下蔦木の集落では、サルの農作物被害対策として、富士見高校園芸科の生徒の発案、「さる・柿合戦」を展開中です。
集落内に取らずに放置された柿が、サルの格好の餌場となってしまいます。
その柿を収穫して、地域の資源としても利用しようと言うものです。
10月25日に第一回目の、 「富士見高校生が地域を元気にするぞ!さる・柿合戦プロジェクト」があり、柿取り用の竹ざお作りと柿もぎの作業が行われました。
27日に2回目の作業をすると言うので、高校生から元気をもらおうと、出かけていきました。

柿を取るための竹ざお
前回、お年寄りの指導で高校生たちと作った物だそうです。

竹ざおの先は20センチほど切込みがあり、ここに柿の枝を挟んで折って取ります。
この日は前回の取り残しと、もう一本の「甲州丸」と言う品種をもぎ取りました。

屋根を壊さないように、屋根の上に板を引いて・・・
足場は悪いし、首も痛くなる。竹ざおは結構重い。
やってみて初めて分かる、柿もぎの大変さ。
しっかり枝を挟まないと、途中で折角はさんだ柿を落としてしまうし、
そうかと言って切り込みの奥までしっかり枝が入ってしまうと、取る時に大変。
一度落としてしまうと、柿に傷がついてしまい売り物にならない。
随分、落としてだめにしてしまいました。

ちょっと離れたところから木を見ると、たわわに実が成っているのが分かるのですが、木の下に入ってしまうと枝と枝が重なって、しかも葉が茂っているのでどの枝を挟んだらいいのかもよく見えません。

「成功!」
上手く枝を挟んで折り取れました。こんな立派な枝が取れると大満足。
このくらい、熟した「甲州丸」は、干さなくても食べられました。
これが、しゃきしゃきの歯ごたえで、甘くって最高においしい!!!

干す時のために、枝をTに残して切り取ります。
流れ作業で、効率よく。

ダンボール詰め。美しくって惚れ惚れ・・・
新聞紙でし切って、もう一段並べます。

このチラシを入れて箱詰め完了。
裏面に晒し柿の作り方も紹介してあります。

前回とあわせて、予定していた50箱のダンボール分、目標達成!!!

柿をもぎ取らせていただきたお宅の裏側。
左手の端を渡ってサルの群れが山からやって来て、ここの柿を食べてしまうんだそうです。
これだけおいしい柿なら、変に納得。
サルにとっては、まさに格好の餌場となりうる訳ですね。

終わりの会。
最後に見せていただいた、お年寄りの柿もぎの技、さすがでした。
こうやって、みんなでわいわいしながらの作業なら楽しいのですが、一人ではとても大変な事ですね。
この日の完成品は、10月30日に下蔦木の 「道の駅信州蔦木宿」で販売。評判であっという間に売れきれてしまったそうです。
今後、子どもたちはお年寄りから、干し柿作りも伝授してもらう予定だとか・・・
こう言うプロジェクトがここから広がっていくといいなあ・・・と言うのは多分参加された皆さんの感想でしょう。
サル対策から地域のつながりが生まれて、何よりも若者が地域のことに関心を持って取り組んでくれた事に感謝です。
花場にある農妓連の畑に植えたルバーブがどうなっているのか気になって、11月の中旬、職員について見学に行きました。

ルバーブの収穫
元気です。寒くなって、むしろ赤さが増します。
この日収穫したルバーブは、11月20日に隣の原村の八ヶ岳事前文化園であった「味わいフェスタin八ヶ岳」 (諏訪地方の観光事業者や飲食業者などに地元食材の再認識、地産地消の推進と観光振興を目的に開かれた)で、
富士見産の小麦粉で作ったパンと一緒に出品して、好評だったそうです。

ルバーブは内側からどんどん新しい芽が出てきます。どうなるのか、一番内側の新しい茎だけを残して全部収穫してみました。

上の写真から一週間ぐらいして「ルバーブ、すごい生命力で元気に育ってます。」と、連絡をもらいました。
本当にすごい成長の早さです。一週間でここまでになるとは騒動していませんでした。
寒くなって、益々元気です。
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乙事豆(乙事ささぎ)
富士見町で昔から作られている豆です。富士見の特産物にしようとしている最中です。

乙事豆(乙事ささぎ)
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花豆
これも、富士見町の特産物を目指している豆です。

花豆の花

花豆
JAのアグリモールの「かあちゃんの味」に時々、花豆の甘煮が出てます。
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その日、同行した職員から「マコモダケって知ってますか?」と、聞かれました。
インターネットで調べて見ると、最近、結構市場にも出回り始めているようです。
「水辺に生えるイネ科の植物で、幼茎に食用菌が寄生すると茎が筍の形に肥大し、この部分が食用となる」
「もともと中国の特産品で、現在は日本でも栽培されて、価格も手頃で入手しやすい食材。淡白な味と香りは、中国料理をはじめ、和風、洋風にも合います。先端の緑色部分はかたいので、取り除いてから調理します。」と、ありました。
遊休農地の解消を図るためにも、新しい特産品の開発の面からも注目を集め、全国的にも、結構取り組みを始めているところが何箇所もあるようです。
そのマコモダケを農技連でも作ってみている、と言うのでそちらも見学に行きました。

