2005年09月28日

月下美人

去年の夏「今夜咲きそうだから、持って行かないか」と、月下美人を一鉢友達から譲り受けました。
それが、今年の8月につぼみを2つ つけました。
毎日、花の開くのを楽しみにしていたところ、ある朝、硬く閉まっていたつぼみの先が白く開いていました。
「今夜、咲くんだ!  \(*^▽^*)/ 」
ところが、一日中わくわくして待っていたのに、その夜を待たずに、つぼみはそのまま力なく垂れ下がってしまってのです。

「一年、楽しみにしていたのに・・・」と、がっかりしたのですが、何のことはない、友達に聞いたところ
「それは、その前の晩に咲いていたんだよ」 「え~っ!? うっそぉ~!? 信じられない!!」 (@.@)???

と、言うわけですっかり落胆していたのですが、時期はずれの9月に又一つつぼみをつけました。
あまりうれしかったので、ご報告!

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今回は絶対に見逃さない!!
毎日、毎晩、注意深く観察をしていました。

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徐々につぼみが開き始めました。
葉の先に花がついています。

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その晩、丁度友達の家にバーべキューパーティーに呼ばれ、「月下美人」持参で出かけて行きました。
徐々に開いていく花をみんなに見てもらえて、今回は大満足!!

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花の付いている所の葉脈が太くなっているのがよく分かります。
一晩だけしか咲かない花なんて、なんて神秘的なんでしょうか・・・


貼り主: chiyoko 日時: 11:32 | コメント (0)

2005年09月27日

映画 「日本の戦争」

「映画 『日本の戦争』シリーズを貸し出しいたします。」と言うチラシが、友達から回ってきました。
この「日本の戦争」シリーズは、戦後50周年を迎えるにあたって、戦争で見つめる日本の近代史と言う社会科の歴史教育副教材として、東映教育映画部で作成されたものです。

私たちは、近代日本の戦争について本当のことを知っているのでしょうか?
中国や韓国などでの反日感情は、どこから来るのでしょうか?
戦争体験者は高齢化し、これから一体誰が、その事実を伝えるのでしょうか?

「事実として何があったのか知りたい」
そんな気持ちでが共通だった知り合いが集まり、「映画を見る実行委員会」を立ち上げ、上映会を開きました。

映画は全部で5本あります。

「日韓併合への道」(30分)
「朝鮮半島植民地支配の実態」(28分)
「太平洋戦争への道 中国大陸侵略」(30分)
「「太平洋戦争と東南アジア」(29分)
「太平洋戦争と沖縄」(35分)

脚本・監督は中津義人さんによるものです。
1994年に「太平洋戦争とアジア」を作り、その後4年をかけて5作品を作られたと言う事です。

副教材は毎年作られており、一定の普及がすすむと時間の経過とともに忘れられ、「お蔵入り」になるのだそうです。
でも、「歴史的事実に基づいて日本の戦争をまとめた記録映画は少ない。もっと広めるべきだ」と言う助言から、自主上映会を広めることとなったそうです。

戦後60周年を記念して、今年はかなりたくさんのテレビ番組がありました。
さまざまな世代の人を交えての討論番組や、原爆についての番組、などなど。

その中で、私が特に印象的だったのは、ある若い女性の言葉です。
確か、オーストラリアに留学していたと言っていたように記憶しているます。
そこで、「戦争の歴史についても学んだけれど、こう言う味方もあるけれど、もう一方ではこんな見方もある、といろいろな見方があることを学んだ。」 と言う話でした。
その話を聞いた時に、本当に共感できました。 それが教育のあるべき姿なんではないのかと。
いろいろな見方の中から、何が真実なのかを判断できるようにする事が、必要なんではないかと。

「日本の映画」は、見ていて辛くなるような内容ばかりでした。
友達の言葉を借りるなら、「日本人である事が辛くなるような内容」でした。
ある文章によると、先の戦争で日本の死者は310万人と言われているそうですが、日本がアジアの人々に与えた犠牲者は2千万人にものぼると言われているそうです。

