2003年08月30日

「原村の村長に話を聞いてみよう!」 8月29日(金)  PM 7:00~    原村役場にて

若者11人と(16~20才)原村の村長のお話を伺いに行ってきました。
6市町村合併で話が進められている中、一貫して「自立する原村」を主張なさっている村長に「なぜ自立なのか?」を中心にうかがって来ました。
最初は6人の予定が、急に11人と増えてしまったのですが、快く承諾いただきました。

なぜ、自立の道を選ぶのか?
合併すれば村は21万人の中のたった7500人になり、数の力に勝てなくなる。
村の良さが失われ、特徴の持てない一地域となってしまう。
合併した時のメリット(意識調査から)として
 ・行政経費の節減
 ・公共料金の軽減
 ・合理化し浮いたお金で工業、研究、観光などの活性化
などが上げられるが、そんな事は合併しなくても出来ると私は思う。

合併のデメリットとしては
 ・住民の声が行政に届きにくくなる。
 ・周辺部がさびれる。
 ・地元に精通した職員がいなくなる。
 ・役所が遠くなる。
「デメリットは工夫によって解決されるがメリットは合併しないと得られない」と言うが、私はそうは思わない。たとえば経費削減、人件費は削減できなくても他でムダを省けばいい。財政は政治の意思が大切。
合併しても財政強化とならず16年目からはかえって苦しくなる。
それよりも住民の声が届いた方がいい。
20世紀は「都市を大きくしコンクリートの箱が田舎の野山より価値がある」でやってきた。21世紀は違う。田舎でののびのびとした暮らし、人間の精神が癒される充実した人生が望まれている。そんな時、村が村らしさを留めるために“合併はしない”と考える。
(財政シュミレーションの数字を上げて原村の説明)
→数字は理屈っぽくて難しいが、やはり、たいしていいものではない。
シュミレーションにこだわり過ぎて正しい判断が出来なくなると考えている。

それから合併した時に「どんな市を望むか」のアンケート
 ・高齢者福祉の充実
 ・医療の整備
 ・道路、自然環境の保全
しかし、高齢者福祉の医療費無料化、富士見、原のやり方をするのは新市では無理。今の茅野市のやり方をやろうとしている。
これは県の標準で、「進んだ福祉」ではない。
又、乳幼児医療無料化も原村は小学校3年まで。
しかし、新市では小学校入学前、原村は逆に福祉が後退する。

「原村のような小さい村がずっとやっていけるのか」と言う人もいる。
自治体の存続は人口の多少ではなく住民の地域自治の意識。住民の議論と気概の中でやっていけると思う。

任意協議会では51人の委員で協議されているので住民の論議にかけられない。住民の期待どおりには行かない。

私はその土地の住民が選んだ首長がその土地のことを考えるのが良いと思う。
大きい市ほど選挙投票率が低い。大きい自治体ほど無関心。
さいたま市は30%くらい。そんな数で自治体の方向が決まる。
時代が進み行政システムがこのままじゃうまくいかなくなった時に考えればいい。今はその時期ではない。

質問:2年前のシンポジウムで「合併して産業の振興を」と言っていた。それについては?
村長:浮いたお金で産業に投資するのは一見もっとも。でも、なかなか浮いてこない。産業振興に持って行くぞ。と思えば合併しなくても出来る。

質問:6月の勉強会の時「原、富士見のような農村が都市化される」と言う話があった。
村長:なり易い要素はある。諏訪湖周辺は土地がない。八ヶ岳山麓の方が住むのに良いと思う人が増える。
   ただ、合併したからだけとも言えない。合併により弾みはつくかもしれないが、必ずしも合併の狙いはそうではないと思う。

質問:村の合併に対する意識が高いのはなぜ?
村長:足掛け3年くらい住民と合併の勉強会をやって来た。小さい村だから有線やサラダチャンネルで知らせると皆が「どうする?」「どうなるの?」と思いが広がっていく。

