮越商店さんの空き店舗をお借りして、特設会場を設置。
私も、カセットコンロを持ち込み、ルバーブジャムを作って試食、販売で参加しました。

オープニングイベントでは、参加者全員が一緒に集合写真をとる予定でした。
記念写真には、是非写りたかったのですが、オープニングイベント開始の10時には、
すでにお客様が来店なさって、参加できませんでした。
オープニングイベントを見に行ったおらほーの会の佐久君にカメラを渡して写真を撮ってもらおうと思ったのですが、時すでに遅し・・・
富士見養蜂部のハチさんたちの記念写真に横入りしてこの写真を撮ってきました。

その記念写真のきっかけとなったのが、この大丸屋さんです。
スワいちへの参加をお願いに行った時に、「古い写真があるのよ」と、出してくださいました。
その中に、50年前に富士見駅前で撮った集合写真を見つけました。
「オープニングイベントに、同じアングルで写真を撮れたら楽しいね」
という話になり、実現したと言うことです。
駅前の洋品店・大丸屋さんは富士見駅開駅当時から商売をなさっているそうです。
そんな歴史のあるお店だということも、初めて知りました。

スワいちの企画「富士見まち歩き・いとをかしつめ合わせ」
写真の前売り券を1,200円で購入。
商店街の9商店を回ってイベントの為の限定商品と引き換えます。
私も駆け足で回りましたが、楽しくって子供みたいにウキウキしてしまいました。
本当は、一軒一軒でゆっくりと世間話でもしながら買い物をするのが目的なんですけど・・・

大丸屋さんでゲットするのは、このあずま袋。

そして・・・「いとをかしつめ合わせ」の2店目は、井筒屋さん。
草もちです。

「いとをかしつめ合わせ」の3店目。
文房具店のイチジュウさん。お菓子のミニ消しゴムを2個。
私はたい焼きと卵の握りずしをゲット。 ^^;

「いとをかしつめ合わせ」の4店目。
手作り人形工房「木の葉」さんのスワいちキャラクター「さいかちゃん」です。

イチジュウさんの店前で、日本装飾美術学校によるクラフト市が行われました。
ずっと外で、きっと寒かったでしょうね。
ま、若いからいいか!

「いとをかしつめ合わせ」の5店目。
日本装飾美術学校のさいかちゃんをイメージしたガラス玉

皆さんの作品がずらりと並んでいました。
ゆっくり見ていられなくって、残念!
「いとをかしつめ合わせ」の6店目は靴屋のキリン堂さん。
ここでは靴下をゲットしました。

ここが宮越商店をお借りした特設会場。
和菓子の泉屋さんが、和菓子作り体験をしているので、外からガラス越しに見学している人も沢山いました。
ここの会場作りに貢献してくれたのが、グランドデザインの迫田さんと徳永さん。
1週間掛けて、しゃれたお店に変身させてくれました。

泉屋さんの和菓子作り体験です。
茶色、ピンク、白の餡を使って、和菓子を作ってきます。

白い餡で茶色の餡を包んでいるようですが、この間にピンクの餡が挟まっています。

で、出来たのが写真の手前の和菓子です。
ピンクを挟んでぎゅっと押し付けるので、この愛らしいピンク色になるんですね。
私も、初めての体験をさせていただきました。
自分で作った和菓子なんて、もったいなくって食べられねぁ~いぃ~

こちらは、蜜蝋クリームの材料です。
富士見養蜂部によるワークショップ。

可愛いハチさんたちに教わりながら、優しい香りのクリームが作れます。

こんなイベントに高校生が積極的に参加してくれるなんて、嬉しいです。
おかげさまで、会場が華やかでした。

「いとをかしつめ合わせ」の7店目。
泉屋さんのマドレーヌと和菓子です。
跡継ぎの息子さんがお二人。和菓子職人と洋菓子職人です。
すごぉ~い!!
洋菓子職人のシュークリームは、あっという間に完売でした。

「いとをかしつめ合わせ」の8店目。
ひはちさんの洋菓子セット。
この可愛いクマさんは、ふわふわの・・・で出来ていました。

特産品ブースです。
キャトル・セゾンのお菓子を販売させていただいたら、大人気でした。
ルバーブパイやルバーブマカロンも皆さんに好評でした。
ジャムの試食を勧めているところですが・・・なんか引かれてません・・・?

この日は、駅前商店街にハチさんもご家族と歩いてました! ^^

ここが「いとをかしつめ合わせ」の9店目。
最終のイベント会場、喫茶店の「テーブル・ランド」
テーブルランド・オリジナルのドリップパックをゲット!
店舗の前では、左の畳を広げて「ちゃぶ台ひっくり返し競技大会」が行われました。
やってみたかったぁ~ 残念!!!
この「ちゃぶ台・・・」の考案者は、酒屋の福寿屋さん。
このイベントで親しくさせて頂きましたが、すごく素敵な方で、楽しいイベントに貢献してくださいました。
いろんな人の力で盛り上げた今回のスワイチ。
何よりも、こうした人と人の繋がりが宝ですね。
また、次に繋がっていくといいです。

外は寒いというのに、テーブルランドの中は、なぜかハワイアン!
すごい盛り上がりようです。
スノーシューズを履いてハワイアンをやっているところが、またおかしかったです・・・
テーブルランドの中原さんには、本当に何から何までお世話になりました。
「いとをかしつめ合わせ」の考案者も中原さんです。

丁度、私のように「ちゃぶ台返し大会をやりたかったなぁ~」という方に遭遇。
お子さんにまねをさせていたのが余りにかわいらしく、パチリ!
疲れましたが、一日思いっきり楽しいイベントになりました。

「いとをかしつめ合わせ」

可愛いあづま袋です。
ちょっと前まで、こうして風呂敷を持って、商店街を歩いて世間話をしながら買い物をしていたんですよね。
今では、スーパーに何でも揃っているので買い物をするには便利です。
でも、この日、このあづま袋に入っているのは、品物だけじゃない・・・
人と人との、あったかなつながりを、改めて思い起こさせてくれたイベントでした。
富士見町の井戸尻文化講座のお知らせです。
およそ5千年前、八ヶ岳山麓を中心に展開していた「井戸尻文化」
~今回の講座では、その深い精神性と世界観、
また、最新のシュミレーションに基く当時の星空について思いをめぐらしてゆきます~
縄文講座・チラシから
実は、私は考古学にまったく興味がありませんでした。
議員だし、近くだからお義理で考古館・館長や学芸員の皆さんの話を聞きに行っていました。
それが面白いんです!
謎解きをしていて、絡んでいた糸が少しずつほどけて行くようで、ワクワク・ドキドキするんです!
「まさしく、これは富士見が世界に誇れる宝物だ」と気づきました。
なにより、私の心を激しく揺さぶるのは、ここを発掘した当時からの研究・思想を
「考古学会の異端児」などと馬鹿にされながらも、決して信念を曲げなかった、井戸尻の学芸員の皆さんの姿勢です。
かっこいいじゃないですか!!
今では異端児ではなく、正論に変わってきているそうです。
加えて、井戸尻は「おらあとうの村の歴史は、 おらあとうの手で明らかに・・・。」
と、地元の皆さんのご協力で発掘されていることです。
今では珍しくなった、ちょっと無骨で「凛」としている・・・
そんな人たちの魅力に惹かれるのは、私だけではないと思います。

「富士見の日」に富士見景観賞の投票・クイズ大会が行われました。
景観賞は、富士見町内の美しい景観を残す為に、写真を通じて、
「景観づくり」へ関心を持っていただく目的で2000年度に始まりました。
しかし、いつの間にか目的が不鮮明になり、単に「写真コンテスト」になってしまいました。
その意義を見つめなおす為に一昨年はお休み。
昨年、再開して写真の部のテーマを「看板のある風景」としました。
景観にマッチした看板を探して、私も応募しました。
また、絵画の部では、昨年、閉校した旧南中学校の生徒達が写生大会をして、自分達の愛した校舎の絵を応募してくれました。
(ちなみにその絵は、閉校式の時に展示されていました)
景観推進協議会の皆さんは、こうして「景観」という概念をみなさんに分かりやすいものとして捉えて頂く為に、
努力を重ねて来てくださっているんですね。
さてさて・・・
前置きが長くなりました。 今年の景観賞はちょっと違う!
推進委員会の皆さんがまた、企画をバージョンアップ!
思考を凝らしてくださいました。
テーマは「富士見の人々と自然を楽しもう!」
応募写真を今年はコミプラに来場した皆さんが、気に入った写真に投票するという企画でした。

イベントの19日の一週間前から、コミプラのロビーに応募写真が展示されていました。

豪華商品のお知らせ。
応募意欲を誘いました。

19日当日。
コミプラのAVホールで、「富士見町景観クイズ大会」が行われました。
町内のあちらこちらの風景や建物の写真の場所当てゲームです。
隠れたお宝発見みたいで、会場も盛り上がって、すごく楽しかったです。

両角修二さんと夫のジェルミがコメンテーターとして参加。
実は、夫が町内を駆け回って、クイズ用の写真を撮っていました。
おのずと、境方面が多かったかも・・・ ^^;

景品を掛けたクイズに、会場も熱気帯びて・・・
富士見町の巨木や近代遺産、どれだけ分かるかな?

豪華商品
町内の業者さんに沢山ご協力いただきました。
これまた推進協議会の皆さんが各店舗を回って、協力をお願いしていました。
ご苦労様です。 m(_ _)m

最優秀賞の「富士見の恵みを楽しむ」組み写真です。
後日談です。
キャトル・セゾンに寄った時に、3名の地元の女性がお店に入ってきました。
「先日、これをもらったんだけど使えるのかしら・・・?」
景観賞のクイズでゲットしたキャトル・セゾンの2千円分の商品券をお持ちでした。
思わず、嬉しくなって「このロールケーキを買っても、まだ何か買えますよ」などとおせっかいを・・・
結局、「お友達と分けて食べたいから・・・」と、シフォンケーキとチョコ・ブラウニーを6個選ばれました。
新しい試みで、景観推進協議会の皆さんは準備がさぞ大変だったと思います。
でも、ほんとに地元住民の皆さんにも楽しんで頂けるいい企画でしたね。
本当にご苦労様でした。
2月23日をふ(2)じ(2)み(3)の日に掛けて、「富士見の日」とし、毎年イベントを行っています。
今年は、富士見町内5ヶ所にわたってイベントが行われました。
・駅前商店街 では、富士見冨里商栄会「富士見の日特別売り出し抽選会」
・町民センターでは、第5回キッズスポーツ祭
障害物競走、綱引き、おたのしみゲームが行われました。
・コミュニティプラザでは、認知症サポーター養成講座2230(ふじみ)
富士見景観投票(お楽しみ抽選会付き)及び富士見町景観クイズ大会
古本・古雑誌配布
・富士見高原スキー場 では、富士見高原スキー場「富士見の日感謝デー」
創造の森 富士見ハイキング、子供餅つき大会が行われました。
また、パノラマスキー場を会場に「特産品まつり」が開催され、
ルバーブ生産組合も卓上コンロを持ち込み、ルバーブジャムを作って試食販売をしました。

パノラマスキー場の特産品まつりの会場です。
富士見町の特産品が勢ぞろい!

ルバーブ生産組合では、ルバーブジャムと飴を販売しました。
卓上コンロで冷凍しておいたルバーブをジャムにして、試食を提供。
ただ、スキー客は、厚い手袋を脱ぐのもたいへんで、試食を辞退される方も多かったです。

キャトル・セゾンさんとカントリー・キッチンさんのブースです。

キャトル・セゾンさんは、オーブンを持ち込んで、焼きたてのアップルパイを提供!

ご覧ください! このボリューム!!!
焼きたての熱々が、一切れ500円であっという間に売切れてしまいました。

ルバーブのパイも販売していただきました。
1個 280円。
こちらも大人気でした。

おや・・・
ルバーブパイの隣で、まりこを発見!
ひそかに人気上昇中!

カントリーキッチンさんは、あったかいかぼちゃスープを格安の100円で提供。
おいしくって体があったまりました!

福寿屋さんも古代米焼酎のPR!
ここでしか手に入りません!
古代米のもつ独特の風味をいかすため、精米配合を15%ほどにとどめるなどの工夫がされているそうです。
25度と40度の焼酎があり、お酒を飲めない私は何も分からずにこの40度の焼酎を象鼻杯で飲んでいただき、
「きつ過ぎて味が分からない」と言われてしまいました。 ^^;
しかし、このときの皆さんのお話では、この焼酎をハスの葉茶で割ると格別だとの事。
機会があったらお試しくださいまし!
毎年1月14日の夕刻、どんど焼きが行われます。
この日の一週間前に子供たちが各家を回って、お正月の松飾やだるま等を集めます。
それから、役員さんたちと竹林から竹を持ってきて、やぐらを組みます。
その準備も大変なものです。
我が家の子供たちがいるころは、米粉を買って、ニンジンやヨモギで色をつけ繭玉を作るのが恒例の行事でした。
多い時は、4本の柳を準備。
子供たちは、ハート形や巻き糞うんち(失礼!)の繭玉を作って楽しんだものでした。
時間もなく、今年は初めて手抜きで繭玉を買って参加。
これを焼いて食べないと、一年間病気をした時に後悔をしそう・・・ ^^;
でも、やっぱり作ればよかったなぁ~

他の集まりがあって、始まりの時間に遅れました。
あわてて会場の井戸尻史跡公園に行くと、遠くから明かりが見えました。

まずは、厄年の人たちの厄払い。

小学生2人による点火。

あっという間に火の手が上がります。
静かな星空に、竹がはぜて、パンパンと大きな音が響きました。

ころあいを見て、消防団がおき火を広げてくれます。
「熱い~」と言いながら、みんなで持参した繭玉をおき火にかざします。
暗くって良く見えないので、真っ黒になることもしばしば・・・
役員さんたちがお酒やおつまみを配ってくれ、しばし語らいの時間・・・
ここでも消防団は陰の力持ち。
みんなが帰った後も、最後まで火の始末をするために残ってくれます。
富士見町の心豊かな暮らしの一こまです。
昨年12月の富士見町の広報から「よっちゃばりの知恵袋」のコーナーが始まりました!
一回目の12月は、“野沢菜の切り漬け”と“寒干し大根”
1月号は、“白菜のキムチ漬け”の紹介でした。
(“寒干し大根”のつけ方も、今度紹介される予定です)
先ごろ、2月号の撮影の為に、試食を兼ねて、とよっちゃばりの皆さんが集まりました。
と、言っても、私はいつもおいしく「頂く」係りです。
この日も、皆さんご自慢の手作りの品が並び、お腹一杯に幸せ一杯なひと時でした!

これは一体なんでしょう?
これが、この日のご紹介料理です。
このブログをご覧の皆様には、2月広報よりも一足早くご紹介! ^^;
こちらの食材、エゴマで和えてあります。

これが干した状態です。
初めて食べました!
初めての食感。
ちょっと歯ごたえがあって、シャッキっとした感じです。
ちょっと引っ張りましたが・・・ (^^;)野沢菜のかぶを干したものだそうです。
それを水で戻して茹でてからエゴマと合えてあります。
野沢菜のカブは食べたことがありましたが、保存食として干した物は初めてです。
2月の広報では、干しているところや作り方も紹介されます。
お楽しみに!

定番のエゴマのおはぎ。
富士見に来て初めてエゴマを食べました。
都会から来た友人が「こんなにおいしいゴマを始めて食べた」
と、言っていましたが、ゴマとはまた違った香ばしいおいしさです。

お豆の入った寒天
何かの集まりがあると、必ず一品は寒天料理が並んでいます。

この大根とニンジンは軽く干してあるそうです。
それを焼いてから、高野豆腐と煮てあります。
表面がちょっと歯ごたえのあって、大根もニンジンもすごく甘かったです。

ウドの煮物
塩漬けにしてあったウドを戻して揚げと煮てあります。
この時期にウドをいただけるなんて、すごい贅沢!
たくさん採って、塩漬けにして冬の間、こうして食べるんですね。
今では、一年中スーパーに行けば手に入ります。
ちょっと前までは当たり前だったこうした料理が、だんだん姿を消しています。
受け継いでいかないといけないですよね・・・
しかし
私達には、それだけの“ずく”がない!

さて、これも一体なんでしょうか?
初乳豆腐です。

牛乳に酢やレモン汁を入れて火にかけると、固まってカッテージチーズができます。
でも、お産した直後の初乳は、火にかけただけで固まります。
普通の牛乳で作るカッテージチーズに比べて、濃厚な味がします。
若い頃、北海道の酪農家で実習生として働いているときに、初めて食べました。
甘辛く砂糖醤油で味付けしてあったのですが、その濃厚なおいしさにびっくりしました。
私にとっては忘れられない味です。
初乳でしか作れないので、どこでも食べられるではありません。
この日も、酪農家の方が作って持ってきてくださいました。
懐かしくって、うれしかったぁ~

残りご飯を揚げたものです。
あまったご飯を洗ってぬめりをとってから、揚げてちょっと甘くしてあります。
少しも無駄にしない。
余ったものも、おいしく頂く知恵。
なんだか、日常の自分がお恥ずかしい・・・
どうですか・・・
本当に感心してしまいます。

ちょっと集まっただけで、これだけ豊かな食材が並ぶって、ものすごいですよね。
大根やウドも収穫した野菜を少しも無駄にしないで保存しておく。
食材を丁寧に丁寧に・・
少しも無駄にせずに食卓に並べていた「母ちゃんたちの知恵」
手間ひまかけて作られた料理は、心まで豊かにしてくれます。
本日ご紹介した料理。
これから8月までの広報の「よっちゃばりの智恵袋」で紹介されそうです。
昨年の暮れの南中学校跡地利用の要望書提出でブログが止まってしまいました。
自分の中でこのことが整理できないと、このブログも先に進めない・・・
昨年の1月の跡地利用の公募(2010年1月10日の記事)から始まり、
2月には、あの校舎を残して利用したいという有志が集まりました。
1年が過ぎたんですね。
私にとっては、4人の子供たちが成長した思い出深い中学校
地域の方々が出払いで作った古い木造校舎は、計り知れない価値があります。
今はインドで音楽の教師をしている次女も、富士見にいた9月までの短い期間に、自分の出来ることと、
友人の協力も得て「旧南中学校を守ろう」のブログを立ち上げました。
卒業生有志で、南中校舎を残すための署名運動もしました。
よそ者の目から見ても、傾斜のある土地の為に平屋の校舎が3段になって作られている特長のある魅力的な建物です。
校舎の真ん中を通っている、階段のある廊下・・・
卒業生達が磨いた、ピカピカの床・・・
斜めからみるとちょっとゆがんで見える手ふきのガラス窓・・・
何処を歩いてもきしむ床・・・
春、夢のように美しい姿を見せる桜に囲まれたグランド・・
子供たちが大切に育ててきた梅林・・・
それらの、どれ一つをとっても、今後、二度と創ることが出来ない大切な宝です。
あの校舎を残したいと「南の学校」に至るまでの、そして、その後の経緯を思い出しては泣け・・・
卒業生や応援して頂いた皆さんの想いを想いを馳せては泣け・・・
ブログの写真を見ては泣け・・・
しかし・・・
本当にもう、いい加減にしないと!
三鷹光器は、富士見町も長野県としてもどうしても誘致したい企業。
それゆえ、プレゼンの時に町長が三鷹光器の補足説明の発言するような自体になってしまった訳です。
まあ・・・正直といえばあまりに正直。
三鷹光器が突然に浮上して決定するに至った経緯
プレゼンでの町長の発言
議員である私がプレゼンに関わったことへの批判
ボーっとしていると、つい、そんな事を思い出しては考えを廻らせてしまう。
私達、有志の会でも、校庭から校舎まで、あれだけの規模を請け負うに当っては、それ相当の議論、覚悟がありました。
富士見町の魅力をみんなに知ってもらえるような魅力ある施設を考えていました。
それは、何よりも私達富士見町民にとって、楽しい場であるコミニュティーの場になるはずでした。
それらは、現在の富士見町に必要なものであり、それを民間の力で築いていく意味も大きかったと思います。
「協働の町づくり」といいながら、富士見町にはそういった活動を応援するような雰囲気がありません。
私達の中には、町づくりに関する始めてのNPO創設という、自負もありました。
しかし、検討委員会で「本当に出来るのか、無責任だ」「区でも反対する」
という様な発言もあったそうです。
そんな意見を耳にした時に、地域の皆さんの理解が得られなかった事が、決定的に私の心をくじきました。
そこが、私達よそ者の一番痛いところ。
いつもどうやって地域の人たちを巻き込んでいけば良いのか・・・
でも、そこに時間を掛けていたら、物事がどんどん進んでしまう。
あの建物に魅力を感じている人間だけでも、まず動くしかない!!
南の学校のメンバーに地域の方を巻き込めなかったのは、時間がなかったとはいえ、
大きな課題であることは、みんなが認識していたことです。
いままでも、何をやってもそこにぶち当たって来ました。
私達「よそ者」が常に抱えている大きな壁です。
「ああ・・・又か・・・」
そう思うと、なんだか音をたてて私の中の何かが、プツンを切れたような気がします。
落ち込みも激しく、しかし、立ち直りの早いのが私のいいところだったはずなのですが、
今回ばかりは、想いや覚悟が大きかっただけに、自分でもどうして良いのかわかりません。
でも、決まった事を何とか前向きに捉らえないと!
世界を相手に三鷹光器さんが使ってくださるのです。
あの校舎は、三鷹さんに視察に来る外国の見学者にとっても、心を奪われるような魅力的なものであると思います。
三鷹さんにとっても、古い木造校舎の利用は、企業PRの一端を担えるのではないでしょうか。
富士見町にあった南中学校が、世界中にその魅力を発信できる機会を頂いたという事だと思うようになりました。
ここで、この問題については区切りをつけたい。
三鷹光器さんが、末永く富士見町に拠点を持ち、地域の方々に愛されるようになることを望んでやみません。
9月23日に紹介した、富士見高校の養蜂部
養蜂部の活動を「おらほー! 富士見」の会がバックアップする体制で、「第一回 みつばちセミナー」を開催することになりました。
今年度中、3月までに全3回を予定しています。
2回目には、富士見版の密源・花粉源のカレンダー作り
最終の3回目では、みつばちのためのガーデニングや蜜蠟作り体験等を計画中です。
店員が30名だったのであまり広報をしていなかったのですが、まだ定員に余裕があります。
ふるってご参加ください。


住民懇談会が終了しました。
毎回、なるべく参加して住民の皆さんがどんな意見をお持ちなのか、情報収集させて頂いています。
西山の会場以外は、参加しました。
パワーポイントを使っての町長の説明で、住民の皆さんのご意見は概ね建設的な意見が多かったように思います。
富士見町の5地区の会場で行われましたが、町の中心部・町民センター会場は、台風と重なり10名ほどの参加のみでした。
ちょっと残念でした。
住民懇談会が終了したという記事です。

富士見町の小林一彦町長は1日夜、落合小学校で住民懇談会を開き、全5回の日程を終了した。
2011年度末で閉校する落合小の後利用で小林町長は「生涯学習施設への活用は費用対効果から難しい。
現時点でアイデアはない」と回答。
第4次総合計画後期計画のリーディングプロジェクトに「教育」が含まれていないことについては「意図的ではない。力を入れる」と述べた。
5会場には一般住民は計194人が来場。昨年11月の町長就任後初の開催に比べ、203人減少した。
老人福祉センター清泉荘(池袋)の会場では、町が11年度、同施設を取り壊し、新複合福祉施設を建設する計画についての質問が相次いだ。
現行施設を利用する機織りグループの女性は継続利用を要望。小林町長は「機織りは後世に受け継ぐべきだ。
長く続け、若い人を育ててほしい。実施場所はいろいろな角度から検討する」と回答。
現行施設内にある屋内ゲートボール場を利用する男性の「残してほしい」との要望には、
名取祐仁住民福祉課長が「ゲートボール場は耐震工事の必要がなく、そのまま活用する」と説明した。
第4次総合計画では、最重点課題を6項目のリーディングプロジェクトと表記したことについて
英国人男性が「くれぐれも日本語を使ってほしい」とした上で、「教育」の項目がない点を指摘。
小林町長は 「町は教育に年間11億円を使い、町費の教諭も増やしている。
重要な施策と考えている」と理解を求めた。(平成22年11月3日 長野日報)
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上記の「リーディングプロジェクト」について
住民説明会資料の 今後の施策「第4次総合計画」に出てきます。

「リーディングプロジェクト」
「小林一彦プロジェクト」と詠っているものです。
ネットで調べてみると・・・
「リーディングする」つまり、「先頭に立って導く」
基本計画全体を推進する、先導的な役割を果たす誘導的なプロジェクト
その、リーディングプロジェクトに上記の6項目が挙げられているわけですが、なぜか「教育」が入ってない。
この件については、議員の全員協議会でもずいぶん食い下がりました。
その場に町長が出席していないので「伝えておく」で終わってしまいましたが・・・
もしも、このリーディングプロジェクトが2項目くらいなら、
~私は当然トップに投げて欲しい!「教育」こそ日本の力だ! と、思っています。
でも、町長にはそれなりの考えがあって他の政策を挙げるかもしれない ~
百歩譲って・・・
「教育」がおちていたとしても、まだ納得できます。
でも!
上記のように、6項目も挙がっています。
私には「教育」だけ、落としたとしか見えないのですが・・・
皆さんはどう思われるでしょうか?
どうしても納得できずに、後日、町長にも話しに行きました。
でも、「いまさら変えられない」と、いうお返事。
このままじゃ、私は「富士見町」として、恥ずかしいと思いますが・・・
町長は「『教育』は、当然のことだから入れなかった」という説明でした。
そんな説明で納得できるはずがないじゃないですか・・・
昨日に引き続き、ズーラの縄文の体験の報告です。
ズーラのホームページはこちら「芸術の縄文 土器づくり」
土器作りの会場は、信濃境駅近くの「清泉荘」
7名の方の参加があり、そのうちの2名の方が2日間続けて参加してくださいました。
この前日の館長の話ー
縄文土器に描かれたの文様に込められた意味などの話をすでに聞かれた方もあり、
すぐに土器づくりに入ろうと思ったのですが、
考古館の見学をしたいという希望が多く、まず、考古館見学になりました。
みなさん、すごくまじめで熱心です。

考古館で土器を見学してこられたみなさん。
これから縄文土器づくりに挑戦です。
考古館から見本を借りて来てあり、その中から自分の作りたいと思う土器を選びました。
この日の講師は、富士見町の土器づくりのサークル「ほのおの会」の講師も勤めている、小林まり子先生。


土器づくりの秘密兵器が沢山並んでいます。

机の中央に並んでいるのが見本品。
それぞれの土器について、ますまり子先生が説明をしてくれました。

さて、作品作り
これは作品ではなく・・・
粘土の水分が多めだったので、早く乾くように表面積を多くしているところです。

土器の下部を作ります。
表面をいじめればいじめるほど付きやすくなるそうです。

ねんどを蛇のように長くして段々積み上げていきます。

段々、形が出来てきて、にこやかな笑顔!

前日の勾玉作りから、ご参加いただきました。
2日間、どっぷり縄文体験に浸って頂きました。
ありがとうございました!

まり子先生が、お一人づつ、丁寧に指導。
時にはユーモアを交え、みなさんを楽しい縄文の世界に誘ってくれました。

形が完成に近づき、真剣なまなざし。

土器の形が出来上がり、取っ手を付けるところです。

皆さん、縄文人になって土器づくりに熱中!?

蓮田で遭難しそうになってまで、ゲットしたハスの葉。
せっかくですのでこの日も、ハスの葉茶で「象鼻杯」を体験して頂きました。 ^^
昼食は、希望者には「かあちゃん弁当」をお勧めしました。
手作りの惣菜でみなさんにとっても好評でした。
(ここでも紹介→ こちら)

そして、ついに! 縄文の文様を入れに突入。

完成品と一緒に記念写真!
2日間の参加、いかがだったでしょうか・・・
完成品は、まり子先生が大切に保管してくれて、乾燥をさせます。
11月13日くらいに野焼きの予定です。
諏訪オンパク・ズーラ。
「赤いルバーブを丸ごと召し上がれ」で気を良くし、今年は縄文体験の企画を出してみました。
ルバーブ生産組合のペンショングループに、丁度、縄文大好き人間がいて
「ず~っとこんな企画をしてみたいと思っていたんだけど・・・」と、話したところ、
すっかり意気投合してしまいました。
夢のように楽しい企画が、このたび実現しました!
ズーラのホームページでは→こちら「神秘の縄文 勾玉づくり」
考古学にまったく興味のない私にとっても井戸尻考古館の館長や学芸員の話はすっごく面白い!
縄文土器の文様の謎解きなどは、絡まっている糸が話を聞いているうちにゆっくりほどけていくようで推理小説でも聞いているようです。
そんな館長の話を縄文の復元家屋で火を囲みながら聞いてみたいというのが、私の夢でした。
それに加えて、長女の結婚式のときにやらせていただいた「象鼻杯」を使って、お酒なんぞ飲み交わしながらやったら、こんな楽しいイベントはない!
私達の当初の予定では、「温泉泊覧会」なのでペンションに宿泊して頂くのが前提。
初日に釜無川に行って、砂を採取。
粘土はこの地域では入手が難しいというので、買ったものを利用して、
まず砂と混ぜて粘土を捏ねるところから。
これは、なかなかたいへんな作業です。
そうして、夜は復元家屋で縄文の文様の話を聞いて、翌日に土器を形にして午後に文様を入れる。
しかし、これでは拘束時間が長すぎるという問題もあり、事務局との相談で、連動する2日間の別々のメニューに変わりました。
そこで、一日目は「勾玉づくり」とセットにしました。
勾玉作りって、考古館でよくワークショップをやっているのですが、
こんなに楽しいと思いませんでした。

集合は、午後の3時45分
最初の予定では考古館見学をしてから「勾玉作り」をするつもりだったのですが、
急に寒くなったので、度とでの体験、先に「勾玉」を作ることにしました。
説明を聞いて、勾玉の原石のロウ石を見た時は、みなさん、「ええぇ~ @@!?」
と、思われたと思います。
見た目は、その辺に転がっている砂利と変わりません。

それでも、それぞれにロウ石を、荒い石にこすり付けて削り始めました。
この辺から参加者の皆さんも
「結構、楽しい!」と、夢中になり始め・・・

「見て!! 勾玉の形になってきた!」

砥石も荒砥から仕上げ砥まで沢山準備されています。

形が出来上がったところで、穴を空けます。
キリも、黒曜石や竹で出来ています。

愛する奥様の為に、キリに心を込めて慎重に・・・

写真は竹製のキリ。
竹にウルシなど粉をつけて、研磨作用を増してあります。
すごい智恵ですね

仕上げは木でこすり、最後は皮で磨きます。
こんなに美しい「勾玉」に変身しました。
皆さんにはこの後、考古館の見学をして頂き・・・
暗くなってきた所で、6時ごろから復元家屋で楽しい晩餐です。 ^^

これは、ズーラのPRに使った写真。
復元家屋の前で、長女をモデルに象鼻杯の写真を撮ったのですが、
説明不足で分からない方が多かったようです。
反省!

復元家屋の中も、準備万端。

ペンション・ウイッシュのご主人の力作! 「縄文弁当」
古代米・蓮の実入り、鹿肉のチンジャオロースー、古代ハスの天ぷら、キノコの酢和え、かぼちゃとカブの煮物、
超豪華弁当に皆さん、大満足!
しかし!
縄文の世界に拘って、明かりを焚き火とろうそくだけにしたので、暗くって良く見えない!
「せっかくのご馳走を見たい!!」と、みなさん、懐中電灯をかざしながら食べていました。
確かに・・・
食べると時くらい、明かりは必要だったかも・・・?
反省!

井戸尻考古館の館長夫人・小林まり子さんが縄文土器できのこ汁を準備してくれました。

参加者が考古館見学の間、私は復元家屋で火の番。
段々日が落ちて暗くなって行く空を見ながら、「縄文人もこうして夜を迎えたのかな・・・」
などと、すでにかなり感傷的になっています。

楽しい宴の始まりです。
お酒が入って、館長の饒舌も絶好調!
この晩の話の結論は、縄文時代藤内遺跡あたりにこの地方最高の哲学者がいた!?
と、いうことのようです・・・

まり子さんの作った土器は、館長曰く酒を醗酵させるためのもの。
上部にいくつも開いている穴は、羽をさして「気」を抜いたものじゃないか。
でも、その穴が丁度良く、マスの串刺しを指して、暖めて食べました。

煙で煙ってよく見えませんが、象鼻杯でお酒を飲んでいます。
これまたまり子さんが、自宅の竹でコップや徳利を作ってきてくれて、
竹に入れたお酒を火にくべて温めて飲みました。
これが、また、美味だったようです。(私はまったく飲めません! 残念ながら・・・)
縄文収穫祭で初お目見えした、古代米の40度の焼酎。
せっかくの機会なので象鼻杯で体験して頂きました。
「強すぎて味が分からない!?」
だ、そうです・・・ ^^;
しかし、古代米焼酎の蓮の葉茶割りは好評で、富士見町の特産にしては!
との事でした。

お酒を飲めない方は、蓮の葉茶で体験をして頂きました。
このハスの葉ですが・・・
すぐにしおれてしまうので、この日の昼過ぎに採りに行きました。
考古館で、足の腿の上部まである長靴を借りて蓮田に入りました。
田んぼのぬかるみをご存知でしょうか?
あれが、ひざの高さまであるイメージです。
一歩一歩が泥の中に埋まり、長靴の腿の部分を引っ張らなければ抜けません。
きれいな葉は、蓮田の中心の方でないとないし・・・
蓮田で遭難しそうになりました・・・ ^^;
冗談ではなく・・・
誰か、蓮田で奮闘している私を見ていたら、
漫画のようで笑っちゃったでしょうね・・・
しかし!
蓮田遭難事件を含めて、本当に楽しい時間でした。
考古館館長、職員のみなさんをはじめ、縄文大好き人間の集まりで実現しました。
主催者は、大満足です。
楽しかったぁ~
平成22年度 住民懇談会の資料です。
ウエブアルバムに載せました。
懇談会に参加すれば会場で配られます。
聞く時の、参考になさってください。
平成22年 住民懇談会資料
10月17日 縄文王国収穫祭が開催されました。
井戸尻考古館の本物の、縄文の収穫祭です。
しかも、沢山の住民参加
とことん手作りに拘った収穫祭です。
こんなすごい収穫祭をやっているところがほかにあるでしょうか
毎年、議会は蒸かし芋と鹿肉の焼肉の配布で参加しています。
ゆっくり会場を見ている暇がなく、ちょっと手が開いた時に会場を走り回って写真を取りました。
それでも、十分楽しさが伝わると思うのですが・・・ ^^

まずは収穫の祭式で始まり・・・

今年初めて特産品の販売もありました。
この日、初のお披露目となった、古代米の焼酎。
売れてました!

試食に皆さんが集まってきています。

配っているのはこれ!

シコクビエのおかき
土器でじっくりゆっくり煮ていました。

土器の野焼きの始まり

石斧の体験

子供たちに人気のワークショップ

木の実が沢山! 楽しそう・・・

当日、考古館ではこうした巻頭衣の貸し出しも行っています。

ゆでた蓮の実の試食

シコクビエのおせんべい
クルミが入っていて、おいしい!

縄文収穫祭にぴったりの音楽に踊りも加わって・・・

野焼きの次の段階に入りました。
縄文人が火の中に土器を入れてます。

議会担当の鹿の焼肉です。
午前中は、蒸かし芋の配布もしました。

毎年再現されている「くく舞」

富士見太鼓の皆さん
勇壮な演奏で聴衆を惹き付けていました。

沢山の方が訪れてくださいました。
参加した方も、収穫祭を支えてくださった方も、本当にありがとうございました。
こんな素敵な収穫祭。
富士見町の自慢の一つですね。
10月25日から住民懇談会が開催されます。
一年に一度、町が住民の皆さんの声をお聞きする場です。
皆さんはどのようにこの住民懇談会を捉えていらっしゃるでしょうか・・・
「どうせ意見を言ったって、仕方ない」とお考えでしょうか?
でも、行政にしてみれば、来年度の予算に皆さんの反映を反映できるようにこの機会に設定しています。
こういう場で、住民が意見を言うことはとても大切なことです。
どうか、都合の良い日時に出向いて頂き、忌憚のないご意見をい願いいたします。
先日の議会の全員協議会で懇談会・開催の報告がありました。
ホームページでの広報もお願いしたのですが、まだ見つけることが出来ません。
町民の皆さんには10月15日配布の「広報ふじみ・お知らせ版」に載っています。
住民懇談会についてのお知らせです。↓

集落に加入なさっていない方で、広報をご希望の方は、町にその旨、お伝えくだされば、町からのお知らせが郵送されます。
基本は、各区に加入して頂きたいです。
でも、区により事情が違いますので、もし区に加入できない場合は、区で配っている町からの広報などを郵送しています。
町からの情報提供というと、広報ふじみや告知放送などが主になります。
ホームページの充実も図っているようですが、なかなか進まない現状があるようです。
ですので、出来れば「広報ふじみ」は、目を通して頂きたいです。
みなさんの間でどんなにいい提案を話していても、行政に届けなければそれは「愚痴」でしかありません。
私達、住民もきちんと行政に意見の言える力をつける必要があると思います。
それはそんなに難しいことではありません。
自分達の町のことに興味をもって、こういった懇談会に参加して話を聞き、
日頃、感じていることや意見・要望を伝えることから始まるのだと思うのです。
富士見町の南中学校の跡地利用について、計画案の公募が15日で締め切られました。
住民有志の会「旧南中学校の利活用を考える会(通称・南中会議)」でも、多目的・複合的な施設の案を提出しました。
富士見町の活性化を目的として、地域の拠点になるような施設を目指しています。
15日までに、法人や個人などから5つの案が提出されたそうです。
16日の長野日報の記事です。↓

この新聞記事にもありますが、生涯学習や福祉など非営利部分と、
特産品の加工施設やギャラリーカフェ、貸事務所などの営利部分を考えています。
住民有志で智恵を出し合って、本当に真剣に議論を重ねて作り上げた案です。
それぞれにすごい能力を持った方が集まり、納得のいく案を提出できました。
「住民有志の会でこんな動きがあるようだ」
そんなことが役場の耳にも入り、
「南中学校でこんな事をやりたい方がいるそうです。みなさんと連携して出来るんじゃないでしょうか」
役場の担当から連絡をもらいました。
その後、役場から紹介してもらった方も参加して案を作りました。
嬉しかったですね。 ^^
「南中会議」で住民の有志の集まりとして案を提出しましたが、これがすべてだとも思いません。
「そんな選択肢があるなら、自分もこんな使い方をしたかった」
そんな方もあるのではないでしょうか?
この案を提出するに当っては、いろいろな方のご意見を聞き、参考になる事例の話も聞きに行きました。
それで、最終的に思ったのは、
「こんなに早急に結論を出さずに、もっと時間をかけて議論させて欲しい」
ということです。
作り上げる過程で、色々問題も浮上します。
それをどうやって解決していくのか
喧々諤々やって結論を出すべきではないかと思うのです。
すっかり遅くなりましたが・・・
10月3日に我が池袋の御柱お宮祭が行われました。
春には、本宮と言われる諏訪大社の御柱祭が上社・下社で行われましたが、
秋には、それぞれの集落で小宮祭が行われています。
御柱祭のホームページです。
今年は初めての試みとして、小宮祭に観光客の参加を受け入れる企画があり、
池袋には、2人の方の参加がありました。
小宮祭のパンフレットです。

出発も前の神事です。

ちびっ子達が柱に乗って、本日うたい始めの木やりの披露で。

あまりに重くれ、なかなか動きません。
道路に水をかけてすべりを良くしています。

小学生達もメドデコに乗って左右に揺れながら曳航です。
大人はもちろん、子供たちも誇らしげでうれしそうです。
これも、小宮ならではですね。

急な狭い坂道を登って行きます。
ここは、人力だけでは無理だろうと重機が用意されていたようですが、
みんなの協力で無事曳くことが出来ました。

ちびっ子の木やり隊。
元気に澄んだ声が響きました。
この日の為に、何日も練習したそうです。
付き添いのお母さん達も、本当にご苦労様でした。

集落の中ほどで、方向転換。

狭い道を電信柱や植木を傷つけないように、うまく通り抜けられました。

お休み時間に、次女と夫と記念撮影 ^^;

木落としです。
ほとんど各集落の神社は、大体集落の高い位置にあります。
ですから御柱も、集落の下の方から、神社まで登っていくことが多いようです。
池袋の神社は、位置的にはこの坂を下った向こう側になるのですが、
長い階段を登った上にあります。
富士見町の中でも、小宮祭で木落としがあるのは、数集落しかないそうです。

木落としの前は、代わる代わるみんなが乗って、木やりやラッパ隊の演奏で盛り上げます。

さて、いよいよ、落としです。

きれいに落ちてきました。
ばんざぁ~い!!

神社に続く道へ

神社について、お昼となりました。
今年は、富士見町で小宮祭に観光客の参加をいくつかの集落で募りました。
池袋でも、受け入れの申し出て、2名の参加がありました。
お昼の休み時間に、自己紹介。
お一人は、わざわざ長崎からお見えになったというのでびっくりです。
こういう機会に観光客においでいただくのも、すごくいい企画だと思います。
なにしろ、7年に一度のことですから、めったに経験できる事ではなりません。
これからも、継続していけるといい事業ですよね。
お二人とも楽しんで頂けたようで、良かったです。

柱を立てる前の、冠落とし。
柱の上になる部分を、三方向から三角錐に切り落とします。
春に行った、本宮祭では余りの人の多さで、何をやっているのかまったく見えませんでした。
削るのに使われているのは「ちょうな」と言われる道具です。
最近では余り使われなくなっていますが、仕上げの削りに使われる道具だそうです。
扱っているのは、大工の若者。
かっこいい!!

冠落しが終わると、建て御柱の時に登るための支えの足場になるものをつけていきます。

さて、本日のフィナーレ
いよいよ、建て御柱です。

御柱祭のホームページに紹介されている池生神社の紹介には
「池生神社の鎮座は、平安時代にまでさかのぼります。」とあります。
ここの神社は、集落の皆さんの誇り。
この地に生きてきた人たちが、ずっと守り受け継いできた歴史です。
この祭りでも、若者達の活躍が目立ちました。
御柱に参加するために帰ってきた若者も沢山いました。
ここで生まれ育った事を再認識する機会になっているんでしょうね。
皆さんの準備も大変なものだったと思います。
最後にみんなの力を合わせて、無事に柱が建ちました。
垂れ幕には
「池生の心意気ここに建つ 家族のみんなありがとう」
と、書かれていました。

最後は宝投げ。
役得で、投げる方をやらせていただきました。 ^^
これから、公民館で慰労会。
それが、また、楽しいんだなぁ~
8月8日のミツバチ百花の訪問が、一歩進みました。(その時の記事は→こちら)
富士見町の富士見高校には、全国でも珍しいという「養蜂部」があります。
NPOみつばち百花のご協力を得て、富士見高校養蜂部とおらほーの会が協力して、
富士見町でみつばちプロジェクトを立ち上げる為の交流会を行いました。
当日は、NPOミツバチ百花から7名、おらほーから4名
富士見高校の養蜂部が先生3名をを含めて13人
そのほか、山口先生とご近所の養蜂家の和田御夫妻と、大所帯の楽しい会となりました。
この日のメインは、養蜂部の活動の紹介。
富士見高校で実際の養蜂活動の現場や楽しい劇を取り混ぜての発表報告がありました。

まず、みつばちのための庭「花とみつばちのふれあい広場」の見学

この看板の最後には、このように書かれています。
「・・・私たち(働きバチ)と、お花さん、そしてあなたが心地よく豊かに過ごせるこの広場で、
たくさんの出会いを楽しんでいってね!」
レモンバーム、カモミール、ラベンダーなど、ハーブ類が植えてありました。
特にカラミンサに、みつばちがたくさん集まるそうです。

赤そば「高嶺ルビー」も、みつばちのための畑です。

「みつばち道場」
みつばちたちの出入り口に、アルミの缶ジュースを開いて貼ってあります。
なんの為かというと、スズメバチが入り口をかじって入り込むのを防ぐため。
でも、この名前が「なかよし君」です。
天敵のスズメバチも仲間なんですよね。
なんか、この命名からして、純粋さに心が洗われるようです・・・

みつばちの巣です。
巣箱のなかに、こういう木枠が何列も並んでいます。

私には、このすごさの意味がよく分からないのですが・・・
普通の巣箱に入っているのは、巣が作りやすいように、木枠に網状のものが貼られているんだそうです。
ここの巣箱は、単なるこの木枠だけ。
この上部に引っかかりを求めて、巣を作っていくんですね。
@@!

この看板を見てください。
見ているだけでも楽しくなっちゃいます。
若い感覚ってうらやましい・・・

巣を見せてもらい、興味津々の大人たち。

高校の畑も見学。
畑の周りに「ソルゴー」という植物を植えて、虫除けや風除けの為に植えるのだそうです。
話には聞いていましたが、はじめてみました。
写真が分かり難いのですが、左端と真ん中の背の高いキビのような植物です。
壁のように植えることで、農薬の飛散も防げます。
いろいろやっているんですね。

見学終了後、養蜂部の研究発表。
スライドの前で、みつばちの一生の劇「はちさん劇場」
分かりやすくって、子どもから大人まで楽しめそうです。

何と言っても、あまりにかわいくって・・・

ボランティアの和田さんに教えていただき、蜜蝋からつくったクリーム。
お土産に1個づつ頂いてしまいました!

活動報告をまとめたものです。
とにかく、見ていて楽しい。
私達、大人じゃ、こうはいかないよなぁ~と、感心・・・
情報発信のやり方として、学ぶべきことが多そうです。

こちらは、部長作成の絵本。

3種類の蜜の試食もありました。
こうしてみると、「はちみつ」と言っても、色だけでもこんなに違いがあるんですね。
味も香りも、全然違います。
こってりとちょっと渋みに近い味のするもの、さっぱりと花の香りのするもの

みつばち百花の朝田さんです。
かぶっているのは、生徒達の考案・手作りの帽子。
満面の笑みですね!

玉川大学の中村先生から、富士見町でのプロジェクトについてご提案
具体的にどんな活動をして行こうか、養蜂部を交えて相談しました。

その後、食用ホウズキを栽培している鈴木さんの畑をみんなで見学。

一部の大人たちは、食用ホウズキ摘みに興じていましたが・・・ ^^;
養蜂部の子供達は、中村先生を捕まえてここでも熱心に質問をしていました。

富士見高校養蜂部の面々です。
あんた達はすごいよ!
養蜂部が立ち上がったのが今年の2月というのですから・・・
猪突猛進で突っ走ってきたって感じですね。
とにかく、調べてアポを取ってあちこちに調査に行く行動力もたいしたものです。
と、言うことで・・・
これだけ充実した活動をすでに積み重ねてきた養蜂部のみなさんの活動を、
地域住民は支援しながら、
富士見町のみつばちプロジェクトは進んでいきそうです。
この日の事は、朝田さんのブログで紹介されています。(→こちら)
朝田さんのお人柄がうかがい知れます・・・ ^^
9月議会からいろいろと予定が詰まっていて、更新がいつもの事ながらすっかり滞っています。
はっと気が付いたら、突然、秋になっていました!
さてさて・・・
まずは、お知らせから。
現在、「富士見景観賞2010」を募集中です!
今年のテーマは
「富士見の人々と自然を楽しもう!」
応募の締め切りは、2010年の11月30日です。

チラシから
「今年は『人々が主役』の作品を応募します!
自然豊かな富士見町の中で、“楽しい”を満喫している皆様の姿を見せてください!
たとえば、富士見町にいて、なんともラッキーだ!という気持ちになる作品や
見て思わず笑ってしまうような作品、都会人が見て「いいなー、行きたいなー!」と
思わせるような作品をどしどし送ってください!」
条件は、「人 + 屋外」
合成写真や4コマ漫画風の組み合わせた写真、過去の写真でもいいそうです。
↓現在、富士見町のコミュニティープラザ(図書館)ロビーに、見本が展示してあります。


具体的に「こんな写真を応募してね」というのが分かります。
コミプラに行ったついでに、のぞいてみてくださいね!
詳しくは、町のホームページからどうぞ(→こちら)
旧南中学校の利活用を考える住民の有志の会が、具体的に動き出しています。
先日お知らせしたように、町では「旧南中学校跡地の利活用案の募集」をしています。
期限の10月15日までに、行政にとっても地域の皆さんにとっても魅了的な施設案を提案できるように議論を重ねています。
また、南中学校卒業生の中では、自分達にできる活動として、南中を残すためのホームページが立ち上げられ、署名運動の動きもあリます。
それぞれは小さな動きですが、「旧南中を残し活用したい」と思っている多くの皆さんに知っていただき、
その想いが、大きなうねりとなることを期待しています。
皆さんの想いや、南中の魅力、写真等も募集しています。
みんなの想いがギューっと詰まった、南中の魅力満載のページになると良いですね。^^
旧南中学校の利活用を考える住民の有志の会が、具体的に動き出しています。
先日お知らせしたように、町では「旧南中学校跡地の利活用案の募集」をしています。
期限の10月15日までに、行政にとっても地域の皆さんにとっても魅了的な施設案を提案できるように議論を重ねています。
また、南中学校卒業生の中では、自分達にできる活動として、南中を残すためのホームページが立ち上げられ、署名運動の動きもあリます。
それぞれは小さな動きですが、「旧南中を残し活用したい」と思っている多くの皆さんに知っていただき、
その想いが、大きなうねりとなることを期待しています。
皆さんの想いや、南中の魅力、写真等も募集しています。
みんなの想いがギューっと詰まった、南中の魅力満載のページになると良いですね。^^
ちょっと時間が経過してしまいましたが・・・
8月の上旬、「みつばち百花」の活動をしている朝田さんと玉川大学の中村先生みつばち百花の事務局長の黒沢さんが、富士見町を訪問。
「おらほー ふじみ」の会のメンバーと交流会を持ちました。
2月に「新たな公」事業で「富士見町・八ヶ岳山麓の宝物の発見・発信によるまちづくり」の講演会&ワークショップを行いましたが、(2月4日 その時の記事です)
朝田さんはその時にも、みつばち百花のお話をしていただきました。
ちなみに訪問は、8月8日。
「はちの日」でした!
富士見町の富士見高校では、「養蜂部」があり、すごく熱心に活動をしているそうです。
東京の「みつばち百花」まで尋ねて、交流を持ったとの事です。
朝田さんが、ご自身のブログで紹介してくださっています。(2010年7月19日の記事)
そんな関わりもあり、富士見町で高校との交流も含めて「みつばち百花」のプロジェクトを何かできないだろうか、という相談でした。

不耕起農法をやっている佐久さんの畑を見学。
私達は見つけることができなかったのですが、中村先生たちはさすがです。
足元のクローバーにみつばちが飛んでいるのを見つけました。

食用ホウズキの栽培を行っている「バディアス農園」の鈴木さんの畑
みつばちが受粉することによって、ビタミンCが増えるという研究もあるとか。
みつばちは花の受粉を助けてくれているわけですし、ホウズキの付加価値が高まる可能性も秘めているということですね。

鈴木さんの畑には、みつばちがたくさん飛んでいました。
みつばちを見つける秘訣は、まず羽音を聞くことだそうです。
ホウズキの花は密はあまりないんだそうです。
この蜂たちは、花粉を集めに来ています。
みつばちといえば、密を集めているのかと思っていましたが、
みつばちにとっては、はちみつと同じように、花粉も大切なんだそうです。
花粉がローヤルゼリーの元だとは、知りませんでした。
幼虫にあげる乳も花粉によるのだそうです。
いわゆる「はちみつ」は、越冬のため。
だから、はちみつの元になる花と、蜜を取るための植物と、両方必要なんですね。
朝田さんのブログも「みつばちに恩返し大作戦!蜜源・花粉源植物を植えよう!」です。

ホオズキ畑のそばにはひまわり畑。
この近辺は、みつばちにとって、住み心地がよさそうです。
蜜を調べ、その蜜がどんな植物の密源によるものなのかを調べることもできるそうです。
「思いもかけない花の密を集めているかもしれないよ」と、中村先生。
面白そうですね。
富士見町では、「旧南中学校の利活用案の募集」を始めました。
現在「南中学校跡地利用検討委員会」が立ち上がり、今後の大きな方向性を検討中です。
検討のする中で「実際に自らが運営主体となって取り組む意欲のある個人・団体」の提案を募集することになりました。
募集機関は 10月15日(金)まで
町内外を問いません。
詳しくはこちらから→(富士見町のHPから募集のページに飛びます)
検討委員会では、旧南中学学校跡地利用の今後の大きな方向性を示すことになっています。
つまり、壊してしまうのか、一部だけ保存して使うのか、全体を使うのか。
そしてその方法として、企業に買ってもらうのか、町が管理するのか、無償・有償で貸すのか、など。
現時点での予定ですと、12月までには結論を出して、町長へ報告書を提出することになっています。
南中学校の跡地利用については、1月にもアイディアを募集しています。
(1月10日 その時の記事)
私も提案させていただきました。
(町に提出した私の提案)
58名の皆さんが、本当に色々なアイディア(町によると131件)を寄せてくださいました。
その皆さんのアイディアから、私は今後の跡地利用の方向性を探るのかと思っていたのですが、
町としては「実際に主体的に運営に携わってもいい、という人がいなかった」という見解でした。
第2回の検討委員会で、方向を決めるために「自主的にやってもいいという人たちの提案や意見を聞こう」という意見が多く出て、今回の募集となりました。
検討委員の皆さんとしても、判断材料として、どんな具体的な案があるのかを聞いておく必要がありますよね。
良かったです。
検討委員会の中に公募で南中の卒業生が参加しています。
そのミチエさんが、ブログを立ち上げて、情報発信をしています。
みんなが知らないで決まってしまう事がないように・・・
いまのうちにみんなで意見を言おう
そんな想いから、ブログを立ち上げたそうです。
↓そのブログです。
「長野県諏訪郡富士見町立南中学校跡地・・・みんなの声 」
廃校になった校舎をどうしたいですか?
我が家の次女は、何とか南中を残したい!と頑張って、友人や集落のお祭りで地元の皆さんにも呼びかけをしています。
一度集まって話し合った、南中の卒業生達の意見を、上記のブログに投稿しています。
率直な、みんなの気持ちがよく伝わってきます。
ぜひ、読んでいただければ、と思います。
南中に魅力を感じて、何とか残したいという住民の有志の会も発足しそうです。
一つの団体・個人では難しいかもしれませんが、福祉や食・観光・などなどいろいろな分野の事業者が集まって、地域住民に寄与するような場所ができると良いな。
一方で、企業等の力を借りてもいいのですが、きちんと利潤を生めるところも必要だと思います。
また、全体的なビジョンを示し、それを統括するようなNPO等を立ち上げる必要もあるかもしれませんね。
町のページにも、南中の概要は載っていますが、検討委員会に出された資料はもうちょっと詳しいので、参考に貼り付けます。
日本中に誇れるような魅力あるものにできるといいなぁ~


8月1日
私の住んでいる、池袋区の小宮の綱より作業がありました。
御柱の年は、毎年行っている秋祭りの変わりに、各集落の小宮でも御柱祭が行われます。
その為の準備、綱よりが、区民の参加で行われました。

保育園児と小学生による、子ども木やり。
練習の成果を発揮です。
保育園児のほうが、元気な声が出ていたようです。
小学生は、まだちょっと恥ずかしい・・・?

まず、縄を13本づつ束にして、それを3つ用意。

その際、綱の一本一本をこの道具に通します。

3本の綱を同時によって行きます。

みんなで並んでこんな状態です。

13本の綱が少しづつ、ずれてしまうんですね。
並んだみんなで、これを修正しつつ、ねじれを直して送って行きます。

ねじった3本を元でよっています。
3本が同じ調子でよれていないと、ここできれいに拠れないんですね。

じゃーん! 出来上がり!
1本できたところで、私は用事があり失礼いたしました。
8:30集合で、11時までかかって、3本の綱をよったそうです。
ご苦労様でした。

お仕事の後は、バーベキュー!
里帰り中の我が家の子供達も、どっぷり仲間入り。
遠く離れていて久しぶりに帰って来ても、皆さんでいつでも暖かく迎えていただき、本当にうれしいです。
ありがたいなぁ~
地域の人たちって・・・
5月4日
ついに、建て御柱
これで、上社の御柱祭は終わりです。
柱の仮見立てから2年間、関わって来た方々は、本当にご苦労様でした。
御柱祭が終わって、我が家の周りの田んぼの準備も始まり、水が入って景色が一変しています。

みなさんの脚の間から、本二の柱を立てる穴を覗き見。

これは、違うアングルから撮ったジェルミの写真。
柱を立てる穴の調整。
若者達が、ここでも黙々と働いていました。


かっこいい!! 「仕掛け人」のみなさん。
いわゆる、イベント係。
垂れ幕から上の俵も藁から全部手造りだそうです。

神事が行われているようですが、遠くって分かりませ~ん。

これは、柱を立てるときにワイヤーを引っ張る道具だそうです。

上の道具の穴に2本の長い棒を差し込んで、回してワイヤーを曳いています。

冠落しです。
柱の上部を三角錐形に切り落とします。


冠落としが終わり、みなさんが乗る前に、神事が行われています。

徐々に高く上がっています。
穴に柱の下部がきちんと収まるようにしながら、ぶれないように気を使う作業だそうです。
これだけたくさんの人が乗っていて、安全にも細心の注意が払われます。
時には、罵声も飛びます。

見事に 柱が建ちました。
大歓声!
先端に、大御幣が打ち付けられると、モミの大木は神様となるそうです。
冠落としで削られた木の破片です。
お守りとして、見学の皆さんに配られました。

このものすごい混雑!大興奮! ・・・の小さな空間の一角では・・・
お砂遊び・・・
朝からずっとだもの、飽きちゃったよねぇ~
よく頑張って、お利口さんです。
昨日のつづき・・・
法被コレクション!
「とちのき」の法被です。
「とち」の字は、変換で出てきません。
草冠に子どもの「子」です。
この集落名には、忘れられない思い出があります。
友人の選挙運動で、朝一番にこの集落の公民館で第一声を上げました。
ウグイス嬢をしていた別の友人が、「『芋の木(いものき)』のみなさん!おはようございます!」
と、元気よく第一声を上げました。
字が似ていますよね・・・
その日は、一日中、思い出しては笑ってしまい、ひんしゅくを買いました。 ^^;
さてさて・・・・
見立てから2年も御柱も建て御柱で終わります。
この間、関わった皆さん方、本当にご苦労様でした。
無事、建て御柱が終わり、各集落に帰って、ご苦労様会です。


若者達が、一言ずつ思いを述べました。
最初から、どの場面でも本当に地道に頑張る姿があったようです。
彼らの言葉には、感謝の言葉が一杯詰まっていて、聞いていて本当にうれしかったです。
ご苦労様!

大人たちが飲んでいる脇では、子どもたちも大騒ぎです。
「こら! 走るな!!」
「静かにしろ!!」
と、怒鳴られながらも元気一杯です。
こんな機会があるのも、この地域のよさではありませんか?
いやぁ~ 本当にしみじみいいなぁ~
ぞっこん、暖かく幸せな時間を過ごしました。
オレンジ色現象の続きです。
しつこくってすいません。 ^^;
でも、裏山を眺めては、興味津々の毎日を送っています。 ^^

まだまだ樹液が出ていて、斜面のオレンジ色が際立っています。

クリの木のオレンジ色も広がっています。

小さな虫がたくさん集まっています。

全体を覆っていたオレンジ色が、剥がれ初めています。

こちらでも剥がれています。
これは、一番最初に気が付いた、ミズキの木です。

あちこちで剥がれ始めて、なんだか痛々しい感じがします。
傷口を覆っていたかさぶたが、自然に取れて落ちるようにも見えますね。
つくづく・・・ 自然って「驚き」が一杯ですね。
5月3日 里曳き。
前日の2日から始まった「里曳き」
連休中とあって、またすごい人でした。
我が家でも、たまたま訪れていた夫・ジェルミの兄夫婦と義妹が参加。
外国の人には、理解できないんじゃないかと思っていましたが、ぞっこん楽しんでいたようです。

このオレンジ色の法被は、我が“池袋区”の法被です。
群集の中でもすぐに見つけることができて、この祭りで改めてこの法被のよさを再認識しました。 ^^

この写真の中央のずっと奥の赤い部分が“御柱”です。
里曳きは、距離が短いので、ゆっくりと時間をかけて進みます。
上社の近くになると、長い引き綱は不必要になります。
曳き子の私たちは、“職”を失ってしまいました。 ^^;
柱の近くで写真を撮っていたジェルミの写真です。
柱の近くでは、迫力が違いますね。

「曳き子」を解雇(^^;)されたので、ジェルミの兄達と長女と一緒に、
諏訪大社の境内を見学に行きました。
本一の柱を立てる場所です。
穴が掘られて、柱を立てやすいように斜めに傾斜がつけられていました。
しばらくすると、境内の中がにわかに人があふれ、熱気に包まれて来ました。
本一の御柱が境内に到着しました。

境内の狭い場所を、メドデコを左右に揺らしながらうまく通り抜けます。

右端の木を避けるために、大きく柱を傾けています。
うまく抜けました。

柱の通った後に、掃除部隊が最後についていました。
こうして、いろんな人たちが、この祭りを支えているんですね。

本当に、塵一つ見逃さない、という感じです。
柱が通った後をきれいにするという心が込められているようで、見ていて頭が下がりました。
ご苦労様です。

曳き子たちが曳いていた綱です。
本一の柱が曳かれて行った後に、今度は本二の柱が境内に姿を現しました。
とても近くには寄れません。
旗の奥に、鳥居をくぐろうとしている本二の柱が見えてきました。
曳き子さんたちは、まっすぐ境内の廊下を曳いています。
とてもスムーズに美しく、鳥居をくぐることができました。
後で聞いた話ですが、鳥居をくぐるのに3時間近くかかった柱もあるとか・・・?
狭い鳥居をメドデコが引っかからないように、傾けながら、そして確度を調整しながら・・・
すごい技です!

