5月3日 里曳き。
前日の2日から始まった「里曳き」
連休中とあって、またすごい人でした。
我が家でも、たまたま訪れていた夫・ジェルミの兄夫婦と義妹が参加。
外国の人には、理解できないんじゃないかと思っていましたが、ぞっこん楽しんでいたようです。

このオレンジ色の法被は、我が“池袋区”の法被です。
群集の中でもすぐに見つけることができて、この祭りで改めてこの法被のよさを再認識しました。 ^^

この写真の中央のずっと奥の赤い部分が“御柱”です。
里曳きは、距離が短いので、ゆっくりと時間をかけて進みます。
上社の近くになると、長い引き綱は不必要になります。
曳き子の私たちは、“職”を失ってしまいました。 ^^;
柱の近くで写真を撮っていたジェルミの写真です。
柱の近くでは、迫力が違いますね。

「曳き子」を解雇(^^;)されたので、ジェルミの兄達と長女と一緒に、
諏訪大社の境内を見学に行きました。
本一の柱を立てる場所です。
穴が掘られて、柱を立てやすいように斜めに傾斜がつけられていました。
しばらくすると、境内の中がにわかに人があふれ、熱気に包まれて来ました。
本一の御柱が境内に到着しました。

境内の狭い場所を、メドデコを左右に揺らしながらうまく通り抜けます。

右端の木を避けるために、大きく柱を傾けています。
うまく抜けました。

柱の通った後に、掃除部隊が最後についていました。
こうして、いろんな人たちが、この祭りを支えているんですね。

本当に、塵一つ見逃さない、という感じです。
柱が通った後をきれいにするという心が込められているようで、見ていて頭が下がりました。
ご苦労様です。

曳き子たちが曳いていた綱です。
本一の柱が曳かれて行った後に、今度は本二の柱が境内に姿を現しました。
とても近くには寄れません。
旗の奥に、鳥居をくぐろうとしている本二の柱が見えてきました。
曳き子さんたちは、まっすぐ境内の廊下を曳いています。
とてもスムーズに美しく、鳥居をくぐることができました。
後で聞いた話ですが、鳥居をくぐるのに3時間近くかかった柱もあるとか・・・?
狭い鳥居をメドデコが引っかからないように、傾けながら、そして確度を調整しながら・・・
すごい技です!

柱の近くにいたジェルミの撮った写真です。
この日は、ここまで。
翌日がついに、建て御柱です。
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人ごみの中でも、同じ集落の人をすぐに探せる“池袋区”の法被。
それぞれの集落で、それぞれご自慢の法被です。
御柱のお祭りで集まった“衆”の、法被コレクションをしてみました。

池袋区の法被です。
「池生」は、“いけお”と、読みます。
富士見町の方にも「なんて読むの? どこの集落?」と、聞かれました。
「池生」は池袋区の神社の名前です。
池生神社は、諏訪大社にゆかりの深い神社。
神様は建御名方命建御名方神(たけみなかたのかみ)の子といわれ、出雲の大国主命の子。
私はまだまだ不勉強なのですが、区の人たちにとって、由緒正しい自慢の神社です。

腹掛けを見ると、池袋だって分かりますね。

ジェルミの兄夫婦も富士見町の法被を着て参加!

宮坂醸造の昔の法被だそうです。
刺繍が施されていて、すごくかっこいい!
乙事区

葛窪区

信濃境区

桜ヶ丘区

先能区

瀬沢区
瀬沢は御柱では、昔から勢力の強い集落です。

脚元までかっこいいですね。

田端区

高森区

立沢区

鳥帽子区
「えぼうし」と読みます。
宮崎駿さんの「もののけ姫」には、富士見町の地名も何箇所お目見えしていましたね。

富里区
机区
机区は、20号線を挟んだ大武川区から見ると、“机”の形に見えたので、この名が付いたと聞いています。
でも、「津久恵」という漢字は、使われていず、今まで見たことがありません。
「なせ、この字を使うのか聞いてみました。
「机」の文字を使い始めたのは、昭和に入ってから。
それ以前は、「津久恵」の字が使われていたそうです。
聞いてみると、いろいろ面白い・・・

上蔦木区

小六区

ラッパ隊の法被です。
これだけでも、本二の柱を曳いていた富士見町のごく一部です。
それも全部ではありません。
こうして並べてみると、個性があって楽しいですね。