日本の朝鮮半島支配は日韓併合にいたるまでに35年にも及んでいた事。日本語を強要し、名前さえも奪い、朝鮮の文化・誇りまで奪おうとしていたんですね。

無差別都市爆撃は、日本がはじめた事だったというのも、初めて知りました。
「南京大虐殺」 言葉は知っていましたが、その本当の意味を今まで知らなかったと分かりました。
市民を巻き込んだ虐殺は上海、シンガポールなど、アジアのいろいろなところでも行われていた事でした。

学生時代 「特攻隊」の話を聞いた時に、日本人の一途で勇猛果敢なその行為を、「美しい」と思いました。
でも、特攻隊は、現在悲劇を繰り返している自爆テロもと、同じことなんですね。

真珠湾攻撃の2時間前に、マレー半島に上陸していた事も、ほとんどの日本人は知らないことだと思います。
「その目的はゴムやスズ、鉄鉱石、石油という豊富な資源の確保とビルマから雲南省を経て重慶にいたる蒋介石支援ルートの遮断であった」と、映画で伝えています。

沖縄での死闘は米軍の戦史によると「ありったけの地獄を一ヶ所にまとめたような戦闘であった」そうです。

なぜ、日本はここまで戦争を続けなければいけなかったのでしょうか?

映画を見ていて、原爆が落とされていなかったら、日本はどこまで行っていたんだろうと思いました。
どんな理由があったとしても原爆投下を正当化できるものでもないし、今後も決して許されてはいけないと思います。
でも、映画を見て思ったのは、日本人にとっては、原爆で終戦を迎えた事で、被害者である事のみが強調されてしまったのではないでしょうか。
それ以前にあった、加害者としての日本の数々の侵略・虐殺を、多く日本人は知らず、知らないがために反省も謝罪もなくアジアの人々に接しているのではないでしょうか。
日本人って本当にアジアの人々にひどい事をして来たんだ・・・と本当に息が詰まりそうでした。・・・悲しかったです。


2年前の冬休みに家族でインドネシアに旅行に行きました。
スマトラ島のある地方で闘牛や、以前ご紹介したイヌのブタ狩りをしている所があり、それをぜひ家族に見せたいんだ、と夫・ジェルミの長年の夢でした。

スマトラ島のブキティンギと言う町に行った時に、「昔日本軍が作らせた壕があるから見に行かないか?」と、声をかけられました。
突然に「日本軍」と言う言葉を聞いてびっくりしたのですが、見学に行く事にしました。

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壕が掘られていたのは、こんな渓谷の絶壁です。
谷の下に、小さな集落が点在していました。

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現在は観光に使われていて、ガイドを仕事にしている人もいました。

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詳細は忘れてしまいましたが、細い壕を進むと、中にはいくつかの部屋まで作られていました。
驚いたのは、この壕を作っていることは、当時 島民さえ知らなかったそうです。
他の島から島民を連行して極秘のうちに掘られていた、との事でした。

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出口の一つです。

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壕の掘られていた谷を、細いつり橋を渡って、隣の村に行ってみました。

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真ん中の部分が、壕の最終の部分です。

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細い道を登っていくと、そこには美しい村がありました。

近くの村でも「私は日本語をしゃべれます」と言う人に何人か声をかけられました。
その時は友好的に受け止めていたのですが、先に映画を見ていたなら、受け止め方はまったく別のものになっていたでしょう。

中国では日本の敗戦した8月15日は光復節と言って、暗黒時代が終わり、太陽の光が再び戻ってきた日という意味だそうです。
アジアの人々にとっては、原爆によって日本の侵略から開放された日となった訳です。

映画の内容はショックでした。
でも、それとおもじくらいショックだったのは、映画を見ていただいた皆さんからの感想です。
上映会場のコミニュティープラザのAVホールは60席あります。その席がほぼ満席となりました。
ほとんどの方が50歳以上の方で、感想にも「若い人に見て欲しかった」と言うものが多くありました。
何がショックだったかと言うと、
私は自分自身の年代では知らされていない、と思っていたのですが、年齢に関係なく、年配の方でも戦争の事実を知らなかったと言う事です。
日本の外での事、アジアの国々でどんなことが起こっていたかは、日本国民にはまったく知らされていなかったんですね。