柱の近くにいたジェルミの撮った写真です。
この日は、ここまで。
翌日がついに、建て御柱です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人ごみの中でも、同じ集落の人をすぐに探せる“池袋区”の法被。
それぞれの集落で、それぞれご自慢の法被です。
御柱のお祭りで集まった“衆”の、法被コレクションをしてみました。

池袋区の法被です。
「池生」は、“いけお”と、読みます。
富士見町の方にも「なんて読むの? どこの集落?」と、聞かれました。
「池生」は池袋区の神社の名前です。
池生神社は、諏訪大社にゆかりの深い神社。
神様は建御名方命建御名方神(たけみなかたのかみ)の子といわれ、出雲の大国主命の子。
私はまだまだ不勉強なのですが、区の人たちにとって、由緒正しい自慢の神社です。

腹掛けを見ると、池袋だって分かりますね。

ジェルミの兄夫婦も富士見町の法被を着て参加!

宮坂醸造の昔の法被だそうです。
刺繍が施されていて、すごくかっこいい!
乙事区

葛窪区

信濃境区

桜ヶ丘区

先能区

瀬沢区
瀬沢は御柱では、昔から勢力の強い集落です。

脚元までかっこいいですね。

田端区

高森区

立沢区

鳥帽子区
「えぼうし」と読みます。
宮崎駿さんの「もののけ姫」には、富士見町の地名も何箇所お目見えしていましたね。

富里区
机区
机区は、20号線を挟んだ大武川区から見ると、“机”の形に見えたので、この名が付いたと聞いています。
でも、「津久恵」という漢字は、使われていず、今まで見たことがありません。
「なせ、この字を使うのか聞いてみました。
「机」の文字を使い始めたのは、昭和に入ってから。
それ以前は、「津久恵」の字が使われていたそうです。
聞いてみると、いろいろ面白い・・・

上蔦木区

小六区

ラッパ隊の法被です。
これだけでも、本二の柱を曳いていた富士見町のごく一部です。
それも全部ではありません。
こうして並べてみると、個性があって楽しいですね。
~信州を愛する大人の情報誌~ 「KURA」
5月号に富士見町のルバーブを取り上げて頂きました。
しかし・・・
「八ヶ岳 フロンティア」 という内容で、お恥ずかしいのですが・・・ ^^;
でも、ルバーブのPRになるんだったら、何でもやります!


我が家の赤いルバーブを皆さんに分け始めた最大の理由は、農薬や化学的肥料を使わなくっても容易に栽培できると思ったから。
そんな農業のあり方を、できることから皆さんに広めることができたら、と思ったからです。
「物を売る」ということは、結局「人と人との信頼関係」だと思います。
だから、「ルバーブ生産組合」では、消費者と生産者が直接に結びつく販路のシステム作りを目指したい。
いいものを一生懸命に造っている人には、それなりの対価をきちんと払いたい。
反面、中間業者を抜かすことで、消費者にも安くお届けできるはずです。
夢は大きく!!
しかし、小さな一歩を着実に・・・

さすがプロ!
お料理もきれいに撮ってくれました。
もちろん、ご自慢の焼きたての熱々のルバーブクランブルにアイスクリーム添えです。 ^^;
しつこくって・・・申し訳ない!! ^^;
我が家の裏の山の、切り株の大発見!
先日の続きです。
久しぶりに我が家を訪れた写真家の西村さんの目に留まり
後日、「あの切り株の写真を撮りたい」と、連絡がありました。
西村さんは、本郷小学校の自然観察会を、もう何年も続けています。
子ども達と、林の中を歩いて“自然の不思議や驚き”を、子ども達に伝えています。
一般の方を対象にした、自然観察会も予定しているので、ぜひこの木を見せたい、との事でした。
自然観察で撮り貯めて来た写真を、本に企画もあるとの事。
人の入った写真が撮りたいと言うので、長女がモデルになりました。

写真を撮っている西村さんを、記念にパチリ!

この日は、雨の後の、冷え込んだ日でした。
オレンジ色の物体の上に、全体に薄い氷が覆っていました。
その氷を思わず「がぶり!」
「う~ん??? 普通の氷とあんまり変らない・・・」
切り株の上部に溜まった水分です。
ちょっとドロ~ッとした感じです。
右端の白い部分は、小さな気泡が一杯!

オレンジ色の物体にかぶりつく!?
西村さんに
「そこまでやってくれるモデルは、他にはいないよ!!」と、変に誉められていました。
噛み付いた感想は?
「ちょっとゴムみたいな感じ」だそうです。
*よい子の皆さんは、真似をしないように・・・ ^^;
この切り株の、オレンジ色の部分に・・・
近づいて・・・
ちょっとめくってみると、こんな感じ・・・
どこかで見たような・・・
やっぱり、「エイリアン!?」
こっちの切り株でも、ブクブクと醗酵していました。
こちらは、はっきりとアルコール臭がしました。
小さなコガネムシのような虫が、集まっていました。
左下は、指の先です。
先日、ネットで調べた時に、このオレンジ色現象は“ミズキ”だけに起こる現象だと思っていました。
ところが!
上記の写真は“シラカバ”の切り株です。
西村さんによると、“サクラ”の木でも確認しているそうです。

これは、“クルミ”の切り株です。
手前の方が、同じようにオレンジ色現象が起こっています。
西村説では、樹液が出て酵母菌が繁殖することで、切り口を守っているのではないか、という事。
オレンジ色化していない部分は、黒いカビが繁殖しています。
一理あるかも?
西村自然観察会のついでに、上の通称“まるもり公園”に上ってみました。
まるもり公園の周囲は、ぐるりとサクラの木が植えられています。
サクラ越しに見た八ヶ岳です。
贅沢な景色で、「申し訳ありません! ^^ 」

「今日は、発見がたくさんあったね!」
「あれでしょう・・・ これでしょう・・・」
「忘れないように、帰ったらメモしなくちゃ」
と、指折り数えている西村さんです。 ^^:
この日の臨時観察会(?)でも、いろいろな発見がありました。
詳しい人と一緒に自然の中を歩くって、大切ですね。
自分達だけでは見過ごしている事に、たくさん気づかせてもらえます!
でも、つくづく・・・ 自然って「驚き」が一杯ですね。
再生された古民家の見学会があるという記事をみて、出かけて行きました。
我が家も、お隣の原村から移築した古民家です。
日本の美しい原風景を作り出してきた、日本の家屋。
段々少なくなってしまう事は、寂しいことです・・・。
長野日報 2010_4_24
よみがえる古民家 富士見町高森に築90年の農家移築
信州の原風景を残したい-と、古民家再生を手掛ける諏訪市上諏訪の「田空間工作所」(關謙二所長)は、
富士見町瀬沢新田の築90年の農家を解体し、同町高森に移築し、新築家屋のようによみがえらせた。
初の古民家見学会を25日まで実施する。改築後の姿を見てもらうことで、
まだ諏訪地方に残る古民家を廃棄せず、適した環境の場所で復活させたいという。
移築した古民家は家屋内に馬小屋、土間などがあり「明治時代、町内の農家としては典型的な形」と關さん(57)。
所有者が解体した柱や梁などの部材を引き取り、保管していた。
移築した場所は桜の名所として有名な高森観音堂の隣。桜見物に訪れる2本のシダレザクラの中間にある。
高森地区はかやぶき屋根の建物が数軒あり、日本の古き時代の香りを醸し出している。
地主が403平方メートルの宅地を売却する意向であることを知り、
「観音堂の前にプレハブ造りの住宅が建築されては景観が台無し。この場所にふさわしい建物を建てたい」
と土地を取得。
保管していた部材の3分の2を使い、古民家を再生した。
建物の土台や大引きは新しくし、現代の建築基準法に適合させた。
間取りは台所、ダイニングのほか和室2部屋、洋間2部屋の4LDK。
木造2階建て延べ床面積は129平方メートル。
まきストーブも備え、コンセプトは「団塊の世代の夫婦が第二の人生を送る場所」とした。
敷地内の2本のシダレザクラも生かした。
年間に約5軒の古民家再生を手掛ける關さんは「町内の古民家様式を町内に残した。
ふさわしい場所に移築することで古民家の良さは発揮される。
設計、施工をトータルで行ったモデルケースとして、参考にしてほしい」と話し、
古い建物の廃棄を考えている人にも見てほしいという。
問い合わせは同社(電話0266・58・6602)へ。
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上記の新聞記事を読んで、高森のお堂の桜を見がてら、再生された古民家を見学に行きました。

高森のお堂の桜も、丁度、見頃。
たくさんの人が、カメラを担いで訪れていました。

お堂のそばに建った再生古民家です。
外見からは、古民家って感じはしないですね。

中に入って、まずびっくりしたのは、窓越しに見える、この景色。
お堂が目の前で、一番いい位置から、桜見物ができます。
なんと、贅沢な!?

2階から、玄関のある一階を眺めたところです。
玄関、帯び戸、畳にまあるい光り・・・
素敵な雰囲気です。

お風呂も凝ってますね。

2階に上る階段。

こんな収納スペースになっています。

2階の壁から、暖かい空気を取り込んで・・・

1階の床下から出しているそうです。
これで、家全体を暖めています。
ひとつひとつの部屋はこじんまりとしていますが、夫婦2人なら十分なスペース。
こうして、古民家が、再び息を吹き込まれて生かされるのは、本当にうれしいことです。
ちなみにこの家は、オープンハウスの初日で売れてしまったそうです。

お堂の桜の前で、着物姿の長女の記念撮影。

お堂の屋根。
年月を感じますね。
高森地区のこの周辺は、お堂があり、真板さんの茅葺の家があり・・・
その他にも、何軒かの茅葺の家が残っています。
富士見町の中でも、私の大好きな場所のひとつです。
その価値を認めて、「この景色の場所には、ぜひ古民家を!」と、古民家再生をした施工業者の完成に、大拍手です!
国交省の「新たな公」の補助事業で行った「知ってもらざあ おらほーのまち会」の活動。
チラシもできて、ホームページも公開されています。
遅くなりましたが、地元紙に取材をしてもらい、PRしました。
その報告もすでにかなり遅くなりましたが、今更・・・させていただきます。
私たち会のメンバーだけでは、富士見町の宝をすべて拾って発信することはできません。
せひ、多くの方に知っていただき、情報を提供していただければありがたいと思っています。
どうぞ、ご協力よろしくお願いいたします!
(信濃毎日新聞 2010年 4月14日)
富士見町の有志でつくる「知ってもらざあおらほーのまち会」は、茎が食べられる植
物「ルバーブ」や食用ホオズキなど、あまり知られていない町の特産品をPRしよう
と、チラシやポータルサイトを作った。特産品や生産者などの魅力を紹介し、町を元
気付けたいと意気込んでいる。
チラシはルバーブ、ホオズキのほか、ヒマワリから搾った油を紹介する3種類。会
員でデザイナーの築館千枝さん=乙事=オリジナルのカエルのキャラクターや八ケ岳
のイラストを入れ、標高1100メートルの高原で栽培していることや、味の特徴、
栄養価などを説明した。ジャムや菓子などのレシピも載せた。
ウェブディレクターで会員の雨宮伊織さん(38)=落合=が制作したインターネ
ットのポータルサイトは、商品や生産者紹介のほか、町民が書いたブログの新着記事
も読めるようにリンクを設けた。生き生きとした情報に触れられるよう工夫してい
る。
同会は町内の10人ほどで昨年11月に発足。町議で、代表を務めるエンジェル千
代子さん(54)=境=が、国土交通省の「『新しい公共』の考え方による地域づく
り」モデル事業の募集を知り、町の魅力を発信しようと呼び掛けた。会員で協議を重
ね、富士見町のことが丸ごと分かるような魅力発信サイトと、三つの特産品をPRす
るインパクトのあるチラシを制作することを決めた。同事業で185万円の補助金を
受けた。
6千枚作ったチラシは、諏訪地方の公共施設や飲食店などに置くほか、町と首都圏
の友好都市との交流イベントなどで配る予定。町民から情報発信の希望があれば、ポ
ータルサイトに掲載していく考えだ。エンジェルさんは「富士見には隠れた宝物が多
くある。まだまだ魅力ある人や物を発掘し、町内外に発信していきたい」と話してい
る。サイトのアドレスはhttp://www.oraho-fujimi.jp/
(提供:信濃毎日新聞)
2010年 4月14日 長野日報にも掲載されました。

境地区にある、老人福祉施設「清泉荘」
議員になってすぐに、前町長の時に「児童館」として開放して欲しいと要望しました。
しかし、「使えるんだから使え」と言う返事。
それからずっと、「たまり場」は続いています。
本当は、老人福祉施設である場所に、子どもたちが入り込んで「世代交流」を目指したかったんです。
そんな企画もいろいろとやってみました。
でも、任意団体がやっている小さな活動を広めていくのってなかなか難しい・・・
反面、お年寄りの「たまり場」としては、その地位が定着してきたようです。
久しぶりに覗いてみると、いつもの手鞠作りと共に、つり雛の作成に取り組んでいる人たちがいました。

手まり作りの先生、武藤みとしさんは、今月はしばらくお休み。
それでも、手鞠作りは盛況です。

「ちょっと見て! 今、これを作ってるのよ」と、見せてもらったのがこれ!
かわいいぃ~
こうして、みんなで自分の得意分野などを教えあっています。
前回のたまり場で、型紙を配ったそうです。
私も型紙が欲しい・・・でも、完成させる自信はない・・・・ ^^;
全部で49個。
どうして49なの?
一説では「(男性の)人生はわずか50年。女は一歩下がって49年」だそうです。
「男女共同参画」から、程遠い話です。
おばあちゃんが、孫のためにありあわせの布で女の子の生活に必要なものを作ったんだそうです。
人形・野菜・果物・動物・宝物など、
子孫繁栄、動植物をいたわり食べ物に困らないように・・・
そんな願いを込めながら作られたんですね。

完成するとこんな感じになるんですね。
今から作ったら、初孫に間に合うだろうか・・・・ ^^;
(まだ、誰も結婚してません! そろそろ、そんな話も・・・)
さてさて、
「たまり場」に行くと、いつも手造りの漬物など・・・
いろいろとおいしいものをご馳走になります。 ^^
この日、ご馳走になったのは、初めてお目にかかった、こちら↓

「アピオス」というものだそうです。
見た目は、ジャガイモ? サトイモ?に似ています。
食べた感じ、皮もサトイモ風。
いただいたのは、茹でた後にフライパンで焼いてちょっと醤油を落としたものだそうです。
おいしいです!
おイモでもあるけど、ちょっと落花生にも似ています。
ネットによると「アメリカホドイモ」というネイティブ・アメリカンの栄養源。
「ジャガイモの30倍のカルシウム、 鉄分は4倍!エネルギーは2.5倍。
サツマイモの3倍の食物繊維、他のイモにはないビタミンEも含んでいる」そうです。

興味津々
又、いつもの癖で・・・
「富士見町の特産品にできないだろうか・・・・」
私が議員になりたての平成15年夏
我が家が後ろに抱えている、通称「まるもり公園」の木が倒れ、お隣さんの屋根に倒れかかりました。
(その時の記事)
結構大きくなったも木も多くなり、お隣さんが、倒れる前に切ってくれるように役場に頼んでくれました。
すっかりきれいになった斜面で・・・
びっくりするような鮮やかなオレンジ色を発見!

3月の末。
車をとめた時に視界に入る斜面に、一箇所だけ白い部分が目立ちます。
「あの、白い色は何だろう・・・???」
近くに行って見ると・・・・

他の雪はすっかり解けているのに、この木の根元だけこんなに氷が残っています。
ここだけが日陰という訳でもなく・・・
不思議・・・???


夕日の光を浴びてきれいに光っています。
このツララ、かなり長い間、残っていました・・・
あまり不思議だったので、写真を撮っておきました。
そして!?

ある日、ふと気が付くと、あまりに鮮やかなオレンジ色が目に入りました。
「一体、何ごと!?」 @@!!

先日と同じ切り株です。

触ってみると、「ぶよぶよっ」とする感じです。
それにしても、この色は一体何なのでしょうか?
何気なく眺めていたので、ここに何の木が生えていたのか分かりません。 ^^;
しばらく・・・「これは一体なんだろう・・・」
と、思いながら過ごす日々・・・
たまたま境小学校の行事でお会いした、「富士見町で植物といえばこの方!」という加賀見先生にお聞きしました。
すると、すぐに「それはミズキでしょう」というお返事。
さすが!!
そこで、家に帰ってから、ネットで調べてみました。
ありました!
「大和市 泉の森」のホームページ」によると
ミズキの木はとても樹液が多く、樹液の糖分が多いため、酵母菌が繁殖。
それがこの鮮やかなオレンジ色の正体だそうです。
一番最初に発見した時の、いつまでも溶けないツララの正体もこれだったようですね。
それにしても、すごい樹液の量です。
びっくりですね。 @@
オレンジ色が気になりだしたのが、4月8日頃だったと思います。

4月17日
本日の切り株の様子です。
すでに、オレンジ色は切り株の全体を覆いそうな勢いです。
なんだか、アメーバーのような生きもののようですね。


「醗酵してアルコール臭がする」という記述も見つけたので、長女と一緒に樹液のしずくを舐めてみました。
(一人じゃ、ちょっと怖い・・・ ^^;)
なんと表現したらよいのか・・・風味のある味・・・
どこかで味わったような気がする・・・
甘い感じがしました。
長女が言うには「ココナッツを飲んだ時の味に似ていない?」
「なるほど・・・そうか・・・!」

斜面には、何本もミズキの切り株があり・・・同じようにオレンジ色化しています。
富士見町に住んで18年目になりますが、まだまだこうして「驚き! @@」があります。
豊かな暮らしです!
御柱についてのなかなか分かりやすいページを見つけました。
ちのステーションホテルのHPで、この日を迎えるまでの経緯もよく分かります。
さて、3日は山出しの見せ場、木落としと川越しがあります。
この日も、西伊豆町の議員さんたちと一緒。
したがって、前日に引き続き、見栄から声を張り上げて音頭をとりました。
天気にも恵まれ、土曜日ともあって曳き子さんの参加も増えました。

とにかく、すごい人です!
これは、本宮2の柱だけで、見えているのは、ごく一部の人。
柱が全部で8本あるのですから・・・
「道路が壊れたりしないのかしら・・・?」なんて、ふっと頭をよぎりました。 ^^;
「一気に木落としまでいくぞぉ~」の掛け声に・・・
「えぇ~!! @@」
頑張るしかない!!!

向こぉ~うに見えるのが、木落とし坂の上

綱を曳いているときに、何気なく上を見上げると、「あら!?」懐かしい顔。
「ヤマネ」の写真で有名な西村豊さん!
LCVと提携して写真を撮っているとの事で、特等席で写真を撮っていました。
長女と一緒のところを、記念に写真に収めてくれました。 m(_ _)m

木落とし坂の上から眺めると、こんな景色!
結構、坂がきつい!!
しかも、昨日の雨で下りる直後がぬかるんでる!
坂の上まで曳いた時に、急に綱を引かれ、何人か将棋倒しに転んでしまいました。
「危ないから、女子供は階段を下りろ!」
また、ドジってはいけない・・・
素直な私は、綱を曳くのをあきらめて横の階段から下りました。

坂を下って上を見上げて待つことしばし・・・
坂の上に柱が見えて来ました。

これからは、最後まで柱の至近距離で写真を撮っていたジェルミの写真です。
柱の前がせり出して来ましたね。

みなさん、誇らしげに満面の笑みです!

気落としの最初はまっすぐに、きれいに落ちて来ました。

その後、柱が大きく傾いてしまいました。
落ちないように、柱にしがみついているみなさん。
木落としが終わると、今度は川越

総代を乗せたボート。

若いとはいえ、ご苦労様です!

私たち曳き子役は、対岸に渡って綱を曳くのを待っていました。
しかし!
あまりの人の多さで、人の山・やま・・・・で、何にも見えません!!
「見るのはあきらめて、綱を曳こう・・・」
西伊豆町の議員さんたちが一緒に曳いていたのですが、
このあたりから、あまりの混雑で皆さんとはぐれてしまいました。
どこかで見学しているだろう・・・と、私は曳き子に専念。


おそらくこの頃、曳き子役の私たちは、引っ張っても引っ張っても動かずに、
絶望的な気分になっていた時だと思います。
それが、最後に突然に動き出し、またまた何人もの人が将棋倒しで倒れてしまいました。
長女や同じ集落の子どもたちも巻き込まれてしまいました。
長女の足には、今でも“勲章”の青あざが見事に残っています。 ^^


柱の先頭が川を渡りきりました。

柱が御柱屋敷を言われる最終目的地に着いた時には、すでに暗くなり始めてました。
この後、西伊豆町の議員さんたちとも無事再会!
みなさん、2日間、目一杯参加されてお疲れだったと思います。
ご苦労様でした!
いろいろな方にご心配をおかけ致しましたが、事故の後遺症は大丈夫のようです。
まあ・・・それなりの年なので体のあっちこっちが痛くはありますが・・・ ^^;
お騒がせして、本当に申し訳ありませんでした。 m(_ _)m
3月は、臨時議会から定例議会。
それからすぐに議会広報の編集や「新たな公」事業終了の書類作成。
目が回りそうな中・・・・
今年の諏訪地方は、7年に一度の御柱祭!
4月2日 上社御柱祭 里引きがありました。
心配された通り、朝から雨。
しかも、時折激しく・・・
各公民館に朝の7時ごろには集合してバスで現地へ。
8時からの曳行に備えます。

雨が降りしきる中、山出しの曳行が始まりました。
とにかく・・・寒い!!

曳き子のみなさんも、合羽を着て雨をしのぎます。
寒がりの私は、長袖を3枚重ねて、その上にフリースを着て合羽。
(背中にはホッカイロも張ってあります ^^;)
夫が皮の手袋を用意しておいてくれたのですが、皮が雨を吸い込み、冷たい!

私たちは着こんでいますが、氏子の皆さんは合羽も着ずに、ずっとこの姿です。
「寒い!」なんて言っていたら、申し訳ない!

雨で靄っているのか、皆さんの体から立ち上る蒸気なのか・・・?

雨の中、たくさんの曳き子さんたちが集まりました。

夫のジェルミが移動して、いい写真をたくさん撮っていました。
私の写真とあわせて紹介。
私は、前方の引き綱を曳いたし、白く靄っていたので、後ろの様子はまったく分かりませんでした。
雨で滑りやすいので、柱のすべりもよかったようです。

こんな狭い道も・・・

めどでこを左右に揺らしながら、うまく通り抜けたそうです。

陣羽織を着た富士見町の五味議員さんを発見!
記念写真を撮らせてもらいました。
かっこいい!!

とにかく私はずっとこんな情景を見ていました。

道沿いのお宅ではこんな光景も。
小さなお子さんが二人・・お母様は3人目がおなかにいらっしゃるようでした。

ようやく・・・お昼の休憩。
延々と続く縄の道。
でも、この先に御柱がいるんです。

さて、気を引き締めて午後の曳行開始。
午後からは、西伊豆町から議員さんたちがいらっしゃって、一緒に綱を曳きました。
「せぇ~の!!」「よぉ~いしょっ!」
おかげさまで、見栄を張って、声がかれるほど元気に掛け声をかけました! ^^;

午後になると、雨も上がりました。
お天道様のありがたみを実感!
休憩時間になると・・・
疲れもたまって、腰を下ろして休む人が多くなりました。 ^^;

道沿いのお宅では、2階から見学。
庭木のあるお宅には「植木の松に注意!!」なんて看板も立っていました。
狭い道を通る時に、松の枝を折ってしまったり、屋根を壊してしまったり・・・
なんてこともあるそうです・・・ ^^;

上社の御柱には、御柱の前と後ろに2本づつ、角のような「めどでこ」が付いています。
この柱に乗るのは、すごく名誉な事で、大変な努力が必要です。
昔は、勢力の強い集落しか乗せてもらえなかったそうです。
でも、最近では柱によっても違うようですが、参加集落が順番に乗せてもらえるようになって来ています。
でもそのためには、3年くらい前からはじめる準備から参加して
こつこつとまじめに働く姿勢や、参加する情熱を示していかなければなりません。
でも、そういった地道な努力すれば、晴れの舞台でめどでこに乗れるので、若者たちが一生懸命に参加しています。
うれしいことですよね。
さてさて・・・
目的の長嶺の信号までは行き着けませんでしたが、
5時を過ぎて、この日の曳行はここまで。

皆さんが帰った後も、綱をまとめたり、柱にシートを被せたり・・・
ここでも黙々と働く若者の姿があります。
わが池袋の若者たちも大活躍です。
同じ区民として鼻が高いです!
富士見町の富士見高原中学校と富士見南中学校の2校が閉校となり、来年度から2校を統合した富士見中学校が開校となります。
3月18日、両中学校で最後の卒業式が行われました。
高原中学校は、新しい中学校の校舎として使われますが、南中学校はこれで子どもたちの学び舎としての役割を終えます。
富士見南中学校、最後の卒業式。
4人の子どもたちが過ごした月日が、次々と思いおこされました。
感謝の気持ち一杯で参列しました。

卒業証書授与式
卒業証書を受け取った生徒が、一人づつ学校生活の思い出や感謝の思いを発表しました。

ひざの上で握られた拳
「何を握り締めているんだろう・・・」
この手をみているだけで、涙があふれて来ました。

生徒全員での合唱「ほたるの光」
最近は卒業式で聞かなくなりましたね。
聞く人の心に染みる、本当にすばらしい合唱でした。

南中学校最後の卒業生たちです。 35名
この一年間、さまざまな思いと最後の卒業生というプレッシャーで、大変だったと思います。
3月からは、米ぬかを使っての床磨きを復活させていたそうです。
その気持ちがうれしいですね。
卒業式に引き続き、閉校式が行われました。

南中学校の「校旗」が下ろされ、教育委員長に手渡されました。

離任式
来年度から、校長先生を初め7人の先生が子どもたちと一緒に、新しい富士見中学校へ通うことになります。
人数の少ない南中学校の生徒たちにも配慮がされて、よかったです。
全員の先生から一言ずつ、思い出が語られました。

校長室に飾られている、卒業生の写真です。
来校された方々が「懐かしいなぁ~」と言って、覗き込んでいらっしゃいました。

式終了後、体育館をのぞくと、在校生たちが後片付けをしていました。
一つ一つの動作に、思いがこめられているように感じました。

体育館に飾られていた「校歌」

中学校の玄関を入ると目の前に続く段々の廊下。

・・・

開校当時は珍しかった英語の門票
「The Minami
Lower Secondary School」


ありがとうございました!
この校舎などを、どうやって生かして行ったら良いでしょうか・・・
3月17日 富士見町内の小学校各校の卒業式。
私は、4人のわが子たちもお世話になった、境小学校の卒業式に参列。
卒業式は、どうもいけない。
わが子達の事と重なり、すぐに泣けて来る。
なるべく歌詞を聴かないで「ボーッ」と聞いていようと努力するのだが、
子どもたちの歌声など聞いたら、たまらない。

桜湯

卒業証書を渡す時に、校長先生が一言ずつ、声をかけていました。
この子は、すでに真っ赤な目をしていて、おかげでこちらももらい泣き・・・ ^^;

来年からは、統合された新しい富士見中学校に通います。
初めてだらけで、最初は大変かもしれないけど、小学生の仲間がみんな一緒だもんね。

在校生が、卒業生一人ひとりについての感謝の呼びかけ。
卒業生の多い他の小学校では、ここまではできない。
こんな、卒業式を行えるのも、小規模校のよさ。

一年生で入学した時から比べると、本当に大きく成長しました。
この6年間って、本当に目を見張るものがあります。
わが子たちも、この小学校までの2.3Kmを毎日歩いて通いました。
おかげで基礎体力はしっかりと培えたようです。
これに勝る宝はないと思っています。
体も心も、しっかりと元気に育ちました。
境小学校の、この環境で過ごした日々が、みんなの宝になると思います。
「富士見町の観光戦略とパノラマ強化方針」についての住民懇談会が2月にありました。
全6回の会場で行われ、一般住民の参加者は247人だったそうです。
住民説明会で使われた資料はこちらです↓
富士見町の観光戦略とパノラマ強化方針PDF
第1回 2月 9日(火)午後7時~ 清泉荘 (参加者 44名)
第2回 2月13日(土)午後7時~ コミュニティ・プラザ(参加者 33名)
第3回 2月14日(日)午前9時30分~ コミュニティ・プラザ (参加者 37名)
第4回 2月15日(月)午後7時~ 落合小学校 (参加者 3名)
第5回 2月16日(火)午後7時~ 本郷小学校 (参加者 21名)
第6回 2月17日(水)午後7時~ 西山保育園 (参加者 57名)
私は、みなさんの声を聞きたかったので、全会場の住民の意見の場に出席しました。

13日のコミプラでの様子です。

翌14日のコミプラでは、町長の熱が入って、壇上に上がっての説明の場面も。
各会場で参加者の数もずいぶん違いましたし、会場の雰囲気も違いました。
今回の目玉は、町の貯金から10億円を下ろして、パノラマ(開発公社)に支援すると言う事です。
開発公社の借金が現在15億3600万円あります。
町の自由度の高い貯金の24億円の内、10億円をパノラマに貸し付けて、開発公社の借金を早く返す、という案です。
この10億円に関して大議論になるのかと内心期待していたのですが、ほとんど意見がありませんでした。
10億円に関して発言した方は、皆さん賛成の意見でした。
これには、ちょっとびっくり!
なぜって、普段の発言を聞いていると10億円投入に反対の方も結構参加していたのに、会場では意見が出なかったんです。
意見があるなら、住民説明会のような場所で発言していただきたかったです。
そうでないと、なかなか行政に反映しませんよね。
そのための住民説明会です。
あんな場所で発言することの難しさも、よく分かりますが・・・
前矢嶋町制の時に「住民の意見を聞いてくれ!」と、言うと
「住民説明会をやったって、出席者も少ないし意見も出ないじゃないか」と、よく言われました。
町民の意見を聞くって、難しい!
(ただ、新町長になってからの住民懇談会の参加者の人数は、今までに比べると総体的に多いように感じます。)
反面、山頂の山野草公園や植栽についての意見はとても多かったです。
また、ほとんどの会場で経営責任についての意見が出ました。
住民懇談会で出た皆さんの意見を、私のメモ書きから整理してアップしようと思ったのですが、ちょっと大変。
町のホームページに載せる予定だそうですので、もうしばらくお待ちください。 m(_ _)m
皆さんの意見を聞いた、私のまったくの個人的な感想です。
10億円の話は、あまりにも金額が大きすぎて判断しかねる。
でも、町長の説明のとおり貯金があるなら、できるだけ早く借金を返してしまう、と言う案には賛成できる。
入笠山頂の山野草公園や植栽等の話は、もっと自分たちに身近で意見も言い易い。
私は住民の代表の議員ですから、常にその声を聞きたいと思っています。
その努力もしているつもりです。
でも、だからと言っていつも住民の意見に従うかと言うと、そうではない。
当然、判断材料の一つにはなります。
「灰溶融炉の建設反対」の時も、運動を始めた当初は、ほとんどの人に理解されなかった。
そんな中で、近隣住民も声をあげ難い状態でした。
民主主義の原則は、多数決です。
でも、圧倒的少数意見の中に真実があることもあります。
だから、議員は判断するために調査して、大所高所から結論を出さなければならない重責にあります。
正直、その重さにくじけそうになることもあります。
3月1日から このパノラマへの10億円支援に関する臨時議会が始まりました。
3日に議長を除く全議員で特別委員会を開き、開発公社理事長やパノラマの支配人の説明を求めます。
5日には、採決です。
今回の10億円は、本当に重い判断です。
そして、議員としては、その後の説明責任もきちんと果たさなければなりませんね。
携帯電話の機能が高くなるにつれ、電波塔が必要になります。
それに伴い、建設予定地周辺の住民への周知方法が問題になってきました。
2006年7月に境保育園のそばで、境小学校の通学路に電波塔が建つことになり問題になりました。
その時に、私も“電磁波”の問題が多くあることを知りました。
(その時の記事はこちらです。)
富士見町内でのある建設予定がきっかけとなり、住民からの提案と役場との話し合いから富士見町ではできるだけ早い段階での情報発信を目指すことになりました。
先日「町のホームページに、基地局情報の第1号の情報が掲載されました」
と、この件で役場との調整をしていた友人から連絡をもらいました。
担当の職員からわざわざ電話をもらったと、うれしい報告です。
「とても良心的掲載内容だと思います。
いい内容だけに、これを受ける住民側もそれ相応でありたいと思わされます。
富士見に住んでてよかったなぁ・・・と思います。」
との、メールでした。
施工業者は、建設予定地が決まると、まず区長さんのところにお願いに行くようです。
区長さんは、集落の民家の多い場所だったりすると、回覧板を回して区民に情報を流します。
でも、それは区長さんの判断です。
昨年問題になった電波塔は、集落の境に近い林の中でした。
建設予定地の近隣住民は、工事が始まるまで何のお知らせもありませんでした。
そこで、町や区長さんに情報が入ったらなるべく早く住民に情報提供する仕組みができないか、住民有志と町と話し合いがもたれていました。
予定地の近隣に住む人が、集落に加入していない場合もあるので、どんな情報提供がいいのか相談されました。
集落によっては、はずれに家を建てられると、そこまでの道の整備や除雪等の負担が大きいので、「区に加入しないでくれ」と言われることもあります。
区へ加入したくても、できない人たちもいると言うことです。
話し合いの結果、町に情報が入った時点で、ホームページに情報を掲載すること。
区長さんには、区の回覧などで周知していただくことを、毎年の区長会などの申し送りで確実にお願いすることになりました。
これってすごいことだと思います。
私、個人的には条例化も目指すべきだと思っていましたが、今回は住民と町との話し合いの中で、約束事が決まりました。
この事ですべてのことが解決できるとも思ってはいませんが、大きな一歩です。
とてもいい形で進んだいい事例になると思います。
電磁波の問題を投げかけると
「あなたも携帯を使っているでしょう」とよく言われます。
「わがままなんじゃないの」と言う意見もあります。
今回、問題提起をした皆さんも、その点、すっごく悩まれていました。
「自分たちの近くから、なくなれば良いのか?」
「自分勝手じゃないか」
「こんな問題で、町や住民と対立するようなことは望んでいない」
悩んで苦しんで、住民の仲間の中でも、何回も話し合いが持たれたそうです。
でも、ごみ問題もそうでしたが、誰か気がついた人が問題提起をしない限り、何も進展しません。
だから、こうして、行政もできる範囲で理解を示して協力してくれたことは、本当によかったと思います。
この事に関わっていた皆さんが、最終的に「富士見町は本当にいいところ」
と、言ってくれたことが、すべてだと思います。
実は、私も最近体調が悪く、そのせい長時間電話をしていると耳の奥が痛くなり、頭から首にかけて耐えられなく痛くなります。
臨時議会や定例議会を控えていて、精神的なことも大きく理由のひとつではあります。
でも、人間弱いところに症状が出るんですよね。
そんなこともあり、見えないだけに電磁波のことも気をつけていきたいと思っています。
これからも、今回のように皆さんの声が反映されて、みんなで参加した町づくりができるといいですよね。
さて、町のホームページのどこに掲載されているかと言うと・・・

そこをクリックすると以下に飛ぶようになっています。
関心のある方は、時々チェックしてくださいね!
鉄塔建設情報
先日お知らせした、南中学校校舎などの跡地利用の提。
皆さん、提出していただけましたか?
私は1月の31日の日付が替わりそうな時間に滑り込みでメールで出しました。
公募しているのに、意見を出さないと言うのも、いけないと思い「参加することに意義がある!」
時間がなかったので、以前、富士見町の観光について書いたものをベースにして、書き直して出してしまいました。
急いでいたので、ちょっとおかしな文章もあるのですが・・・ ^^;
でも、この地域のコミュニティーの中心になるような場所になって欲しいです!
★提案1 「食材を、加工・販売・食べさせる場として」
富士見町にはいろいろな特産品があるが、その魅力を総合的に発信する場所がない。
南中には給食室もあることだし、多少の改築は必要になると思うが、「地域の食材を生かした、田舎の手料理が食べられるレストラン」が欲しい。
外部から客が来ても、特産品(味噌・ひまわり油・ヨーグルト・古代米製品の数々・ルバーブなどなど・・・)を食べさせられる場所がない。
核になる料理人は、全国公募してもいい。
ある程度の技があっても生かせないでいる若者もいるんじゃないか。
そんな若者を引っ張ってこられないだろうか?
その場合でも、基本は「地元の人も楽しく集える場所」である。
町の中に町民の利用しやすい魅力的なものを作ることで、それが観光客にとっても魅力的なものとなる。
お年寄りが集まって、話をしながら憩える場、個食になりがちな独居老人が気楽に食べに来られればいい。
そんな拠点で、富士見町4地区の料理自慢大会など、まず、地元の人を巻き込み楽しめるイベントを継続していくことで、おのずと観光客が足を運ぶようになる。
観光客を呼ぶためのイベントではなく、地元の人間が楽しむことが大切だと思う。
「なんか、楽しそうな場所」「心地よい場所みたい」と、地元に定着してくれば、それが外部の人にとっても魅力的なものになる。
富士見町の中に客を引っ張ってくるような視点として南中はどうか。
★提案2 「滞留方・滞在型・体験型の観光スポットとして」
①農業体験として、土をつくり種を植えて育て、収穫して料理して食べる。
そしてその残渣を土に返して、槌を作る。
このような循環するすべてのことを体験できる素材が富士見町にはたくさんあり、また、人材も豊富である。
南中を受け入れ研修施設と使う。
②環境教育の場としての富士見町をアピールする拠点
「食育」が叫ばれて久しいが、食育の場としての富士見町をもPRしてはどうか。
農業だけでなく、水資源、林業など循環型の暮らしの提案の企画は、その場の従事者に投げかければ日ごろからの熱い想いを聞くことができる。
それらの研修施設としても南中は利用できる。
③井戸尻考古館の魅力を研究・体験する拠点。
井戸尻考古館が考古学の中で「異端児」といわれるゆえんをもっとアピールすべきである。
(多くが「土器学」であるのに比べ、井戸尻の研究は「民俗学」に近い。)
しかし、その捉え方は一般人とって縄文文化を知るにはより分かりやすい捉え方である。
この魅力を、地元の人でもわかっている人は少なく、地元の学校の教育課程で少しでも時間を設けて欲しい。
井戸尻の研究は全国に誇れる富士見町の宝であることは間違いない。
毎年恒例の収穫祭は、井戸尻の魅力を発信できるすばらしいイベントである。
歴史や井戸尻の研究の学習の場。土器づくりなどの体験の場などに利用する。
蓮池の手入れ等、大変な作業を住民や都会の人たちを巻き込んだ一大イベントにしてしまう。
「蓮田で泥作業の大変さや楽しさを共有しよう!」 こんなイベントの拠点として南中を使う。
★提案3 「いなか暮らし体験の場として」
「富士見町に移り住んでみたい」と、思っている人が、田畑は貸してくれても家を貸してくれる人がいない。
住む家がなくては移住の促進も図れない。
富士見町の農業はあと5年もすれば先が見えなくなる。
一方、都市部から農業を目指す若者が増えている。
畑や田んぼはいくらでも貸す、しかし、住む家は提供できない。
その部分を解決するためには役場の仲介が不可欠だろうし、貸し手側の意識改革も不可欠である。
そこで、里親制度や研修制度がなってくる。
そんな視点から、1月31日の朝日新聞に掲載されていた飯田市上久堅地区の取り組みも参考になる。
移住希望者に、田舎暮らしを事前に体験してもらうための施設だ。
都会と田舎の結びつきを強くするための拠点となる施設で滞在中、生活に困らないように農村人のサポーターが手助けをする。
南中もそんな施設として活用できるのではないか。
★提案4 「障害を持った人たちの作業・就労の場&健常者との交流の場」
富士見町には「諏訪養護学校」がある。この学校を卒業した後の受け皿は深刻だ。
社会はいろいろな人で構成されているはずで、障害者がごく自然に健常者と交流でき、集える場所が必要ではないか。
★提案5 映画撮影などのロケ地として
南中の木造校舎・春の桜・廊下・・・など長く受け継がれた貴重な財産。
そこには物語りもたくさん詰まっていて、富士見町の誇れる財産の一つ。
映画やテレビのロケ地として、宣伝しよう!
★提案6 「上記の提案の機能を含めた複合施設としての利用」
南中は階段を中央に、大きく4棟からなっている。
全体を一つの大きな施設として利用も出来るが、上記のいろいろな機能を持つ複合施設としての利用も出来る。
老若男女を問わず、さまざまに人が出入りすることで交流も生まれるのではないか。
そこからまた、輪が広がり新たな可能性も生まれるかもしれない。
富士見町の皆さん
2月1日付けの配布物の中に、「町民の皆様」という黄色いお知らせが、入っています。
「富士見町の観光戦略とパノラマスキー場強化更新しついて、住民説明会を行います!」というものです。
「今後の富士見町の観光戦略や方針、富士見パノラマスキー場の経営・校歌方針について、住民説明会を行います。
多くの方にご参加いただける様、会場の多く設定いたしましたので、ご近所お誘い合ってご参加ください」
11月の住民懇談会では、パノラマスキー場に関する大まかな計画の話はありました。
今回は、富士見町全体の観光戦略を含めた、より具体的な政策が示されます。
ぜひ、参加して率直なご意見をお聞かせください。
私たち議員も、皆さんのご意見を参考にさせていただきたいと思っています。
パノラマスキー場強化方針の住民説明会の日程が配られてと思います。
日程は、以下のとおりです。
2月9日 清泉荘 午後7:00~
13日 コミプラ 午後7:00~
14日 コミプラ 午前9:30~
15日 落合小 午後7:00~
16日 本郷小 〃
17日 西山保育園 〃
11月に行った住民懇談会でのパノラマに関する説明はこちらのご報告をご覧ください。
1月24日 境小学校の田んぼのスケートリンクで氷上運動会がありました。
境小学校では、学校の近くに、学校が借りている田んぼがあります。
大体は5学年で田んぼ作りの学習があるようです。
その田んぼが、冬になるとスケートリンクに変身します。
これも地域の宝。
でも、田んぼのスケートリンクを利用して冬の運動会をやると言うのは、私の知る限り始めてのことです。
すごいですね。
今回、さらに感動したのは、保護者会長の音頭で、PTAの皆さんが主催で氷上運動会を開催したことです。

高森の田んぼのスケートリンクです。
もう・・・○○年も前になりますが、境小学校のPTA副会長をやりました。
その当時は、暖かい冬が続き、スケートリンクの整備をしても、一回もできなかったりやっと1~2回滑れた、なんて年が続きました。
保護者の中にも「苦労して作業をしても、使えないんだったら、なんのために作業するのか分からない」と言う声が大きくなっていました。
リンクを作っても、ちゃんと凍らずに使えないんだったら、苦労の甲斐がありません。
そんな年が何年も続いたので、私も「スケートリンクは止める」と言う強い決意で副会長になりました。
ところが!
その年の会長は、スケートにとても熱心なお父さんで、私の思惑通りには行きませんでした。
「止めるのはいつでも止められる。一度止めたら復活させることはほとんど不可能だ」
と言うのが会長の意見。
私は「だったらいつまで経っても止められないじゃん! いつか、誰かが決断しなくっちゃ!」
と、言う意見。
長く伝統のある行事を止めるのは大変な重圧です。
それに・・・ 確かに、都会から移住した私にとっても、「田んぼのスケートリンク」はすごく魅力的なものでした。
親たちが結構、苦労して田んぼをスケートリンクに整備します。
その年は確か「せめて、子供たちもどんな作業をしているのか教えようよ」と、言うことになり、
稲刈りの終わった田んぼをスケートリンクにする作業を高学年の子供たちも一緒にやったと記憶しています。
スケートリンクを作るためには、その後もPTAの役員さんたちは、夜の水まきの当番があります。
気温が冷えた夜に、消防のポンプ(私の時は、確かそうだった・・・)で水をまいて氷を作ります。
その当番が気が重いものです。
でも、その反面、やってみるとかなり楽しかったりもするのです!!
みんなで、わーわー、きゃーきゃー 騒ぎながらやった記憶があります。
どうせやるなら、楽しんでやらなきゃね!
我が家の子供たちは、「冷たぁ~い」「寒ぅ~いぃ」・・・手がかじかんで、靴の紐も結べない・・・
スケートは苦手だったようです。 ^^;
でも、毎年熱心な保護者さんたちがいて・・・(毎朝早起きて、スケートの練習に連れて行くなんて、情熱がなければできません!)
大会に出て、高成績を残す子供たちが何人もいます。(頭が下がります!)
小さな低学年の子が「おばちゃん! 毎日夜起きて、朝、明るくなったらスケートに行くんだよ!」
なんて言われたら、抱きしめちゃうしかありません。
私の子育て時代は過ぎました。
あれ以来、着実に温暖化は進んでいますが、変動はありながらリンクが凍ってスケートの楽しめる年も結構あります。
これってこの地域の文化ですよね。
年々、少なくなっている「学校のスケートリンク」
富士見町でも、他の学校は止めてしまっているところもあります。
境小は続いていて、すごい!!
ああ・・・
あの時、止めてしまわなくって良かったぁ~(会長が強くって、とても太刀打ちできなかったけど・・・^^;)
そして、その氷上運動会です。

カーリングをやってました。
漬物石でやる予定だったそうですが、相談に行った茅野市のカーリング協会の方々が、快く貸してくださり、当日もご指導いただいたそうです。

大玉送り!?

役員さんたちが暖かぁ~い、うどんを振舞ってくれました。
麺のてんこ盛りで、おなか一杯! 幸せ一杯になりました。 ^^

子供たちも休憩時間。
お母さんたちのうどんを食べて体の中から温まってました。 ^^

お兄ちゃん、お姉ちゃんたちについてきたチビちゃんたち。
こちらはこちらで大いに盛り上がっていました。

パンくい競争
勢いよく走りすぎて、スッテン!
見ている間中、ずっと、私の顔は顔がほころんでいました。
転んだって、子供たちだから怪我をしなくっていいけど・・・
私だったら、また骨を折るかも・・・ ^^;

この子達にかかったら、何でもおもちゃになっちゃいますね。
積み木みたいに積み上げたり・・・そりにしたり・・・
実は、子供たちに混じっておじさんが一番楽しそうに遊んでいました。

役員のみなさ、準備がさぞかし大変だったと思います。
ごくろうさまでした。 m(_ _)m
私みたいに、大変だから止めちゃおう! って発想じゃなくって
「どうせやるなら、徹底的にみんなで楽しもう!」って事ですよね。
今更ですが・・・恥ずかしいです。
本当に、ありがとうございました!
毎年1月の中旬の日曜日に池袋区の年始めの総会があります。
今年度の事業計画、予算など、資料にそって新しい区の役員さんたちから説明を受け、区民が承認する大切な会です。
富士見町では、外部からの移住者が少しずつ増えています。
それはとってもうれしいことなのですが、都会では「行政区」なんてありませんよね。
「都市部に比べて区費が高い!」
「なんで町道なのに、区に地元負担金が生じるんだ!?」
そんな違いの一つ一つにびっくりなさる方も多いようです。
こちらでは、各集落「区」が、一番身近な「自治」の単位です。
都市部の町内会よりも、行政的な役割も担っています。
私たち家族は、この土地で子育てができてよかったし、今でも毎日のように本当に豊かな暮らしをしていると感じています。
でも、残念なことに、富士見町に移住なさった方の中には、地元との軋轢が生じている方もいるのです。
その一番の原因は、都会との暮らしとの違いを、知らずに来てしまったとこではないかと思います。
そこで、今年からカテゴリーに「田舎ぐらし」を加えて、都市部とは違う「暮らし」について、出来るだけお知らせしたいと思っています。
(今まで書いた記事からも「集落の暮らし」「子供たちの様子」をいくつか拾ってみました)
行政区のことでは今までも何回も議会の一般質問で取り上げています。
一番最初は、平成17年12月。
このときは 都会からの転入者に、事前に集落でのくらしとの違いなどを知らせることをシステム化できないかと聞きました。
何も知らないで移り住んでしまうのと、分かってて移り住むのとでは覚悟が違うと思います。
転入者が一番先に町とかかわる「確認申請」の段階で、都会と集落での暮らしの違いを知らせることができないかと提案しました。
時間はかかりましたが、現在は確認申請の時点で、各集落の「区費」の金額も入ったパンフレットが配られています。
昨年の3月議会の質問でも取り上げました。
このときは、消防や防災、衛生など、最低限の徴収を町でできないかと質問しました。
答弁は「できない」でしたが、後でよくよく考えると、「だったら、最低限それだけ払ってれば、後は集落とは関係ない」とも取れます。
それでは、今以上混乱を招く、と気がつきました。 反省!
さて、1月17日の、池袋区の総会です。

公民館の玄関を入ったところに、区民の名札がかかっています。
これは、世帯主の名前です。
こうした総会や、作業の時に自分の札を出席にかけて、その日の出席者を確認します。
つまり、残っている札は、まだ来ていない人の分です。

ずらっと並んだ札が出席者の札です。
年度初めの総会ともあって、高い出席率です。
それにしても・・・84世帯中、72世帯の出席です。
総会は区の運営に関わることを決める大切な会議なので、欠席をすると「未進金」を払わなければなりません。
池袋の場合、会議の時間帯や長さで金額が異なり、1,500円~4,000円です。
そのほかにクリンデーや道路の受け持ち帳場の手入れや草刈りなど、決められた作業へ参加する義務もいくつかあります。
この作業に欠席すると、やはり「未進金」を支払わなければなりません。
区の中には、こうしたルールがいくつもあって、きちんと区の規約に明記されています。
これを変更する時には、総会で決められた人数の賛成を得る必要があります。
日本中、どこに住んでも、その地域とまったく無関係で暮らすなんてあり得ません。
「人との関わりがわずらわしいから、田舎に来たのに・・・」と言う人は、大間違いです。
道路も使うし、ごみも捨てる。
みんなで協力して道路の整備や雪かき、ごみ捨ての立会いをしています。
田舎のほうがずっと、地域での関わりは強いと思います。
富士見町のように美しい景観に惹かれる人も多いと思います。
でも、その農村の風景を守るには、地元の皆さんの長い苦労の歴史があります。
「ここの景色や環境が良っくって住むけど、わずらわしい集落には関わりたくない」と言うのは、私に言わせれば、あり得ません。
「その場に住む」ことによって、当然、権利も義務も生じます。
都市部の生活形態を、そのまま田舎暮らしに持ち込めないことも多いのです。
ある総会の時に、都会から移住してきた方が「私は年金暮らしだから、区費なんか払えません」と、おっしゃいました。
「町に税金を納めているのに、なぜ区費まで払う必要があるのか」と言う意見です。
でも、この土地に生まれ育った皆さんには、同じく年金暮らしでも「区費を払わない」なんて、選択肢さえありません。
都会だって自治会はありますよね?
マンションに住んでいた時は、自治会費、管理費、その上、駐車場料などの支払いがありました。
集落の公民館の維持管理費、道路の補修、消防、衛生費、防災、地区子ども会、敬老会、各行事・・・
必要なお金を区民みんなで負担しているのです。
すべてが市などの徴収で行政が行うのと違うのは、やはり田舎では、地域で支えあって生きてきた暮らしの形態の違いだと思います。
前記の「区費なんか払わない!」発言の方も、区の会計決算書を持って、昨年役員だった夫が説明にうかがって、今では準組員として負担していただいています。

池袋では、昨年まで「区民」と「別荘扱い」しかありませんでした。
「区民」が払っている区費に比べて別荘扱いのお宅は、年間2割り程度の負担でした。
夏だけの別荘なら、それでかまいませんが、別荘として家を建てて、永住する方が増えてきました。
区民は作業や総会に出て、集落の暮らしを維持していますし、先ほど書いたように、参加しないと「未進金」も払います。
そこに住んでいるだけでも、すでに区民と同じ恩恵を受けているのですから、応分の負担をお願いしようと昨年の総会で決まりました。
基本的には「区」に加入して「区民」になっていただくこと。
でも、それぞれ事情があり、作業には出られない・区の総会まで出たくない、と言う方もいます。
そんな方は「定住者準区民」と言う枠を作って、「区民」と同等程度の区費の負担をお願いすることになりました。
富士見町のほとんどの「区」でも、同じ考え方のようです。
夫は、昨年の税務担当。
定住している「別荘扱い」のお宅を、一軒一軒、資料を持って説明に歩きました。
ほとんどの方が、理解し、協力をし「定住者準区民」になってくださっています。
ただ、こうした仕組みも、富士見町に38ある集落で、まったく異なります。
財産としての森を持っているとか、集落の大きさ等によって、かなり違います。
いずれにせよ、
地元の人も、新しく富士見町い越してこようと言う人も、一緒にこの地域の暮らしを作り上げていく大切な町民です。
一番感じるのは、ちゃんと話せば、ほとんどの人に理解してもらえると言うこと。
長くなりました。
今回は「田舎暮らしって、面倒くさい・・・」と、思われるような話だったかもしれませんが・・・
こんなに、いい暮らしができるんだから、そのくらいの覚悟はしてね!
と、私は言いたい。
前記の「知ってもらざぁ~ おらと~の町」の事業。
ポータルサイトの立ち上げとチラシ作りののために「立沢ひまわりの会」に取材に行きました。
会の発足は、立沢で初めて女性農業委員が選出されたことがきっかけ。
広い遊休農地を減らすこと、希薄になった人と人との関わりの改善を願って仲間を募ったそうです。
平成15年、遊休農地の活用を考え、「景観」と「環境CO2削減」のために、ひまわりの栽培を始めることにしました。
平成16年8月15日にひまわりの会のことを書いています。
「ちょっと、顔を出して」と誘われて行っのに、おいしいものをたくさん頂き、お尻から根を生やした報告です。 ^^;
ひまわりの会では、平成18年に、各集落の中山間地の補助事業や、県のコモンズ支援金を利用して搾油施設が出来ました!
それまでは、中条村まで毎年搾りに行っていたそうです。
今回は、その搾油所にお邪魔しました。

まず、種を大釜で焙煎
その後に粉砕して搾ります。
最初はこんなに黒い液体。

桶にしばらく置くと、かすが沈殿するので、きれいな上澄みを取ってフィルターにかけます。
そうして出てくるのがこのきれいな油です。

たまった油を容器に詰めています。

電気に透かしてみて、不純物が入っていないかチェック!
沈殿の下の部分やフィルターも最後になると少し油がにごってくるそうです。
そういうものは、品質的には問題がないので、組合員さんたちが使っているそうです。
でも、このきれいな黄色!
本当にきれいなひまわりの色です。

昨年、ひまわり作りに挑戦した乙事の早川家の油。
搾油をひまわりの会に委託して、出来上がっていました。
こうして自分で育てたひまわりの種を持ち込むと、容器のペットボトル代を含めて、1本、250円くらいで搾ってくれるそうです。

母は取材中!
床に寝かせられても、熟睡の生後1ヶ月のお嬢さん。
きっと、大物になりますね。 ^^

搾油所がちょっと寒かったので、小池さんのお宅にお邪魔して、ゆっくりお話をうかがいました。
ここで、出てきたお茶請けは、梅に花豆にところてん、大根のお漬物。
すべてがおいしいです!
今は、どこのお宅に行ってもそこのお宅のお葉漬けが出てきます。
「塩分の取りすぎ」に注意する啓発活動が、盛んに行われてきたようです。
最近では、お酢や唐辛子、醤油、味噌、しょうがなどを利用した漬物が多くなってきました。
その家庭の味がたくさんあるなんて、本当にすごい文化だと思います。
「○○さんちのしょうゆ味のお葉漬け」「○○さんちのみそ味のお葉漬け」なんて売り出せたらいいなぁ~なんて思っているのですが・・・
漬物は施設の許可が難しい・・・
ああ・・・やりたいことが、たくさんありすぎ!!!

「これが私の本職」と、小池さんが出してきたのがこれらの袋たち。
何で作ってあるか、わかるでしょうか?
「傘」だそうです。
古くなった傘をばらして布を取り、それを縫い合わせて「エコバック」に変身させています。
富士見町には「クリーンアップ富士見」と言う団体があるのですが、小池さんはその立ち上げにもご尽力なさった方です。
すごいなぁ~ の、一言です。
学校などで、年に1回、忘れ物等の傘を処分するんだそうで、それを引き取ってこうしてリサイクルしています。
ずくのない私には、とても信じられません。
(*「ずく」と言うのは、こっちの方言で、“やる気”“気力”みたいなかんじ。
「ずくなし」と言えば、”役に立たない者。怠け者。不精者”ってことだそうです。 ^^;)
本当に頭が下がります。
こういう「人」たちが、一番の「ふじみの宝」ですよね。

昨年の12月にお邪魔したときは、みなさんでラベル張りをしていました。
手作業をしながらおしゃべりをして、会の目的でもあった「希薄になった人と人とのつながり」も濃厚になりますね!

