10月11日
山梨県総合教育センターで、山梨県就学啓発推進会議がありました。
障害児の就学についての講演や説明があったのですが、その中で小淵沢にある「大地の風」の会の体験発表がありました。
発表したのは、小淵沢在住で現在富士見町の子育て支援室で勤務している石川春香さん。
その話が、本当にとっても素敵な話しで、ぜひ皆さんに紹介したいと石川さんに了解を得て、その日の発表をそのまま掲載させていただく事にしました。
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子供はみんなの宝物 共に育ちあう会「大地の風」
こんにちは「大地の風」です
みなさんこんにちは。わたしたちは「大地の風」という会子育て、親育ちの会です。わたしたちの会は全国でも珍しく、意義のある活動をしていると自負をしています。それはこの会の生まれ方と関係があるのです。
大地の風はこうして生まれました。
それは偶然の連続でした。我が家は今から13年前、自然のかなで子育てがしたいと考え、憧れの八ヶ岳南麓の小淵沢に越してきました。次の年、息子が小淵沢小学校に入学し、偶然、森大地君というダウン症の男の子と同じクラスになります。大地君の家族はその年に東京から引っ越してきたのでした。
このようにして他所から来た子供も、地元で生まれ育った子供も、障害がある子も無い子も、みんな偶然にも同じ年に生まれた74名の子供たちが、その年、小淵沢小学校の1年生となったのでした。1993年のことでした。その時の担任だった今井哲郎先生のご指導もとてもばらしく、ダウン症の大地君もごく当たり前にそして人気者としてクラスの中で一緒に育ちました。
ところが大地君は入学して間もなく白血病と診断され、入退院をくりかえすようになりました。それでも妹さんの骨髄を移植した大地君は5、6年のときは元気になってみんなとまた一緒の生活ができるようになり、一緒に地元の小渕沢中学校に進学しました。2000年の春のことです。
けれどその年の夏休みの直前に子供たちは、担任の先生から大地君が白血病の再々発で入院し、子供病院に転校したとの知らせを受けたのです。中学生になった子供たちは、大地君の闘っていた病気の重さを初めて知ったのです。そのあまりのできとごに、何かしないではいられないと、小学校の時大地君と共に子供エコクラブで活動した四人の子供達が集まりました。
小学校1年生のときから大地君と同級生だった子供たちは「大ちゃん」のことが大好きだったのです。ダウン症という個性を持って生まれた大ちゃんは、ご両親の愛に育まれて、天性の愛らしさに磨きがかかり、そのやさしさ、おちゃめさ、素直さ、そしてそのとびきりの笑顔で、周りにいる者を幸せにしてくれたのですから。
いつもそばにいて自分達を勇気づけてくれた大ちゃんの一大事に、こんどは自分たちが大ちゃんを励ます番だと、子供達はたくさんのアイディアを次から次に出し合いました。夏休みだったので頻繁に集まっては、大ちゃんの大好きだったアンパンマンの絵本を作ったり、同級生の寄せ書きを集めたりしました。
八月の大ちゃんの誕生日に間に合うように、アンパンマンの人形を作ってお見舞いに行った子供達は、つらい治療のさなかにもアンパンマンを抱きしめて喜び、最高の笑顔を見せてくれる大ちゃんに逆に励まされ、幸せにしてもらうのでした。
そんな子供達の関係は、大ちゃんのご両親の考え方にもよっていたのです。「大ちゃんの生まれた意味を、存在している意味をみんなで考えていこう。」という姿勢が常にあったので、同級生は大ちゃんと当たり前に共に生きてくることができたのです。また大ちゃんの3・4年のときの特殊学級の担任の先生が出してくれた「なかよし通信」は、わたしたち同級生の親にも配っていただき、親の心も耕されていました。
大ちゃんが白血病の再々発で入院したとき大ちゃんのお母さんが、「大ちゃん通信」という手紙で、治療の様子や闘病の様子をそのつど知らせてくださったのも、これも後から考えるととてもすばらしいことでした。子供達はこの通信を「大ちゃん新聞」として発行し、学校の先生や大ちゃんのことを心配している全校の友達に配りました。