マコモダケの収穫
水田をそのまま使えるそうです。
「農薬も使う必要がないので環境にもやさしい」と、ネットにはでていました。

根元の白い部分を収穫

いらない葉の部分を切り落として

この感じはちょっとトウモロコシにも似ている。

この状態を料理します。

我が家では役場の職員のご指導の通り、乱切りにして豚肉と豆板醤やオイスターソースで中華風に味付けしてみました。
癖がなくいろいろな料理に合いそうです。
甘みもあり、よく言われているようですがシャキっとした食感はアスパラとたけのこの中間の感じです。
とてもおいしかったです。
中山間地の立地条件を生かした取り組みとしても期待できる作物ですね。
10月11日
山梨県総合教育センターで、山梨県就学啓発推進会議がありました。
障害児の就学についての講演や説明があったのですが、その中で小淵沢にある「大地の風」の会の体験発表がありました。
発表したのは、小淵沢在住で現在富士見町の子育て支援室で勤務している石川春香さん。
その話が、本当にとっても素敵な話しで、ぜひ皆さんに紹介したいと石川さんに了解を得て、その日の発表をそのまま掲載させていただく事にしました。
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子供はみんなの宝物 共に育ちあう会「大地の風」
こんにちは「大地の風」です
みなさんこんにちは。わたしたちは「大地の風」という会子育て、親育ちの会です。わたしたちの会は全国でも珍しく、意義のある活動をしていると自負をしています。それはこの会の生まれ方と関係があるのです。
大地の風はこうして生まれました。
それは偶然の連続でした。我が家は今から13年前、自然のかなで子育てがしたいと考え、憧れの八ヶ岳南麓の小淵沢に越してきました。次の年、息子が小淵沢小学校に入学し、偶然、森大地君というダウン症の男の子と同じクラスになります。大地君の家族はその年に東京から引っ越してきたのでした。
このようにして他所から来た子供も、地元で生まれ育った子供も、障害がある子も無い子も、みんな偶然にも同じ年に生まれた74名の子供たちが、その年、小淵沢小学校の1年生となったのでした。1993年のことでした。その時の担任だった今井哲郎先生のご指導もとてもばらしく、ダウン症の大地君もごく当たり前にそして人気者としてクラスの中で一緒に育ちました。
ところが大地君は入学して間もなく白血病と診断され、入退院をくりかえすようになりました。それでも妹さんの骨髄を移植した大地君は5、6年のときは元気になってみんなとまた一緒の生活ができるようになり、一緒に地元の小渕沢中学校に進学しました。2000年の春のことです。
けれどその年の夏休みの直前に子供たちは、担任の先生から大地君が白血病の再々発で入院し、子供病院に転校したとの知らせを受けたのです。中学生になった子供たちは、大地君の闘っていた病気の重さを初めて知ったのです。そのあまりのできとごに、何かしないではいられないと、小学校の時大地君と共に子供エコクラブで活動した四人の子供達が集まりました。
小学校1年生のときから大地君と同級生だった子供たちは「大ちゃん」のことが大好きだったのです。ダウン症という個性を持って生まれた大ちゃんは、ご両親の愛に育まれて、天性の愛らしさに磨きがかかり、そのやさしさ、おちゃめさ、素直さ、そしてそのとびきりの笑顔で、周りにいる者を幸せにしてくれたのですから。
いつもそばにいて自分達を勇気づけてくれた大ちゃんの一大事に、こんどは自分たちが大ちゃんを励ます番だと、子供達はたくさんのアイディアを次から次に出し合いました。夏休みだったので頻繁に集まっては、大ちゃんの大好きだったアンパンマンの絵本を作ったり、同級生の寄せ書きを集めたりしました。
八月の大ちゃんの誕生日に間に合うように、アンパンマンの人形を作ってお見舞いに行った子供達は、つらい治療のさなかにもアンパンマンを抱きしめて喜び、最高の笑顔を見せてくれる大ちゃんに逆に励まされ、幸せにしてもらうのでした。
そんな子供達の関係は、大ちゃんのご両親の考え方にもよっていたのです。「大ちゃんの生まれた意味を、存在している意味をみんなで考えていこう。」という姿勢が常にあったので、同級生は大ちゃんと当たり前に共に生きてくることができたのです。また大ちゃんの3・4年のときの特殊学級の担任の先生が出してくれた「なかよし通信」は、わたしたち同級生の親にも配っていただき、親の心も耕されていました。
大ちゃんが白血病の再々発で入院したとき大ちゃんのお母さんが、「大ちゃん通信」という手紙で、治療の様子や闘病の様子をそのつど知らせてくださったのも、これも後から考えるととてもすばらしいことでした。子供達はこの通信を「大ちゃん新聞」として発行し、学校の先生や大ちゃんのことを心配している全校の友達に配りました。