最初は、「公の場に女性を登用しよう」と言うところから始まった活動。
立沢の集落へと広がった、すごい取り組みですね。
それも、地道な作業を一つ一つこなしている皆さんの努力の結果です。
「新たな公」の「知ってもらざあ おらとーのまち」の事業も、
こういう「想い」をたくさん発信することが出来たらいいと思っています。
昨年の9月12日にこのブログで書いた「新たな公事業に挑戦!」
途中経過がすっぱり抜けましたが、おかげさまで採択になりました。
2次募集と言うことで、事業期間が3月10日まで。
大変だぁ~
この事業は「ルバーブ生産組合」で委託契約を結んでいるのですが、実際に事業を進めるために
趣旨に賛同していただいた会や個人の有志で「知ってもらざあ~ おらほーのまち」と言う会を立ち上げ、協力いただき事業を進めています。
期日が迫ってしまいましたが、1月25日、31日に講演会&ワークショップを開催いたします。
多くの皆さんに、興味を持っていただきご参加いただきたいです。

委託契約書です。
書類の作成が結構大変です。

いろいろな得意分野をもっている人たちが集まり、これからの事業に夢が膨らんでいます。
「富士見町を良くしたい」という熱い気持ちは、共通しています。
3月10日までの短期間で、富士見町のポータルサイトの立ち上げ、特産品関係の4団体のチラシ作り、関連した講演会、アンケートなど、盛りだくさんの事業を何とかこなすのに必死です。
でもポータルサイトは、とにかく立ち上げてあとは随時更新できます。
会では、「物(特産品」や「人・グループ」などの富士見町の宝物を、外に向けて発信していきたいのですが
そのものの「商品」としての発信よりも、それにかける皆さんの「想い」や「どんな活動」をしているのか、などに焦点を当てたいと相談しています。
さて、講演会&ワークショップのチラシです。
講師の先生は、お二人とも広い見識をお持ちの方です。
とかく、富士見町の自分たちの活動に精一杯で見えなくなってしまっている部分が多いと思います。
客観的に見て、意見をいただける機会だと思います。
ぜひ、ご参加くださいね。


昨年の12月「議会だより」は、2月1日の配布時に編集委員の議員さんたち・担当の職員の協力で、何とか間に合いそうです。
年末年始の休みなどが入ったために、今まで目指していた、議会のあった翌月の15日配布には間に合いませんでしたが、ご理解ください。
「議会だより」の表紙の写真
毎回悩むのですが、今回は森でいきいきと働く青年たちに焦点を当てました。
冬の森での作業にお邪魔して、思いっきりわがままを言って、写真に協力してもらいました。
今回、ご協力いただいたのは「緑化創造舎」の皆さん。
一昨年の8月には、入笠山の手入れを見せてもらいました。
日本は70%が森林。
富士見町もこれだけ森林が多いのですから、安い輸入材に頼るのではなく、政策として林業が成り立っていくような方向に行くべきですよね。
原村の若者が、林業に取り組み始めたのが10年前。
富士見町を含む近隣市町村の仲間も増え、今では7人に増えました。
森林組合に属さないで、自分たちで仕事をとるのもいろいろ苦労が多かったようです。
でも、いつ会っても、彼らは自分たちの仕事に誇りを持っていて、すごく素敵です。
県の補助などを利用して、森の所有者には負担をかけない森の整備を目指しています。
「ずっと手を入れてないから、自分の持ち出し分がなくってできるなら頼みたい」と言う所有者は多いようです。
長年整備していなくっても、今、整備すれば将来は価値のある森になります。
森の整備って、「将来」を見据える仕事。
昔の人たちは、長い間、そうして子孫たちに価値のある森を残す作業をしてきたんですね。

この日作業していたのは、原村の八ヶ岳農業実践農業大学校所有の林でした。
最初に、木を倒す方向に切り込みを入れます。

倒す方向を見定めながら、反対側にチェーンソーを入れていきます。
「ねえ、ねえ・・・こっち向いて!」とか
「一人じゃ寂しいから、奥にもう一人入ってくれる?」などと、写真を撮るのにいろいろ注文をつけました。
「木を倒すときは、周りに人がいたら危ないでしょう。 近くで作業するなんてありえないの!」
との、お返事。
なるほど・・・そりゃぁ~そうだ。

「そんじゃ、そこらへんで森でも見て、話でもしてくれる?」
・・・でも、ちょっとやらせっぽいか?
この4人、3人が去年結婚した新婚さん。
もう一人も・・・??? ^^

切り倒した木を道まで引き上げる作業。
この機械を昨年入れて、作業が数段、楽になったそうです。

最終的に、議会広報の表紙は、こんな構図の写真に決まりました。

皆さんと別れて、車に乗るときにこんな看板を発見!
「森造り 承ります」
気持ちが伝わってきます!
1月10日
朝は役場前の駐車場で消防の出初式。
その後、場所を町民センターに場所を移して表彰式。
午後は、成人式。
今年は平成元年生まれの長男の同級生の成人式。
晴れ着に着飾ったお嬢さんに「おばちゃん!」と言われても・・・
「ごめぇ~ん・・・分かんなぁ~い どちらさま @@ ???」
出初式の中でも目を引くのが、やはり梯子乗り。

一言
「寒い!」
見てるだけでも寒いのに、乗っている人たちは、手がかじかんでいると思います。

下梯子を支えている皆さん。
梯子が竹で出来ているので、時々ずれるらしく、上で乗っている人が激しく揺らして調整します。
見ているだけで、どきどきです。

空を飛んでる @@

今年は、例年梯子乗りを行っている1分団に加えて、3分団も復活しました。
私が議員になってはじめての2分団による梯子乗り。
こうした技が復活するのも、うれしですよね。

最後は分団長による、祝い放水。
いつも団長に激を飛ばされる団員さんたちから、厳しい言葉も飛んでいました ^^
「虹」見えます?
午後は場所をコミプラに移して成人式
華やかです。

成人の主張
昨年の民主党の政権交代を象徴的なことと、自分たちが選挙に関わることの重要性を話してくれました。
若者にも、自分たちの力で変えることが出来る、と関心を持ってもらうことが一番。
最近のニュースを聞いていると、特にお金に関してはクリーンであることに期待が大きかっただけに「民主党、お前もか!?」と言いたくなります。
でも、こうして若い世代に「投票に行こう」と言う行動を起こさせたことを思うと、やはり前回の政権交代には大きないみがあったのか・・・と思わされました。

恩師のメモリアルトーク。

記念撮影。

記念撮影の後は、成人たちが主催しての企画に代わります。
懐かしい写真を流したり、高原中・南中の校歌斉唱。
書家によって大きな紙に「道」と言う字が書かれ、みんなで寄せ書きをしました。
自分たちの手で自分たちの成人式を、と言うのが出来ればそれに越したことはない。
でも、その年代の子供たちのなかに地元にいない人ばかりだと、それもなかなか難しい。
全国的にも成人式のあり方も、いろいろ模索されていますがどんな成人式を成人たちは望んでいるのでしょう・・・
何年ぶりに会った友人や恩師たちと、もっとゆっくり話す時間と場所があればいいんじゃないか、と感じました。
おめでとう!
昨日と変わりない一日ですが、新しい年を迎えました。
議会だよりの原稿も終わっていない・・・・
昨年から持ち越した問題も多い・・・
でも、今日から新しい年の初まり!
しかも、御柱の年です!
今年一年が良い年になるように、努力しましょう!

年の始まりは、地元の池生神社で組の皆さんと新年参賀式
「今年は御柱年。
いい話のない時代ですが、みんなで心を一つにしていい年にしていきましょう!」

長い階段を上がって、初詣。
「今年もよい年でありますように」

地元消防団が、集落内の家を回って、屋根に放水。
「今年、一年火事にあいませんように・・・」

上の写真を反対側から見るとこんな風景
地元の若者たちがこうして地域の安全のために奉仕してくれています。
消防団に入って、先輩たちから厳しい指導もあるようですが、本当にまじめでいい青年たちです。
前記の記事に、子供は育った環境に育てられる、と書きましたが、
消防団、担っている役割は計り知れないと思います。
いわゆる「よそ者」にとって、こんなことの一つ一つが、ものすごい宝物です。 ^^
さて、久しぶりに我が家の猫が登場。

新年を向かえ、新しいおもちゃを手に入れ、猫釣りに興じる次男です。

それにうまく乗ってしまった猫のぎん

こちらはすっかりおなかがタポンタポンになった、ミリチャ。
若い“ぎん”に触発されて、遊ぶようになりました。
でも、おじさんはやっぱり寝っころがって猫キック ^^;

2匹で本当によく遊びます。
考えたら、ミリチャはずっとジャックラッセルのブルーとが遊び相手で
ぎんが来るまで、猫と遊んだ事がなかったんでした。
癒してもらってます・・・ ^^
11月29日(土)南中学校の閉校式。
4人の子供たちが通い、卒業した中学校です。
子供たちは参加できませんでしたが、思いっきり感受性豊かな(^^;)母親が代表して参加しました。
・・・しみじみといい、閉校式でした。
合わせて行われた「講演会」は、酸化チタンから光触媒の技術を発見した、藤島 昭氏。
超一流の方の講演会を、閉校式に持ってくるところなんか・・・
子供の成長に込める想いが伝わって・・・、とっても好きです!

南中学校、全校生徒の合唱「大地賛頌」
子供たち全員の心のこもった合唱でした。

原さんの大太鼓演奏
かっこいい!

飯島さん親子のフルート演奏(飯島和久さん、諒君)
息子さんの諒君は南中学校の卒業生。
ピアノ伴奏は同じく南中学校卒業製の中新田さん。
南中学校は、飯島さんご夫婦にフルートゼミでもお世話になっています。
超一流のフルート演奏を聞かせていただきました。

富士見ウインドオーケストラの演奏
生演奏の南中学校の校歌演奏、じーんときました。

ウインドオーケストラの演奏で、参列者全員で南中の校歌斉唱。

講演会「さくらはなぜ一斉に咲くのか? ~身のまわりには感動することが多い~」
(財)神奈川科学技術アカデミー理事長 藤島 昭さん
酸化チタンの結晶に水を入れて光を当てるとガス(酸素と水素)が発生することを発見した方です。
つまり、植物がやっている光合成を人工的に作り出す技術。
この酸化チタンの光触媒の技術が、私たちの暮らしの中にいろいろな場面に利用されているんですね。
抗菌効果が絶大で酸化チタンを病院の壁にコーティングなどに利用されています。
藤島さんは、「話を聞きながら質問を考えておいてくださいね」と、おっしゃって講演を続けられました。

講演が終わって、さて、質問の時間。
生徒の10人くらいが手を挙げました。
うれしいですね。
生徒の質問の一つ一つに
「いい質問だねぇ~ ありがとう」と、
藤島さんは丁寧に答えてくださいました。
こういう対応が、必要なんだ・・・
反省!

ご父兄、地域の方々・・・
多くの参列者がありました。

子供たちが書いた、南中学校

みんなで磨いてきた廊下

閉校式終了後、場所を富士見高原・花鳥野に移して行われた「語る会」
フリートークになった時に
「若者の話が聞きたぁ~い!!」
と言ったら、34期卒業の矢沢君が、臆せず「じゃ、僕が・・・」と、立ってくれました。
すんごく、うれしかったです!
参加していた32期卒業の北村さん、45期卒業の小林君も一言ずつ、言葉をくれました。
南中への熱い気持ちが伝わって、とてつもなくうれしかったです。

ちなみに、このおじさんも若者に触発されて話し始めたのですが・・・
あまりにも想いが熱すぎて詰まってしまいました。 (涙;)
かっこいいよ!!!
全5会場のうち、清泉荘は議員の西伊豆町との交流のため参加できませんでした。
他の4会場には、参加しました。
おおよその参加人数です。
11月16日 西山保育園 150人
11月17日 清泉荘 75人
11月18日 落合小学校 80人
11月20日 本郷小学校 80人
11月22日 コミュミティ・プラザ 90人
役場の職員も目立ちましたが、それでも例年になく参加者が多かったですよね。
新町長の始めての住民懇談会とあって、皆さんの関心が高かったようです。
住民懇談会では、前回の「住民懇談会」のページでお知らせした資料をパワーポイントにして、町長の説明がありました。
町長が就任してから富士見町のデーター等を分析して、これから取り組んで行きたい政策についての説明です。
これは、参加した皆さんには、新鮮に映ったようです。
参加者から、もっといろいろと慎重な意見が出るのかと創造していましたが、そうでもありませんでした。
と、言うのは、私のところにはいろいろと批判的な意見も多く寄せられていましたので
「住民懇談会でぜひ発言してください」と、お願いしていました。
「懇談会では、言わせてもらう!」
と、おっしゃる方が何人かいらっしゃいましたので、いい議論を期待していましたが、そんな方たちの発言もありませんでした。
各会場で発言なさった方より発言なさらなかった方のほうが圧倒的に多いのです。
多くの皆さんは、どのように考えられたのでしょうか・・・?

11月22日、コミプラの住民懇談会の会場です。
住民懇談会で、パノラマへの支援策として、町の貯金を使って一気に10億円の借金を返してしまう、
と言う案が提示されました。
この件に関しても、いくつかの慎重意見はありましたが、大きく取り上げられることなく終わった感じがあります。
住民懇談会で、初めて発表される施策なので、すぐに反応することが難しかったのかもしれません。
住民懇談会に参加され何人かにお聞きしましたが
「正直、数字が並んでも、よく分からなくって質問も出来なかった」と言う方も多かったです。
町長は、分かりやすく、を心がけて資料を作られたのだと思いますが、人に伝えるって難しいですね。
この、「町の貯金と借金について」は、丁度11月の議会広報で特集にしました。

11月の議会広報でお知らせした平成21年度の基金(貯金)の状況です。
上の表、ちょっと読みにくいでしょうか。
財政調整基金 :町の予算の年度間の不均衡を調整したり、災害等の発生など思わぬ支出に備えるために積み立てています。(17億6,633万円)
ふるさと創生基金 :町の特色を生かし、創意工夫を凝らした創造的・個性的な地域づくりを自主的に行うために積み立てています。(2億2,942万円)
減債基金 :町債の返済や繰り上げて町債を返済するための積み立ててです。(4億4,840万円)
ふるさとみらい基金:町内外からの寄付金で、自然保護・観光振興・子育て支援など、独自施策を進めるために積み立てています。(1,000万円)
(この他「奨学基金」「義務教育施設整備基金」「社会福祉基金」「むらおこし基金」「地域福祉基金」等20ほどの基金がありますが、それぞれの目的以外には使えません。)
基金一般会計合計 34億4975万円
基金の中で、使うことに自由度の高いものは、
「財政調整基金」(およそ17.7億円)
「ふるさと創生基金」(およそ3億円)
「減債基金」(およそ4.5億円)
「ふるさとみらい基金」(およそ1,000万円)
合計で、およそ25億円です。
後の基金は、議会広報でもお知らせしたように、目的を持って積み立てているものなので、他の目的のためには使えません。
私も前町長の時に
「毎年払う利子がどのくらいなのか? 一気に借金を返してしまう選択肢もあるのではないか」と、聞いたこともあります。
基金を積んでいても利率がよくないので、パノラマの借金だけでもまとめて返してしまうことで、
・払う利子の軽減、
・民間への移行の可能性、が高くなるなら、私はそれもありだと思います。
ただ、町長案では、パノラマを民間へ移行することは考えていません。
借金分に加えて、投資分の支援して立て直す考えです。
企業人ですので、先行投資がなければならないと言う考え方は、同然と言えば同然です。
万が一の話ですが、パノラマ(開発公社)の15億円の借金のうち、10億円を返したら、後の5億円は債権放棄してもらえる可能性があるのでしょうか?
トップ交渉で、そんなことが可能なら、10億をつぎ込むメリットは大いにありますよね。
あるいは、15億円をつぎ込んだとしても、それで民間へ移行できるなら、私はそれもありかな、とも考えます。
10億円と言う町民の税金を使うなら、住民にとってどんなメリットがあるのか示されなければいけませんよね。
大多数の町民が、「それなら10億円をつぎ込むことも仕方ない」と、思えるような計画が示せるかと言うことが問題です。
住民懇談会の会場では、それほどの議論にはならなかったのですが、後から聞こえてくるのは
「町民が、いままで積み立ててきた貯金を、パノラマにつぎ込むなんて・・・」
「同じ10億の金を使うなら、福祉や教育に使って欲しい」
「町にあるスキー場は一つじゃないし、厳しいのはパノラマだけじゃない」
などの、意見が私には多く耳に入ってきます。
懇談会で説明された資料に対する意見をすぐに言うことは難しいのでしょうか・・・
大勢の人の前で発言をする難しさもあるのでしょう・・・
でも、どんなにいい意見でも、それが行政に伝わらなければ何の役にもたちません。
「町長への手紙」でも、意見の募集は随時行っています。
議員も皆さんの意見を行政に届け、最終的な判断を多数決で決定するわけですが、
なんと言っても多くの町民の意見が町を動かすのだと思います。
この、パノラマの支援策については、1月くらいにはもっと具体的な案が皆さんには示されるはずです。
その時には、もう少し議論されることを期待します。
私も皆さんから、どういった意見が出されるのかを参考にさせていただき、
来年度の予算についても、判断しようと思います。
他に用事があって、今年の生活展に参加できたのは、当日の午後のみ。
2年ほど「わいわいエコライフの会」で参加していたのですが、子連れのお母さんたちでの参加は、本当に大変。
ちょっと疲れてしまったので、今年はお休みです。
今年は、私の関係では、ルバーブ生産組合が参加しました。
ルバーブを知っていただくために、ジャム作りの実習・試食・販売。
前日の準備から当日の運営。
生産組合のみなさんにすっかりお任せしてしまいました。
当日の午後のみの参加だったので、ほとんど会場を見て回れませんでした。
それでも気になって、近くのブースを走って覗きました。

「クリーンアップすじみ」のブース
見学の皆さんが、何を覗き込んでいるのかというと・・・

ごみの分別方法についてでした。
どんなものがどこに分類できるのか、展示されていました。
「こんな物まで紙類に入れられるんですか・・・」
「これは、燃えるごみに出したほうがいいんですね」
こうして、現物を展示してもらえると分かりやすいですよね。

こちらは町の生活環境係りの展示です
生ごみの処理器や分別方法を展示していました。

「一人一日300gを目指して」
1人1日の排出量
平成20年が439g 21年が370g 21年度目標が300g
20年どから21年度が69g減っています。
21年度目標まであと70g。
この調子で頑張れば、目標を達成できそうじゃないですか!?

こういった展示も助かりますよね。
コミプラや役場のロビーに、また展示して欲しいなぁ~

ルバーブ生産組合です。
ジャム作りの実演&試食。
当日、生のルバーブの販売もあり、ジャムの販売と同様好評でした。

片付けの様子です。
体育館に図書館から運び込まれたパネルを戻し、机や椅子を各部屋に運びます。
最後は体育館の下に敷いたシートを剥がして巻き取っていきます。
写真は巻き取る前にモップをかけているところです。
巻き取るのが、毎年かなり大変!
途中で曲がってしまうと、修正するのに技術と力が必要です。
でも、皆さんの協力で、今年も無事終了!
ご協力いただいた皆さん、本当にご苦労様でした。
生活展もマンネリ化しているという意見もありますが、こうしたことを地道に継続していくことも大切だと思っています。
今年は、「見学者に参加してもらう展示」を皆さん心がけていました。
なかなか難しいとこですが、方向性は見えてきたのではないかと感じています。
本日から住民説明会が始まりました。
参加者が多く、関心の高さを物語っていました。
新しい町長になってはじめての懇談会です。
ぜひ、参加して意見を活発に出して頂きたいと思います。
11月16日 西山保育園 午後7時~9時
11月17日 清泉荘 午後7時~9時
11月18日 落合小学校 午後7時~9時
11月20日 本郷小学校 午後7時~9時
11月22日 コミュミティ・プラザ 午後7時~9時
住民説明会の資料を事前に読んでおいていただけるように、スキャンしました。
住民説明会で配られている資料をウエブアルバムにアップしました。
今日の説明を聞いて、それはないだろう・・・と思ったところがいくつか。
その一つ、教育について
・富士見町は一校あたりの生徒数が6市町村の中で極端に少ない。
・生徒一人に費やすコストが極端に高い。(資料にグラフがあります)と言うもの。
町長は「異論はあるかもしれないが、これは事実です。」と言う説明に加え
これからは、ある程度の規模の学校で優秀な人材を作って欲しい、と言う言い回しが何回も出てきました。
それでは、小規模校では優秀な人材は育たないのか。と、私は反論したかったです。
(議員は他で言えるので、発言を控えるように言われています)
今の富士見町の教育を否定するような言い方ではありませんか?
わが子たちは、この富士見町の小規模な小中学校で、本当にいい環境で育ったと思っています。
この環境で育ったことは、子供たちの誇りでもあります。
そういった、今までこの富士見町で教育を受けて育った人たちに対しても、大変に失礼な言い方だと思いました。
質問の中に「単純にをお金で教育を議論しないで欲しい」と言う意見もありました。
そんな意見をちゃんと胸に落として欲しいと思いました。
また、行政区の問題にしても、新住民の流入出が原村、茅野市で比べると、出て行く人のほうが多い(資料あり)
これは、富士見町が2市村に何か劣っているものがある。
各集落で差はあるが、区費が高いんじゃないか、という発言がありました。
わが夫も区の役員をやって、新住民の方々に理解を求めるために一軒一軒資料を持って説明に歩いています。
とかく「飲み食いしてるんじゃないか」と、思われがちですが、なぜ集落でこれだけの自治会費を集めなければいけないのか、
説明をすれば、ほとんどの方が理解を示してくれます。
「住民懇談会」での、町長の発言として、あまりにも不適切ではないかとがっかりしました。
しかし、これは新政権の住民懇談会です。
説明を聞いて、皆さんから忌憚のない意見を出していただくことが目的です。
後日改めてパノラマの支援について等にも触れたいと思っています。
皆さんの中にもいろいろな思いや意見があると思います。
どうか、無関心ではなく、行政のすることをしっかりと見て 意見を言ってください。
それは、住民の責任だと思います。
下諏訪の樽川通子さんが中心となって行っている「サロン・しもすわ」
何度かお誘いを受けて、伺っています。
サロンでは、毎週「あの人の話を聞く」と言う企画を続けていらっしゃいます。
さまざまな分野の方をお招きして、会の皆さんを中心に一般の方も広く誘われているとのことです。
11月7日の土曜日に、私がこの会に話をする側としてお誘いを受けました。
緊張!

サロンしもすわ便り
「あの人の話を聞く」は、毎週続けられています。
すごいですよね。

この日は下諏訪でもイベントが重なっているとのことで参加者は少なかったのですが、男性がお二人いらっしゃいました。
話の議題は、何でも話しやすいようにと、「議会で日頃思うこと」としてくださいました。
何で富士見町に引っ越したのか、
議員をやるに至った経過、
「合併反対」「灰溶融炉建設反対運動」など、住民運動で得られたもの、
ルバーブ生産組合のことについて、話をさせていただきました。
その中からちょっと抜粋
★小さいから行政を身近に感じる。 ~ごみの事も水のことも私たちの問題~
私は、千葉市の駅から3分ほどのところで育ち短大を卒業するまでをすごしました。
市役所も県庁もそう遠くはありませんでしたが、千葉市で暮らした年代が若かったせいもあり見学で行くくらいしか経験がありません。
4人の子供を産み育てたのは船橋市でも、政治とか行政を身近に感じたことはありませんでした。
でも、この富士見町で暮らしはじめて、ゴミのことも水の問題も自分の生活にとっても身近なこととして感じるようになりました。
これは、引っ越してすぐに知り合った当時の富士見町の議員の知り合いが、水やゴルフ場問題に関わっていたと言うことも大きな影響だったと思います。
日々の暮らしの問題が、すぐ近くにある役場と近いものと感じました。
いわゆる新住民のお隣さんと初めて役場を訪れたのも、「ゴミの分別を始めてほし」いと言うお願いでした。
小さな自治体だからこそ、自分たちで言っていけば変わるかもしれない、と言う意識が芽生え始めたのだと思います。
そのときのゴミの分別の要望の役場の対応はちょっと残念なもので「あなたたち都会から来た人間はそうやって都会の暮らしを押し付ける」と言う返事でした。
でも、確かに「よそ者」がずかずかと後から入ってきて勝手なことを言う、と言われても仕方ないかな、と思いました。
自分の主張だけをしていてはいけないとも感じました。
1万5千人の小さな自治体だからこそ、行政を身近に感じることができるのだと思います。
★議会制民主主義とは。 ~この仕組みの中で、どうやって町民の意見を反映しているのか~
富士見町で暮らし始めてしばらくして、手話講座と言うものに参加しました。
手話を1つのコミニュケーションの手段の一つとして関心を持ったので、子供たちと一緒に参加しました。
手話サークルを続ける中で、
「障害を持った人も、出る場所さえあればもっと地域に出られるのよね。そういう場所を造らない?」
と言うある人の呼びかけをきっかけに、同じ気持ちの仲間が集まりました。
場所を無料で提供していただくなど、たくさんの方の協力を得て、
聾唖者を中心とする生涯を持った人たちと共にリサイクルショップを併設したパン・ケーキなどを売る店を運営していました。
実績を積み、3年ほどたったところで、行政として富士見町に作業所を作ってほしいという要望を出しました。
その時の私たちの強い希望として、「富士見町の中心部で人の集まるような場所に、自然に障害者が関われるような場所がほしい」と言うものがありました。
その要望を元に場所も何箇所か見て、私たちの意識の中では「今、行政と相談をしている最中」と言う認識がありました。
しかし、突然、行政から町議会にたいして「この場所に共同作業所が作りたい」と言う提案がなされ、議会で賛成をされ決定しました。
私たちとの話合いでは出てこなかった場所ですし、希望とも違っていました。
私たちにとっては、突然の話で、足をすくわれたような気がしました。
そのときに、「私たち住民の希望はどのように反映されるのですか?」と役場に伺ったところ
「議員さんたちは町の代表ですから、その議員さんたちにお聞きすれば住民の意見を聞いたと判断します」と言う返事が返ってきました。
この時から、「この代表民主主義という議会制度民主主義の制度の中に、私たち住民の意見がどのように反映されるのだろう」と言う疑問が、私の中に強く残りました。
子供たちをこの富士見町で育てられたことへの感謝の気持ち、
私たちが応援していた議員さんが3期を終えたところで出馬してくれなず、後継者がいなかったこと、
そしてこの「議会制民主主義」への疑問。
これらの思いが重なり、現在、富士見町町議会議員をするに至っています。
この、議会制民主主義についての疑問が、私の議員としての根底にあります。
議員は住民の代表ですが、議会は本当に住民の意見を反映しているのか?
そう思う反面、あの時「灰溶融炉建設」に対して、住民の多くが賛成していたとしても、私は反対運動をしていただろうとも思うのです。
圧倒的少数意見の中に真実がある場合もあります。
多数決で決められる議会の中で、一票ではどうにもならないジレンマを感じながら・・・
「議員の役割とは一体何なのか?」
いまだに答えを出せずにいます。
サロンしもすわでこんな話をさせていただきながら、「そうだった」と、あのことの気持ちを思い出し、かみしめていました。
これからも、悩みながら・・・
悩むことに、少々疲れながらも、やっていくしかないな、と思います。
話をさせていただいたことで、改めて初心を思い返しました。
そんな意味でも、いい機会を頂きました。
「よそ者の視点で見た富士見町の観光をどう考えるか」
町長から宿題が出ました。
富士見町を心から愛する住民の一人として、日ごろ考えている勝手なことを並べてみました。
★パノラマスキー場
・「大人だって雪遊びがしたい」
関西地域の人たちは雪を見たこともない人もいる。
「大人だって雪遊びがしたい」という観点で、気軽に雪遊びを楽しめる場が欲しい。
スキーは、ある程度高い技術が要るのでスキー人口も限られてくる。
怪我でもすれば働き手にとっては大変な事となり、やってみたくても踏み込めない人も多いしきてすぐに楽しめるものでもない。
気楽に雪を楽しめる、雪合戦やそりすべり、雪の中での競争など、ゴンドラに乗ってもらうことも大切だが、総体的に人を呼べる企画も大切ではないか。
・コースが雪の準備ができない時期に、上ではすでに雪が積もっているときがある。
スノートレッキングしにきた若者が、昔スキー場だった花畑で、そりを持参で嬉々として何度もそり遊びをしていたのは印象的である。
若者向けに積極的にPRすべきではないか。
・ゴンドラで上まで上っていただき、下りながら山菜つみイベント(ゼンマイなど)遊び心ある楽しいイベントが欲しい。
★直売場・加工所について
・富士見町について、よく耳にするのが「ああ、富士見ね。よく通るわ」という言葉である。
富士見町は現在、通過点に過ぎない。
たとえば、直売場などをエコーラインなど車の導線を考えて造った場合、結局、富士見町の外側を通っていく通過点に過ぎない。
多少売れたとしてもそれでは富士見町の魅力を伝えるには乏しい。
町の中に町民の利用しやすい魅力的なものを作ることで、それが観光客にとっても魅力的なものとなる。
富士見町の中に客を引っ張ってくるような視点が大切ではないか。
そんな拠点で、富士見町4地区の料理自慢大会など、まず、地元の人を巻き込み楽しめるイベントを継続していくことで、おのずと観光客が足を運ぶようになる。
観光客を呼ぶためのイベントではなく、地元の人間が楽しむことが不可欠であると考える。
・ミルク工房・ひまわり油・味の会の味噌などなど・・・点在する施設をひとつにまとめるのではなく、あるものを結びつけ発信すればよいのではないか。
★富士見町の魅力を結ぶ企画
富士見町にある点在する魅力ある宝を、線で結びつける。
・桜めぐり(富士見を訪れた人によく言われるのが「富士見町は桜が多い」すでに桜を巡るイベントは行われているが、地元の協力を得ながら、毛氈を敷き一休みできる茶屋などあれば雰囲気がいい)
富士見町中の桜の名所を車で巡りながら移動し、神社やお堂の歴史ツアーがあってもいい。
・巨木めぐり(先日体験したが、実際に巨木の太さを測りながら神社等の歴史も学べる)
・湧水めぐり(環境保全との兼ね合いで慎重に考えるべきだが、「限定」とすることで付加価値が高まる。
富士見町の水を売るなら、その水環境についてもPRすべきではないか。
富士見町の中を移動することで、プラスして景観のよいスポットの紹介など、点が線となり、線が面となるはずである。
★ひまわり畑の大迷路
・荒廃地の利用、景観の花、油の販売と地域の活性化に貢献しているひまわりだが、ひまわり畑で大迷路を作り、花を楽しみながら子供も一日楽しめるイベントにする。
ひまわり油のPRや活動の紹介、そこで農業作業のボランティアを募るなど、住民と交流しながら問題提起できるようなイベントにする。
★富士見の名所めぐり携帯ゲーム
・富士見の名所巡りを、携帯でゲーム感覚参加型にする。
「富士見町の宝物を探していく、謎解きゲーム」
各名所に目立たないようにQRコードを設置し参加者が携帯に読み込んで、そこで出た簡単なクイズで正解を出すと(あるいは読み込んだだけで)それがポイントとなり、たまると「名誉町民割引パスポート」を発行しリピーターの確保につながる。
また、境地区の名所でQRコードでアクセスした場合、すぐに近辺の観光案内をすぐに発信するなど、地域のイベント・特産品等総合的に相乗効果を狙えるようなものを構築する。
★滞留方・滞在型・体験型の観光
・農業体験 → 土をつくり種を植えて育て、収穫して料理して食べる。そしてその残渣を土に返して、槌を作る。
このような循環するすべてのことを体験できる素材が富士見町にはたくさんあり、また、人材も豊富である。
・諏訪6市町村で行った「ずーら」は大変にいい勉強になった。
どんな企画に人気が集まりどんな評価をえたのか。どの層にどんな企画を提案していけばよいのか。どのような発信をどんな方法でするべきなのか、今年の評価の見えてくるはずである。結果が楽しみである。
富士見町だけでも、同じような多方面に渡る企画が可能である。来年は御柱。
小宮祭への受け入れも面白い企画で、まさに住民と一緒に楽しめるそんな企画を、町内でも募ってみてはどうか。
★環境教育の場としての富士見町
・上記の体験型観光の提案の中で、教育の場としての富士見町をもっとPRすべきではないか。
農業だけでなく、水資源、林業など循環型の暮らしの提案の企画は、その場の従事者に投げかければ日ごろからの熱い想いを聞くことができる。
★「子育ての町」富士見町をPRできるような企画
・子育て中のお母さんたちが車の往来を気にせずに子供を解放せ、普段はできない泥遊び木登りなどの場の提供、休みの日の校庭の開放など。
子育て広場AIAIや小学校の放課後森の遊び場など、訪れたお母さんたちが「こんなところで子育てがしたい」と感じるはずである。
★井戸尻考古館の魅力を生かす。
・井戸尻考古館が考古学の中で「異端児」といわれるゆえんをもっとアピールすべきである。
(多くが「土器学」であるのに比べ、井戸尻の研究は「民俗学」に近い。)
しかし、その捉え方は一般人とって縄文文化を知るにはより分かりやすい捉え方である。
この魅力を、地元の人でもわかっている人は少なく、地元の学校の教育課程で少しでも時間を設けて欲しい。
井戸尻の研究は全国に誇れる富士見町の宝であることは間違いない。
考古学にまったく興味のない人間でも学芸員の話に惹き込まれるのは、彼らの井戸尻に対する深い愛情と情熱を感じるからである。
・毎年恒例の収穫祭は、井戸尻の魅力を発信できるすばらしいイベントである。神話の再現やくくの舞など、他に類を見ない企画があり、高い評価を得ている。
この企画を大切に育てながらも、みんなで支えていこうという視点で保全作業などに積極的に住民の参加を呼びかけてはどうか。
・蓮池の手入れ等、大変な作業を住民や子供たちを巻き込んだ一大イベントにしてしまう。蓮田で泥作業の大変さや楽しさを共有しよう!
★まとめとして
人は何に魅了を感じて、繰り返し訪れたいと思うのか。
そこに人の温かさや情熱・高い理想を感じ、心を惹かれるのではないか。
観光客を呼ぶためのイベントや施設を考えるのではなく、町民にとって魅力的なものを作ることが絶対的な条件である。
富士見町の魅力を町民がまず認識し、「富士見町はこんなにすばらしい財産がたくさんある」と、自信と誇りを持てるものでなければならない。
哲学・こだわりがあるから、人々が感動し、共感し魅力を感じる。
人々の心をつかむ事ができれば、自然に観光客は集まってくる。
そして、そういうものは流行に左右されず、長く人の心を捉えて離さないはずである。
今、財政の厳しい時代に新たな施設や建物の建設を考えるべきではなし、到底、住民の合意は得られないだろう。
すでにある富士見町の財産をどうやって繋げ結びつけるか、総合的に捉えて発信することが必要である。
厳しい時代だからこそチャンスと捉え、町民の心を捉える政策が必要である。
ないものを求めるのではなく、ある資源を生かしていこう!
富士見町の農業はあと5年もすれば先が見えなくなる。
一方、都市部から農業を目指す若者が増えている。畑や田んぼはいくらでも貸す、しかし、住む家は提供できない。その部分を解決するためには役場の仲介が不可欠だろうし、貸し手側の意識改革も不可欠である。
どうやって、富士見町を活気ある町にするのか。
観光を観光とだけで捉えるのではなく、総合的に富士見町がどんなビジョンを持つのかが基本に大切ではないだろうか。
たとえば、キーワードを「夢」とする。
上勝町のごみゼロのような目標は多くの人にとって「夢」だが、「太陽」も夢がある。富士見町の抜群な晴天率をばねに、「太陽の町」と位置づけ、施策の柱をソーラーの普及とする。
50年100%普及計画で、町民の生活のプラスになり、なおかつ国民的な支持を得る「夢」。
「ソーラーなら富士見が面白いことをやっているよ」と、全国からくる。
ここにきたら、太陽エネルギーで料理やポップコーン作りの体験ができるなど、ソーラー関連でいろいろな面白い遊びができる。
(NECの技術提供を求めて、町のコスト負担は最小限に抑える)
植物も太陽の産物だから、農業も「太陽の宝」と位置づけ、観光型農業振興につなげる。
「クリスマスツリー」的な観光政策ではなく、「これだ!」という、町民を第一に考えた単純明快な「夢」を育てていけば、それに魅力を感じる観光客だけではなく、若い世代の移住者もやってくるのではないか。
わたしの住んでいる池袋の地区社協の研修会。
秋の研修会にはこの2年ほどは、地域のお年寄りと町内の施設見学や勉強会などを兼ねてバスで出かけていました。
でも、インフルエンザが流行の兆しを見せているところ。
人の集まるところに出かけるのは見合わせようということになりました。
そこで、集落の公民館で9月に行った「日赤奉仕団」のワークショップを生かし、集中豪雨に、池袋でどんな災害が想定されるかのマップ作りをしました。

まず、役場の日赤の担当者に、9月のワークショップの話をしてもらいました。

それから、集落の知識人に導入約をお願いして、集中豪雨があったらどんな被害が想定されるのか話していただきました。
初代井戸尻考古館の館長を勤めた方だけあって、地質にも詳しく、以前あった被害等から具体的に危険箇所が指摘されました。
出席者全員で地図上で確認しながら被害が想定される場所にしるしをつけてみました。
実際に、どのお宅が危険か出席者の中で確認が出来ました。
町の社会福祉協議会の職員には、福祉マップ作りについて話をしてもらいました。
・「うちの地区では、分かっているからマップは必要ない」と言うところがあるが、
平成18年に岡谷市で災害があった時、災害時のボランティアがすぐに集まったボランティアを裁くことが出来なかった。
マップがあれば、よそからの支援者にもすぐに伝えることが出来る。
・平成18年に輪島市門前町で地震があったときには、4時間で全員の安否確認が出来ていた。
それは、マップがしっかり出来ていたからである。
・地区社協の役割として、普段の支えあいとボランティアの受け入れがある。
困っている人を助けられると言う人はたくさんいるだろうが、「助けて」と言えるだろうか?
そんな人の結びつきを地図に表していく方法もあるんじゃないか。
・要介護の人、その支援者を色で塗って言った時に、人とのつながりのない色のつかない人はどうなんだろう、と考えることが出来る。
プライバシーの保護も大切だが、最初は賛同者だけでいいからはじめてみればいいのではないか。
と言う内容の話でした。
出席者でマップ作りについて話し合ってみましたが、やはりいろいろな考えの人がいるので、地図に落としていくのは難しいと言う意見が出ました。
その反面、出席者の中には「一人暮らしなので、助けてください」と早速手を上げてくださる方もいらっしゃいました。
確かに難しい!
何かあったときに、「助けて」と言える人、言いたいんだけど言えない人、放っておいて欲しい人・・・
胸の中にいろいろ複雑なものがあって、いいことだからと賛成してもらえるわけではない。
地道にこんな会議を何回も重ねていくしかないなぁ~と言うのが実感!
10月18日
縄文王国の収穫祭
今年の音楽演奏は矢島たかしさんのギター演奏と富士見太鼓でした。
そのほか、実演・展示・体験・販売など、おおよ20団体の参加がありました。
土器の野焼きや黒曜石の石器づくり石臼での粉ひき、蓮の実の飾り玉づくりなどなど。
この土地で縄文人たちが営んでいた、そのつながりに思いを馳せられるような、
運営側の気持ちのこもったイベントだと思います。

地元の「縄文の里振興会」「高原の女を語る会」「ほのおの会」など、毎年たくさんの会が参加して収穫祭を盛り上げています。
写真は、清泉荘で行っている「たまり場」の皆さんです。

わたしが着ているのは「たまり場」の皆さんが作ってくださった貫頭衣です。
せっかくの衣装がちゃんと写っているものがなくって残念!
考古館では、地元の皆さんが作ってくださった貫頭衣何着も持っていて、収穫祭当日は、参加者に無料で貸し出しています。
昨年の収穫祭の反省の会で
「あの衣装を、時々、買いたいと言う人がいるんだけど、どこかの会で作って売らないかな」と、館長から話がありました。
そこで「たまり場の会」のみなさんに投げかけてみました。
収穫祭まで2週間あまりと言う短い時間の中で、丈の長いものと短いものと2着作ってくださいました。
でも、「売る気はないから、あなたが着て宣伝しなさい」と言うことになり・・・
ありがたく午前、午後と衣装替えまでさせていただきました。
実際、こだわって布も糸も麻を使うので生地だけでものすごく高くなってしまいます。
一着、6,000~7,000円もしたら誰が買うんだ!? ってことになってしまいました。 ^^;

たかきびを石器で収穫体験です。
石器を手前に引きながら、タカキビを向こうに押し出す、
これを瞬間的にやるとスパッと気持ちよく切れます。

縄文土器の野焼きです。

無料配布はすぐに列が出来ます。
蒸かしイモ、古代米のお餅つき、シコクビエのおかきや、きのこ汁、蓮の実入りのおこわ・・・
試食だけでおなか一杯になりました。

舞台では、矢島さんのギター演奏など、みなさん楽しんでいました。
わたしたち議員は、蒸かしイモの後はすぐにシカ肉の焼肉の提供と、
忙しくて、舞台演奏をゆっくし楽しめずに残念でした。

富士見太鼓の皆さんです。

議員で、シカの焼肉の準備中。
煙が目に染みました!
寝る前にお風呂に入るまで、焚き火の香りが体に染みこんでいました。 ^^

神話の再現

「お気持ちの壷」
これまた、昨年度の反省で「無料で配布するだけでいいのか」と言う点が話題になりました。
保健所の許可の関係で、売ることは難しいのですが、みんなで参加して楽しむ王国の収穫祭です。
協力して盛り上げてもらう気持ちも大切なのではないか?
広くは、考古館をみなさんで支えていくと言う気持ちもあってもいいはず。
そんなことから、寄付を募ってみてはどうか、と言う話になりました。
「検討してみます」と、言っていましたが、その結果がこれだったんですね。
あまりにもひっそりと置かれていて、最後まで気がつきませんでした。
壷の下には次のように書かれています。
「この収穫祭は、多くの有志や
ボランティアの方々により運営
されています。
より、よいものにするため、皆様
の、“お気持ち”をいただけます
ようお願いいたします。」
そうそう・・・
ちなみに、収穫祭では今年もレンタル食器を使用していました。
こんなところへのこだわりも、考古館の姿勢が見えてうれしいです! ^^
このブログでご紹介した「乙事キャンプ」を企画・運営している高橋じゅん君。
11年も付き合っていたあっこちゃんとついにご結婚!
おめでとう!!!
結婚披露パーティーのお誘いを受けて喜んで出かけていきました。 ^^
会場は、室内ゲートボール場。
とてもゲートボール場とは思えない!

結婚パーティーの会場は、原村・樅の木荘の屋内ゲートボール場。
友人たちが思いをこめて会場作りをしていました。
「仰々しい結婚パーティーではなく、みんなが楽しめるイベントにしたい」と言う二人の希望どおり。
会場に暖かい雰囲気があふれていました。
久しぶりに出会った顔が多くって、うれしかったです。
すでに出来上がっているきこりのお兄ちゃんとぞっこん話しこんでしまいました。
このきこりさんも実は新婚さんで、じゅん君たちのように、心のこもった披露宴に出席させていただきまhした。
「いやぁ~結婚っていいもんですねぇ~」なんてお惚気から話は始まりました。
しかし、話の内容はかなり志の高く、夢の広がる話です。
私の胸にぴったりと響いてしまって、泣けました・・・ ^^;

みなさん、思い思いにくつろいでいます。
会費制で、二人を知らなくっても誘い合ってきてください、と言うお誘いでした。
じゅん君が毎年開催している乙事キャンプのイメージって感じでした。
二人を中心とした、人と人の輪の広がりは彼らの生き方のつながりでもあるんですね。
みんなが、集い、楽しめる素敵なパーティーでした。

じゅん君&あっこちゃん
おめでとう!
なんと美しい花嫁さんでしょうか・・・
映画のワンシーンのようです。
この二人との出会いも、「灰溶融炉建設反対運動」です。
あの運動で若い人たちが、将来の環境のこと、地域のこと、そこに生きる人々のこと・・・
本当に真剣に考えて、そして実際に動いてくれました。
熱く熱く、何度も何度も話し合いました。
とてつもなく大変な2年間でしたが、あれほど充実した時間を経験できたことに、今では心から感謝しています。
あの時に知り合えて、繋がっていった人との絆は人生の宝です。
よく、辛い時に出来た友人は本当の友人だと言いますが、実感です。
話を、結婚した二人の話に戻すと・・・
この二人も、まじめすぎるほどまっすぐで心配なくらいです。
その真剣さゆえに、辛いことも多いだろうなぁ~、と思います。
しかし、ご両親も本当に素敵な方で、ご家族や友人の愛に包まれこれからの人生を歩まれていくんだと思います。
二人の魅力にまわりも響きあって、この日集った環がもっと広がっていくんでしょうね・・・

シェフが焼きそばを作ってくれていました。 ^^
ご馳走さま。
この顔も、ご無沙汰していた大好きな面々(?)です!

じゅん君もメンバーの「八ヶ岳シャンティーアジールユニオン」
「ひかり」と言う曲のご披露です。
「先が見えない・・・」
「光が一杯で、まぶしくって見えない。」
じゅん君は、そんなあっこちゃんに惚れたんだそうです。 ^^
かっこよすぎて、言うことがありません!
おめでとう!おめでとう!おめでとう!
10月4日
わが池袋区の秋祭り
稲穂が黄金色に色づいてすんごくきれいな季節です。
集落単位の行事は一年に何回かありますが、この秋祭りが子供からお年寄りまでみんなで参加できて楽しめる行事です。
富士見町でも少子高齢化の問題を抱えています。
「小さい子供がいなくって・・・」と、何年か前には言っていたのですが・・・
気がついてみると、なにやらうじゃうじゃちびっ子が増えていました! ^^

朝一番に集落の神社・池神社に集まり、お払いをしてから、子供御輿と大人の長持ちが集落内を練り歩きます。
美しく色づいた田んぼの中を歩いていますが、この人たちはすでにかなりアルコール度が高い状態です。 ^^

これは、親子です! ^^;
いやぁ~
いろんな意味で、うらやましい光景です。

毎年、楽しませてくれている若者たちの仮装。
トイレが大変だったようですが・・・ はっはっはっ・・・ ^^

我が家に子供御輿、到着!
「えぇ~!? いつの間にこんなにちびっ子が増えていたんだろう・・???」
と、びっくりするほど、子供がたくさん!
池袋では、一度は親元を離れた人たちが、子供が出来たことをきっかけに親元や近くに家を建てて帰って来ています。
乳飲み子だった赤ちゃんが成長したんで、突然に増えたような気がしたのでした。
うれしい現象です。
でも、富士見町って、本当に子供を育てるのにとってもいい環境だと思います。
(4人、育てた私が言っているので、本当です! ^^)
子供たちはいたって元気!
暑い中で歩くだけでも疲れるだろうと心配していました。
座り込むんでしまうのではないかと大きなシートを用意しておいたのですが、とんでもない!
走り回っていました! @@

疲れていたのは、お母さんたちでした。 ^^;
子供たちに遅れる事しばし・・・
これだけの子供たちの面倒じゃ、そりゃぁ大変だ!

子供たちの元気のいい理由はこれ。
ちびっ子たちは、軽トラに乗せてもらっていました!
お母さんたち、本当にご苦労様です。

そして、長持ちのご一行様、到着!
毎年評判がいいので、レバーペーストと豆腐とアボガドのディップを用意しました。
子供用の残り物のシフォンケーキも好評でした。
すべての家でこうしてもてなす訳ではありませんが、家々で飲んでまわるので、そりゃぁ~ お疲れですよね。

長持ちが公民館に到着するのを待って、演芸会の始まりです。
当番の方が前日から準備してくれたおでんや寒天、果物が並んでいます。

なんと言ってもちびっ子の演技には勝てません。
床に散らばっている白いものはおひねりです。
このくらいの幼さでは、おひねりに対しての執着心もありませんね。

出し物のひとつにシュークリームの中にからしやタバスコなどを入れて食べるというものがありました。
前に並んだ大人が食べるのを見て、一人だけ何も入っていないシュークリームはどれか、子供たちが当てるゲームです。
とんでもない企画ですが、私も前に並ばされました。
入っていたのは、@@量のわさび!!!
平然と笑っていようと思ったのですが、涙は出てくるはむせかえるは・・・
席に戻っても、しばらく食道がむかむかしていました。 (はぁ~ ^^;)
と、とっても楽しい一日でした。
あぁ~ つかれた!
チューブからひねり出されたわさびを、5cmくらい食べさせられた気がしますが、
集落の皆さんとこうして秋祭りを祝える幸せに感謝!!!
大好き、池袋!
富士見町の景観タウンウォッチング。
~立沢・神戸・若宮の神社などを訪ねて、富士見の自然の神秘を体感しよう~
立沢の大山祇神社、御射山神社、御射山神戸の一里塚など、富士見町の巨木と文化遺跡・5ヶ所をめぐりました。
実際に巨木の幹の周りを測り、神社や八幡社の歴史を学びました。
ちなみに、富士見町の広報の4月号くらいから最後のページで、巨木が特集で紹介されています。 ^^
《立沢の道祖祇神》

道祖神は、村中に悪いものが入ってこないように、組ごとの辻々に立てられていました。
道の拡幅・整備で、ほとんどの道祖神が移動されて保存されています。
昔は、子供の遊び場にもなっていて、石の上で木の実をつぶしたりして遊んでいたそうです。
子供たちの姿が目に浮かびます・・・ ^^

立沢大山社 横のお宅のお蔵に書かれた絵。
戦時中に蔵の白壁は目立つので黒く塗るように国からお達しがありました。
ここのご主人は遊び心のある方で、黒く塗る代わりに、こうして絵を書かれたのだそうです。
壁は塗り替えも行われましたが、絵は保存されています。

神社の舞屋です。
この舞屋は回り舞台になっていたとの事。
地元の方の話だと、子供の頃、歯車を回して遊んだ記憶があるそうです。
床下を除いてみましたが、そこまで確認できませんでした。
手前には、土俵が作られていて、今でも相撲が行われているそうです。
ここだけ見ても、地域で受け継がれてきた文化の歴史を感じますね。

巨木の測り方にはいくつか約束事があります。その1。
《目道り》と言って地上から130mの高さの幹周りを測ります。
この神社には大きなケヤキが2本ありました。
4m25cmと4m38cm。
それぞれ、樹齢が255年、234年です。
書いてしまえばそれだけのことですが、やはりその場に行って触れてみると、存在の大きさを感じます。
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この場所には町の文化財の指定を受けていたヒメバラモミが立っていたそうです。
昭和30年ごろの台風で倒れたと言うことですが、その痕跡をたどって円を描いてみると、その大きさが良く分かります。
倒れた当時、幹周りが4m30cmくらいはあったということです。 @@
《御射山神社》
ケヤキにマツのこぶ!?
たまたまこの場所に引っかかったマツの種が育ってしまったのでしょうか?
不思議な光景・・・
巨木の測り方の約束、その2。
こうしたでこぼこのあるところは、それに沿って押えて測ります。

ウラジロモミ
高い!! 30mくらいはあります。
幹の周り(目通し)は4m52cm。
《御射山神戸の一里塚》

この道は旧甲州街道。
街道を往来する人のために道中の目安に一里(約4km)ごとに一里塚が設けられました。
この一里塚は、江戸の日本橋から48里めの塚になるそうです。
東の塚にはエノキ、西の塚にはケヤキが植えられていましたが、エノキは明治に枯れてしまいました。
この塚が作られたのが、慶長年間と言われているので、樹齢はおよそ390年。
高さはおよそ25m。
西側に一番枝が張っていて、こちらもおよそ25mくらいあります。

滑のりやすい足元に注意しながら目通し(幹のまわり)の測定。
巨木の測りかた、その3。
こうして根っこが地上に出ている場合は、《根あがり》と言って根が終わった場所から図ります。
ここのケヤキは塚が作られた時代がおおよそ分かっているので樹齢も推定できます。
幹の周りから、一年間に6.4mmくらい成長すると分かりました。
この地域のケヤキは大体6.4mmくらい成長すると言う事から、
今度は目通しを測ると、ケヤキの樹齢を予想することができると言うわけです。
《御射山神戸・八幡社》
ここの社殿は、宝暦12年(1762年)に建設、加えて棟梁は、伊那郡沢底村(現辰野町)出身の加藤吉左衛門とされたことが明らかになっています。
「正統様式の端正な建築技術を示す点、当地方の近代社寺建築の流れを知るうえで需要」
と、看板に記されていました。
ケヤキがモミの木を抱いてしまっているのが分かるでしょうか?
このイチョウのきには、サクラが生えていました。
これまた、不思議な光景。
お隣のイチイの木。
穴が貫通していて、向こうの景色が見えてます。
強い木なんですね。
《若宮八幡社》
神社の手前の昔集落で使われていた放送室の看板。
味があっていいなぁ~
隣の集落の木の間に夫の父の家があるので、この辺はよく通ります。
でも、道の奥にこんな素敵な神社があるのは知りませんでした。
カシワの木です。
どこまでの青い空に、すっと立っている姿は、いつまで見ていてもあきませんでした。
日ごろは何気なく通過して気がつきませんが、巨木めぐりのおかげで、新たな発見がたくさんありました。
紹介したい写真もたくさんあるのですが、ありすぎて選択できない!
富士見町には、各集落に神社があります。
たまには車を降りて、ゆっくりと歩いてみるといろいろな発見があるかもしれません。
木々に耳を寄せて、その生きて来た歴史に思いを馳せるのも、豊かな時間かも知れませんね。

カシワの実。
ミズナラなどのどんぐりと違って、はかまの部分に特徴があります。
林はどんぐりだらけなのに、カシワのどんぐりをこの状態で見つけるのは大変!
《巨木めぐりの番外編》

参加者が森で卵を見つけました!?
蛇の卵かしら・・・?
殻のようなものに包まれていて、ちょっとゼリー状のもので覆われている感じ・・・

そこで、中をあけてみると
どうやらきのこだったようです。
専門家がいなくって詳しいことは分かりません。
ネットで調べてみたけれど、該当しそうなきのこに出くわしませんでした。
縦に切ってみたらよかったかも。
しかし、まだまだびっくりするようなことがたくさんあるんですね。
この日の宿題は、町の中で見つけた“緑色”のスケッチを「富士見景観賞2009」に応募すること。
私の「巨木」のイメージです。(電線がちょっとおじゃま ^^;)
大きな木に包み込まれて・・・
私も抱きしめたい・・って感じかな・・・? ^^
9月27日
ふじみ子育てひろば・AIAIの「てとてと広場」が開かれました。
AIAIは、未就園児のお子さんとその家族が、自由に過ごせる場所です。
子育てひろば・AIAIのホームページです。
「てとてと広場」は、AIAIが毎年秋に行なっているバザーと地域交流を組み合わせたイベント。
乙事の町民広場のキャンプ場が、小さな子供たちの声で賑わいました!!

キャンプ場一杯にお店が並びました。
手作り雑貨屋さん オーガニックのやおやさん スイーツやさん パンやさん
似顔絵やさん アクセサリーやさん ゲームやさん カラーセラピー・・・などなど
お店番で、全部じっくり見れなくって残念!
毎年、同じこのキャンプ場で、若者たちが「乙事キャンプ」というイベントもやっています。
キャンプ場も、いろんな使い方があるんだぁ~

この行列は一体なんでしょうか・・・?
綿アメのお店でした ^^

お!? 自転車に乗った紙芝居屋さん、登場!!

このブログでも、何回か登場しているTさんです。
小さな子供たちが自転車の前に集まりました。
こんなにいい光景、めったに出会えませんよね。

こちらは、よっちゃばりのお店。
カボチャやトウモロコシ、キャベツにニンジン・・・
元気な野菜たちがコンテナに詰まっていました。
会長&副会長会員有志のUさん、お店番ご苦労様でした。
(*よっちゃばりは、富士見町で農業を営む人を中心としたグループで、現在は小中学校の給食への食材提供に力を入れています)

よっちゃばりの店頭で珍しいものを発見!
「ハナオクラ」だそうです。
実を食べるオクラのように、この花びらは粘り気があります。
以前、やはりよっちゃばりの会議の時に試食をさせていただきましたが、
しゃきしゃきとおいしくってびっくりしました。
すぐに痛んでしまうので、花の収穫の出来る地域でないと食べられないそうです。
食べたことのない皆さん、ごめんなさい!

エコライフのテントです。
(左はじに見えるのが、ソーラークッカー)

若いお母さんたちの企画で、ゴミの分別ゲームをしました。
ゲームをやると景品としてテーブルの上においてある、かぼちゃケーキがもらえます。^^
このかぼちゃケーキは、マクロビオテックで、前日作ったこだわりの一品!
地元の有機栽培農家の坊ちゃんカボチャを中のワタも皮も丸ごと使ってあります。
豆乳、りんごジュースなどの甘さで、素材のおいしさが生きてます。

分別の正解です。
さて・・・
こちらが、先日の原村のエコキッズフェスタで出会った、ソーラークッカーです。
富士見町でも、2つ所有しているというので、お借りしてきました。

待ちに待った・・・瞬間・・・
ポップコーンを入れました。

入れてから5分ほどするとはじけ始めました。 ^^

この日は午後から日がさして、気温も30度を超えました。
安定して日がさしていたので、コーンも調子よくはじけてくれました。
子供たちには、人気でした。
ガラスの蓋なので、太陽の力ではじけるトウモロコシたちが見えて、楽しかったです。
試食したみなさん
「太陽の味がする!!」とのご感想です。^^

ポップコーンに気をよくして、鉄板でサツマイモのホットケーキを作ってみました。
しかし! やはり鉄板はちょっと大きかったようです。
真ん中は焼けたのですが、鉄板のはじに乗せた種がなかなか焼けません・・・ガ~ン!
しかし! このままでは食べられない!!

小さななべに移して焼きなおしました。
いい感じで、焦げ目もつきました。
Hさんの作ってきてくれたサツマイモの種もおいしかったので、好評でした。
何よりも、太陽の熱だけで料理が出来るなんて、楽しいですよね。
訪れた方が何人か「先日、テレビでチベットでこれを使って料理しているのを見た」と言っていました。
なるほど・・・
電気のない地域でも、これなら太陽さえあれば利用できます。
電線を引く投資を考えたら、こちのほうがずっと効率的かも・・・
原村の会場で聞いた話ですが、
この装置をみた小学生が、傘を利用して内側にアルミホイルを張って作ってみたそうです。
でも、太陽の熱を集める焦点がうまくいかなかったのか、温度が上がらなかったと言っていました。
作ってみた、少年に大拍手!!
傘みたいに、たたんで持ち運べれば、すごく便利です。
お日様さえ照ってくれれば、どこにいても料理が出来るのですから・・・
お日様任せってところが、ちょっと心配ですでどね・・・^^;

2つ借りて、ひとつはお湯を沸かしてお茶でも飲む予定でした。
ところが、暑くって、熱いお茶を飲む陽気ではありませんでした。

午前中は、日が差したり陰ったりしていたので、沸くまでに40分くらいかかりました。
午後からは安定して照っていたので、ずっと94度くらいでボコボコ言っていました
楽しいですね~ ♪♪
この、ソーラークッカーたち、
ひとつは、富士見町の役場、1階ロビーの奥に常設展示したあります。
もうひとつは、コミミュティー・プラザ(図書館)の入り口のところです。
責任を持って使っていただけるなら、行事等の時になら貸し出してもらえるようです。
おなべや、やかんも一式、町で貸してくれました。
何か、イベントの時に皆さんも借りてみてはいかがでしょうか。
楽しいです!
てとてと広場も、初めての企画で、実行委員の方々はさぞかしご苦労されたと思います。
AIAIの代表の松下さんが会う人会う人に「ありがとうございます」と、挨拶しているのが印象的でした。
スタッフのみなさん、本当にご苦労様でした。
とっても楽しい、いいイベントでしたね。
なんと言っても、子供たちが子供たち同士で遊んでいる姿や、
お母さんたちが子供を気にしながらも一緒に外ののびのびとしたく空間で過ごせているのがうれしかったです。
さすが、若い皆さんの力ってすごいです!
「エコキッズフェスタ」が原村の中央公民館でありました。
メニューは盛りだくさん!
・太陽光パネルづくり体験
・てんぷら油からバイオ・ディーゼル燃料づくり
・大工さんと一緒に作ろう体験
・エコクッキング
・ソーラークッカーでポップコーンを作って食べよう。
太陽光パネルが作れるなんて、興味津々で出かけて行きました。
《BDF》

エコキッズフェスタの主催でもあるNPO「八ヶ岳ヒューマンエナジー」が取り組んでいる「BDF」事業。
てんぷら油を回収して、ディーゼルエンジン用の燃料を作っています。
原村では、てんぷら油を原料にした公用車の使われています。 ^^
詳しくは、以前の記事で・・・
2007.09.20 「八ヶ岳ヒューマンエナジー」見学に行ったときの記事です。

一番左が廃油。
左から2番目が、温度をかけて薬品と反応させて通して出来上がったもの。上の澄んだものがバイオディーゼルで下にたまっているのがグリセリン。
右から2番目が完成品のバイオディーゼル。
そして、一番右の端がもう一歩進んだ最近の新製品!
《太陽電池の組み立て》
国際NGOソーラーネットの「手作り太陽電池」の出前講座です。
作った太陽電池は、海外の電気を必要としているところへ送り届けられます。
なんで、こうした講座を開催しているのか? という説明です。
「次の時代は、自分たちの必要とするエネルギーを自分たちで作り利用する『エネルギーの地産地消』がベースになる。
この技術は特定の人が私利のために占有するべきものではない。
技術を公開し、いろいろな人に共有され、改良された技術も公開され、より良いものに出来上がったいくことを、願っている」
と、言うことです。
自分たちの作ったパネルが、海外で活躍するかもしれない、と思うとどきどきしますね!
ます、太陽光パネルづくりの説明を受けています。
小学生は、かぶりつき状態です。^^

半田ごての使い方の練習です。
ゆっくりと、まっすぐに線が引けるようになったら、OK.
何度も何度も練習していました。

セルの上に、のりの役目の柔らかい半田を楊枝の先で、所定位置に置いていきます。

上に接続リボンを置いて、半田ごてで接着していきます。
途中で止まると、失敗してします。
緊張!!