質問:自治体に住民に情報を与える責務はあるの?
村長:ある。どの程度やるかは個々に任されている。

質問:原村独自のサラダチャンネル、すごいと思う。
担当:富士見と同じ有線だった。老朽化した時にいろいろ考え、LCVと村とで同軸ケーブルを整備した。
   今ではインターネットで世界に流れている。言葉で伝え難いものも映像で伝える事が出来る。
村長:実は予算は大変。年間4,000万円ばか掛かっている。視聴率はいい。知り合いが出るのは楽しみ。
質問:議会放映もしていますよね。
村長:「百聞は一見に如かず」映像の訴える力は大きいよ。

質問:ぼくは合併反対です。市町村の事業は赤字が多い。不景気だし、合併する事で良い方向に向かうのか?21万都市になりその辺がうやむやになってしまうのでは?
村長:原村でも もみの湯、自然文化園も赤字が出る事も。自治体は商売が上手ではなく誰の経営責任かがあいまい。
   長も変ってしまい前の長の責任にもならず自治体の責任。経営体質も変らなれればいけない。
   パノラマのゴンドラもすごく良いものだよね。地域住民がそういう物を大切に思っていないとうまくいかない。 
  「顔の見える範囲」が血の通った行政となる、私の持論です。

質問:「顔が見える」反面、知り合いばかりで物が言い難いのでは?
村長:気に入らなければ怒鳴りこんでくる人もいるけど、一般的にはそうかな?匿名って方法もあるけど、月に一度村長と話す日を設けている。
   顔を見て話せば分かり合える。

質問:もし、茅野、原、富士見の枠組みだったらどうなる?
村長:そうなれば連帯感が強く反対の意見が逆転する可能性もある。茅野のやまうらあたりの人は原、富士見不参加の合併は考えられないと言う人が多い。
   1か6か?で始まったけど「どことどこがする?」で始まっていればちがったね。

質問:合併したらどこが一番得をする?
村長:ものすごい事きくね! 個人の見解です。
   (こんな答え辛い質問にも「個人の見解」として村長はきちんと答えて下さいました。)

質問:市町村の規模が大きいほどモチベーションが小さく、原のようにやる気のあるところが一緒になるとやる気のなさに飲み込まれてしまうと聞いた。 
村長:他の市町について言う立場にないので、原村について。原にやる気があっても数の力でどうにもならない事が出てくる。 
   地域の特色を持ち続けていくには、同じ規模の自治体ならうまくいくが相手が大きいと対等とは行かない。平成17年以降も新しい法律を作って合併を勧めて行くだろう。地域局にも法人格を認めていくだろう。そうすれば独立性が保てる。その時考えればいい。原は相当ひとりでもやっていけると自信を持っている。今の合併騒ぎにあわてて乗ることはない。

質問:地域局の話は「合併の効率化」を考えると矛盾してますよね。
村長:そう、今日の協議会でもその話は出た。住民にとって現状に近く違和感はないが人件費は減らないし、新市の一体感は出にくく“新市誕生”の印象も薄い。
合併で期待される人件費の削減も、地域局に局長が一人づつ必要となり効果がうすれる。

*終了は9時を予定していたのだが、終わりの方になって質問が出てきて終了が9時30になってしまった。
村長は次のように会を閉められました。


村長:勉強すればするほど疑問が沸いてくるね。原村でも又「考える会」をやるので富士見からも来てくれればいいと思う。
熱心な若者に刺激されて目覚める人も増えますよ。
 
「日本一元気な村。原村」をやっています。各市町村が切磋琢磨することも大事。
合併してお隣さんが松本ではあまりにも遠すぎる。近くに目標があることが大切

貼り主: chiyoko 日時: 18:41 | コメント (0)

