最近続いて、身近な人、あるいは、そのご家族が突然に亡くなりました。
普段の生活で「死」は、遠くにあり、意識もしていません。
突然に、ご家族を亡くした方々を身近でみて、自分自信の精神的な弱さを痛感しました。
そして、最後を看取ってやれなかったブルートを思い出します。
平出美代子さんは、我が家のお隣さんです。(200mくらいちょっと離れた)
60歳を過ぎてから、富士見町でも初となる女性議員として活躍されました。
長年、富士見町の女性の地位の向上や平和運動、それらの活動を書物に残す活動に尽力なさった方です。
ご主人を亡くしてからは一人で暮らしていらっしゃいましたが、2月中旬、78歳で心筋梗塞で突然になくなられました。
「女性の地位の向上」などと言っても、私たちの世代にはピンと来ないのですが、
この農村地域で、美代子さんの世代の女性の、どれだけの努力があって、今の女性の地位が確立されてきた事でしょうか・・・
美代子さんは、多くの会で現役で活躍されていたので、その損失も大きいものがありました。
そして、多くの婦人団体が、美代子さんの世代の方たちで支えられている部分も多く、
改めて、その問題点を考えさせられました。
下諏訪町の樽川さんが主催の「サロン・しもすわ」で、先日「平出美代子さんを偲ぶ会」が催されました。

諏訪地域から、多くの女性が集まり、美代子さんをしのびながら、交流を持ち、
「死をいかに迎えるのか」
「女性団体の抱えている問題」など、について語りました。
・美代子さんはいつも穏やかで、怒ったところを見たことがない。
・自分の死後について、ご家族と話をしている。
・若い孫嫁に、とにかくいろんな会に参加しなさいと話し、出かけられるときには孫の面倒で、協力している。
・美代子さんは、何事にも意欲的・積極的で、それには及ばないけれど、いろんな会に参加して成長させてもらった。
・子供との交流で、会員の発掘を目指している。
いろんな意見が出ました。
どこの婦人会も後継者がいずに困っているとの話で、私にはあまりにも重く、
「次につなげていくべき世代として重く受け止めています」などと、きれいごとしか言えませんでした。
美代子さんの3人のお子さん方は、それぞれに独立して離れて暮らしています。
「いつ来てもとにかく忙しそうだったけど、具体的にどんなことをやっていたのかは知りませんでした。」
美代子さんの死後、整理に残っているお嬢さんは、未だに、毎日泣きながら整理をなさっているそうです。
「死ぬ前に、世話をさせて欲しかった」
なんの前触れもなく逝ってしまわれ残されたご家族には、本当にいろいろな想いがこみ上げてくるのだと思います。
せめて、生前の美代子さんの様子などをお嬢さんに教えてあげたいと、
美代子さんと親しかった方を我が家にお呼びして、お嬢さんとの交流の場を設けてみたりしました。
近く住んでいながら、私ももっといろんな話を聞いておけばよかったと、後悔しています。
一人で毎日整理をしているお嬢さんを見ていると、突然の「死」を受けいれる心の葛藤が垣間見えて辛いです。
私にもしもの事があったら、整理しようなどと思わずに(絶対に不可能!)すべて焼いてもらおう・・・
あ! だめだ! 分別してもらわないといけない・・・
・・・と、言うことは、やっぱり少しずつでも自分で整理していかないといけないのか・・・ ^^;
* * * * *
真板雅文さん(真板さんのHP)
3月9日 ご自宅の二宮で、突然に心筋梗塞でなくなられました。64歳でした。
富士見町の高森区に萱葺き屋根のお宅を修復して、神奈川と富士見を行き来なさっていました。
石や鉄、竹などを素材として、多くの作品を世界中で活躍されていた彫刻家です。
「今年は、初めてイギリスに行くんだ」と、楽しみにされていたのは、つい最近のことです。
真板さんには、うちの娘たちが大変かわいがって頂き、HPでも紹介されている倉敷へもお供させていただきました。
真板さんがなくなったと聞き、奥さんに次女が送った手紙に
「私は真板さんのように心を自由に、情熱を嵐のように振りまいて、やりたいことに胸を張って夢中でやれる人間になります。」
と、書いてあったのを読み、親として改めて感謝しました。
常にエネルギッシュで、快活で楽しく嵐のような人でした。
そのあまりの激しさに、時には、正直、お付き合いが疲れることもありました。
しかし、楽しむときは、思いっきり楽しむ。
仕事をするときは、倒れるまでやる。
その生き方に、娘たちも大きく影響を受けたことでしょう。
富士見での住まいの高森では、ご近所の草刈を黙って何年間も続けてこられました。
頑強な体の持ち主とばかり思っていましたが、
私たちには、決して見せなかった一面もお持ちだったようです。
我が家にも作品をいただいています。

