2003年05月10日

選挙

選挙の一日目、我が家を出発して、まず第一声を信濃境駅で挙げた。

 マイクを握って話し始めたのはいいのだが、次の言葉が浮かばない。話していく順序が分からなくなる。散々な内容だった。
「それなら原稿を読んだ方がいい」と言われた。
でももし、私が街頭演説をしている候補者を見かけて、その人が原稿を読んでいるとしたら?と、思うと原稿を読みたくなかった。
でも、「見ている人より聞いているだけの人の方が多い」とその後も何回か注意されたので、自分を納得させて一日目は読むことにした。

 2日目あたりから少しづつ演説にも慣れてきた。
何より辛かったのは選挙期間中、サングラスをかけられなかった事。私はコンタクトレンズを入れているせいか、とにかく光に弱い。時々、家の中でもサングラスをかけていたりしてびっくりされる。よく、怖いイメージだと言われるのも、そのせいかな?
うす曇で空が微妙に明るかったり、雨上がりの空の白さが辛かった。
「サングラスをかけてもいいですかーーー?」と、聞くと
「だめーーー!!!」と、大合唱で帰ってきた。サングラスをかけるくらいなら目をつぶっていていい!と言われた。
それでも毎日、夕方になると頭が痛くなった。
あまりに辛く、3日は鎮痛剤を飲んで、お昼寝をさせて頂いた。

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選挙も後半になると演説も慣れてきて、時々口調がきつくなった。
「皆さん!どの候補者がどんな選挙戦を戦っているのかよくみて頂きたい。私は自慢できる選挙戦を戦っている」なんてあまり強調しすぎ、
「言い過ぎー!」と、またまた注意された。

 実際、本当に自慢できる内容だった。
自動車や事務所の看板はジェルミがF氏の物をリサイクルすべく、白い合板を打って土台を作り、友達が何日も通って書いてくれた。「そんなことやってるなら・・・」と仲間も増えた。飾りに花も書かれ、本人にはない女らしさをアピールしてくれた。看板作りも楽しかった。

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たすきは友達が縫ってくれた。それにパソコンの字を複写し、夜になるとシコシコと自分で黒く塗った。
選挙期間に入ってからはうちではがきを書いてくれる人、夕ご飯を用意してくれる人。
遊説を終えてうちに帰るとすぐに夕飯が食べられるなんて、極楽だった。みんな、仕事の都合を付け、協力してくれた。
うぐいすも空白が埋まって行った。「うぐいすなんかやったことない!」組みが結構多く、マイクを持った途端にかわいい声になったり、思いもかけずに上手だったり、普段とは違った顔を見せてくれ、それがまた楽しかった。
ある友達の第一声を聞いた瞬間に「きゃー!彼女に頼んだのは間違いだった」と思った。「皆様、大変お騒がせ致しております」が、ちり紙交換みたいだったからだ。
ジェルミに言わせると「いや、北朝鮮の放送みたいだ」
遊説していると、友達からすぐにメールも入った「聞いたけど、あれは脅し?」
でも、彼女のうぐいすは力強く、楽しく、恥知らずで、半日死ぬほど笑った。
 中にはプロ顔負け!のうまい人もいた。本当にバライティーに富んだ楽しいうぐいす達だった。
 加えて、選挙期間中、富士見はどこに行っても桜のきれいな時で、毎日が花見だった。桜のピンクと水仙やレンギョの黄色。何度も心を奪われ、選挙をしている事を忘れた。富士見は本当に美しい町だ。こんな時でないと町の隅々を回るなんて事はない。
「こんないい花見をさせてもらって、これが千代ちゃんの一番の功績かもねぇ」とも、言われた。
 
「えー!?こんなに料理がうまかったの?」とびっくりさせられたおにいちゃんもいるし、毎日自分の仕事が終わると夕飯の準備を手伝いに来てくれる人もいた。
なるべくたくさんの人に関わってもらって、手作りの選挙がしたい。
その、願い通りの選挙だったと思う。何よりうれしかったのは、やはり、今まで町政や選挙にまったく興味のなかった人たちが少しでも興味をもって参加してくれたこと。
このつながりを本当に大切にしていきたい。

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 つくづく、幸せ者だと思う。
普段の生活だってそうだが、人間、いろんな人に支えられて生きている。
今回、選挙に出たお陰で、又一つ、私の宝物が増えた。

ちなみに私の選挙に参加してくれた友達が二人、とても嬉しい感想文を書いてくれました。

貼り主: chiyoko 日時: 2003年05月10日 14:28
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