また九月の学園祭では、白血病について、ダウン症について、大ちゃんが病院でがんばっている様子についてレポートし、自主発表をしました。小学校の5・6年のときの担任だった先生や特殊学級の担任だった先生も子供たちの活動や入院中の大ちゃんを頻繁に励ましてくださいました。
中学校の全校の子供達と先生方、そしてお母さん達が、「大ちゃん新聞」を読み、文化祭の展示を見て、心から大ちゃんの回復を祈っていました。ところが皆の願いも虚しく、2000年の10月7日、大ちゃんは「21世紀に(一足先に)行っちゃうからね。(また)会えるよ。」と言い残して天国へ旅立っていきました。
子供達の悲しみは深く、簡単には仲間の死を乗り越えることができませんでした。そこで毎月の月命日に大ちゃんの家に集まって、大人も子供も大ちゃんの思い出を語り合いました。その様子を、大ちゃんの特殊学級のお友達のお母さんたちは理想的だなと眺めました。障害がある子供もない子供も、そして大人も、大ちゃんの周りにはたくさんの人が集まって来ることを。自分の子供たちは今は養護学校に通っているけれども、できれば地元の子供たちと一緒に育ちたいと。
大ちゃんの同級生の親である私達は、障害児を授かったお母さん達から、逆にたくさんのことを学びました。自分の子供をありのまま受け入れることの大切さを。その凄さを。障害のある無しに関係なく子育てで一番大切な、しかし見失いがちなそのことを。
また子供たちは大ちゃんの大切な生と死を通して、やりきれない悲しみとともにではありましたが、たくさんのことを受け止めることができたのです。命のいとおしさを。輝きを。人としてのあり方を。大ちゃんとまたいつか会えるであろう未来のあり方を。そして知ることになったのです。死は終わりではなく、無でもなく、闇でもないことを。なぜなら子供たちは知っているのですから。大ちゃんが今でも生き生きと心の中に住んでいることを。語りかけると答えてくれ、励ましてくれ、正しい道に導いてくれ、心の中で抱きしめると抱きしめ返してくれることを。「存在」とは生と死の、時間と空間の支配を超えるということを。私達の子供達は大ちゃんと一緒に生きることができて幸せでした。皆で一緒にいるということは、なんと心地よく、多くのものを生み出すのでしょう。
私達は大ちゃんが出会わせてくれた素敵な仲間と、これからも一緒に生きていきたいと願いました。そしてその願いから「大地の風」という子育ての会が生まれたのです。大ちゃんの一周忌の直前の2001年9月のことでした。
大地の風のこの4年間の活動
大ちゃんの命日から丸5年、「大地の風」の活動が始まってから4年がたちました。わたしたちは毎月1回の会報の発行と毎月の行事の中で「障害がある人もない人も、色々な人が一緒にいるからこそ何かが生まれる」ということを実践して地域に根ざしてきました。会報は現在150部発行し、配布。会員は50家族くらいです。遠方からの参加者もあります。誰かが困っていればすぐ集まって、相談にのります。抱えている問題がそれぞれ違っていても、(障害のことだけでなく、不登校や介護、病、嫁姑問題などなんでもありです。)真剣の悩みを聞きあい、本音で話し合い、最後はみんなでお腹を抱えて笑いあい、認め合い、信頼し合える仲間の集う「場」が生まれたのです。
また子供達も「大地の光」というグループ名を自分達で新たにつけ、自主的な活動の場面を増やしてきました。「障害のある子もない子も当たり前に一緒にいて、仲良く遊ぶ」ことをモットーとして、デイキャンプのときにドラム缶の窯でピザを焼いたり、クリスマス会でケーキを焼いたり、ゲームをしたり、「世界に一つだけの花」の手話を覚え披露したり、皆で楽しめることを企画してきました。また小淵沢中学校では、学園祭の時に「大地の光」の子供たちの自主展示の場を毎年設けてくださり、今年で5年目になりました。今年の展示物は入り口にはってあるのでごらんください。大地君のように地元の小・中学校のあがった友達だけでなく、わかば養護学校や諏訪養護学校に通っている友達もいますが、地元の子供としてみんなに顔を知ってもらいたい、声をかけてもらいたいという気持ちで、仲間の成長の様子をレポートしています。学校と地域と親と子供が1つになって、とてもすばらしい活動が続いているのです。
能力主義ではなくて、存在主義。そこに「場の力」が生まれる
それらはすべて、わたしたちの子どもたちが偶然大地君と同じ学年に生まれ、同じ小淵沢という地域に導かれ、小淵沢小学校に入学をしたところから始まったのです。当時の小淵沢小学校の先生たちは、別々の学校に転任されても、「大地の風」を応援してくださり、悩んでいるお母さんたちにこの会を紹介してくださっています。このようにして学校と地域と親とが助け合いながら、とても良い関係で子供を育ててくることができたのは、初めは偶然の出会いからだったのですが、その中心に大地君がいてくれなかったら、こんなにすばらしいつながりは生まれなかったのです。神様から授けられた天使の子供たちがいてくれたことが引き起こした奇跡であり、必然のできごとだったのではないでしょうか。