裏返して、2枚をつける作業。
この繰り返しで、セルをつないでいきます。
繋ぎ終わったものを、特殊な装置で処理してパネルの完成です。

これが完成品です。

2人で挑戦している親子連れがたくさんいました。
子供たちも真剣そのものです。

大勢の参加者で賑わっています。
茅野市や諏訪市からの参加も多かったそうです。
富士見町からの顔見知りさんもいました。^^
他にもフードマイレージについてのコーナーや、ゴミ箱や鳥の巣つくり体験、
お昼はおいしい原村産のお野菜たっぷりのカレーをご馳走になりました。
《ソーラークッカー》

こちらは、ソーラークッカー。
この日は、お日様が現れずに、残念ながら使えませんでした。

黒いおなべを置いておくと、お日様が出ていれば15~20分でお湯が沸くそうです。
面白そう・・・ ^^
と、言うことで、わいわいエコライフの会で、このソーラークッカーをお借りして、ポップコーン作りに挑戦することにしました!
後日、ご報告しますね。
このブログでも、時々紹介している「キャトル・セゾン」
ちょっと相談ごとがあってお店に立ち寄りました。
そこで、あまりにかわいいスイーツに遭遇・・・

お店に入ると、良い香り~♪ ^^
おいしそうなスイーツが並んでいます。

この日、目に付いたのが「イチジクのタルト」
キャトル・セゾンさんでは、いつも季節の果物など、
地元の食材をふんだんに使ったスイーツが並びます。

こちらには、生のイチジクが贅沢に使われていました。

キャトル・セゾンで定番の人気商品が、このシフォンケーキ。
富士見の日の特産品開発推進交付金でも、
古代米入りのキッシュや頼まれて古代米入りのフォンケーキを出展されていました。
先日、立ち寄った時にものすごい量のシフォンケーキを作っていたので、びっくりしました。
お葬式のお返しに使ってくださったのだそうです。
なるほど・・・しゃれてるかも・・・
もらったら、うれしいですよね。^^

そして、私の心を惹きつけたのがこれ!
どうです。
この、坊ちゃんかぼちゃ、かわいいですよね。

中をくり抜いて、かぼちゃプリンになっています。
かぼちゃの風味がしっかり残っていて、甘すぎずいい感じです。
スイーツを食べる事に気が引ける私でも、罪悪感が少ない!(^^)
小さなお子さんを育てながら、若いお母さんが頑張っているお店です。
何よりも、すごく質の高いお菓子が並んでいると、いつも感心しています。
たまに、ここでスイーツを頂くと、すっごく優雅な気分が味わえます。^^
我が家の夫も絶賛ですが、私たち夫婦には危険なお店です。^^;
環境省に勤めている知り合いから「新たな公」のモデル事業に応募してみないか、と相談されました。
「新たな公」によるコミュニティ創生支援モデル事業の募集とは、国土交通省の事業で
「官民の多様な主体が協働し、伝統・文化等の埋もれゆく地域資源を活用してコミュニティを創生しようとする活動についての提案を広く募集」
「モデル的に実施することにより、『新たな公』の担い手の拡大を通じた地域づくりの新しい道筋をつけ、全国に展開することをねらいとするもの」です。
しかし! 募集期間は平成21年9月1日~9月10日と、わずか10日間!?
国交省の「新たの公」のホームページから
「行政だけでなく多様な民間主体を地域づくりの担い手と位置づけ、その協働によって、地域のニーズに応じた社会サービスの提供等を行おうとする考え方です。
社会貢献による参加者の自己実現や地域経済の活性化、社会的コストの軽減効果など、多面的意義があります。」
現在、ルバーブ生産組合で取り組んでいる「生産者と消費者を直接結びつけるシステム」や「農業体験」など・・・
都会と富士見町をつなげる事業。
富士見町の特産品開発や町づくりで頑張っている人やグループをつなげる取り組み。
そしてなんと言っても、以前からぜひやりたかった、富士見町の魅力を発信できるポータルサイト作り。
そんなことを柱にして、応募をしてみました。
富士見町のHPを見いても、何回も見ている私でも、どこに行けば「特産品」にいけるのか分からなくなります。
・役場の商工観光課がやっている「信州富士見高原 観光情報サイト」
・観光協会のサイト
・高原リゾートのサイト
・パノラマリゾートのサイト
見る人にとっては、富士見町にどんな観光があるのか分かればいいのであって、
それが観光協会だろうが、役場のサイトだろうが関係ありません。
一体、どこに何があるのか、分からないですよね。
(★ちなみに、特産品については、商工観光課がやっている「観光情報サイトにあります。)
それに、富士見町にスキー場が2つあるって事さえ、分かりません。
観光だけではなくって、魅力的に暮らしている人の情報や富士見町のお宝を何でも発信できるものが、どうしても欲しいです!!
今回の募集は、今年度の二次募集。
採択されるか決まるのが11月なので、今年度中の事業となると5ヶ月しかありません。
その中でできることも限られてくるのですか・・・
とにかく、募集期間も短く、環境省の友人が手伝ってくれても、私の能力では本当に大変でパニック状態でした。
過ぎてみれば、私は何をやっていたのか・・・
補助金などの応募の書類を揃えるのって大変だとは聞いていましたが・・・
いい勉強になりました。
この応募の締め切りが9月10日。
郵送とメールで送らなくてはいけないので、郵送は9日には発送しなければなりません。
ぎりぎりの9日まで書類を揃えるのにかかって・・・
よく10日からは9月議会の始まり。
ブログもすっぽり抜けました! ^^;
さて、結果はどうなるやら・・・
このブログでも何度か登場している武藤盈さん。
以前、このブログで「94歳! 只今現役!?」で職人芸のあぜ塗りの動画も紹介しています。
農業の傍ら、写真集を出したり、3年前には、歌集「夕映えへ」を出版しています。
今度は、自分史写真句集「野火」を出版しました。
年を重ねるごとに元気になっていくみたい!!
「野火」の出版を祝う会が行われ、お誘いを受けました。
この出版を祝う会で、これ又、素敵な本に出会いました。
「山里の四季をうたう」

今回、出版された盈さんの本「野火」 ~自分史写真句集~
ご自分で撮られてきた写真入の句集です。
遠山の野火赤ければ子らが怖がる
まえがきの「私と俳句」から引用
「・・・だから去る平成12年2月、自分史づくりを思い立ち、以来足掛け8年、やっとその中から短歌と俳句を分離し、このたびこの遊びの句集を作ろうと思い立ったのである。
そして平成19年年2月、運よく歌集の「夕映え」は出版した。
だが、句集まではとても手が出せなかった。
しかしそんなもたもたしている間に、不図また野火のように遊び心に火が着いて、今迄は思っていもいなかった、俳句に写真を組み入れてしまった・・・」
「野火のように遊び心に火が着いて・・・」この句集が出版されたんですね・・・
盈さんは年を重ねるごとに、まだまだやりたいことがたくさんあって若返っていくようです。^^
いつ、お宅に伺っても、書き物をしたり写真の整理をしたりと、忙しそうです。
この「野火」には、撮りためてきた写真もふんだんに使われています。
井戸尻遺跡発掘当時の話もあったり・・・盈さんてすごい人だな・・・と改めて感心!

前記の、野火の前書きにも出てきた ~田園生活90余念の~ 歌集「夕映え」
我が家の次女も登場(でも、これは次女ではなくって長女だったかも・・・???)
「犬連れて散歩に向かうふ幸ちゃんのピアスを突く無骨なわたし」
夫ジェルミも登場
「組長のエンジェルさんが振る槌に一の御柱立ちあがりたり」
おわりにより
「私の生きて来た、90余年に及ぶ歳月の中で、折に触れ作った短歌や俳句は、丁度あの村はずれの田園の暗がりの中を、たまたま一尾だけで飛んでいた蛍が、間を置いて光った光のようなものであろう。
光っては消えて、又光っては消える。
だからその場で、この光を何とか記録して置かなければ、後日どんなに探したって残ってはいない。
そんな中で運よく残されたものを集めたのが、このたどたどしい歌集だと私は思っている。・・・」
「野火」も「夕映え」も、20歳前後から現在に至るまで。
盈さんのまさしく「自分史」です。
それを、短歌と俳句でそれぞれにまとめたと言うのですから、舌を巻きます。
短歌や俳句を蛍の光にたとえるところなんて、やっぱりすごい感性の持ち主なんだと、いたく納得!
盈さんの写真を見るたびに感じた、こみ上げる暖かさが、これらの本の中にもあふれています。

「野火」の出版を祝う会が、別荘のGさん宅で行われました。
ここで出会ったのが、野火の「発刊に寄せて」を書かれた石埜正一郎氏と「特別寄稿」を書いた井出孫六氏。

上記のお二人が編集なさった「山里の四季をうたう」
これは、石埜先生が昭和12年に代用教員を勤められた本郷小尋常学校の子供たちの「うた」です。
石埜先生が、当時まとめられた子供たちのガリ版刷りの詩集を、井出先生や石埜先生のご家族総出の努力で、本にまとめ上げたものだそうです。
泣き虫の私を泣かせた、若い代用教員・石埜先生の子供たちに寄せた言葉です。
「~略
君たちは、皆、これからうんと大きくなろうとする「命」をもっていますね。
だからちっともじっとしていない。
いつも飛んだり、跳ねたり、笑ったり、さわいだりしていますね。
ほんとうに生きいきしている。
それがそのまま君たちのうたに現れているんです。
だからうただってやっぱりいきていますよ。
このうたは、何時か君たちが大人になった時でも、やっぱり今のままで、ぴちぴちしているのですよ。
君たちはしあわせだ。天の地もみんな君たちのためにある。
青い山があるだろう。
かじかのいる川があるだろう。
もろこしがカサカサゆれているだろう。
花も、稲も、草も、匂っているだろう。
うまいすぐりや、じなしや、桃。
あぶ、せみ、ちょうちょう、それから鳥や兎。
大きな入道雲、おっかない、あのいな光り。
みんな君たちのものだ。
君たちのうたはどこにでもころがっている。
そういう中で君たちの心は生きいきと動くだろう。
君たちはまた、うれしい時も、困った時も、楽しい時も、悲しいときもいろいろあるだろう。
その時は、君たちの心の中に、いろんなうたが一杯になるときだ。
その時の君たちの心こそ、この上なく尊い。
その時々を、しっかりと、心の中につかまえて行くのだ。
君たちは、そのいろいろなこまかい感じの一つ一つを、ほんとうに、大切にしなくてはいけない。
君たちの作った、このうたうを見たまえ。
君たちの心は、ますますゆたかに、美しく、正しく、のびて行くだろう。 (1937年 石埜正太郎)」
高校を卒業したての、若いお兄ちゃんのような先生のあつい情熱を感じます。
そして、先生のまっすぐな教えに、子供たちは素直に呼応している。
そんな感じを受けました。
当時、尋常小学校3年生のうたをいくつか・・・
「ふじさん」
やあ・・・・
ふじさんが
おゆへはいっていらあ
「かいこ」
かいこの始めは
のみのよう
しばらく見ている
とび出しそうだ
「とうねいち」(生まれて一年以内の当歳馬のせり)
いよいよとうねいちがおわって
おやとことわかれるようになると
子うまは
ひいんひんと泣きながら
さむしそうにわかれて行きます。
子うまは一生けんめいに
おやうまをながめています。
おやうまも
さむしそうに泣きながら
子うまをながめています。
りょうほうともさむしそうに
ないています。
「田」
田のいねが、
ほがでたら、
なんだかかわいい気がするよ。

この本で随所に使われているのも、盈さんの写真たちです。
このページを書くのに、パソコンの前に座ると、拾い読みをしては書いて・・・
なんてやっていたら、5日も掛かってしまいました。 ^^:
9日が、富士見町町長選の投票日でした。
新人の小林一彦さんが、現職の矢嶋さんを1,000票近く引き離して当選。
やったぁ~!!!
富士見町に「変革」の風が吹きました!
★町長選やら来客やらで、ブログの更新を思いっきり怠りました。 m(_ _)m
すっかり旬ではなくなりましたが(^^;)・・・ぼちぼち更新していきます。
翌日の長野日報の記事から開票結果です。

告示当日の締め切り間際に、元公務員の山崎氏が立候補をしましたが、事実上、矢嶋さんと小林さんの一騎打ちでした。
小林さんは、立候補を決めてから、ほとんど毎日各集落を歩きました。
若いとはいえ、65歳。
何回も歩いた地域もあるのですが、富士見町内をくまなくを歩いたそうです。
本当に、ご苦労様でした。
でも、えらそうなことを言うようですが・・・
実際に歩いて皆さんと対話したことが、小林さん自身を町長候補としてすごく成長させたし、票に結びついたのではないかと思っています。

投票日当日の夜は、事務所で支持者のみなさんと開票結果を待ちました。
何しろ・・・すっかり興奮していて、写真を撮ることを忘れていました。
これまた、翌日の長野日報です。
なんだか・・・日報の回し者のようですが、我が家は日報と朝日新聞しか取っていないのでお許しください。
選挙戦ではいろいろなことがありました。
候補の地元神戸区に小林候補を非難する内容の「もぐらのトップリーダーより」という文書がポスティングされたり・・・
最終日の夜にも、矢嶋陣営の違反文章が出回ったそうです。
告示後の文章の配布は選挙管理委員会の印紙の貼った2500枚のみが許されています。
でも、違反文章を配るくらいだと、警告くらいにしかならず、罪に問われることはありません。
「やり得」ってことになってしまいます。
小林陣営では、告示前に3回ほど講演会からの会報の配布をしました。
みんなんで、本当によく歩きがんばりました。
今の公職選挙法では、告示を過ぎると、はがきや電話がけ・選挙カーでの名前の連呼・辻立ちくらいしか許されていません。
本当は、もっと自由な選挙活動ができればいいのに・・と思います。
もちろん、違反・買収や強要については、厳しく取り締まって欲しいですよね。
私は、知り合いの警察官に選挙中に警察が抜き打ちで見回ってくれたらいいのに、と言った事があります。
「選挙妨害になってしまう」と、言われました。
「抜き打ちで行きますよ」と言うだけでも、効果があるんじゃないかと思うのですが・・・
6月16日に15名ほどの有志が集まりこの町長選が始まりました。
小林候補自身、初めての経験。
意を決して来てみたものの、あまりにもなんの組織もなくびっくりしたかもしれません。
あせりもありました。
かたや矢嶋陣営のほうは、ものすごい組織図が出来上がっていました。
あえて組織図と書いたのは、名前を挙げられたかたの中でも、義理や知らないうちに書かれていたという人を何人も知っていいるからです。
力で抑えてきた、矢嶋さんらしい従来の選挙のやり方でした。
矢嶋さんが、6~7人の地元有力者を連れて、各家の訪問をしているところに出くわしたことがあります。
威圧感がありますよね。
現職と戦いで、「影で協力はするけど、表立っては勘弁してくれ」というかたがいかに多かったことか!?
当然です。
万が一、矢嶋さんが再選する可能性を考えたら、皆さんの気持ちはよくわかります。
締め付けられれば締め付けつけられるほど、その力に対する反発は強くなるはずです。
しかし、その反発が、票にどのくらい結びつくのかはまったくわかりませんでした。
今回の小林陣営の選挙は、文字通り「草の根運動」
その力の大きさを実感しました。
選挙告示後の電話かけもしましたが、「○○さんから、すでに話は聞いている」という人が何人もいました。
知人に声をかけると、すでに他の方から声が掛かっていることも多かったです。
小林候補を応援する、一人ひとりが「自ら行動」してくださったんですね。
これって、候補のキャッチコピーでもありました。 ^^
さてさて・・・
期待も大きく、これからが又、大変です。
企業の最大の目的は「利益を上げる事」です。
しかし、地方自治体の目的は「住民の幸せ・福祉の向上・・・」
効率化だけでは推し量れません。
時には、圧倒的少数の意見の中に、真実があることもあります。
「灰溶融炉建設反対」も、そうだったのではないでしょうか。
小林さんは、企業のリーダーの一人として活躍されてきたので、部下を動かす事には自信がおありだと思います。
「役場」と言う組織のトップになれらたわけですが、住民にとっては「公僕」
常に、住民の目線を大切にして欲しいですね。
私は、議員もそうですが、住民には選挙のときに一生懸命に応援した責任があると思います。
一両日で「町長」になるのではなく、住民がみんなで「町長」を育て上げていくことも大切だと思います。
小林さんは、開かれた町長室も公約にあげています。
選挙は終りましたが、住民の責任もこれからずっと続きます。
皆さんが気軽に意見を言ったり、議論ができるような町長になるように、支えて行きましょう!
小林さん、どうか、住民に愛され、慕われ、尊敬される町長になってください!!!
7月25日
富士見おっこう祭り。
昨年のおっこう祭りの記事に境小学校6年生のお母さんからコメントをいただきました。
よく、去年の記事を見つけてコメントをしてくださったと、感激!
そして、記事の内容にも感激です。
富士見に引っ越してきて、富士見で楽しく子育てしてくださっているようで、本当にうれしいです!
境小学校では、5年・6年と踊り連に参加があり、それぞれに賞を取っていました。
発表があった時の、皆さんの大歓声で、どれだけ気合が入っていたのか推察できました。 ^^
おめでとう!
午前の開会のセレモニー

セレモニーでは、何人もの木やりが披露されましたが、目をひいたのはこの写真。
お母さんと二人のお嬢さんでしょうか・・・
文化が受け継がれている、って実感!
きっと、いいご家族なんだろうな・・・などと想像しながら拝見(拝聴)しました。
 s.jpg)
夏休みで帰ってきている次女が、富士見太鼓に参加させていただいています。
娘の晴れ舞台ですので、親ばか丸出しで見学に行きました。 ^^;
夜の部

いざ、踊り連の開始。
開会の挨拶で、多摩市長の、矢嶋町長応援演説のような挨拶があり、出だしでびっくり!

議員は毎年、議会と選挙管理委員との合同の踊り連に参加しています。
ちょっと踊り始めたら、諏訪養護学校の面々とすれ違いました。
そういえば、以前の学校公開のときに、「おっこうに参加してみたい」と、保護者に声を掛けられたのでした。
「そりゃぁ~ いいじゃないですか!」
なんて、会話があったのを思い出しました。
しかし、初めての参加で様子も分からず、準備に時間もなかったし、参加者がさみしい!
諏訪養護学校は、評議委員もやらせている関係もあり、放っては置けない!!
今年は、すっかり諏訪養護学校の一員で踊らさせていただきました。
途中、暇そうに見学している小学校のAEDをしているケビン先生もほぼ、有無も言わさず引っ張り込み・・・(失礼!)
見学に来ていた先生も参加して・・・
車椅子のお子さんを連れてた保護者も加わり・・・
時々、うちの娘や息子&友人も参加して・・・
なかなかいいぞ・・・
だんだん盛り上がってきました!

踊り連の最後は、舞台の前に大集合。
各踊り連の代表者が、プラカードをもって、最大アピール!

やったぁ~!!!
諏訪養護学校が、教育長賞を取りました!
参加者一同、大喜びです!
「よし!来年はもっと早くから計画して・・・学校中で参加を盛り上げよう!」
「着ぐるみを着ようか? なんか派手な衣装を考えよう!」
なんて、すでに来年度に向けて、熱い会話が飛び交いました。
境小学校6年生のお母さんがコメントを書いてくださったように、おっこうに参加することで、みんなが協力する一つのきっかけになります。
踊って、参加してみないと、楽しさは分かりませんね。
境小学校のように、それが年々、受け継がれて行かれるのもうれしいことです。
まあ・・・保護者が楽しくって味を占めたってこともありますか・・・?(質問文です) ^^;
おっこう祭りは、富士見町の祭りですのですから、こんな時に久しぶりに出会う顔もあります。
私も、議員じゃなかったら知りませんでした。
来年は、一緒に踊りませんか?
がっかりすることが多いのです・・・
私は、平成19年の9月の一般質問で、「緊急情報をメール発信できないか」と聞いています。
そのときの町長の答弁は
「町職員が24時間体制で詰めていませんので、その点での対応は難しいと思います。
県の防災情報メール配信システムに登録しますと、
土砂災害情報、警戒情報、それから警報、注意報、地震等がメール配信されますので、こちらを利用してください。」
ガァ~ン!! @@
で、最近の新聞記事です。
6月27日の長野日報

諏訪市で防災などの緊急情報を、携帯電話やパソコンに配信するサービスを開始するそうです。
富士見町では、緊急情報の伝達として、屋内にいる時には告知放送システム、屋外にいるときには同報無線で、となっています。
でも、でも・・・
町内にいない人はどうするんでしょうか!?
子供が学校にいて、保護者は町外の職場で働いている場合だって多いじゃないですか。
しかも、ちょっと若い世代はみんな携帯のメールですよね。
情報の伝達方法は多い方がいい!”
ちなみに、教育委員会では「不審者情報」を登録制でメール発信しています。
私は、塩尻と岡谷市の防災情報提供に登録しています。
先日、たまたま寝床に携帯を寝床に行って寝ていたら、夜中にメールが入っていきました。
岡谷市からの防災メールで「大雨洪水警報」が長野地方気象台より発表されたと言うメールでした。
他市からの情報は来るのに、富士見町からの情報が来ないことを残念に思います。
上記の諏訪市の場合
「市では緊急情報のメール配信について庁内で見当を重ねてきたが、昨年7月の“市長と語る夕べ”で住民の要望を直接受けて着手」したそうです。
やっぱり住民の声が一番と言うことでしょうか。
7月2日 長野日報 こちらは下諏訪町の記事

「下諏訪町では、1日、防災、防犯、生活、道路などの緊急情報や安心、安全の生活に役立つ暮らしの情報を、携帯電話やパソコンね電子メールを通じて知らせるメール配信サービスを始めた」
「事業費は役100万円 年間委託料70万円」との内容です。
どう考えたって、当然でしょう・・・
と、思ってしまうのです・・・
そして、これはメール配信とは別の話。
6月30日のこれまた、長野日報

お隣の原村で高原野菜をインターネットで通信販売や農業体験を計画していると言うもの。
これって、まさに今、ルバーブ生産組合が目指しているシステム作りです。
原村では、村をあげて取り組もうという・・・
あぁ~あ・・・
いろいろ提案しても、こうやってみんな追い越されていく・・・
こんな記事を見るたびに、がっかりしてしまうのです・・・
富士見町の町長は、他の自治体でやっていることを例に挙げると
「富士見には富士見町のやり方がある」と言って、すごく嫌がります。
もちろん、富士見町でも他市町村に負けない事業はたくさんあります。
でも、聞く耳を持って欲しい・・・
なんていうのは、私のひがみ根性でしょうか・・・
入笠“花の里山”植栽ボランティア活動。
平成17年度から、花の宝庫の貴重な花々を後世に残すために、
入笠山の自然を守り育て花の宝庫の名所として全国から注目を浴びることを期待して行っています。

たくさんのボランティアが集まりました。
各班に分かれて、持ち場に向かいます。

シロバナエンレイソウ・マツムシソウ・ヤナギランなどの苗を植えつけました。
最初に、植える空間にポット植えになった苗を置いて位置を決めます。
「きれいに並べないで、自然に生えている感じにしてくださいね。」とのご指導だったのですが、それって結構むずかしい!!

この植栽ボランティアも町民に定着してきて、いくつかの「子ども会」が参加していました。
「初めての参加だけど、ただでゴンドラに乗れるし・・・^^」
町民の皆さんに親しんでいただけるパノラマになればいいですよね。
そのためには、いい機会になっているようです。
次は、自分達が植えた花がちゃんと育っているのか、愛着が芽生えて行くのではないでしょうか。
この行事、毎年、諏訪養護学校の公開授業&評議委員会と重なってしまいます。
申し訳ないのですが、一足先に失礼しました。
6月の一般質問でも取り上げたのですが、富士見町の産業の一つは観光。
富士見町の売りはなんといっても自然の豊かな環境のよさ。
しかも、車でも電車でもアクセスがいいことですよね。
富士見町のよさを売っていくためには、やはりニーズや動向調査が大切です。
ここで話はちょっと飛びます。
昨年、H19年度ベースの富士見町全体のお金の流れを自分のイメージで作ってみましたでにご紹介済みですが
・・・失敗も含めて・・・^^;
この表を作るのは、私の能力では本当に大変な作業でした。

でも、この表を自分で作ってみて、改めて気がついたことも多かったんです。
たとえば、一般会計の総額はおよそ66億円(H21年度の予算は65億円)
その中のほぼ11%の7億円が商工費です。(H21年度は6.7億円)
でも、その7億円の中から、パノラマスキー場に3億円強を支援しています。
(現在の支援策で、・H22年度までの5年間は2.3億円の賃借料と施設整備費の5千万
・観光戦略構築事業として2400万円 )
商工観光課では、職員が町の将来を揺るがすような大きな事業も背負っている訳です。
都会のリサーチ・情報を集約し、それを分析して観光戦略を練っていくなんて、現在の体制では難しいと思います。
そのほかにも事業はたくさん抱えているわけですから・・・
一方、観光客にとって、県境や市町村の境があるはずもなく、諏訪圏内や八ヶ岳山麓としての広い視野にたったアピールが必要だと思います。
富士見町は、お隣の山梨県と隣接していて、小淵沢は大きな観光スポットになっています。
昨年は、小淵沢のホテル・リゾナーレと連携して、富士見町のスキー場に子供連れの層の誘客に成功しています。
小淵沢には、ペンションも充実しているし、動物とのふれあいや乗馬・体験工房など、客を呼び込む素材がたくさんあります。
でも、富士見町には小淵沢では提供できない素材があるはずです。
農業体験は、期待できる大きな観光の一つになると思っています。
実は、昨年始めてのイベントとして、岡谷市・諏訪市・下諏訪町では、信州諏訪・温泉博覧会「諏訪温博・ズーラ」を開催しています。
今年は、茅野市・原村・富士見町にも声を掛けていただき、富士見町からもいくつかの企画が参加することになりました。
「ルバーブ生産組合」でも、都会の若い女性を視野に入れて、「高原のパンションで真っ赤なルバーブをまるごと召し上がれ」と言う企画で参加します。
畑でルバーブを収穫して、ペンションに移動。
取りたてのルバーブを使って、ジャムとパウンドケーキを作って、お持ち帰りできます。
そして、デザートに、熱々のルバーブクランブルに冷たいアイスを添えて召し上がっていただく企画です。
生産組合にペンションも何件か参加していただき、活動が広がってきました。 ^^
話を元に戻します。
富士見町の観光を考えたときに、やはりもっと広域な目でみてアピールしていく必要を強く感じる訳です。
当然、いろいろなところで連携をしてやっているとは思いますが・・・
商品を買うときも、一つだけしかないよりも、たくさんの商品が並んでいて、選べた方がいいですよね。
近隣の自治体とさらに連携を強めて・・・
一般質問では言えずに終わりましたが、観光協会は合併したほうが良いんじゃないか、と思った訳です。
富士見町に来る知り合いが、一応に驚くのは、桜の多いこと。
春の桜に時期、ちょっと車で走るだけで、富士見町の名所をめぐることができます。
そのひとつが、南中学校。
南中として最後となるお花見給食に、地域の方の参加も呼びかけられました。
サクラの時期に、富士見町内で撮った写真です。

高森のお堂のサクラ。
この日は小雨が降っていました。
ちょっと離れて、全体を撮ったら、お堂が分かりづらかったかな。

同じく、高森のお墓の枝垂桜。

田端のお墓の枝垂桜とコブシです。
富士見町では、こうしてお墓に桜を植えているところが多いようです。
先日、その話をしたところ、秋田方面ではお墓に椿が多いとか・・・
地方によって、違うんですね。

池袋・井戸尻考古館の下にある古代の復元家屋。
そういえば、富士見町の観光情報誌「POAN ぽあん」の2009 vol.21 春夏号は必見です!
この、井戸尻遺跡の特集が盛り込まれています。
考古館長の小林さんのインタビューを中心に書かれていますが、富士見町民には保存版としてお勧めしたい!!
しかも!!!
宮崎駿さんが書かれた「八ヶ岳山麓概念図」が掲載されています。
2002年の記念事業の講師としてお願いした時のものだそうです。
当時のエピソードなども書かれています。
何回か、このページでもお知らせしていますが、井戸尻が考古学の分野で「異端児」といわれる所以。
土器そのものの研究である「土器学」ではなく、当時の人々の「世界観や宗教観」を深く研究しています。
井戸尻は「神話王国の中心ともいえる」そうです。
この考古館、富士見町の宝として、大切にしたいですね。
考古館から眺める景色が、私は大好きです。

国道20号から小手沢信号を入った横吹の桜。
個人のお宅ですが、見事ですよね。
毎年、楽しませていただいています。

池袋の清泉荘の桜です。
昨年は、サクラの花の咲く時期に、初めて「アミガサダケ」に遭遇しました。
気をつけて探してみましたが、一本も見つかりませんでした。
残念!!
そして、南中学校の桜です。

校庭をぐるっと囲むように、桜が植えられています。
咲いている時はもちろんきれいですが、この桜が散って桜吹雪になるときは夢を見ているようです。

校庭から校舎を見るとこんな感じ。

4月20日に、南中のお花見給食が行われました。
何日か前から有線放送で、地域の方の参加が呼びかけられていました。
参加したかったのですが、丁度、議会の集まりがあっていけない!!
せめて、行く前にちょっと寄って写真だけでも・・・

地域の方もお弁当と敷物を持って、何人か参加されたようです。
一面、桜の花の絨毯。
最高の日でしたね。

教頭先生にお願いして、お弁当を撮らせていただきました。
給食室で調理したものを、お弁当に詰めたのだそうです。
手が掛かってます。
今年で閉校、なんて考えると、なんだか立ち去りがたく、しみじみしてしまいました。

最後に・・・
桜の時期の我が家です。
後ろのつつじヶ丘公園、通称まるもり公園に、ぐるりと植えられた桜が咲いています。
写真の山すその丁度真ん中あたりが我が家です。
この桜が散ると、我が家は桜吹雪が舞い散ります。
なんて、贅沢な・・・
4月5日の長野日報の記事です。
「築250年の古民家を保存 ~宿泊施設に再生~」
諏訪市の山田住建が、富士見町の先能地区の古民家を再生して、無料体験宿泊施設「無想庵」として開放する、という内容です。
見学会があると言うので、古民家大好きの夫と出かけていきました。
20号線から新立場側橋を渡って左、すぐに目に付く場所でした。
日曜日とあって、たくさんの方が見学に来ていました。

玄関を入ってすぐ右側の部屋は、以前お蚕さんを飼っていた場所。
茶室になっていました。
その入り口が、これ。
床下で、鶏を飼っていたそうです。
その高さを利用して、階段箪笥がありました。
かっこいい!!!

土間には、以前このお宅で使っていたかまどありました。
このかまどで見学会の2日間、ち米を蒸して、餅つきをして振舞ったのだそうです。
私もおいしくいただきました。 ^^

台所です。明るくて、使いやすそう。
昔の家の台所は、どの家も北側の一番奥。
同じように古民家を移築した我が家もそうでした。
でも、主婦ににとって台所は一番時間を費やす大切な場所です。
我が家も一番明るい景色の良いところを台所にしました。

お子さん連れの見学者も多く、先ほどのお餅や、設置してある蒔きストーブでつくったビザやパイなどが振舞われていました。

古民家の大好きな夫。
いろいろとご馳走が出てくし・・・夫婦揃ってくつろいでしまい、すっかり根が生えてしまいまhした。
一体、何時間居座ったんだろう・・・??? ^^;

この日の、私の一番のお気に入りです。
養蚕農家だったので、時々薫浄をしたそうです。
そのために部屋の上部の板がスライドして空くようになっています。
また、同じ理由から、天井の一部の板がスライドして空きます。
すごい!!
古民家というと、どうしても部屋が暗いのですが、
住み易さを追求してあって、機密性も抜群でどこの部屋も明るい感じです。
しかもバリアフリーです。

トイレの腰板に使ってあるのは、雨戸だそうです。
すっごくいい雰囲気です。

蔵も一緒に改装されていました。
この日は、岡谷からこられた方が、ひょうたんの販売されていました。
帰る前に、ちょっと見学・・・
それが、ここで又、長居をすることになりました・・・ははは・・・ ^^;

蔵の内部です。ギャラリーになっていました。
岩石からつくった絵の具で書かれた絵だそうです。
ここで、ひょうたん談義が始まり、夫はひょうたんに入ったお酒までご馳走になりました。
田舎くらしを考えている都会の方に開放して、宿泊体験をしてもらうなんて、すごい発想です。
日本の文化である古民家が、少しでも残ってくれればいいと思っている私たちには、本当にありがたい話です。
古民家の美しい梁や白壁を、合板で隠してしまう改築も多いのですが、
こうして古民家のよさを残しながら、住み易い環境をつくることも可能です。
興味のある方は、一度宿泊体験をなさってみてはいかがでしょうか?
お勧めです!!!
山田住建さんのホームページです。
富士見町のパノラマスキー場は「ハートの見えるスキー場」でPRする、と聞きました。
「これって面白い!」
でも、バレンタインには間に合わなかったのか、パノラマのHPを見ても何も出ていませんでた・・・残念!
私が提案したいのは、「大人だって雪遊びしたい!?」っていう着想。
先日、議員のパノラマリゾートの冬期議員視察がありました。
本年度の営業戦略として、レストランやキッズパーク等の改善点について説明を受けました。
パノラマでは、独自の畑を持っていて、自社農園の野菜をメニューに積極的に取り入れています。
漬物も生産していて、冬は野沢菜漬けなんかも提供されています。
また、赤いルバーブを生産し、メニューにも生かしてくれています。
以前ご紹介の通り、昨年は小学生のルバーブの収穫からジャム作りまでの体験教室も行っています。
見学当日も、自作スイーツの中に、ルバーブジャムを添えたロールケーキがありました。
ありがたい事です。m(_ _)m
3月には、ジュニア運動会を企画しているとのこと。
子供たちは勿論ですが、私は「大人だって雪遊びがしたい!」ってコンセプトが売れると思うのですが・・・
パノラマの有利な点はなんと言っても、アクセスのよさ。
だったら、関西方面の「雪なんて見たことがない」って人に、雪遊びの楽しさを体験していただくって視点も大事なんじゃないかって思っています。
私自身も、スキーはできないし、この年じゃ始めるのはちょっと勇気がいる。
骨を折ったらどうしよう・・・なんて心配が先にたってしまうし・・・
スキー道具をそろえるだけでもかなりの高額!
でも、単なる雪合戦やそり遊びなら、特別な技術もいらない。
雪なんて見たことのない人たちにとっては、雪に触れるだけで嬉しいはず。
そんな提案をしたら「今でもキッズパークで遊べます。」と、言われました。
大人がキッズパークで騒いだら迷惑でしょう・・・
一昨年、大阪から息子の友人が遊びに来たときにも、雪遊びの雪遊びの場所がなくって残念に思いました。
今年も暖かく前面オープンしたのが1月の2日だそうです。
全面オープンできなくても、ゴンドラに乗り、山の上に行けばかなり早い時期から雪遊びができます。
健脚な若者なら、昔のスキー場を歩いて上まで登って滑って下りて楽しめます。
以前、姪とスノートレッキングした時にも、ソリ滑りをして楽しんでいる人が結構いました。
私もパノラマには何とか少しでも多くのお客さんに来て欲しい。
パノラマの再生は富士見町にとっても大きな課題。
応援したいのは当たり前の事です。
それと議員の立場で、町の姿勢を問うのは別問題。
そこらへんの所を、すっきりと区別している私の感性を疑う人が結構います。
しかし、納得できなければ、譲れません。
さてさて・・・ハートの見えるスキー場です。
ゲレンデの上部部分の間の林が、遠くから見ると確かにハートに見えます。
分かりますか? 横向きのハートです。
頻繁に眺めているのに、言われるまで気がつきませんでした。

バレンタインに、「ハートの見えるスキー場」に来たカップルは割引、なんてしたら恋人たちの心を掴みそうじゃないですか?
この写真は、出かけたついでに撮ったもの。
きっと、もっといい視点があるんでしょうね。
ここでも、先日の「景観」の「視点の整備」がいかに重要であるのかわかりますね。
ある日、富士見町の中を車で走っていると、怪しい一団に遭遇!
明らかに、地元の方ではない面々が10人ほど、車を止めて集まっていました。
なんちゃって!

ここは、こうしてカメラをお持ちの方が、よく電車の通過をお待ちのスポットです。
でも、こんなに多くの人が集まっているのは初めて。思わず、パチリ!
この日は、何でも特別の電車が走るとかで、シャッターチャンスを逃すまい、と集まっていたようです。

富士見町の立場川橋梁です。
後ろに八ヶ岳が見えて、いい場所ですよね。
この道を走っていると、時々こうしてカメラを構えている方に遭遇します。
きっと、その筋の方には有名なスポットの一つなんでしょうね。
ここにも、富士見のお宝あり!
ちなみに、先日、私がいつも参加している「みどりネット信州」の勉強会が長野市であったので、すんごく久しぶりに電車に乗りました。

信濃境の駅から長野までの往復切符です。
片道切符は通常のものと一緒ですが、往復切符は領収書みたいになっていて、書き込んで切り離してくれます。
こんな切符、めったに手に入らないでしょう・・・?
長野市まで片道約2時間半強、会場までの歩きを考えると往復およそ6時間。
勉強会は1時半から4時までの2時間半。
住民参加と言っても、もし合併して自治体が大きくなったら、富士見町の場合、毎回茅野市だとか諏訪市に行かなくっちゃ行けなくなるかも?
なんて、しみじみ考えてしまいました・・・
2月発行の「議会だより」の「街角インタビュー」の担当になりました。
以前より、詳しいお話を伺いたいと思っていたので、葛窪地区の「まるごとミュージアム構想」について取材しました。
議会だよりの紙面では伝えきれないので、ここでご紹介。
12月の信濃毎日新聞に「富士見町の葛窪集落施設『安楽院』に、集落の図書館誕生」とありました。
「~(略)今春建て直したのを機に、地元の高齢者クラブの人たちが学びの場にしていこうと発案し、町図書館に相談。~(略)」
「~(略)安楽院はもともと寺院として住職がいた時期もあり、古くは戦国時代に武田信玄が泊まったとの言い伝えもある。
その後、公会堂として使われてきたが老朽化。今春、国や県、町の補助を得て建てなおした。
地元では、住民が節節目に集まって念仏を唱えたり、細く裂いた古布で織り上げる『ぼろ機織り』(裂き織り)を伝承したりする場所にしようとしている。~(略)」
この、安楽院の事業も、「まるごとミュージアム構想」の一端です。
私が一番知りたかったのは、集落の皆さんをどのように巻き込んでいったのか、と言うところです。
この事業の経過に詳しい、平出清仁さんにお話を伺いました。
平出さんのお話によると、葛窪区の「まるごとミュージアム構想」は、平成3年の、花いっぱい運動から始まったそうです。
平出さんは、カゴメに勤めていらっしゃいましたが、栃木県の研究所など、長く富士見町を離れていらっしゃいました。
平成3年頃、富士見町に戻ってくると、学校道は草ぼうぼうで、あちらこちらが荒れていました。
富士見町のカゴメ工場では、トマトジュースを作っています。
美化活動の一環として、トマトと同じ赤い色で、工場内を真っ赤にしようと言うものがありました。
その経験を生かし、カゴメからサルビアの苗を寄付してもらい、葛窪地区を花いっぱいにしよう!と呼びかけました。
これに、子供から高齢者クラブなど、区内の協力が得られ、各家にもプランターを配り「花いっぱい運動」が始まりました。
平出さんは、この運動の仕掛け人になられたんですね。
その後、毎年サルビアの苗を作って、花いっぱい運動は続けられていましたが、
苗を作るのは結構大変、それだったら、木を植えようじゃないか、と言う事になりました。
いろいろ検討した結果、花言葉で「春を告げる強い花」と言われる杏にあやかり、
「強い集落にしたい」という願いを込め、杏を村中に植栽しました。
今年は、二百キロ近く杏の実が収穫されたそうです。
平成11年に、集落内の景観を守る為に、住民協定が結ばれました。
これは、集落内の幹線道路を中心に、その関係地権者によって結ばれました。
100%の地権者の同意がなくても結べるものですが、いろいろな利害関係が生じます。
協定を結ぶに当っては、なみなみならぬ努力があったと容易に推測できます。
協定まで持っていった、葛窪集落の皆さんには本当に感心します。
それも、基礎に、集落内の住民の協力を得られた「花いっぱい運動」があったからですね。
納得しました。
同じく11年には、田園空間整備事業などを利用して、区内全体を公園化しようという計画が作成されました。
これは、国・50%、県・25%、町・20%、地元の負担は5%で行われる事業です。
平成15年から平成20年までの事業として、実施が始まりました。
氏神様からの道路、東出口から村中への道路、公会堂(安楽院)、舞屋等の整備が行われたそうです。
こうした、補助事業をうまく利用したのも、葛窪区のすごい所ですね。

改修が終わり、集落の図書館として開館した「安楽院」です。(上記の新聞記事です)
開館に当っては、700冊をこす本を寄贈していただいたそうです。
町内にお住まいの故人が、生前に出版社の知人から譲り受けた本で、
遺族から図書館への寄付の相談がありました。
図書館ではすでに備えられている本も多かった事から、安楽院での活用が決まったそうです。
ほとんどが新品同様で、全集から小説まで幅広い本が揃っています。
本を媒介に、子供からお年寄りまで集える場所が集落内に出来き、今後、楽しみです。
とりあえずは、月に2度ほど開館す予定、運営や管理は、高齢者クラブを中心に検討していかれるとのことでした。
さて、今後です。
集落内に点在する葛窪の宝(サテライト)をつなぐ道や施設の整備は終わりました。
これからは、かくれた資源を生かし、誰でもが楽しんで歩けるマップ作りをみなさんと取り組む予定です。
これは、県のアジール構想(かくれ里構想)につながるものですね。
「実際にみんなで歩く企画もしたいですね。」と、平出さんの頭の中は、楽しい企画で一杯のようでした。

お話を伺っている間、なんの資料も見ずに話されるので、すべて頭に入っているんだと、感心しました。
帰る頃になって「見るんなら・・・」と、資料がたくさん出てきました。
手作りの資料からも、平出さんの想いが溢れていました。
こうした事は、うまくいく話ばかりではないでしょうが、平出さんのように熱い存在は、貴重です。

お茶請けに出してくださった、紅玉の甘煮です。
この美しい色!!!
平出さんのお宅では、野菜は勿論ですが、りんごも何種類も栽培なさっています。
学校給食へも出してくださっていて、地元の小学校では小さな赤い姫りんごが給食に添えられる事もあります。
ご夫婦揃って、活動の幅の広い方々です。
こうした人材が、一番の富士見町の宝ですね。
新年、明けましておめでとうございます。
例年に比べると暖かいし、雪も少ない冬です。
今年も又、パノラマスキー場が心配でドキドキしながらの年になりそうです。
(書き始めは「おめでとうございます」だったのですが、アップする頃には「した」になっていました) ^^;

元旦の朝は、集落の池生神社で新年参賀式。
池袋区の皆さんと一緒に、新年を迎えます。
参賀式は、下で行われますが、神社はこの階段を登ったところ。

帰省中の息子二人と夫と、家族4人で初詣。
夫だけ、写真に協力してくれました。 ^^;

地元の消防団です。
若者が、地域の為にボランティアでこうして活躍してくれてるなんて、すごい文化だなぁ~

参賀式が終わると、消防団が、一軒一軒、屋根に水をかけて集落を回ってくれます。
「今年一年、火事に合いませんように・・・」
娘の同級生も消防団で活躍してます。
「今年もよろしくお願いします」 m(_ _)m
元旦の朝の集落の行事が終わると、毎年、私の実家の千葉に行っています。
そこで、又、実家の集まった家族で近くの神社に初詣。
一年に一度のお参り
困った時の神頼み・・・? ^^;
そういえば、年の初めのテレビ番組で「初詣は神社かお寺か」と言うのをやっていました。
結論は、どっちでもかまわないそうです。
日本人も日本の神様もおおらかなようです。
本来、神社やお寺での参拝は、とっても複雑なもの。
それを一般の人でも簡単に出来るように簡素化したことで、急速に広まったそうです。
簡略化しても、日本の神様は寛容なので許されるそうです。
大切なのは信仰心。
私たちのように、一年に一度初詣に行くくらいでも、許されるのだろうか・・・
でも、神さまに祈らずにはいられないような世の中ですよね。
昨年は、未だかつて経験した事のないような経済が混迷しました。
急な角度で落ちた分、同じ角度で上向いていく、と言っている人がいたけど、根拠がなくても信じたい。
この寒空に、働く場や住む家をなくした人たちはどうなるんだろう。
一つの政策の失敗がこれほど大きな結果を生むのか・・・と改めて思い知らされました。
でも、結果は分かっていたのだから、どうして途中で修正が出来なかったのだろうか。
国の方向を左右できる立場にいる人たちは、一体どうしたいんでしょうか。
高い志を持っていたはずなのに、どうして保身に走ってしまうのだろうか。
この社会を変える力を持っているのに・・・
こんな事を考えると、いつも「一つのいい法律があれば、ごみ問題は解決する。」と言っていた上勝町の笠松町長を思い出します。
デポジット製を導入すればいいと言う考えなのですが、これは説得力があります。
「廃棄物処理法リサイクル方は悪法。見つからないように捨てたら得をする。
逆にごみを持って行ったら500円くれたらどうか。ごみを拾ったら得したらどうか!?」
こんな条例、作るくらいの度胸が欲しい。
理念があれば可能なはずです。
ところが、定額給付金一つ取ってみても「生活支援」なのか「景気対策」なのか、その目的すら揺らいではっきりしない。
選挙対策のためには、思い切った政策を打ち出してくるのに、他に国民にとって本当に必要な事にはなかなか手がつかない。
この、給付金について、大阪府の橋下徹知事は、
「給付対象を年間所得400万円未満などに制限、余った補助金を原資に学校の耐震化する。」と言う提案をしたそうです。
ただ、国の方針は、
「所得制限で生じた余剰金は国庫に返還。給付対象を制限する場合の所得の下限も1800万円に設定している」
と言うことで、実現は難しいらしい。
そのくらいの柔軟性はあってもいいのに・・・
どうせ使うお金なら、もっと真剣に考えて欲しいですよね。
850兆円を超える借金を抱える日本。
しかもものすごいスピードでその借金が増えていると言うのに・・・
小心者の私には、どう考えても分からない・・・
やはり、神様に「どうか良い年になりますように・・」と、祈らずにはいられません。
信濃境駅に夜になるとイルミネーションで彩られています。
信濃境駅・開駅80周年記念行事で、思いかけず多額の寄付が集まり残りました。
その一部で、毎年駅前に飾っているイルミネーションを新しく購入しました。
信濃境の駅前商店の方や、80周年行事の実行会などが協力して飾り付けをしました。
地元の現議員さんを中心に何年か続いている行事ですが、一昨年から私もお手伝いしています。
久しぶりに木登りをしたりして、ちょっと楽しかったりして・・・ ^^;

小正月あたりまでは飾っていますので、機会があったら見てくださいね!
皆さん、どうぞ良いお年をお迎えください。
昨年に引き続き、年末の「富士見町の特産品詰め合わせパック」に、ルバーブ生産組合の真っ赤なルバーブジャムを入れていただきました。
ご贈答用に、富士見の農協で取り扱っています。
今更・・・のお知らせで、恐縮です・・・
JA富士見店のレジを出た所に並んでいます。
今年は、昨年と詰め合わせの内容が変わりました。
この「送料無料」は、今年いっぱいの話です。 ^^;

20日に、詰め合わせに使っていただいている生産者と役場職員で、店舗でチラシを配ってPRをしました。
「もうちょっと早くお知らせをしないと、もうお歳暮贈っちゃったわよ」
「自分で選んで詰め合わせが出来ればいいわねぇ~」
いろいろとご意見を頂きました。
私自身も、富士見町の特産品を、農協とは別の詰め合わせで送ってみました。
確かに、送り手の気持ちで、内容も変えられれば良いですよね。

ルバーブジャムです。
パウチ詰めで、175g入り450円で、単品でも販売しています。
おかげさまで、今年は120個ほど納品させていただきました。
ルバーブ自体がまだ知名度がないので、生のルバーブだけではなく、加工品も平行して売っていく必要がありそうです。
これからの課題です。
年末恒例の行事
地区社協のふれあい会として、集落のみなさんと門松作りをしました。
地域の材料で、自分の手で作った門松を飾れるなんて幸せだなぁ~と思います。
今年も準備に、一週間前の日曜日に行いました。
竹や松を山に取りに行くところからです。
《12月14日 門松作りの準備》
門松作りは楽しいのですが、その下準備は結構大変です。
社協の役員さんを中心に、参加できる人で、手分けをして準備です。
昨年同様、丁度冬休みで帰って来ている息子二入も参加しました。

ワラをきれいにしごきます。
奥でしごいて、手前で“押し切り”を使って切っています。
後で気がついたのですが、この“押し切り”、刃がスライドするので、力を入れなくても簡単に切れます!

準備してあった千歯こきはワラ細工するには目が粗すぎて、急遽、考古館へ借りに行きました。
これは、手作りで、全部棒がばらばらになり組み立てられます。
ここで又、感心・・・昔の人ってすごい!!!

40cmくらいつづ一束にして、準備完了。

竹は3本一組にするのですが、その3本の切り口がきれいにそろえるのが、高度な技術です。
電ノコで切って頂いたので、きれいにしかも早く切れました。

3本を一組にするので、節の太い所は削らないとうまく揃いません。

ガタガタして揃わない所には、クッションを入れてガムテープで止め、
見えるようなら、最後に取ってもらう事にしました。
《12月23日 門松作り》

子供の参加が少なくってちょっと残念。

お孫さんをひざの上に乗せて門松作り。
こうして毎年作っていたら、自然におぼえられますね。

ここが一番大切な所!
ワラを編んでいく、最初の部分です。
忘れないように、写真を載せておこう!っと。

編みあがりです。

皆さんが作った門松が並びました。
それぞれに作った人の特色が出ています。
これで、お正月を迎る準備、OK!・・・・???
清泉荘のたまりづくり。
夏から「インドカレーをご馳走する」と言っていたのに、ずっと後回しになってしまっていた!(反省!)
我が家でよく作るのメニューで、みなさんに食べていただきました。
この日のメニューです。
チキンカレーと小さいじゃがいものカレー。彩りを考えてほうれん草のカレーです。

《チキンカレー》
まず、ニンニク、しょうが、唐辛子、黒こしょう、クローブ、シナモン(インド産は本当に木の皮って感じです)を炒めます。
そこに玉ねぎのみじん切りを入れて炒め、チキンを加えます。
そして、トマトの水煮缶を加えて、蒸し煮状態。
味付けは塩・コショウ。
《小じゃがのカレー》
小さいジャガイモは、皮ごとよく洗って串が通るくらいに茹でておきます。
これを、食べる頃を見計らって、ちょっと大目の油で焦げ目をつけるくらいに炒めます。
塩、コショウ、クミンパウダーを振って出来上がりです。
これは、ちょっと簡単すぎて申し訳ないくらいなのですが、すっごくおいしいです!!
お試しあれ!!!
《ほうれん草カレー》
ほうれん草をやわらかめに茹で、水を切ってフードプロセッサーでどろどろ状にします。
鍋に最初はしょうがとニンニク、クミン、ガマムマサラ、コリアンダー、などの香辛料、
それから玉ねぎのみじん切りを加え、よーーーーーく炒めます。
ここに、どろどろのほうれん草を加えて、じっくり煮込みます。
上に載っているのは豆腐です。
本当は、パニールというチーズを揚げてから載せるのですが、ヘルシーに豆腐で代用しました。
この日は、ひょっとしてだめな人がいるかもしれないと、唐辛子を入れませんでした。
「インドカレーって言うのは、ものすごく辛いのかと思っていた」と、ちょっとがっかりさせちゃったかな・・・?

盛り付けてくれたのが、たまたま遊びに来ていた次女のお友達。
若者盛で、てんこ盛りでした。^^;
でも、おばあちゃんたちも、喜んで食べてくれてよかったよかった・・・
(ちょっと・・・いや・・・かなり無理して食べてたかも??? ^^;)
おしゃべりをしながら楽しくいただきました。
ここでも、私が引っ張った訳じゃないのですが、話題はごみ問題に・・・
お年寄りが多いので「分別するのは大変ですよね? この中でビニールを広げて洗って干している人?」
と、聞いたら過半数の手が上がりました。
いやぁ~ お年よりはめんどくさがってやっていないだろう・・・なんて思っていて失礼いたしました。 m(_ _)m
たまたま意識の高い方に集まりだったのかも知れませんが、それでも少しづつ皆さんの関心が高まっている事を感じます。

ここら辺ではよく集まりに出てくるイカとキャベツの和え物。
甘酸っぱくしてあるのですが、この日の食べたのが今まで食べた中で一番おいしかった!

セロリのお漬物
何しろ、お隣のは原村は、セロリの生産量が日本一!
セロリの出番も多いようです。
いつも、たまり場をのぞいては、おいしいものを皆さんからご馳走になってばっかり・・・^^;
これで、少しは気が楽になりました・・・
11月4日から8日の5日間、西山保育園、清泉荘、落合小学校、本郷小学校、コミニュニティ・プラザの5会場で住民懇談会がありました。
住民懇談会で出席者に配られた資料をウエブ・アルバムに載せました。
前もってお知らせしなかった事、反省しています。 m(_ _)m
この住民懇談会には、各課長も出席しています。
町からの説明があり、来年度予算に対する意見を中心にお聞きする懇談会。
ここでの意見・要望を、来年度の予算に反映させようと言う趣旨、のはず!!
私はいつも、なるべく懇談会に出席して皆さんの意見を聞いたいと思っています。
今回も西山保育園以外の会場には足を運びました。
しかし、意見が出ない。
中には役目柄、区長さんの発言がいくつかありましたが・・・
西山地区の懇談会が一番活発だったそうです。
よく私が「町民の意見を聞くべきだ」と言うと、「懇談会をやっても人が来ない、意見が出ない」と言われます。
今回の懇談会では、延べ300人以上の出席だったと言うのですが、活発に住民懇談会にする為にはどうしたら良いのか、工夫が必要ではないでしょうか・・・
私は「どうせ言ったって仕方ない」と思ってしまっている人が多いのではないかと思います。
「皆さんの声が、町の施策にこんなに反映されています」と言うものがないと、意欲が湧きませんよね。
中学校の統合問題についても説明がありました。
「中学校統合推進委員会」がすでに立ち上げられています。
その中に、
・校名部会
・校歌部会
・校章部会
・制服部会
・通学部会
・部活支援部会
・教育課程編成部会
・施設整備部会 の8部会が設置されています。
第一回の委員会が、すでに11月12日に開催されています。
みなさん
あきらめないで、行政にもっと意見を言いましょう!
だって、皆さんの為の自治体ですよ。
以前ご紹介した「我が家のど根性植物」
ぐんぐん伸びて、楽しませくれていたのですが・・・
台所の出窓「写真はいつでも撮れる」と思っていたら、その日は突然にやってきました。

朝から出かけていて、夕方帰って気がついてみると、ぐったりしていました。
急に寒くなったので、霜に当ってだめになってしまったのか・・・(屋外の部分が)
最初に気がついたのが8月の終わりだったので、2ヶ月半楽しませてくれた訳です。
我が家に来る人来る人に「ねえねえ・・・すごいでしょう!?」
と言って、反応を見るのが一つの楽しみになっていたのですが残念です。

葉っぱにダニが発生して、一つ一つ拭いたり、それなりにお世話はしていたのですが、これが自然の摂理ですね。
「ひょっとして・・・」と、2日くらい様子を見たのですが回復しませんでした。
寂しくなるなぁ~
11月2日、ついに、当日。
信濃境駅・開駅80周年記念式典、祝賀会が行われました。
疲れたぁ~ ・・・でも、みなさんの協力ですばらしい会になって大満足!
午前9:30から、信濃境駅近辺・2.5kmほどのマラソン大会。

マラソンに先立って、南中の太鼓で景気づけ!!
太鼓のおかげで、すっかりお祭りムードが盛り上がりました。

当初50名ほどを予定していたマラソン大会。
小学生、中学生、一般合わせて、役70名ほどの参加がありました。
中には、小学生のお子さんとお父さんの親子の参加も何組か・・・
開駅記念イベントにふさわしい、マラソン大会になりました。


信濃境の駅に登る道。
この坂を登ったら、ゴールです。

記念式典の前に、南中生徒の太鼓演奏と合唱「もみじ」
そして、境小学校の子供たちの俳句の発表。
式典の間、私は、清泉荘の準備があり、見る事が出来なくって、とっても残念!
これも後から校長先生にお聞きしたのですが、
「信濃境駅開駅80周年記念・五・七・五」などの俳句が披露されたそうです。
「八十年 歴史をもった 駅ですよ」
「長野県 信濃境が 始まりだ」
「八十年 境の歴史 つまってる」
「信濃境 この名だれが つけたかな」などなど・・・
子供らしい、素直な俳句ばかり。
小学生も中学生も、一緒にお祝いしようと言う気持ちがうれしいですね。
《近隣集落の長持ち&お神楽》

小六区のお神楽

葛窪区のお神楽

信濃境区の長持ち

高森区の長持ち

池袋区の長持ち
他の地区のお神楽や長持ちを拝見する機会ってありません。
こう言う機会ってうれしいですね。
私は、この場にいられなかったのですが、夫の写真を見るだけでも、各集落の色があって面白いです。
葛窪のお神楽だけは、清泉荘の演芸でも披露されたので見る事が出来ました。
私は千葉市の出身ですが、そういえば、お正月に獅子舞が各家を回って来たのを覚えています。
各集落で継承すべき文化があるって、豊かですね・・・

商工会による綿あめやポップコーンのサービス
盛況でした。 ^^

会場を清泉荘に移して、まずは「縄文の人々」の映画上映。
開駅80周年の式典で、何で縄文の事なんか・・・と言う方もありました。
でも、今年は井戸尻遺跡発掘50周年の年でもあります。
この発掘も、地元の方の並々ならぬ尽力で行われていますし、開駅についても同じことです。
この機会に、地域のよさを再発見し、先人の苦労を偲び、感謝する機会にもしたいと思い企画しました。
《寸劇・南瓜物語》
どうしても実現したかった寸劇です。
この劇は、開駅30周年の時に、区長だった武藤盈さんが開駅当時の逸話を脚本にして上演したものです。
「駅前まるごとギャラリー」の写真選びで、何度もお宅にお邪魔している時に、この脚本の話しが出てきました。
脚本を読んで「絶対にもう一度上演したい!」と思いました。
どうやって信濃境の駅が出来たのか、皆さんで先人の功績を偲ぶとってもいい機会です。

劇は2幕になっていて、1幕では、近隣集落の委員さんが集まって、寄付金などについて話し合っている場面。
2幕では、足りない寄付金を、当時の鉄道大臣・小川平吉氏のところに相談に行きます。

小川大臣(左はじ)に、陳情に出かけたみなさんです。
足りない1万円の寄付金と、もう一つ「駅名を信濃境」にして欲しいと、お願いします。
大臣は「駅の規模を縮小してはどうか?」と提案し、委員さんたちは賛成。
この結果、めでたく開駅にこぎ着ける事ができたんです。
「南瓜物語」の南瓜は、この時に大臣に持っていったお土産です。
この南瓜を大臣に渡す時に、風呂敷包みから南瓜がこぼれ落ちてしまって、みんなであわてると言う、「おち」です。
後で聞いた話ですが・・・(盈さんが思い出しました・・・)
日本産の南瓜は水っぽく、当時は、ほこほこした西洋南瓜は日本でもまだ珍しかったそうです。
その西洋南瓜を、日本でも先駆けて富士見町では生産していました。
ほこほこの西洋南瓜を食べた大臣が
「富士見で食べた南瓜がおいしかった」と言っていたと言うのを聞いて、南瓜をお土産に持っていったらしいです。
なんで、南瓜なのかな・・と思っていましたが、これでよく分かりました!

本当に時間のない中で、快く(???)役をを引き受けてくださった皆さんです。
本当にありがとう!
特に、うれしかったのは、地元の方も快く引き受けてくださった事。
そして、素人の集まりに、ふじみドラマスクールの星野さんが入ってくれた事で、なんとか短期間で上演にこぎつける事ができました。
ほんとにほんとに、みなさん、ありがとうございました。 m(_ _)m
演芸の達人たち!