2003年08月22日

教育基本法の改定ではなく、その理念の実現を求める意見書

6月の定例会で採択された意見書です。
この意見書を内閣総理大臣・衆議院議長・参議院議長・文部科学大臣殿宛に提出しました。

教育基本法の改定ではなく、その理念の実現を求める意見書

中央教育審議会は、3月20日「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画のあり方について」の答申を取りまとめ、教育基本法の見直しを提起した。しかし中央教育審議会は、なぜ今教育基本法の見直しなのかという疑問に対して納得できる説明もなく、国民的な論議が不十分なままで答申を文部科学大臣に提出した。
 教育基本法は、「臣民の育成」を目的とした戦前の教育への深い反省に立って、日本国憲法の理念を教育に具体化させるために制定されたと前文に謳われている。教育基本法の改定は、憲法の改定にもなりかねず、充分な国民的な論議をつくすべきである。
 現在教育が抱える諸問題は、受験競争に代表されるような教育内容の詰め込みや管理主義などが、子供たちを追い詰めてきたことに起因している。国連の子どもの権利委員会は「高度に競争的な教育制度」の是正を日本政府に求めているにもかかわらず、その対策は不充分である。
 したがって教育問題の解決にあたっては、教育基本法の改定を前提にするのではなく、教育基本法のめざす内容がどこまで実現できたのか、実現できていないとするならばその原因を見極めて、実現するための施策を明らかにするべきである。
 よって、本議会は、教育基本法が掲げる理念をよりいっそう徹底させるとの立場から、教育基本法の改定ではなく、その理念の実現を強く要請します。

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

平成15年 6月18日
                    
                  長野県諏訪郡富士見町議会

貼り主: chiyoko 日時: 23:37 | コメント (0)

「愛国心」って一体なんでしょうか?

先日8月13日の朝日新聞に「教育基本法改正」についての記事がありました。
「全国264の市町村議会で改正に反対したり慎重な対応を求めたりする意見書が可決されている」と言う内容でした。

実は富士見町でも6月の議会に「教育基本法の改正ではなく、その理念の実現を求める意見書の採択を求める陳情書」(うーーーん!長い!)が提出され審議,可決されました。( 教育基本法の改定ではなく、その理念の実現を求める意見書

 なるほど、調べてみると現在の「教育基本法」は昭和22年、戦後まもなくGHQの管理下で策定された随分歴史の古いものなのですね。
はずかしながら私もはじめて読んでみました。
「・・・教育上男女の共学は、認められなければならない」なんてちょっと言い回しが古いかな?と感じるとことは確かにあります。
ただ、今議論になっているように「国を愛する心」「公共の精神」「宗教教育」
なんで改めて盛り込む必要があるのかは、私も疑問に思います。

 もう、十年も前に「ゲルニカ事件」という本を読みました。
その本の印象は今でも強烈に残っています。
 ある小学校の荒れた5年を担任した教師が、奮闘しながら子供たちと信頼関係を築き上げていくと言う話です。
6年生になった時、子供たちは「ゲルニカ」に込められたピカソの想いを勉強したりして、心を込めてみんなで「ゲルニカ」の旗を書き上げます。
子供たちはその旗を卒業式の一番いい場所 《ステージの正面》 に飾る事を強く望んでいました。
しかし、式の当日その場所には子供たちの旗ではなく「日の丸」が掲げられています。
その事に怒りを覚えたある生徒が、国歌斉唱の時に「歌えません」と座っています。そして卒業式の華ともいえる決意表明で次のように発言するのです。
「私はゲルニカをステージに張ってくれなかった事について深く怒り、そして、屈辱を感じています。・・・ゲルニカには、平和への願いや私たちの人生への希望をたくしていたのに、張ってくださいませんでした。」
発言を妨げる来賓の野次の中でその子は最後まで発言を続けます。
「私は怒りや屈辱をもって卒業します。私は絶対、校長先生のような人間にはなりたくないと思います」
その事件のためにその教師は教育委員会より処分を受け、裁判へとつながって行くのです。

