選挙に出ようと決心してまず思ったのは、私の選挙をしたいと言う事。
今までこの富士見町で2回の町議選に関わって、選挙カーを出し、うぐいすが「お願いします」をやる事に大きな疑問を感じていた。
確かにマイクを握り、「お願いします!!」と始めると、結構はまってしまい夢中になってしまう。人の選挙ならいくらでもやるが、私の選挙なら「好きなようにさせてもらおう」と、思っていた。
千葉で暮らしている時も、選挙カーは迷惑以外の何物でもなかった。ようやく子供が寝付きそうな時に突然大きな声で、「お騒がせ致します!!!」とやられて、腹の立たない親はいないだろう。
議員になろうとするものが、名前だけの連呼をして、有権者は一体、何を基準に候補者を選ぶのだろう?選挙中、候補者が一番伝えなければいけないのは政策のはずだ。
選挙に関わってみると公職選挙法にいろんな矛盾を感じてしまう。
私は「うぐいすは絶対に使いません!」と宣言した。
じゃあ、どんな選挙活動をするんだ?車も出さないのか?
でも、この広い富士見町で車を出さない事は考えられなかった。辻ゞでの演説は絶対に必要だ。自転車も魅力的な考えだったが、とても自身はなかった。
それだったらどうしても車は必要だ。演説している時に、誰なのか目立つように車の看板も要るだろう。
じゃあ、いつもの選挙カーと何が違うのか?
車の移動の時に名前の連呼をしないだけなのか・・・?
それだったら「車も出さないと言う方が分かり安い」と、言う事になった。
つまり、看板つきの選挙カーは出さないと言う事だ。
しかし辻で演説をする時に突然はじめるわけには行かない。その前に名前ぐらい言わなくちゃ・・・
結局、この「うぐいすは絶対にしない!」と言うのは、思っていた以上に結構難しい問題だった。
いろいろな人に意見を聞いてみた。驚いた事に若い人でも、ほとんどの人が「選挙カーが回ってくると、ああ、頑張ってる」と思う、と言う事だ。反対に一度も来ないと「挨拶に来ない」事になるらしい。
それでも、選挙カーなしの選挙を好意的に思ってくれる人もいるはずだ。
しかしこの富士見という地区を考えると、ほとんど知名度のない私が選挙カーなしで選挙戦を戦うのはあまりに無謀だと言う事になった。
それは本当に残念だったが、勝つための選挙、そして、なるべく多くの票を取るためにはどうしても必要な事に思えた。
あれだけうぐいすに反発を持ちながら、結局私は選挙カーを出す事を選んだ。
その代わりなるべく名前だけの連呼にならないように、名前の前後に短く政策を言う。そして常に明るく楽しく、悲壮感を感じるような言い方はしないと言う事にした。
(これはF氏の選挙の時から実践していることだが)
さて、立候補すると決心して一番初めにした事はリーフレット作り。
自分でパソコンで案を作り、何人かに意見を聞いた。こんな時に文章の得意な友達がいるのは本当に心強い。
印刷は業者に頼んだ。なるべく金額を抑えたかったので白黒でもいいんじゃないか?とも思ったが、一番初めに皆さんに私をお知らせするチャンス。
これにはお金をかけても、カラーで見栄えのするものにしよう!と言う事になった。
リ-フレットを持って、まず地元の地区を回った。しかし、内容があまりにも抽象的過ぎて、何をしたいのかが分からないと言う意見をもらったし、自分でも配っていて「これでいいのか?」とも思った。もう少し具体的な事を書いて、自宅でコピーし、先のリーフレットに挟んで配るようにした。
それと同時にお茶を飲みながら気軽におはなしをしませんか?と、茶話会を何箇所かで開いた。ざっくばらんに話の出来たところもあるし、どこを見て話していいのか分からない時もあった。「主婦にも分かる政治」なんてきれい事に過ぎないかもしれない、と思うこともあった。落ち込むと、「そうよね!私たちも、興味を待たなくっちゃ。無関心が一番いけないのよね」と言われ、思わず胸にグッと来たりもした。