これまた、7月28日。「日本住宅会議」の知り合いの方から、富士見町で会議をやるのでパネラーになってくれないかとお誘いを受けました。
「『住宅会議』すら知りません」と言ったのですが、「自由に話していい」と言っていただいたのでお受けし、20分話をさせていただきました。
何より、「選挙の時の街頭演説を聴いて頼もうと思った」と、言っていただいたので・・・
第23回 日本住宅会議セミナー 「地域の再生と創造を考える」-居住文化は地方から
次のような趣旨で開催されました。
「人間が住むに値する居住地域をどのように構想し、創造していくか、私たちの21世紀の課題です。安心して心休まる、人々の誇りとなる地域を作るのは地域の人々でしょう。そうした意味で『居住文化は地方から』をテーマに今後継続的に取り組んで行きたいと思います。そのスタートのセミナーとして地域創造のための自治的活動を取り上げます。・・・(略)」
以下が当日のプログラムです。
●特別講演「地域の再生と小さくても輝く自治体づくり」 長野県阿智村 村長 岡庭一雄氏
●パネル・ディスカッション「地域の再生を創造を考える」
「合併問題と原村の姿」 原村議会 議員 菊池敏郎氏
「住み慣れた地域で最後まで自分らしく生きる」 諏訪市・NPOこころ理事長 金子智子氏
「飯田市における中心市街地の再生プログラム」 飯田まちづくりカンパニー常務取締役 松村茂利氏
「富士見町の新たな町づくりへの挑戦」 富士見町議会 議員 エンジェル千代子
20分以内と言う事だったので、原稿を書いていきました。
読んでも20分はかからない、と思っていたのにちょっと話を膨らませたら超過してしまいました。 ^^;
以下が原稿です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「富士見町の新たな町づくりへの挑戦」
合併問題が起こっているときに、阿智村で行われた「小さくても輝く自治体フォーラム」で村長のお話を伺っております。本日は同じ場でお話をさせていただけると言うことで、大変光栄です。 また、大変に立派なテーマをいただいて困っておりますが、自由に話してよい、とのことでしたので、この富士見町に暮らして感じていること、住民の皆さんと共に取り組んでいることなどをレジュメに沿ってお話ししたいと思います。
この経歴をごらんになって、なんで議員をしているのだろう・・・思われる方も多いかと思います。実は本人が一番不思議に思っているのですが、話の中で触れさせていただこうと思います。
★田舎で子供を育てたい。
「豊かな自然の中で、小規模校の魅力ある教育」
私の夫はイギリスの田舎で育ったので、子供は絶対に田舎で育てたいという強い希望を持っていました。私も同じように考えていましたので、何箇所かよさそうな場所を見てみたのですが、最終的に、富士山も八ヶ岳、甲斐駒ケ岳まで見える、この富士見町の現在の場所に住むことを決めました。
富士見町でも少子化が進んでいるのですが、一学年一学級という小規模校のよさを充分生かされた教育をしていただいたとおもいます。学校の先生・生徒はほとんどみんなの顔や名前を知っている。各集落ごとに「地区子ども会」があり、学年を通じた独自の活動がること。田んぼのスケートリンク、畑作り、木造校舎などなど、この地域で育てられたことに感謝しています。
私が一番よかったと思っているのは「富士見だいすき」と郷土愛を持つ子供に育ってくれたことです。正直、こうした地区ごとの文化活動が消えつつもあるのですが、また反面、地域に開かれた学校を目指し、マレットゴルフや料理教室など地域の方を講師に迎えた授業や、子供たちの活動に地域の方の参加を募るようなことも盛んに行われています。
議員になってから、地元の農村の元気なおばちゃんたちとも知り合い、皆さんと共に、地元で取れた安心安全な顔の見える野菜を学校給食に食材として提供する活動も4年目に入りました。
★小さいから行政を身近に感じる。
「ごみの事も水のことも私たちの問題」
私は、千葉市の駅から3分ほどのところで育ち短大を卒業するまでをすごしました。市役所も県庁もそう遠くはありませんでしたが、千葉市で暮らした年代が若かったせいもあり見学で行くくらいしか経験がありません。
