紅葉の季節を迎えて、富士見町を車で走っていると思わず「わぁ~。きれい」と息をのむ景色があちらこちらで見られます。
この美しい景観は富士見町の財産です。
私たち家族もこの景観に惹かれて、そしてこの環境の中で子育てがしたいと富士見町に移り住みました。
イギリス人の夫のジェルミが、「景観」についての熱い想いを語った文章がありますので、ご紹介します。
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特に自分の土地がその対象だと、「景観保護」と言う言葉を聞いて、拒否反応を起こす人が多いようだ。自分の土地が景観保護条例の対象になった場合、規制がかけられ、その分自由に使うことができなくなるのではないか、と心配する。売りたい場合も、用途が条例によって制限されていれば、売れる値段が違ってくるのでは、と。そうすると、「景観景観と言うけど、こっちは生活がかかっているんだから」と言ったりする。
一見言っていることに一理はある。もし住宅を建ててはいけないような規制なら、当然宅地として売れないので、その分買い手が付かないし、高い値段で売れない。しかしだからと言って景観保護を否定すると、逆に自分の財産の価値を減らすことになる場合が多い。なぜなら、ここ日本でも、美しい景観がお金になる時代になっているからだ。
定年退職を迎えようとしている東京の部長殿が、引退後に空気のうまいところで趣味のどぶろく作りに励むための土地を探しに、目当ての地域を訪れる。選択の条件としてまず第一に考えるのは見晴らしの良さ、目障りになるものの有無など、つまり景観だ。それもそうだ。多少妥協する方もいるかもしれないが、田舎に引っ越したい人のほとんどは美しい景色を眺めながら生活したいもので、そのためにかなり高いお金を払うだろ。自治体が住民と手を組んで、違和感のある建設を規制したり、景観に調和した建築物の建設を奨励したり、美しい景色を守って育てた地区では、地価が高くなり、財産としての価値が高い。逆にもともと美しい地区の景観を守ろうとせずに、何もかも許せば、財産価値は一夜のうちに激減する。
だから「景観景観と言うけど、こっちは生活がかかっているんだから」どころか、「財産がかかっているんだから、みんなで景観を守ろうよ」と言うことになる。景観は単なる贅沢や抽象的な要素ではなく、個人財産を大きく左右する非常に具体性のあるものになってきている。美しい景観は財産であり、実際に銀行に預けるような札束に換算できるものだ。だから自分の個人財産の価値を増やしたいと思っている人にとって、景観保護は敵ではなく、味方だ。みんなに、この事実になるべく早く気付いてほしいと思う。
「私権が絡んでいるから、規制をかけて景観を条例で守るのは難しい」と町長は以前に言ったことがあるが、景観が100万円単位の札束の価値がある時代、その景観を不適切な建造物で壊すと言うのは、まさに周囲の住民の私権を踏み潰す行為で、景観形成先進国、人権先進国では考えられないことだ。今の時代、景観を含めない私権の考え方はあまりにも短絡的で時代遅れと言わざるを得ない。
たとえば景観を守るための規制が何一つない美しい段々田んぼ地帯に建設業者が土地を買い、コンクリートのマンションを作ったとする。業者は私権を行使しているだけで、何の問題はない。しかしそのマンションがそこにできたため、都会の部長殿などはそっぽを向く。マンションの周りの住民は慣れ親しんだ景観を一夜のうちに失うだけではなく、土地の財産価値も落ちるという二重の損を被ることになる。
念のために言っておくが、マンションや工場などを否定しているわけではない。それぞれみんな、生活があることは分かっているつもりだし、マンションなども必要と言うことは言うまでもない。私が強調したいのは、景観作りと生活は相反するものではないし、美しい景観は心を癒すだけではなく(あるいは心を癒すがゆえに)、100万円単位の札束と言う実質的な価値があるので、美しい景観を守り、育てていくことがみんなのためになる、と言うことだ。逆に言えば、景観を守らないと言うことは、100万円単位の札束と言う実質的な損をすべての地主に被らせることになる。だからこそ、自治体も景観を守る義務を負っていると思う。去年の末に施行された景観法はその保護に法的な根拠を与えたわけだ。
さて、前置きが長くなったが、妻が2005年3月の議会で町長に「町長がお住まいの富里でも、もし今から『屋根の傾斜や軒先を合わせよう』とか『屋根の色や壁の色は大体こんな色調で』としておけば、50年、100年先には統一感のある素敵な町並みになるはずです。景観は守るだけではなく、長い時間をかけみんなで作り上げていくものでもあります」と指摘したが、このテーマで山形県に金山町の例をぜひとも紹介したい。富士見町の人口の半分以下の7,000人ぐらいの小さい町だが、全国に先駆けて情報公開条例を制定した自治体としてまず一目置かれるべきところだ。しかし金山町は景観づくりの面でも全国の先端を走っている。