一人一人、そこにいるだけで価値があるんだと、互いを認め合える「大地の風」そしてこに経済活動をからめていく地域通貨「ワクワク」は、すべての人を癒す「場」を生み出しました。お互いがここちよく、ありのままで集える「場の力」が熟してき今、「いろいろな人がいるからこそ、何かがうまれる」わたしたちが掲げてきたモットーが現実となり、とても大きな素敵なものが生まれようとしているのです。能力主義で輪切りにした社会からは乏しい発想しか生まれないのではないでしょうか?
これからの展望―地域で生きる場を作る
実は小淵沢では「大地の風」と前後して立ち上がった地域通貨「わくわく湧湧」という活動があります。障害のある子供も無い子供も皆が学校を卒業しても地元で共に生きていける地域を作りたい。その鍵を握っているのがこの「地域通貨」という発想です。
「利益を上げる」「能率を上げる」「競争に勝つ」という、能力だけに価値を置く資本主義の社会の中では、障害児は生まれたときから弱者、敗者として切り捨てられる存在、あるいは行政によって「保護」されるだけの存在です。けれど小淵沢の地域通貨では「能力」でなく、「在る」ことに価値があると考えています。大ちゃんがそこにいることで周りの者を励まし、勇気と活力を与えてくれたように。「大地の風」が生まれたように。誰もがありのままの自分で共に「在る」ことで生まれるものに感謝し、そこに支払われる通貨を地域で発行しているのです。
そしてこの地域通貨の仲間と、大地の風が1つになって今、ワクワク学校設立準備委員会「ちえの輪」が立ち上がり、学校づくりという大きな活動に展開しているのです。
地域の学校はもちろん大切にしながら、大人も子供もだれもが自由に集える場所作り、みんなで共に生きていけるムラづくりが始まっているのです。
子供はみんなの宝物
「大地の風」のここちよさは、だれより障害を持つ子供たちが理解しているようです。
自閉症のKちゃん(わかば養護学校中等部2年生)は「大地の風に行く」と、「大地の風」の場には安心してどこにでも行くのです。Kちゃんのお母さんのAさんも、以前はKちゃんを追い掛け回していたのに、この中にいればだいじょうぶと安心をしています。我が家にも近所なので一人で遊びに来てくれるKちゃん。お母さんが「いつも迷惑をかけます。」と。「ううん。Aさん、Kちゃんの成長をみるのはわたしたちの楽しみでもあるんだよ。Kちゃんの成長を独り占めしないで、わけてよね。」といつも答えます。
わたしたちがこの場から学んだことは、障害のある子供は普通の子供よりも
何かが欠けている存在では決してないということです。みんなそれぞれが完全な大切な存在です。その完全な一つの丸ごとの存在と向かい合いながらそこからわたしたちも教わり、喜びを与えられているということなのです。
子供はみんなの宝物なのです。ぜひ子供たちの存在を共に喜び合っていこうではありませんか。
富士見町の境小学校の6年生から、10月4日の秋の遠足で
「子どもたちと『境のよさを再発見』しませんか?」
~私たちが作ったガイドマップを片手に~
と言うお知らせが、地域の皆さんに回覧版で回ってきました。
そのお知らせには、次のように書いてありました。
「私たちは、自分が生まれ育った境が大好きです。特に四季の変化が美しい『自然』がすばらしいと思います。
そんなすばらしい境をたくさんの人に知ってもらいたいと思い、私たちは境のガイドブックを作りました。
みんなで境をお散歩しながらデジカメで写真を撮り、その写真を使いながらパソコンでいろいろな場所をガイドブックにまとめました。
自分たちで一生懸命に作ったのですが、これが他の人のお役に立てるのかがちょっと不安です。
そこで、このガイドブックを使いながら、もう一度境を歩いてみようと言う事になりました。
ぜひ、地域の方と一緒に境を歩かせていただき、ガイドブックのよい所、直した方がよい点を教えていただいたり、私たちが知らない境の情報を教えていただきたいです。・・・・」
境小学校では、卒業生が同じように境のガイドマップを作成して、信濃境の駅にも置いてあります。
それが、又一歩進んで、地域の皆さんの意見も聞いてみようということになったんですね。
子どもたちってすごいなぁ~
この出だしの「私たちは、自分が生まれ育った境が大好きです。」で、もう感激です。
こう言う子どもたちを育ててくれた学校、家庭そして地域が、私も大好きです。
当日は、①葛窪。②池袋・先達。③高森・信濃境。④富士見高原 の4コースに分かれて、子どもたちと一緒に地域の皆さんや保護者、職員で歩きました。
子どもたちの作ったガイドマップを見ながら、「よかった所」「こうした方がいい所」を色分けして、気づいた事を付箋に書いて張っていきました。
私は、③の高森・信濃境コースに参加しました。
この日の予定
信濃境駅→信濃境神社→お堂しだれ桜→大泉→小泉→押立山→境小・終わりの会
それぞれの場所で担当の子どもが決まっていて、説明をしてくれました。