どじょうすくいで、楽しませてくれました^^:

この子達、かぶりつき状態!
おじさんが、踊りながら舞台から下りてきたら、逃げていってしまいました。 ^^

前日に、友人がパーソナリティーをしているLCV・FMに出演して宣伝させてもらいました!
たくさんの方のご協力で、こんなに盛大に80周年を祝う事ができて、感謝です。
地元の議員さんも協力してくれ、本当に多くの方の協力をいただけました。
あまりにも早急な話しで、とても出来ない!とも言われました。
時間のない中での計画で、いろいろな方にご迷惑をお掛けしたり、不快な思いをさせてしまった事もあったと思います。
心からお詫び申し上げます。
そして、本当にありがとうございました。
なんだかたくさん落ち度もあって、あっちこっちに走りどうしでぞっこん疲れました。
この日の最後には、すごい「おち」がありました!
ご馳走もかなりあまり、台所を手伝っていただいた皆さんでお持ち帰りしていただきました。
古代米入りのおこわのおにぎり、おでん、漬物・・・などなど。
私の分も、しっかりお持ち帰りが用意されていて、感激!
夜は、疲れて何も出来ない! これだけあれば夕飯の支度はしなくっても済む(涙)!
夫は、長持ちの人たちと飲み会。
コタツに入って、いれやれ・・・「さて、食べるか!」
「南瓜物語」にちなんで、この日の料理には、南瓜のサラダもありました。
なんだか、あわただしくほとんど料理が食べれなかったわたし。
サランラップに包まれた南瓜を箸にとり、ほお張って飛び上がりました!
南瓜サラダだと思って口にしたのは、なんと!!!・・・・からしだったのです・・・(大汗;)
まさか・・・からしの塊がサランラップに包まれていようとは・・・
いやぁ~
参った!参った! ^^;
池袋の地区社協の研修会。
特養の恋月荘、紅葉の白林荘の見学の後、集落公民館で自主防災組織の中で地区社協の役割とはなどについて話し合いました。
《恋月荘》
特別養護老人ホームの恋月荘の見学

改装されて、以前の恋月荘に比べると、とっても明るくきれいになっていました。
ピンク系の色が、明るく暖かい雰囲気でした。
諏訪地方では、特老待ちが1,000人を超えていると新聞報道がありました。
緊急度の高い方から優先して入所していただいているそうですが、平均して4年2ヶ月待たないと入所できないことになるそうです。
富士見町の高齢化率は28%。
どこでどんな老後を迎えるのか、重い課題です。

恋月荘の体育館
奥に洗濯物の山が。
ここでは、施設内の洗濯物は施設ですべて行っています。
ボランティアやしらかば園から、洗濯物をたたむ仕事に来ています。
機能回復訓練のための器具での訓練は、一週間に一度、高原病院から指導に来ているとのことでした。

給食を作っていました。
なかなか評判がいいと言うことです。

これは温冷配膳機。
暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たい状態で配膳できます。
家庭的で食事する時間に、なるべく家庭と同じ状態で食事が出来るように心がけているそうです。
《白林荘》
昨年は、お年寄りを中心に白林荘に紅葉を見学に言ったのですが、
今年は、役員の研修会を兼ねて再び白林荘の見学に。最高の日でした。

紅葉の庭を散策。

先日のおしのぎ席が設けられていた別館の白林道場。
殿様気取り? ^^;

別館の白林道場。
二階は会議室になっています。
現在は高原病院の看護士さんたちの研修などに使われているそうです。

別館の白林道場。
昔、病院で使われていた道具などが展示されていました。

ハナノキの落ち葉
あまりきれいで、何十年ぶりに押し葉にしました。

記念撮影^^
《研修会》

池の袋の公民館に戻って「母ちゃん弁当」を食べて、研修会です。
最初に現役の在宅ヘルパーさんに仕事の中で感じている事を聞きました。
ヘルパーになりたての頃の体験談から、仕事に対する心の変化など、とってもいい話でした。
その後、池袋集落の自主防災組織・副本部長に区が社協に求めているものについて説明してもらい、
そのために、社協から区に対しての要望などの、意見交換を行いました。
富士見町では各集落ごとに自主防災組織が立ち上げられています。
その自主防災組織の中で、池袋の地区社協は、給食・給水の役割分担になっています。
組織図の中に名前が入っているのですが、でも、実際に災害になった時に、何をどうすればよいのか良く分かっていません。
集落の公民館が使えるような状態なら、公民館に鍋釜は揃っています。
でも、使えない事も想定しておかなければなりません。
防災倉庫の中に、最低限の釜や米、塩など装備しておく必要があります。
災害時の炊き出しについても、岡谷市の災害時などでは素手でおにぎりを握る事が、保健所からストップが掛かったと聞いています。
現在、一番使われているのが、ハイゼックスと言う特殊なビニールの包装食袋に入れて作る方法です。
袋に米と水分を入れて鍋で煮るます。
味をつけることも可能で、持ち運びが便利で食器や箸も不要。
町の訓練ではやっていますが、このハイゼックスでの炊き出し訓練も集落で一度行っておきたいですよね。
給水担当として、水はどうするのか。
ペットボトルの水を蓄えておくのか、川の水などをろ過して飲料水として使える機械を装備しておくのか・・・
また、現在、安否確認マップ作りが、民生委員の仕事として町から下りてきています。
集落によっては、区内で協力してマップ作りに取り組んでいる所もあります。
池袋でも、社協も協力して、安否確認マップ作りをしたいと言う要望を区に出しました。
以前も、社協の役割としてマップ作りをすべきではないかと言う話しが出されました。
でも、個人情報保護や、区の役割として行うべきなどの面で見送られた経過があります。
今回、こうして区の防災担当者と役割について話し合われた事は、とっても有意義な事だったと思います。
また、今後は、地区社協として災害時の救急処置や対応方法について学んで言おうと言うことになりました。
何かあった時には、各集落が一番の活動拠点になります。
実際に何をどうするべきなのか、具体的に実現可能な事をしっかりと話し合っておく必要がありますね。
井戸尻考古館の縄文王国祭。
議員は、蒸かし芋と鹿の焼肉で参加です。
縄文の暮らしは当然環境にやさしかったでしょうが、今回の王国祭はその面でも一歩進んでいました!
10月19日に縄文王国の収穫祭が行われました。
天気にも恵まれて、いやぁ~よかった!

「くく舞」
古代の舞を再現したものです。

縄文土器の野焼き。

粉にしたシコクビエを、朝からこうしてずっと練ってました。
これが「おやき」になると言うので、興味津々!
午後になって配られたのは、イメージとは違っていました。
煮詰められたものが、柿の葉っぱかな・・・?に乗せられて、
ねっとりとしていて、塩気のある柔らかぁ~いお餅のような触感でした。

古代米のおこわ。すごいピンボケ!
蓮の実入りです。
そうそう・・・
この日のために、考古館の方が蓮の実を剥くんだと聞いた事があります。
大変だったろうなあ~
そうして考えると、あの小さなアワやヒエから、何しろ全部手作りですから・・・贅沢な試食会ですよね。
改めて、感謝!

試食コーナーは大人気。
時間が近くなると行列が出来てしまいます。
議員のコーナーのサツマイモの蒸かし芋も、蒸けるたびにあっという間になくなってしまいました。
以前は、焼き栗をしていました。
前日に茹でた栗を手作りの円柱の金網に入れてまわして焼いていたのですが、結構大変。
しかも、2粒くらいしか配れないし・・・
それだったら、むしろお芋を蒸かしたら・・と言う事になりました。
縄文王国祭に・・・なんですが・・・
でも、これが結構評判です。
王国祭で食べるから、又格別なんだと思います。
午後からは、鹿の焼肉。
こちらも大盛況でした。
味付けだったので、鹿肉の臭みも全く無く、牛肉に近い味です。
ずっと、火のそばで焼いていたので、ぞっこん疲れました・・・
そして、ここで特記すべきこと!!!
毎年、王国祭では何箇所も試食コーナーが設けられています。
今回のイベントでは、その食器にレンタル食器が使われていました。
人が集まって食べるイベントとなると、どうしても使い捨ての食器になってしまう・・・
その後に出されるごみの量は半端ではありません。
でも、食器の数をそろえて洗って・・・なんて考えるとどうしても使い捨ての食器になってしまいます。
そこで、レンタル食器となった訳ですね!
トン汁だけで食器を返してしまった人がいたりして、周知徹底が不十分な所が残念だったのですが、
でも、こんな取り組みもしてくれる考古館の職員に心からありがとう!と、言いたい。
町のイベントに「レンタル食器を!」と言っても、財政上の問題からなかなか取り組んでもらえません。
でも、行政のやる事だからこそ、啓発の意味も含めて率先して取り組むべきだと思います。
ここから、広がっていくといいなぁ~ ^^

ワークショップもいろいろあって体験できました。
忙しくって、全部除けなかったのが残念!
これは石臼で曳いている所。
当たり前ですが、下から粉になって出てきます。
すごい技術だ!
いちいち感激してます ^^;

井戸尻の蓮池で取れたつぶ汁の準備。
つぶを洗っています。
つぶ汁が出来上がる頃には、すでにトン汁と、きのこ汁でおなか一杯になっていました。
でも、折角なのでつぶだけ試食。
こりっとした触感でおいしかったです。

こんな場所でこんなに思いっきり太鼓を叩けたらさぞかし気持ちが良いだろうなあ~
聞いている方も、気持ちいぃ~!

神話の再現
この直後、この土偶の首が落とされてしまいます・・・@@
ちょっと、ドキッとしました。

ステージもゆっくり見ていられなくってちょっと残念。
王国祭も定着してきて、毎年来てるのよ、とおっしゃる方が何人もいました。
鹿の焼肉を手伝ってくださったボランティアの方。
お近くの方かと思ったら、遠方からお越しの方だったようです。
「また、来年」と言ってリックを背負って、ご夫婦で帰っていかれました。
ありがとうございました。
イベントを支えてくださっている皆さんに本当に感謝です。m(_ _)m
近くの某市の職員の方が「ここの収穫祭は、本当にいいねえ」
と言ってくださいました。
地域の皆さんの協力は勿論の事ですが、
それは、考古館の学芸員さんたちが、本当にこの井戸尻が好きだからだと思います。
縄文の人々に、思いを馳せることが出来る心からなんだと思うのです。
井戸尻遺跡を心から愛し、誇りを持ち、何とか皆さんにその価値を伝えたいと言う熱意を感じます。
縄文の舞いや、神話の再現を自らが上演して、見る人の関心を引くための努力をしています。
春から準備をして、石のオノを使って収穫の体験が出来たり・・・
縄文土器で作った料理を試食できたり・・・
本当に気持ちのこもったイベントだなぁ~と思います。
富士見町には、こんなすごい宝もある事、忘れないでくださいね!
そして、10月26日、井戸尻発掘50周年記念イベントの最後。
茅野市、原村、北杜市からそれぞれ専門家が集まり、座談会が開催されました。
すごい企画ですよ。
「現在の行政区分の県境をとりはらい、八ヶ岳西南麓の縄文集落のようすを俯瞰します。
最新の発掘成果をそれぞれの担当者が持ち寄り、議論する初めての試みです。」
だそうです。
行政って、なかなかこうして連携する事ってないですよね。
この座談会、当初は午後1:30からの予定だったのですが、参加者が増えて、午前10時からの開催になったそうです。
うれしい話しです。
当日私は、地区の社協の研修会と重なり、残念ながら参加できませんでした。
でも座談会では、皆さんが持ち寄った資料を総合的に見て、また新たな事実も見えてきたようです。
長野日報の記事です。
夢の広がる話しです。
富士見町のパノラマスキー場で、川崎市の小学生のジャム作り体験がありました。
今年初めての取り組みだそうですが、ルバーブ生産組合にお手伝いの声が掛かりました。
子供たちと一緒に、とっても楽しい時間を持たせていただきました。
まず最初は、収穫からです。

大平地区にあるパノラマの畑のルバーブ畑で、一人10本づつ摘み取りました。
最初に私が富士見町のルバーブをちょっとPRを兼ねて、説明をさせていただきました。^^;
「茎の下の方をつかんで、ひねってはがす様に取ってね。」
「細い方が仕上がったときに赤くなるよ」 などなど・・・
みんな、どれにしようかと、もうあっちの株に行ったり、こっちの株を探ったり・・・
「あ!!!!」大きな声に一体何事かと思ったら、カエルでした・・・^^;

パノラマの職員から話しを聞いています。
みんな、しっかりと話しを聞ていますね。

ゴンドラに乗って、山頂のレストランへ。
とっても天気のよい日だったのですが、八ヶ岳には雲が掛かっていました。
でも、「うわぁ~雲と同じ高さにいる!?」と、大きな声が上がっていました。

頂上レストラン、スピカ内。

いよいよ、12班に分かれてジャム作り。
生産組合から6人参加したので、一人2班を担当しました。
その日収穫したルバーブは、お持ち帰りのお土産になるそうです。
ジャムにするルバーブは、すでに洗って切れるように準備されていました。
本当だったら、自分たちで取ったルバーブを使えるとよかったのですが・・・
全員が洗える場所が確保できなかったそうです。

砂糖をまぶして、カセットコンロで火にかけました。
「最初は弱火にしてね」
砂糖が溶けて水分が出て来たら強火にして煮詰めました。

出来たよ!
なかなかいい色に仕上がりました!
みんな満足そうでよかったです。

「早く食べたぁ~い」
出来上がったルバーブを真ん中に、みんなでお預け状態!
私たちのお付き合いはここまで。
この後、子供たちは自分たちの作ったジャムの試食を兼ねて昼食。
山頂組みと湿原組みに分かれてハイキングだったそうです。
連日結構ハードスケジュールだったみたいで、疲れ気味のお子さんも見受けられました・・・^^;
お土産にルバーブ生産組合のジャムを納品させていただきました。
ありがとうございました。

ゴンドラで下りる途中の景色。
丁度、稲刈り真っ最中で、まだ稲刈りの終わっていない田んぼが黄金色に見えました。
いやぁ~
つくづく、富士見町って美しいところだなぁ・・・

「折角だから昼食を食べていこう」と言う事になり、レストランに入ろうと思ったのですが・・・
足湯の前にある露店の、超大盛りのポトフたちに心を奪われました。@@
パノラマの畑で取れた野菜たちがたっぷり盛り合わせられたポトフです。
てんこ盛りの野菜たちで、うれしいですよね。
休日とあって、若者たちに人気のようでした。^^

フランクフルトが丸ごと入っているロールキャベツ。
ひき肉を入れるのは面倒くさい時に、今度まねをしてみよう・・・っと。
これだけでも、結構満腹になります。
この他にも、すいとん入りきのこ汁など、どれも薄味で野菜のうまみたっぷりでした。
一度ご賞味あれ!
エンジェルはパノラマに反対。と思われているようですがそんな事ないですよ。
今の段階で町の支援は仕方ないと思っています。
パノラマの経営に反対しているのではなく、町の説明不足のために支援に反対しています。
新聞折込までしているのですが、「エンジェルは反対」だけが一人歩きするみたいです。
ま、そんな事を気にしていても仕方ない!
出来る限りのことで、応援はして行きます!
今年は信濃境駅が開駅80周年! 井戸尻考古館は、発掘50周年です。
この二度とない記念すべき年に、「駅前まるごとギャラリー」を企画しました。
信濃境駅、郵便局、そして、趣旨に賛同して頂いたお店に、昭和30年代の懐かしい写真を展示しています。
このページでも、たびたび登場する、池袋在住の武藤盈さんが、昭和30年代の地域の暮らしをたくさん写真に収めてあります。
その写真の幾つかを盈さんのご協力で、今回富士見町の博物館からお借りしました。
駅前のお店にもご協力いただいて・・・と言うのは、「すごくいいアイディア!」と、本人自画自賛していたのですが・・・
始めてみたら、結構大変で、かなりの時間・労力を注ぎ込みました。
(それで、ホームページの更新も滞っています。 なんて言い訳を言ったりして・・・^^;)
展示場所ごとに、テーマを変えて展示してみました。
2点から、6点くらい飾ってある所もあります。
駅や郵便局、お店をのぞいていただいて
「そうそう・・・こんなだった。懐かしいなぁ~」
とか
「へぇ~ たった50年で暮らしがすっかり変わってしまったねぇ~」
なんて、話しが弾めばいいなぁ・・・と願っています。
今回、信濃境駅前のお店を歩いて、どこの商店街も抱えている問題を痛切に感じました。
信濃境駅が出来て、盛(さか)った当時は35店舗ほどのお店があったそうです。
歩いて行ける距離に、生活で必要なものは病院なども含めて全てあったんですね・・・
盈さんの写真は、昭和30年代なので、駅の出来たのはその又30年ほど前のことです。
当時は、線路の整備をするための仕事でも、多くの人が移り住んできていたとか・・・
写真を選びながら、盈さんからいろいろな話を伺うことが出来ました。
そんな場面が、各お店で再現されることを願っています。
さてさて・・・
展示方法などご批判もあるとは思いますが、近くにおいでの祭には、のぞいて見て下さい。
マップでチラシを作ってみました。
このチラシも、どうやったら分かりやすくなるのかとずいぶん悩みましたが、
某記者さんからアイディアをもらって、番号を入れて作ってみました。
写真は遊びで入れてみましたが、見えなかったらお店まで見に来てくださいまし m(_ _)m

富士見町の入笠の沢入り登山道の入り口周辺で、「諏訪地域森林づくりの集い」が開催されました。

地域のみどりの少年団をはじめ、子供から大人まで、約240人の参加があったそうです。
大会のテーマは、「育てよう、大きな森と大きな未来」
岡谷市の小学6年生の作品。

作業は、枝打ち班と植樹班の2班分かれて、行いました。
こちらは植樹班です。

枝打ちは、下から1m位を目安に行いました。
落とした細かい枝は、木の周りに置いておくと、鹿が歩けないのだそうです。
なるほど・・・
間伐財や落とした枝を、子供達がこのきつい斜面を運んできました。
何度も滑りながら、長い木を苦労して持ち上げて来る子もいました。

その後、枝打ちした枝を、諏訪地方事務所のチョッパーでチップにしました。
直径15cmくらいのものまでは、チップ化できます。
私も体験しましたが、入れた直後、刃にくわえられる瞬間に、結構強く引き込まれ衝撃があります。
子供たちも体験していましたが、「手がびりびりって来た!」と、言って手を振っていました。
富士見町でも、チョッパーを持っています。
剪定した枝などを、指定の場所に持って行き、チップにして希望者に配布しています。
夏は、剪定枝が焼却ごみにどっと増えるのだそうです。
このように、チップにして庭などに引いて利用できれば焼却ごみも減らせます。
集落などには、貸し出しも可能だそうですので、うまく利用して行きたいですね。

かなりの勢いで、吹き飛んでいます。

最後に、このチップを近くの木の根元に敷き詰めました。
針葉樹のチップは、抗菌作用があり敷き詰めるにはいいのだそうでが、
広葉樹のチップには、いろいろな菌があって適していないとのことでした。
午後からは「森林教室」が行われました。
子供たちと一緒に勉強をしたかったのですが、「赤彦祭」と重なってしまい残念ながら参加できませんでした。
今回の集いは、式典からデモンストレーションが主だったのですが、
森林づくりも、こうして広く参加者を募ってできたら良いのかも知れませんね。
森は、所有者だけでは守って行く事は出来ません。
多くの人間がその恩恵にあずかっているのですから、子供の頃からのこうした体験はとっても貴重なものだと感じました。
自分が植えた木、枝打ちした木には愛着が湧きますよね。^^
池袋の秋祭り!
長持ちが我が家にやってきました!

秋祭りの日は、子供御輿と長持ちが、集落内を回ります。
若者たちが、毎年仮装で楽しませてくれます。
時々、ちょっと恥ずかしく、とてもここでご紹介できないようなのもありますが・・・^^;

夫もこちらに住むようになってから、長持ち保存会で頑張っています。
この日のために、一ヶ月前から、ほとんど毎晩の準備やらお稽古に出かけていました。
その後の方が、お楽しみだったようですが・・・^^;

子供たちのお神輿。
この日は、私は集落センターでお祭りのお台所の準備当番。
気が付いたら、もう終わってしまっていました。
今年は、高学年が少ないので、ちょっと疲れ気味・・・

子供みこしと長持ちが、集落内を練り歩いて帰ってくると、演芸会の始まり。
子供の舞台にはおひねりが飛びます。
舞台の上で、ずっとないている保育園児もいましたが、それもかわいくってみんなに受けちゃってました ^^;

長持ちの若者たちが、台所でなにやら相談中。
毎年、楽しませてくれています。
そのサービス精神に m(_ _)m
一年に一回、こうしてみんなで集まって、飲んで楽しむ機会があるのもこの地域のよさですよね。
久しぶりに会った人とも、話しが弾みます。
よく笑い、よく食べた一日でした。 ^^
諏訪養祭はいつ行っても楽しい。
子供たちのがんばりと先生たちの明るさ、元気をたくさんもらえる!
ところで・・・今回の新発見!?
諏訪養護学校では、ヤギを飼っています。
仔をとって、乳を搾って飲んだりチーズを作っていると聞いていました。
今回の文化祭では、なんと!ヤギの乳搾り体験のコーナーもありました!

絞り方を教わって、子供たちもドキドキ初体験!
「出たぁ~!!」とか
「あったかぁ~い!?」とか・・・
実は、わたしく・・・一時北海道で乳絞りをしていた時期があります。 ^^
牛の乳ですが・・・搾りながらバケツを蹴飛ばされたり、動かれたりして大変でした・・・
しかも、乳絞りのある時期は、一日2回、絶対に休むことは出来ません。
養護学校のヤギさんは一日一回の乳搾りだそうですが、休みの日は先生たちが交代で絞りに来ているとのことでした。
でも、大変だからこそ、動物たちから得るものも大きいんですよね。
さてさて・・・
今回の新発見! 超びっくりした事です。
誰にでも、優しく乳搾り体験をさせてくれているこのヤギさん。
顔見知りの先生によると、搾乳4年目だそうです。
そう聞いて・・
私 「ふぅ~ん・・・それで、今絞っているのは何時の出産?」
先生「だから、4年目なの・・・」
私 「えぇ~!!!??? そんな話し、聞いたことがない!!」
ここでおさらいです。
当たり前のことですが、乳は、出産して仔を育てるためのものですよね。
北海道の大きな牧場で研修生をしている時に、結構見学者もありました。
その見学者の中に、時々牛はいつでも乳を出すものだと思い込んでいる人がいて、びっくりしました。
私たちが飲んでいる牛乳は、母牛が仔子のために出しているものを横取りしているわけです。
長年の品種改良で極端に多くの乳が出るようになってはいますが。
出産直後の母乳(初乳)は、免疫など含まれていてとっても大切。この初乳だけは仔牛のものです。
この初乳は、不思議で熱を加えてだけで分離して固まります。
牧場では、時々初乳を仔牛さんから頂き、初乳豆腐を作っていました。
これは、すっごく濃厚でおいしいっす!
その後、仔牛は母牛から引き離されて、バケツで仔牛用のミルクを飲んで育てられます。
なんか、申し訳ない話ですね。
って事、ご存知だとは思いますが、一応おさらいでした。
話しは、諏訪養のヤギさんに戻って・・・
ですから、1度の出産で、4年も乳を出しているなんてちょっと信じられない! @@
ヤギを飼っている人からも「そんな話し、聞いたことがない!?」と、言われるそうです。

で、そのヤギ乳で作ったアイスクリームの試食までありました。
ヤギの乳って、独特の臭みがあるのですが、このヤギさんの乳は、その臭いがしません。
それも驚きです。
先生によると「諏訪養のために乳を出してくれているのよ」
本当にそうかもしれませんね・・・
富士見町の白林荘で煎茶会がありました。
長野日報の記者さんに誘われて、初めての体験。
白林荘は、昨年の秋に初めて、集落の地区社会福祉協議会の「ふれあい会」で紅葉の見学に行きました。
とっても素敵なたたずまいで、機会があったら是非また訪問したいと思っていました。
さて、これは一体、何の木肌でしょうか・・・?
白松でした。
不思議な肌ですね。
年を重ねると、本当に白に近い灰色になるそうです。
煎茶会は、玉露席 煎茶席 番茶席の三つの席に、おしのぎ、の席が設けられていました。
番茶席です。
この写真の左端にそっと立っているのが、某記者。
いやーーー、着物姿でいつもとは全く別の雰囲気! ^^
夫と共に、気楽に普段着で出かけてしまったら、皆さん素敵なお着物で出迎えてくださって、正直焦りました。^^;
しかし・・・
煎茶席では、堅苦しい作法もなく、会話を楽しみながら頂いていいそうです。(ほっ・・・^^;)
上記の白松も、おもてなしの中で教えて頂きました。
番茶とともに、紅茶も出して頂き、ちょっとびっくり!
夫も紅茶の話しで会話が弾みました。
皆さんの着物姿に見とれながら「どこかでお会いしたことがある・・・???」と、思う方も数人・・・
そうそう・・・高原病院の看護婦さん。
あまりに素敵で、すぐには気が付きませんでした。
それぞれの席で、かわいいお菓子が添えられ・・・本当は写真を撮りたかったのですが・・・
なんか、折角の雰囲気を壊してしまいそうで、カメラを出せませんでした。
これは、玉露を頂いた時の茶器です。
この小さな器に、ほんの少しだけ入れられて出されました。
独特の香りと甘みが口の中でワーーーッと広がりました。
それぞれの席は、本当に素敵に飾られていました。
秋いっぱい!!
おしのぎ席
大体、「おしのぎ」と言う言葉さえ知らなかったので・・・ネットで調べてみました。^^;
「懐石料理の途中で、一時的に空腹感をしのぐ料理。しっかり食べるのではなく、ちょっとしたむしおさめ的な料理です。」
あるいは
「それまでの料理と流れを変えるという意味で、箸休めとか口がわりとも呼ばれます」
だそうです。
おしのぎの席で出されたお弁当です。
昼食を食べて出かけて、お茶の席ですでにおなかが膨れていたのですが、きれいに完食してしまいました。
お茶の3席とおしのぎ席を回ると、気がつくと2時間半くらい経っていました。
しかし、白林荘の庭から建物、そして日本の文化にどっぶり浸り、非日常的な優雅な時間でした。
こんなに、近くで気楽に、夫にも日本の美しい文化に触れてもらう、いい機会となりました!
誘ってくれた、某記者に心から感謝!
そして、おもてなし下さった黄檗弘風流の皆さん、素敵な時間をありがとうございました。
井戸尻遺跡発掘50周年記念
「巫女の起源」民俗学者谷川健一先生の講演がありました。
谷川先生の話は
「井戸尻から出土したマムシを頭にいただく女人土偶は巫女ではないか」と言う話題から始まりました。
「頭にマムシを乗せた女性は、危害を加えられないことで、特別な能力を示している」
同じように、奄美にはノロと言うハブを制するシャーマンがいたそうです。
「始まりに巫女ありき、巫女がいなければ神は存在しない。」

また、九兵衛尾根遺跡から出土した土器に描かれていた龍と中国の龍を関連付け、
「東シナ海は一昼夜で渡れ、稲作が海を渡って縄文に渡来したのではないか」
「中国で栽培されていた種が縄文時代に日本に入って来たと考えられる。」
その話を井戸尻の小林館長に話したところ
「『われわれもそう考えています』と、簡単に言われてしまった」と、苦笑されていました。
先生の話で、私が印象的だったこと。
「考古学は、形に残らないものは学問の対象にならない。
遺跡や遺物がなければ考古学は存在しない。
しかし、民俗学は文書や記録がなくても伝承があれば十分研究の対象になりうる。
日本人の精神の奥深い所に民俗学がある」
「たとえば、形として残らないひょうたんも研究の対称になる。
古代人の最大の願いは再生(=もう一度よみがえる)
死者の再生の器として卵とひょうたんが必要だったのではないか。
古代人が何を望んでいたのか、それを考えなければならない。
井戸尻では、それを真剣に考えている、もっともまっとうな研究だ。」
また、「呼んでもらって光栄に思っている」ともおっしゃっていただきました。
これは、富士見町の住民としては、誇りに思うべきことではないでしょうか。
考古学も民俗学も全く素人の私ですが、学問を究めていらっしゃる先生のお話は、深く楽しいものでした。
地元の南中学校の文化祭・白樺祭

学習発表をしている体育館に飛び込むと、まぶしい光が目に飛び込んできてびっくり!
ステージとは反対の出入り口に照明が照らされていて、選択技術の学生たちが、ロボットコンクールをしているところでした。

選択音楽の発表 フルートの演奏です。
地元にお住まいの飯島和久ご夫婦が、毎週子供たちを指導してくださっています。
飯島和久さんは、上野学園大学音楽学科、交付湯田高校音楽科でもフルートを教えていらっしゃる先生です。
ご夫妻でフルートの先生をなさっていて、地元でも「八ヶ岳フルートアンサンブル」を持っていらっしゃいます。
息子の諒君が南中の卒業生。
その縁もあってのことなのですが、本当にありがたいですよね。
この日も、ご主人は大学の試験があると、演奏後、小淵沢の駅へ飛んで行かれました。

英語劇。「猿かに合戦」
何よりも、みんなが楽しんで演じている所がうれしかったです。

郷土料理ゼミ。
昨年、農林水産省が「農山村の郷土料理百選」と言うものを選びました。
その百選の中から、幾つか選んで、ゼミで作って試食をしているそうです。

郷土料理に拘って、自分たちの畑で育てたニンジンを味噌漬けにしました。
毎年、富士見町で行われている「漬物フェア」に出展の予定との事。
楽しみですね。
味噌の風味とニンジンの甘さがおいしい漬物でした。

保健・給食部が、石鹸の販売をしていました。
給食室から出る廃油から作っているのだそうです。
おかあさん、つい、買っちゃいますよね。^^

南中の廊下
横に長い各棟の真ん中を、廊下が通っています。
奥の棟に行くに従って、高くなっています。
「南中50周年記念」でもご紹介した校舎です。
自慢の廊下は、相変わらず光ってました。
この校舎、みんなの知恵を出し合って、いい形で残したいですね。
8月29日、30日、31日と富士見町の乙事キャンプ場で若者たちのイベントがありました。
29日の前夜祭から雨。30日も一日雨。
最終日の31日の午前中にどんな事をやっているのか興味深々出かけました。 この日は晴れ!! ^^
行ってみて、正直、富士見町にこれだけの若者が集っていることだけで、感激しました!
今年で8回目。
主催者のじゅんくんに聞いたところ、参加者は年々口コミで増え、今年は延べ300人。
遠くは九州からの参加もあったとの事です。
若い人が多く、小さなお子さん連れが目立ちました。
「どうしてこんな事をはじめたの?」の質問に
「アメリカで同じようなお祭りがあって、『こんな祭りを日本でもやりたい』と思った。
乙事キャンプ場は、家のすぐそばで小さいころからよく遊びに来ていた。
こんな身近にいい場所があるじゃんって思ったんだ」

乙事キャンプ場は何度か行っていますが、こんなにたくさんの人がいるには、初めてみました!

キャンプ場のあちらこちらに、色とりどりのテントが張ってありました。
いつもは静かな林ですが、一変して華やかな様相でした。

川遊びをしている子供たち・・・それを見守るお母さん・・・
一緒にカエル取りに興じる大きなお兄さんたち・・・^^;
神奈川から来ていると言う方に「ずっと雨で大変でしたね」と言うと
「全ては、今日の為ですよ!」と、返されました。
なんて前向きな発言・・・
でも、会う人、会う人がなんかすごく自然体で、楽しんでいるなぁ~と感じました。

いろんなお店も出展していました。
ホームページでは「マイ食器、マイコップ持参でお願いします」の呼びかけがありました。
これも、うれしいですね!

~「乙事キャンプ」のホームページから ~
「・・・営利的なイベントではなく、みんながゲストであり、みんながスタッフだと考えているので、
主催者、スタッフも参加料を支払った中で開催・・・」

本格的なステージが立てられていて、音響設備もばっちりです!

みんな、思い思いの場所で、ステージを楽しんでいました。
ちょっと離れた林の中に椅子を持ち込んで聞いている人、
ステージそばのテントでは子供たちもシャボン玉を飛ばしながら楽しんでいました。

次の予定があって、後ろ髪を引かれながら、昼には会場を後にしました。
「8年も続けてるんだぁ~」
それだけで、すごいですよね。
夜は、それこそ遅くまで語り合っていたようです。
「一年に一度、ある村が出現する」
人が集って、自由に時間を楽しみながら交流を深めていくんですね。
そういえば、この乙事キャンプのテーマは、「繋がりと調和」でした。
富士見町では、こんなことを続けている若者たちもいるんですね。
一年後には、テントを張って一晩くらい寝てみようか・・・と思わせられました・・・^^;
最後に、主催者のじゅんくんのコメントをホームページから抜粋
「・・・僕自身もっとすばらしい世界になって欲しいという思いが強くてどうしようもないのですが
自分がどうこうしたって、大した事はなくみんなが自然に伝え合っている事に気がつきました。
ただ、僕はその一端であればいいんだと思います。
あえて、愛・平和・エコ・社会問題等うたわなくても、
乙事キャンプでは自然に未来の方向が見えてくると思います。
そして、そんな気持ちをそのまま普段の生活に持って行って欲しいのです。
僕は乙事キャンプを心から楽しみます。
オーガナイザー じゅん 」
今年は、富士見町の井戸尻遺跡発掘50周年。
7月20日の朝の観蓮会から、記念行事がいくつも行われています。
サブタイトルが素敵です! ~おらあとうの村の歴史は、おらあとうの手で明らかに・・・~
その中から、私が参加した行事のご紹介です。
7月20日 午前8:00~ 観蓮会

7月20日(日) 午後1:30~ 記録映画「縄文の人々」の上映会。
昭和41年に作成されたこの映画は、発掘当時の様子を記録したものです。
井戸尻の発掘は、地元の住民である井戸尻保存会が中心に行われました。
サブタイトルにあるように「おらあとうの村の歴史は、おらあとうの手で!」
地元のみなさんの熱い気持ちの塊が、すごく大きな力となった動いていたようです。
現在、考古館では企画展示を行っていますが、その中で次のように紹介されています。
「中央の大学の学者などでなく、
在野の研究者の指導と、全くの素人の力でなされたことに注目。
『おらあとうの村の歴史は、おらあとうの手で明らかに』
住民の熱意がこの成功を支え、そののち地域の歴史を解明する原動力となった」
現在の館長曰く「住民との協同なんて最近はよく言うけど、ここの人たちはずっと前からやっていたんだよ」
恥ずかしながら・・・知りませんでした・・・
映画上映の後、回想「井戸尻」誕生のころ
井戸尻遺跡保存会の平出さん、清陵高校地歴部OBの両角さん,元井戸尻考古館長の武藤さんの三方が、それぞれに当時の事を回想されました。

発掘は、境史学会、境地区公民館のメンバー、地元池袋の住民、そして諏訪清陵高校地歴部の皆さんで行われました。
発掘当初、1号から3号の住居址の発掘で終了の予定だったそうです。
それが、休憩時間に、諏訪清陵高校地歴部の生徒たちが、4号の住居址もちょっと掘ってみたところ、遺物が出てきてしまった。
終了の約束だったのに、勝手に掘ってしまい、指導いただいていた宮坂先生にひどく怒られたそうです。
でも、その4号からもたくさんの遺跡が発掘されています。
諏訪清陵高校地歴部OBの皆さんに感謝ですね。^^
当時の発掘現場の写真を拝見すると、貴重な遺物が、それこそごろごろと発掘されている様子が伺えます。
どきどきしたでしょうねえ~
昭和40年に文化財保護法のもと、考古館が町教育委員会に移管されるまで、
地元の井戸尻遺跡保存会を中心に、発掘が行われていました。
私たちの町の井戸尻遺跡には、こんなすごい歴史があったんですね!

発掘当時、区長を務めていた、武藤盈さんも一言。
盈さんの撮られた写真が、今は本当に貴重な資料です。
ありがとうございます!
8月9日(土) 午後7:00~ 上弦の月コンサート ~共鳴する時空~ 長屋和哉さん

音をお聞かせ出来ないのが、とっても残念です。
低い太鼓の音や、高い鐘のような音。
それが大地の音や、風の音の様でもあり、時には物語を語っているようでもありました。

曇っていた空が一時晴れて、月が見えました。
焚き火の光と、幻想的な音の世界で・・・
これはもう、夢の中にいるようでした・・・

なんとも幻想的な音楽を奏でだしていた楽器たちです。
8月23日 講演会 「海を渡った縄文人」

縄文人が海を渡ったなんて想像したこともありませんでした。
黒潮に乗って、フィリピン台湾から伊豆諸島・小笠原諸島、マリアナ諸島へと、北西太平洋を囲む、黒潮の道。
貝を珍重して交易をした貝の道。
おなじシャコガイを使用した貝斧の分布から想像される斧の道などなど・・・
南米エクアドルに縄文土器にそっくりなものがあったり、メキシコで土偶と同じものが見つかったりしているそうです。
小田先生によると、島の見える所の海を渡っていったのではないか、と言うことでした。
「学問は、否定してはいけない。可能性を考えるロマンのあるもの」と言う言葉が印象的でした。
丸木舟で荒波を超えて行った縄文人たちを想像するだけで、どきどきしますね。
井戸尻の発掘50周年記念事業、まだまだ続きます!
9月21日 講演会 巫女(ふじょ)の起源
10月19日 高原の縄文王国収穫際
10月26日 座談会 八ヶ岳山ろくの集落遺跡
詳しくは、考古館のページからどうぞ
私も、遺跡や考古学にはまったく興味がありませんでした。
でも、せっかく近くに住んでいるんだし・・・と聞いてみた土器の文様の話がとっても面白かったのです。
まるで、謎解きの質の高い小説でも読んでいるように、聞いていてどきどきして惹きこまれました。
特に富士見町のみなさん!
すごいんですよ! うちの町の考古館は!!
ぜひ、一度のぞいてみてください。
でも、きっと見るだけじゃ、魅力は分からない!
もし、機会があったらイベントに参加をお勧めします!
話は変わって・・・
5月27日のページで境小学校の子供たちの俳句が信濃境駅に飾られている記事を紹介しました。
あの時に、今年、信濃境の駅が開駅80周年だと言う事を知りました。
同じ、境地区の井戸尻考古館では50周年の記念行事をしていることだし、開駅80周年を祝うために住民で何か出来ないものかと考えています。
かと言って、予算もない、計画もなかったところで、出来ることは限られています。
でも、発掘当時の皆さんが、「おらあとうの村の歴史は、おらあとうが・・・」とやってきたように、
私たちの地元の駅の80周年を、地域のみんなで祝えればいいんじゃないかって思います。
もし、賛同してくださる方がいらっしゃったらご連絡をお待ちしています!
お盆明けに両親を連れて、姉夫婦、そして兄が富士見町を訪れました、
義兄、兄と夫は、高原のゴルフコールへ出かけました。
「何年ぶりかな・・・」とか言っている人もいましたが・・・
富士見高原ゴルフコースの公式ホームページ
そこで、両親と姉と私は、同じく富士見高原のゆり園を見に行くことにしました。
「富士見高原ゆりの里」のホームページです

ゆり園の入場料・1,000円。
リフト代と一緒だとで1,700円とちょっとお高い。
リフトに乗らなくても、ゲレンデの下のほうのゆりは楽しめます。
でも、せっかく両親たちも来ているので、上まで行って高原の広々とした展望も見せたい!!
両親がリフトに乗れるか券売所で悩んでいると「リフトを止めてお乗せできます」と言われました。
心配な人は、個人的にリフトを止めて乗り降りさせてくれる配慮があります。
お年寄りやお子さんは、乗ったときの振れ等もなく、降りる時につまずく事もなく、安心ですね。 ^^

スキーコースを利用したゆり園

結構、きつい斜面ですが、場所によってまったく違った感じを楽しめます。
景色は最高です。

ゆり園から20mくらい歩くと、
「創造の森」
国内外の彫刻家による50体の石造が、林の中に展示されている野外美術館でえす。
作者に怒られるかもしれませんが、個性豊かな作品で、こんな記念写真はいかがですか? ^^;

何を話しているのでしょうか・・・???
7月28日に新聞折込を富士見町全町に入れた、「富士見に元気をつれてこよう!」致命的な誤りがありました。
訂正を含め、次のチラシを先日の日曜日、8月10日に同じく新聞折込をしました。
先日のこのページでお知らせいたしましたように、私にとっては致命的な間違い。
深く反省し、訂正のチラシを出しました。
前回のチラシで、富士見町全体のお金の動きをお知らせしました。
今回のチラシでは、まず今まで富士見町がパノラマスキー場に対して行ってきた支援策を整理しました。
そして、富士見町の財政状況の中で、これからの支援について考えてみました。
以下、チラシです。




不定期に出している私の議員活動のチラシ「富士見に元気をつれてこよう」
今回は、5ヶ月間、悩んだ挙句に「富士見町の財政状況」をテーマにしました。
町の全体のお金の流れをみなさんにお知らせしたいと、ずっと思ってきました。
自分のイメージを図に表して見たのですが、これがかなり難しく、知人に見てもらっても
「よくわからない!?」と、言われてしまいました。
何度も手を入れなおし、あまり長い間こねくりまわしすぎて、思い入れが強すぎたかも知れません。
新聞折込にしても、町民の何パーセントの人の目に留まるのか・・・
そのうちの何人の人が読んでくれるのか・・・
そのまた、何人の人に分かってもらえるのか・・・
などと考えると気持ちが萎えてしまうのですが、思い切って昨日の日曜日に発行しました。
まずお詫びです! m(_ _)m
何十回となく見直したのに、ミスプリがありました!
1ページ目の下から8行目の右端の「土地開発公社」と「都市開発公社」と打ち間違えました!
発行してから気がついたので、仕方ない。そのまま新聞折込されました。
ここで、謹んでお詫びして訂正いたします。
ただ、2ページ目からの表などには、正しく「土地開発公社」になっているので、分かっていただける事を念じております。
その上、致命的な間違いが発覚いたしました。
2ページ目の表の中の左上部、一般会計の貯金額です。
正しくは、
貯金を全部合わせた額が 34.6億円
その中の、何にでも使える貯金が 17.6億円
使い道の決まっている貯金が 17.0億円
最後の最後に印刷所に訂正をお願いしたのですが、訂正した場所が間違ってしまったようです。
とは言え、当たり前ですが最終的にチェックをしなかった私の責任です。
落ち込んで、しばらく頭が真っ白状態だったのですが、もう折り込まれ全戸配布されてしまったもの、仕方がありません。
訂正したものをもう一度発行しようかとも思いましたが、どうせ出すなら、
訂正を含めた、次回のチラシをなるべく早く発行しようと考えています。
合わせて、ここで訂正をさせていただき、深くお詫び申し上げます。
以下、チラシのイメージを貼り付けます。(PDFを載せようと思ったのですが、大きすぎてうまくいきません)
訂正部分を反省をこめて、赤くしました。



北佐久郡立科町、女神湖のそばの多目的運動場で長野県消防ポンプ操法大会がありました。
富士見町の第1分団が諏訪地区の大会で優勝し、県大会に出場しました。

さすが県大会です。
県内各地から、ご家族も応援に駆けつけていました。
この日は、風もあり、テントの中の日陰にいると寒いくらいでした。

富士見町の第1分団です。

車の右側にホースが伸びていますが、これがまっすぐ伸びる事が大きく点数に左右するそうです。
きれいに伸びていますね。^^
恥ずかしながら、議員になるまでこんな大会があることすら知りませんでした。
でも、何回か拝見しているうちに少しずつ分かってきました。
無駄な動きがまったくなく、研ぎ澄まされた演技です。
演技終了後、見学者のいる席に、団員のみなさんが挨拶に見えました。
「練習の成果を発揮できました。結果を期待してください」という内容でした。
大きな大会で、緊張のあまり実力を発揮できない団もいる中で、すごいですよね。
「結果を期待してください」と言える演技ができただけでも、私は十分だと感じました。
採点の間、女性による模範ポンプ操法の演技がありました。
松本市の女性消防隊です。
昨年、富士見町では女性団員が一名入団しました。
これを皮切りに、富士見でも女性団員が増えるといいですね。

そして、結果はやはりついてきました!
富士見町の第1分団が、ポンプ操法で見事優勝しました。
喜びの記念撮影です。
昨年は同じく富士見町の6分団が県大会で優勝しています。
プレッシャーの中で、良くぞ結果を出してくれました。
富士見町のレベルの高さを物語っています。

富士見町に帰ってから、優勝パレードの予定でしたが、激しい雷雨で中止となりました。
その後のお祝いの宴です。
どうです。かっこいいですね。

胴上げで、天井を壊さないでくださいね。^^:

家路に見た富士山。
話は変わりますが、最近の雷雨の激しさは異常です。
異常が通常になりつつあるのが、また恐ろしいですね。
富士見町でも、直しても直してもあちらこちらで復旧が追いつかずにいます。
短期間ですが、集中的な大雨が降るために被害は甚大です。
これから、どうなっていくのでしょうか・・・
消防団の担うべき役割も、さらに重要になっていきます。
富士見町の先達地区に残る行事「虫送り」
稲藁で松明を作り、その煙で稲につく虫を退治する行事です。
富士見町で、現在残っているのはこの地区だけ。なんとか継承していきたいものです。

先達の公民館でまず目に入ってしまったのが、これ!!
昔の消防車です。
あまりのかっこよさに、夫と二人で「欲しいねぇ~」「でも、どこに置くのさ」
車輪など、痛んでいるのですが、きれいにしたら格好いいだろうなぁ~
競売に出したそうですが、売れなかったとのことです。
5万円から。
どなたか欲しい方はいらっしゃいませんか?

まず、松明の作り方。
新聞を丸めて芯にします。

その上を藁で包んで、何箇所か縛ります。
持った時に、上に藁の穂の部分が行くようにします。

「さて、みんなで作るぞ」

「出来たぁ~」
こどもたちも、自分用の松明を作りました。

みんなで縁側に座って、説明を聞いています。
こういう風景が最高にいいですよね。
この騒ぎの中で、“爆睡”している、あんたは偉い!!!

松明の点火式です。
「いざ、出発!」

先頭はドラと太鼓。
このドラを鳴らせるのは、6年生の特権!
そして、太鼓を打てるのは、その父のお特権!? 父は満面の笑顔です ψ(`∇´)ψ
「うらやましいぃ~」

八ヶ岳をバックに・・・
なんとも素敵な風景ではありませんか・・・
こうして、煙で畑の虫を追い払ったんですね。

反対側から撮った写真です。
遥か向こうに見える左奥の一番高い山は、甲斐駒ケ岳です。
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「いなむし、おくれ~」
と、言いながら歩くはずなのですが、いまいち子供たちの元気がなかったかなぁ~
それもそのはず・・・
先達は富士見町の中でも、ちいさい集落ではないのですが、子供の数が減少。
この問題は、どこも同じですね。
小学生が本年度は10人足らずだそうです。
このままでは、この行事も継承していくことが危ぶまれています。
お隣の集落と一緒に出来ないかなど、話し合われているところだそうです。
何とか、次の世代につなげて行って欲しいですね。
6月の議会が終わりました。
今回「第4次富士見町総合計画・前期基本計画の変更について」と言う議案がありました。
これは、富士見町の通称「渡辺別荘」に関わるものです。
5月の全員協議会での「町長が 取得の意向示している」と言う話が新聞記事になったので、ご存知の方も多いと思います。
この渡辺別荘は、テクノ街道沿いの町の中心部にあります。
~「渡辺別荘」の解説については、以前の長野日報の記事から引用~
岡谷市出身で明治時代の政治家渡辺千秋が建てた別荘「分水荘」のあった山林で、貴重な自然が残る場所。
分水荘は町内第1号の別荘。天竜川・富士川両水系の分水嶺にあり、当時は現在の富士見高校敷地を含む広大な土地を所有していたという。建物は蔦木宿の旧本陣を移築し、戦後、詩人の尾崎喜八が住んだことでも知られる。
土地は千秋の孫で、元ボーイスカウト日本連盟総長の昭(あきら)さんが長く所有していたが、一昨年、103歳で亡くなり、二男の豊さん(69)が相続した。豊さんは戦時中、同町に疎開し富士見小学校にも在籍。現在はブラジルのサンパウロ市で農場を経営する。兄の允(まこと)さん(71)は宮内庁の侍従長。
★この「渡辺別荘」については、以前から何人もの議員さんも一般質問で取り上げています。
富士見高校が森の整備をしたり、町民の森として取得できないか、と言う希望が昔からあったようです。
「渡辺別荘」の所有者であった渡辺昭氏が亡くなり、その後の所有者である渡辺氏の親族が物納したそうです。
物納されたという事で、財務省から富士見町に取得の意思があるかとの問い合わせがあり、町として取得の意思を示し手続きに入るとの事です。
そのために、富士見町の「総合計画」にも、「旧渡辺別荘跡地の取得を図ります」と、明文化するというものです。
私も、是非残したいとは思います。
戦前からの手付かずで残された豊かな植生を残す環境だ、という事で何とか残して欲しいと言う声も聞いています。
でも、多額の借金を抱えるパノラマや土地開発公社の事を考えると、町民の合意が得られるのだろうか・・・と不安になります。
町は取得のために、町民債の発行も考えているとの事です。
しかし、町民債で幾らくらい見込めるのかもまったく分かりません。
今回の議案について「町はいくらくらいまでだったら富士見町の現状で、住民合意が得られると思うか」との問いに「5~10億円くらいまで」との答えでした。
もし、民間の手に渡った時に、どんな形で開発されるのか不安があります。
借金をしてでも町として取得する価値のある土地だとも思います。
悩むところですが、まだ土地の価格についても分からない状態。
取得のための手続きをとるために必要だ、と言うことでこの案には賛成しました。
6月1日 富士見高原 八ヶ岳陸上競技場で「八ヶ岳クロスカントリー」が開催されました。
10Km、5Km、3Kmコースに分かれ、558名の参加があったそうです。
クロスカントリーのホームページです。
今年で4回目の大会となりますが、1回目の参加者は80名だったそうです。
年々参加者も増え、今年は昨年の約2倍ほどの参加でした。
この大会は、富士見町で過去30年富士見町で行われていた「全国勤労青少年10マイルロードレース」を引き継ぐ形で行われています。
大会を継続するは、富士見町体育協会をはじめ、(財)勤労青少年躍進会に大変なご努力・ご協力があってのこと。
参加された方々のさわやかな笑顔を拝見するにつけ、縁の下の力持ちの存在を思わずにはいられませんでした。
地元、富士見町の境小学校の生徒の宣誓でした。
富士見太鼓が大会に花を添えました。
前列の女の子が上手でびっくり。
体全体で太鼓と踊っているって感じでした。 ^^
見ていて、こっちまで楽しくなってしまいました。

10Kmのスタート前。

前日は雨で心配しましたが、お天気にも恵まれて本当にきれいな日でした。

3Kmコースのスタート前。
親子で参加している家族もあり、最年少は3歳、最高齢は確か70歳代。
みんなで参加できるのは、楽しそう。
スタート地点で、すでに泣き出すお子さんも・・・

「頑張れ!」
と、応援しているだけですいません。^^;
おまけにトン汁までご馳走になってしまいました。
走ってないなぁ~
走るどころか、歩いてもいない・・・
移動は玄関の前から車だし・・・
いけない、いけない・・・
5月18日の日曜日に「アドベンチャーイン富士見」が開催されました。
種目は6競技あるのですが、メインはマウンテンバイクで50キロの林道を走ります。
毎年林道の危険箇所に立っていますが、参加された皆さん、本当にご苦労様でした。 m(_ _)m
競技種目は
マウンテンバイク 50キロ・35キロ
50キロマウンテンバイク+10キロ走る(こんなの信じられない!?)
ネイチャーツーリング
スーパースプリント
キッズレース
私は毎年マウンテンバイクのコースの危険箇所「白谷」に立っています。
この日は、普段は通行止めをしている林道も空けて走ります。
林の中のそれは美しいコースですが、当然途中まではずっと登り。
立ってみているだけなんて、申し訳ないみたいです。

落石でぼこぼこになったガードレールの横を通って・・・
落石もなく、無事通過。 ホッ・・・

この先もずっと上り坂です。
「頑張れ!!」

「平和水
この水は入笠山麓 白谷から湧き出たミネラルを含んだお水です。
この水を飲んで心をいやし やさしい人になりましょう
山の神より」
白谷の水は、富士見町の特産品としても販売されている水です。

無事、完走できますように・・・

白谷からの帰り道
この日は曇っていて見えないのですが、富士見町が見下ろせる美しい景色のところです。

花場では、こんな人が畑を見守ってくれています。 ^^;

ごくろうさまです。
天気にも恵まれて、参加された方は林の中のコースを楽しんで頂けたでしょうか・・・
このイベントも会を5回と重ね、パノラマのイベントとして定着しています。
沿道の応援にもたくさんの方が参加してくださったとの事。
自然をこうして楽しんで頂ける事も富士見町の魅力の大きな一つです。
農業従事者の高齢化・農作業の軽減のために富士見町でも水稲の直播栽培が推進されています。
我が家の目の前の田んぼで週末、直播が行われました。
水稲直播栽培と言うのは、苗を育ててそれを水田に植える方法ではなく、水田に直接種をまく方法です。
直播栽培のメリットとして、農作業の軽減や生産コストの低減が上げられます。
育苗しなくてもよいので、種まきや育苗ハウスの準備も不要になります。
当然、苗を管理や田植時の苗運びや田植えの作業もなくなります。
また、農機具費が削減されるので、生産コストの低減もみこめるという事です。
富士見町では、取り入れ始めてから今年で3年目。
昨年取り組んだところでは、従来の方法とほとんど差がなかったそうです。
田によっては、従来の方法よりも収穫量の多かったところもあったとの事。
富士見町の昨年の直播作付面積が20haで、今年は26haに増えているそうです。

直播用のトラクターです。
この日の田んぼは境地区でも広く、4haあります。
一度に走る距離が長いので、まっすぐに走るのにすごく気を使っていました。
車の両脇に小さな赤い輪が付いていて、往復したときにこの車輪の残した跡を中心にして走ればいいようになっているそうです。
この写真では、左側の車輪だけ下ろしています。

8条植えですが、4条植えまでの対応が出来るそうです。
もう一台は4条植で、小回りが利くので小さないびつな田んぼでも対応できます。
確かに四角くて大きな田は機械での作業も楽ですが、日本の美しい景色を作っているのは、曲線の美しい小さな田んぼ。
そんな田んぼを大切に将来に引き継いでいけるような農業であって欲しいです。

上のタンクに種を入れると、パイプを通って下りていきます。
タイヤと連動していて、走るスピードに関係なく面積あたりで落ちていく仕組みだそうです。
なるほど。
筋になって種籾が落ちていくんですね。
田の平均化が重要になってくるそうですが、レーダーで平均を見ながら平らにする「ラベラー」と言う機械まであるそうです。
すごい!!!

「平成19年度強い農業づくり交付金」の下に
(原油価格高騰対応省エネルギー型農業機械など緊急整備対策)と書いてあります。

種にカルシウムや鉱物でコーティングしたもの。
ぬるま湯に浸してちょっと発芽させた籾にコーティング。
もう随分芽が伸びたものもありますね。
海抜1,000mを超える立沢地区では、5日前に直播したものが発芽しているそうです。
発芽するまでは、酸素不足にならないように水を落とします。
発芽した後は、5cmほど入水。
この田んぼは先日このブログでもご紹介した盈さんの田んぼ。
「毎日の水の管理を手伝ってもらえる?」と、娘さんに聞かれたのでお手伝いの予定ですが
どうも、最初は水の管理が難しいようです。^^;
簡単になってからお手伝いしょう・・・っと。

田んぼの向こうのこんもりした森の真ん中にあるのが我が家です。
田んぼに水が入るとあたりの景色が一転してこの何日間かはワクワクしてします。
水が入った途端に、夜になると蛙が大合唱。
つくづく・・・
いいところに住んでいるなぁ~ ^^
「清泉荘の外に不思議なきのこが生えてるよ」機織の見学に行った時に話題になりました。
「それどれ・・・見つかるかな」と、探しに行ってみると足元にたくさん生えてました!