情報公開条例を制定した昭和57年の翌58年に、金山町は「新金山町基本構想」を策定したが、その中に「街並み(景観)づくり100年運動」を打ち出して、それに基づき昭和61年に街並み景観条例を制定した。
条例の一番の柱は「金山形住宅」建築の推進だ。地元の伝統的な形を受け継ぐ住宅を作れば、町が建築費の一部を助成するという制度だ。その「金山形」の主な基準は黒かこげ茶色の切り妻屋根に、生地色やオイルステインなどの杉板張り、または白か土壁の自然色の漆喰やモルタルなどの塗り壁、あるいはその組み合わせの外壁。こういう住宅建築の推進で「100年かけて、風土になじむ、美しい家並みをつくる」という構想だが、「街並み(景観)づくり100年運動」の「づくり」と「100年」に注目したい。金山町は「もう保存すべき景観なんかない」と言う敗北主義的な姿勢ではなく、「景観はつくるものだ」と言う前向きの姿勢と、ただしそれは「100年間もかかる息の長い仕事だ」と言う覚悟をも持って、20年も前にその目標に向かって出発したのだ。
現在新しい「金山型」住宅は町全体の32%を占める。ゴミ集積所までが「金山型」の可愛い小屋だ。20年間で32%だから、そのペースを維持すれば、金山町は80年後ではなく、その半分の40年間で100%を達成できそうだ。相乗効果が生まれ、さらに早まるかもしれない。制度の詳細は金山町のHP(http://www.vega.ne.jp/~kaneyama/new/100nen.htm)で紹介されているが、始まって以来平成16年度までの累計件数で988件、助成金の累計総額は1.76億円。1件辺り約18万円の補助だが、これだけ大胆なまちづくりを、20年間で1.76億円、1年平均たった880万円でやっているわけだ。
補助金は最高50万円だが、総建築費を考えると、「補助金」と言うより、「奨励金」と言う性格のお金になると思う。町民もきっと補助金そのものが欲しくて金山型住宅を建てているのではなく、その美しい街並み運動に賛同し、協力したいからこそ建てていると思う。そして少しの我慢の結晶として町中にできた美しい街並みを眺めて、「よし、今度俺の番だ」と思っている町民も多いはずだ。実際に最初できたごろ、景観条例は一部の町民に「白壁条例」と揶揄されたが、金山型住宅があっちこっちで数軒ずつ建てられると、そういう声は聞かなくなったと言う。
独自の街づくりを追求し続けるために、金山町は富士見町同様、合併しないで自律の道を選んだが、現在の富士見町よりずっと将来が明るいような気がする。それは、明快なビジョンの存在と、その実行性のおかげだと思う。20年前にそのビジョンを打ち出して、実行に移った金山町は確実に日本の原風景を思い起こせる、全国でも有数の(あるいは屈指の)美しい町のになりつつある。そして美しいところ、未来の明るいところ、ビジョンのあるところは人を引き付けるので、おそらくこれからIターン人口も増え、観光客も国内外からどんどん増えるのではないだろうか。20年前に始まった努力は、20-30年後に目を見張るような経済効果をもたらすに違いない、と私は見ている。
面白いことに、情報公開条例や街並み景観条例ができた当時の町長は現在、自民党の参議院議員を勤めている岸宏一さんだ。昭和46年に31歳という若さで町長に当選して、7期も勤めた。情報公開制度と景観づくりの関連性はないが、同時期でのいち早い着手と、若い町長の6回の再選は、当時の岸町制がいかに先見の目を持って、それがあらゆる方向に発揮されたことと、金山の町民がその斬新な改革をいかに受け入れたことを物語っている気がする。これぞリーダーシップだと思う。
金山町の景観作りの話をインターネットで拾い読みして、とにかく読めば読むほどうらやましくなるものだ。美しい田園風景に囲まれているようだが、富士見町のような、どこを見ても雄大な景色が転がっているわけではないようだ。八ヶ岳、富士山、南アルプスを一望できる広々とした高原の田園風景を、新宿からたった2時間で提供できる富士見町は立地条件が最高。これで金山町のように街並みの景観作りを徹底的に施したら、どんなに魅力的な町になるだろうか。
景観保護、景観づくりが富士見町の町おこしのカギだと、僕は見ている。美しい景観を保護し、作っていくことで得る利益は数多いが、主のものをおさらいすると、次のようになると思う:
· 美しい景観による住民への癒し効果
· Iターン住民の呼び水効果
· 地元の建設業界の活性化
· 観光業の活性化
· 経済拡大による雇用拡大
私は景観がお金になる国イギリスに生まれ育ったので、景観を大事にすることの効果を身に染みて経験している。富士見町は抜群な素材を持っているので、金山町のように徹底的に景観づくりをに推進したら、20年後には金山町以上の効果を生むと確信している。パノラマリゾートの借金も苦に思えなくなるぐらい、景観を、金を産む卵にできると信じている。景観法の制定が、またその実現のための貴重な武器になる。
しかしまず必要なのは、景観作りの効果への理解だ。その理解無しには、金山町のような大胆な施策には到底踏み出せないと思う。100年先を見据えたビジョンと、町民をそのビジョンの実現に向け、引っ張って行くリーダーシップが必要だが、残念ながら、現在の町政にはそれがまったくない。妻が議会で町長に景観保護条例制定の意向を問いただしたが、景観保護という言葉の意味さえ分かっていないと疑わざるを得ないような答えしか出てこなかった。景観について聞かれているのに、「自然の恩恵の中で生きている」とか、「自然を守ると言うことは」など、景観作りとはまったく関係のないことを繰り返している。
肝心の条例作りに関しては、町長は「(景観法が)景観地区を定めて、建築物の形態、意匠の制限、工作物の建設、開発行為等の制限等であって、私権との制限があることから、町としては、公募により町民が平成14年に策定した景観形成基本計画で定めたガイドラインを基準とするとともに、町環境保全条例を遵守し、景観形成を推進したいというふうに考えております」と、景観法を利用し、条例による積極的な景観保護、景観作りを否定している。
町長の上記の方針について三つの点を指摘したい:
1. 環境保全条例をいくら遵守しても、その目的が違うので、景観作りにはほとんど役に立たない。環境保全は住民の健康にかかわる非常に大事な課題で、その条例を遵守することの大切さは言うまでもないが、環境保全条例で景観を形成すると言うのはスコップで魚を釣ろうとするようなものだ。
2. 景観形成基本計画は私もまちづくり研究会の会員として作成に参加したマスタープランと共に平成14年度に策定されたが、それからの3年間、その中にうたわれている事項が実行されている気配がまったくないし、富士見町の景観も当然、よくなった気配はまったくなく、むしろさらに壊れて行っている一方だと言う気がする。これは富士見町全体の価値低下をも意味する。景観形成基本計画はマスタープラン同様、多くの住民の参加を呼びかけながら、何一つ実を結んでいない、絵に描いた餅に過ぎない。形だけの住民参加はもうゴメンだ。
3. 「私権の制限」と町長は3月議会でも改めて口にしたので、あえて繰り返す:景観が100万円単位の札束の価値がある時代、その景観を不適切な建造物で壊すと言うのは、まさに周囲の住民の私権を踏み潰す行為で、景観形成先進国、人権先進国では考えられないことだ。
4. ちなみに、町長が「基準とする」景観形成基本計画は実は条例作りをも歌っている:
町の独自制度導入の方針
町民・企業による優れた景観形成に関する活動に対する顕彰制度、民間景観形成事業への助成制度の導入を進めるともに、景観形成を町民主体で進めるための条例制定に向けた検討を進めます。
①企業民間活動への支援
②民間景観形成事業への助成
③景観条例の制定 (筆者強調)
より総合的なまちづくり条例の制定を視野に入れ、景観条例制定の検討を進めます。
景観形成計画を景観作りの基準とするとしながらも、条例作りにそっぽを向いている町長は、果たしてその計画に目を通したことがあるだろうか?読んでいるなら、条例作りに否定的な立場を取れないはずだ。
私は20数年間世界各地を旅してきた。その中で、十数回となく、海外の美しい町で、「わー、きれい!」と言う日本語を耳にしたことがある。そこを訪れている日本人の観光客の言葉だ。なぜそこを訪れているかと言うと、まさに「きれいだ」からだ。その美しい景観を楽しむために、はるばる日本からやってきた事は言うまでもなくその地元に多くのお金を落とし、地域の経済に大いに貢献している。
私がこれだけ景観に拘っているのはまさに、そこにある。この地を訪れ、「わー、きれいだ」と言う人を増やせたら、富士見町は必ず潤う。しかしそのために、美しい景観の可能性を理解し、その実現のためのしっかりしたビジョンとリーダーシップが必要だ。山形県金山町はすでに20年前に、先見性を発揮して、訪れる人にも、そしてそこに住む人にも、「わー、きれいだ」と言わせる事業に乗り出した。その分、展望は明るいと思う。その良い前例に学んで、富士見町をも、日本一美しくて、潤っている町にするのが私の夢だ。
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金山町の話はすごいですね。
富士見町ではH16・17年と、太陽光発電を設置するにあたり、上限30万円の補助を出していました。その額を考えると家を一軒建てるのに50万円の補助金は、決して大きな金額ではありません。ちょっとびっくりしました。
価値観ってそれぞれその人によって違うので、本当にむずかしい。
でも、こうやって発信し続けることも大切なのかな・・・と思っています。