やった事に対する責任は・・・・?
「町が過ちを認めて謝罪する」と言う事に拘ります。
一ヶ月くらいで、町のホームページに議事録が載るので、質問の趣旨をまとめて見ます。
質問でこのことがうまく聞けたとはかぎりません。 (-。-;)
3月2日。裁判の判決の日「時間はほんの数分だと思う」とは聞いていましたが、ぜひ立ち会いたいと思いました。
それが多少なりとも関わった私の責任とも感じました。
判決は先日お知らせした内容です。
私がショックだったのは、判決を言い渡される席に、町側から出廷はおろか、誰も立会いがいなかった事。
自から戦う意思のない住民を訴えておいて、判決も聞きに来ないって一体どう言う事でしょうか?
議員としても情けないやら、恥ずかしいやら・・・・これっておかしくないですか?
その場に立ち会う義務はないかもしれない。でも、これまでもずっとそうであったように、そう言った誠意のない態度がこの裁判を長引かせて来たんではないでしょうか?
なんか、悲しいです。
その上に、住民の感情を逆なでするような事が続きました。
今回の3月議会は10日のAM10:00に召集がありました。
議会前、AM9:00から全員協議会が開かれ、下水道裁判の判決内容と町の対応の説明がありました。
この全員協議会の説明で町長は「判決に従う。それ以上の行動は起さない」と、議場でも謝罪する意思のないことを明らかにしていました。
後から聞いた話なのですが、この日の昼休みに住民の代表と、弁護士が町長に面会にいらっしゃったそうです。
でも、町長は面会をせずに、助役が対応したそうです。
住民側から、書面で「今後、本件、マンホールポンプ場の管理・点検作業を妨害する考えのないこと。また町に対して、判決を真摯に受け止め、紛争をいたずらに長引かせるのではなく、控訴を断念し、原告等に素直に謝罪するとともに、一刻もはやくマンホールポンプ場の改善策を講じる事を強く求める」と言った内容の要請書が提出されています。
アポを取っていなかったとは言え、議会中で町長不在のはずはなく、会わずに返したと言うのは皆さんだったらどう思われますか?
弁護士さんは町長に会見するためにこの日、東京からお出でになったとの事で、ぜひ町長の顔が見たいと午後の議会を傍聴なさっていたそうです。
わざわざ出掛けてきてこの扱いでは、さぞお腹立ちだったろうと思います。
「判決の席に町から出席しなかった理由について」
特別に理由はないそうです。弁護士も出席していなかった事だって当然知っていたはずです。
本来なら町長が出席する事が筋だと思いますが、町長が出席できないなら助役でも総務課長でも下水道課長でも出席するべきではなかったのでしょうか・・・?
質問の3回目にもう一回、突っ込むのを忘れました。
「裁判に掛かった費用について」
この、下水道裁判の裁判に関わる費用は下水道会計から支払われます。
議事録を読んでみるとこの事については、以前の議会でも議論されています。
確かに一般会計から出されても下水道会計から出されても住民の税金から支払われるのに違いはありません。
下水道の料金も上がる事となっていて、町民の感情として受け入れ難い事じゃないですか?
でも、会計上はそれが筋だそうです。以前水のことに関して争われた裁判については水道会計から支払われているんだそうです。
分かってはいましたし、新聞にもすでに載っている事ではあるのですが、通告してあったので聞きました。
「裁判を引き継いだ町長の責任について」
議事録を読み返してみると、この事を裁判まで持ち込んだその当時の町長も助役も任期の終わりに、議場できちんと謝罪しています。
16年8月の議会で「特別職の給与条例の改正」として自らの8月分の給与を10分の1を減額したいと議案提案されています。そして
「任期中に解決できないので、引き継いでいかなければいけない状況に至ったことについて、その責任を痛感しているところであります。・・・・・助役につきましては、これらについての事務処理、特に情報法公開条例の解釈運用が不適切だったことについて、8月3日付けで訓告処分を致しました。なお、本人から給与の一部10%を自主的に返納する申し出があったので許可をした」と、あります。
「それなのに何で、裁判を続行したの?」これは本当に私の素朴な疑問です。
こんな事こそ、政権が変わった時に解決できる最たるのもじゃないですか?
ほんとに、全然理解できません。
それなのに続行した町長の責任は非常に重いものだと私は思っています。
「謝罪について」
町長に議場でどうしても謝罪して欲しく、(ただ、謝罪の言葉が聴けると思って質問しているわけではないのですが)
平成13年、小泉首相がハンセン病の国家賠償請求訴訟で控訴をしないとしたときの談話を引用させていただきました。
「・・・患者・元患者が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として深く反省し、素直にお詫びをもうし上げると共に、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧げるものです」
この言葉を聞いたときに、多くの国民が「ありがとう」と、首相に感謝し、共感したのではないでしょうか。
「国家や行政が過ちを認め謝罪する」それは本当に牡蠣の口をこじ開けるように難しい事です。
でも、それをしないから、国民が納得できないことも多いんではないでしょうか。
私は子どもにいつも言っています。
「人間だから、間違えることだってある。人間の価値は間違ったと気が付いた時にどうするか決まるんじゃないか」
役場の職員のありようにしても、「この人は誠意を持って対応してくれている」と感じたなら、住民は自分の要望が必ずしも実現できなくても納得できる事も多いのではないですか。
つまりは、根底にあるのは、人と人がどうやって付き合って行くのかって事じゃないですか?
この裁判は、住民側から見ると「町から訴えられた」それを議会が承認した、つまり町中を相手に戦ってきたってことです。
ご本人はもちろん、ご家族の心中を考えても町としてきちんと謝罪をしてこの下水道裁判について責任を果たして欲しいと思います。
質問の最後に、つい感情的になり口調がきつくなりました。
でも、「なぜ、人は言葉を持っているのでしょうか?」
つくづく、この裁判って一体なんだったんだろうと思います。