「不思議なきのこ」と、言われただけでは、
きのこ音痴の私としては見つける自信がなかったのですが・・・
ありました!!
自分の車を止めたすぐ脇に!
(この写真の中に4つのきのこがあります。)
ああ・・・こうして見逃している発見や驚きが多いんだろうなぁ~

じゃぁ~ん!
こんなきのこ、初めて見ました!
(左手の白いのは桜の花びらです)

こんな感じで首をかしげているきのこもありました。
色の白いものと黒っぽいものがあります。
↓ネットで調べてみたところ、「アミガサタケ」と言うきのこらしいです。
http://www.afftis.or.jp/kinoko/1301.htm
記述にもあるように、丁度、桜の花が散っていました。
ヨーロッパでは高級食材(モリーユ)として珍重されているようです。
干すと香りがいいとありますが、この姿からはあまり食べてみたくなるような意欲は湧きませんね。
きのこを見る目はまったく自信がないので、自分一人で採って食べた事はありません。
今まで、家族が生き延びた理由かも・・・? ^^;

すぐ上に湧き水があります。
桜の花びらが水に浮んで、とってもきれいでした。

きのこが生えているのは、この右手のところです。

上の写真を撮って、桜の木にぐーーーーーんと近寄って一枚。
たまには普段とは違った視点で周りを見渡さないといけないですね。
こんないい環境に暮らしているのですから・・・
反省!
うちがお借りしている、我が家の目の前の畑の大家さん、武藤盈さん。
昨年は、人に貸した田を、今年は直播で作るそうです。
私が、畑のルバーブの芽を摘んでいたら、隣の田んぼで盈さんが「ぬるめ」作りをしていました。
田んぼに冷たい水が入らないように、田の入り口で水が蛇行する部分を作ります。
水をぬるませる、と言う意味から、ここの地方では「ぬるめ」と言うのだそうです。
お互いにちょっと疲れた頃。
「お茶にしませんか?」と、ポットを持って盈さんのところに行くと
「やりかけで、乾いちゃうからこれだけ済ませてしまうよ」
ご近所でも、こうした「ぬるめ」をあまり目にしません。
鍬一本でこんな作業を出来る人も、少なくなってきたようです。
急いで家に走り、カメラ持参で戻りました。

泥を壁にすくって、壁の表面全体をやわらかい状態に。

泥を押し付けながら、表面を整えていきます。

乾かないうちに、がべの部分に鍬の背をあてて、こちらからゆっくり、でも一気に歩き、表面をきれいにしていきます。
左官屋さんの仕事のようですね。
田んぼの外周のあぜをこうして塗って固める「あぜぬり」も、今では器械があるのだそうです。
確かに・・・大変な作業ですよね。

「出来はいかがでしょうか?」と伺うと
「上の中だね」と、返事が返ってきました。
ご苦労様でした。 ^^

「ぬるめ」を仕上げて、ようやく一服。
八ヶ岳を眺めながら、今年初めて取り入れる「直播栽培」について教えていただきました。
それにしても・・・7月のお誕生日で94歳になります。
いまだに現役!!
長野県は「PPK」で有名ですが、ご存知ですか?
ピン、ピン、コロリの頭文字です。
最後まで元気に働いて、苦しむ事もなくコロッと逝きたいって事です。
盈さんのような方は、どこが痛い・・・とおっしゃっていても、田や畑に出て仕事をなさっています。
こうして生きてこられた方には、人として生き方に頭が下がります。
長年、農業で鍛えられた皆さんにはかないません。
私たちの年齢では、軟弱な体になっていて、PPkは難しいですよね・・・ ^^;
20日の日曜日に千葉の従兄弟夫婦と私の両親が富士見町を訪れたので、車に乗って富士見町をぐるりと桜見物をしました。
その時は、まだちょっと早く5~7分咲き位だったのですが、昨日からの暖かさで一気に満開になりました。
ご近所の桜があまりきれいなので、高森のお堂の桜を見に行きました。

一番いい日だったようです。

大型のバスが2台も停まっていてびっくり!
新宿から45人ほどがバスに乗り、桜巡りをしたそうです。
「ここに来るまでに何箇所か見たけど、ここが最後でメインなんだ」という事でした。

こんなにたくさんの人が、お堂の桜を見るために東京からわざわざ来て下さっているなんて感謝!
「風情があり、すばらしい」と、お褒めの言葉を頂きました。

その他にも、写生会のメンバーもたくさんいらっしゃっていました。
それぞれ書かれた絵を批評していらっしゃるところです。
失礼ながらちょっとのぞかせていただいた絵が、写真とは違って、やわらかな雰囲気で素敵でした。
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お堂のすぐそばにある、高森区のお墓のしだれ桜。
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田端区のお墓の桜です。
後ろは駒ケ岳。もう少し右に振って撮ればよかったな・・・
どこの桜も、昨年に比べると花が少ないように感じました。
同じように感じた方が多いようです。
「雪で木が傷んでしまったのかしら」と言う人もいて、ちょっと心配。
「急だけれど、ブルーベリーの剪定をした枝をもらったから、たまり場で草木染をすることにしたの。のぞきに来てね」
と、連絡をもらいました。
白い布が、ちょっとの時間で染まっていく様子が驚きでした。
当日の工程を写真で紹介します。
写真では、正確な色をお伝えできないのが残念です。

1.ブルーべりーの枝を3cmくらいに切っておく。
この作業が結構大変で、前日に準備したみなさん「手が痛い!」と言ってました。^^;

2.染めようと思う布の重量を測ります。
布の重量の倍の枝が必要。布が50gだったら、枝は100g。

3.細かく切った枝を袋に入れて、沸騰してから20分くらい煮出します。
切ってすぐの枝だなら20くらいでいいのだそうですが、切ってから時間が経っている枝だと、煮出すまで少し時間かかるそうです。
20分から40分くらいが目安。

4.染めようとする布は、前もって水に浸けておきます。
以前、草木染をした時と同様で、材料がたんぱく質の絹や毛糸はそのままでも染まりやすい。
木綿や化繊の場合は染まりにくいので、前もって牛乳に浸けては干すと言ったような作業を何回か繰り返しておくと染まりやすくなる。

5.煮出した汁を濾す。
この時、目の細かいテトロンを使うと不純物を切れに濾すことが出来る。

ほんとだ! 泥などの不純物が結構入っていたんですね。
これをきれいに濾すのがコツの一つだそうです。

6.煮出した液を50℃くらいにして、染める布を入れる。
温度を保つように、火の調節をしながら20分ほど浸す。

7.染めた布を軽く水洗いして、媒染剤を使って色を定着させる。
この時も、50℃くらいの温度を保つようにして20分ほど浸しておく。

この時に使う媒染剤によって、色が変わってくる。
この日に使った媒染剤は胴と鉄(上の写真)とミョウバン(料理に使うもの)。

写真は、銅の定着液を作っているところ。
水の約3%くらいの媒染剤を入れて液を作ります。

8.銅の媒染液で定着させた後の色。
色を見てもう少し濃くしたかったら、6.~7の工程を2~3回繰り返す。
その場合、最後は染め液の原液で終わるようにする。

9.上の布を枝の煮出した原液~銅の媒染液~原液~銅の媒染液~原液と繰り返したもの。
写真ではちょっと分かりにくいのですが、色が一層濃くなっています。
乾かすと色が薄くなるので、自分の染めたいと思う色よりちょっと濃めの色を目指して染めたほうがよさそうです。

鉄の媒染液を作っているところです。

絹のスカーフを染めたものです。左から、鉄・ミョウバン・銅の媒染液を使いました。
枝を煮出した原液は同じでも、媒染液でこれだけ色が変わってくるんですね。
それぞれ、本当にやさしい美しい色の染まりました。
光の当たり具合で、それどれ、ピンクや緑、紫がかって見えます。
この日は媒染液を3種類も作ったので、午前10:30から初めて午後4:30頃までかかってしまいました。
絹のスカーフの他に、着物の胴裏などを染めて裂いて裂き織りにするのだそうです。
どんな織物が出来るのかすっごく楽しみです。
富士見町のパノラマスキー場で、スノートレッキングに挑戦。
一人で歩いて、何かあったら困るので、姪がスキーに来たのを機会に、スノートレッキングに挑戦してみました。

「かんじき」のようなものを想像していたら、レンタルで出てきたのは最新式なものでした。
かかとが自由に動くので、思ったより歩きやすかったです。

底にはスパイクが着いていて、登り坂でも滑らずに歩けます。(・・・私でも・・・^^;)

コースの始めは林の中。晴れていても日陰なので、結構寒い!
緩やかな坂を下りながら、帰りの最後にこの坂を上るのだとちょっと怖い。

スノートレッキングのコースは踏み固められているので、歩けます。
誰も歩いていないところに踏み入れるとこうなります。
ストックもズブズブ雪の中に埋まってしまう。
立とうとひざを付けばひざが埋まる。おしりは埋まる。
雪の中に気持ちよく倒れこんで、立てなくなった姪っ子です。(もちろん!私は笑ってみていました・・・ ^^;)

中年(と、見受けられる)ご夫婦と何組もすれ違いました。
若者たちは、こんな傾斜でそり遊びをしていました。
いやはや・・・滑るのは楽しいけど、登るのはきつそう・・・
「山頂制覇!!!」を目標に歩き始めたのですが、この写真の右上の奥に進まねばなりません。
出発が遅く、すでに夕方の3時頃だったので、山頂は断念して帰ってきました。
山頂へは、ここから70分かかるそうです。往復で2時間10分。
山頂を目指すためには、午前中に出発しなくてはだめですね。

姪っ子は、この後もスキーを楽しんでいました。
いや、普段歩いていないので、疲れました。
でも、千葉からの若者のグループは午前から昼食を挟んで、上記の傾斜で十分そりすべりまで楽しんだそうです。
林の中を歩いたり、傾斜でそり遊びが出来たり・・・相当、雪の山を楽しめますね。
富士見のパノラマは、交通の便のよさでは他のスキー場に比べて群を抜いています。
スキーをするだけではなく、雪を見たことのない人たちが雪を楽しむスキー場としても魅力のある素材のあるところです。
冬の雪山の魅力を手軽に楽しめます。
ぜひ、一度体験してみてください!
2月5日 長野県企画局企画課の主催で
「市町村ブランドセミナー ~ブランドで地域を元気に!~ 」があり、役場の職員と一緒に勉強に行ってきました。
「なるほど!」と、うなってしまう話ばかりでした。
このセミナーのタイトルは「ここが足りない、あなたの市町村」
講師は、ブランド総合研究所 代表取締役社長 田中章雄氏
全国の実例と、3万人以上の消費者のアンケートの調査データーを元に、市町村のブランドづくりのヒントをいただこうと言う企画です。
実例の一つ
茨城県の「おみたまプリン」
こだわりの究極のプリンを作ろうと始まった企画
この地域は養鶏が盛んで、その卵を生かしたプリンを作ろうと言う事になった。
有機飼料で育てられた平飼いの鶏の卵。
でも、いまどきそのくらいの卵ならいくらでもある。
そこでこだわったのが、初生卵だけを使って作るという事。
初生卵と言うのは、鶏が始めて産む卵の事。
卵が小さく、一般的に流通していない。
小さいが、こくがあると言われている。めったに手に入らない卵。
その上に、こだわりにこだわって、一流のシェフやパティシエの作ったのプリンを
世界的に有名なデザイナーの器を茨城県の天心焼陶芸のうつわに入れて販売した。
一羽の鶏が一生に一度しか産まない卵だから、数もたくさんは作れない。
月に限定 70個
2個組みセットで 1万円!!
贈答用・最高級品の 「おみたまプリン」
でも、この値段でも利益はほとんど出ない。
(★こんな高いプリンを誰が買うんだ!?)
ところが、朝のニュース番組で取り上げられた事から全国的に有名になる。
こだわって作ったプリンが、「希少性」「神話性」「物語性」「話題性」と言う付加価値がついて、消費者が勝手に行動してくれるようになる。
しかし、一時的に話題になってプリンが売れても、地域活性化にはならない。
そこで、地域資源の卵・牛乳・にら・米を生かした体験型のアグリカルチャーショッピング施設の「KURENAI」事業が展開していく。
地域資源を集めて、そこにしかない資源を作り出す、組織づくりが大切
★すごく面白い話でした。
こだわりが多ければ多いほど、それが消費者には付加価値となってブランドとなる。
差別性・優位性をいかに付加価値として商品に乗せていくのか、と言う事が大切なんですね。
講演の後はパネルディスカッション
安曇野市と佐久市の事例発表
住民参加でブランドをつくる ~安曇野ブランド構築に向けて~
安曇野市は、5市町村が合併して誕生。
本年度、新たに「安曇野ブランド推進室を新設
公募により、元映画プロデューサーの中川氏を推進室長に迎えて、まず市民の声を聞くことからブランド構築に挑んでいる。
もう一つの事例発表は佐久市の「ぴんころ地蔵」
衰退する商店街の活性化のために「山門市」を復活させ、「ぴんころ地蔵」を建設
昨年、11・12月で、問い合わせのあった参拝者だけで2万人の集客。
そのほか、「ぴんころグッズ」も多種にわたり、好調。
ここのポイントは、なんと言っても誰でも一度聞いたら覚えられる「ぴんころ地蔵」と言うネーミング。
ブランドシンボルの「ぴんころ地蔵」のアイコン化がポイント。
講演のキーワード
こだわりが消費者に伝わると「ブランドになる」
「ブランド」とは何か? 「商品と組織に対する消費者からの評価と期待である」
2月3日の節分の日は、全国的な雪。
富士見町でもこの冬、2度目の本格的な雪。
温暖化で雪も少なく、いつもの富士見町の冬の景色にほっとしたりして・・・

雪の我が家です。

最近、年のせいかあまり散歩に行きたがらないブルート
でも、雪が降ると子供みたいにうれしいらしい・・・

ぴょん、とせぎを飛んだのはいいけれど、体がすっぽり埋まってしまった・・・^^;

降り積もった屋根の雪。重みで下にずれて来ています。
これが「ドーーン」と落ちる音がブルートは大嫌い!

雪の下に保存しておいたニンジンを掘り出しました。
青い網に入れて、小分けして保存してあります。

我が家まで200mほど、砂利道があります。
同じ集落の人が重機で除雪してくれるので、本当に助かります。m(_ _)m
こんなところにも、集落に住んで地域で助け合って暮らしていると、感謝するところです。
1月13日は富士見町の成人式
今年は、代表で実行委員会を立ち上げ、成人自らが企画・運営する成人式が行われました。
議員になってから、毎年役特で出席させて頂いていていましたが、いつもご両親にも見せてあげたいと、心苦しく思っていました。
今年は、会場も広いグリンカルチャーに移し、後ろの席でご家族も式の様子を見守りました。
町の主催の成人式
・来賓の挨拶
・成人の主張
・恩師のメモリアルトークが終わった後に椅子が片付けられ、記念撮影。

それからは、成人主催の成人式です。

南中学校卒業生の飯島君がお母さんのピアノ伴奏で「春の海」の演奏
この後に、同じく南中卒業生のオペラの独唱もありました。
多彩な卒業生たちですね。

成人式を運営した役員のみなさん
初めての企画で大変だったことと思います。

ステージの後ろに飾られた「夢」の文字
近くで見ると、みんなの写真で書かれていました。

「夢」の文字の周りに、みんなの夢を蛍光ペンで書き込んだそうです。
それがライトに浮かび上がって、星のように見えるのを狙ったんだそうです。
若者らしいアイディアですよね。
見事にみんなの夢が星のように輝きました。

くじであたった人に、「自分の夢」や、「友達へのメッセージ」をインタビュー。
突然、マイクを向けられて、すぐにしゃべるのは、なかなか難しかったようですが・・・

立沢地区の大凧の枠を利用して、成人の保護者が作った凧が、会場に飾られていました。
今年の成人が、本郷小学校の4年生のときに、この大凧をあげたのだそうです。

最後に、実行委員の提案で、保護者のみなさんも一緒に記念撮影。
「こんな馬鹿な事、やってるところないと思うけど、親もみんなで一緒に写真を撮ろうよ!」
そんな呼びかけに胸が熱くなりました。
「この機会に、自分の名前の意味を考えてみよう」
「自分の名前には、どんな思いや願いが込められているのか、家族で話題にして話し合い、考えてみよう」
青年の主張では、そんな提案も。
「みんな、年金のことについてどう思う?」
司会をしていた実行委員からは、そんな問いかけもありました。
まじめだなぁ~
昨年の夏に、同級生の一人を癌で失ったとの事。
青年の主張でも、
「今、普通に生きていることに感謝している。これからの社会を担っていくのは間違いなく僕たち、そして次世代を作るのも僕たちの子供たちです」
命についても深く考えた成人たちだったと感じました。
記念撮影には、友人の胸に抱かれた写真も参加していました。
日本中では、成人がお酒を飲んで暴れたなんてニュースも聞きますが、
「こんな素敵な手作りの成人式を迎えたところもあるんだよ。」と成人たちに胸を張ってほしいですね。
おめでとう!
そして、ありがとう!!
あけましておめでとうございます。(ちょっと遅い! ^^;)
元旦の朝は、集落の神社で拝賀式。三が日は実家でのんびり・・・ 5日は商工会主催の交歓会。6日は出初式・・・
と、すごしていたら、あっという間にもう7日になってしまいました。 m(_ _)m 。
富士見町には38の集落があり、その各集落に神社があります。
おそらくどの集落でも、元旦の朝は神社で集落の役員さんを中心に区民の人たちが集まり、一年の始まりを迎えるのだと思います。
田舎の暮らしの中には、確かにわずらわしいと感じることもあります。
でも、こんな時勢だからこそ、こうした地域の中で培ってきた暮らしの中に身を置いていることを誇りに感じ、感謝します。
元旦の拝賀式の後は、消防団が集落の各家を回って、一年間火災に合わないように屋根に水を掛けて回ってくれます。

我が家のすぐ横を流れるせぎをせき止めて取水。
↑これで水をせき止めてポンプでくみ上げて放水します。

冬の水は冷たいのに・・・本当にご苦労様。ありがとうございます。
放水場面は、写真を撮る前に終わってしまいました。(ははは・・・)
6日は、恒例の出初式。

例年に比べると暖かく、はしご乗りもちょっと安心してみていられました。
例年はあまりの寒さに見ている方も、体が固まってしまうです。
それにしても・・・
温暖化の影響を本当に切実と感じる近年です。
さすがに、メディアの載ることが多くなったようですが、今すぐに大きな政策を打ち出さないと遅いじゃん!
多くの人がそう思っているはずなのに、日々の生活にすぐに反映されない現実っていったいなんだ。
とにかく、自分に出来ることからはじめよう。
みんながそうして行動を起したら世の中が変わるから・・・
<蛇足>
2日は毎年実家で恒例の「書初め」
実家に溜まっていたメンバーで好きな言葉を書きました。
ちなみに夫・ジェルミの書初めは「経理部長」
今年は再び、集落の役員で経理部長に就任。
きゃぁ~ 大変な一年だぁ~

私は、大好きな相田みつをさんの言葉を選びました。
「しあわせは いつも自分のこことがきめる」
息子にすすめられて年末年始に「一リットルの涙」と言うドラマのDVDを見ました。全部で11話。
昨年の6月に帰ってきた時に「絶対に見てね」と言われていたのですが、11話も見るのは大変すぎ!
でも、今回帰ってきて見ていない事を知ってがっかりさせたし、折角のお正月。
たまに、ドラマを見るのもいいか・・・と泣くのは分かっているので、みんなに分からない時間帯にこっそりと見ました。
あまり、泣きすぎて毎回頭が痛くなりました!
どんな状況でも、前向きに生きる事。
私に出来るだろうか・・・と深く考えさせられました。
かなりの覚悟を持って、ご覧になることをお勧めいたします。
新しい年を迎える準備
池袋の集落の地区社協のふれあい会で、子供からお年寄りまで参加しての門松作りをしました。
この門松作り、一週間前から準備をしていました。

トラックで、区民の松林から松を取ってくるところから・・・

わらは、しごいてきれいにしてから丈を揃えて、一個分づつ束ねておきます。

竹は切り口の角度をあわせて斜めに切ります。
これは、かなり高度な仕事。

切った竹の切り口を3本合わせて、1組にして針金で縛ります。
同じ角度で切ってあるのですが、竹の節があるのでごろごろしてなかなかうまく組み合わせが出来ません。
門松作りの準備って結構大変。
おおよそ30人分くらい用意するのに、役員さんで朝から夕方までかかってしまいました。
*******************************************************
さて、門松作りの当日。

当日は、インド留学中の息子たちも冬休みで帰国中。
しかも、同じインドのインターナショナルスクールに行っている息子の友達が大阪から3人遊びに来ていて、我が家だけでも大人数の参加になってしまいました。
残念ながら、境小学校はインフルエンザが流行っていて学校閉鎖の真っ最中!
子供たちには外出禁止令が出ていて、参加できませんでした。

小学生は参加できなかったのですが、お年寄りがたくさん参加してくれました。
準備した甲斐があった… ^^;

缶に巻きつけたわらをきれいに編んでいきます。
これがかなり大変。
今まで何回か作り方を教わっているのですが、何年か後に教わる時にはもう忘れてしまっています。
やっぱり、せめて毎年作らないと覚えられないですね。

ジャーン! 完成品です。
これは息子が作ったものです。
地域の材料で手作りの門松を飾って新年を迎えるなんて、すごい贅沢ですよね。
これで、いい年が迎えられそう・・・・?
9月議会は、6日から19日までの日程です。
その間に、8日には境保育園、15日には境小学校の運動会が開かれ来賓として招かれました。
議員になってから、いろいろな会への出席があるのですが、運動会は私にとっては楽しみの一つです。
議員の挨拶とか祝辞にも、ようやく慣れてきました。
保育園の園長先生の挨拶に「かっこいいところを見せてください」と言う言葉がありました。
そこで私の挨拶の中で「みんな、かっこいい人ってどんな人だろう?」と園児たちに聞いてみました。
みんな首をかしげてしまいました。 ^^
「おばちゃんは、なんでも一生懸命に出来る人だと思う。今日も走っても転んじゃったり、遅くなっちゃう子もいるかもしれない。でも、どんなに遅くなっちゃっても一生懸命にやっている人ってかっこいいと思うな。
園長先生は泣かないでって言ったけど、実はおばちゃんはものすごい泣き虫で、泣きたくなっちゃう子の気持ちはとってもよく分るの。
転んでも、泣いちゃっても、一生懸命にやっている姿を見ると、みんな見ている人たちは胸がキュンとなっちゃうんだよ」
と言うような話をしました。
思えば、なんと小さな子供に話しかける機会の少なくなったことか・・・

お父さんやおかあさんと一緒に踊るダンスは、やっぱり一番うれしそうでした。
境小学校の運動家
大きな雨雲が迫ってきていると言う情報で、校長先生はやきもきしておられました。

久しぶりで会った顔見知りの子供たちが、また成長していてびっくり。
今年の境小学校の運動会はいろいろと思考が凝らされていました。
3・4年生の「棒を回せ、頭も回せ」
長い棒を胸の前で持って走り、回って帰ってくるゲームなのですが、最初は3人くらいだったでしょうか・・・
それが徐々に人数が増えていき、最後は3・4年生が全員、赤白に分かれるのですから、15人くらいが一緒に走りました。
長い棒を回す時に、中心で支えている子も大変だし一番外側を走る子供も大変。
一人だけが早く走ってもだめだし、みんなで力を合わせて協力しなければうまく回れないと言う競技でした。
全員参加の前に「それでは皆さんのご希望に応えて」と言うアナウンスで、会場を盛り上げてくれました。
「1・2年生の玉入れも、最後のお片付け競争はどこでもやっているでしょう?でも、境小は今年は得点に反映させることにしたんです」
と、校長先生の言葉です。

「4・5・6年生の押立山の合戦」
一回戦目は全員で帽子の取り合い。
二回戦目は大将の帽子を取った方が勝ち。
三回戦目は大将の一騎打ちでした。
見ている方もなんだか興奮状態。自分の組の勝ったときのうれしそうな校長先生の顔がまた素敵でした。
最後まで見ていたかったのですが、午後から県の廃棄物条例の勉強会があり途中で失礼しました。
この日は、落合小学校でも運動会が開かれました。
少子化が進み児童数の減少が心配されている中で初めての試みとして、保育園との合同の運動会で行われました。
来年度目指すは、「来場者が一緒に参加して、一日楽しむことができる地域の中の運動会」
地域の中での小学校の役割は大きく、それぞれの地域の特性に合った特色のある運動会がか開かれたら素敵ですね。
8月上旬
私の住む、池袋区の地区社協のふれあい会がありました。
今まで関わりがなかったのですが、今年は副会長をやらせて頂き、地区社協の役割について考えて行きたいと思います。
お弁当作り
本当はご招待しなければいけない方も、お弁当作りにご協力いただいています。
基本は、皆さんに出席していただき交流を持つこと。
でも、どうしても参加いただけない方は、希望を取ってお弁当を配達しました。

まずは地域包括支援センターの指導員さんにお願いして、皆さんで軽い体操。
その後、いつも施設などで歌の指導のボランティアでをしている方にお願いして歌を歌いました。
「ふじの山」「高原列車は行く」「青い山脈」などなど・・・
「信濃の国」が皆さん一番元気に歌えたようです。
たまに大きな声で歌うのも気持ちのいいものですね。

農協のうなぎはおいしかった。毎年評判がいいのだそうです。
後は、肉じゃが、漬物、サラダ、天ぷら・・・
全部おいしかったけど、私の一番のお気に入りは、左手前の柿の葉に乗った梅ジュースのゼリー。さっぱりしておいしかった~

ふれあい会の後で、役員で話し合いを持ちました。
「ふれあい会のような会も必要だけど、地区社協の役割って何だろう・・・」
「何かあったときに、誰がいないってすぐに分る関係が必要」
「都会でよく耳にするような、孤独で知らないうちに亡くなっていたなんて事がないようにしたいよね」
「役場や民生委員は、個人情報保護法で、知っていても情報を漏らせない。地域のご近所なら隣の事は大体知っている。それを生かすのが地区社協じゃないか」
「独居老人のリストを作って、担当を決めるようなことも必要じゃないのか」
「以前住んでいたところで、一人暮らしの人への声がけをやっていたけど、いろいろと問題があって難しかった」
「災害の時も誰が困っているか、すぐに把握できる」
「でも、災害のときは自分を守るのが精一杯で、責任は持てない」
「お年寄りだけじゃなくって、子供たちのことも考えて行きたいね」
などなど・・・
皆さんからたくさんの意見が出されました。
最終的に結論が出せるようなことではないので、とりあえず、自分の地域の一人暮らしのお年寄りや子供たちのことを意識して気をつけよう。
次回、10月に白林荘・ふれあいセンターの見学を予定しているので、自分で気をつけて暮らしてみて、、気がついたことなど、また話をすることになりました。
「一番大切なのは、こうしてみんなで話をすることだね」と言う事で、皆さんの意見が一致しました。
これまた、7月28日。「日本住宅会議」の知り合いの方から、富士見町で会議をやるのでパネラーになってくれないかとお誘いを受けました。
「『住宅会議』すら知りません」と言ったのですが、「自由に話していい」と言っていただいたのでお受けし、20分話をさせていただきました。
何より、「選挙の時の街頭演説を聴いて頼もうと思った」と、言っていただいたので・・・
第23回 日本住宅会議セミナー 「地域の再生と創造を考える」-居住文化は地方から
次のような趣旨で開催されました。
「人間が住むに値する居住地域をどのように構想し、創造していくか、私たちの21世紀の課題です。安心して心休まる、人々の誇りとなる地域を作るのは地域の人々でしょう。そうした意味で『居住文化は地方から』をテーマに今後継続的に取り組んで行きたいと思います。そのスタートのセミナーとして地域創造のための自治的活動を取り上げます。・・・(略)」
以下が当日のプログラムです。
●特別講演「地域の再生と小さくても輝く自治体づくり」 長野県阿智村 村長 岡庭一雄氏
●パネル・ディスカッション「地域の再生を創造を考える」
「合併問題と原村の姿」 原村議会 議員 菊池敏郎氏
「住み慣れた地域で最後まで自分らしく生きる」 諏訪市・NPOこころ理事長 金子智子氏
「飯田市における中心市街地の再生プログラム」 飯田まちづくりカンパニー常務取締役 松村茂利氏
「富士見町の新たな町づくりへの挑戦」 富士見町議会 議員 エンジェル千代子
20分以内と言う事だったので、原稿を書いていきました。
読んでも20分はかからない、と思っていたのにちょっと話を膨らませたら超過してしまいました。 ^^;
以下が原稿です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「富士見町の新たな町づくりへの挑戦」
合併問題が起こっているときに、阿智村で行われた「小さくても輝く自治体フォーラム」で村長のお話を伺っております。本日は同じ場でお話をさせていただけると言うことで、大変光栄です。 また、大変に立派なテーマをいただいて困っておりますが、自由に話してよい、とのことでしたので、この富士見町に暮らして感じていること、住民の皆さんと共に取り組んでいることなどをレジュメに沿ってお話ししたいと思います。
この経歴をごらんになって、なんで議員をしているのだろう・・・思われる方も多いかと思います。実は本人が一番不思議に思っているのですが、話の中で触れさせていただこうと思います。
★田舎で子供を育てたい。
「豊かな自然の中で、小規模校の魅力ある教育」
私の夫はイギリスの田舎で育ったので、子供は絶対に田舎で育てたいという強い希望を持っていました。私も同じように考えていましたので、何箇所かよさそうな場所を見てみたのですが、最終的に、富士山も八ヶ岳、甲斐駒ケ岳まで見える、この富士見町の現在の場所に住むことを決めました。
富士見町でも少子化が進んでいるのですが、一学年一学級という小規模校のよさを充分生かされた教育をしていただいたとおもいます。学校の先生・生徒はほとんどみんなの顔や名前を知っている。各集落ごとに「地区子ども会」があり、学年を通じた独自の活動がること。田んぼのスケートリンク、畑作り、木造校舎などなど、この地域で育てられたことに感謝しています。
私が一番よかったと思っているのは「富士見だいすき」と郷土愛を持つ子供に育ってくれたことです。正直、こうした地区ごとの文化活動が消えつつもあるのですが、また反面、地域に開かれた学校を目指し、マレットゴルフや料理教室など地域の方を講師に迎えた授業や、子供たちの活動に地域の方の参加を募るようなことも盛んに行われています。
議員になってから、地元の農村の元気なおばちゃんたちとも知り合い、皆さんと共に、地元で取れた安心安全な顔の見える野菜を学校給食に食材として提供する活動も4年目に入りました。
★小さいから行政を身近に感じる。
「ごみの事も水のことも私たちの問題」
私は、千葉市の駅から3分ほどのところで育ち短大を卒業するまでをすごしました。市役所も県庁もそう遠くはありませんでしたが、千葉市で暮らした年代が若かったせいもあり見学で行くくらいしか経験がありません。
その後、北海道の大きな牧場で研修生として働いた後に、動物王国で7年ほどを過ごしました。その、北海道の王国を出てから、4人の子供を産み育てたのは船橋市でも、政治とか行政を身近に感じたことはありませんでした。
でも、この富士見町で暮らし始めて気がついたことのひとつとして、ゴミのことも水の問題も自分の生活にとっても身近なこととして感じるようになりました。これは、引っ越してすぐに知り合った人の中に、当時富士見町の議員をしていた人がいて水やゴルフ場問題ではの問題でと言うことも大きな影響だったと思います。日々の暮らしの問題が、すぐ近くにある役場と近いものと感じました。
やはりいわゆる新住民のお隣さんと初めて役場を訪れたのも、「ゴミの分別を始めてほし」いと言うお願いでした。小さな自治体だからこそ、自分たちで言っていけば変わるかもしれない、意識が芽生え始めたのだと思います。
そのときのゴミの分別の要望の役場の対応はちょっと残念なもので「あなたたち都会から来た人間はそうやって都会の暮らしを押し付ける」と言う返事でしたが、時代の流れで、それからすぐに分別収集が始まりました。
1万5千人の小さな自治体だからこそ、行政を身近に感じることができるのだと思います。
★議会制民主主義とは
「この仕組みの中で、どうやって町民の意見を反映しているのか?」
富士見町で暮らし始めてしばらくして、手話講座と言うものに参加しました。手話を1つのコミニュケーションの手段の一つとして関心を持ったので、子供たちと一緒に参加しました。
そんな活動を続ける中で、「障害を持った人も、出る場所さえあればもっと地域に出られるのよね。そういう場所を造らない?」と言うある人の呼びかけをきっかけに、同じ気持ちの仲間が集まりました。場所を無料で提供していただくなど、たくさんの方の協力を得て、聾唖者を中心とする生涯を持った人たちと共にリサイクルショップを併設したパン・ケーキなどを売る店を運営していました。
実績を積み、3年ほどたったところで、行政として富士見町に作業所を作ってほしいという要望を出しました。その時の私たちの強い希望として、「富士見町の中心部で人の集まるような場所に、自然に障害者が関われるような場所がほしい」と言うものがありました。そういった要望を元に場所も何箇所か見て、私たちの意識の中では「今、行政と相談をしている最中」と言う認識がありました。
でも、突然、町議会に行政から「この場所に共同作業所が作りたい」と言う提案がなされ賛成をされ決定されました。私たちにとっては、突然の話で足をすくわれたような気がしました。
そのときに、「私たち住民の希望はどのように反映されるのですか?」と役場に伺ったところ
「議員さんたちは町の代表ですからその議員さんたちにお聞きすれば住民の意見を聞いたと判断します」と言うものでした。
この時から、「この代表民主主義という議会制度民主主義の制度の中に、私たち住民の意見がどのように反映されるのだろう」と言う疑問が、私の中に強く残りました。
子供たちをこの富士見町で育てられたことへの感謝の気持ち、先ほどお話した私たちが応援していた議員さんが3期を終えたところで出馬してくれなず、後継者がいなかったこと、そしてこの「議会制民主主義」への疑問。これらの思いが重なり、現在、富士見町町議会議員をするに至っています。
★よそ者から見た富士見町の魅力
「このままでは、日本中がどこに行っても同じになってしまう!?」
私の夫はイギリス人です。私も一度だけイギリスを訪れたことがあるのですが、長い歴史を持つそれどれの地方で、その営みの中から特徴のある、美しい風景画作り出されていました。とりわけ、夫はこの「景観を守る」と言うことについては日本に対して厳しい認識を持っています。「景観を守ることで土地の価値が上がる。」といつも言っていますが、日本ではまだまだこの「景観」に対する認識が低いようです。
この富士見町も私たちが引っ越してきたH2年から比べても随分変化してきています。
ホームセンターや大きな店の進出もありました。それに伴いどこの駅前通りや小売店が抱えている問題が起こっています。
このままで行くと、日本中どこに行っても同じような景色になってしまうのではないでしょうか?
都会からの移住者が増え、集落によっては、地元の住民よりも移住者のほうが人数が多くなり、逆転したところもあります。また、集落の中にも都会的な家屋が目に付くようになりました。
日本中、さまざまな文化があり、その地域に根付いた暮らしから生み出された美しい景観があります。
私もすべて開発がいけないとは思いません。地域振興・発展のために必要な開発もあります。でも、だからこそ、今でももうすでに遅いかもしれませんが、ゾーニングをして守るべき場所を決める必要があると思います。
地元で生まれ育った友人に「私たち、ここで生まれてここで暮らしてきたものにとっては、『水がきれい』『山の景色がすばらしい』そんなの当たり前なの。でも、よそから来た人たちにそういわれ続けて最近「そうなのかな・・」って思うようになったわ」と言われました。
ここで生まれ育った人にとっては、それはごくごく当たり前の景色、当然のことが、私たちのようによそから来たものは宝物と思えるようなものがたくさんあります。この地に生まれ育った人と、この地を望んで来たものとの大きな違いです。
地元の人には見えないよさを、まずは地元の皆さんに知らせていくことが私たちいわゆるよそ者の務めではないかと感じています。そして後世に守り受け継いでいくことは大切だと考えています。
★住民が主体の町づくりを目指して
「現在進行中の『灰溶融炉建設反対』の住民運動から見えてきたもの。住民運動の延長上にあった選挙。」
この1年半くらい、富士見町で建設予定の「灰溶融炉」の問題にほとんどのめりこんでいます。
(ここでちょっと「灰溶融炉の説明をしました。)
私も最初も役場からの説明を聞き、「循環型社会形成に必要な施設」との認識を持っていました。
しかし、「本当に大丈夫でしょうか?子供も小さく心配しています」と言う地元の若いお母さんから「灰溶融炉の事故について書かれた一冊の本を渡さました。それを機会に自分でも調べたり、同じ思いの住民の皆さんと勉強会や情報交換を重ね、専門家の先生の講演会も企画し、「この施設は造るべきではない」との結論に達しました。この問題を通じて明らかになったことは、行政が住民に説明するときはすでに、建設が決定され事業がすでに進められていて、そこにどんなに住民の不安や反対の意見があっても、姿勢を変えることは大変に難しいと言うことです。
また、住民の中には、その問題の本質のところではなく、「役場のやっていることに反対している」と言うことに嫌悪感を感じてしまう人も多いこともかんじます。
大きな国の政策の中で小さな自治体が揺れ動かざるを得ない、でも、小さな自治体だからこそ、そこで真実を見つめるために戦いたいという思いも強くしています。
前回の県議選ではそんな住民運動の中から、私たちの代表を県に送ろうと言う動きにもつながりました。
住民運動の延長上に、意思決定機関である議会に自分たちの代表をどうしても送り出したい、と強く願うようになりました。
富士見町では、6市町村合併についての住民投票が行われ、2/3で自律を選びました。
このときにも同じように、合併に対していい話ばかりが行政からは説明されました。
行政事務を進めようとする行政側から出てこない情報はたくさんあります。その情報を住民にいかにわかりやすくどんな方法で伝えるのか、住民運動をしながら一番悩むところです。
住民は自ら判断したことには、それなりに納得して責任を持つことができます。すべてのことに住民投票で決めるわけには行きません。しかし、日本全体が、そしてどこの市町村も財政が厳しいこの時勢に、協同の街づくりと叫ばれて久しい訳ですが、それが真の意味での協同となりうるように、行政はもちろん、やはり住民自身も主体性を持ち自分たちの暮らしに関心を持ち続ける必要があると思います。
私は、議会が住民の代表で構成されるのなら、いろいろな立場・さまざまな年齢の人が参加すべきだと考えています。私は一人の主婦、そして母親の立場で参加することにこだわっています。
その中で本当に素朴疑問に感じることも多く、これからも「いったい議員とは何なのか」と悩みながら、本当の意味でも住民が主体となる街づくりのために、住民の皆さんと共に活動していきたいと考えています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*各報告の後に、東京経済大学教授 大本圭野さんがコーディネーター役で質疑・討論・意見交換がありました。
それぞれの皆さんのお話が興味深く、参加させていただいてよかったです。
毎年、7月最後の土曜日に富士見町の祭り、富士見OKKOHが開催されます。
遅くなってしまったのですが、いい写真があるのでご紹介・・・
お祭りの最後は踊り連。
学校、役場、商工会ばどなど各団体で参加し、皆さん思考を凝らした衣装や振り付けで踊り、競い合います。

議員も毎年参加するのですが、やっぱり若い人たちの現代風の振付けや元気な踊りには圧倒されます。

ここまでやっていただければ、何も言うことはありません。
楽しませていただき、ありがとうございます。
境小学校6年生の保護者の皆さんです。

舞台の上では富士見太鼓のみなさん。
日本のお祭りにはやっぱり和太鼓がなくちゃ。
折った肋骨の痛みもだいぶ治まりました。 ^^;
次女がカナダの大学の友達と入笠山に登ってみたい、と言うので、ついでにゴンドラに乗り、開催中のアツモリソウ展を見に出かけました。
5月の臨時議会では、「富士見町のアツモリソウ保護条例」も可決されています。

会場にいた、地元の方に伺ったところ、「子どもの頃には、草刈がまで刈るほどの群れがたくさんあった」そうです。
春の山菜を取りに山に入り、アツモリ草の花でほおづきのように音を鳴らして遊んだのだ、との事。
「紫の色で唇が真っ赤になった」と懐かしそうに話をしてくださいました。
今では、もったいなくって花を摘んで遊ぶ事なんか出来ませんね。
昨年、入笠山の全域をボランティアの方々で調査をした結果、自生の6株だけ発見したとの事です。
しかも、花をつけていたのは、そのうちの2株のみ。
本当に希少植物になってしまったと言う事です。

このプックリとふくれた部分が、ほてい様のおなかのようだと言うのが名前の由来だそうです。
何だか、食虫植物のようではありませんか・・・?
特定指定希少野生植物に指定されているのは、アツモリソウとホテイアツモリソウとあるそうなのですが、現時点では、富士見町で確認された植物がどちらに属するのか分類学者でも判断が出来ない為に、
当面「富士見町のアツモリソウ」と言うことになりました。
でも、「富士見町」をアピールする為には、かえって良かったですね。
富士見町のホテイアツモリソウは紫色ですが、その色も、固体により全然違うのだそうです。
富士見町では5月臨時議会において、国の「特定国内希少野生動植物」に指定されているアツモリソウの保護活動に取組むために「富士見町のアツモリソウ保護条例」を制定しました。
条例制定の一番の目的は、町民のみなさんのアツモリソウ保護に対する関心を高める事。
今月からは、自生地の保護のために、毎日監視員が自生地の監視に当たるそうです。
この「監視員の権限」については、注意するまでが限界。
任意で荷物を見せていただくのが限界だそうです。
手順としては
「監視員が注意をすると同時に町長に報告。町長は警察に報告し、報告した時点ですべての対応は警察に委ねられる。」
「もっと厳しい罰則を設けては」
「どうせ条例化するなら、他の植物についても考えるべき」
などの意見も出されましたが、
「時代的な背景を考慮して、将来的に条例改正も視野に入れる」
と言う話でしたので私は、条例制定に賛成しました。
希少野生植物のマツモリソウを保護したり、町民のポランティアで山野草を植えたり・・・
私も出来るかぎり協力をしたいと思っています。
でも、そのことととパノラマスキー場の話は別に考えないといけないと思っています。
富士見町女性団体連絡会 主催で「富士見女性懇談会」が開かれました。 女性の皆さんから、活発な提案がなされ有意義な会でした。
・・・そして最後は、やっぱり灰溶融炉・・・ ^^;
~女性たちから町の活性化の声を!~
を、目的に、富士見町のさまざまな女性団体の方から理事者に対して意見が出されました。
懇話会の最初の意見は、更生保護女性会の方からの
・共同作業所赤とんぼの資源物リサイクル事業について。でした。
更生保護女性会では、月に一度、赤とんぼに作業の手伝いに行っているそうです。
赤とんぼで販売しているトイレットペーパーを役場でも使って欲しいという提案でした。
町長は、使うようにしましょう、と返事をしました。
良かったです!
色々な方が、赤とんぼを支援して下さっているのですね。ありがたいです。
そのほか
婦人教育推進協議会からは
・耐震強度診断について
婦人会からは
・環境問題について
1)子供を取り巻く環境(安心・安全・食育・いじめなど)
2)ゴミ減量化(女性(主婦として)又、灰溶融炉について)
3)まちづくりと環境(災害時の安心安全など)
高原の女を語る会からは
・これからの子供の育て方と対応について
★やはり、子育てについては、意見が多く出されました。
・ボランティアでお年寄りが子供のお迎え見守りをしているにもかかわらず、親が挨拶ができない。
・若いお母さんたちのマナーについて
・子育てよりも親育ての時代だ。
・三歳児神話についてどう思うか などなど
これに対して教育長から、
新年度から“ファミリーサポート事業”をする予定とのことでした。
子供を自宅で預かってもいいと言う人に登録をしてもらい、家庭的な雰囲気で子供を預けることができる、という物です。
また、落合小学校に“子育て支援センター”の事務局をおく予定。
現在O~3歳児の子育て支援をしている“AIAI”がNPO法人化され、町が予算を出す方向で検討されているようです。
災害時については
・災害時の婦人会の役割
・声をかけられるのを待っていないで、手を貸そう。 などなど
灰溶融炉については、「反対の人は反対ばかり言っていて、代替案も出さずに、首をひねる」との、ご意見でした。
町長からも、未だに反対の人から代替案が出されていない、との発言がありました。
それって、責任の転嫁ではないでしょうか?
最後に議員が意見を述べる機会を頂きましたので、「行政が代替案も出さずに、灰溶融炉しかありませんといっている事が一番問題。究極の代替案はゴミを減らす事」
と、言いましたが、分かっていただけてはいないようでした。
昨年の10月にNHK山梨が放送したニュースに次のようなニュースがありましたよね!?
「大月都留広域事務組合が4年前に焼却施設と合わせて46億円で建設した灰溶融炉施設では、一昨年1年で稼働したのは21日間だけ。対象となる焼却灰の10%しか処理できなかった。」
或いは、
東京の多摩川清掃工場では、焼却炉と灰溶融炉が設置されていますが、焼却灰の量(約30t日量)が灰溶融炉の運転に必要な灰の量とが合わず(約35t日量)ストックしながら運転しているそうです。
灰溶融炉施設、そのものに疑問を感じている私たちが言いにくい話ですが、暫定的措置として、こう言った施設に灰の処分をお願いする、或いは民間委託するほうが、施設を建設するよりもずっと安く済みます。
その間に、技術が確立するまで、灰を保管する考えにのっとった、処分場を作るべきだと思います。
灰溶融炉を作っても、最終処分場はどっちにしろ必要なわけですし、何の解決にもなりません。
一般質問でも、何回も言っていますが、何の役にもたってないですね。
今回の話は、懇話会の話でした!
最後に会長の平出美代子さんから、「いい会であった。今度は女性団体で、模擬議会を開いたらどうか」と言う提案がありました。
大賛成です! 思わず手をたたきました。
皆さんの意見を町政に反映させる機会は、できるだけ多い方がいいですよね!
「灰溶融炉建設からゴミ問題を考える」の特集号として、私の活動報告の「富士見に元気を連れてこよう!」を、明日の4日の新聞折込に入れます。
私なりに、灰溶融炉の問題点を整理して、分かりやすくまとめたつもりですが、今まで問題意識のなかった方々にも、分かっていただけるかどうか、ちょっと心配です。




1月7日雪の中、午前中は消防団の出初式
午後からは、成人式が行われました。
途中、吹雪く中、機械点検やポンプでの放水、行進と拝見しました。
私たち、招待された者は思いっきり着込んでいるし、近くにドラム缶で火が焚かれています。
でも、消防の皆さんは法被姿。いくら下に来たとしても知れています。
しかも地下足袋での式は、寒くて大変だったと思います。
私たちも後ろからの雪の吹きつけは応えました。
さすがに今年は梯子乗りは中止でした。

出初式後、町民センターで表彰式が行われました。
皆さんの活動のおかげで、私たち住民は安心して暮らせるわけです。
「サイレンが鳴ると、利用者さんをお風呂に入れていても消防団は飛んで出て行くのよ」と、デイサービスで働いている友達に聞いた事があります。
正直、毎年の表彰式くらいでいいのかな・・・と思ってしまいます。
いつも想っているわけではないのですが、こう言った機会につくづく皆さんのご苦労を考えます。
本当に感謝。ありがとうございます。
午後からはコミニュニティ・プラザで成人式
当然、知った顔があるはずなのですが、言われずに分かったのは3人くらいしかいませんでした。
女性は着物を着てお化粧なんかされたらほんと分かりません。声をかけられて初めて、それでも昔の面影を発見したりします。

成人の主張も「成人としての義務」についてなどについても語られ、まじめに成人を捉え考えていて感心してしまいました。
配られた成人記念文集には、二十歳の想いが素直に綴られていて共感を覚えるものが多くありました。
その中の一つを紹介。
「私は小さいころ、長野県なんて田舎だし有名じゃないし、カッコ悪いと思っていました。でも、二十歳になって考えてみると、長野県の富士見町で生まれて育った事を誇りに思います。富士見町は本当に良い町です。考えてみると、本当に仲の良い友達は富士見町にいます。たくさんの人が東京や他の県に行ってしまって淋しいですが、私は、長野県に骨をうずめる覚悟です」
うれしいですね。
メモリアルトークの中で恩師のお一人がおっしゃっていました。
「一番の、おめでとう!は君たちのような成人を迎える富士見町だと思います」
その通り!
こう言う若者を育ててくれたご両親、地域の皆さん、富士見町にも、ありがとう!
また、アンケートの中で
Q 今、富士見に住んでいますか? 住んでいる 28% 住んでいない 72%
Q: 将来富士見町に住みたいですか? 住みたい 74% 住みたくない 21%
正直、若者には一度は富士見町から羽ばたいていって欲しいと思います。
広い世界の多様な考え方・価値観の中で、自らの目や体で実際に体験し、自分の価値観や生き方を見つけて欲しいと思っています。
また、富士見町を外から見て、きっと本当のよさが見えてくるのではないでしょうか?
我が家がそうだったように、子供を育てるには富士見町は最高の環境です。
でも、その時に一番問題なのが、職場ですよね。
一例に過ぎませんが、我が夫のようにインターネットさえあればどこにいても仕事ができるような職業なら、富士見町は理想的です。
若者が美しいと思い、その自然の豊かさを富士見の魅力と感じてくれているように、今のよさをいかに残して後世に引き継ぐ事ができるのか。
私たちの世代の大きな責任です。
この冬は例年になく暖かく雪が少ない。異常気象が普通になりつつある近年。
今年初めての雪に、インド留学中で冬休みで帰国中の息子たちが待っていましたとばかりに外に飛び出しました。
息子たちは17歳と15歳。いくつになってもじゃれあう姿は変わりませんね。^^;

雪を待ちに待っていたのに、明日はもう富士見を発たなければいけない。
心残りの雪だるまです。

原村から移築した日本家屋の我が家は四季折々の風景の中で美しいと思うのですが、(家の中はちょっと外して・・・^^;)雪景色の中ではまた格別です。

昨年一年間は、灰溶融炉建設とゴミ問題で過ぎ去った気がします。
本当はルバーブのように富士見町の特産物の開発や、たまり場作り・農村よっちゃばりなど、町づくりに前向きな事だけををやっていたい。
同じエネルギーを使うならその方がどんなに楽しいでしょうか。
でも、今、一番何をやらなければいけないのかと言えば、それはやはり灰溶融炉の建設問題です。それが、差し迫って目の前に立ちふさがっている大きな問題だから。
ほとんど毎日、夜床についてからも考えていて、朝、目が覚めても考えている。
これだけのエネルギーをほかの事に注いでいたら結構な事ができるんじゃないかと思います 。^^;
新しい年を向かえ、今年も私にできる限りの事して、この計画の中止のために努力する事を年頭の一年の誓いとします。
5月14日(日)に富士見町全町にチラシを新聞折込しました。
今回はパノラマと灰溶融炉建設についてに絞って書きました。
長女と次女が題の字やイラストを書いてくれたので、ちょっとはやわらかくなったかな・・・?
富士見に元気を連れてこよう 18年5月14日発行
→ Download file
ドジをしました。 (-。-;)
4パージの最後に皆さんに21日の灰溶融炉についての説明会の場所を「コミプラ」と書いてしまいました。
「町民センター」の間違いでしたので、お詫びして訂正いたします。
又、3ページ目の下から3行目の「負荷」とすべきところ「不可」となっております。
重ね重ね申し訳ありません。こちらもお詫びして訂正いたします。 m(_ _)m
今年の高森のお堂の桜は夜のライトアップもあり、幻想的でした。

千葉の実家の両親といとこ夫婦が来た時、富士見町はちょうど桜の季節。
「どこに行っても桜の多い町だね」と、従弟。
本当にこの時期、富士見町はどこに行っても美しいですよね。

「お堂桜が夜はライトアップされてるよ」
と、知人から電話をもらったので、早速見学に行きました。
思わずみんなで 「うわぁ~」と、声をあげました。
幻想的で、別世界に入り込んでしまったようでした。
富士見町では
富士見町特産品開発推進交付金事業を実施します。
これは、町内事業者・個人・団体などで地域資源を生かした特産品開発を支援し、町の活性化を図るとともに行政でも積極的なPRなど協力をするものです。
1件あたり、最高10万円の交付金の予定です。
具体的な事業の流れ
2月28日 申込書(応募用紙)の提出締め切り
提出先 富士見町役場総務課新しい町づくり係(3階)
3月上旬 審査会開催(完成製品、試作品を持って製品の特徴を説明)
採用決定
3月下旬 交付金 交付
4月より 製品PR 製品化の協力
お問合せ先
富士見町総務課 新しいまちづくり係 62-9328 有線9328
担当 平出 裕一
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富士見町特産品開発推進交付金事業実施基準 (アイディア創出交付金)
1.目的
地域の資源を使った特産物で夢や希望の持てる物、新しい感覚の製品を開発し地域活性化に貢献できるもの、特産品として販売可能なものを作成することに対して積極的に支援しその奨励をする。
町は採用製品などのPRを積極的に進める。製品開発が夢づくり、技づくり、販路づくりへの架け橋となるねらいとする。もって協働のまちづくり、町内産業の活性化を図るものである。
2、対象者
町内在住の者、町内企業、町内任意団体
3、金額
交付金額は、1件10万円以内とし見学は審査会で決定する。
採用件数は、審査会で決定する
4、採用基準
・特産品の開発 富士見町に関係したもの(お菓子、工芸品、お土産)
・地域資源を生かしたもの。
・新規に開発したもの、あるいは富士見ゆかりのものを復活したものなど。
5、審査内容
審査会開催期間 3月
審査委員 理事者、商工会、学識経験者
審査内容 応募者は審査会に製品を持参しプレゼンテーションをする。
審査の結果で採用決定する。
採用件数と交付金の見学は審査会にて決定する。
6、募集期間
2月末まで。
7、発表
3月、採用内容、交付金額を発表、4月広報紹介
8、その他
アイデアの権利関係は参加者本人に帰属
町は、広報やHPでその製品を紹介し、製品化や販路についてのアドバイスや製品PRなどに協力する。
私の住む池袋の集落では毎年1月の14日に、≪どんど焼き≫が行われます。
その一週間前の休日に、正月に使った門松やしめ縄・だるまなどを子ども会が集めて 区の理事さんたちや地域の方々と一緒に竹を組んで準備をします。
昔、子供だった方々に話を聞くと
「昔は全部子供たちで作って、夜は小屋まで作って他の集落の子供たちに壊されないように番をしたもんだ」そうです。たくましい話ですね。
集落に子供の数が減り、どんど焼きの準備も大人が主体で子供はお手伝いになりました。集落によっては子供たちに主体を移そう、と言うところもあるようです。
それでも、こうして地域の行事が受け継がれていく事はうれしい事です。

今年も14日の予定でしたが、この日はずっと続いていた厳しい寒さが緩みましたがはっきりしないお天気。
午後からは小雨が降り出し、池袋の開催場所である井戸尻考古館は霧で視界も悪くなって来ました。
午後様子を見に行って、どろどろに溶けた表面の泥に滑って転んでしまいました。
表面は溶けているのですが、下はつるつるに凍っていました。
こんな状態ではどんど焼きができずに一週遅れの21日に予定が変更となりました。

毎年、どんど焼きの時にまゆだまを作るのも楽しみの一つ。
子供たちが小さい時には、繭玉ではなくいろいろな形にしてあそんだ物です。
人参や冷凍しておいたよもぎで色をつけて作りました。
つい、何年か前まではこの柳が4本も必要だったのに、あっという間に1本だけでよくなってしまいました。
なんだか寂しい。
でも、巣立っていった子供たちにとっても、こうした地域の行事の一つ一つが心の中に深く刻まれていると思います。
こうした空気に触れるたびにここで子育てをした事に、この地に暮らした事に感謝です。

21日夜6:00から開始
厄年の方々のお払いをした後、点火。竹がはじけてパンパンと大きな音を立てます。
人間って火のはじける音を聞くとなんだか幸せな気分になりますよね。
火を囲んで、子供も大人も配ってもらったお菓子やお酒を楽しみます。こんな時にお母さんたちの情報交換の場にもなったりする訳です。^^
おき火になったところで、繭玉をくべて焼きます。この火で焼いた繭玉を食べると一年中風邪を引かないそうです。
無病息災を祈ってありがたく一週間前に作った繭玉を頂きました。(ずくがなく作り直さなかったら、さすがに硬かった!)「(´へ`;
でも、これで今年も大丈夫!?
昨年の夏から、境地区の池袋にある清泉荘で「たまり場づくり」をぼちぼちはじめています。
手鞠を教わったり、子育て中のお母さんと子供たちが遊びに来たり・・・
先日からは≪新聞紙で作るコサージュ≫が流行っています。
誰でもが自分の得意なものを教えあったりできるのも ≪たまり場≫のよさです。

コートに付けたコザージュを見て、思わず「素敵!」と、触ってみました。
「なんでできていると思う?」
新聞紙からできているとは、とっても想像もつきませんでした。
写真の色の出方で、これだけいろいろな表情の素敵な物ができるん出すね。

こうやって、花びらの形に切った新聞紙を2枚ひと組にして、3~5組作っておきます。
そして、2枚をボンドで貼り付けます。
裏に張る方は見えないので、何色でもOK!
こうして見ると、確かに新聞紙だって分かりますよね。

ボンドで貼り付けたものに、しわをつけながら鉛筆などで巻き、花びららしい表情をつけていきます。
それを重ねて、真ん中に細かく切込みを入れた芯を入れます。

私の初めての作品
なんと言っても、材料が新聞ってところがうれしい!
まったくしゃれっ気のない私ですが、これなら失くしても惜しくないしどこかに付けていこうかなぁ~
次回の1月28日にはチラシも作り、もうちょっと広範囲な皆さんに呼びかけをしようと言う事になりました。

28日の午後からは上記のコサージュと縮緬で作ったかわいいお雛様づくりもあります。
こうやって皆さんが楽しく時間を過ごせる「たまり場」になって行けそうです。
もう少し、子育て中のお母さんや子供たちが気軽によれるような工夫が必要なようです。
地域の教育力にも大きく期待しています。
私の住む池袋の集落では、毎年1月15日に初総会が行われます。
その席で前年度の事業・決算の報告、今年度の事業と予算計画が提示され区民に承認を受けます。
そう言った集落の行事では、集落から出ている議員の挨拶があるのですが、それが何よりも苦手です。
議会に出て行政に対して物を言うのとは違って、いわば新参者がお世話になっている地域の皆さんを前に偉そうにしゃべる訳ですから一般質問よりも苦手でした。
でも、その≪苦手≫な気持ちも少し吹っ切れたような気がします。
昨年の総会の時に「池袋の集落から出ているわけでもないのに、こんな席で発言するのもはばかれるのですが・・・」と思わず言ってしまったら、後日「あれは違うぞ」と、たしなめられました。
「集落の推薦で選出したわけじゃないが、地域の代表には代わりがないだろう」
確かにそうです。私は区の推薦を受けて区の為に何かをするのを目的に議員になったわけではないので、ちょっとそこに拘りすぎていたのかもしれません。
それでも、池袋の集落の住民であることに代わりがある訳ではなく、地域を代表する議員としての立場があるんだと。
上手く説明できないのですが、そこら辺のところが自分の中でようやく吹っ切れてきました。
総会では町の動きとして、協働の町づくりのあり方。
これからは何でも立ち上げる時から住民参加が求められてくる。懇談会などを開いても参加者が少ないが、いくら良い意見や要望があってもそれが行政に届かなければ意見を行政に反映させることはできない。町のやっている事に興味を持って、ぜひ参加して欲しい事。
ちょっと気になっている「灰溶融施設建設」の話。(丁度その日の午後に勉強会があったので声をおかけしました)
それと折角サル追いについては富士見町の先例としてできればいいと思っているので、その情報提供についても協力を求めました。
去年も運動会など機会のあるたびにお願いはしてきたのですが、今年も引き続きお願いしました。
すると、なんと翌日には「サルが出ている」と電話を頂きました。
ジェルミが留守だったので、取る物も取り合えず、慌ててブルーとに出動しました。
昨年の秋ごろから、富士見町全体でもサルの出没情報はめっきりなくなりました。
役場に言って聞いても「出没情報はない」そうです。
現場に言ってみると「今、いる」と言われたところとではなく、池の神社の脇と池の袋から田端に向かう道沿いの広範囲に群れが散乱していました。
神社脇のサルたちも気になったのですが、ブルートを車から出すとすぐに目の前にいた道のサルたちを追いははじめました。

サルを林にの中を追いながらしまったと思い出しました。「ロケット花火を持ってくるんだった!!」
あまり深追いしないようにブルートを呼び寄せ、すぐに神社脇の畑に行ってみましたが、すでにサルたちはいませんでした。
次にサルたちが逃げた林の右側に回りこんでみると、確かに左奥の林の中からサルの声がします。
ブルートですこしけん制をかけて、追うのはそこまでで止めました。
それ以上追うと、その向こうは先達や田端の集落になってしまい、迷惑をかけかねません。
とにかく早く情報を提供しようとすぐに役場には連絡をしました。
すぐにでも情報提供の有線が掛かるかと期待していたのですが、残念ながらまだそのシステムになっていないようです。
私たちもサルを追うときには、これ以上追ったらその向こうは集落があることにとても気を使っています。
≪今、ここにサルの群れがいるぞ≫と、とにかく早く情報を流す事が、住民の皆さんに関心を持ってもらうためにも必要だと思うのですが・・・
前回の「サル対策委員会」って何のためだったのかなぁ~

池の神社脇の畑です。ここに20頭ほどのサルが広範囲に散らばっていました。
確か蕎麦の畑だったと思います。何を食べていたのか歩いてみましたが、私には取り残しの実は見つけられませんでした。
あけましておめでとうございます。(した。???) m(_ _)m
昨年12月の議会が終わってからは、なんだか毎日が飛ぶようにあっという間に過ぎてしまいました。

暮れに池袋の集落で、地区社協の主催で門松作りの講習会がありました。
何年か前にも一度作った事があるのですが、すっかり忘れてしまっていました。
作ってみると結構楽しい。
自分で作った門松を飾って新年を迎えられるというのも、なんと豊な暮らしてしょうか・・・
お年よりも小中学生も一緒に門松を作り、その後昼食をご馳走になりました。

完成品です。あまりうれしくって、家に帰ってから実家の分も、もう一つ作りました。^^
これで又、来年も忘れずに作れるといいのですが。

同じ日、外ではしめ縄を作っていました。
小雪のちらつく中、見事な共同作業で立派なしめ縄になりました。

しめ縄は池神社の鳥居に飾られました。
これで新年を見返る準備は万全!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2006年 元旦
あけましておめでとうございます。
朝8:30から集落の神社に区民の皆さんと一緒に初詣。
恥ずかしながら、富士見に住んで初めて集落の初詣に参加しました。
きれいに飾られた神社で、地域の皆さんと一緒に新年を祝うのは新鮮な体験でした。その日の空気のようにぴんと張り詰めた緊張の中にも先人たちの歴史を感じ、ほのぼのと心がゆったりと豊になった気持ちでした。
新しい年を集落の行事の中で迎えられ、今まで経験した事のないような喜びを感じました。

毎年、元旦には消防のみんなさんが各家を回って、今年一年の無火災を祈願して屋根に放水をしてくれます。
初めて経験した時はびっくりしましたが、これも地域に残る大切な文化の一つだと思います。
本当にご苦労様です。ありがとうございました。
2日 書初め

今年は元旦から私の実家の千葉に行きました。
新年に私の実家に行った時は、2日は書初めの日です。
それは私が子供の頃からの習慣で、母は厳しく納得いくものが書けるまで一日中でも書かされました。
娘たちが生まれ、習字をするようになる頃には 2日は書初めの日でした。
ここ何年も新年を実家で過ごしていなかったので、久しぶりの書初めの日でした。
成長した子供たちにとっても、おばあちゃんに叱られながら書いた書初めは、思いで深い日々となっているようです。
今では、信じられないほど丸くなってしまったおばあちゃんも、こと習字となるとちょっと表情が変わります。
そんなおばあちゃんに書初めを見てもらうのを子供たちも喜んでいました。
家族全員が今年の目標を書初めしました。
「なんて書こう~」と悩んでる私たちを見て「もう、あきたぁ~」とブルーとが一言。
1月8日 出初式・成人式



私たち見学者はコートを着ていましたが、消防の方は皆さん法被姿です。
この日は本当に寒い日で、写真を撮るためにちょっと手袋を外しただけで痺れて来るほどでした。
その中でのはしご乗りは、見ている方も緊張で凍ってしまいそうでした。
午後からは成人式。
カナダに留学中の次女の同級生の成人式です。式に出席できなかった次女に頼まれ友達の写真を撮ろうと思ったのですが、なんと、同級生の顔が分からない!!
中学生の時の面影を探すのですが、みんな成長して顔から幼さがすっかり抜けて(そんな当たり前のことなんですけど・・・)大人の顔になってしまっていて本当に分からない。
「名前を名乗ってください」ってお願いしたくらいです。
成人式の模様は、富士見町のホームページの公民館の中の[公民館のお知ら]の中の[PHOTO GALLARY]に掲載されています。
そちらものぞいてみてください。
下蔦木の集落では、サルの農作物被害対策として、富士見高校園芸科の生徒の発案、「さる・柿合戦」を展開中です。
集落内に取らずに放置された柿が、サルの格好の餌場となってしまいます。
その柿を収穫して、地域の資源としても利用しようと言うものです。
10月25日に第一回目の、 「富士見高校生が地域を元気にするぞ!さる・柿合戦プロジェクト」があり、柿取り用の竹ざお作りと柿もぎの作業が行われました。
27日に2回目の作業をすると言うので、高校生から元気をもらおうと、出かけていきました。

柿を取るための竹ざお
前回、お年寄りの指導で高校生たちと作った物だそうです。

竹ざおの先は20センチほど切込みがあり、ここに柿の枝を挟んで折って取ります。
この日は前回の取り残しと、もう一本の「甲州丸」と言う品種をもぎ取りました。

屋根を壊さないように、屋根の上に板を引いて・・・
足場は悪いし、首も痛くなる。竹ざおは結構重い。
やってみて初めて分かる、柿もぎの大変さ。
しっかり枝を挟まないと、途中で折角はさんだ柿を落としてしまうし、
そうかと言って切り込みの奥までしっかり枝が入ってしまうと、取る時に大変。
一度落としてしまうと、柿に傷がついてしまい売り物にならない。
随分、落としてだめにしてしまいました。

ちょっと離れたところから木を見ると、たわわに実が成っているのが分かるのですが、木の下に入ってしまうと枝と枝が重なって、しかも葉が茂っているのでどの枝を挟んだらいいのかもよく見えません。

「成功!」
上手く枝を挟んで折り取れました。こんな立派な枝が取れると大満足。
このくらい、熟した「甲州丸」は、干さなくても食べられました。
これが、しゃきしゃきの歯ごたえで、甘くって最高においしい!!!