 私はこの富士見町を愛しているように日本と言うこの国にも愛情を持っていると思います。
でも、それは「この国を愛せよ」と教えられたからではなく、この国で生まれ、育っていく過程で自然に生まれてきた感情です。
愛情は教えられて生まれるものでしょうか・・・?
しかも、教師は生徒の「愛国心」を評価する事も求められているようです。
どのように評価するのでしょうか?
「愛国心」のない子は「非国民」という事にでもなるのでしょうか?
「愛国心」なんかどうでもいい、なんて思ってはいません。
でも、強く押し付けられればされるほど、反発したくなるのが人情というものではないでしょうか。
愛国心の評価なんか不可能だと、評価欄にすべての生徒に対して同じ数字を書く教師がいると耳にしますが、当然な事だと思います。

 日本の国歌「君が代」もとても好きです。でも、「私は歌いたくない」と言った沖縄の人たちの気持ちを思うと「君が代斉唱」と言われても立てない時があります。

外国人の主人を持っていると私が「当然」と思っていることに疑問を投げかけられる事がたくさんあります。
その一つ。長女が小学生の時、担任の先生が「宿題を一人でもやってこなかったらクラス全員の責任」と言った事があります。それを聞いて主人はひどく怒りました。
私も子供のころ、よくそうやって「連帯責任」を取らされて育ちました。
だから、なんで主人が怒るのか分からなかったのです。
「なに言ってんだ!宿題をやるかやらないかは自分で考えて、やるべきと思ったらやれば良いことだろう。本当は自分の責任でやるべき事を他人の責任にしているのはとんでもない事で、責任感に基づいた行動じゃないよ。常に他人の目を気にし、他人の行動を監視すると言う、重圧と恐怖に基づいた行動しか生まれないさ。軍国主義の延長の考え方じゃないか。責任どころか、責任の放棄、無責任を教えているようなもんだ」
・・・なるほど。そうかもしれない・・・その通りじゃん!
そんなところに疑問を感じながらも、やはりこの日本が好きです。

日本人が当然の事と思って育って来た事も、外から見るとおかしなこともたくさんあるのかもしれません。それぞれ、違った文化や環境の中で育てば価値観や信念、主義主張が異なるのはあたりまえです。
それでもこの日本の歴史や文化を学び、育っていくうちに「国を愛する心」が育っていくんじゃないでしょうか?

・・・「ここが変だよ!日本人」を主人に言わせたら、とめどなく出てくるんじゃないかと思います。
それでも「愛国心教育」を受けたことのない主人も、例えばサッカーの日本代表がよその国のチームと戦う時、我が家で一番熱烈に声援しています。やっぱり、彼も日本が大好きだということでしょうね・・・

貼り主: chiyoko 日時: 14:23 | コメント (2)

2003年08月17日

諏訪養護学校学童保育

4月から議員になるまで、養護学校の学童保育の指導員をしていました。
議員になると同時にそちらのほうは失職してしまったのですが、久しぶりに学童に行って、心の洗濯をしてきました。
「指導員」と言うとなんだか難しいのですが、ようは学校終了後、5時まで子供たちと思いっきり遊ぶのがお仕事です。当然,その前に子供たちの安全の確保が第一条件ではありますが・・・

以前,聴覚障害者を中心に障害を持った方とパンやケーキ、リサイクルのお店を立ち上げて一緒に運営したりもしてきました。
そんな付き合いの中で一番感じたのは「この人たちと一緒に育ってこれたらよかったのに・・・」と言う事です。
「自分自身の気持ちの中に決して差別意識なんかない」
「私たちがお手伝いするのではなく、障害者も健常者も関係なく共に歩んで行きたい」そう信じ、願って活動していました。

でも5年も6年も経って、「やっぱり違ったのかな?」と感じたことがありました。
わたしの気持ちの中にはいつも「出来ないところをホローしなくっちゃ」という気持ちがあったと思うのです。
勿論人間、足りないところを補いながら支えあって生きていくものですが、それがやはり「障害ゆえに」っだったと気がつきました。