お正月用にいただいた飾りなのですが、あまりにかっこいいので
お正月には玄関の外に、いつもは土間の入り口に飾ってあります。

「うん! ここがいい!」と、ご自分で土間の壁に掛けてくださいました。
ぞっこん日本風の古民家の我が家にも、なぜかしっくりと落ち着いています。
あまりに突然だったので、残された奥さんが事務的な処理に翻弄される毎日を送っていらっしゃるようです。
何よりも、雅文さん自身がびっくりされているんじゃないかと思います。
「いやぁ~ 参っちゃったよ・・・」なんて、頭をかいていらっしゃるんじゃないでしょうか・・・
あまりにも強烈な個性の持ち主で、その逝き方も彼らしいと言えば彼らしかったのでしょうか・・・
残された奥さんの心中を察すると、声を掛けられない自分がいます。
* * * * *
そして、先日、Kさんのご主人が交通事故で亡くなりました。
「ちょっと出かけてくるよ」と、家を出られて、帰らぬ人となったそうです。
Kさんとは、美代子さんをしのぶ会にもご一緒しました。
Kさんのお嬢さんとは、つい先日、お互いがどんなに泣き虫か、と言う話をしたばかり。
お葬式には、用事があり参列できない。
前日に、せめてお線香を、と思ったのですが、ご心中を察するとあまりにつらく、
一日中悩んだ挙句に、夕方になり、ようやくお宅にうかがいました。
「エンジェルさん、金がないっっちゃ、いいことだよぉ」
「部屋がないから、じいちゃんが座ってるちゃぶ台で、子供たちが宿題をしなくちゃいけない」
「孫たちが部屋が欲しいって言ったって、ないんだから」
そうそう・・・
Kさんのお宅に伺うと、玄関奥の部屋に、いつもお孫さんの姿が見えました。
ちゃぶ台を囲んで、3世代がしょっちゅう顔を合わせていたんですね。
高校生を筆頭にしたのお孫さんたちには、嫌な事もあったでしょうが、その何倍も得たものが多かった事でしょうね。
お孫さんの高校の参観日に行ったり、卒業式に行って来賓と間違えられた話など・・・
思わず声を上げて笑ってしまいました。
Kさんのご主人がどれほどお孫さんを含めて、ご家族を愛していらっしゃっていたのか、胸が一杯になりました。
こんな事は始めての経験なのですが、とっても悲しいはずなのに、心の中はとってもあったかな幸せな気持ちで一杯になりました。
お話を伺っているうちに、家中を包んでいるKさんのご主人のその暖かさを感じました。
すっごく怖がりで、お化けだとか霊の話は大っ嫌いな私ですが、
きっとおじいちゃんは、ずっとこの家にいてみんなを見守ってくれているんだな、と確信しました。
* * * * *
話は変わりますが・・・
先日、「ヤング@ハート」と言う映画を見ました。
平均年齢80歳を超えるコーラスグループです。
年一回のコンサートツアーに向けての6ヶ月間の練習を追ったドキュメントです。
花形スターは、92歳のおばあちゃん。
がんを患い医者の忠告も聞かずにヨーロッパツアーに出かけるおじいちゃん
呼吸器をつけながら・・・車椅子に乗って、歌い続ける人たち・・・
そして、亡くなって行く人々・・・
その映画を見たときに
「死ぬって、生きているとこの続きなんだ・・・」と、感じました。
当たり前に訪れて、当たり前に受け入れるべきことなんだと・・・
そんな事を、しみじみと思ったのでした・・・
と、ここ2ヶ月間ほどで、「死」について考えた雑記です。

ブルートの生前最後の写真です。
こんなにストーブの近くで寝てるなんて、熱くなかったのかなあ・・・
ブー 富士見ももう春だよ
畑で、よくネズミ捕りをしたね・・・
さみしいよ・・・
貼り主: chiyoko 日時: 2009年03月31日 20:46「よく死ぬことは、よく生きることだ」
・・・と誰かが言っていたような気がします。
後悔しない生き方をするためにも、日頃から「死」を見つめ意識する習慣はあったほうが良いと思います。
死を見つめたとき、生が浮き彫りになってくる・・・
そんな風に感じます。
私は、こんな経験をしました。それは昨年暮れに地元の集まりがあり、館で楽しく時を過ごした後記念に皆で写真を撮りました。
その写真を後でよ~っく見ましたら、丸い白い玉がいくつも浮遊しているではありませんか。(写っていました)
そのとき二枚撮りましたが、場所が変わっていて、それが写っていました。
いったいこれはなんでしょうか?
こんな経験千代子さんありますか?