その後、北海道の大きな牧場で研修生として働いた後に、動物王国で7年ほどを過ごしました。その、北海道の王国を出てから、4人の子供を産み育てたのは船橋市でも、政治とか行政を身近に感じたことはありませんでした。
でも、この富士見町で暮らし始めて気がついたことのひとつとして、ゴミのことも水の問題も自分の生活にとっても身近なこととして感じるようになりました。これは、引っ越してすぐに知り合った人の中に、当時富士見町の議員をしていた人がいて水やゴルフ場問題ではの問題でと言うことも大きな影響だったと思います。日々の暮らしの問題が、すぐ近くにある役場と近いものと感じました。
やはりいわゆる新住民のお隣さんと初めて役場を訪れたのも、「ゴミの分別を始めてほし」いと言うお願いでした。小さな自治体だからこそ、自分たちで言っていけば変わるかもしれない、意識が芽生え始めたのだと思います。
そのときのゴミの分別の要望の役場の対応はちょっと残念なもので「あなたたち都会から来た人間はそうやって都会の暮らしを押し付ける」と言う返事でしたが、時代の流れで、それからすぐに分別収集が始まりました。
1万5千人の小さな自治体だからこそ、行政を身近に感じることができるのだと思います。
★議会制民主主義とは
「この仕組みの中で、どうやって町民の意見を反映しているのか?」
富士見町で暮らし始めてしばらくして、手話講座と言うものに参加しました。手話を1つのコミニュケーションの手段の一つとして関心を持ったので、子供たちと一緒に参加しました。
そんな活動を続ける中で、「障害を持った人も、出る場所さえあればもっと地域に出られるのよね。そういう場所を造らない?」と言うある人の呼びかけをきっかけに、同じ気持ちの仲間が集まりました。場所を無料で提供していただくなど、たくさんの方の協力を得て、聾唖者を中心とする生涯を持った人たちと共にリサイクルショップを併設したパン・ケーキなどを売る店を運営していました。
実績を積み、3年ほどたったところで、行政として富士見町に作業所を作ってほしいという要望を出しました。その時の私たちの強い希望として、「富士見町の中心部で人の集まるような場所に、自然に障害者が関われるような場所がほしい」と言うものがありました。そういった要望を元に場所も何箇所か見て、私たちの意識の中では「今、行政と相談をしている最中」と言う認識がありました。
でも、突然、町議会に行政から「この場所に共同作業所が作りたい」と言う提案がなされ賛成をされ決定されました。私たちにとっては、突然の話で足をすくわれたような気がしました。
そのときに、「私たち住民の希望はどのように反映されるのですか?」と役場に伺ったところ
「議員さんたちは町の代表ですからその議員さんたちにお聞きすれば住民の意見を聞いたと判断します」と言うものでした。
この時から、「この代表民主主義という議会制度民主主義の制度の中に、私たち住民の意見がどのように反映されるのだろう」と言う疑問が、私の中に強く残りました。
子供たちをこの富士見町で育てられたことへの感謝の気持ち、先ほどお話した私たちが応援していた議員さんが3期を終えたところで出馬してくれなず、後継者がいなかったこと、そしてこの「議会制民主主義」への疑問。これらの思いが重なり、現在、富士見町町議会議員をするに至っています。
★よそ者から見た富士見町の魅力
「このままでは、日本中がどこに行っても同じになってしまう!?」
私の夫はイギリス人です。私も一度だけイギリスを訪れたことがあるのですが、長い歴史を持つそれどれの地方で、その営みの中から特徴のある、美しい風景画作り出されていました。とりわけ、夫はこの「景観を守る」と言うことについては日本に対して厳しい認識を持っています。「景観を守ることで土地の価値が上がる。」といつも言っていますが、日本ではまだまだこの「景観」に対する認識が低いようです。
この富士見町も私たちが引っ越してきたH2年から比べても随分変化してきています。
ホームセンターや大きな店の進出もありました。それに伴いどこの駅前通りや小売店が抱えている問題が起こっています。
このままで行くと、日本中どこに行っても同じような景色になってしまうのではないでしょうか?