もし私たちが、その障害を認識する事もない、幼い子供の時から一緒に育っていたらどうだったんだろう?
本当に怒ったり喜んだりする中で、「支えあって生きる」事を学べたのではないでしょうか。
私も変っていたし、障害を持った皆さんも違っていたはずです。

 
そんな事を考え始めてから 「障害を持った子供たちと関わりたい」と、強く願うようになりました。だから学童保育のお話を頂いた時は、正に“飛びついた”のです。

本当にいろんなお子さんがいらっしゃいます。でも、彼らにはごまかし はなく、私も彼らと向き合っている時は何もかも忘れて、一生懸命に遊んでいます。
学童保育をやっていて一番初めに感じたのは「ああ、この子達を理解し愛してくれる場所が又一つ増えてよかったな」ということです。
指導員も20代から50代まで年齢も職業もさまざまです。
関わり方もそれぞれで、思いっきり体をつかって遊ぶ人もいれば、子供が望めばただただずっと抱きしめている人もいます。

指導員の仕事は子供たちが安全に楽しく過ごす事で、そこに「教育」だとか「躾」が強く関わってこないところがいいのかもしれません。
近所のおじさんやおばさんであったり、おばあちゃんであったり、あこがれのお姉ちゃんであったり、そんな関係がお互いにとっていいんじゃないでしょうか。
 
家を出る時は何かで悩んでいて本当に暗い気分で出かけても、学童から帰る時に車の中で自分が鼻歌なんか歌っているのに気づいてびっくりする時もあります。
私にとってはそれだけ無心になれるところだということなのでしょう。
そういう時間を持つ事が出来る事に感謝しています。

何についても言えることですが、知らずにすごしてしまって損をしてる事って多いんだろうな。

貼り主: chiyoko 日時: 14:22 | コメント (1)

2003年08月13日

私は6市町村合併には反対です。

2003年8月3日発行の第1号議員活動広報より

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先日、合併をめぐる講演会で「結婚相手の悪口は決して言ってはならない」と言っていました。その通り! ただ、結婚する相手がどんな人なのか、結婚して幸せになれるのか、そもそも自分は結婚したいのか、見極めることが今、大切です。なぜ“6市町村”と言う枠組みなのか?「時間がない」と急いで決めてしまっていいのでしょうか?

理由①富士見町の自然と文化が好きだから!  
私は千葉市の出身ですが、もし千葉で合併の話があっても反対はしなかったと思います。この富士見町だからこそ、今回の話をきちんと受け止め判断したいと思います。富士見町には他の地区ではすでに失われてしまった豊かな自然、伝統文化がまだたくさん残っています。私たちはその財産を,今後いかに後世に伝えるべきなのか。そんな町づくりの議論がなされるために、この合併問題は本当にいいチャンスだと思っています。合併推進の背景には、都市部で票の取れない政治的な判断があるとも言われています。これからの日本、農山村を大切にしていかなければならないはずです。今回、その事が話題に上っているでしょうか。富士見町の将来には明るい夢がたくさん抱けると思います。この先、いずれにしろ財政は厳しいのです。
この町の将来を決める権限は残したいものです。

理由②小さな町のフットワークのよさを大切にしたいから!
合併してもきめ細やかなサービスを提供するため、地域局が設置されると言われていますが、10年、15年後はどうなるのでしょうか? 45年前の富士見町合併の際に最初はどう言う約束だったのかと言う事を考えれば、分かると思います。
任意協議会では、サービスは一番高い所に、料金は低い所にすり合わせ作業が進んでいます。でも、もともと財政のきびしい中、本当にそんな事ができるのでしょうか。実際、議員で視察に行った岐阜の東濃西部合併協議会では、「サービスは落とさないように、しかし、料金を一番低い所にするには無理がある。合併後、料金を上げれば市民を裏切る事になる」と言っていました。その時になって反対しても大方の事は手遅れでしょう。
それよりも小さな単位だからできることを大切にしたい。情報公開制度など、今までも小さな自治体が独創的な発想を全国に向けて発信してきました。合併しなくても、広域ですべき事は、広域で進める事は可能です。

