2006年04月27日

灰溶融炉建設からごみ問題を考える

4月20日に全員協議会があり、灰溶融化施設についての説明がありました。
続いて4月24日に花場・休戸地区、28日先能地区、5月1日大武川地区、5月21日に富士見町のコミプラで住民説明会が開催されます。

20日の木曜日の全員協議会で知らされ、24日からの住民説明会。
21日の金曜日に気がついて、折角の機会、なるべく多くの方にご参加いただきたいと思い「有線放送をして欲しい」と、役場に電話をしました。
でも、「地元の住民に限りたい。主催は南行政組合」との事でした。

納得できなかったので行政組合の方に電話をして確認しましたが返事は同じでした。
「地元の方とじっくり話し合いたいので、地元以外の方はご遠慮いただきたい」
「説明の必要があるかどうかの判断は、環境調査をやって地元隣接地域とした。それはきちんと根拠のあることでむやみにひろげるつもりはない。」
「富士見町の町長から要請があったので、町全体を対象にコミプラでやる。21日に都合の悪い人については、その人のために他の日を設定してもその日も都合の悪いかもしれない。どこで線引きするかは常識的範囲」
「富士見町には富士見町の行政があるので、要望があれば行政を通じて言ってもらえばいい。住民がどうしても直接言わなければならない訳ではない。」
と、こう言った返事でした。

私は「議員として住民の皆さんからどんな意見があるのかお聞きしたい」と、お願いしたのですが、情報は新聞社も入れるし、どんな意見が出たのかは後日はお知らせする。とのことでした。

「地元の方の意見や要望をじっくりお聞きしたいのに、以前、共産党の後援会が開催した出前講座のように、横からちゃちゃを入れられて、変に不安をあおられては困る」
と、言われました。
私もその出前講座に出席していましたが、他の人の質問を聞いて「なるほど、そう言う疑問があるのか」と聞いている人間にとっても勉強になりました。

「対象地区」も行政から見た判断で、住民の立場で見れば「うちも対象地区だ」と言う方もいらっしゃいます。
諏訪南行政事務組合の職員は「そんなこと言ったら、北杜市の人まで『うちは対象地区だ』って事になる」と、おっしゃいましたが、不安を抱えていらっしゃる人がいる以上、きちんと説明する責任が執行側にはあると思います。


本当に残念なことですが、人は自分の身に直接被害が及ばないと真剣に考えません。
私も自分が幼いころからひどい鼻炎で苦しみ、その体質を子供が受け継いでしまった事で、環境のことを考えるようになりました。

たとえば汚染物質が大気中に本当に微量であったとしても、食物連鎖の頂点にいる人間の体には蓄積されていきます。
そして望まなくても母親が宿した胎児に影響を与えてしまいます。
母親は出産と言う機会を利用して、自分の体内からできるだけ異物を排出しようとします。
こんな悲しい仕組みで最愛の子供たちに私たちは不の遺産を受け継がせてしまいます。

天使のような子供たちの寝顔を見ながら「こんな時代に生んでしまった事、私たちが今抱いているよりずっと大きな不安を抱きながらこの子達は自分の子どもの寝顔を見ることになるのだろう」と、思うと寝れない夜が続きました。
でも、泣いていても仕方がない。今の時代を精一杯生きるしかないんだと思い直しました。

私は、もうこれ以上この地球を汚したり壊したりするのはいやです。
人が生きること自体がこの地球に負荷をかけるとしても、知恵を授かった人間として、少しでも汚さない努力はできるはずです。

また、国が進めていることが常に正しいことではありません。
薬害や公害問題など、さまざまな問題は、国がその時は「安心」として基準を定め認めたものです。でも、実際は時間がたってはじめて結果が現れることが多いのです。
「その時、その時代の最高の技術と知識で」と言っても、その技術や知識は進歩し、最新の技術も退化して行きます。
そして、何年か何十年もして、その結果が「被害」と言う形で現れるのです。

それに加え、今回の溶融施設のような技術は製鉄や技術であり、国が推進する影には企業との政治的な背景もあると言われています。


私は何でも反対しているわけではありません。溶融施設も一度も反対と言っていません。
行政がきちんと説明して、多くの住民が賛成と言うことに異論を唱えるつもりはありません。
だた、その時にいつも「十分な説明」や「住民に理解を得た」というところで行政と認識が違うことを感じます。
執行者側は「町全体での説明会は一回で十分」と言いますが、私は十分ではないと思っています。
また、その場で「はい、私はこのことに反対です」と言わない限り、疑問の声が多くても執行者側は「大方の理解は得た」と解釈します。
同じ会場で聞いていてもある人には「賛成意見ほとんど出ず」になるかも知れないし「反対意見ほとんどでず」と、感じる人がいるかもしれない。
でも、やはり基本は住民サイドに立って考える、と言うことだと思います。

灰溶融のことを調べてみてよく分かったのは、行政や業者からは後ろ向きな情報が出てきにくいと言うことです。
でも私たちは判断する材料として、推進する意見と慎重な意見とを両方聞いて、その上で本当にその施設が必要なのか、他の選択肢はないのかを議論する必要があるのではないでしょうか。
行政は説明責任を十分に果たしているのかがいつも疑問です。住民に説明するときは、ほとんど「この方法でやっていく。ご理解いただきたい」です。
そこのどこに住民の意思が反映されるのでしょうか?

でも、その結果は借金を背負ったり、環境に影響がでたり、直接住民に負担のかかるものです。


私が拘りたいのは、どんな事でも推進派と慎重派の意見をきちんと情報提供すること。両方の考えを聞いて考え判断するのは住民です。
そうすれば、住民は自分たちの出した事について出た結果については納得できるんじゃないでしょうか。
私は、そういうことが「協働のまちづくり」だと思っています。

貼り主: chiyoko 日時: 2006年04月27日 09:33
コメント

この文章を読ませていただいて、千代子さんのような方が富士見町の議員でいてくださって本当に良かったと思いました。当たり前のことがまかり通らない中で、戦っておられる姿を見て私も心が痛くなります。世の中にはいろんな問題が山積みされているけれど、まず自分にできることといえば、自分の住んでいる環境を守ることだと思います。うちの子供たちも重度のアレルギー体質で、原因を突き詰めてゆけば環境汚染にたどり着くと思うのです。もうこれ以上、有害物質をばらまく施設を作らなくてもよいよう、町のゴミをできるだけ減らせるよう、微力ながらお手伝いしたいです。

貼り主: 細川宏子 日時: 2006年05月02日 09:31
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