信濃境駅
二年生は電車に乗って富士見までの遠足。
「つつじが咲くときれいだよね」
「ガイドブックが出来たら、ここにも置いてもらわなくっちゃね」

信濃境駅は以前、ドラマのロケに使われています。その時の様子などが展示されています。

今でも、ファンが訪れていて、地域の方の配慮で、駅には書き込みのためのノートも置かれています。
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信濃境神社
息子たちが保育園に通っている頃は、まだ整備されていませんでした。保育園の帰りにキイチゴを摘みました。

信濃境神社
すぐ上にある境保育園の子どもたちが、これまた地域の方と栗拾いに来て、かわいい声が響いていました。
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高森のお堂
何年か前、大晦日に除夜の鐘をつかせていただいたことがあります。

高森のお堂の中
「今も誰かがこのお堂の事を大切に守っているんだよね」
「そうだ、その事も書いた方がいいね」

高森のお堂の桜
春には見事な花をつけるの桜の木
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高森大泉
「うん、ここの水、おいしいよ」

高森大泉
この機会に言うべきかどうかちょっと迷ったのですが、いつも考えていると事を投げかけてみました。
「この大泉の水は地域で使われている水でもあるし、ここの環境はみんなで大切に守っていかなければいけないよね。
自然を守るためには、みんなによさを知らせなくっちゃいけない。でも知らせることで人がたくさん入って、ここの自然が壊される可能性もあるじゃない。そう言う事については君たちはどう思う?」
みんな、考え込んでしまいました。
もちろん、その場で答えを期待していたわけではなく、こんな視点もあるんだという事を知っていてもらえればいいかな・・と思いました。
実際、この大泉にも結構人が訪れるようになりました。私もこの夏、二回ほど来て見ましたが、二回とも町外の方とお会いしました。
と、言う事はかなりの方が訪れていると言う事でしょう。
その事で、すでに生態系が崩れ始めている、と指摘する人もいます。
難しい話を投げかけたままで申し訳なかったのですが、この日は他の用事が重なっていて、途中で失礼しました。
その後、小泉を回り、押立山に上り、お弁当を食べて境小に戻るのがこの日のコースでした。
最後まで参加できずに、本当に残念でした。
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私にとって、この日一番の出来事!(この写真はその時のものではありませんが、こんな感じでした)
一緒に歩いていた子が「ああっ!? 蟻が柿を背負って歩いてる?」と叫びました。
「ええ!???」
みんなで駆け寄って、しゃがみ込んで見ました。
そこには熟して落ちた柿のかけらがありました。
確かに無数の蟻が群がっていますが、蟻が背負っているとは思えません。
でも、その時に本当にその柿がわずか5ミリほどですが動いたんです。
「本当だ!」
「えーーー、うっそぉ~ 信じられない~」
などなど、大騒ぎ。
ひっくり返してみてみると、小さなコガネムシが犯人でした。
子どもたちと一緒に歩いていなくっちゃ、絶対にこんな経験は出来ませんよね。
子どもたちのガイドブックが出来るのが楽しみです。
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信濃境駅に置かれている境小の卒業生が作ったガイドマップです。機会があったらぜひご覧下さい。





裏表紙がまたすてきです。
我が家のルバーブジャム作りをご紹介

収穫したルバーブを洗って、汚い部分を取り除く。
この日のルバーブは汚れや傷もなくほとんど洗っただけで使えました。

ルバーブを3センチくらい(これは結構適当で大丈夫です)に切って、重さを量っておく。

好みで、ルバーブの重量の3分の1から半量の砂糖を加えて火にかける。
熱が加わると、すぐに形が崩れ始めます。写真は火にかけて15分くらいの状態です。
ルバーブと砂糖を混ぜてしばらく置くと、ルバーブから水分が出て、熱を加えた時に作りやすくなります。
あらかじめ半分の砂糖を混ぜてしばらく置いてから熱を加え最後に残った砂糖を加えたり、いろいろな方法で作ってみましたが、仕上がりに差はないように思います。

ジャムを作ると同時に、ジャムを入れるビンを煮沸しておきます。
ジャムもビンも暑いうちに入れるので、それだけでもかなり持つと思います。

我が家では、念のためにジャムを入れたビンをなべに入れ軽く蓋をして、型までお湯を入れて15分ほど熱します。蒸しても同じ効果があるそうです。
その後しっかりと蓋を閉めれば、冷えた時に蓋の真ん中がペコンとへっこんで脱気出来た事がよく分かります。
こうしておくと、1年以上十分に持ちます。
ただ熱をかけるほど、色が失われてしまうのでその点は注意して。