理由③合併しても財政問題の解決にはならないから(ピンチをチャンスに!)
富士見町にはパノラマの大きな借金があります。でも、本来、自分たちのつけは自分たちで払うべきです。スキー場のために富士見町をなくしてしまっていいのでしょうか。確かに合併後15年ほどは特例措置で一息つけるかもしれません。でも特例債で借金が返せる訳ではないのです。特例債は新市建設計画の為に借りられるお金で、何に使えるかは細かく決まっています。特例債と言う飴のために新しい箱物を作り、新しい借金を作る事になるのではないでしょうか。しかも、合併すれば大きな市となり、作る箱物も大きくなります。地元の業者が潤うならともかく、結局大きな業者に仕事を持っていかれたという話を耳にします。合併は現在の財政問題の先送りと新しい借金をつくる事になるのではないでしょうか。借金を持ち寄って合併しても借金はなくなりません。

一番言いたい事
私は6市町村合併には反対です。でも、だからと言って賛成の意見を否定するつもりはありません。賛成の意見を聞いていて「おっしゃる通り!」と思うこともたくさんあります。
同じ“合併”について考えても、価値観や信念が違うのですから出てくる結論も違うはずです。でも、富士見町を愛する気持の強さに変りはないと思います。決して感情的にならずに大人としての議論を深めて行く事が大切だと思うのです。
 みなさんもどうか合併に関心を持ってください。そして、賛成でも反対でも自分の意見をもって住民投票に臨んでください。それが自分たちの決めた事に責任を持ち、失敗しても決して他人のせいにしない大人の選択ではないでしょうか?

あまりにも大きく、なかなか分かりにくい合併の話ですが、町でも「出前講座」と言う啓蒙事業をやっています。五人くらい集まれば「こんな事について説明して」とか「初歩から教えて」でもOKです。小さな集まりで、お茶のみ感覚で呼んでみられてはいかがですか?
この合併問題に関わらずこれからは住民参加の町づくりが大切になって来ます。住民からの発案や役場と一緒にまちづくりに積極的に参加して行くことが大切だと思います。
私もできる限り、皆さんにそんな機会を提供していきたいと思っています。

貼り主: chiyoko 日時: 15:19 | コメント (0)

2003年08月10日

8月8日、台風10号

我が家の横のつつじヶ丘公園の斜面の木が突然根元から倒れ、お隣の家に倒れかかっりました。幸いたいした事はなく、網戸と屋根を少し壊したくらいで済みました。

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「こんな雨の中で!」と、びっくりしたのですが
台風の暴風雨の中、役場の名取収入役をはじめ職員が5~6人ほど来て倒木の処理にあたってくれました。
我が家は冬の薪がいくらでも欲しいので倒木の後片付けをさせていただく事にしました。
役場の職員はすぐに、次の現場へ向かわれました。先日の集中豪雨に続き、本当にご苦労さまです。m(_ _)m

貼り主: chiyoko 日時: 21:25 | コメント (1)

2003年08月07日

合併の勉強:今までとこれから

今まで仲間と一緒にこんな勉強会をやってきました。

出前講座 
5/20(コミプラ)←若者向けに税金の話からしていただきました。「又、これからも勉強していきたい」の言葉に感激! 
5/28(コミプラ)
6/13(清泉荘

「反対の意見も聞いてみよう」 
6/28(コミプラ)←原村長の出席には主催者もびっくり!
7/15(清泉荘)←「富士見と境は車の両輪のように発展していくはずだった」との意見も。

「みんなで語ろう富士見の未来」 
7/12(コミプラ)。←参加してくれた6人若者に「合併したほうがいい」と言う意見が出ないのには、正直驚きました。「富士見町に不便は感じるけど、苦にはならない」と言う、高校生の言葉が印象的でした。

「合併問題講演会」のビデオ上映会
7/16(コミプラ)(推進派,関西学院大学小西教授)
7/31(コミプラ)(反対派,都留文化大学中西教授)

