このブログでも何度か登場している武藤盈さん。
以前、このブログで「94歳! 只今現役!?」で職人芸のあぜ塗りの動画も紹介しています。
農業の傍ら、写真集を出したり、3年前には、歌集「夕映えへ」を出版しています。
今度は、自分史写真句集「野火」を出版しました。
年を重ねるごとに元気になっていくみたい!!
「野火」の出版を祝う会が行われ、お誘いを受けました。
この出版を祝う会で、これ又、素敵な本に出会いました。
「山里の四季をうたう」

今回、出版された盈さんの本「野火」 ~自分史写真句集~
ご自分で撮られてきた写真入の句集です。
遠山の野火赤ければ子らが怖がる
まえがきの「私と俳句」から引用
「・・・だから去る平成12年2月、自分史づくりを思い立ち、以来足掛け8年、やっとその中から短歌と俳句を分離し、このたびこの遊びの句集を作ろうと思い立ったのである。
そして平成19年年2月、運よく歌集の「夕映え」は出版した。
だが、句集まではとても手が出せなかった。
しかしそんなもたもたしている間に、不図また野火のように遊び心に火が着いて、今迄は思っていもいなかった、俳句に写真を組み入れてしまった・・・」
「野火のように遊び心に火が着いて・・・」この句集が出版されたんですね・・・
盈さんは年を重ねるごとに、まだまだやりたいことがたくさんあって若返っていくようです。^^
いつ、お宅に伺っても、書き物をしたり写真の整理をしたりと、忙しそうです。
この「野火」には、撮りためてきた写真もふんだんに使われています。
井戸尻遺跡発掘当時の話もあったり・・・盈さんてすごい人だな・・・と改めて感心!

前記の、野火の前書きにも出てきた ~田園生活90余念の~ 歌集「夕映え」
我が家の次女も登場(でも、これは次女ではなくって長女だったかも・・・???)
「犬連れて散歩に向かうふ幸ちゃんのピアスを突く無骨なわたし」
夫ジェルミも登場
「組長のエンジェルさんが振る槌に一の御柱立ちあがりたり」
おわりにより
「私の生きて来た、90余年に及ぶ歳月の中で、折に触れ作った短歌や俳句は、丁度あの村はずれの田園の暗がりの中を、たまたま一尾だけで飛んでいた蛍が、間を置いて光った光のようなものであろう。
光っては消えて、又光っては消える。
だからその場で、この光を何とか記録して置かなければ、後日どんなに探したって残ってはいない。
そんな中で運よく残されたものを集めたのが、このたどたどしい歌集だと私は思っている。・・・」
「野火」も「夕映え」も、20歳前後から現在に至るまで。
盈さんのまさしく「自分史」です。
それを、短歌と俳句でそれぞれにまとめたと言うのですから、舌を巻きます。
短歌や俳句を蛍の光にたとえるところなんて、やっぱりすごい感性の持ち主なんだと、いたく納得!
盈さんの写真を見るたびに感じた、こみ上げる暖かさが、これらの本の中にもあふれています。

「野火」の出版を祝う会が、別荘のGさん宅で行われました。
ここで出会ったのが、野火の「発刊に寄せて」を書かれた石埜正一郎氏と「特別寄稿」を書いた井出孫六氏。

上記のお二人が編集なさった「山里の四季をうたう」
これは、石埜先生が昭和12年に代用教員を勤められた本郷小尋常学校の子供たちの「うた」です。
石埜先生が、当時まとめられた子供たちのガリ版刷りの詩集を、井出先生や石埜先生のご家族総出の努力で、本にまとめ上げたものだそうです。
泣き虫の私を泣かせた、若い代用教員・石埜先生の子供たちに寄せた言葉です。
「~略
君たちは、皆、これからうんと大きくなろうとする「命」をもっていますね。
だからちっともじっとしていない。
いつも飛んだり、跳ねたり、笑ったり、さわいだりしていますね。
ほんとうに生きいきしている。
それがそのまま君たちのうたに現れているんです。
だからうただってやっぱりいきていますよ。
このうたは、何時か君たちが大人になった時でも、やっぱり今のままで、ぴちぴちしているのですよ。
君たちはしあわせだ。天の地もみんな君たちのためにある。
青い山があるだろう。
かじかのいる川があるだろう。
もろこしがカサカサゆれているだろう。
花も、稲も、草も、匂っているだろう。
うまいすぐりや、じなしや、桃。
あぶ、せみ、ちょうちょう、それから鳥や兎。
大きな入道雲、おっかない、あのいな光り。
みんな君たちのものだ。
君たちのうたはどこにでもころがっている。
そういう中で君たちの心は生きいきと動くだろう。
君たちはまた、うれしい時も、困った時も、楽しい時も、悲しいときもいろいろあるだろう。
その時は、君たちの心の中に、いろんなうたが一杯になるときだ。
その時の君たちの心こそ、この上なく尊い。
その時々を、しっかりと、心の中につかまえて行くのだ。
君たちは、そのいろいろなこまかい感じの一つ一つを、ほんとうに、大切にしなくてはいけない。
君たちの作った、このうたうを見たまえ。
君たちの心は、ますますゆたかに、美しく、正しく、のびて行くだろう。 (1937年 石埜正太郎)」
高校を卒業したての、若いお兄ちゃんのような先生のあつい情熱を感じます。
そして、先生のまっすぐな教えに、子供たちは素直に呼応している。
そんな感じを受けました。
当時、尋常小学校3年生のうたをいくつか・・・
「ふじさん」
やあ・・・・
ふじさんが
おゆへはいっていらあ
「かいこ」
かいこの始めは
のみのよう
しばらく見ている
とび出しそうだ
「とうねいち」(生まれて一年以内の当歳馬のせり)
いよいよとうねいちがおわって
おやとことわかれるようになると
子うまは
ひいんひんと泣きながら
さむしそうにわかれて行きます。
子うまは一生けんめいに
おやうまをながめています。
おやうまも
さむしそうに泣きながら
子うまをながめています。
りょうほうともさむしそうに
ないています。
「田」
田のいねが、
ほがでたら、
なんだかかわいい気がするよ。

この本で随所に使われているのも、盈さんの写真たちです。
このページを書くのに、パソコンの前に座ると、拾い読みをしては書いて・・・
なんてやっていたら、5日も掛かってしまいました。 ^^: