2008年09月02日

井戸尻発掘50周年

今年は、富士見町の井戸尻遺跡発掘50周年。
7月20日の朝の観蓮会から、記念行事がいくつも行われています。
サブタイトルが素敵です!   ~おらあとうの村の歴史は、おらあとうの手で明らかに・・・~
その中から、私が参加した行事のご紹介です。

7月20日 午前8:00~  観蓮会 
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7月20日(日) 午後1:30~  記録映画「縄文の人々」の上映会。
昭和41年に作成されたこの映画は、発掘当時の様子を記録したものです。
井戸尻の発掘は、地元の住民である井戸尻保存会が中心に行われました。
サブタイトルにあるように「おらあとうの村の歴史は、おらあとうの手で!」

地元のみなさんの熱い気持ちの塊が、すごく大きな力となった動いていたようです。
現在、考古館では企画展示を行っていますが、その中で次のように紹介されています。
   「中央の大学の学者などでなく、
    在野の研究者の指導と、全くの素人の力でなされたことに注目。
   『おらあとうの村の歴史は、おらあとうの手で明らかに』
    住民の熱意がこの成功を支え、そののち地域の歴史を解明する原動力となった」

現在の館長曰く「住民との協同なんて最近はよく言うけど、ここの人たちはずっと前からやっていたんだよ」
恥ずかしながら・・・知りませんでした・・・

映画上映の後、回想「井戸尻」誕生のころ
井戸尻遺跡保存会の平出さん、清陵高校地歴部OBの両角さん,元井戸尻考古館長の武藤さんの三方が、それぞれに当時の事を回想されました。
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発掘は、境史学会、境地区公民館のメンバー、地元池袋の住民、そして諏訪清陵高校地歴部の皆さんで行われました。

発掘当初、1号から3号の住居址の発掘で終了の予定だったそうです。
それが、休憩時間に、諏訪清陵高校地歴部の生徒たちが、4号の住居址もちょっと掘ってみたところ、遺物が出てきてしまった。
終了の約束だったのに、勝手に掘ってしまい、指導いただいていた宮坂先生にひどく怒られたそうです。
でも、その4号からもたくさんの遺跡が発掘されています。
諏訪清陵高校地歴部OBの皆さんに感謝ですね。^^

当時の発掘現場の写真を拝見すると、貴重な遺物が、それこそごろごろと発掘されている様子が伺えます。
どきどきしたでしょうねえ~

昭和40年に文化財保護法のもと、考古館が町教育委員会に移管されるまで、
地元の井戸尻遺跡保存会を中心に、発掘が行われていました。
私たちの町の井戸尻遺跡には、こんなすごい歴史があったんですね!
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発掘当時、区長を務めていた、武藤盈さんも一言。
盈さんの撮られた写真が、今は本当に貴重な資料です。
ありがとうございます!

8月9日(土) 午後7:00~   上弦の月コンサート   ~共鳴する時空~  長屋和哉さん
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音をお聞かせ出来ないのが、とっても残念です。
低い太鼓の音や、高い鐘のような音。
それが大地の音や、風の音の様でもあり、時には物語を語っているようでもありました。
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曇っていた空が一時晴れて、月が見えました。
焚き火の光と、幻想的な音の世界で・・・
これはもう、夢の中にいるようでした・・・
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なんとも幻想的な音楽を奏でだしていた楽器たちです。


8月23日 講演会 「海を渡った縄文人」
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縄文人が海を渡ったなんて想像したこともありませんでした。
黒潮に乗って、フィリピン台湾から伊豆諸島・小笠原諸島、マリアナ諸島へと、北西太平洋を囲む、黒潮の道。
貝を珍重して交易をした貝の道。
おなじシャコガイを使用した貝斧の分布から想像される斧の道などなど・・・

南米エクアドルに縄文土器にそっくりなものがあったり、メキシコで土偶と同じものが見つかったりしているそうです。

小田先生によると、島の見える所の海を渡っていったのではないか、と言うことでした。
「学問は、否定してはいけない。可能性を考えるロマンのあるもの」と言う言葉が印象的でした。
丸木舟で荒波を超えて行った縄文人たちを想像するだけで、どきどきしますね。

井戸尻の発掘50周年記念事業、まだまだ続きます! 
9月21日   講演会   巫女(ふじょ)の起源   
10月19日  高原の縄文王国収穫際
10月26日  座談会  八ヶ岳山ろくの集落遺跡

詳しくは、考古館のページからどうぞ
私も、遺跡や考古学にはまったく興味がありませんでした。
でも、せっかく近くに住んでいるんだし・・・と聞いてみた土器の文様の話がとっても面白かったのです。
まるで、謎解きの質の高い小説でも読んでいるように、聞いていてどきどきして惹きこまれました。

特に富士見町のみなさん!
すごいんですよ! うちの町の考古館は!!
ぜひ、一度のぞいてみてください。

でも、きっと見るだけじゃ、魅力は分からない!
もし、機会があったらイベントに参加をお勧めします!


話は変わって・・・
5月27日のページで境小学校の子供たちの俳句が信濃境駅に飾られている記事を紹介しました。
あの時に、今年、信濃境の駅が開駅80周年だと言う事を知りました。
同じ、境地区の井戸尻考古館では50周年の記念行事をしていることだし、開駅80周年を祝うために住民で何か出来ないものかと考えています。
かと言って、予算もない、計画もなかったところで、出来ることは限られています。

でも、発掘当時の皆さんが、「おらあとうの村の歴史は、おらあとうが・・・」とやってきたように、
私たちの地元の駅の80周年を、地域のみんなで祝えればいいんじゃないかって思います。

もし、賛同してくださる方がいらっしゃったらご連絡をお待ちしています!

貼り主: chiyoko 日時: 2008年09月02日 09:16
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