これからの予定
*「合併問題講演会」のビデオ上映会 8/20(コミプラ)(「地方分権について」太平洋セメント諸井氏)
コミプラで行ったビデオ上映を清泉荘でも計画していますが、日程はまだ未定です。
*尚、これらのビデオは富士見町の図書館の“合併コーナー”にて貸し出しも可能です。
(原村サラダチャンネル、町企画課にご協力いただきました。)
こんな活動に「参加して一緒にやろう!」とおっしゃって下さる町民の方々、どしどしご連絡下さい。

貼り主: chiyoko 日時: 19:23 | コメント (0)

2003年08月06日

私は6市町村合併には反対です。

(2003年8月3日発行の第1号議員活動広報より)

先日、合併をめぐる講演会で「結婚相手の悪口は決して言ってはならない」と言っていました。その通り! ただ、結婚する相手がどんな人なのか、結婚して幸せになれるのか、そもそも自分は結婚したいのか、見極めることが今、大切です。なぜ“6市町村”と言う枠組みなのか?「時間がない」と急いで決めてしまっていいのでしょうか?

理由①富士見町の自然と文化が好きだから!  
私は千葉市の出身ですが、もし千葉で合併の話があっても反対はしなかったと思います。この富士見町だからこそ、今回の話をきちんと受け止め判断したいと思います。富士見町には他の地区ではすでに失われてしまった豊かな自然、伝統文化がまだたくさん残っています。私たちはその財産を,今後いかに後世に伝えるべきなのか。そんな町づくりの議論がなされるために、この合併問題は本当にいいチャンスだと思っています。合併推進の背景には、都市部で票の取れない政治的な判断があるとも言われています。これからの日本、農山村を大切にしていかなければならないはずです。今回、その事が話題に上っているでしょうか。富士見町の将来には明るい夢がたくさん抱けると思います。この先、いずれにしろ財政は厳しいのです。
この町の将来を決める権限は残したいものです。

理由②小さな町のフットワークのよさを大切にしたいから!
合併してもきめ細やかなサービスを提供するため、地域局が設置されると言われていますが、10年、15年後はどうなるのでしょうか? 45年前の富士見町合併の際に最初はどう言う約束だったのかと言う事を考えれば、分かると思います。
任意協議会では、サービスは一番高い所に、料金は低い所にすり合わせ作業が進んでいます。でも、もともと財政のきびしい中、本当にそんな事ができるのでしょうか。実際、議員で視察に行った岐阜の東濃西部合併協議会では、「サービスは落とさないように、しかし、料金を一番低い所にするには無理がある。合併後、料金を上げれば市民を裏切る事になる」と言っていました。その時になって反対しても大方の事は手遅れでしょう。
それよりも小さな単位だからできることを大切にしたい。情報公開制度など、今までも小さな自治体が独創的な発想を全国に向けて発信してきました。合併しなくても、広域ですべき事は、広域で進める事は可能です。

理由③合併しても財政問題の解決にはならないから(ピンチをチャンスに!)
富士見町にはパノラマの大きな借金があります。でも、本来、自分たちのつけは自分たちで払うべきです。スキー場のために富士見町をなくしてしまっていいのでしょうか。確かに合併後15年ほどは特例措置で一息つけるかもしれません。でも特例債で借金が返せる訳ではないのです。特例債は新市建設計画の為に借りられるお金で、何に使えるかは細かく決まっています。特例債と言う飴のために新しい箱物を作り、新しい借金を作る事になるのではないでしょうか。しかも、合併すれば大きな市となり、作る箱物も大きくなります。地元の業者が潤うならともかく、結局大きな業者に仕事を持っていかれたという話を耳にします。合併は現在の財政問題の先送りと新しい借金をつくる事になるのではないでしょうか。借金を持ち寄って合併しても借金はなくなりません。