また九月の学園祭では、白血病について、ダウン症について、大ちゃんが病院でがんばっている様子についてレポートし、自主発表をしました。小学校の5・6年のときの担任だった先生や特殊学級の担任だった先生も子供たちの活動や入院中の大ちゃんを頻繁に励ましてくださいました。
中学校の全校の子供達と先生方、そしてお母さん達が、「大ちゃん新聞」を読み、文化祭の展示を見て、心から大ちゃんの回復を祈っていました。ところが皆の願いも虚しく、2000年の10月7日、大ちゃんは「21世紀に(一足先に)行っちゃうからね。(また)会えるよ。」と言い残して天国へ旅立っていきました。
子供達の悲しみは深く、簡単には仲間の死を乗り越えることができませんでした。そこで毎月の月命日に大ちゃんの家に集まって、大人も子供も大ちゃんの思い出を語り合いました。その様子を、大ちゃんの特殊学級のお友達のお母さんたちは理想的だなと眺めました。障害がある子供もない子供も、そして大人も、大ちゃんの周りにはたくさんの人が集まって来ることを。自分の子供たちは今は養護学校に通っているけれども、できれば地元の子供たちと一緒に育ちたいと。
大ちゃんの同級生の親である私達は、障害児を授かったお母さん達から、逆にたくさんのことを学びました。自分の子供をありのまま受け入れることの大切さを。その凄さを。障害のある無しに関係なく子育てで一番大切な、しかし見失いがちなそのことを。
また子供たちは大ちゃんの大切な生と死を通して、やりきれない悲しみとともにではありましたが、たくさんのことを受け止めることができたのです。命のいとおしさを。輝きを。人としてのあり方を。大ちゃんとまたいつか会えるであろう未来のあり方を。そして知ることになったのです。死は終わりではなく、無でもなく、闇でもないことを。なぜなら子供たちは知っているのですから。大ちゃんが今でも生き生きと心の中に住んでいることを。語りかけると答えてくれ、励ましてくれ、正しい道に導いてくれ、心の中で抱きしめると抱きしめ返してくれることを。「存在」とは生と死の、時間と空間の支配を超えるということを。私達の子供達は大ちゃんと一緒に生きることができて幸せでした。皆で一緒にいるということは、なんと心地よく、多くのものを生み出すのでしょう。
私達は大ちゃんが出会わせてくれた素敵な仲間と、これからも一緒に生きていきたいと願いました。そしてその願いから「大地の風」という子育ての会が生まれたのです。大ちゃんの一周忌の直前の2001年9月のことでした。
大地の風のこの4年間の活動
大ちゃんの命日から丸5年、「大地の風」の活動が始まってから4年がたちました。わたしたちは毎月1回の会報の発行と毎月の行事の中で「障害がある人もない人も、色々な人が一緒にいるからこそ何かが生まれる」ということを実践して地域に根ざしてきました。会報は現在150部発行し、配布。会員は50家族くらいです。遠方からの参加者もあります。誰かが困っていればすぐ集まって、相談にのります。抱えている問題がそれぞれ違っていても、(障害のことだけでなく、不登校や介護、病、嫁姑問題などなんでもありです。)真剣の悩みを聞きあい、本音で話し合い、最後はみんなでお腹を抱えて笑いあい、認め合い、信頼し合える仲間の集う「場」が生まれたのです。
また子供達も「大地の光」というグループ名を自分達で新たにつけ、自主的な活動の場面を増やしてきました。「障害のある子もない子も当たり前に一緒にいて、仲良く遊ぶ」ことをモットーとして、デイキャンプのときにドラム缶の窯でピザを焼いたり、クリスマス会でケーキを焼いたり、ゲームをしたり、「世界に一つだけの花」の手話を覚え披露したり、皆で楽しめることを企画してきました。また小淵沢中学校では、学園祭の時に「大地の光」の子供たちの自主展示の場を毎年設けてくださり、今年で5年目になりました。今年の展示物は入り口にはってあるのでごらんください。大地君のように地元の小・中学校のあがった友達だけでなく、わかば養護学校や諏訪養護学校に通っている友達もいますが、地元の子供としてみんなに顔を知ってもらいたい、声をかけてもらいたいという気持ちで、仲間の成長の様子をレポートしています。学校と地域と親と子供が1つになって、とてもすばらしい活動が続いているのです。