もし、映画「日本の戦争」の自主上映会について興味をお持ちの方がいらっしゃったら、連絡先をお知らせしておきます。
   ・作品の貸し出しはビデオテープ(VHS)か16ミリフィルム
   ・作品の貸出料
     ビデオの場合 一日の上映につき、入場予定者100人以内の場合
       5セット・・・50,000円(税込み)
       各作品毎・・・15,000円(税込み)
   ・入場予定者が100人を超える場合、学校(小・中・高)主催の上映、一週間以上の連続上映などの場合はご相談

   《問い合わせ》オフィススリーウェイ
   ホームページ  http://www.kokuminrengo.net/2005/200502-movie-nakatu.htm   TEL/FAX  03-3759-7920(中津)


貼り主: chiyoko 日時: 14:41 | コメント (1)

2005年09月26日

境保育園・運動会

9月11日 境保育園・運動会

前日のすずらん保育園の運動会に引き続き、かわいい子どもたち過ごせて、これって やくどく!
これで苦手なご挨拶のお仕事がなければうれしいのですが・・・
いつも思っていることをお話して、ご挨拶の変わりにさせていただきました。


「笑っている時も、泣いている時も、怒っている時も、いつでも君たちは私たち大人の大切な宝物です。生まれてきてくれて、本当にありがとう!
保護者の皆さん!4人の子どもを育てた私でも、子どもがまとわりつき、抱いて育てられる次期は、長い人生の中でほんの僅かです。どうか、今のこの時期を楽しんでください」

あとで「エンジェルさん! 挨拶に泣かされたわ!」と、何人かの方に声をかけていただきました。
きゃっ! うれしい!!   (´ε`*)ゝ 

でも、子どもたちって、本当にいてくれるだけでその場の雰囲気を和ませてくれるし、幸福感を与えてくれます。
その子どもたちが、この富士見町でのびのびと愛されて育ってくれる事を祈らずにはいられません。
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私も一緒に抱きしめたい!
小学生も高学年になれば、「やめて!」と、冷たくあしらわれてしまいます。
我が家は一番下が中二なので、孫を待つしかないか!?


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保護者の皆さんの棒取りゲーム
お母さんたちも同じゲームをしたのですが、さすが!お父さんたちは迫力が違います!!   ('~`;)

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前日の未満児に比べると大人びてさえ見えてしまいます。
かけっこ一つとっても、年齢が上がるに従って成長を感じます。
これで、17日には境小学校の運動会にご招待いただいていて、僅かな間に子どもの成長の過程を垣間見た気がしました。

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う~ん!すごいカメラの数。
一度しかない、大切な瞬間ですから・・・みなさん真剣です。

貼り主: chiyoko 日時: 12:10 | コメント (0)

2005年09月25日

すずらん保育園・運動会

9月10日 すずらん保育園の運動会

すずらん保育園は、長野県厚生農業協同組合連合会により、H11年に富士見高原病院の職員の子育て支援を目的に始められたものです。
しかし、地域住民からの要望が強く、現在は職員に関わらず、富士見町内の3歳未満児を中心に受け入れ、運営されています。

未認可の保育園であり、認可に当たっては町からの意見書が必要なために、H15年に 3,135人の署名とともに「認可に関する陳情書」が議会に提出されています。
H15年当時、富士見町全体の保育を考え、すずらん保育園に未満児保育を集中させる事は出来ないか、などの意見もありました。
しかし、未満児保育の要望は増加することが予想され、丁度、本郷保育園の建設も決定していた事もあり、町からの意見書は出さないとの判断になりました。


すずらん保育園は、高原病院に併設されている施設で、以前は小児科医が現在は医院長が、園長を兼務されています。
抵抗力の弱い未満児を預ける母親にとっては心強いですよね。
また、老人福祉施設の「あららぎ」も隣接しているので、施設利用者のお年寄りとの交流も週に一度は行われているそうです。
年度途中の受け入れに対しても、あららぎの職員などの対応で、可能だと言う事です。

富士見町では現在、富士見、西山、本郷、落合、境の5つの保育園があります。
そのうちの富士見、西山、本郷の各保育園で未満時保育を実施しています。
他の保育園でも2歳児程度の児童は受け入れを行っています。
ただ、年度途中の受け入れは、難しい状況です。

