3月の議会が終わって卒業式、入学式も終わり一段落したところですっかり体調を崩しました。
もう、一生元気になんかなれないんじゃないかって思うほど風邪を引きずり、今頃になってようやく3月議会のことを書き始めました。!?(・_・;
3月の議会で「男女共同参画社会づくり条例」が議題にあがりました。
何で、こんなことでこんなにここまで議論しなくてはいけないんだろう・・・?と言うのが、正直なところでした。
最終的には15人のうち、4人の反対。多数決で可決されました。
男と女の立場を主張したり争ったりするものではありません。
この言葉を聞くだけで顔をしかめてしまう人が居る事自体が、やはりこの条例の必要性を物語っているのではないかと思います。
ここでは、3月13日の講演会の話をお知らせしたいと思います。
3月13日「男女共生フォーラム」がコミニュティで開かれ、「アトリエ自由楽校」の新田新一郎さんの講演がありました。
この新田さんの活動が幅広く、幼児教育から町づくりにまでおよび、1987年から全国で地域活性化事業に関わっていらっしゃいます。
だから、当然と言えば当然。講演の内容も大変に幅広いものでした。
・・・・・・・私の心に響いた部分をまとめてみました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「学校のクラスの名簿を混合名簿にするべきだ」と、現在はそうしているところが多いようです。
「でも、男女別のほうが便利な時だってあるし、それは差別じゃなくて区別じゃないの?」と、新田さんは思った。(私もそう思った)
でも、じゃあクラスの中に白人と黒人が居たら名簿を別にするか?それはしないですよね。
新田さんもなるほど、と思ったそうです。(私もなるほど、と思ってしまった)
たとえば、いろんな会場でコンサートや講演があった時に、休憩の時間に女性トイレだけが長蛇の列になる時がありますよね。それもやっぱり男性が設計しているからだと。
本来、女性トイレは、男性トイレの3倍~4倍の広さがないと同じ機能は果たせないそうです。
温泉のお風呂、男風呂のほうが大体一割くらいは大きく作られている。これも男性の目で作っているから。
男の人たちは温泉で宴会をやったり、カラオケをやったり・・・実は結構疲れていたんだ。別府の湯布院で女性方にカラオケ、宴会禁止にしたら男性客にも人気が出た。
女性用に作ったスクーターが確かに女性にも人気があったが、男性にも爆発的に売れた。
今までの日本の社会が、ほとんど男性の手で「町づくり」されていた。
日本一がよくって、大きいものがよくって、競争して男のものさしでやってきた。
でも、なんか違うんじゃないかな・・・と問題が出てきた。
いろいろと女性の目線で作ったことが、実は男性にも楽で暮らしやすいんじゃないのか?
幼稚園の父親参観に行くと、「○○ちゃんのお父さん」では立場があやふやで
名刺交換をして立場がはっきりすると初めて安定して力が発揮できる。
だから、退職してつっかえ棒がすべて取り外されると、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。
今の日本の教育で何が一番問題なのか?合理的、効率よくみんな同じで来てしまった。平均化することがいいことなのか?
解決策はどこにあるのか?
昭和30年代、子供を育てる哲学に大きなヒントがあるんじゃないか?
新田さんは生まれてすぐにお父さんが亡くなり、おばあさんに育てられたそうです。
そのおばあさんは7才から子守奉公に出て苦労して育ったひと。
でも、そのおばあさんが味噌汁のダシを取ったあとの煮干しを、どうして食べなければいけないのかと子供に話す時にも、そこには哲学があった。
煮干しには3つの力がある。ひとつは魚の命をもらって生かされている命の力。魚を育てた海の海水は人間の体液とおなじ海の力。それを干した太陽の力。
そうやって無学と言えるおばあちゃんにも子育てをする時に立派な哲学が存在していた。
おばあちゃんの宝物
縁側は自然を愛で、外との交流の場所だった。
「お茶っこ飲みする時間」
「用事がなくても人の家を訪れてもいい」と言うのは、日本の女性が受け継いできたものすごいルール
仲間、空間、時間、と言う「間」を合理的にはずしてきてしまったことで人間と言う「間」が育たなくなった。
「縁側」には人を育てる基礎、日本の大切な哲学があった。
学校における保健室、「学校なんだけれど教室ではない」これは「縁側」の役割を果たしているのじゃないか。
「用事がなくても言っていい場所づくり」それがこれからの町づくりのヒントになるんじゃないのか。 と言う内容のお話でした。
この、おばあちゃんの子育ての話は、本当に心に染みました。
最後に新田さんのおばあちゃんが、顔を拭くときに唄ってくれたと言う唄を紹介してくれたのですが、この時はすでに号泣もんでした。
何かの行事で家に親戚が集まると、いとこたちがおばあちゃんに顔を拭いて欲しくって列を成したそうです。
「卵を磨くように顔を洗ってくれたおばあちゃんの子育てはなんと豊かだったんだろうか。」
「アイヌ、と言う意味は人間を意味する言葉。それは大切な何かを次の世代につなぐ、と言う意味でもある」
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こんなお話を「なんで、こんな条例が必要なんだ」っておっしゃる方々に聞いて欲しかったです。
女性の視点で世の中を見てみる」って本当に大切な事だと思いました。
確かに「男女共同社会づくり」なんて言うと硬くって分かりづらいのは事実です。
「富士見町やうちではそんなこととっくに実践できてる」と言う方がいらっしゃるのですが、本当にそうでしょうか?
私自身も「男・女って言う前に一人の人間としてどう生きるかって事じゃないの?」って思ってましたし、強調するから反対の声が上がるんだ、とも思いました。
でも、長い歴史を見ると、そうやって戦って女性の地位が確立してたんだし、現在の社会の中における女性のあり方、生き方も変化して来ているって事ですよね。
だから、今必要なんだと思います。
議会での、私の反対討論が気に入らなかったから立たなかったと言う人も居たようです。
常々思っていたんでつい言ってしまいました。
「女性の視点で見ていたなら、下水道裁判もここまでこじれはしなかったんじゃないか」って
それに、世の中に半分ずつ居る男女が、本当にお互いの意見を尊重し合える世の中だったら、議会の時に前に座っている課長さんも本当は半分(これが言いすぎでしたかね?)が女性になるのが本当だと思うのですが。
議会だってそうですよね。世界の中には議員になるために命がけのところだってあるって言うのに・・・
もちろん、女性の意識の改革もとっても大切だって事です。