干す時のために、枝をTに残して切り取ります。
流れ作業で、効率よく。

ダンボール詰め。美しくって惚れ惚れ・・・
新聞紙でし切って、もう一段並べます。

このチラシを入れて箱詰め完了。
裏面に晒し柿の作り方も紹介してあります。

前回とあわせて、予定していた50箱のダンボール分、目標達成!!!

柿をもぎ取らせていただきたお宅の裏側。
左手の端を渡ってサルの群れが山からやって来て、ここの柿を食べてしまうんだそうです。
これだけおいしい柿なら、変に納得。
サルにとっては、まさに格好の餌場となりうる訳ですね。

終わりの会。
最後に見せていただいた、お年寄りの柿もぎの技、さすがでした。
こうやって、みんなでわいわいしながらの作業なら楽しいのですが、一人ではとても大変な事ですね。
この日の完成品は、10月30日に下蔦木の 「道の駅信州蔦木宿」で販売。評判であっという間に売れきれてしまったそうです。
今後、子どもたちはお年寄りから、干し柿作りも伝授してもらう予定だとか・・・
こう言うプロジェクトがここから広がっていくといいなあ・・・と言うのは多分参加された皆さんの感想でしょう。
サル対策から地域のつながりが生まれて、何よりも若者が地域のことに関心を持って取り組んでくれた事に感謝です。
花場にある農妓連の畑に植えたルバーブがどうなっているのか気になって、11月の中旬、職員について見学に行きました。

ルバーブの収穫
元気です。寒くなって、むしろ赤さが増します。
この日収穫したルバーブは、11月20日に隣の原村の八ヶ岳事前文化園であった「味わいフェスタin八ヶ岳」 (諏訪地方の観光事業者や飲食業者などに地元食材の再認識、地産地消の推進と観光振興を目的に開かれた)で、
富士見産の小麦粉で作ったパンと一緒に出品して、好評だったそうです。

ルバーブは内側からどんどん新しい芽が出てきます。どうなるのか、一番内側の新しい茎だけを残して全部収穫してみました。

上の写真から一週間ぐらいして「ルバーブ、すごい生命力で元気に育ってます。」と、連絡をもらいました。
本当にすごい成長の早さです。一週間でここまでになるとは騒動していませんでした。
寒くなって、益々元気です。
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乙事豆(乙事ささぎ)
富士見町で昔から作られている豆です。富士見の特産物にしようとしている最中です。

乙事豆(乙事ささぎ)
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花豆
これも、富士見町の特産物を目指している豆です。

花豆の花

花豆
JAのアグリモールの「かあちゃんの味」に時々、花豆の甘煮が出てます。
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その日、同行した職員から「マコモダケって知ってますか?」と、聞かれました。
インターネットで調べて見ると、最近、結構市場にも出回り始めているようです。
「水辺に生えるイネ科の植物で、幼茎に食用菌が寄生すると茎が筍の形に肥大し、この部分が食用となる」
「もともと中国の特産品で、現在は日本でも栽培されて、価格も手頃で入手しやすい食材。淡白な味と香りは、中国料理をはじめ、和風、洋風にも合います。先端の緑色部分はかたいので、取り除いてから調理します。」と、ありました。
遊休農地の解消を図るためにも、新しい特産品の開発の面からも注目を集め、全国的にも、結構取り組みを始めているところが何箇所もあるようです。
そのマコモダケを農技連でも作ってみている、と言うのでそちらも見学に行きました。

マコモダケの収穫
水田をそのまま使えるそうです。
「農薬も使う必要がないので環境にもやさしい」と、ネットにはでていました。

根元の白い部分を収穫

いらない葉の部分を切り落として

この感じはちょっとトウモロコシにも似ている。

この状態を料理します。

我が家では役場の職員のご指導の通り、乱切りにして豚肉と豆板醤やオイスターソースで中華風に味付けしてみました。
癖がなくいろいろな料理に合いそうです。
甘みもあり、よく言われているようですがシャキっとした食感はアスパラとたけのこの中間の感じです。
とてもおいしかったです。
中山間地の立地条件を生かした取り組みとしても期待できる作物ですね。
境広原のペンションの下の牧草地で救助犬の訓練がありました。
富士見町でも、6月1日に「災害救助犬協会 長野」という任意団体が発足しています。
その会を発足させたKさんからお知らせを頂いたので、見学をさせていただきました
NPO法人災害救助犬協会新潟から6頭4チーム。
長野からは富士見在住の2頭2チームとサポーター1名が参加しました。
救助には人間と犬がチームになってあたります。
訓練は基本的に座っている人、あるいは倒れている人を探すものです。
先ずは犬の見ていないところで、遭難者役の人が草むらに隠れます。位置を確認して訓練犬は遭難者を探しに行き、見つけると吠えて位置を知らせます。

先ず最初に、こうして声を上げて位置を知らせ、すぐにしゃがみ込みます。
放たれた犬が、なかなか遭難者を見つけられないと、遭難役の人にもう一度ホップするように指示が出ます。

ちょっと分かり難いのですが、左端に隠れていた遭難者役を見つけました。
吠えて発見を知らせているので、チームを組んでいる人が確認に駆けつけるところです。

この牧草地は、指示を出す人に、遭難者役の人の位置・犬の動き が見渡せるので、訓練には最適な場所だそうです。
「訓練に、こんなに条件のいい場所はめったにない」とおっしゃっていました。
富士見町で救助犬協会を立ち上げたKさんは
「『おらがまちの災害救助犬』として富士見に根付き、災害救助のリソースの1つとして消防・警察・行政に正しく認知されることを目指してこれからも実力をつけていこうと思います。」と、おっしゃっています。
私たちにはごく普通の牧草地ですが、見方を変えると貴重な訓練の場所にもなるんですね。
これも、富士見町の貴重な資源の一つになるのかも・・・?
富士見町では、7日の日曜日に町長選挙がありました。
ずっと「無投票になるんじゃないか」と、言われていましたが、ぎりぎりの28日に立候補者の出馬表明があり、選挙となりました。
私は、町長の対立候補の新人の佐久さんを応援しました。
このページにも、選挙のことなど書きたかったのですが、選挙期間中の選挙運動は厳しく制限されており、また、選挙中に政治的な活動をする事も出来ません。
インターネットでの選挙運動は違反。
残念ながら、選挙が終わるまで書くことが出来ませんでした。
結果は
矢嶋民雄(70歳 現) 4,932 当選 有権者 : 12,616 投票総数 : 8,537
佐久健司(64歳 新) 3,475 投票率 : 67.67% 無効 : 130
今回の町長選については、随分以前から候補者の名前が何人も上がっていました。でも、最終的には誰も立つ人がいなかったと言う事です。
佐久さんは、前3回の町長選の時には、先頭に立って矢嶋さんを推してきた人です。
ところが、町長になった矢嶋さんが、後援会の声に耳を傾けなくなったと、今回、もう一人Hさんと後援会を脱退して対立候補を探していました。
お二人が後援会を脱退する時に、会の皆さんあてに送った文章を拝見したのですが、私は筋が通っていると思いました。
一番問題にしているのはパノラマの問題
「3回の選挙で最大の要点としたのはパノラマの問題であり、町長に当選したら内部調査をして町民に明らかにし、道義的責任を問う、と言っていたのに完全に裏切られた」と言っています。
同じような事を以前から何人にも聞いています。
「矢嶋さんは、前回の選挙の時に、パノラマの事を整理するような事を言っていたから票を入れたのに、裏切られた」
今回、矢嶋さんが再選したので、矢嶋町長にとっては「今までの政策が町民に受け入れられた」と言う解釈になるでしょうね。
それは、「パノラマの上下分離方式にして起債を借りた」事も、「助役2人制」も、「健康診断の個人負担」などなど・・・についても、です。
今の私の一番の不安は「今回の選挙で町民の理解は得られた」と、議会に突然に「パノラマへ公費投入」と出てくることです。
6月議会の私の一般質問で「公費投入となる時には住民投票も視野に入れるべきではないか」との問いに、町長は「議会に諮る」と言っています。
それで本当にいいのでしょうか?私は違うと思います。
話を今回の選挙に戻します。
「こんなぎりぎりの時期になって立候補するなんてただ選挙にするためじゃないのか?」と、随分言われました。
でも、そんなことはなく、佐久さんをは本気で町を変えるたいと願って町長に立候補しました。
私も彼らが必死になって候補者を探していたのは知っています。「どうしても見つからなかったら、ご自分で立つしかないですよね」とは言っていましたが、本当に立ってくれるとは思いませんでした。
それだけ責任感が強かった、想いが強かったと言うことだと思います。
私が佐久さんと関わりを持ち始めたのは合併運動の時からです。一緒に反対の運動をしました。
それに続き、乙事でのヒルサイドホテルの温泉排水問題。
実際に行動できる嘘のない人だと思いました。
人当たりがいいかと言えばあまりよくないと思います。べらんめい調で話し始めると止まらない! がらも悪い。
でも、関わってみて非常に誠実で正直な人だと思いました。
正直に言って私も佐久さんがベストだとは思っていませんでした。(佐久さん、失礼をお許し下さい!) m(_ _)m
でも、 「町民の声を聞かない」 矢嶋さんに怒って候補者となった人です。
公約にも 「町民の意見・要望をリアルに吸い上げるために 『意見集約機関』 を設置する」 と言っていました。
私も町づくりを考えるなら、何よりも住民の声を聞く事が基本だと思います、
また、 「健康診査に掛かる個人負担の廃止。財源は理事者報酬の30パーセントカットで対処」 だとも言っていました。
「先ず、理事者が足元から」 と言う発想は、30年前に自ら企業を起し、現在20人の従業員を使うまでに育ててきた企業人としての発想だったと思います。
実際に 「理事者報酬の30パーセントカット」 するためには超えなければいけない手続きのハードルは高いかも知れない。
でも、実際に同じ様な事を実施している自治体もあるのですから、やろうと思えば実現可能なことだと思います。
矢嶋さんはいつも 「財政の厳しい中、使うなら弱いところに金を使う」 と言っていました。だったらなんで健康診断の個人負担をはじめたのか?
財政の厳しいこれからの時代、住民への負担は避けられない物だと思います。
でも、行政の姿勢として、町民の健康づくりを重点項目と上げるなら、そこには手厚くお金を使うって事ではないでしょうか?
健康診断の目的は早期発見です。今回個人負担になったために金額の安い個人負担になさった方が多いのですが、その為に見たけられたはずの病気が発見が遅れると言う事にはならないでしょうか?
私も保健補導員を4年間経験しましたが、生活習慣病は増加傾向にあり、中でも脳血管疾患(脳出血・脳梗塞など)、 心疾患(心筋梗塞・狭心症・心不全)などは県下でも死亡率が高かったと記憶しています。
また、住民の声に耳を傾ければ、 「これは、負担しても納得できる」 「こっちは、どうしても町からの援助が必要」 というものが出て来るんではないでしょうか?
「町民の意識を高めるため」 と言ってももっと先にやるべきところがあったはずです。言ってることやる事が違うんじゃないのか?と、私の感想です。
佐久さんが言っていたことで 「なるほど」 と、納得させられた事。
「農業は富士見町の基幹産業だ。なのに農林課をなくして産業課と統合したのはおかしい。自分が町長になったら農林課を設置する」
これは、実際に実感としてあります。
これも同じことですが、一体行政がどこを見ているのか、と言うことだと思います。
佐久さんが書いた会報で私が一番うれしかった事。
「以上の約束を計画・実行するためには、公僕として入社した職員が自分の仕事に生き甲斐とプライドを持って、仕事が安心して出来る職場環境作りをする事が理事者の使命である」 と、書いてあるところです。
これって私がいつも思ってた事。
議員の視察なんか行くと役場の担当職員が対応してくれるわけですが、先進的なことをやっているところって職員も生き生きとしてます。
自分の仕事に誇りと自信を持ってやってるな・・・って感じます。
矢嶋町長は全職員にレポートを書かせて、一人一人面接をして人事にあったっている。と言うのですがそれが裏目に出ている感じを受けてます。
町長になってすぐに 「役場は権力を持っている」 と言った事が、私には未だに釈然としません。
「権力」 って言葉にすごく違和感を感じます。 「権力」 には 「支配する」 と言う事が含まれている訳で、たとえ法的に使い方が間違っていなくっても、それって違うと私は思います。
この 「権力発言」 については以前の議事録を調べたところ、町長も 「言葉がきつかった」 と、反省する発言をしているので、あえて町長には言っていませんが、やはりずっと心の中では引っかかっています。
「選挙」 については、いろいろと疑問に思う事が多いです。
私自身の選挙の時にも随分悩みました。
選挙活動として法的に出来る事も厳しく制限があります。
今回のように、ほとんど無名の「佐久けんじ」を、どうやって短い選挙選の中でその人の考えを知らせることが出来るのでしょうか?
前回の町長選の時は、友達2人と 「公開討論会」 を企画しました。
町民にとっては候補者が同じ場所でそれぞれの考えを述べてもらう機会があれば、一番分かりやすいと思います。
それぞれにの候補者は 「個人演説会」 を開いていますが、それは 「この人を推そう」 と言う後援会の集会で、「どちらの候補者に票を入れようか迷っている」 人が行くには勇気の要るものです。
「候補者同士の政策論議を行い、政治家を選ぶ新しいルールを日本に根付かせるため」 「リンカーン・フォーラム」 と言う組織があります。
リンカーン大統領の掲げた 「人民の人民による人民の為の政治」 と言う民主主義の理想の実現のために組織されたものです。
この会に相談をして、細かい所まで十分に注意を払って準備を進めていました。
事前に各候補者に公開質問状を送って、それを元に討論会を開く準備、記者会見の手配、会場での配慮などなど・・・
でも、 「告示前」 だと、第3者の主催の 「公開討論会」 が出来るのですが、 「告示後」 になってしまうと開催できるのは 「合同個人演説会」 で、主催はあくまでも候補者。第3者主催では開けなくなります。
最終的に、時間が押してしまい、「告示後」 の候補者主催の 「合同演説会」 になってしまい、開催する事は出来ませんでした。
今回の選挙選でも、「合同個人演説会」 を開きたい、と言う他の会の動きはあったのですが、 「開く」 「開かない」 は候補者の判断なので開催には至りませんでした。
私も、個人的には 「ぜひ開いて欲しい」 と佐久候補の選対にはお願いしていたのですが、機会を作ってもらう事が出来ませんでした。
結局、あまりにも時間がなく 「どうやって少しでも多く票に結びつく事をするか」 が大切で、 「佐久さんを知らない、どっちに入れるか迷っている人のために話を聞く機会を持つ」 事は重視できない、と言う事でした。
立候補すると決めてから選挙当日まで16日間。
本当にご本人にとっても周りの人にとっても嵐のような時間だったと思います。
選挙告示当日、選挙活動に入る前に佐久さんの陣営では、目の前の乙事神社で必勝祈願のお払いがありました。
正直に言って、従来の選挙活動は好きではありません。
でも、このお払いの儀式はかなり気に入りました。


何年も木やりの大会で金賞を取っていたと言うおばあちゃんの木やり。かっこいい!! \( ̄▽ ̄)/
24日に井戸尻考古館の観蓮会がありました。
我が家は考古館のすぐそばなのですが、毎年この時期になると蓮を見に訪れる車が道の脇にたくさん止まっています。
去年が蓮を植栽して10周年。それを記念して観蓮会が行われました。
それが、とっても好評で、今年も引き続き開催されました。

参加者は考古館の小林館長の説明を聞きながら蓮田を見て回りました。

蓮の実です。
史跡公園には、古代蓮や中国の漁山紅蓮、白蓮など数種類の蓮が植えられています。
その為に、実が他の品種の蓮と交配している可能性があります。
蓮の品種を保つために花が終わって実になると、全部摘んでしまうのだそうです。
大変な作業ですね。
考古館では、それを冷凍にしておいて、秋に行われる縄文王国の収穫祭の時に古代食などで皆さんに振舞ってくれているそうです。 感謝!< (_ _)>

なかの種を剥いて食べると、ほの苦いけど甘い木の実のような味がします。

観蓮会の後に野立てや琴の演奏。
お茶の作法を知らないわたしや娘に丁寧に教えてくださいました。
この時だけ、雅な日本人になった気分です。 (・・*)ゞ
「ふじみどらまスクール」ご存知でしょうか?
「地域発信・大人も子どもも一緒に楽しんじゃおう」をモットーに富士見・原・茅野市を中心とするメンバーで構成されています。
毎年いろいろな公演や発表に取り組んでいますが、今年で創設9年目を迎えるそうです。
7月23日、境の清泉荘デイサービスセンターで「ふじどら寄席」がありました。
この日の参加者は、小中学生11人。
それぞれが自分で考えたネタをもって寄席に挑みました。
リコーダー演奏あり、詩の朗読あり、バルンアートあり、そして古典落語ありとバラエティに富んだメニューでした。
子供たちがいかに自分をアピールするか、楽しんで貰えるかと一生懸命に考えた気持ちが伝わってきました。

「信長の舞」を披露しているところです。カッコイイ!!
彼の落語は自作でした。ちょっとつっかえても、すぐにアドリブが出てきました。

落語も上手でしたが、着物を着ての登場はPR度満点でした。
指導している星野先生のおっしゃるとおり「落語」は舞台のように他の人との関わりがなく自分だけで勝負しなければないません。
緊張気味の芸人さんも見受けられましたが、みんな立派に自分の力だけでやりきっていました。
以前、活動報告で「サル、イノシシ、シカなどの有害鳥獣による被害が深刻化しています」と書いたのですが、夫のジェルミに「『有害鳥獣対策』はOKだけど、『サル、イノシシ、シカなどの有害鳥獣による被害』はすべてのサル、イノシシ、シカを有害と決め付ける書き方なので、『サル、イノシシ、シカなどの野生物による被害』に書き直せ」と言われました。
確かに、人間から見れば「有害鳥獣」なのですが、それは人間の側から見た事で、彼らから見れば私たち人間が「有害」になるんでしょうね。
調べた事をまとめて、6月に富士見町の「サル対策委員会」で報告をさせていただきました。
とにかく、今年は我が家のある池袋区でサルが出没したら連絡をもらって、ジェルミが愛犬ブルートと追いに行き、効果を確かめて見るようなことを計画しています。
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事例1
★ 木曾では、2004年に訓練したイヌを放し飼いにしてサルを追い払うための「忠犬特区」を申請。
環境省からの回答
『動物の愛護及び管理に関する法律上、もっぱら野生鳥獣を追い払うために飼養保管されている犬の放し飼いは、可能である。同法には、犬が放し飼いの状態において人に害を与えるようなことが起こった場合に、その動物の所有者又は占有者を罰する等の措置を適用する規定はない。
また、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律においては、提案のように、野生鳥獣の捕獲又は殺傷を目的とせず、かつ、これらが発生しない場合については、犬の放し飼いについて同法の適用は受けない。本回答は、野生鳥獣を追い払う訓練や、人に危害を与えない訓練を十分に受けたものとして市町村が認定する犬の放し飼いを前提に行っているものであり、鳥獣の捕獲及び殺傷等の予期せぬ事故が発生しないよう、十分な防止対策を講じる必要がある。』
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事例2
★大町「モンキードッグ事業」
第一号が5月6日、南安曇郡にある県愛犬警察犬訓練所に入所。
ほかに2頭が今月に入所、約3ヶ月訓練を受ける予定。
人の指示でサルを追いかけ、深追いせずに家に戻ってくるなどの服従訓練を受ける。
訓練には週1回、飼い主も参加。
今年度の予算に4頭分の訓練費63万8千円を盛り込んだ。
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事例3
★「白神山地におけるにしめやむら西目屋村アニマルパトロールの取り組みと地域社会の展望」
東京農工大学農学部野生動物保護研究室 江成 広斗・丸山 直樹
(ここではアニマルパトロ-ルの活動のみについて紹介)
*アニマルパトロールの目的
1.獣害対策(耕作地での監視・追払いなど)に人手を割くことが難しい高齢農家の多い中山間地において、都市住民ボランティアによりその不足労力を補う。
2.都市住民の田園志向(田舎ぐらし)への要求を満たすこと。
* 実施場所:青森県西目屋村(白神山地北東部)森林率94% 急斜面の多い山間地域
基幹産業はリンゴ栽培。
*実施期間
・2002年、2003年の8月~11月 果実食害期(それぞれ95日間、113日間)
2003年 2月~3月樹皮冬芽食害期(45日間)
*方法
・村役場職員、農協職員、アドバイザーとして大学研究者などによりNAP(西目屋村アニマルパトロール)運営委員会を設置
・メディアでの宣伝、ポスターやチラシの配布で全国からのボランティア(アニマルパトロール隊)を募集。
・参加ボランティアには宿泊施設・温泉施設・米・調味料などを無料で提供。
・ ボランティアは原則2人以上のグループで朝8時から夕方5時まで村内を自動車もしくは自転車や徒歩で巡回。NAPのキャップ、ジャケットを着用。巡回車にはステッカー
(→NAP参加者を忌避する学習効果も期待)巡回の合間には農家の農作業を手伝ってもらう。
・ 発信機を装着している2つの加害サル群に対しては、農耕地に出没しそうになった場合、先回りして追払った。
・ 各地で意見交換会を実施。NAPニュースを作成し全戸配布。
・ 参加者にはサルの保護管理や西目屋村の農業の現状についてレクチャーを実施。
・ ボランティア参加者は2年間で男性45人(54.2%)女性38人(45.8%)計83人
*効果
・サルの生息条件が揃っていて人間や他のサルの群れが利用していない空白地域が存在すれば、
追い上げは行動圏を拡散させる効果がある。
・慣れや学習が生じにくい効果的な猿害防除策である。
・サルが人間への恐怖心を抱く効果がある。
・高齢農家の猿害防除や農作業の一助を担う社会福祉活動として高い評価を得た。
・中山間地域問題自然保護について学習するための都市住民の環境教育の場として機能
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事例4
★ 日光での猟犬によるニホンザル野生郡の追い上げ試験
野生生物保護 1999年7月号 (居村純子・小金澤正昭・今木洋大・丸山直樹・和田一雄)
かつて放飼犬や野犬の存在がサルを集落から遠ざける効果を持っていた。
動物愛護上の問題もある程度避けられる。
* 調査地域:栃木県北西部、霧降高原とその山麓一帯、東西6km、南北4km、面積約24km
* 実施期間:1994年7月~1997年1月にかけて5回
* 方法
・追い上げに使った犬種
ビーグル(主にウサギ狩り)
ブロックハウンド(主にクマ、アライグマ狩り)体高51~61cm、体重20~25kg
その雑種の3種。
・ ニホンザル観察員2~3名、猟犬観察員1~2名、猟犬使い1名、ラジオテレメトリ担当1~4名、指揮者1名も合計6~10名で実施
* 考察
・ 猟犬に追われたサルの群れの移動距離は普段よりも長くなり、採食行動や休息行動が減少、移動行動が増加する。
・ 犬の追跡が一時的、断続的であると、サルの逃避も一時的なものにとどまる。
・ 一定地域での追い上げが長期間にわたって繰り返し断続的に行われるなら、犬の存在によって採食が妨げられ、採食地域としての価値が低下、サルはイヌだけではなく、イヌのいる地域も回避するようになる可能性が高い。
・ 攻撃殺傷型の犬種を用いれば、サルの逃避行動に余裕が消失し、強い恐怖心が記憶され、イヌへの逃避行動が強まる可能性がある。
・ 嗅覚狩猟犬と視覚狩猟犬を組み合わせると効率よく追跡できる可能性がある。
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事例5
★須坂市豊丘上町地区の猿害対策
*H15年度に県事業を使って地区で追払い隊を結成。
・さる出没時の情報把握、情報発信、追払い隊の連絡体制を整えた。
・サルの行動調査の結果や出没時の情報により、エアガンを携帯して追払う。
*市内全域を対象としたパトロール員をH15年度より2名雇用しサル追払いを実施。
(緊急雇用創出事業でシルバー人材センターから雇用。)
・二人一組、車で巡回。農地に出没している群れをエアガン、ロケット花火で追払う。
→効果は高いが、少人数のため市内全域の群れは追いきれない。
* 効果
・ 地域での取り組みが一番大きな効果になった。
・ 被害にあって半分あきらめていた状態の中、住民の協力により再度対策の重要性を認識できた。
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事例6
★ スマトラ島の西の地域では、島民が毎週自慢の犬を連れイノシシ狩りをする。
森の中を犬を連れて歩き、イノシシを見つけたと合図があると犬を放して追う。イノシシを仕留めると犬たちはその肉にありつける。
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事例7
★池袋の集落では昨年、区民の有志20人ほどでサルを追った。その結果、追った後一ヶ月ほどサルは近づかなかった。
おまけ
★ エンジェル家のジャックラッセルテリアは散歩の途中でサルの姿を見かけると(あるいは臭いを嗅ぎ付けると)猛烈に追いかける。追いかけると、50~60頭ほどの群れでも林へと逃げ込む。しかし、木に登り上から様子をうかがっているサルもいる。
21日のこのページにも書いたように、もっと本好きの子供たちが増えたらうれしいです。
でも、その楽しさを子供に伝えるべき大人たちに、先ずはぞっこん楽しんで欲しいと思います。
富士見では第2回になります。
「おつき ゆきえさんの大人のための絵本の会」を企画しました。
また長女に絵を描いてもらってチラシを作りました。

私の通信を7月10日に富士見町内の新聞折込に入れました。
書きたい事があり過ぎて字が小さくなってしまい 「もう少し大きい字じゃないとお年寄りには読んでもらえないよ」と言うご意見も頂きました。
これでも、友達に随分削ってもらったんですが・・・
長女がイラストを書いてくれました。
お陰で手作りの感じが出て、随分よくなりました。 (*´∇`*)


6月5日に入笠山の開山式がありました。
去年、おととしと雨の中の開山式でしたが、今年は天候にも恵まれ多くの方でにぎわっていました。
残念ながらすずらんには早すぎたのですが、東京からおいでだと言うカップルが「本当に素敵なところです。すずらんが咲き揃う頃に、ぜひもう一度来て見たい」と言ってくださいました。


パノラマスキー場山頂レストラン「スピカ」で「第一回全日本アツモリ草展」が、
富士見町に自生する「釜無ホテイアツモリ草」の咲く時期に合せて開催されていました。
釜無ホテイアツモリソウ
以前は、入笠山や釜無山にたくさん自生いたそうですが、乱獲のため今年確認されているのは、一株だけだそうです。
増やして山に帰そうとしても、すぐに取られてしまうと言う事です。
なんだか、やるせない話ですね。
目を惹いた「ヒマラヤケシ」
こんな美しい色のケシを初めて見ました。
先日の朝日新聞によると自生する環境によって花の色が変わるんだとか。
神秘的な花ですね。
5月15日。インドへ旅たつ前日、パノラマスキー場・入笠山周辺で「アドベンチャー・イン・富士見」のイベントがありました。
これは、マウンテンバイク、マラソン、ネイチャーハイキングの複合大会。
全国から500人以上の参加があったそうです。
イベントは町・商工会・観光団体・農協・地元地区などの団体で実行委員会が立ち上げられ、まさに手作りの大会となりました。
当日、議員はコースの危険箇所の監視・水の配給、餅つきが担当。
普段は通行禁止となっている釜無林道がこの日だけ通行できると言うので、白谷渓谷の先の危険箇所の監視に手を上げました。
当日は朝の6:30に駐車場に集合。それぞれの担当箇所に車で移動しました。
丁度、出発の時間当たりから雨が降り始め、その後は降ったり止んだり。
山頂では、みぞれが降ったそうです。
びっくり! 白谷渓谷付近ではまだ残雪が!!

『ヘルメット着用』の訳が分かりました。
落石の為にガードレールがボコボコになってました。

ちょっと分かり難いのですが、真ん中の米粒が走ってくる自転車です。

「まだ先は長いですかぁ~?」
「まだまだ、始まったばかりですよ~」
中には監視に立っている私に「雨の中ご苦労様です。寒いでしょう・・・私たちは走ってますから」なんて反対に励まして下さる方もいらっしゃいました。
でも、ご心配なく! 冬支度の上にホッカイロを背中に2つも入れてました!
こう言ったマウンテンバイクと一緒にマラソンで駆け抜けて行く方もいます。
こんなずっと上り坂を・・・!42キロも走るなんて・・・! 私にはとっても考えられない!!
それなのに、バイクで42キロ走った後にさらに5キロもマラソンで走った人もいたって言うんですから、強靭な人もいるもんだ!
後から参加者から「途中のポイントに『何キロ地点』と標識があったらよかった」と言うご意見もありました。
担当に聞いたところ何箇所かはあったようですが、目に入らないって事もありますよね。
せっかく立ってたんだから、私たちが「ここは何キロ地点ですよ~~~ヾ(^∇^)」と言うくらいのことをすればよかったと反省。

写真の光のせいではありません。ゴールする皆さん全身ずぶ濡れ泥だらけ。
顔から自転車にまで泥が張り付いていました。
あの山の中の坂をこんな天気の中、どうやって下りてきたんだろう・・・?と思っただけでも、ぞっとしてしまいます。
無料の豚汁やお餅の配布もあったのですが、寒さの為に震えが止まらない人も。
でも、あれだけ泥だらけになってしまうと「すぐに温泉へ飛び込む」と、言う訳にも行かない。
自転車や体をきれいにする為の場所も用意されていたのですが、絶対的に少なかったようです。
蛇口のところから小さなバケツで水を汲み自転車を洗っている人、「トイレの中で何とか体をきれいにしました」と言う女性もいました。
予期せぬ天気だったとは言え、見ていてお気の毒でした。
来年の反省に繋がるといいです。
皆さん、本当にご苦労さま m(_ _)m

この自転車を洗うのも皆さん苦労してました。
それでも
「天気がよかったらきっとすごく景色がいいんでしょうねぇ~。来年も絶対来ますよ」と言ってくださる方もいました。
初めての大きな大会。しかも手作りのイベントとあっていろいろと反省点もありそうです。
自然を生かして富士見らしい大会が今後も継続して出来ればいいですね。
町の活性化にもなるし、町民の関心も高まって誇りの持てるようなイベントにしていければいいと感じました。
先日の景観のページでジェルミの文章を紹介したところ『今までの中で一番よかった』と言われました。 ホントにそうかも・・・(・・;)
もうひとつ、景観についてのジェルミの原稿を紹介します。
今回、紹介するのは「アドプト・ア・ハイウェイ」。
そのすべてて看板を立てている訳ではないようですが・・・
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アドプト・ア・ハイウェイ
ジェルミ・エンジェル 「ガルウ゛ィー」2001年3月号
日本の都市は、悲しいか、保護すべき景観が元々少ないし、看板が林立しても、そ
れこそ市街区の景観の一部と言う感じで、ほとんど違和感はない。
困るのは、そういう都市感覚が田舎に感染し、のどかで美しい風景が看板で台無し
されることだ。わが富士見町でも、高原リゾートとしてアピールしていると言えばお
そらく想像できると思うが、山に上がれば上がるほどこのペンションやあの別荘地な
ど、看板が訪問者の視線をこちらへと争うかのように、道沿いで騒々しい戦いを繰り
広げている。
美しい山景色を見たくて訪れる人が大半を占めると思うと、業者はもう少し節度あ
る行動をとるべきだと思う。今のままじゃ、自分で自分の首を絞めているようなもの
だ。
前置きが長くなったが、アメリカの道を走っていると、どこへ行ってもよく目に入
る地味な看板がある。それを見るたびに、「この看板なら許す、いやむしろわが富士
見町でも大歓迎」と思う。
それは「Adopt-a-Highway」の看板だ。「アドプト」とは養子縁組という意味。
看板は、民間団体や企業が「里親」として「養子」である道路の清掃や美化活動を
定期的に行っていることを示している。
特に町の郊外区域の幹線道路は、大体3キロごとに立っている。アメリカにしては
比較的に小さな青か緑色の看板で、「Adopt-a-Highway」「Litter Control
Next 2Miles」(ゴミ対策下、次の3キロ)の定形文の下に、「OO少年野球チーム」、
「OO消防団」、「OO株式会社」などの団体名が載っている。
その団体は、看板が立っている辺りの3キロの間、少なくとも年4回ゴミ拾いを行
うことを約束しているようだ。そう約束すると、州の道路管理局は看板を立てる他、
ゴミ袋や作業ベストなどを与える。
この Adopt-a-Highway運動は民間人の発想で1985年にテキサス州で始まった
が、今やバーモント州とメーン州を除いて全米に広がり、およそ100万人、9万団
体が25万キロ分の公道をきれいにしている。
この社会奉仕活動に参加しているのは主に市民グループだが、最近「OO家」や
「OOを追悼して」と、家族ぐるみの活動や、他界した親族を偲ぶ一環として参加し
ている人々が増えているようだ。
大勢の人に見られるために、「アドプト看板」によるPR効果が絶大で、地元にそ
の存在をアピールしたい市民グループの他に、地元に愛されたい民間企業が名乗ることも多い。
アドプト看板が欲しいが、人手ではなくお金で済ませたい企業のために、有料で場
所探しや申請から報告作成を含めて肝心のゴミ拾い一貫を肩代わりする企業まで出来
ている。アメリカは資本主義の本堂だから特別に驚くことではないし、むしろ看板の
効果を雄弁に物語る現象だ。
ただ、この制度はそのPR効果を見込んで、悪用されかねない可能性もある。去年の
末、アメリカで一番有名な白人至上主義者集団の参加を防ごうとしたミズーリ州の道
路局は法律の不整備のために勝つ見込みがないと見て、5年間続いた裁判闘争から身
を引いた。「白人至上主義者だって環境をきれいにしたい」と言うのがその団体の言
い分だったらしいが、看板の宣伝効果を狙った申し込みだったことは言うまでもな
い。ちなみにその団体の看板は立てても立てても、一夜のうちに消えるらしく、州政
府は困り果てているらしい。
しかしこうした話題はともかくとして、この制度はいいものだと思う。制度によっ
て多くの道がきれいになるし、その看板の心理的効果はかなりあると言うが、頷ける
話だ。よっぽど非社会的な人物ではない限り、その看板が立っている道沿いにゴミを
捨てる事のできる人はやはりそうほどいないと思う。
と言うと、そこでまだゴミを拾っていると言うことは、アメリカに非社会的な人物
が多いと言うことになるが、一ついえるのは、ボウイスカウトや少年野球、あるいは
家族で定期的に道沿いのゴミ拾いを通して人間の情けない部分に触れながら育つ子供
は、ゴミを捨てる大人にならないはずだ。
アドプト運動は海外数カ国にも飛び火し、日本にも上陸している。今のところ徳島
県の神山町や大阪府の高浜町など数箇所に過ぎないが、今後の発展を祈りつつ、今度
わが町にも提案しようかなと思っている。
二、三年後、富士見町の美しい道を走ると、「この道路3キロの間はエンジェル家
によって清掃されている」と言うような看板に出会えるかもしれないぞ。
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ジェルミがこの原稿を書いたのが2001年なので、すでに最後の文章の『二、三年後、富士見町の美しい道を走ると・・・』は過ぎてしまいました!
「そんなこと言ったって日本ではまだまだ時間がかかる!!」なんて思いながらインターネットで検索してみたらびっくり!!
結構ありました。
富士見町は一年中、どの季節をとってもそれぞれに美しく大好きです。
でも、春はたくさんの命が目を覚まし、生きる喜びの合唱を始める季節。また特別なものがあります。
春先に行われる土手焼き。その後はあぜが真っ黒になっり、異様な感じさえします。
でも、その真っ黒な地面から、小さな緑の命が一斉に沸き起こってくるのをはじめて見たときの驚きは、忘れる事が出来ません。
そして、田んぼに水が入る日。
茶色だった田に風が吹きさざなみが立ち、そこに空や山々が映ると、前日までの景色とは一変します。
田に水が入った途端にうるさいほどに一斉に鳴きだすカエルたち。
毎年、「その時」を、どきどきをしながら待っています。
春5月の私のお気に入りの風景をご紹介。

5月4日撮影 富士見から境方面に行く中央線沿いの畑です。
全国でもあちらこちらで「菜の花エコプロジェクト」への参加が増えているようです。
この目的は『転作田に菜の花を植え、なたねを収穫し、搾油してなたね油に。そのなたね油は料理や学校給食に使い、搾油時に出た油かすは肥料や飼料として使う。廃食油は回収し、石けんや軽油代替燃料にリサイクルする。という一連の循環サイクルの定着』さらに、『養蜂との連携、菜の花の観光利用など、地域内のより広く深い資源循環サイクルへの展望が開かれている』そうです。
転作田などの対策では、富士見町では「立沢ひまわりの会」の活動もあります。
こちらも、一面の黄色が鮮やかで、景観的にも貴重な活動だと思います。

5月14日撮影(鳥帽子の集落)
富士見町の中でどこの集落が一番景観の美しいところか?と言う話になった時に「鳥帽子」と言う人が結構多いです。
確かに、いつも集落全体、一人一人の意識の高い地域だと感心します。
ここからの田んぼの風景が大好きです。
以前知り合いが「景観の美しさは、突き詰めると曲線の美しさだね」と、言いました。
それからどこに行ってもその言葉が気にかかるようになりました。
「なるほど!!」です。 この言葉にはぞっこん納得しました。
この田に月の光が映ったりすると、それは本当に思わず立ち止まってしまう『息をのむ美しさ』です。
先日、3月議会での私の一般質問の内容をお知らせしました。
そこに出てくる「イギリスの景観の話」について夫のジェルミが以前雑誌に書いているので紹介します。
イギリス人の夫を持っていると生まれ育った環境の違い、それ以前の長い民族の歴史を感じることがあります。
この景観についてもそうです。
「イギリス人」と言うよそ者の目で見ると、日本人が気がつかない日本のよさをまた際立たせてくれます。
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「日本の景観」 ジェルミ エンジェル 月刊 「観光」 2001年11月
高校時代の友人のディブは僕と同じ70年代に日本にやってきて、僕と同じく、す
ぐさまに日本の可愛い女の子に一目ぼれしてしまい、結婚した。僕と違うのは、彼は
80年代になると、奥さんの真里と二人の子宝を連れてイギリスに戻ったと言うこと
だ。僕はと言うと、ここ長野県の片田舎に潜り込んだ。
ディブは自分が育った築400年ぐらいの石造りの民家を両親から買い、住みなが
ら日本式のお風呂を入れたり、畳の部屋を作ったりして、内装を全部やり直したが、
家の外観は400年前のままだ。
イギリスの昔の普通の民家は、当時の庶民の身長に合わせて天井も低かったし、窓
は小さいので、室内は暗い。そこで、天井を上げるのは大変だから、真里はせめて窓
を大きくしたかった。
ところが、家は歴史的重要建築物の指定を受けていると言うことで、外観の改造は
許可が下りなかった。
「信じられる、ジェルミ? 私たちの家なのに」
と、真里は仕事の途中で故郷にたまたま立ち寄った僕にぼやいた。日本では到底考
えられないことらしい。
窓がダメなら、少なくとも日差しを遮っている大きな木を切ろう、と真里は閃いた
が、これもダメだった。イギリスでは、たとえ自分の土地にあっても、一定の大きさ
以上の木は勝手に伐採できないし、伐採許可もなかなか取りにくい。
真里の憤慨は当然だったと思うが、イギリスがこうして、「家は個人の持ち物で
も、景観はみんなのもの」と言う鉄則の下で景観を厳しく守っているからこそ、イギ
リスの田舎のどこへ行こうと、美しい風景に出会う。美しい景観が多いので、観光は
盛んで、観光で潤っている町や村は多い。

ここ長野県でも、例えば奈良井宿と言う、厳しい景観条例で昔ながらの町並みを保
存し、そのために観光で大いに潤っている町もあるが、少ない。
それはなぜなんだろうか?僕は地震と湿気が大きな要因だと思う。
日本は地震が多いので、お城はともかくとして、普通の家屋に石やレンガを使うの
は危険で、木造が昔からの基本。
ところが日本は湿度も高いので、木もそのうち腐り始める。地震と湿度の組み合わ
せの結果、建物はそれほど長持ちしない。
イギリスは地盤が安定しているので、石やレンガ作りの家が昔から多い。イギリス
の民家はだいたいそれぞれの地方で取れる石材で作られているので、イギリスでの旅
は、少なくとも観察力の鋭い人には地質学の旅でもある。そして石造りの建物が何百
年も残るので、例えばオクスフォードの西に広がるコッツウオールド地方のように、
一つの町を通り抜けるだけで、同じ砂岩材でエリザベス1世から現在に至るまでいく
つもの時代の建築を目の当たりに出来る。
多くの町や村では、こうした変化に富みながらの美しい統一性を保つために、新し
い家も地元の材料を使い、設計も一定の規制に従う必要がある。コッツウオールド地
方では、ガソリンスタンドでさえも砂岩で出来ている。
古い建物がたくさん残っているせいか、イギリス人は古いものに憧れ、新しい家よ
りも、骨さえしっかりしていれば、古い家に住みたいと思っている人が大半。よっぽ
ど変わった作りではない限り、新しい住宅はあまり自慢にならない。
一方日本では、むしろ新しいものが評価されるようだ。
僕は日本の伝統工法の木造民家が大好きで、移築専門の大工に頼んで一軒まるごと
解体し、この猫の額ぐらいの土地に建て直してもらったぐらいだが、この辺で、古い
民家は次々と消え、骨がマッチ棒のような、四面安っぽい新建材で固めた家がきのこ
のごとく出来ている。
日本人は移り気で、新しいものを次々と求めるとよく言われるが、昔でも家がだい
たい三代で解体され、建て直されたという国で、むしろ新しいものに憧れるのも無理
ないと思う。しかし昔の日本では、たとえ民家が頻繁に建て直されたとしても、材料
も工法も基本的に同じだったので、景観は大きく変わることは無かった。
日本は山が多いため、世界でも一番勾配が急な国だそうだ。急な山が多いと言うの
は、建築や農業などに使いにくいと言う大きなマイナスがあるが、山のおかげで景色
に立体感が得られるし、平らなところが少ないだけに風景は次々と変化して、飽きさ
せない。
雨も多いし、火山列島で土も申し分ないので、国土は緑豊かだ。「生のまま」の日
本は美しい景観をなすために類まれな素晴らしい原材料が揃っているわけで、おそら
く戦前の日本の田舎はカメラをどこに向けても絵になったと思える。
しかし戦後の近代化は日本人の新しいものへの憧れに拍車をかけて、特に僕が日本
に住み着いた70年代から、美しい町並みはどんどん消え、その代わり、世界建築オ
ンパレードのような住宅地が次々と出来ている。
わが富士見町でも、田んぼの中に突然にホワイトハウスのような出窓やグレコロー
マン風の柱を構えた家が出来上がったり、都会のオフィスビルを真似しようとしてい
るような、正面が一面黒いガラス張りになっている3階建てのビルが普通の民家の間
に現れたりする。
今も日本を旅すると、あっと言わせる風景があちこち転がっている。そう、今も日
本は捨てたもんではないと思うが、その原風景に似合わない、時にははっきり言って
冒涜している建物が未だに増えている。そういう建物が増えれば増えるほど、守るべ
き景観が消え、規制を行う根拠がなくなるという悪循環にはまっている気がする。ど
こかでその悪循環を断ち切らないと、日本の田舎は見る見る醜くなっていくと思う。
さて、それを断ち切るのにどうすればいいだろうか?実はわが町でも、葛窪と言
う、自主的に景観協定を作った集落がある。建物に関して、「規模及び形状は、富士
山・八ヶ岳等の眺望を妨げない高さとし、できるだけ道路から5m以上後退する」、
広告物は「設置しないよう努め、設置する場合には自己営業用に限る」と言うのが主
な協定事項である。
協定はもちろん法的な強制力がなく、建物の形などまで助言していないが、このぐ
らいでも大きな成果で、葛窪の住民に敬意を表したい。葛窪の動きがきっかけとなっ
て、富士見町のあちこちの地区で住民による景観協定の検討が行われている。
役所の都市計画課の元でまちづくり研究会ができ、僕もその会員として、すでに十数
回の会合に参加しているが、その一つは長野県の穂高町への研修旅行だった。
わさびの有名な産地としても知られている穂高は本来実に美しいところだが、富士
見よりずっと無秩序な開発が進み、景観がずたずたとなり、雑然としている感は否め
ない。まちづくり条例ができたのはちょっと遅すぎた気がしてならない。穂高町都市
計画課の方の話で興味深いと思ったのは、条例を作るに当たって全町で行ったアン
ケートでは、町民の8割以上は「土地利用の何らかの規制が必要だ」と言う事と、条
例ができてから、条例違反に対する罰則規定が無いにもかかわらず、町民は条例の
ゾーニング規定をほとんど完璧に守り、場違いな開発はなくなった事だ。
こうした例に出会うと、わが町でも、よその町でも、なんとなく「景観はみんなの
もの」と言う意識が根付き始めた気がする。この意識を育てることで、悪循環を好循
環に変え、住民が自主的に氾濫する看板を撤回し、家を新築するに当たって周囲の景
色に調和した設計を選ぶようになると思う。地方自治体の先導を期待したい。
イギリスでは守るべき美しい景観が元々あるから、みんなが多少の犠牲を払ってで
も、それを守り抜く。真里も2年前に会った時は、すっかり景観保護の「信者」と
なっていた。日本でも、守るべき景観、あるいは少しの努力で守るに値するまで回復
できる景観がたくさんある。その道のりは長いかもしれないが、展望は明るいと思
う。
今年1月に、富士見町に引っ越してきた友人に桜の名所を教えたいと、一時間ほど町の中を車で走ってみました。
ちょっと時期が遅かったので花の終わってしまっているところも多かったのですが、またまた富士見町の豊かさを感じました。
桜の名所もひとつや二つではありません。
多分、皆さんがそれぞれに自分のお気に入りの桜をお持ちではないでしょうか?
撮りためてあったものも含めて、ちょっと富士見町の自慢を。(*´ー`*)
役場でも2年前から本格的に桜の花をPRするようになりました。
商工観光課が出している「歩案」をご存知の方も多いと思います。
実際、桜の時期に「歩案」をリュックに入れて歩いている人を何人も見ました。
町内の方でも地元の桜をご存じなく「歩案」を読んで初めて知ったと言う方も多いようです。
この「歩案」、いつも本当にいい感覚をしてると感心しています。
これもまたひとつ、富士見町の自慢でしょうか?
富士見町のHPにも、小学生から町内桜の開花情報「さくらっこ通信」が掲載されていました。
境に住むよそ者の私が知っているだけでも、ざっと数えただけでも15ヶ所くらいは思い浮かびます。
まずは我が家が背負っているつつじヶ丘公園、考古館、高森のお墓、高森観音堂、富士精機前、田端のお墓、清泉荘、乙事薬師寺、カゴメ工場、とちの木の集落、富士見郵便局下、各小中学校(6校)などなど・・・
これでも、西山のほうはほとんど入っていないので私の知らないところがたくさんあるはずです。
桜だけでもこれだけ豊富に楽しめるなんて、富士見って本当に美しい町です。

とちの木の集落内

乙事薬師庵

南中学校の桜(この日はたまたま参観日でした)

信濃境の清泉荘の桜。地元 地権者の方がたが提灯を取り付けました。
この下でお花見をしたそうです。なんだかしみじみといいお話。

高森のお墓の枝垂桜

高森観音堂の桜
ひっくりしたのですが、高森のお墓のしだれ桜は知ってても、このお堂の桜をご存じない方って、富士見でも結構多いんですね。
お墓の枝垂桜は車で道を走っていても見れますが、お堂は車から降りてちょっと歩いたところにあります。
その「歩いてお堂にたどり着く」時間もいい。
高森のお堂周辺の景観がまた最高なんです。
その集落の景観の美しさをなんとか残そうと努力してくださっている人もいます。
私が以前、観音堂を訪れた時に、隣接の畑に入らないようにビニールの紐が張り巡らされていました。
「桜を見に来た人たちが、畑に踏み入り困る」と役場に苦情があり、その対策として張ったようです。
それがゴールデンウイークに訪れた時にはビニール紐ははずされていました。
せっかくのすばらしい桜を見に来ても、ビニールの白い紐があったのでは写真を撮るにしても台無しになってしまいます。
それではあまりにも残念、と今後のためにも垣根を作ろう、と言う人がいます。
桜の名所を守るために、地元の方々と話し合って整備していこうと言う動き。
本当に頭が下がります。
これこそ「町づくり」の基本ですね。
桜を見せるためにも、その周りの景観も含めて大切なんだと、少しづつでもそんな活動が広がっていけばいいと思います。
3月の議会に「富士見高原療養所(富士病棟)保存を考える会より
「富士見高原療養所・富士見病棟保存に関する陳情」が提出されました。
陳情の主旨は
築80年近くなる富士見病棟は和洋折衷様式の建築物として町の重要な文化財である。
初代医院長の正木俊二(不如丘)氏の志した結核療養所は単に治療だけではなく、多くの文人や芸術家と接する場ともなっていた。
病院を題材とした小説や映画を生み出した富士見病院療養所を富士見町の文化発祥の地として原型のまま現地保存をして欲しい。 という事です。
議題として上がってくるとは聞いていましたが、富士見病棟を見学した事がありませんでした。
そこで、3月6日「保存する会」で行った見学会に参加させていただきました。
「あららぎ」に入る手前の左の建物です。

2階に見学できるよな部屋がいくつかあります。・・・・・・・・・

ある当時の模型です。かなり広かったんですね。
この一番手前の「本館・富士病棟」が現在残っている「富士病棟」だそうです。

机の上に無造作にアルバムなどの資料が積み重ねられています。このアルバムをちょっとだけめくってみて感激しました。
当時の「写真同好会」の方々が催しなどを写真に収めて残してあります。
見学に訪れた人たちが(私たちのように)アルバムを見ていくので,損傷が激しいとの事。
アルバムひとつをとってもすごい価値のあるのもだと感心しました。

当時の療養所の風景や映画の写真など展示されていました。

畳を引いた木のベッドです。
取っておく場所がなく、現在残っているのはこれひとつ!

こういった楽しい絵もいくつか残っています。

これからは1階の様子です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1階部分は、現在も使われています。

一階にあるタイル張りの柱です。こういった柱も貴重なもですね。
★見学してやはりこれも残すべき富士見町の大切な財産だと感じました。
本当に知らないことって多いなあ・・・と思います。聞いてはいましたが、実際に見学してみると「なんとか保存して行かなくては」と言う想いがよく分かります。
貴重な資料としても保存するべきでしょうが、もっとちゃんと見学するような物にすれば観光の資源をしても重要なものだと感じました。
「建物全体を現地で保存したい」との事だったので、2階を見学してから現在も使われている1階も見せていただきました。
医局や事務所として使われています。この機能をいったいどこに持っていくかも大きな問題です。
議会で付託をされた社分では会の代表者の出席頂き、説明を受けました。
年間だいたい500人~600人の見学者があるそうです。ただ、現在のままでは二階に10人以上あがることも制限しているそうです。
その後の担当課からの説明にとると、H17~18に掛けて県が「近代遺産総合調査」を実施する予定で、その候補のひとつとしてこの診療所をあげてあるそうです。
これは、明治以前の遺産については今までも保護をされて来たのですが、明治維新以降の建築物を残していこうと言うもの。富士見町では17件の候補をあげてあるとの事。
議会では、土地や建物が町のものではないので町長部局へ陳情をあげる性質の物ではないと言うことで、陳情を採択をするにとどまりました。
昨年の暮れに「おつき ゆきえ」さんの『大人のための絵本の会』を始めて聞きました。
その初体験があまりにも衝撃的で、ぜひ富士見町でも機会を持ちたいと思いました。
そこで、関心のありそうな人に声をかけ、3月19日信濃境の清泉荘で「おつきゆきえ」さんのお話の会を計画しました。
「おつきゆきえ」さんは、日本で唯一の「おはなし」のお届けやさんです。
絵本と賢治の本の読み聞かせをして全国を回っています。
初めて彼女の「おはなし」のお届けを聞いた時に、本当に『目から鱗』状態でした。
「絵本ってこんな読み方があるんだ!」「こんなに自由に読んでいいんだ!」
「子どもたちにも聞かせてあげたい」
と言うのが、私の素直な感想です。
実は、うちの息子にも本当に頭が痛いのですが、活字を読む事がとっても苦手です。
お気に入りの漫画なら繰り返し繰り返し読んでいます。漫画がすべて悪いなんて思っていませんが、ほとんどが「会話」を読むのであって、文章を読み取る作業にかけています。
漫画も「本」も同じように親しんでくれるのなら心配はしないのですが、残念ながら読んでいるのは漫画だけです。
文章を読むことが苦手なので、当然テストでも「文章問題」が解けません。あるいは問題をしっかり最後まで読まずに、自分で解釈してしまうので間違えてしまいます。
たくさんの文章を読む事で、同じ事でもいろいろな表現や考え方があることを知ることが出来ます。
たくさんの引き出しを持っていれば、自分の想いを相手に伝えたいときにも豊かな表現で的確に伝える事が出来ますよね。
私自身、それでどれだけ苦労していることか・・・・偉そうなことは言えないのです。
そこで、子供たちが「こんなに楽しいいんだよ!」って、本を好きになってくれるきっかけになれば言いと思い、「子供のための絵本の会」を企画しました。
おつきさんを呼ぶには、
10人までの集まりは1万円。それ以上の参加は大人一人1000円、こども500円です。
まず、最初の10人になってくれる人を集めるために声をかけてみました。
何人かに声をかけた段階で大人が8人集まりした。
「小学生くらいを対象とした子どものための読み聞かせを」と、おつきさんにはお願いしてあったのですが、蓋を開けたら大人ばかりだった、と言う事になりそうでした。
実際にそんな事も過去にはあったようで、おつきさんは話をする焦点がぼやけてしまい困ったようです。そこで、路線変更をして「大人のための会」をお願いすることしました。
3月19日、場所は信濃境の清泉荘。
当日は、15人の大人と5人の子供が集まりました。
{この日のメニュー }
・もけらもけら (福音館)
・とさかにごはん (理論社)
・月夜のみみずく (偕成社)
・かあさんのいす (あかね書房)
・ザガズー (好学社)
・“わたしを束ねないで”より 「赤ちゃんに寄す」 (童話屋)
・“ポケット詩集Ⅱ”より 「花」 (童話屋)
これは体験していただかないと、どんな言葉を並べても、残念ながら私の表現力ではお伝えすることはできません。
聞いている人間の反応があまりにも良過ぎたために、おつきさんも乗ってしまい、それはそれは楽しい極上の時間でした。
一時間半、目いっぱい笑い、笑い過ぎて泣いて、最後はなぜか暖かい物で胸が一杯になります。
その時に初めておつきさんの言う「ほんとうのたべものやさん」の意味が分かるようになるんだと思います。
それで、気がつきました!
「子供たちじゃなくっていいんだ!」
大人がこれだけ絵本を楽しめたら、私がそうだったように「子供にこの楽しさを伝えたい」と思うはずです。
ゆきえさんが言うように「絵本は子供だけのものではない。それぞれの年齢でそれぞれの楽しみ方がある」訳です。
本当に、そのことを実感できる時間でした。
もちろん、子供たちにもあの楽しい時間を味あわせてあげたい、と思います。
でも今はそれ以上に、子供に絵本を読んであげるお母さんたちに知って欲しいと、痛切に願うようになりました。
また、企画をしたいと思います。
もし興味があって「ぜひ、一緒にやりたい」と言う方がいらっしゃったら、ご連絡お待ちしています。(@⌒ー⌒@)ノ
一年が始まり一ヶ月も過ぎた所で、ようやく今年初めての書き込みをしています。
なんてこった・・・!
昨年、12月の議会終了後、一週間先に行っている家族を追いかけ、1月の10日まで、インドの南部へ家族旅行に行ってきました。
その間にスマトラ沖の地震があり、日本に帰ってからは、ご心配をおかけした皆さんにお詫びする事で今年一年が始まりました。
「議員の癖に何をのんきな事をやっているんだ!」
「そんな暇があるんだったら、パノラマにでも行ってみろ」と言う批判も頂戴しました。
そのほかにも「議員っていったい何なんだろう・・」とぞっこん悩むような事もあり、ホームページに書き込みをする心の余裕もなかったと言うのが正直な所です。
インドでは移動の時間も多く、本当にいろいろな事を考えました。
「議員っていったい何なんだろう・・・?」
この、疑問は常について回ります。
「なんにでも首を突っ込み過ぎる」とよく言われるのですが、その通りです。
確かにその通りなのですが、その一つ一つが自分にとっては大切な事で「その中から選択をして自分の活動の中心をしっかり決めろ」と言われても、難しい!
環境、教育、福祉、町づくり、情報公開、行政の評価、下水道裁判・・・
行政の壁、法律の壁にぶち当たり、自分のやっていることの価値を見出せない事もしばしばです。
一つの事が解決出できて達成感を味わう事も出来ません。
なんだかいつも自分が二十日ねずみのように同じ所をくるくる回っているような気がしてなりません。
「そんな事、当たり前だろう。」「承知で議員になったんでしょう!」と、言われるとは思いますが、議員になって一番重いのは365日、24時間、議員でない私は存在しないと言う事です。
家族旅行に行っていても気がつくと考えているのはその事です。
「今、やっていることは議員じゃなくても出来る事じゃないか?」
「私に票を入れてくれた人はこんな事を期待していたわけじゃないかもしれない。」
「一体、私に何を期待しているのだろう・・・?」
「私は何をすべきなんだろうか・・・」
これまた、いつもいつもぐるぐると考えている事です。
何のために議員になったんだろう・・・
何がやりたくって議員になったんだろう・・・やっぱりそこに立ち返ることが一番大切だと考えが至ります。と言うか、胸に落ちました。
いつも思ってはいても、“時間をかけてゆっくり順序を追ってそこ考えが到達した時”と、“そうだと分かっているんだけど”、と考えている時ってやっぱり納得の仕方が違うんですね。
そして出来る事からはじめていこう。
・・・なんて、結局当たり前のことですね。
じゃあ、何が一番やりたいのかと言うと、やっぱり教育です。何をやるにしても子供たちを教育していく事が世の中を変える一番大切な部分だと思うから。
でも、今まで関わりのあった福祉のことも大切だと思う・・・
それだけでいいかって言うと、パノラマの事だって「議員ならちゃんと見ていろよ。」って事だと思うし、
別に誰に頼まれてる訳じゃないけど、下水道裁判だって本当におかしいと思う、自分自身が納得できないから最後まで見届けたい。
結局、その時その時の優先順位で決めていくしかない、って思います。
ぞっこん落ち込んで、ようやく水面に浮かび上がってきた感じです。
自分の脳細胞が爆発しそうなくらいぐるぐる考えているうちに「正直な自分をさらけ出す事から今年ははじめよう」と思いました。
どれだけの人がこのHPを読んでいて下さるかは分からないのですが、この優柔不断な自分をさらけ出す事からはじめようと思います。
たいていの人に「あんたは、何の悩みもなくっていつも元気でいいねえ~」と言われるのですが「本当はとっても辛いんです」
・・・と、言ってしまったら、少し肩の力を抜けるだろうか・・・?
いつも溺れかけているようにバタバタとしていても、自分に出来る事は限られている。
自分以上の自分にはなれない。でも自分だから出来る事もあるかもしれない。
先日、茅野の人に「富士見町ってすごくいいところねえ」と言われて思い出しました。
この富士見町が大好きだからはじめた事でした。
与えられた仕事を、悩みながらこれからもやって行きます。
3年ほど前に「富士見町でも農業委員に女性を出そう!」と、富士見町で農業に関わる女性団体が集まり、
「農村女性連携会議」を立ち上げました。
その結果、富士見町でも女性の農業委員が活躍できるようになりました。
昨年度、県で「農産物の旬を味わう長野モデル推進事業」を設ける事になり、丁度検討中だった連携会議が中心となり事業を実施しました
実際に提供したのは、諏訪養護学校を含む町内の小中学校6校。9,10月の各一日で、ジャガイモ、にんじん、たまねぎです。
今年は、ぜひ男性にも参加して欲しいとの思いから、名前から「女性」を除くことにしました。
皆さんで、「富士見らしい名前」をと考え出したのが
『ふじみ農村よっちゃばり』です。
“よっちゃばり”と言うのは、「みんなで寄って話をしよう」と言う意味です。
今年度のはじめに、どのように進めていくのかを、皆さんで随分話し合いを重ねました。
まず、皆さんで確認しあったのは「顔の見える、安全で安心な食材を子供たちに食べて欲しい」と言う事。
その為に、「富士見町で、できるだけ農薬を使わなくても出来る野菜」を上げ、“野菜カレンダー”を作りました。
野菜の最盛期であったり、季節によっては ほとんど農薬を使わずに作る事も出来るそうです。
そう言った野菜を供給して行きたいと皆さんで話し合いました。
「安全なものを提供したい」「でも、安全って一体なんだろう・・・?」
栄養士の先生方とよっちゃばりが一緒になって「農薬に付いて」の勉強会をしました。
栄養士の先生から「実際に作っている畑の見学をしたい」と言って頂き、畑の見学会も実施しました。
栄養士の先生、学校側からの要望もあり、生産者の責任として栽培履歴をしっかりつけ野菜を納品する時に一緒に提出することにしました。
可能な人は「生産者の一言」を納品する時につけ、学校で紹介していただき「顔の見える食材の提供」
たとえば、長ネギを納品する時に上蔦木の今井さんがつけてくださった「一言」です。
「昔から春先に苗を買って定植してきました。
今年は春3月にハウスに種をまきし、5月に定植してみました。
買った苗で育てた時は、病気がつき(赤さび病)思うように成長せず、
こう言うものなんだと思っていたのですが、自分で種まきし、育ててみると
病気に強く、すくすくと育ち、とってもよいネギになりました。
・ネギには肥料はやらずにうね間に雑草を防ぐためもあり、米ぬかを撒きました。
・米ぬかが土の表面にまくを作り、雑草の発芽を止めるのだそうです。
・ネギが伸びるにしたがって土よせをするのですが、米ぬかが肥料になり、
とてもよいネギになりました。
・ネギは隣に大きくなるか作物があると日陰を嫌い成長しません。
隣に、ヤーコンを植えてしまいました。ヤーコンは2~3mの木になります。」
こうしたお手紙を給食の時に読んでいただいて、少しでも子供たちが興味を持ってくれるとうれしいですね。
でも、「いつでも少しでもいい野菜を作りたい」と、探究心を持ち続けているおばさんたちには、本当に頭が下がります。
毎月、月初めに定例会を開き、「その先どんな野菜が収穫できそうか?」相談しました。
直売所の価格と見合わせながら、よっちゃばりでの富士見町統一の価格を決めました。