すずらん保育園は、町に先駆け未満児保育を実施していた事、病院と併設されている特性などを考えると、母親にとって選択肢が増える意味からもありがたい存在だと思います。

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泣いていてお母さんから離れられない子、園庭を一人で走り回る子などいろんな子がいました。

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とにかく、みんな可愛くって保護者のみんなさんもニコニコしっぱなしです。 (@⌒ー⌒@)

貼り主: chiyoko 日時: 13:24 | コメント (0)

2005年09月24日

本郷小・防災訓練

9月4日
富士見町の 「総合防災訓練」 が本郷小学校で行われました。
訓練は、午前7:30頃、諏訪地域を震源地とする大規模な内陸直下型の地震が発生したと言う想定でした。
昨年は、境小学校で行われたものですが、今年は本郷小学校通学区域の住民を中心に
富士見町、消防署、消防団、社会福祉協議会、警察署、日赤奉仕団、NTT、姉妹市の多摩市の参加で行われました。

昨年同様、さまざまな訓練の体験メニューがありました。
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倒壊建物での孤立者の救助訓練
救助隊の指導で住民の皆さんが倒壊した建物から建物の中に取り残された人の救助訓練をしました。

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災害救助犬による倒壊した建物の被災者の発見訓練です。
救助犬を放した場所と、発見すべき場所が近かったために見学者には分かり難かったように思います。
救助犬が負傷者を発見すると、犬とチームを組んでいる人が手を上げて発見を報告します。

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バケツリレー
どのグループも 「ほい! ほい!」と、掛け声をかけながら和気藹々とやっていました。

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その場にあるのもを利用して担架を作る実演 1 
この時は、物干し竿とブルーシートを利用しました。
まず、右手の棒を中心に折り返します。

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その場にあるのもを利用して担架を作る実演 2
次に、左手の棒を中心に二枚重ねて折り返します。
短い折り返しの部分とを、少し重ねるところがミソです。

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その場にあるのもを利用して担架を作る実演 3
体重○○Kgでも大丈夫!


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小型動力の消防ポンプでの初期消火訓練

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障害物撤去訓練   放置された車両の移動訓練
話を聞きそびれてしまったのですが、災害時に車を放置する時には鍵をつけたままにするのが基本だそうです。

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ボランティアセンターの立ち上げ訓練
まずは、ボランティアとして登録します。
さまざまなボランティアの活動がセンターの壁に貼られていて、その中から出来そうなところに自分の名前を書いた付箋を貼ります。
ちなみに私は「ごみの運搬」にしました。

このほかにも心肺蘇生法の講習、炊き出し訓練、煙体験、NTTの伝言ダイアルなどいろいろな訓練がありました。

去年と比べると、今年は新たな体験訓練が増え、実際の被災地での経験が生かされていると感じました。
こうした訓練を受けたのと受けないのではやっぱり違うでしょうね。
でも、何度も繰り返してやらないとなかなか身につかないことも多く、こうした機会を利用して何度でも体験しておく必要性を実感しました。

貼り主: chiyoko 日時: 19:45 | コメント (0)

2005年09月23日

サル追い・パート3

9月は議会があり、そのほかにも運動会や行事があって、ホームページがおろそかになりました。 (^_^;)
今では、すっかり載せるのには遅すぎるものもあるのですが、お許し下さい。 m(_ _)m

8月30日
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「前日にサルの被害があったらしい」と言うので、ブルートを連れて散歩がてら出かけて行きました。
被害にあったのは、道の左奥にある畑。道にも食べ散らかしたとうもろこしが散乱していました。
サルたちは右奥にある林の中に逃げて行ったようです。


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被害にあったとうもろこし畑

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サルが逃げ込んだ林の中を散歩してみました。この日は、サルの気配さえありませんでしたが、こうして、定期的に人や犬のにおいを残す事も効果的だとの話も聞きました。
出来る事はなんでもやってみよう!ってところです。


9月5日
散歩から帰った長女から、又、サルが檻に入っていたと聞き、見に行きました。
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前回、この檻で捕獲されたのが子どものサルで、今回はメスの個体でした。