この日は、ほぼ4キロのルバーブで三分の一の砂糖を入れて、400g入りのビンが14本出来ました。
9月議会は9月30日で終了しました。
9月の一般質問は散々で、またまた落ち込みました。
あまり恥ずかしいので、報告もやめようかと思ったのですが、やっぱり皆さんにお知らせしておかないと、自分自身でも踏ん切りがつきません。
ようやく・・・今更ですが報告です。
9月議会では
1.一般行政について
①予算編成において、前年度予算額の基本的に10パーセント削減ではなく、〇予算ベースで事業の見直しが必要ではないか。
②行政評価をどのように予算編成に生かすのか。
2.パノラマスキー場について
①現在の上下分離方式を導入する時の計画と、現在の状態での評価は
②町費投入のボーダーラインを町はどのように考えているのか。
3.子どもが育つ環境について
①不信者対策で子どもに防犯ベルを持たせる効果の検証は
②「富士見町町は子育てをするものに冷たい町です」と言う母親の言葉を町長はどう受け止めるか
4.農作物の野生動物による被害対策について
①これからの町長の基本的な考えは
②行政が中心となり情報収集のシステムを作り、地域と町のパイプを作るべきではないか の4項目について質問しました。
3.の①の「防犯ベル」4.の「農作物被害」については、すでにHPでも書いているので省略します。
1、の項目についても、同僚議に、すでに同じ主旨の質問がなされていたました。
大切なのは「富士見町をどんな町にするのかと言う町長のビジョンだと思います。
富士見町はこれから一律10パーセント削減ではなく、こちらは30パーセントカットしても教育には30パーセント盛り込もうと言うものがあっていいはずです。
それを住民との協同で作り上げていくのがこれからの自立の町づくりのはずです。
町長の答弁では、実質的に「〇ベースからの積算を基本にしている」との事でした。
でも、実際に行っている事業一つ一つについて「この事業が本当に必要なのかどうか」と言う議論はきちんとなされていないと思います。
また、「行政評価は自己点検型で、生きたサービスかどうかを見直している。その事が結果的には予算に反映されるんだ」と言う答弁でしたが、その事は現場の考え方や判断で大きく変わると思います・
その事をきちんとシステム化してだれがどこに行っても評価が生かされるようにすべきだと思います。
2.パノラマスキー場について
①現在の上下分離方式を導入する時の計画と、現在の状態での評価は
②町費投入のボーダーラインを町はどのように考えているのか。
②の通告内容を知った町民の方に「町費投入は決まっているような聞き方をするな」
と、お叱りの電話を頂きました。
もちろん、そんなつもりはなかったのですが、町がどのように考えているのかを、皆さんにお知らせしたいと思いました。
私も毎回の質問で、正直質問すべきなのか迷う面もあります。
でも、自律の町づくりを選択した富士見町にとって、パノラマの問題は避けては通れません。
「エンジェル! しつこいぞ」と、同僚議員にも言われるのですが、毎回 「今、この事を聞いておかないとまずいんじゃないか・・」と思うことが出来てしまうのです。
今、町民はちゃんとパノラマスキー場の事を知らされ、把握しているのでしょうか?
私たち議員も経営状況の報告は受けるのですが、いつも前年度対比の数字で報告をされます。
特に昨年度は営業実績が9年ぶりに下げ止まりをしたので、大きく取り上げられました。
頑張っている事が強調され、誤解や錯覚を招き、真実が伝わっていないのではないでしょうか。
びっくりしたのですが、この前の町長選では「町長はパノラマの借金を減らしてくれたんだからもう少し頑張ってもらわないと」と言ううわさもあったそうです。
どこの数字をどうやって見たら「借金を減らしてくれた」になるのか、私には分からないのですが、実際にそう思っていた人がいたという事です。
しかも、選挙中の町長の言葉に「内容が明るくなって来ている。。次は公費投入の次期をいつにするか」とあります。
パノラマの内容は本当に明るいのでしょうか?本当に明るいんだったら、公費投入する必要なんかないじゃないですか?
それともう一つは、町としては当然これから先の見通しを、あらゆる角度から検証しているはずです。
どこのどの数字がどのくらいになったら町費投入が現実味を帯びてくるのか、その指標を聞きたいと思いました。
以前のシュミレーションが達成されていないのなら、真摯に受け止める必要があります。
本来なら現在の計画が立てられた時、つまり上下分離方式を導入する時の計画を現在がどうなのかの比較、検証が大切なはずです。
あの時の町の説明では、毎年10億円の売上げを出していくと言う計画のはずでした。その時の計画に対して、現在がどうなのかを、はっきりしておきたいと思いました。
実質9億円ほどの収入がないと計画どうりに町への賃貸料・金融機関への借入金を払う事が出来ないと言う話だったと記憶しています。
又、10月18日から町内5ケ所で町政懇談会が予定されています。町長が 「町費投入もありうる」というなら、その場でも、分かりやすい資料で具体的な数字を上げ、今後の計画を説明すべきだと思います。
住民が聞きたいのは真実で、うまい話ではありません。
9月の広報の「町長の直撃インタビュー」でも、
「Q パノラマの借金を町民が背負うのはよくない。また、借金の先送りにも反対」 に対して
「A パノラマの借金は、最初から町の借金と同じです。改めて町の借金になったわけではありません。できるだけ早く返せるように、皆で努力をしなければいけません。」と、あります。
ちょっと、待ってください!
上下分離方式を導入する時に『町民には負担をかけません。起債の返済は、開発公社からの賃借料で、皆さんの税金を使う物ではない』
と言う説明をして各集落を回ったのではなかったですか?
いつの間にか、町費投入が前提で話が進められています。
その前にその是非について十分の説明をして議論をすべきではないですか?
年間の収入を10億とした計画に対して、昨年は7億7千万円。 前回私が質問した時にも「町費投入の時期や方法については議会に相談する」と言っています。
私たち議員は確かに町民の代表ですが、こんな大切な事を私は議会だけで決めるべきではないと思います。
富士見町の歴史の中でも、大きな決断の一つになる事です。
でも、今度計画されている「町政懇談会」にも、パノラマに関しての特別な説明はないそうです。
また、町費投入のボーダーラインとしては、「賃借料支払い不能時、繰り延べか減額時、施設新設や修理に多額の費用が掛かる時」だそうです。