都会からの移住者が増え、集落によっては、地元の住民よりも移住者のほうが人数が多くなり、逆転したところもあります。また、集落の中にも都会的な家屋が目に付くようになりました。
日本中、さまざまな文化があり、その地域に根付いた暮らしから生み出された美しい景観があります。
私もすべて開発がいけないとは思いません。地域振興・発展のために必要な開発もあります。でも、だからこそ、今でももうすでに遅いかもしれませんが、ゾーニングをして守るべき場所を決める必要があると思います。
地元で生まれ育った友人に「私たち、ここで生まれてここで暮らしてきたものにとっては、『水がきれい』『山の景色がすばらしい』そんなの当たり前なの。でも、よそから来た人たちにそういわれ続けて最近「そうなのかな・・」って思うようになったわ」と言われました。
ここで生まれ育った人にとっては、それはごくごく当たり前の景色、当然のことが、私たちのようによそから来たものは宝物と思えるようなものがたくさんあります。この地に生まれ育った人と、この地を望んで来たものとの大きな違いです。
地元の人には見えないよさを、まずは地元の皆さんに知らせていくことが私たちいわゆるよそ者の務めではないかと感じています。そして後世に守り受け継いでいくことは大切だと考えています。
★住民が主体の町づくりを目指して
「現在進行中の『灰溶融炉建設反対』の住民運動から見えてきたもの。住民運動の延長上にあった選挙。」
この1年半くらい、富士見町で建設予定の「灰溶融炉」の問題にほとんどのめりこんでいます。
(ここでちょっと「灰溶融炉の説明をしました。)
私も最初も役場からの説明を聞き、「循環型社会形成に必要な施設」との認識を持っていました。
しかし、「本当に大丈夫でしょうか?子供も小さく心配しています」と言う地元の若いお母さんから「灰溶融炉の事故について書かれた一冊の本を渡さました。それを機会に自分でも調べたり、同じ思いの住民の皆さんと勉強会や情報交換を重ね、専門家の先生の講演会も企画し、「この施設は造るべきではない」との結論に達しました。この問題を通じて明らかになったことは、行政が住民に説明するときはすでに、建設が決定され事業がすでに進められていて、そこにどんなに住民の不安や反対の意見があっても、姿勢を変えることは大変に難しいと言うことです。
また、住民の中には、その問題の本質のところではなく、「役場のやっていることに反対している」と言うことに嫌悪感を感じてしまう人も多いこともかんじます。
大きな国の政策の中で小さな自治体が揺れ動かざるを得ない、でも、小さな自治体だからこそ、そこで真実を見つめるために戦いたいという思いも強くしています。
前回の県議選ではそんな住民運動の中から、私たちの代表を県に送ろうと言う動きにもつながりました。
住民運動の延長上に、意思決定機関である議会に自分たちの代表をどうしても送り出したい、と強く願うようになりました。
富士見町では、6市町村合併についての住民投票が行われ、2/3で自律を選びました。
このときにも同じように、合併に対していい話ばかりが行政からは説明されました。
行政事務を進めようとする行政側から出てこない情報はたくさんあります。その情報を住民にいかにわかりやすくどんな方法で伝えるのか、住民運動をしながら一番悩むところです。
住民は自ら判断したことには、それなりに納得して責任を持つことができます。すべてのことに住民投票で決めるわけには行きません。しかし、日本全体が、そしてどこの市町村も財政が厳しいこの時勢に、協同の街づくりと叫ばれて久しい訳ですが、それが真の意味での協同となりうるように、行政はもちろん、やはり住民自身も主体性を持ち自分たちの暮らしに関心を持ち続ける必要があると思います。
私は、議会が住民の代表で構成されるのなら、いろいろな立場・さまざまな年齢の人が参加すべきだと考えています。私は一人の主婦、そして母親の立場で参加することにこだわっています。
その中で本当に素朴疑問に感じることも多く、これからも「いったい議員とは何なのか」と悩みながら、本当の意味でも住民が主体となる街づくりのために、住民の皆さんと共に活動していきたいと考えています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*各報告の後に、東京経済大学教授 大本圭野さんがコーディネーター役で質疑・討論・意見交換がありました。
それぞれの皆さんのお話が興味深く、参加させていただいてよかったです。