能力主義ではなくて、存在主義。そこに「場の力」が生まれる
それらはすべて、わたしたちの子どもたちが偶然大地君と同じ学年に生まれ、同じ小淵沢という地域に導かれ、小淵沢小学校に入学をしたところから始まったのです。当時の小淵沢小学校の先生たちは、別々の学校に転任されても、「大地の風」を応援してくださり、悩んでいるお母さんたちにこの会を紹介してくださっています。このようにして学校と地域と親とが助け合いながら、とても良い関係で子供を育ててくることができたのは、初めは偶然の出会いからだったのですが、その中心に大地君がいてくれなかったら、こんなにすばらしいつながりは生まれなかったのです。神様から授けられた天使の子供たちがいてくれたことが引き起こした奇跡であり、必然のできごとだったのではないでしょうか。
一人一人、そこにいるだけで価値があるんだと、互いを認め合える「大地の風」そしてこに経済活動をからめていく地域通貨「ワクワク」は、すべての人を癒す「場」を生み出しました。お互いがここちよく、ありのままで集える「場の力」が熟してき今、「いろいろな人がいるからこそ、何かがうまれる」わたしたちが掲げてきたモットーが現実となり、とても大きな素敵なものが生まれようとしているのです。能力主義で輪切りにした社会からは乏しい発想しか生まれないのではないでしょうか?
これからの展望―地域で生きる場を作る
実は小淵沢では「大地の風」と前後して立ち上がった地域通貨「わくわく湧湧」という活動があります。障害のある子供も無い子供も皆が学校を卒業しても地元で共に生きていける地域を作りたい。その鍵を握っているのがこの「地域通貨」という発想です。
「利益を上げる」「能率を上げる」「競争に勝つ」という、能力だけに価値を置く資本主義の社会の中では、障害児は生まれたときから弱者、敗者として切り捨てられる存在、あるいは行政によって「保護」されるだけの存在です。けれど小淵沢の地域通貨では「能力」でなく、「在る」ことに価値があると考えています。大ちゃんがそこにいることで周りの者を励まし、勇気と活力を与えてくれたように。「大地の風」が生まれたように。誰もがありのままの自分で共に「在る」ことで生まれるものに感謝し、そこに支払われる通貨を地域で発行しているのです。
そしてこの地域通貨の仲間と、大地の風が1つになって今、ワクワク学校設立準備委員会「ちえの輪」が立ち上がり、学校づくりという大きな活動に展開しているのです。
地域の学校はもちろん大切にしながら、大人も子供もだれもが自由に集える場所作り、みんなで共に生きていけるムラづくりが始まっているのです。
子供はみんなの宝物
「大地の風」のここちよさは、だれより障害を持つ子供たちが理解しているようです。
自閉症のKちゃん(わかば養護学校中等部2年生)は「大地の風に行く」と、「大地の風」の場には安心してどこにでも行くのです。Kちゃんのお母さんのAさんも、以前はKちゃんを追い掛け回していたのに、この中にいればだいじょうぶと安心をしています。我が家にも近所なので一人で遊びに来てくれるKちゃん。お母さんが「いつも迷惑をかけます。」と。「ううん。Aさん、Kちゃんの成長をみるのはわたしたちの楽しみでもあるんだよ。Kちゃんの成長を独り占めしないで、わけてよね。」といつも答えます。
わたしたちがこの場から学んだことは、障害のある子供は普通の子供よりも
何かが欠けている存在では決してないということです。みんなそれぞれが完全な大切な存在です。その完全な一つの丸ごとの存在と向かい合いながらそこからわたしたちも教わり、喜びを与えられているということなのです。
子供はみんなの宝物なのです。ぜひ子供たちの存在を共に喜び合っていこうではありませんか。