何日か前の教育長のブログに「操作を誤って」という記事が乗っていました。
私もパソコンのご機嫌が悪くて、更新がますます遅れました。m(_ _)m
4月14日 鳥帽子公民館
4月15日 上蔦木集落センター
4月19日 落合小学校 ホール
いずれも夜7:00から、落合小学校統合計画(案)の教育懇談会が開かれました。
14日の鳥帽子の会場に別の会議で参加できなかったのですが、後半の2日会場は傍聴しました。
教育委員会から示されているのは、以下の案です。
1. 統合計画(案)
① 平成24年(2012年)3月31日をもって落合小学校を閉校し、
平成24年4月より富士見小学校及び境小学校に統合します。
② 通学区域及び通学方法については、以下のとおりとします。
・烏帽子地区を除く落合小学校通学区域を富士見小学校通学区域に変更します。
通学方法は、富士見小学校へスクールバスでの通学とします。
・烏帽子地区は境小学校通学区域とし、通学は徒歩での通学とします。
14日の鳥帽子会場は、保護者関係者の参加は2名だったそうです。
そのうちの1名の方は、来年度から落合小学校入学予定のお子さんを持つ方。
もし、来年度から落合小が廃校にならないなら、来年度の一年生から境小学校に通わせたいとの希望があったそうです。
それぞれの家庭で、いろんな事情や考え方がありますよね。
15日の上蔦木の会場は、私が見回したところ、保護者が5~6名、地域の方が8名くらいだったでしょうか・・・
ある保護者から
「案では、通学は富士見小学校となっているが、今までも交流のある境小学校に通わせたい」
との意見がありました。
「途中まで送ったとしても、小学校のうちは、歩いて通わせたい」との意見も。
統合計画(案)では、鳥帽子地区以外は、スクールバスで富士見小学校に通うことになっています。
20号線沿いの集落の方は、生活の動線が20号になっています。
保護者対象のアンケートでは、そんなご意見が多く、富士見小学校が通学区になった経過があります。
でも、上記の意見にはとっても共感できます。
我が子たちも、2.5kmの道のりを毎日歩いて通いました。
特に低学年のうちは、北風に向かって学校までずっと上り坂を歩いていく後姿に胸が熱くなりました。
でも、6年間歩いて通ったことで、しっかりと基礎体力をつけることができました。
これは、生涯にわたっての宝物です。
富士見町という環境で育つ子供たちにとっては、ぜひ体験させたい事のひとつです。
これに対して教育長の返事は
「同じ集落の子供は、同じ小学校へ通うことが望ましい」との事でした。
でも、集落でも同じ学年の子どもがいないなど、各々抱える事情があります。
いろいろな選択肢を残して、それぞれが置かれた立場を考慮してもらえる寛大さはあって欲しいと思います。
また、「廃校と決めたなら、一日も早く 実行して欲しい」との意見も出ました。
すでに家庭での会話の中で、子どもから「いつ廃校になるの」との会話が普通に出ており、できるものなら、本年度にでも廃校にして欲しいとの事でした。
この日の懇談会終了後、この点で教育長と町長のかなり激しいやり取りがありました。
「保護者の意見を尊重して、できるだけ早く廃校とすべきだ」という町長。
それに対して教育長は
「段階を踏んで話を進めてきており、急いでやるべきではない」という意見。
客観的に聞いていて、ずっと経過を見てきた私は、教育長に賛成。
しかし、熱く真剣に激しいバトルを繰り広げるお二人に、私個人的には、高感度アップでした。
そして、最後の19日の落合小学校。
以下の意見がありました。
・地域の住民としては学校を残して欲しいが、小学生を持っている親としては廃校も 仕方がないと思う。
・中学校の統合にも2年位はかかった。
早めることが子どもにとってどうなんだろう。
思い出作りにのため、歴史ある学校だし、現実的に22年度一杯で廃校は無理。
・ずっと廃校には反対だった。
でも(統合した)中学校に通う事を楽しみにしてきた我が子を見て、今は賛成。
勉強は少なくてもできるが、友達は多い方が輪が広がっていく。
・本心は落合小がこのまま存続できればいい。
しかし、がむしゃらに反対はしない。
・どちらに通うかは、保護者中でまとめるのは無理。
行政でまとめて決めて欲しい。
実際にお子さんを持つ保護者の皆さんは、精神的に辛いと思います。
正直、私も小学校くらいは地域にあって欲しいな、と思います。
全校で36名。
子供たちはどんな環境でも、順応して育っていくと思います。
でも、「こんな環境で子供は育てられない」という保護者が、違う学校区へ引っ越していると言う事実もあります。
そこまでいってしまっては、なかなか存続は難しいですね。
多くの地域の方は、言いたくても言えない言葉を飲み込んでいらっしゃるのだと思います。
ひとつの学校はなくなるという事実。
南中学校もそうでしたが、本当に重い現実です。