2回目の質問の時に
選挙結果を「今までの4年間が町民に評価された」と思うべきではない。
たった5日間での選挙結果。3,475票という数は明確に矢嶋政権にNOと言っている。と発言しました。
その事について、町長に「町長選を戦った佐久さんに対して失礼だ。ここで訂正してもらいたい」と大声を出されました。
「この言い方は、佐久さんに対して失礼になるかもしれない」と、思いながら発言した私が間違っていたと反省しています。
でも、謝罪するとしたら佐久さんに対してであって、それを町長に言われる事ではなし、その場で謝るべきではないと思いました。
でも、怒鳴られてどのように返答すべきなのか、頭の中でいろいろと言葉が駆け巡り、迷ってしまいました。
それともう一つ、私が町長に対して
「町長は何かをやったと誤解して当選した」と言ったのは町長に対してと、投票した人に対して失礼だから訂正するように言われました。
私はそんなことを言ったつもりはないし、思ってもいないので言うはずがない。
その時に大橋議員が「休憩にして議運を開け」と言ってくれて、頭を冷やす時間をもらえました。大橋さん。ありがとう! m(_ _)m
議運では「発言に問題はない。自分で判断するように」と言う内容でした。
議事録が出来てきた時に、「町長は何かやったと誤解して当選した」と言う言葉を私が言っていたら、その事についてはその時に謝罪する。
「3,475票が批判票だった」と言ったことについては、謝罪しないで次の質問に移りました。
次の質問
3.子どもが育つ環境について
②「富士見町町は子育てをするものに冷たい町です」と言う母親の言葉を町長はどう受け止めるか
と言うところで、 町長がいつも言っている「小さいうちは、まず母親に抱いて育てて欲しい」と言う発言を例に挙げると、今度は「あなたはいつも人の言葉の揚げ足を取る」と、批判されました。
この質問は、前回の質問の続きです。
「次世代育成行動計画」の中に、アンケート結果が生かされていず、「アンケートの中にたくさんある母親たちの切実な意見をどう考えているのだ。」と言う質問が残りました。
町長は、その責任において答弁しているはずです。
その答弁を例に挙げた時に「揚げ足を取る」としか言わないんだったら、私たちは何のために毎回、苦労して一般質問なんかしているのでしょうか。
揚げ足を取っている、などと言って、逃げているとしか思えません。
町長が「小さいうちは母親に抱いて育てて欲しい」と、言っているのは一度や二度ではありません。
それは町長の子育てに対する理念のはずです。
その事に関して私は非難するものではありません。でも、その事は町政にも反映されます。その事を問いたかったのです。
今、境地区で老人福祉施設を、子どもを含めたみんなのたまり場に出来ないかと奮闘中です。
「使えるんだから、本当にやりたい者が動け」と、町長は言います。
でも、老人福祉施設を子どものためにも使っていいと知らない人たちがどうやって使うのでしょうか?
実際、子どもが使う事など想定していないので、子ども料金の設定もありませんでした。
入館する人はお風呂に入る事が前提に考えられていたので、入浴しないで部屋を借りると、入館料と部屋の使用料が必要でした。
使用する為には、「使用許可申請書」、減免してもらうには「減免申請書」が必要です。
その「申請書」を窓口に出すと、その用紙が社会福祉協議会に回り、「申請許可書」と「減免許可書」が申請者に郵送で送られてきます。
申請者はその「申請者」を提示して、使用できる仕組みになっています。
現在は、子ども料金の設定もありますし、部屋の使用の時には入館料は払わなくてよくなりました。
一つずつ、前進しています。そうやって改善していく事に努力する事について、不満などと言うつもりなどありません。
でも、ハタと考えてしまうのです。
議員としての立場でしか出来ない事ってなんだろう・・・
それは町の姿勢、町長の考えを問う事であって、今の私のやっている事って、誰でも出来ることじゃないのか・・・
もし、町長が「富士見町はどこにも負けない子育て支援の充実した町づくりをするんだ」と言う考えを持っていたら、「開いている施設は、どんどん自由に使ってください」って発想にならないでしょうか?
そう考えると、自分のやっている事がどうなんだろう・・・と、考えてしまいます。
だから、何回跳ね返されても、いろいろな角度から聞かずにはいられないのです。
町長の言う「先ずは必要としている人間が動くべきだ」は、十分に分かっています。
でも、民生委員や学校の先生がたと話をしていても、実際の現場での問題は深刻です。
このままでは、日本全体がどこへ向かってしまうのか。行政が本気で取り組まなければいけない事です。
私は「幼児期は母親が抱きしめて育てて欲しい」とか、「本気でやりたいものが中心になって動け」とか言っていられない状態だと思います。
行政の担うべき責任について問いたいと思いました。
傍聴に来ていた方にも「あの発言は同意できない。富士見は子育てにとっても暖かいところ言っている人もいる」と、言われました。
もちろんです!!!
何度も言っていますが、私自身がこの富士見町で子育てできたことをどれだけ感謝しているか分かりません。だからこそ、今こうして議員をやっているのだと思います。
だから、なおの事、特に外から富士見に来られた方々が「子育てに冷たい」と言っていることが残念でならないのです。
実際に、子育て中のお母さんの中から、自分たちで責任を持って子育て支援の場所を作りたいと言う動きもあります。
でも、そうやって声にだし、実行できる人ばかりではありません。声に出せない人たちの声はどうやって拾うのでしょうか?
少子化の問題、教育の問題、それはこれからの富士見町の将来の問題です。
その、本質のところの議論が出来ずに、「揚げ足を取っている」と言われることは、本当に残念でなりません。
おまけに、質問の途中で思い出しました。
パノラマの項目で確認しておきたかった『今までパノラマに関して住民に対して町が行った説明は上下分離方式を導入する時の計画で「町が赤字を補填するわけではない」と言うものだと言うこと。』
その事についての返事をもらっていませんでした。
次の質問に移ってしまっていたのですが、議長に申し出てその質問に対しての答えを要求しました。
YESかNOのその返事にも町長にはきちんと答えてもらえませんでした。
町長の答弁に腹が立たないわけではありません。
でも、それが分かっていながら、いつもその時にすぐにきちんとした返事が返せない自分にこそ、腹が立ちますし情けない思いです。