一番言いたい事
私は6市町村合併には反対です。でも、だからと言って賛成の意見を否定するつもりはありません。賛成の意見を聞いていて「おっしゃる通り!」と思うこともたくさんあります。
同じ“合併”について考えても、価値観や信念が違うのですから出てくる結論も違うはずです。でも、富士見町を愛する気持の強さに変りはないと思います。決して感情的にならずに大人としての議論を深めて行く事が大切だと思うのです。
 みなさんもどうか合併に関心を持ってください。そして、賛成でも反対でも自分の意見をもって住民投票に臨んでください。それが自分たちの決めた事に責任を持ち、失敗しても決して他人のせいにしない大人の選択ではないでしょうか?

あまりにも大きく、なかなか分かりにくい合併の話ですが、町でも「出前講座」と言う啓蒙事業をやっています。五人くらい集まれば「こんな事について説明して」とか「初歩から教えて」でもOKです。小さな集まりで、お茶のみ感覚で呼んでみられてはいかがですか?
この合併問題に関わらずこれからは住民参加の町づくりが大切になって来ます。住民からの発案や役場と一緒にまちづくりに積極的に参加して行くことが大切だと思います。
私もできる限り、皆さんにそんな機会を提供していきたいと思っています。

貼り主: chiyoko 日時: 19:11 | コメント (1)

2003年08月05日

富士見に元気をつれてこよう!

新米議員・エンジェル千代子の広報誌です。
8月3日に、新聞折込にしました。

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貼り主: chiyoko 日時: 22:59 | コメント (0)

遅ればせながら、議員活動報告第一号

8月3日に議員活動報告第1号をやっと発行できたので、こちらにもいくつかのエントリーに分けて紹介します:まず表紙から:

++++++++++++++++++++++++++++++++++++

選挙が終わりあっという間に3ヶ月が過ぎました。

初めての本会議。それは、セレモニーに近いものであり、そんな中で出された議案にすぐに反応する事の難しさを改めて実感しました。本当に大切なのはその前の委員会審査や全員協議会。そして役場に行くたびに増えていく資料の山。とっても頭が追い付いて行かない。

初体験の一般質問。十分に調査をした上での質問だったはずなのに、質問するはずが「要望します」で終わってしまって、なんとも中途半端な終わり方をしてしまいました。・・・町議としての役割は一体何なのか。悩みながら、あっちにぶつかりこっちで空回りしながら4月まではなかった白髪を増やしています。
時々、自分のやり方や考え方ってずれてるのかな?と、悩む事もあります。でも、政治家になりたくて議員になった訳ではなく、一人の主婦としての感覚で議会に参加したいと思って立候補しました。私みたいな議員が一人くらいいてもいいんじゃないかと思っています。

こんな事やってきました。
 ★6市町村合併の他市町村の負の資産調査のため、仲間と手分けをして資料集めをしました。私は岡谷市と下諏訪町を回ったのですが各市町で情報公開の方式も違い、富士見から外に出て今回の合併問題を考える事も必要だと思いました。(ちなみに下諏訪町ではHPで公開しています)
 ★「議会のLCV放映。お茶の間からの傍聴」が可能なのかどうかをLCVに調査に行きました。デジタル化に向け移行期間でもあり、残念ながら現時点では無理のようです。ただ、富士見町でもIT化が進めば将来、インターネットでの議会放映は可能になるかもしれません。
 ★仲間と一緒に合併問題の勉強会をやっています。賛成、反対に関わらず皆さんに問題提起をして行きたいのですが、参加者の少ないのが悩みです。でも、これからも参加人数にこだわらず、続けていく事が大切だと思っています。

+++++++++++++++++++++++++++++++

2-3ページ目では6市町村合併についての私の意見をまとめました。
今まで行ってきた合併について勉強会、これからの勉強の予定も。
そして4ページには、私の選挙に参加してくれた二人の友達の感想文を紹介しました。
ぜひとも読んでください。


貼り主: chiyoko 日時: 18:28 | コメント (0)