私は、「サルの個体調整をしてはいけない」 などと毛頭言うつもりはありません。
でも、「個体調整をしてくれ」と言うみなさんは、実際にご苦労いただいている猟友会や、役場の職員の活動を目にする事はありません。
私は、そこのところもちゃんと皆さんに知って欲しいな、と思います。

私はせめて、目をそむけずにいようと思います。

貼り主: chiyoko 日時: 19:40 | コメント (0)

ルバーブ・特産品化への道

私たち家族は、平成4年に富士見町に引っ越してきました。
イギリス人である夫の「子供は田舎で育てなくっちゃ」と言う強い希望に、私も大賛成だったんです。
4人の子供を、この富士見町で育てましたが、ここで子育てできた事を本当に感謝しています。
思い描いていたような子育てが出来たなぁ~と、思います。
まあ・・・子供たちにはそれぞれ、言い分はあるでしょうが・・・
これって、すっごい事だと、自我自賛しております・・・

我が家は、緩やかな段々畑のそば、そして富士山と八ヶ岳を眺めて暮らせる場所にあります。
この環境は、外国人の夫から見ると、世界に誇るべき日本の宝です。

四季折々、本当にうつくしいのです。
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冬の我が家です。
右奥に見えるのは、甲斐駒ケ岳です。

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春は後ろの公園の桜が、花吹雪になって舞い落ちます。

贅沢ですよね・・・


ところが!
日本中抱えている問題は同じだと思いますが、地元でも農業従事者の高齢化が進み、年々不耕作地が増えて来ています。
私は消費者の立場から、これからは絶対に安全・安心な農作物が注目されると思ってきました。
でも、「無農薬」とか「有機栽培」と言う話をするたびに、農業経営をしている方からは、「それで食って行けるのか」「俺たちは遊びじゃない」と、言われ続けてきました。

折角育ててきた、作物が、この薬を使わなければ病気や害虫でだめになってしまうかもしれない・・・「遊びじゃない」「生活が掛かっている」と言われると、言葉を呑むしか出来ませんでした。


さて、一方、夫はイギリス人でルバーブと言う植物のジャムやクランブルが大好きです。
何時、とははっきり覚えていないのですが、こちらへ住むようになってからすぐ、友人から頂いた苗を大切に育てて、毎年ジャムを作り一年中楽しんで今に至っています。

この、ルバーブは、シベリア原産、ダテ科の植物で、茎を主にお菓子などに使います。
株分けで容易に増やす事が出来ます。
見た目はフキのようなものなのですが、酸味が強く、熱を加えるとすぐに煮崩れます。
外見からは想像できないような、フルーティーな味です。
一株が大きくなり、葉が育つと、1mくらいの株になります。


種類は多く、茎の太いものから細いもの、緑色のもの、下の部分だけが緑で上は赤いものなどがあるます。
我が家で育てていたものは、茎が細く赤いものです。
この赤い茎のルバーブが、まだ日本では少なく、これを富士見町の特産品として売り出すことは出来ないだろうか、と考えました。

荒れた田畑にするくらいなら、ルバーブを植えてちょっとしたおこづかいくらいになればいいと思いました。
シベリア原産だけあって、ルバーブは寒さにはめっぽう強い植物です。
この富士見町の気候に合っていました。
だから、我が家でも何年も大した手入れをしなくっても育てて凝れたんですね。

しかも、春先一番最初に元気に育ち、秋寒くなると、この赤が一段と際立ってきます。
農薬などを使わずに育てる事ができると思いました。

そこで、地元の皆さんに’少しずつ、普及を目的に株分けを始めました。
株をお分けするに当って、2点お願いをしました。
「科学的な農薬や肥料を使わずに育ててください」と言うこと。
富士見町の特産品にしたいので、ある程度、富士見町で普及するまでは、富士見町以外には株分けをしないでください、と言う2点です。

これが、「富士見町の真っ赤なルバーブ特産品化への道」の始まりです。
これからも、こつこつと地元にしっかりと根付くような活動をしていきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

貼り主: chiyoko 日時: 17:15 | コメント (0)