提供する野菜も去年に比べると飛躍的に増えました。
各学校の担当者と栄養士の先生方とのコミニュケーションがうまく取れたのだと思います。
今年はよちゃばりの代表が私で南中の担当で、南中の栄養士の渡辺先生が富士見町の栄養士会の会長だったので、気楽に相談ができたのがよかったように思います。
私がよっちゃばりの定例会で決まった事を持って相談に行き、二人で話し合った事を渡辺先生が栄養士会に流してくれました。
栄養士の先生との「確認事項」もその都度話し合い、何回も書き換え更新しました。

よっちゃばりの中でも、たとえば「安全なものを提供する」と言った事でも意見はさまざまです。
「今の世の中、無農薬で作るなんで、絶対に無理! 自分のうちで使っていなくたって水は上から流れてくるし、農薬の飛散だってあるじゃない。」
「『安全』に拘っていないで、どうせ私たちが納品しない日は拘らずに買っているんだから、私たちももっといろんな人に声をかけて仲間を増やす事を考えようよ」
「そうじゃなくて、私たちは何でこの活動を始めたかったのかを考えるべきだと思う。品目は少なくても、『なるべく安全なもの』に拘るべきだと思う。」
確かに『低農薬』に拘っていると、小さな学校なら何とか対応できても、富士見小や高原中になると、量を集めるのに担当の方は苦労します。
でも、今年は基本に返ろう。「顔の見える、安全で安心な食材を子供たちに食べて欲しい」と言う、よっちゃばり会員だけで対応できるものを納品しよう。と決まりました。
その事に関係して
今年の初めに「学校ごとに格差があってもいいのか?」と言う事は問題になりました。
とりあえず、今年は各学校で差が出てもいいんじゃないか。あまり差があったら来年度に又考えよう。と言う事に決まりました。
でも、実際に始めてみると「向こうの学校では、たくさん出しているのに、こっちの学校では出せないのは悲しい」と言う意見が上がり、
会の趣旨を十分に理解して協力してくれる人なら、食材を提供して貰う事になりました。
問題が起こるたびに、みんなで話し合い軌道修正を繰り返しながらここまでやって来ました。
何よりもうれしいのは、そんな時に皆さんが本当に真剣に熱く議論をしてくださる事です。
私も役目柄、いろんな会に顔を出す機会があるのですが、よっちゃばりの会が今は一番楽しいです。
地にしっかりと根を張ってこの富士見町で活躍なさっている皆さんと知り合えたのは本当に幸せだと感謝しています。
境小学校の御柱祭があると聞いて見学に行来ました。
行ってみてびっくり!
境小学校全体の行事ではなく、2学年の親子レクレーションでした。
境小学校は一学年一学級の小さな学校です。
その中でも、2学年は生徒数が多くて26人ですが、これだけの行事をよくぞ少人数で盛り上げたものだと舌を巻きました。
昨年の6先生が“未来にひきつぐ郷土の森整備事業”で境小学校の上にある押立山の整備をしました。
その押立山の一角にある土俵のを囲むように、すでに3本の柱が立てられていました。

本格的な御柱祭でした。
保護者も一つになって準備して盛り上げて来た大切な「お祭り」と言う感じでした。(*^o^)乂(^-^*)
保護者の皆さんにおじいちゃんおばあちゃん、地域の方も参加。
普段は静かな押立山がにぎやかな御柱のお祭りに包まれました。
これまで子供たちが積み重ねてきた学習の跡を知って感動しました。
春から諏訪地域の大イベントである「御柱祭」の勉強を積み重ねて来ていました。
諏訪大社まで出かけて御柱の勉強をしたそうです。
子供たちの木やりは大きく、それでいて澄んだ鈴の音のように森に響きました。
本格的なお助けラッパ隊の参加もあったのですが、子供たちのメロディオンラッパ隊、これがよくそろっていてみんな一生懸命。
かわいくって又すっごく良かったです。
学校内にあるもみの木を切って「モミさんの木の命をもらう」についてはずいぶん学習を重ねてきたようです。
「命については、叩き込まれてたわ」と、あるお母さんのお話です。
伐採の時から立て御柱まで、保護者の支えも大変なものだったと思います。

「御柱になってくれるモミ木さんへ ぼくは 私は約束します」
子供たちが書いた「モミの木さん」への約束が書かれて、土俵を取り囲むように飾られていました。
ここに書かれた子供たちの字を見て驚きました。
とても2年生が書いたとは思えないほどしっかりした字で丁寧に書かれていました。
どの子も「モミの木さん」に思いを込めて書かれたのでしょう。みんなが一応に上手なのにはびっくりです。
文章を読んで、またまたびっくり!
「2年生でも、こんなにしっかりとした文章が書けるんだ」どの子も、一生懸命に考えて真剣に書いたんだろうと感じました。
私もこうしてHPを書いていると、文章にして人に伝える事の難しさを痛感します。
またまた夫の話になりますが、「日本は大学に行っても○×の試験。イギリスでは信じられない!僕が専門的な勉強をしなくても翻訳業で食べていけるのは、とにかく論文形式で自分の考えを書かされた教育のお陰。どの教科の先生もそう言った意味では『国語の先生だった』と言える。数学みたいな教科を除けば ほとんどいつも『この事に付いての自分の考え方を3ページ書きなさい』と言った宿題だったので、先生はその内容だけではなく、スペールの間違いや文法的なミスまで指摘された」
この話、前にも幸のページのところでした気がします。
でも、本当に文章を書くって大切な事ですよね。
分かっているつもりでも、いざ文章にしてみようと思うと「えっ!?こんなもんだっけ?」
と、思う事が多いのです。
常々、思っているので、この2年生の「モミの木さんへの手紙」を読んだ時、この子達がうらやましいな・・・と思いました。
2年生の頃から「書く」事をしっかり教えられているこの子達が、今後どのように育っていくのかはとっても興味があります。
子供たちの気持ちをこれまでに高める事の出来た教育が、今まで時間をかけてしっかりとなされて来たんだと納得しました。
子供たちが、一生懸命に書いた思いが伝わり、一つも読み落としてはいけないような気がしました。
読んでいて、「なるほど・・」と、納得した事があります・・・

8月の終わりごろに毎年「富士見高原 詩のフォーラム」があります。
尾崎喜八碑前に集い、献花から始まり町から投稿された詩の作品の発表と表彰式があります。
今年の最優秀作品が、この「モミの木さん、約束します」と言う詩だったのです。
2年生の子がよくここまで命について考えられたなあ・・・と、感心していたのですが、その背景には積み重ねられてきた学習があったんですね。
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小学校最優秀作品
境小 2年生の“功刀りょう”君の作品です。
「やくそくします、モミの木さん 」
おんばしらになるモミの木さん、
切らしてくれて ありがとう。
いたかったですか。
天国に行ったら、いい神さまになってね。
モミの木さんは さいしょうまれた時
小さかったけど、だんだんえだがはって
大きなモミの木さんになったんですね。
モミの木さん、みんなのうたごえきこえましたか
らっぱたいのがっそう きこえましたか。
かみさまのモミの木さん、
ぼくは やくそくします。
ぼくは、こく語がにが手なので、
こく語をがんばります。
さんすうはとくいだけど、
ねぼけてるときがあるから
ねぼけないようにします。
ぼくは、あたまがわるいから、
あたまをよくします。
ぼくは、ともだちのことをすぐけったりするから、
きょうから、けったりしません。
まえ、ぼくのおばあちゃんがしんだから、
ぼくも、命をだいじにします。
モミの木さんからもらった命もだいじにします。
モミの木さん、
天国で、みていてね。
ぼくは、ばんばります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★ 詩のフォーラムで、私の心に共感した詩をもう一つ紹介します。★・・・・・・・・・・・・・・・・・
「 影 」
光が当たる
物、人、動物、植物、すべての物に影ができる。
すべての物の存在を示してくれる。
でも、光を避けているものに、影はできない。
存在をかくしていたらその物らしく生きられない。
だからいつも自分に光を当てて、
前向きに生きよう。
すごい感性の鋭い子だなあと、感心してしまいました。
他にもいい作品はたくさんあるのですが、私には忘れられないほど、心に響いてしまった詩です。
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境小2年生の御柱の学習は音楽会にも生かされました。
「おんばしらになるモミの木さん」を歌にして発表してくれました。

彼らにとって、一年を通して学んだ事って、きっといつまでも忘れられないような学習になるんでしょうね・・・
私の住んでいる池袋の部落にある「井戸尻考古館」を中心とした一帯で、縄文王国の収穫祭が行われました。
今年の5月1日で井戸尻考古館の建設30周年を迎えるにあたり、観覧会、体験学習会、講演会などが開催されました。
その記念行事を締めくくる最後でもあります。

縄文王国の収穫祭は、儀式から始まりました。

「さてさて、そろそろおこわが蒸けたかな?」
蒸気の向こうに町長を囲んでおばさんたちが味見をしていました。
和やかな雰囲気に思わず一枚!


製作した土器を野焼きしていました。
以前、私も考古館の教室で地元の粘土と釜無川の砂で土器作りに挑戦した事があります。
初心者の私には土を捏ねる作業がなかなか難しく、寒い冬だったにも拘わらず汗だくになって捏ねました。
それでも、うまくいかずに結局仕上げをお願いした経験があります。
でも、縄文人たちも、こうして、恐らく同じ材料で土器を作っていたのだと思うと、言葉では言い表せないような感慨に浸ってしまいます。

《焼けて黒くなったところが、またステキです。》
《ハスのブローチです。この穴の中にちりめんの布やフエルトを詰めたりしてあるものを最近よく見かけます》
近頃、体験教室がどこへ行っても盛んに行われています。
こうしたアクセアリーをもし体験で作れたらステキですよね。
富士見には数々の宝があるのですが、この考古館を中心にした町づくりって出来ないものでしょうか・・・

いつか、習得したい私の憧れのわらじ作りです。
お気に入りはぼろ布で作ったわらじです。
部屋の中で履くのに、履き心地もいいし洗濯も出来るので重宝しています。
ちょっと前まで、こうしてどこの家庭でも、むしろを織っいたんですよね。
自分たちの生活に関るかなりのものをこうして一つ一つ手作業で作っていた生活が40年ほど前までは、どこの家庭でも当たり前だったはずです。
・・・あらためて、「本当に豊かな暮らしって何なんだろう・・・」
と、考えてしまいます。
土器で炊いた古代食です。
赤米、黒米、あわ、きび、ひえ、蓮の実、栗、ぎんなんが入っていました。
古代人はこんなに豪華な食事ではなかったかもしれませんが、本当においしかったです。
縄文王国にぴったりの演奏でした。
竹から放たれる低い響き、石の音・・・太鼓・・・
縄文の人たちも、いろいろな「音」を楽しみ、そして奏ででいたのでしょうか?
この日は、議会でも社会文教委員会で“焼き栗”を焼いて参加しました。
午後からは、諏訪サポートの講演会、フォーラムがあったのでお先に失礼してしまったのですが、一日十分楽しめる催しでした。
3年ほど前に縄文講座を聴講したことがあります。
縄文の文様のなぞを解き明かしていく話が、とっても面白くて印象深かったのをよく覚えています。
太陽と月、そしてカエルと月の関わりなど、考古学にまったく興味のない私でも、絡まっていた紐が徐々に解いていけるように、聞いていてどんどん引き込まれる講演でした。
今年の30周年記念行事の中には3回の講演会がありました。
あの時の、まるで面白い推理小説でも読んでいるような楽しさが忘れられません。
参加したかったのですが、なかなか日程が合わずどきどきしてしまいました。
でも、最後の講演会「井戸尻文化の時代 -その黎明と展開と変貌ー 」
には参加する事が出来ました。
名前を聞いただけでは、とっても難しそうな内容なのですが、縄文土器を前期、中期、後期と分け その特色を土器そのものであったり、埋設状況から分析し、縄文時代の生活観や宗教観までに広がる内容でした。
緻密なデーターの分析から千年の村の仮定の話など、これまた、素人の私にとっても興味深い内容でした。
せっかく、地元にこんな施設があり考古学の中では「異端児」と言われているような研究をしている人材がいるのに、地元の人の中でも知っている人は一部人たちです。
特に、子供たちには地元の財産、文化、そして広い世界を知ると言う意味からも、授業の中に取り入れられないものでしょうか・・・
色々と、学校にも提案をして行きたいと思います。
なぜ「異端児」なのかは・・・
興味のある方には、ぜひ一度、考古館の皆さんの話を聞いてみていただきたいと思います。
彼らの話を聞いていると、「この考え方、推測はきっと正しい。」と、思ってしまうのは私だけでしょうか・・・・?
お蔵に眠っているような昔の道具を使って遊ぼう。と言うイベントが富士見町の神戸でありました。
足踏み脱穀機、唐箕(とうみ)、たたき棒などで、干仕上がった稲を脱穀しました。
足踏み脱穀機で脱穀。
子供たちは、一度止めてしまうと、すぐに逆周りになってしまい手こずっていました。。
わらの束が、子供の手には少し太すぎたようです。
脱穀機の勢いで束の中側が脱穀機の中に巻き込まれてしまいました。
それでも、何回もやっているうちに、最初は「怖い」と言っていた子供もずいぶん上手になり、満足げでした。
最初は上の方から下ろすように始めて、藁を広げながら表と裏ときれいに脱穀出来るようになりました。

脱穀の終わったモミを大きなふるいでふるい、唐箕(とうみ)にかけます。
下に落とす量を調節できるようになっているのも初めて知りました。
昔の人の智恵ってすごい。
もう何年も前の話ですが、我が家でもお借りしている田んぼでそばを作ったことがあります。
実のなったそばを収穫して、棒で叩き、高い位置から振り落とし風を利用してゴミを取り除きました。
製粉所にお願いしてそば粉にしてもらい、さて、楽しみに食べてみるとじゃりじゃりして食べられた物ではありませんでした。
砂をふるいでふるう作業と、この唐箕(とうみ)を抜かしてしまったのがいけなかったのですね。
あの時は、本当にがっかりでした。
最後に脱穀機で残ったモミを、たたき棒で落とします。下に引いてあるのが、やわらかいムシロだという所がみそなんですね。
大切に育てたお米を、一粒も無駄にしないように・・・
脱穀の終わった藁で、縄綯(なわない)い始まりました。
最初はよる二本の藁の太さが違ったり、うまくよれなかった子供たちも、最後にはコツをつかんだようです。
自分たちで作った長い縄で、大縄とびをして遊んでいました。

石の臼でお餅つき。
地元の野菜のたくさん入った豚汁。
地元のセロリに手作り味噌。
これまた地元産の無農薬のブドウ。 あーーーなんて贅沢で、幸せ!!
このお二人は、小学校の同級生だそうです。
いくつになっても、こうして語り合えるなんて、都会ではちょっと考えにくいですね。
これも、ここの地域のよさってもんではないでしょうか?
こうして、昔の道具を使っての作業を小学校などで取り入れているところもあるようです。
確かに、機械化されて農作業は格段に効率化され楽になりました。
でも、こうした道具も大切な文化。
使って残していく事が難しくても、「遊び」としてでも、子供たちに何とか受け継いでいって欲しい物です。
富士見町の図書館って利用者も多く、評判のいい図書館です。
利用者の声を大切にして運営しているのが良く分かります。
耳にたこが出来るほど聞く言葉ですが「財政の厳しい中で・・・」図書館も住民と協働で何か出来ないだろうかと考えている仲間が集まりました。
「みんなの図書館をみんなで考えたい」
「図書館を語ろう会」と言うのもまだ仮名です。
第一回目として、全国でも先進的な活動で有名な千葉県の浦安図書館に勤務をなさっている鈴木 均さんにお話を聞く機会をいただけることになりました。
鈴木さんは富士見町の鳥帽子に別荘を持っていらっしゃいます。仕事柄、富士見の図書館には以前から興味があった、と、快く引き受けていただきました。
まず、話題提供者をしていただき、その後、参加者でざっくばらんに語りました。
まずは鈴木さんの「イワンの馬鹿」の語り聞かせからお話の始まりです・・・
浦安の図書館ってどんなところ?
①年間予算規模が1億円。年間の図書費が一人当たり1000円を日本で初めて超え、それが20年間続いている。
②町中どこに行っても図書館がある。16平方キロメートルの中に7つの図書館があり、それぞれ5万冊を所有
③39人いる職員が全員司書の資格を持っている。プラス非常勤
いわゆる①の金、②の物、③の人がそろっている所。
・昭和54年に開館になった中央図書館は古くからの漁村と埋立地との中央に立てた。
・貸し出し数を増やすのが目的ではない。→司書の役割は調べ物のや選書の相談、お客さんとどう話をするのか。
・年間5万冊買っているが、反面5万冊捨てている事になる。
・図書館の柱は・・・?
貸し出し:(勉強する所を中心の考えではない)
全域サービス
子供へのサービス:(一番リピーターが多い)→その3本の柱を忠実にやっているのが浦安の図書館
子供との関わりとして
・各保育園、小、中学校に営業に行く。
・いいものを手渡す努力が必要。あえてマンガは置いていない。
・どうやって子供に読ませるのか?
・年間数百回学校を回っている →役割の本質的な事。子供が本を手に取る動機を作る。
その他のサービスとして
・大人に対してはビジネスの支援
・ハンディキャップの人に本を届ける
・学童保育に本を届ける。 →それらの事をいろいろな人とやるのはすごく大変。 図書館として一連のプログラムでやっている。
町の中に図書館がある意味は何か?
無料貸し出し屋で終わってしまっていいのか?
町の中の信頼感、顔の見える富士見町だからできる事(例えば、信頼関係で新刊を貸せるような事も可能?)
情報化社会に、ビジネスの役に立つようなサービスは当然。その先は?
図書館の意味は? →町のあり方、形がはっきり見えるところ。
図書館は人工的なコミニュティー。図書館を核にして作り直すことが可能。コミュニティとして再生していく基点になれる
安い、早い、うまいのサービスを目ざして来たが、もっとスローフードでいいんじゃないか?
利用者が何を求めているの検証が必要
市民とどう関っていくのか?
・浦安はそれがなくてもサービスの出来たところ。今まで住民との協働をすっぽかしてきた。
・住民は運営にはタッチしない。
・点訳などの作業をボランティアは協力するが、図書館のサービスの仕事として有償ボランティアできっちりやってもらう。
・一人の単位で、下請けとして協力。音読サービスなど、当然作り手はどんな人がどんなものを要求しているのか知りたいが、でも反面、ありがとう”をわざわざ言わなくてもサービスは受けられるはず。
・松本の図書館の例。ホームレスがいて臭いとの苦情で困った時に「ホームレスの人と風呂に入る会」を立ち上げ解決した。
参加者からの意見
・ファーストフードでいいのか?
今まで、一対一で(図書館としては)意見は聞いてきたが、広く住民の声として聞ける会があればいいと思う。
・富士見図書館は信頼して別荘族にも本を貸し出してくれるのでうれしかった。
・新住民が暮らしやすい情報が欲しい。
・貸し出し数や蔵書が多いでいいのか?
・本を買ったり、捨てたりするのは、誰がどんな基準でするのか?
・新しい本を買って貸し出してしまう事で、本屋は?
・行政はなぜ、無料で本を貸すシステムを作ったのかを考えないと、本当に図書館の役割は分からないんじゃないか。
・図書館は、本を媒介にして人と人を結びつけるところ。
鈴木さんにいくつか質問も出ました
Q:図書館に「これだけは!」と言う期待やしてはいけない事は何か?
A:図書館の目的は人と本をつなぐ事をベースにして、人と人をつなぐ事。
本を貸す事は手段。
Q:図書館の特別支援サービスをしている人たちの話として「利用者と月1回交流会を持つ事で、ニーズも分かり感謝の気持ちもわく」と聞いた。
接点を持つ事は必要ではないか?
A:確かにその必要性は分かるが、浦安ではニーズくみ取り、伝え発注するのは職員の仕事。
図書館のとしてのスタンスは明確にしている。「気兼ねしないで使ってください」と言うこと。
子供との関わりとしては、半年に一回のペースで各クラスで読み聞かせを授業の一環として行っている。
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆
充実した人材で「図書館の役割とは何か」を追求して実践していてすごい所だなあ、と思います。
図書館の司書の読み聞かせが、学校の授業の一環として定着しているのも感心してしまいました
鈴木さんご自身も、お若いのですが「図書館が好きで好きでたまらない」と言った感じが印象的でした。
実は「今度、こんな会をやります」と、皆さんにお知らせしたところ
「今でも充分優れた図書館ですから、地域性も考え、どこか別の地で流行っているからといって、必ずしも猿真似はしないこと、職員の負担を増やさないこと等に留意
したいものです。」
と言うメールを下さった方もいらっしゃいます。
鈴木さんの話を伺っていると、「すごい!]と思うのですが、富士見には富士見のよさがある、と改めて気づかされました。
大きな予算規模で“金・人・物”のそろっている所と、小さな顔の見える自治体だからできる事のよさ。
いい所は、取り入れて行きながら、富士見らしい住民に愛される図書館でいいのかな、と言うのが私の感想です。
特に富士見町の図書館は、公民館と博物館との複合施設。
富士見町での、大切なコミニュティーの場所でもあります。
鈴木さんのお話にもあったように、図書館を中心とした地域づくりが出来たらいいものになるんじゃないかと、常々考えているところです・・・。
これからの会の予定・・・
図書館では毎年、利用者にアンケートを取ってサービス向上に役立てているとの事ですが、今年はぜひ「図書館に来ない人の意見」を聞いてみたいとの事です。
そのアンケートに作りから協力してみよう、と言う話が持ち上がっています。
今回参加してくださった方の意見の中には「もっと情報が欲しい」なんて言うのもあったのですが、「どんな情報がなくって困っているのか?」と言う事が知りたいって事なんだと思います。
7月25日、井戸尻考古館で観蓮会が行われました。
館長の丁寧な説明を聞きながら蓮池をまわり、ウインドオーケストラの演奏、野菜の直売、蓮の葉のお茶のサービス、野立てなどなど・・・
とってもすてきな観蓮会でした。
(おっと、HPに載せるのを忘れていました。ちょっと季節が外れてしまいましたが・・・)

大勢の方が、館長の説明に熱心に耳を傾けていました。
中には、学校の新聞に書くんだと、小学生の取材も・・・
いろいろな種類の蓮が交配してしまわないように、花が終わると種が落ちないように摘んでしまうのだそうです。
その話を聞いて安心し、「食べてごらん」と言われ、始めて蓮の実を食べました。
シャキリとした噛み応えで、癖もなく甘い!
ここで、すぐに頭をよぎるのが・・・「なんか、商品にならないかな・・・?」

小林館長の丁寧な説明を聞きながら、一つ一つの田んぼを見て回りました。
館長が最初 大賀蓮と信じて植えたものが違う品種で、それから本当の大賀蓮を苦労して探したお話は、次男が小学生の時にクラスでも伺ったそうです。

蓮の花が4日しか咲かないのは初めて知りました。
これは、明日咲くつぼみでしょうか・・・

1日目の花の開花時間は、4時~5時ごろから8時ごろまで。4時間くらいしかないそうです。
2日目の花はお昼頃まで開花していて、一番香りが高いのだそうです。
3日には色があせてきて、完全に閉じなくなり、4日目には散ってしまうそうです。
なぁ~るほど・・・勉強になりました。

ウインドオーケストラの演奏がまたまた花を添えて・・・
この季節、ウインドの皆さんは、行事が目白押しで毎週引っ張りだこですね。

これが、又観蓮会にはぴったりののだて。
蓮を見て演奏を聴きながらお茶を点てていただくなんて、趣があり、ものすごく贅沢ですよね。

☆☆☆
私の実家は千葉市の駅のすぐ近くにあるのですが、歩いて5分くらいの千葉公園にも大賀蓮があります。
大賀博士が古代蓮の種を見つけたのが、近くの検見川である事もあり、千葉公園では昭和28年から開花していたようです。
2000年も前の種から発芽して、今では全国のあちらこちらに広がっているなんて、夢のある話ですね。
お盆の頃に実家に帰ったので、久しぶりに千葉公園の蓮池を見に行ってきました。
もう、花の時期は終わっていて、1つ2つしかありませんでしたが、「長野から見に来た」と言うと、管理人のおじさんが大賀蓮の資料を出して来て説明をしてくださいました。
(長野から行ったのはうそじゃない!!)

蓮の中を散策路が出来ているので、蓮が咲いている時は、両方から蓮が迫って来るように見れ迫力があります。
後ろの建物は、蓮観察塔。
すっかり信州人の私は、暑さに参ってしまっていたので涼しい室内でほっと一息。

観察塔は、蓮をイメージして作られていて、床は16枚の花びらにちなんで16角形に、ベンチもレンコンをデザインしたものになっています。
千葉には千葉の・・・富士見には富士見のよさがあるってことですね。
千葉でも毎年蓮を見る会が開かれているそうなです。そっちものぞいて見たいなぁ・・・
8月8日にひまわりの会で交流会をすると言うのでちょっと様子をのぞきに行きました。
立沢ひまわりの会では休耕田に食用油用のひまわりを植えたり、みなさんで直売場を運営しています。
立沢のおばさんたちって・・・・なんか、ほんとに元気!
ちょっと・・・と思って出かけて行ったのですが、並べられたご馳走に惹かれしっかりと根を下ろしてしまいました。

日よけに遮光用のネットを張ってありました。これが涼しいのにはびっくりしました。
直売場では、会員のお孫さんが、お店番のかたわらお客さんの意向調査をしていました。
「どこから来たか?」「何をかって行ったか?」夏休みの研究だそうです。
小5年のお兄ちゃんが野球でこれない時間は2年生の妹さんがバイト。えらい!

並べられたお料理のほとんどが、地元で取れたもの。
会員の旦那さまたちもテント張りなどのお手伝いに借り出され・・・家族の協力がなければ、ほんと、出来ないですよね!
ご夫婦仲むつまじいのも、ご馳走のうち・・・!?

たまたま、直売場に買い物に来た人も「さあさあ、どうぞどうぞ!」
「小淵沢に友達が別荘を持っていて、この前ここでインゲンを買ったらおいしかったから買いに来たの」
埼玉からのお客さんと話が弾みました。
「何を食べてもすっごくおいしい。今日はラッキー。ほんとにいい日。」
の連発。・・・それは私も同感です。
デザートの寒天や、取りたてのスイカも、フルコースで頂ました。 ( ´∀`)

これはひまわりの花びらの酢の物。
菊のはなのようで、おいしかったです!
「欲しい!」と言ったら、花びらを山盛り持たされ「自分で作りなさい」と言われました。
教わったように、さっと塩茹でし三杯酢にし、実家に持って行ったところ大好評でした。
これって何か名物にできないかなあ・・・?

手前はズッキーニとしめじの炒め物。奥の中央の天ぷらはこれ又ひまわりの葉の天ぷら!
このほかにも、定番のエゴマおはぎ、地元の野菜たっぷりのトン汁、数々の漬物たち、うめジュース、夕顔とさば缶の煮物などなど・・・
この夕顔が食べたことのない食感。夕顔独特のつるんとした感じがなくしっかりしている。
他のお客さんと「どうやって作ったんだろう・・・」と話していると、「夕顔を細くかんぴょうに引いている暇がなかったから、ざくざくと切って2,3日天日干しにしてそれから煮たの」だそうです。
これは、試してみる価値あり!今までにない食感でおいしいです。

こんな景色を見ながら、ゆっくりと懇談しながら食事をするなんて、ほんとにしあわせ!
これも、富士町のたからですね。
なんと言っても、ひまわりの会の皆さんが楽しんでやっているのがひしひしと伝わってきます。
とは言え、これだけの事をみんなで「やろう!」と言って実行する行動力、すごいです。
こうした催しも毎年続け、定着していくと富士見町の名物になりますね。
もう10年ほど前の話なのですが、「更埴市でひまわりの迷路を作っている」と聞き家族で出かけました。
背丈ほどのひまわりの中を歩くのは楽しく、それ以来「ひまわりの迷路」は私の夢でした。
去年、立沢で食用油になるひまわりを作っていると聞き植え方を教わりました。
我が家でも去年、夢の「ひまわり迷路」を作ろうと、お借りしている畑にひまわりを植えてみました。
教わったように30センチ間隔で2粒ずつの種を植え・・・
これは友達にも手伝ってもらい無事クリア。
でも、少し育ったところで迷路を作るために苗を抜くはずだったのですが、“迷路”を考えているうちにぐんぐんひまわりが生長して・・・
結果「今年はひまわりの花を楽しむだけでもいいや」になってしまいました。
花を収穫して種を取るのが又、大変。
種で重くなった花が下を向き、「どうも最近すずめが多いな」と思っていたら、気が付かない間にあっと言う間にかなり食べられていました。
おばさんに教わったように、板に釘を打ちつけ、こすって種を落としたのですが、家族総動員でブーブー文句を言われました。
苦労して種を取ったにも関らず、その種とごみを分ける作業がなかなか実行に移せずじまい。
おばさんたちが種を油に絞りに行くのに間に合わず、結局 今年まで持ち越してしまい、カビが生え燃す事になってしまいました。
家族からはひんしゅくを買い、
「自分で出来ないならもう絶対にするな!」と言うことで『その通りです』
反省して今年はあきらめ、立沢で楽しませていただきました。
休耕田で油用のひまわりを育て、しかも迷路で遊べるなんて一石三鳥でいいと思うんですが・・・
いつか、いつか・・・夢は持ち続けて・・・・p(⌒ο⌒)q
町政懇談会。二日目は境小学校。
一般の方の参加は3人でした。
前日の出席の少なさに驚き、私も知り合いに参加呼びかけのチラシを作り、TEL,FAX,メールを送ってみました。
私の集落の区長さんにも「呼びかけの有線を流していただけないか?」と相談してみたのですが、境地区では最終日に清泉荘でもあるのでその時に、と言うお返事でした。

この日の話題は、やはり参加者の少なさに関するものから始まりました。
Q:集落の人たちはどうして来ないのか?よそ者は集落の成り立ちなど、分からない。
Q:有線で知らせるだけでなく、もっと個人的な努力も必要じゃないか?みんなの話が聞けると思ってきたのに・・・。自分の意見が言えるほどまだ知識もない。
(この日の参加者は3人ともよそから移住者でした)
総務課長:よそから来て、どう感じているのか教えて欲しい。
Q:話をすると、皆さんいい考えを持っている。有線・広報など、読まない聞かないほうがいけないとも言えるが、もっとはたらきかけが必要じゃないか?
Q:富士見町の財政が心配
A:パノラマは厳しい。お荷物になると思う。でも、富士見町の財政事態は健全。
Q:本当にいろいろなところを見て時間をかけて探し、ここに住むことに決めた。
景色の変化、美しさここが一番だった。現状を見ていると腹立たしい。
Q:30年前、井戸尻の景色を見たときはすばらしくて本当にびっくりした。開発され、景色か変わってきている。ここの景色が気に入ってきた人たちはがっかりしている。
町長:土を這うようにしてここで生きて来た人間は自然を壊さないと生きていけない。どこで折り合いをつけるのかが問題。
Q:井戸尻の景観を残す為にもっと早く手を打つ事はできなかったのか?
A:できるだけ町で買うように努力はしている。
Q:町のためではなく、自分たちのためにやらなくてはいけない。ここに住むにあたって景観を高いお金を出して買っている人もいる。自分の財産を守る為に景観を守ると言うように意識を変えなければいけない。
法的な強制力はなくてもみんなでゾーニングをする事で穂高町は乱開発がなくなった。
でも、穂高は遅すぎた。富士見も今手を打たないといけない。
町長:町づくり係りがやっているのはその事。私的権利をどう守るのか?これからの課題。
Q:富士見町は風の強いところ。八ヶ岳からの吹き下ろしで一年中強い。この風をマイナスではなく、風力電を考えられないか。日照時間も長いのでソーラーもいいのでは?
A:ソーラーは町でも補助金を出している。風力については試験的に行ってみる予定がある。風景が壊れると言う見方もある。
17日から町政懇談会が始まりました。
私はかねてから、町長はもっと町民の中を回り、町民の声をじかに聞くべきだと思っているし、町長にも事あるごとにお願いしています。
ですから、この町民懇談会には大きな期待を持っていました。
ところが、懇談会の初日。コミプラに集まったのは私の数えたところでは27人。
そのうちの7人が、一般の住民でした。後は役場職員と議員。
しかも、17日は、手話通訳と要約筆記ついたので聾唖者に動員がかかり7人のうちの3人が聾唖者の出席です。
翌日の境小学校の参加者は3人でした。
この参加の少なさはいったい何なのでしょうか?
「どうせ言っても仕方ない」のか関心がないのか・・・?
この懇談会は「富士見町が合併をせず、自律してやっていく為の将来の町づくりを、町民の皆さんとともに考えて行きましょう」と言うものだと私は理解しています。
町民が、理事者と直接ひざを交えて話すいい機会だし、行政側にとっても、町民が何を望んでどんな問題を抱えているのかを知る、またとないチャンスだと思います。
ところが、本当にびっくりするくらいに参加者が少ないのです。
懇談会の内容は大体次のようなものです。
1)当面する町の事業について
①清泉荘デイサービスセンターの建設
②本郷保育園の前面改築について
③新しい町づくり係りについて
④観光貸付事業について
2)その他
①公務局の統合と跡地利用について
②少子高齢化の進んでいる地区(落合地区)活性化
③構造改革特区について
3)パノラマスキー場の経営状況について
17日の懇談会で出された意見、質問を簡単にまとめてみました。
Fさん:今日のパノラマの資料として、新聞記事が出されているが、自分たちで作ったものを出さないとちょっと違うんじゃないのか。
また、聞くだけでは数字も頭に入ってこない。年度別のものが一目瞭然で分かる資料と、今後3年の経営見込みが書いてある資料を作って欲しい。
A:パノラマに関しては今までも何回か町人の皆さんに配ってある。広報にも出した事もあり、今回は要約した資料でいいと思う。
Fさん:今度の冬を黒字転換にして行く方策は?
A:特別損益がなくなる事。減価償却がほとんどなくなる事。金利も半分くらいになることなど、いろいろな積み重ねで。
方向性は見せたと思う。今までリゾート産業に詳しい人間がいなかったが、去年一人入ってもらえた。
公社内で、いろいろのプロジェクトチーム(レストランのメニュー、ゲレンデなど)を立ち上げ検討している。
いずれにせよ、年間20万の人が来てくれているのは事実。
Fさん:町に対する賃貸料は払えないことはありえない事から、この話は始まっている。
今後も町民負担はない、と町長に明言して欲しい。
町長:可能性としてはある。つぎ込まない努力をして行く。「町民負担はない」とは申し上げられない。申し上げたらうそになる。
Fさん:確か6月の議会の挨拶で「パノラマは厳しい状態にある。町としては最大限の支援をして行く」と言うような内容を言っていたと思うが、今まで町長が言ってきた内容とは違う。
すでに公社の資産を買い取る、と言う最大限の支援をしてきたが、具体的にどう言う内容なのか?ちかぢかあるのか?
町長:言葉通りに受けて下さい。
名取助役:Fさんにお願いしたい。パノラマは大きな借金、負をしょっているが、これからどうしたらいいのか、建設的な意見も出して欲しい。
Fさん:パノラマの事は誰もが心配している事。この事について聞いてはいけないのか?
町に都合の悪い意見は排除しようとしているように思える。
町長:この、借金は誰も返してくれない。われわれが努力していくしかない。
Q:合併が反対と言う結論になって、これからの町の将来は?
A:予想はしていたが、それ以上に国からのお金は削られてきている。
お金なしで、富士見町がどうやって行くのか。
町づくり係りでも、どんな事が富士見町に有利なのか?どうすればお金が儲かるか?お金が少なくてできる事業はなにか?など、町民の幸せに貢献できる事を探しているところ。
Q:町民から集められた税金で、町以外に支出するものと町内で消費されるものの割合は?
A:割合は確かな事を言えないが、基本的には町内に落ちる。
みんなのために使われず、町外に出て行くお金はない。
Q:大きな事業など、経験がないとできなが、富士見町の業者が請け負えるようにできないか。経済の循環を重視し、できるだけ町内で支出するようにして欲しい。
A:考えは同じだが、皆さんからいただいたお金を使うのに、一円でも安いところにと言う風にも考える。
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最初のパノラマに関する質問は前議員のFさん。
さすがに質問が鋭い!と感心させられました。
確かに彼は以前議員をやっていて、よく知っているはずだし、パノラマの理事をやっていた事ともあります。
だからと言って「議員をやっていて、分かっているはずだ」とか「文句ばかりではなく、もっと建設的な意見の言ってくれ」
と言うのは、町の姿勢としていかがなのもでしょうか?
富士見町にとっても、彼のようにきちんと意見の言える人は大切な存在のはすです。
議員をやった事のある人間が 懇談会でものを言いにくいような状態にする事事態、間違ってはいないでしょうか?
Fさんの言うように、「町にとって言われたくない事は排除しようとしているのか」と受け取られても仕方ない。
ほとんどの町民は、よく分からずに懇談会に出席するのだと思うのです。その時に、他人の質問、それに対する答えを聞くことで理解できる事も多いはずです。
「Fさんばかりの意見ではなく、他の人の意見も聞きたい」と言うのは分かります。
でも、時間も終了の時間までまだかなりあって、他に誰の意見もないのなら、続いていても同じ人からでも質問・意見を受けるべきではないでしょうか?
いったい何の為の町民懇談会なのか?
3月に私の議会報告会をしました。
その時も、ほとんどの方の意見は「富士見町が自律するとなった今、一番の心配はパノラマ」でした。
その後、すぐに助役のところに行き、その旨を伝え「パノラマに関しての出前講座」をやって欲しいと相談しました。
その時、丁度「町民懇談会で町内を回り、パノラマについても説明する予定だ」と言う事を知り、それでも納得できなかったら 出前講座をお願いすると言うことになりました。
また、町は町民に知らせる「広報機関」を持っています。
それが、最大の利点ではないでしょうか?
今回の町民懇談会についても、この関心のなさに危機感を感じて、もっと必死になって町民に知らせる姿勢があって当然だと思うのですが・・・
Fさんに対する態度と言い、釈然としない思いのみが残ります。
4月15日コミプラにて富士見町の地域通貨「あい」の月一度の会がありました。
前回、3月20日(土)での会で富士見町の地域通貨が実際にスタートしました。
前回 各自のプロフィール、提供できるサービスや物、希望するサービスなどを記入したものを持ち寄り、交換しました。
一ヶ月が経って地域通貨が交換されているのでしょうか・・・
何人かの方の中で交換がなされているようです。
「畑を耕してもらった」「そば打ちを一緒にやった」など・・・
「やってもらうばかりだけれど、ありがたかった」とのご意見もありました。
さて、今回の会で問題になったのは、皆さんのプロフィールの管理についてです。
前回、各拠点に原本を置く事も検討されたのですが、皆さんのプロフィールは大変大切な情報です。
「第3者には情報を漏らさないように各人しっかりと管理しよう」と、確認しあいました。
新しく入会したい人は、一ヶ月に一回の『会』に出席した時にプロフィールを書いたものを持参して入会となります。
でも、皆さんが毎回参加できるわけではないので、事務局は置かないと言っても、誰かが常にきちんとした元本を管理する必要があります。
これは「管理してもいい」と言ってくださる方がいて解決しました。
それでも自分が持っている皆さんのプロフィールが、全部揃っているかの確認をどのようしたらよいのか?
こちらは、参加者に番号をつけることで解決できました。番号をつけておけば、「私は何番が抜けている」とすぐに分かるというわけです。
言われてみると、これはとってもいい方法です。
今回の会で決まった事は次のようなことです。
★会の途中で退席する人がいる事を考えて、会のはじめにまず次回の会の日時を決める。
⇒次回。5月15日 PM7:30~PM9:00 コミプラ実習室
(昼、夜と隔月に行う事は、前回の決定事項)
★開催場所は、駐車場の問題等も考え、当分はコミプラを使う。
★司会役と書記は持ち回りで、基本的には書記をやった人が次回の司会をする。
★議事録は決まった事のみ、各拠点に知らせる。
(欠席した人は、自ら積極的に情報を求める姿勢であるべき。)
★基本的に事務局はおかないが、誰か常にきちんとした原本を持っている必要がある。
★連絡網について、次回の連絡は連絡網でする。
(全員にメールアドレスがあるわけじゃないし、たまに電話で話すのもいいんじゃないか)
★一ヶ月に一回の会は「あい」の基本なので、できるだけ参加しよう。
★会場の使用料など、¥(円)はどうしても必要。とりあえず会員から200円づつ集める。
⇒次回に会計を決める
☆彡
会の最後には「インフォメーション」のコーナーがあり、各自の情報交換の時間となります。
自分の活動への参加の呼びかけ、イベントのお知らせなどなど・・・
無農薬で作られた春菊の「あい」のみでの交換もありました。おいしかった (^~^)ψ
富士見町に越してきて12年がたち、今年で3回目の御柱です。
12年前、3月の末に引っ越してきて、すぐに御柱。
大工さんに誘われて、木落を見に行きましたが、後ろから落ちていくのを見て
その、人の多さと熱気にただただ唖然!
「一体このお祭りってなんなんだろう・・・?」
そんな疑問がいつまでも心にうずくまっていた行事でした。
今年は、夫が集落の理事と言う事もあり、3日、4日と、初めて曳き子として参加しました。
☆彡4月2日、山出しの初日は雨。
後に聞く所によると曳き子が足りず、大変だったそうです。
めどに乗っている若者たちに「お前ら、若いんだから降りて一緒に曳け!」
と言う言葉さえ飛んだとか・・・・

若者が、本当に凛々しく、誇らしい姿です。
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☆彡山出しの2日目。
3日は天候にも恵まれ、私は息子二人と共に参加しました。
とにかく皆さんのテンションの高さに圧倒されました。一分一分、全力投球。
あのテンションでどうやって3日間も持つのか不思議・・・?
前の方で縄を引いていると、時々後ろの氏子の方に「犬の散歩じゃないんだから!」と、いさめられました。
後ろはどんな状態なのかと、様子を見に行って、納得してしまいました。
皆さんとは気構え・熱気が違う、なんと言えばいいのか分からないのですが「違う文化を持った民衆の集まり」と言う表現に近いでしょうか・・・
なんだか、同じ祭りに参加しているのが申し訳ないような気さえしました。
「こんなに一生懸命曳いているのに・・・」と、思いながらはっと我に返り気が付くと
「私たちは何でこんな事に一生懸命になっているんだろう・・・」
などとは決して思わないし、そんな事を考える事さえ失礼になりそうな空気がありました。
でも、あのめどでこに乗っておんべを振ったら、さぞ気持ちがいいだろうなあ・・・

彼はこうして、時々綱の方向を物凄い勢い力で修正します。ただただ、関心! (p^-^)p〃
これは、私のお気に入り。リヤカーに皆さんのリュックを下げ、引いていました。
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☆彡山出し、3日目も雨。


足元はドロドロ。
みなさん 足袋に縄を縛りつけ滑り止めにしていました。

前三の柱が見事な体制のまま木落しされた時には、なぜだか分けもなく胸が熱くなりました。
楽しませて頂き、ありがとう!
本当に寒い一日でした。
私たちは合羽を着ていましたが、元綱の皆さんはいくら気合が入っているとは言え、たいへんだったと思います。
足元の甲からさえも 湯気が立っていましたが、手が意思とは関係なく、震えて止まらない様子でした。
あまりの寒さに、昼の休み 夫にホッカイロとビニールの合羽を買いに走ってもらいました。
あちこちにホッカイロを入れて、ようやく少し寒さをしのぐ事が出来ました。
息子たちも合羽が滲みてきてしまい、ビニール合羽に着替えさせました。
よく「御柱は参加してみなければ分からない」と言います。
「御柱」は決して山出しと里引きだけが祭りではなく、そこに至るまでの長い準備期間があります。
山から柱を選び木造をして、縄をない曳航の練習を重ね・・・
見えないところでの積み重ねをも経験して、初めて「御柱」が理解できるのかな、とようやくそこまで私の理解もたどり着きました。
「お祭り」と言うよりは「神事」と言う言葉がふさわしい行事な
若者の態度も姿も凛々しく、綱を操る皆さんの姿はステキで、その統率の取れた一体感には、感心させられました。
4月に入ってからの思わぬ雪。
つくづく、決してやたらとできることではない、いい経験をさせて頂いたと言うのが、正直な感想です。
2月25日、立沢広原の「ライフスペースほわほわ」さんで、地域通貨の会がもたれました。
実際に富士見町ではどんな方式の地域通貨にするか、決まった事をお知らせします。
★実際に地域通貨を使う時に、やはり地理的に近い人になるんじゃないか、と言う事もあり、富士見を大きくブロックに分け、拠点となる場所を置く事になりました。
★なまえについてはいろいろな意見が出されましたが、(「カラット」「ずく」 「ずら」)
結局「あい」となりました。 (eye 私 愛 会 相のいろんな意味を持っている)
★原村「YU」方式で事務局は置かない。
★6あいを1時間のレートとする めやすとして1時間を600円くらいとしました。
これは同じことをやって各自、あまりにも「あい」に差が出ないように、あくまでも目安としての認識です。
勿論、サービスの相手で「あい」が違ってもOK!交渉しだいです。
★ミーティングは月1回。会場はお茶でも飲みながらするのに各お宅を持ち回りがいいのではないか、と言う意見もありました。
場所の立候補ないときには無理をせず、コミプラを利用する事となりました。
★司会・書記・連絡係の3つの役は必要・・・司会は自主的に持ち回りでする。
★FAX/コピー代金など実費を集めよう。
★プロフィールの書式について、原村では、サービスをしたときに「+」、してもらった時に「-」に記入しているのですが、
「+」とか「-」と言う表現はふさわしくないんじゃないかとの意見から、
+は「どういたしまして」
-は「ありがとう」に
そして、「+」「-」を計算した、総「あい」は削除する事としました。
★政治・宗教活動(署名など)とマルチ商法がらみは禁止する
★次回開催 3月20日(土) コミプラ実習室 19:30~ 地域通貨スタート
当日、時間があったら「エンデの遺言」を一緒に観よう。
それぞれ、自分のプロフィール30枚コピーして用意する
☆彡そうなんです。地域通貨の手帳に「+」や「-」が記入され、「自分は現在 -100あい」なんて言うのは、やっぱり引け目を感じてしまいますよね。
「あい」が「ありがとう」の気持ちの交換なら、「+」「-」や「総あい」の計算は必要ないですね。
私も、いままでなんとなくすっきりしなかったものが、これで少し納得できました。
富士見町でも地域通貨を始めよう。と言う動きがあります。
『ありがとうの環づくり』と題して 早川恵理さん、下平武さんが呼びかけ人となり、すでに
「富士見町エコマネー講座」が2回、開かれています。
その会で、
「とりあえず、地域通貨をはじめてみよう」と言うことになりました。
次回、3回からは「実際に流通させるための具体的な仕組みや内容についての話し合い」になります。
でも、「今までの会には参加していないんだけど興味がある」
「地域通貨って何?ちょっと教えて」
と言う声がいくつか届きました。
それなら、「次回の『富士見町エコマネー講座』についていけるくらいの勉強会を開こう」と言う事になりました。
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2月13日 境郵便局の一室をお借りして境地区にお住まいの方10名ほどが集まり、勉強会を開きました。
原村ですでに地域通貨を使って運動を進めている小林峰一さんご夫妻をお招きして、
「地域通貨とは何か?基本的な知識」「原村で流通している『地域通貨』」
の2点についてお話をしていただきました。
原村の地域通貨のメンバーとなるただ一つの条件は「エンデの遺書」と言うビデオを見て納得した人が入る。と、言う事だそうです。
この、「エンデの遺書」が、この日の勉強会の根底にも流れていました。
私も前もってビデオを拝見したました。
児童文学「モモ」の作者でもあるミヒャエル・エンデが、NHKに、新しい企画を持ちかけ、その打ち合わせで2時間のテープがのこされました。
そのビデオが、彼の「遺言」となったのですが、ビデオの中で示されている事が「根源からお金を問う」事です。
現在の「貨幣」には大きく2つ
・交換手段
・財産、資産・資本、投機 としての役割、価値があります。
その、財産、資本としてのお金そのものが商品として実体のないまま、世界を駆けめぐっています。
自然界に存在するものはすべて「有限」であり、時間と共に老化して価値が下がる。
なぜ、お金だけは「無限」で老化せず、そればかりか「利子」と言う価値が増えるのはのだろう?
本当は「実際になされた仕事や者の実態に対応する価値として位置つけるべき」だと、エンデは言っています。
「お金は、老化しなければならない。経済と言う有機組織を循環する血液のようなものであるべきだ」
70年前のオーストリア、人口五千人の町ヴュルグルの町長は、地域通貨を発行する事を提案し、議会で決議されます。
町は事業を起こし、失業者に職を与え、その賃金に地域通貨を充てます。
この地域通貨は町を巡り、結果税収が増えたのです。
この地域貨幣には秘密があり、月初めに1%のスタンプを買って張らなければ使えません。手元に置いておくと価値の下がる“老化するお金”だったのです。その為に、人々はこの老化するお金から使い町の中を循環しました。
その後、この地域貨幣は公務員の給料としても支払われるまでになり、その事に脅威を感じたオーストリア政府によって13ヶ月で幕を閉じる事になります。
又、アメリカの人口8万のイサカでは委員会が1991年から「イサカアワー」と言う地域通貨を発行しています。
このイサカは農業地帯で出資で小規模な有機農業を支えるサポートシステムとしてはじまりました。
1アワーはおよそ10ドルにあたり、委員会が紙幣を発行するのは次の3つの時だけ
1.新しいメンバーが入る時
2.誰かがローンを請求した時
3.非営利団体に寄付する時
8年間で800万円のイサカアワーを発行しましたが、その経済効果は2億円に相当するそうです。
ドイツのハレではコミュニケーションを作り出す方法として通帳式の交換リングが使われています。
交換リングで物や仕事を交換して、してもらった事を誰かに返す事によってまた、新しい関係が生まれます。
スイスのバーゼルでは6つのヴィア銀行があります。
これは商店や中小企業を対象にしたものでおよそ17%が参加しています。
1ヴィアが1スイスフランに相当し、フランと平行して使えます。
ヴィアが使えるかどうかは店の入り口に提示されて、最近では電子決済も可能になりました。
ヴィアが動くと、フランも付いてきます。
ヴィアは連帯を生み、購買力を外に逃がさない効果があります。
ビデオでは次のように結ばれています。
「今の金融システムは消費、成長し続けなければ機能しない。どこかが犠牲になるシステムで、犠牲になるのはいつも第3世界と自然である」
「理性が人を動かさない場合、一切の出来事がそれを行う。人は変えられない、と思っているが、お金を変える事は出来る。人が作り出したものなのだから」
「お金」を「当たり前」のものと、捉えて使っていた私にとって、この提案はちょっとショックでした。
「お金が老化しなければならない」と言う発想に、いたく感心してしまいました。
原村では「ありがとうの気持ちの交換」として通帳式が採用されています。
原村の地域通貨の単位は「YU」。1YUがおよそ100円のめやす。
それぞれの人が「自分のできる事、して欲しい事」を書いた物をファイルしていきます。
入会したい人はそのファイルをコピーするのが実質掛かる費用。
月一回の会を持ち、場所も持ち回りで行われているそうです。
私が、このシステムで一番引っかかっていたのは当然「してもらう」事ばかりの人もいるはず。
本当はそんな人にこそ地域通貨は必要なのかもしれないけれど「してもらう」ばかりでは、やはり心の負担になってしまわないだろうか?と言うことです。
負担と感じてしまうと、地域通貨からどんどん離れて行ってしまうでしょう・・・
ただ、この日の話で峰一さんがこう話してくれました。
「それは地域通貨に入るために必要なハードル。
自分にはたいしたことは出来ないけれど、それでも入りたいと思う人は、その事を負担としない人や、ありがとうの気持ちを誰かに返そう、と努力できる人」
これはこの日の勉強会で私の胸に落ちたピカ一の言葉です。
原村の地域通貨については富士見町の地域通貨の呼びかけ人でもある早川恵理さんの書かれた文章があるので紹介したいと思います。
我が家の横のつつじヶ丘公園の斜面の木が突然根元から倒れ、お隣の家に倒れかかっりました。幸いたいした事はなく、網戸と屋根を少し壊したくらいで済みました。

「こんな雨の中で!」と、びっくりしたのですが
台風の暴風雨の中、役場の名取収入役をはじめ職員が5~6人ほど来て倒木の処理にあたってくれました。
我が家は冬の薪がいくらでも欲しいので倒木の後片付けをさせていただく事にしました。
役場の職員はすぐに、次の現場へ向かわれました。先日の集中豪雨に続き、本当にご苦労さまです。m(_ _)m
8月3日に議員活動報告第1号をやっと発行できたので、こちらにもいくつかのエントリーに分けて紹介します:まず表紙から:
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選挙が終わりあっという間に3ヶ月が過ぎました。
初めての本会議。それは、セレモニーに近いものであり、そんな中で出された議案にすぐに反応する事の難しさを改めて実感しました。本当に大切なのはその前の委員会審査や全員協議会。そして役場に行くたびに増えていく資料の山。とっても頭が追い付いて行かない。
初体験の一般質問。十分に調査をした上での質問だったはずなのに、質問するはずが「要望します」で終わってしまって、なんとも中途半端な終わり方をしてしまいました。・・・町議としての役割は一体何なのか。悩みながら、あっちにぶつかりこっちで空回りしながら4月まではなかった白髪を増やしています。
時々、自分のやり方や考え方ってずれてるのかな?と、悩む事もあります。でも、政治家になりたくて議員になった訳ではなく、一人の主婦としての感覚で議会に参加したいと思って立候補しました。私みたいな議員が一人くらいいてもいいんじゃないかと思っています。
こんな事やってきました。
★6市町村合併の他市町村の負の資産調査のため、仲間と手分けをして資料集めをしました。私は岡谷市と下諏訪町を回ったのですが各市町で情報公開の方式も違い、富士見から外に出て今回の合併問題を考える事も必要だと思いました。(ちなみに下諏訪町ではHPで公開しています)
★「議会のLCV放映。お茶の間からの傍聴」が可能なのかどうかをLCVに調査に行きました。デジタル化に向け移行期間でもあり、残念ながら現時点では無理のようです。ただ、富士見町でもIT化が進めば将来、インターネットでの議会放映は可能になるかもしれません。
★仲間と一緒に合併問題の勉強会をやっています。賛成、反対に関わらず皆さんに問題提起をして行きたいのですが、参加者の少ないのが悩みです。でも、これからも参加人数にこだわらず、続けていく事が大切だと思っています。
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2-3ページ目では6市町村合併についての私の意見をまとめました。
今まで行ってきた合併について勉強会、これからの勉強の予定も。
そして4ページには、私の選挙に参加してくれた二人の友達の感想文を紹介しました。
ぜひとも読んでください。
同じ町内、同じ小学校に子供たちがいて「一度見てみたい」と思いながら、気がつくと毎年終わったしまっていた!今年はたまたま「明日が虫送りよ」と教えてくれる人がいて見学に行くことが出来ました。
この「虫送り」の行事を「町の文化財に」と言う声があるのだそうで、町からも見学に来ていました。
この日は午前中「境小学校のますつり大会」。その後、ほとんどの地区でそれぞれ釣ったますを焼いて保護者と昼食会が行われます。3時に伺ったときにはお父さんたちはいい気分で準備に取り掛かるところでした。(そうか・・!毎年ますつり大会の日だから自分たちの地区の事で頭が一杯で気がつかなかったんだ!)

まず、竹の棒に新聞紙や杉の葉を芯に、わらを巻きつけ作ります。その時、子供たちの縛り方がちょっとゆるいと持った時にズルッと手元に落ちてきてしまいます。


この、鐘はほんとにかっこいい!!
ドラム缶のふたをくり貫いたもので、長年使い込んだ歴史が存在感を感じさせました。

いざ、火をつけて田んぼへ



鐘と太鼓は軽トラで・・・
その後を子供たちが「いなむし送れ~」と歩いていきます。
一番最後にお掃除隊の軽トラがついて来ていて、みんなが落として行った燃え残りなどをきれいにかたづけてくれていました。
そして、最後にやまに登り、


今回、清泉荘を「出前講座」の会場として使おうとして,いろいろ考えさせられました。
清泉荘は福祉施設です。その為にただで使わせてもらうには、役場の方にいろいろと考えてもらわなければなりませんでした。
本来「出前講座」は団体、グループが町に頼んで講座に来てもらうので、その受け皿となる団体が社協の減免対象ではないと減免してもらえないのです。
もう一つ、清泉荘は夜、7:30までの開館で、その後使用する場合、管理人を時間外で頼まなくてはなりません。
現在、管理人をシルバーにお願いしているので、その為のお金も必要になって来る訳です。
確かに、お金を出しても勉強したい、位の気持ちはあってしかるべきかも知れません。
しかし、私が引っかかったのは、富士見方面で同じような事をすると、ただで自由に使える施設があるのに、堺方面では施設があるのに、同じように使えない、と言う事です。
せっかくある施設です。町民にとって、使い勝手のいいように配慮するべきではないでしょうか?
今回はこの件についても、管理人を頼まず、役場の方が鍵を管理してくださいました。
今まで、皆さんにとってあまり必要のない事だったのかもしれませんね。
でも、もし清泉荘がコミプラのように使えたとしたら、利用する人もいるのではないでしょうか?私は「ああ、境駅の近くで、夜も集まれる場所があったらいいのに」と、何度か思いました。
そんな事の一つ一つに、町民が声を役場に届けていく事が大切なのかもしれませんね。