毎回、毎回こうやって、反省の多い一般質問です。
と、言うわけで、今更のご報告になりました。 m(_ _)m
9月13日
第3回「サル専門検討会」が、被害地区の委員の方、町長、県の林務課、町職員の出席で開かれました。
先ず、県の林務課から、簡単なクイズが出されました。話の持って行き方が上手で、感心してしまいました。
題して 「サルとの戦いに勝利するために」 ~的を知り、己を知れば、百戦危うからず~
その一 ○×クイズ
1.サルの群れにはボスざるがいて、群れを統率している。
2.サルには繁殖期はなく、一年中仔を産む。
3.サルは人目を忍んで、夜行動する。
4.サルは群れごとに、行動する範囲が決まっている。
5.サルに石を投げると投げ返してくる。 いかがですか?
答えも書いておかないと、不完全燃焼になっちゃいますよね。
(答えと解説)
1:「ボスザル」が群れを統率していると言うのは動物園のサル山のイメージで、これまで野生のサルでは確認された事はありません。
2:メスは、普通5~6歳で初産を迎え、2,3年に一回、春~夏に一頭ずつ出産します。ただし、栄養状態がいいと毎年出産する事もあります。
3.サルは昼行性の動物で、夜明けから日没までの間、移動→採食→休息を繰り返します。夜間はじっと動かずに休んでいます。
4.野生のサルでは、オスが群れを離れるのに対し、メスは群れにとどまり、このメスにより、群れの行動圏が維持されていると考えられています。
5.サルは賢いので防除が上手く行かないと思われがちですが、防除が難しいのは、身体が小さく、手を器用に使い、運動神経が高いためで、他の哺乳類に比べて特に賢いと言う事はありません。 と、言う事です。
クイズはその後「富士見のサル」「あなたの地域のサルは」と続きます。が、こちら「は省略。
この日の会は、皆さんからの活発な意見や提案もあり、今後の具体的な動きに繋がるとってもいい会でした。
町としての姿勢は「集落が主体となってサル被害対策」です。
・各集落が自らの問題として、どういう対策をとるのか集落で検討し、実行に移す。
・主役は集落であり、行政、関係者(猟友会など)が集落を支援する体制をとる。 と、言うことです。
「主役は集落で行政がそれを支援する」と言う考え方は、これからいろいろな面で取り入れていくべき方法だとは思います。
特に、サル被害対策などは、「見つけたら追払う」「サルの餌になるようなものは集落内から取り除く」など、皆さんが自らの問題として取り組んでいただかなければどうにもなりません。
でも、だからと言って 「まず、皆さんが主体です」 と言ってもそれは無理があると思います。
なぜ、追払いが必要なのか、作物を畑に放置してはいけないのか、集落内をサルの餌場にしないための理由の周知徹底が、先ず必要です。
そして、いつ、どこにサルの目撃情報があったのか。被害状況はどうなのか。その情報を収集して、群れの動きを把握するし対策を講じる。そして、又その情報を住民に反す。
核となり、情報の収集や発信、まとめ役は行政の担うべき役割です。
「住民が主体」と動くためには、行政がコーディネーター役を上手に果たす事が、大変重要だと思います。
先ず、各集落での現状報告。
各集落で、被害も意識にも差があるようです。集落内で組織を立ち上げているのは1集落だけでした。
「昨年、集落で組織を立ち上げた。今は、被害を受けているのが農家だけだが一般家庭にも被害が及ぶ可能性がある。子どもにも被害が及ぶかもしれないので、一部の人の問題ではなく、みんなが真剣に考えなければいけない」
「被害のあるのは4~5件の特定の場所。関係のない人には関係がない。いつも後の祭り。」
「単発的な情報はたくさん出てきているが、全体の情報を総合して行かなければいけない。情報を収集して整理し、基礎資料を作り、その情報をまた発信していくべき。」
(★「ありがとうございました m(_ _ )m!」 って感じです。私の言いたかった事を言ってくださいました。)
その後、
「今はサル対策の委員が対応している。各集落チームを作りサル対策会を立ち上げたいと思うが、どうか?」と、会長の方から、皆さんに投げかけがありました。
「若者がいない。みんな年を取り過ぎていて動けない」と言う意見もありましたが、賛成の意見が多数でした。
今後、サル専門委員会として、各集落に呼びかけ対策委員会を設けて欲しい旨、要望を出していく事になりました。
次に「柿もぎ運動について」
これは、新聞でも報道されたのでご存知の方も多と思うのですが、富士見高校の生徒の発案で「柿がなったら放置しないで収穫をして干し柿を作ろう」と言う計画です。
富士見高校園芸科「環境科学」を専攻している三年生8人が参加して、下蔦木集落の皆さんと「さる・柿合戦」プロジェクトを行う事になりました。
成った柿や、畑に収穫しないで放置された野菜があることが、サルを集落に呼び込む原因となります。
(★と、言う話をしたら「そうか・・・畑に作物を残しちゃいけないんだ」と言った友達がいました。結構、そこに気が付かない人もいるのかもしれません。)
墓参りの後に、お供え物を放置しておく事もまずいですよね。回収して帰らなくちゃいけないのも、ちょっと悲しい話ですが・・・
渋柿をもいで吊るし、昔のように干し柿を作る人が少なくなりました。サル対策のためにも柿を収穫して利用しよう。と言う計画です。
若い高校生の発案で始まったと言うのも、とってもうれしい話です。
先ずは、柿をもぐための道具(名前を忘れてしまった!)を作るところから、集落のお年寄りに教わるそうです。
これから、いい交流が出来そうですね。!
これと平行して富士見町ではまず各集落の柿の情報をつかむ為に、調査を実施します。
その情報をマップに落とし、高齢化などで集落で対応できないものについては、協力体制をどのようにするのかを、現在検討中だそうです。
被害状況については、
現在、毎年年末に区長を通して情報を集めるだけです。それも合わせて、サル出没の情報を収集して伝達するシステムもこれから構築していこうと言う計画です。
今後の電柵の管理について
山の中に1Kmほどあるので、柵の両脇を伐採して、年3回ほどの草刈作業が必要だそうです。
基本的には、柵を作るまでは県の補助で町でやるが、その後の維持管理は各集落で対応して欲しいとのことです。
高齢化などでどうしても困難な時には町に相談して欲しいという事のようです。
最後にモンキードッグについて今までの経過を私の方から報告させていただきました。
これについても、光が見えてきたようで、ちょっとうれしい!!! o(⌒∇⌒ o)
bv