2005年09月06日

ルバーブ

我が家ではルバーブが大好きで、毎年株分けをしながら増やして来ました。
一年中、ルバーブのジャムを切らしたことがありません。
「ルバーブ」と言っても、あまりまだなじみはないようですが、シベリアが原産地のタデ科の多年生の植物です。
最近ではわが富士見町でも栽培している人を見かけるようになりました。
ただ、我が家のように、真っ赤なルバーブは少ない!
この、ルバーブを富士見町の特産物に出来ないかと、今年に入り、友達やよっちゃばりの皆さん、農技連に株分けをして持って行って植えてもらいました。

「立派に育っていますよ。収穫してもいいでしょうか?」と、農技連から連絡をもらいました。

農技連とは富士見町の農林課と農協と県の農業改良普及センターが共同で、農業技術の改良研究しているところです。
いろいろな作物を試験的に栽培し、富士見町にどんな作物が適しているか、研究しているところだそうです。
去年は黒豆を作り、その黒豆で豆腐を作って好評だったようです。
今年も、その黒豆や茶豆、いろいろな品種のとうもろこしなどなど栽培しているとの事でした。
その畑でルバーブを試験的に植えてもらったので、見学に行きました。


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本当だ!  元気に育ってる!
ルバーブはシベリアが原産国だけあって寒さには非常に強いのですが、暑さには弱い植物です。
インターネットで調べたところ、 「アスパラガスと同じで、休眠期間が必要で、土壌凍結する冬のあるところでよく生息する」 とありました。
8月にこれだけ元気なのにはびっくり。この畑のある花場地区は標高が高いだけあって涼しいのかな?

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6月3日に定植と書いてあります。
2~3株づつくらいで植えたはずなので(植えるのを手伝っていないので実は知らないのですが、役場の職員もそう言っていました)3ヶ月ちょっとでここまで立派になったんですね。


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美しい赤い色をしています。
ルバーブは、この赤い茎の部分を食べます。酸味が強いのでジャムにするとおいしいです。
そのジャムをヨーグルトなどにかけて食べてもおいしいでし、その他パイやクランブルなどのお菓子に向いています。

ご近所でも、我が家からルバーブを株分けしたお宅が何軒かあります。
ある、老人会の集まりの時に「あの、赤い茎のやつはおいしくないもんだなあ・・・。豚肉と炒めたらまずくて食べれなかった」と、話していたのを耳にしたけど、その「赤い茎」はエンジェルさんのとこにあるのじゃないか?と、言われました。
ルバーブは熱を加えると、すぐに崩れます。確かに、おいしくなかっただろうな・・・と思います。
どうも、珍しいものがあるからと言って持っていったものの、料理の仕方までは聞かなかったようですね。
お菓子にはよく使いますが、私も料理には使った事がありません。
『肉料理のソースに使う』と、インターネットには出ていましたが、試したことはありません。


ルバーブと同じ仲間に大黄(だいおう)があります。(実際、ルバーブの和名は“ショクヨウダイオウ”だそうです。)
こちらは昔から緩下作用があると漢方薬として使われていたようです。
おそらく、この富士見町で最近よく見かける物の多くのは、このダイオウではないかと思われますが、ダイオウはルバーブに比べると、茎が緑色で茎も太く大きくなります。


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ルバーブクランブルです。
これは5月によっちゃばりのおばさんに、うちで試食してもらったときの写真です。
春先と秋の終わりが一番色が鮮やかできれいです。

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熱々のルバーブクランブルに冷たいアイスクリームを添えて食べます。
これはルバーブが取れる時期の我が家のお勧めデザートです。

茎の部分を3センチほどに切って、そのルバーブの重さの3割から5割のお砂糖とまぶします。
それをパイ皿にひいて、上からクランブル生地を上からかけて焼くだけです。
我が家では、ジャムにする時も、酸味があった方がいいので3割ほどの砂糖で抑えています。クランブルにしてアイスクリームなど、甘い物を添える時には、やはり抑え目の3割くらいがお勧めです。

いろいろな方に食べていただきましたが、「こんな食べ方は初めて」と言う方が多く、皆さんにおいしいと言っていただいてます。
この食べ方を、富士見町の特産の一つに出来ない物かと思案中です。

貼り主: chiyoko 日時: 19:36 | コメント (3)